登る山(目的地)を間違え続ける愚かさ | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

私は、「無駄な努力」が大嫌いだ。

 
55年の人生を振り返って、これほど無駄な努力はなかったと思えるものの一つに「英語学習」がある。
 
私は中学生の頃から、なんとなく英語をを話せるようになりたいと思っていた。
だから、この約40年、それなりに英語教材を買い込み、途中、何度も挫折を繰り返しながらも英語学習を続けてきた。
 
それでも、英語を話せるようにはならなかった。
 
「何が原因で、私は英語を何年学んでも話せるようにならないのか?」
 
その理由がわからず、私は40代になってから、こう考えるようになった。
 
「そもそも自分の記憶力に問題があるから、英単語の語彙数を増やせず、英語を話せるようにならないのではないか?」と。
 
学生の頃から、私は受験用の英単語集に載っている英単語をなかなか覚えられず苦労した経験があったので、そう思うようになったのだ。
 
「ならば、英語を学ぶ前に、まずは自分の記憶力を高めよう!」
そう思い立った私は、記憶術のセミナーを受けに行き、ただ受けるだけで終わらず、記憶術の講師にもなった。
 
確かに、記憶術を学んでからは、学生時代に比べれば英単語をラクに覚えられるようになったのだが、どれだけ英単語の語彙数を増やしても、自分の口から英語が出てくるようにはならなかった。
 
しかし、私がそうこうしているうちに、私の息子は、全教科の授業がすべて英語で行われる都立高のバカロレアコースに進学してしまった。
 
息子は、私とは違い、記憶術を学ぶこともなく、十代のうちに英語を話せるようになっている。
 
この現実に直面して、私はようやく、自分が繰り返してきた愚かさに目を向けられるようになり、こう考えられるようになった。
 
「英語を話せる」が私がたどり着きたい山頂(目的地)だとすると、私はこれまで何度も山登り(努力)をしてきたものの、自分が目指す山頂とは違う場所にたどり着いてきたことになる。
 
これは「遠回り」と言えるレベルの愚かさではない。
なぜなら、遠回りしていただけなら、多少余計な時間がかかっても、最終的には目的地にたどり着けるハズだからだ。
 
私がこれまでに繰り返してきたことは、近道か遠道かの「道違い」レベルの問題ではなく、「山違い」だったに違いない。
 
登る山を間違えれば、どれだけ山道を進んでも、目指す山頂にたどりつけるハズがない。
 
こうして、自分の努力の愚かさに気づけるようになった私は、「ならば、私が目指す山頂に案内してくれるガイドはどこにいるんだ?」と、冷静になって周りを見渡せるようになった。
 
すると、認知科学という学術分野で、外国語を習得するための学習方法を研究している人たちがいることがわかった。
 
なんと大学の先生や院生の皆さんは、私が山違いの山登りをしている間に、正しい山登りの方法を研究してくれていたのだ。
 
「山登りの名人」を見つけた私は、彼らの著者や論文を読みあさり、「なぜ、自分が何年英語を学んでも話せるようにならなかったのか?」 その理由をようやく認識できるようになったのでした。
 
登ったことのない山を登りたければ、道案内のガイドを雇ったほうがいい。
このことを知って、コーチやメンターを雇う人はいても、ここに潜む大きな落とし穴に気づいている人は少ない。
 
世の中には、「こうすればあなたも英語を話せるようになる」と謳った学習教材がたくさん出回っている。
その中には、個人的な経験から導き出された自論も含まれ、他の人が実践しても効果が出るかどうか、再現性が乏しいものも多い。
 
しかし、科学的見地から効果が認められた学習法であれば、誰がやっても、学習の成果を日々実感しながら、山登りを続けられるようになる。
 
現にこの私でさえ、正しい山登りの方法がわかってから、日本にきた外国人に道を聞かれて、駅までどのように歩き、どの駅で何線に乗り換えれば、目的地につけるかを英語で案内できるようになった。
また、とんこつラーメンを食べている外国人に「替え玉というサービスを利用すれば、リーズナブルにおかわりができるよ」と英語で教えてあげられるようにもなった。
 
また、アメリカの大学で物理学を学んでいる学生とチャットを通じて友達になり、私は彼から英語を教わり、彼は私から日本語を教わるという学習の友もできた。
 
英語を学ぶあなたの目的が、「会話できるようになること」なら、学生時代と同じように、英単語や文法の暗記に、貴重な時間と労力を費やしてはいけない。
 
その山道をどれだけ突き進んでも、あなたが望んでいる山頂にはたどり着けないのだがら。
 
進むべき山道を歩き出すようになると、3合目までやってきた、5合目にきたぞと、日々、頂上に近づいてきている喜びを感じながら、楽しく登山を続けられるようになる。
 
この喜びの実感ほど、確かで頼りになる道標はない。
 
お知らせ
認知科学が解明した英語を話せるようになるための学習法を知りたい方は、下記の講座にご参加ください。