波動脳科学セルフアクセプトコース第3講の感想です。

このコースは、桑原が長年学んできた脳科学と波動理論を1つのコンテンツとしてまとめ上げた集大成の1つです。

 

第2講では、自分の変性自我ちゃんとの対話で、彼らがもつパターンの「肯定的意図」を聴いてあげました。

第3講では、ペアになって、ビリーフチェンジワークをしました、ビリーフチェンジといっても、相手の思い込みを完全に変えるものではなく、思い込みをちょっとだけ緩めてあげるというワークです。

 

ペアになって、8つの質問をします。一人でやる時より、二重の客観性が生まれ、感覚に変化を感じた方も多くいらっしゃいました。

ただ、徐々に核心に迫っていくので、ちょっと苦しいと感じる方も(笑)

それでも、向き合っていくという覚悟があるからこそ、このコースを受講されているのだと思います。

自分の中で、何かとトラブルを起こす変性自我ちゃんのその肯定的意図を知ると、心の底から「受け容れる」ということが理解できます。

 

ビリーフチェンジワークでは、自分のX=Yの長年の思い込みをゆるめることができました。自分の生きずらさになっていたプログラムを、ゆるめられたことを体感できました。
    受講後、保健室で児童や大人との対話する私の中に、自分を認めて欲しいちゃんがてでいたことに気づきました。チェンジワークをすると、私が欲しいものではないことに気づきました。   自分と対話する積み重ねが、私の価値を自分が知ることができる。本当の自分が欲しいもので軸を作っていきます。

 

 

変性自我ちゃんを取り出してお話しましょうのワークをしたときに、私は無意識に変性自我ちゃんを否定し、別の変性自我ちゃんに生まれ変わらせようとしていたことに気づかせていただきました。
先生は何度も、存在を否定するのではなく、「保健室にきた子どもと一緒で、大切に扱って」と伝えてくれているのに、私がやろうとしていることは、別の子ども変えようとしていました。変性自我ちゃんの存在は知っているけれど、「いてもいいよ」と認めてあげてなかったですね。
自分一人でワークをして気づくこともありますが、やはりグループでワークをさせてもらうことで、たくさんの気づきが生まれます。
変性自我ちゃんと話をすることは、自分のおなかを内視鏡で見ているような、悪いものを見つけるような気持ちでいましたが、マイナスと自分が感じている変性自我ちゃんもプラスで動くこともある、そしてマイナスと感じる変性自我ちゃんを助ける変性自我ちゃんもいるということに気づかせてもらえたので、自分の中の変性自我ちゃんをもっと探して、さらに自分を理解していきたいと思います。

 

今回第3講のワークでは、自分の変性自我「後悔ちゃん」を出してみました。決めた事を後悔して、やり直す事が多く、その度に決めた事もやり通せんのか?と自分自身にダメなやつと言う烙印をつけて来ていましたが、このワークの中の確認質問で例外を捜した時、自分自身のことを決める時には後悔ちゃんが出てこない事があるを発見しました。
そして、それが出たとき得られるモノ、メリットの答えは、「笑顔」でした。「笑顔を見るため」という肯定的な意図があったと言うことに気づいたことは収穫です。相手のある事なんだから、笑顔を見る為に、やり直しをして来てたんだ。。。と気付いたら、自分、結構ちゃんとやってたなと思えました。全く逆の変性自我ちゃん「思い通りくん」も存在していて、この子が出た時も同じようにダメなやつの烙印を押していたから。この二つの真逆の変性自我ちゃん通しで、バランスを取っていたんだな、どちらも必要な存在だったんだなと思えました。

 

今日はとっても疲れました。といっても、心地よい疲れです。
ワークで、私が一番嫌っているトラブルメーカーの変性自我「瞬間湯沸かし器」さんを出しました。
するとガイド役の質問に対して、「だって〇〇(私の名前)を守らないといけないから」と唐突に言ったのです。すごくすごくびっくりしました。
そして、だからいつも私のピンチの時にまっさきに出てきてたのかと納得し、涙が出ました。
今まで「瞬間湯沸かし器」さんが出てくると、すごく落ち込んで、周りの目も気になって不安でたまらなくなっていました。もちろん今でもそうですが、これからは沈着冷静な変性自我さんと協力させて、うまく付き合っていきたいと思います。
「瞬間湯沸かし器」さん、今まで嫌っていてごめん。ありがとう。これからもどうぞよろしくね。
そして私は気づきました。瞬間湯沸かし器さんのビリーフが違っていたことに。なので、宿題のワークで新たに気づいたビリーフに取り組みたいと思います。でもこの遠回りのおかげで、大事なことに気づけました。
今日は、講座が始まると同時に、両目が痛くて。刺激のある目薬とかを入れたような、花粉症の時のような、目にしみる感じです。変性自我さんを出すワークの最後にそれをみなさんに伝えたんですが、気づいたらよくなっていました。
今までかくしてきた「瞬間湯沸かし器」さんを世に出させてくれて話を聞いてくれたこの講座にとても感謝しています。ほかの場所では出せませんから。
感想を書いている今もずっと肺が興奮しており変な感じです。

 

 

①    ニコちゃん
変性自我ちゃん日記、変性自我ちゃんも30人を超えてきました。これまでは、ネガティブなタイプばかりでしたが、不思議なことに、最近は、ニコちゃん(とりあえずニコってする)、やるキング(バリバリやる気あり!)やポジティブさん(前向きじゃなきゃダメ!)など、一見、いい子なのではないかというような変性自我ちゃんたちが、お目見えしてきました。ちょうどその時、先生から「ポジティブがいいわけではないぞー!」のメッセージ。笑ってしまいました。

②    決めるのは誰?
 ビリーフチェンジのワークの中で、ら「意見を言いすぎると、嫌われる」ちゃんが出てきました。そもそも「意見を言いすぎること」と「嫌われることは関係ない」、「言い過ぎって、誰が決めているの?」という言葉に、何だかドキッてしました。これまで、の講座の中で聞いた知識が、ここで現実味を帯びてきた気がしました。これって、「現実じゃないよね、心の中のこと」と、自ら括られていました。メンバーの言葉に、学びが、気づきが、深まります。
 決めるのは、自分。センターセルフの私が決めること。それなのに、まわりの言葉や態度にどれだけ振り回されているんでしょう?学んでいるのに変わってない、でも、学んでいるから気づけたことが沢山あります。意識に上がればコントロールできる…としたら、私は伸びしろしかありませんね。(笑)

③    思考や言葉に気を付けて
 マザーテレサいわく「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから…(行動、習慣、性格)…それはいつか運命になるから」
 脳の特性ともあわせて、思考や言葉の癖に意識を向けるようにしています。それが、今日のお話で、光の時代は、(生活している間にも)魂の上書きもされているから、と。ますます気を付けて生活していこうと思います。
 講座終了後のおしゃべりタイムが、いつも深いです。

自分を少しずつ知って、深く知って、どんな自分が出てくるのか、親分は誰なのか…誰でもOK

 

①変性自我ちゃんを、外に出すことで、ちょっと俯瞰して見られる
私のなかにいる、ネバナラーヌちゃんを外に出してみました。
ガイドの人から質問してもらうことで、自分ではなく変性自我ちゃんが答えていくので、「場面や人との関わりの中で変化してもよい」と宣言したとき、変性自我ちゃんが言うんだからと、素直に納得できました。自分の中から出してみることで、自分と同一化せず受け容れられるのだと思いました。

②変性自我ちゃん日記を書き出すことで、自分のトリガーやビリーフが見えてくる。
日記を書くことで、似たような場面や相手の言葉に反応していると少しわかってきたので、そういう時の対応を変えることができるかもしれないと思いました。いい時の変性自我ちゃんも、見つけられるといいと思います。

 

変性自我ちゃん日記を続けても、フォーカスしているのは毎回毎度同じようなシチュエーション で、変わり映えのない2週間を過ごし、なんか新しいハッとする気づきもなく、そんな自分に罪悪 感を抱きつつの第3講でした。強いて進歩したところを言うなら、「これはどんな変性自我ちゃんな んだろ?」って存在に注目するようになったことですかね・・・
変性自我ちゃんのビリーフチェンジワークをやっても、「真実です!」っていう言葉しか出てこな い。かたくなな変性自我ちゃんなのか、私自身が無意識の抵抗をしているのか・・・ 
時間はかかりそうですが、「ゆるめる」という感覚なら私でもできそうなので、肯定的意図を意識し ながら、変性自我ちゃんとじっくり向き合っていきたいです。

ワークの中での発問の仕方も、勉強になりました。自分としてはそんな気全然なく、ビリーフをそ のままはめ込んで質問していたつもりだったのに(っていうところが自分でとても恐怖です)、言い 方が違っていたらしく、相手の方の新しい変性自我を作ってしまうところでした。「自分の無意識な 行動が、相手を複雑にしてしまう、どうしよう、これからは質問したくないな。」これがいつものパ ターンですけど、自分も大切な学びがあったし、みなさんにもいい学びを提供できたからよかった と思うようにします。
あーなんか今回、体調は悪くならなかったけど、振り返ってもいいこと書けません。すみません。
とにかくワークをコツコツと積み重ねます。

 

第3講は体にこたえました。呼吸法をしっかり行って講座に臨んだはずでしたが、始まるとすぐに寒さを感じ、手が冷たくなりました。体が抵抗しているな、と感じました。
 ガイドをしてもらいながら自分の変性自我ちゃん「言えないよちゃん」の話を聞いているとビリーフが少し緩むのを感じました。そして、まだ何かが足りないような、そうそう、その後ろには「いい人ぶりっ子ちゃん」もいます!そんなことをガイド役の先生と楽しく話しました。その時には体が温かくなっていました。でも、後半やはり冷えを感じ、背中の痛みも感じ、気分も沈みがちなまま講座が終了しました。
 その日の夜、お風呂に入っている時、ふとガイド役の先生と変性自我ちゃんとの話の中で、「以前、言いたいことを言って痛い目に遭ったことがあって」ということを変性自我ちゃんが言っていたのを思い出しました。なんと、私には言えないことが言えない「言えないよちゃん」とは真逆の「ズバズバちゃん」もいたのです!その子達はいつからいたの?と、自分に問いかけてみました。一番はっきり思い出せるのは、小学校3年生の頃、転校した学校でズバズバ発言して男子達から「転校生のくせに」と反感を買って攻撃されたこと。それから主役が「言えないよちゃん」に交代しました。次に記憶しているのは15年くらい前に勤務していた学校で、自分の方針や、やりたい指導をガンガン打ち出したところ、一部の同僚から足を引っ張られたこと。それをきっかけにじわじわと「言えないよちゃん」が顔を出しました。
そして今・・・。まさに姫先生がおっしゃっていた「終わったと思っていたのにまた出てくる」状態です。そして、「おしゃべりタイム」で話題になった「犠牲と支配」でした。「そういうことか」と、2人の真逆の変性自我ちゃんの存在に気づいた瞬間、胃のあたりが気持ち悪くなりました。
 そんな状態を引きずって、寝る前に開いたインスタで姫先生の「たくさんの自分がいる!どんな自分もいていいんだよ!」というメッセージを見つけました。笑いながら涙が出ました。(ずっと何度も聴いていたことばなのに・・・)私は2人の真逆の変性自我ちゃんを両方とも嫌っていたんです。布団に入る前に2人とも手のひらにのせて、今まで自分を助けてくれた場面もあったこと(自分の主張を通せたこと、余計なことを言わなかったことで人間関係が壊れずに済んだことなど)に感謝を伝え、いてもいいよ、と体に戻しました。
 今朝は穏やかな気持ちで職場に向かうことが出来ました。手のひらも温かいです。私はこの2人の真逆の変性自我ちゃんを両脇に抱えて生きていきます。
※数日前、波動の先生との個人セッションでも「言いたいことが言えない」ことを話題にしていたのですが、これでつながりました。ありがとうございました。

 

「ビリーフはひっくり返すのではなく、ゆるめる」
このことが印象に残った第3講でした。どうしてもひっくり返したい私がいて、ひっくり返せないのは私ができないから、わからせたい、相手が受け容れてないからと苦しくしていたかもしれません。

話を聞いていて、体も同じで毎日の何気ない動作や癖、ゆがみ等が積み重なって起こる痛みを緩めるだけで、楽になる、もとの状態に戻す。というようなことが浮かびました。心の痛みも自分が生きてきたなかでつけた無意識の思考のくせや見方、感じ方で感情がゆれて、しんどくなる。ビリーフをゆるめるだけで楽になれる、本来の自分に戻れる。無理にぎゅうぎゅう向かせるのではなく、ちょっと緩める。その感覚を大切にしたいと思いました。

「頭の上で変性自我ちゃんたちが会議している」
喜怒哀楽のワークシートを書いて、1つの出来事でもいろんな感情が出てくるというのが見えてから、対応しているときに自分の頭の周りにいろんな変性自我ちゃんたちが出てきてあーや、こーやといいながら助けてくれているイメージが出てきてます。カッカしているときに、中庸ちゃんが「こっちこっち深呼吸」とか「もっと素直に」と声かけてくれてます。今までもきっといろんな変性自我ちゃんたちが助けてくれていたのだろうけど、イメージすることで、よりディソシエイトできて対応できるようになる感じがあります。

今回の講座が始まる前に来室した生徒から「先生は『いつもどうなりたい?』『どうしたい?』とかあいまいなことばかり言う。僕は答えが欲しいんです!」と言われました。そのとき自分もどうなりたいとか曖昧で、答えが欲しいから、この講座を受けているのかなと思い、今回の講座を受けるのに不安?迷い?恐怖?を感じていました。案の定、始まる直前まで家の用事でばたばたしてて、最後の雑談で(あまりの衝撃で質問の内容も忘れてしまいましたが(^^;))いきなりパソコンがビービー鳴り出し、急に画面が消えたときは、「あー、答えをもとめるんじゃなくて、私にちゃんと考えろってことー?!」と思いました。

毎日の中で変性自我ちゃんを意識しながら、宿題に取り組みます。また次回もよろしくお願いします。ありがとうございました。

 

 

今回は、難しかったです。
特に、質問を正しくしないと、また違う変性自我をつくってしまうことです。
「こうであるにこしたことはない」これくらいゆるい方がいい。でも、変えなきゃ、変わらなきゃと、思ってしまう。
それと、私はいとも簡単に変性自我が現れ、いいかえ、チェンジしてしまうけど、そうじゃない人もいて、そっちが本当に思えたりもしました。
今、五感の使い方、時制について、かんがえている。
花をいけているとき、アソシエイトしたり、ディソシエイトしたり、過去にいったり、未来にいったり、俯瞰してみたり、ミクロの世界に飛び込んだりして、自由にいる。
この自由というのが、ポイントのような気かする。
私は変性自我のビリーフチェンジで、直ぐ新しいビリーフになってしまったから、これでいいのか、と、思った。変性自我にまだ感謝出きるところは少ないが、自分を守るために作ってきたから仕方ないと、諦めることはできた。
自分は衝動的に行動してしまうところがあるが、それは過去に出遅れて深く傷ついた経験があるから。
それはもういやだから、自分はこう思う、と、いってみて、相手が私への攻撃を和らげることに成功したことに、気がついた。五感に刻まれたものは、過去の痛みと、未来への不安だ。
それを和らげるために、変性自我をつくりだしたのかもしれない。まるで、仮面ライダー。

 

 

・まずは「よい変性自我ちゃん」を探そうと思いました。とともに、ここまで変性自我ちゃんを探すとき、ワークで出すとき、あまり見たくない変性自我ちゃん、いやな変性自我ちゃんという風に、「悪いこと」探しをしていたかな?と気づきました。これも自分の癖なのでしょうか。「あら、あなたもっと活躍していいよ」と声がけをしていきたいです。

・今回、「アソシエイト・ディソシエイト」「サブモダリティ」「時間軸」を端的に言語化するという宿題が出ました。これが今の私の課題と思います。これまで保健室コーチングを学んで、脳科学の視点や子どもへの対応法など「知ってる、知ってる」と心の中で思うのですが、(校内で)もう少し広がっててもいいんじゃないか、なぜ、自分の身近なところにとどまっているのだろうと。「わかった風」であるだけで、「自分の言葉で説明をする」「自分の言葉で広げる」ということが足りないからですね。「知識」で終わっていたということにも今頃気づきました。言語化とか自分の言葉で表現って、時間も労力もかかることでおっくうと感じますが、やります。まずは宿題から!

・前回の講座まで暴れていた変性自我ちゃん「むなっしー(言うことを聞いてもらえない。私が大事にされてない。むなしい)」はそういえば最近、静かにしています。むなっしーの思いを聞いてあげたからでしょうか。そしてセンターセルフさんがちょっと存在感を感じます。

・今回出てきた変性自我ちゃん「言い過ぎ禁止ちゃん」とも対話をしました。すると明日から学校でできる具体的行動がわかりました。「説明や意見を言う」で終わっていたのを「~~することで、生徒がこんな風に活動できるようになります」などのメリット、ベネフィットまで言うことです。大事なところを伝えずに、「なんか伝わらない」「やってくれない」「言いすぎるからうるさいって思われてるかも」って思っていました。今、養護教諭から発信することはたくさんあります。さっそくやってみます。


 

1講で学んだ変性自我。
どんな自分がいるのか、どんな変性自我がいるのかを見つめて、見つけていたはずでした。
いつしか、変わった変性自我を探していたり、変性自我の名前をキャッチーな感じにつけようとしたりしていたことが、今回の3講でよくわかりました。
ウケ狙いをしている自分。おもしろい名前つけたい自分。こんな自我ちゃんもいる、あんな自我ちゃんももいるという日々を過ごしてしまっていました。
大切のは「この変性自我が出てくるのは、どんな時なのか。」を分析すること。
例えば「イラッとする」この気持ちは、同じ状況のときに出てくるのか。誰に対してでも出てくるのか。出てきたときに、自分はどんな反応をしているのか。反応なら対応にするにはどうする方法があるのか。
いろいろな変性自我に対して、一つずつ丁寧にこの作業をしていくことが大切だと分かりました。
キャラ集めのようにたくさん出せばいいわけではない。出てきた変性自我を丁寧に見つめる作業を4講までにやる!と決めました。頑張ります。

 

 

第3講では、自分の中の沢山の変性自我を突き詰めていくと、いつも同じようなことでイライラしたり、人を嫌う感情を抱いたりするということに気づきました。
ワークで相手から自分の変性自我に問いかけてもらって、思いもよらなかった答えが出てきて、驚きました。やはり、空白の原則が働くのか、人から質問されることで思考が回るのだと思いました。自分が「こうだ」と思ったビリーフにも例外があることに気づくと、不思議と気持ちが軽くなりました。思わず笑ってしまうほどでした。そして、気づいた変性自我の思いを変える必要はなく、固く締め付けているフタを緩めてあげることで、ほんの少し動きやすくなる感覚になりました。
また、個を超えたビジョンで仕事をするという桑原先生からの講義は、自分もそうだな、と思い、胸に刻まれました。
高い視点で仕事をすることをこれからでも、やっていきます!ちょっと胸が熱くなってしまいました。

 

 

  3講で、体調不良を起こしているのも自分発信ということに気づき、その直後に受講したオンライン名古屋ADでも、体も気持ちもすっきりしたはずが、やっぱり両親のことが絡んでくると反応してしまい、自分の体調に影響が出るということの繰り返しになっています。
 今、この波動コースや名古屋ADで学んでいることが自分自身のなかで生かすことができているのか、自分の在り方はどうなのか、次々とお試しされ問いかけられているような感じです。
 時制のマトリックスで、姫先生に「あなたがFAなの?」と聞かれましたが、それは過去の事よりも、未来の不安感やマイナスイメージにアソシエイトしてしまう自分の方が強くなってきていたからです。それも両親との関りを通して見てしまう未来の不安です。やっぱりこれも、かわいそうな私をやっているんでしょうか?
 ビリーフチェンジワークで、両親との関りの中で出てくる「ねばなら子」の変性自我ちゃんをMさんのガイドで「例外」に気づき、ビリーフを緩めて宣言したのですが、ついつい体が反応してしまいます。この「ねばなら子」は「長女として、そして両親の近くにいる私が両親の面倒をみなければならない(弟は他府県在住)」というもので、小さいころから親類や両親から「お姉ちゃん(私)はしっかりしている」「やると決めたら最後までやる」「息子より娘の方が面倒見が良い」等と言われ、私はそういう子なんだと思い込んで、そうすることが両親や親類に望まれていることなんだと無意識の次元にあったように思います。それが、保健室コーチングに出会い、色々な講座を受けて、自分自身と向き合う内に、これらのことに抵抗感を覚え、この夏前からようやく母に、「娘だから、女だからと一括りにしないでほしい。決めつけないでほしい。私は私だ。」と言うようになりました。
 ビリーフを緩めるために、例外を探す・確認することが大事なことや、緩めたことを宣言することで自分自身が楽になることを体感したので、変性自我ちゃんの肯定的意図も考えながら、反応から対応に変えられるように再選択していくことを積み重ねていきます。
 そして、他の受講生の方が話してくれたように、「将来自分がやりたいことをやっている、成功している姿を客観的に見ていて、じゃあ、そのために自分は今何をする?を考えてやっていけばいい。」ということに、私も意識を向けていこうと思います。そのためにも、「今ここ私」「今この瞬間」「本来の自分に戻る」を意識して中庸を保てるようにしていきます。
今日、朝からこの感想を送ると決めて過ごしている内に、またまた両親から電話連絡があり、二人の声と内容に反応してしまい、大きく引きずり込まれてしまっていたのですが、3講のテキストを見直してPC前に座ったら少し落ち着き、この感想を書いている内に、何層にも重ねられた箱の中から出ることも出来たし、冷静に実家に連絡して話してみようかと思えるようになりました。
しっかり地に足つけて、状態管理しながら現実を積み重ねて、笑顔の私で過ごしている未来にアソシエイトしていきます。
次回4講でも、しっかりと自分と向き合おうと思います。

 

 

第1講の感想

 

 

 

第1講の感想その2