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55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

現在、エンジニアとしての再就職かもしくは、PMとしての再就職の両面から活動しています。

そしてエンジニアとしての入社試験を受ける場合、避けて通ることができないのが、コーディング試験 です。

GAFA系の会社のエンジニアの入社試験では、5回面接試験があるとしたら4回はコーディング試験あるいは超テクニカルな質問のみの面接)であると考えるべきだということです_

ただ、そのコーディング試験では、プログラミング言語の文法とか演算子の記号などを正確に覚えている必要は全くなく、完全にロジックを考える思考能力と、それを正確にトレースする能力、計算量などを見極める能力が試されるので、「ソフトウェアエンジニアとしての根本的な能力」を問われることになるそうですSurprise

さて、そのコーディング試験で出題される問題は、アルゴリズム構築力を問われるものが多く、例えば「その文字列が、右から読んでも左から読んでも同じになる類のものかどうかを調べるプログラムをかけ」みたいなものがほとんどのようで、

正直なところ、本当の現場で使うようなことはまずないようなトリッキーなものが多いそうですlaugh

したがって、いくら今までソフトウェア開発エンジニアとしてやってきた熟練のエンジニアであっても、「コーディング試験専用のトレーニング」をしていないとまず厳しいそうです。

おそらくこの類の試験に強いのは、大学や大学院で散々アカデミックなプログラムを書いてきたり、「プログラミングコンテスト」みたいなところでいかに早くコードを書くかを競い合ったりしてきたような、

頭の柔らかい新卒系の若い子たちだろうと思われます_


しかし我々だって、無数のプログラムを書いてあらゆる問題を解決してきましたlaugh

さらに私事で言えば、高校生の時にソフトウェアエンジニアの国家資格である「第二種情報処理技術者試験」に合格し、20代で「第一種情報処理技術者試験」に合格(今では名前が変わっていますが)して、はたまた「月刊合格情報処理」という月刊誌にアルゴリズム問題関連の連載記事を書いたりもしていました。本来は得意分野です。


・・負けられませんlaugh

では、どうやって対策するか、ということですが、

現在では有難いことに、そういうコーディング試験で出題されやすい問題が大量に掲載されているサイトがあります。例えばLeetCode

https://leetcode.com



・・先日話を伺った、アメリカでエンジニアとしての転職経験のある方から、「こういったサイトでとりあえず100問くらい解けば、慣れると思います」とおっしゃっていただき、

とりあえず現在15問くらいやりました。。(まだまだですね_

でも半年も就活期間があれば、軽く100問以上解けますねlaugh

レイオフにしてもらったおかげで、こういうことをじっくりやる時間が取れますlaugh


さて、そのコーディング試験に関してもう一つ、重要な事実を知りましたSurprise

それは、「単にその場で出題されたコードを無言でテキパキと完ぺきに書いても、まず受からない」という衝撃的な事実でしたOMG

どういうことかと言いますと、

この試験のもう一つの大きな狙いは、「果たしてこの人と一緒に、同じチームでソフトウェア開発を協業しながらやっていけるかどうか」を見極めるところにあるのだそうで、

つまり、現場ではコミュニケーションをしながら開発を進めていく必要があると思いますが、

出題後、すぐにコーディングに取り掛かるようなワンマンタイプは大抵敬遠されてしまうそうで、

そうではなく、

引数にマイナスの値はあるのですか?」とか「エラーハンドリングはどこまでやりますか?」といったように、まずクリアではない部分をきっちりと話し合ってクリアにした上で取り掛かるべきであり、

また、無言でガンガンコードを書いていくのではなく、

私の方針はこうです。まず引数がNullであるか判定して・・」みたいに説明しながら、今何をやろうとしてそのコードを書いているのかを相手に分かりやすく伝える技術が求められ、

そして、書き終えても「はいできました。どうでしょうか?ではなく

テストデータをいくつか用意して(テストデータについても面接官と話し合いながら、出題意図とすり合わせつつ用意すべき)、トレースして見せるステップが不可欠だということでした。

そういえば6年前にコーディング試験を受けた時には、私はトレースする前に「はい、できました」と言ってしまいましたが、その時の試験官は「では、こういうデータがきたらどうなりますか?」などと質問してくださり、トレースせざるをえない状態にしてくれました。今にして思えばあれは 親切な試験官だったのですね_

また、現状の計算量(例えば一重ループならO(n)、二重ループならO(nの2乗)のような)を示して、パフォーマンスを上げるにはどういう変更が必要かなどを説明することが期待されているということで、

結局、ただコードが書ければいいということではなく、必要なコミュニケーションがきっちりできて、現場では効果的に協業して理想的なソリューションに近づけていくエンジニアが、採用されやすいのだということでした。

なるほど、確かに大規模ソフトウェア開発をドライブできるエンジニアかどうか見極めるには、必要不可欠な試験ですねsmile

とりあえず、まずは100問解いて、少しでもエンジニアリングスキルの底上げをしながら並行してJob searchを続けたいと思います。

アメリカで仕事探しをするに際して、リクルーターを通して仕事を紹介してもらうという方法は、

日本での転職活動同様、ポピュラーでかつ効率のいい方法だと思いますsmile

私もすぐに複数のリクルーターにコンタクトし、30分前後の簡単なミーティングをしてこちらの状況などを説明させてもらって、

マッチする仕事を探してもらうようお願いしていますが、

先週あたりから、コントラクター(派遣)やパートタイムの仕事はボツボツと紹介してもらえる状況になってきました。


その中でひとつ、面白かったエピソードがあるので紹介しますsmile

ある仕事を紹介され、その募集元の本社が日本の誰で知っている会社だったのですが、

それを知った私は「ということは、仕事で日本語で話す機会もあるってことですか?」とリクルーターに聞いたところ、

いや、この仕事に関しては全部英語だけで完結するから、日本語ができなくても心配しないで

と言われましたlaugh

いや、だからそうじゃなくって。。_



まあ、上記の仕事に飛びついても良かったのですが、
レイオフ当初は、コントラクターでもパートタイムで何でも、生計が立って子供を大学に行かせられればOK、と思っていましたが

現在の状況を冷静に考えると、7月中旬までは今の会社の幽霊社員なので新しい仕事を即開始することはまだできませんし、すぐ生活費に困るわけでもありませんので、もう少しストラテジックに活動すべきだと思いました。

なので、方向性としては

1.まずはこれまでの仕事以上のキャリアアップを目指してGAFA(Google, Amazon等)クラスの大企業にApply(応募)し続ける。
当然、スキルの底上げのためのトレーニングに注力する(今のスキルのままでは当然無理ですからね_

2.今の会社の幽霊社員が終わったら、正社員で希望の職種ならばOKというスタンスでApplyを続ける。

3.同時に、派遣社員に関しては半年間は「好条件ならば受ける」というスタンスで。

4.失業保険がもらえなくなる1月中旬以降はなりふり構わず_受ける

5.なお、GAFAクラスへの挑戦はリタイアするときまで継続する。万が一受かればいつでもそちらへ転職するlaugh





このような対応が、現実的かと思います。

いずれにしても、今後は仮に正社員としてHireされたとしても、そこでリタイアするまで働けるとは考えずに

常にキャリアアップ、もしくはレイオフの可能性があることを念頭に置いて、仕事探しはリタイアするまで続けるつもりでやるべきだと思っています。

現在、うちの奥さんは旅行に出かけており、うちでは子供と二人生活となっています。

え? まさかレイオフされた夫に愛想をつかして出て行ってしまったのか?

と思われてしまうかもしれませんが_、もちろんそうではありません。うちの奥さんはむしろその逆です。

確かに、もしかしたら世の中の日本人の奥様方の中には、旦那がレイオフになったなどと聞くと

えぇっ~~~!!なにそれ!どうしてくれんのよ!アンタ、それで私たち家族を養っていけるの?一刻も早くなんとかしなさいよ!

みたいな感じで取り乱して、夫にさらにプレッシャーをかけてしまうような人もいるかも知れませんし、

伝統的な日本人の感覚としては)そのような気持ちになるのも客観的に理解できます。

まあもしも、うちの奥さんがそんな態度だったとしたならば、私は今頃失意のどん底だったことでしょう_

ただでさえショックを受けているのに、傷口に塩を塗られるようなものだったでしょうね_


ところがうちの奥さんは、前述の通り全く逆でした。

全く動揺したそぶりを表に出さず、彼女に出来得ることを一生懸命やってくれて、

例えば先日失業保険の記事を投稿しましたが(関連記事)、最初にこの情報を調べてくれたのはうちの奥さんでした。

また、アメリカでの転職経験者と話す機会をいただいたという記事に関しても(関連記事)、最初の一人は、実はうちの奥さんがアメリカの中で自分で広げていったネットワーク(かなり強力)の中の友達の一人の旦那さんだったため、簡単にコンタクトできたのでしたlaugh

・・身内をべた褒めしていれば世話はありませんが、うちの奥さん、いつも素晴らしいですsmile

そんな最強奥さんは、数か月以上前(つまり私がレイオフになるずっと前)から ご褒美旅行として、国内(でも違うタイムゾーン)へ旅行に行く計画を立てていましたニコニコ

 

そして今その計画を実行中でして、先週末にフライトして、今頃はきっとメインイベントに参加している頃だと思いますニコニコニコニコ

 

She really deserves it彼女にはそういう報いを享受する資格が十分にある)ですねニコニコニコニコニコニコ


なので私はうちの子の学校への送り迎えや食事の支度(といってもあらかじめ用意してくれたカレーなどを温めたりするだけですが_)をしたり、

今日も日本語補習校のバレーボール練習がありましたので、うちの子を連れて行って、もちろん球拾いの手伝いをしましたsmile

ちなみに今日からネットありの練習になったので練習試合なども沢山できるようになり、参加者も大幅に増えましたニコニコ

今は、バレーボール練習の手伝いをしている時が一番気が紛れて楽しめる時間になっています。

なお、ギターの練習も続けてはいるものの、ギターを弾いていると、毎日昼休みの時間帯に会社でギターの練習をしていたことを思い出して悲しくなったりするので_、練習量は減っております。。

まあ、こうしてうちの奥さんの代役をするにあたって、私は良くも悪くも現在仕事がありませんので_トレーニングや仕事探しには余念がありませんが)、

ちょうどいいタイミングだったかも知れませんlaugh

とにかくうちの奥さんには今回の国内旅行で、少しでも楽しんでリフレッシュしてもらえたらと思いますsmile

今日も、アメリカ国内で転職経験の豊富な方に直接お会いして、話を伺うことができましたsmile

LinkedIn のプロフィールによると、彼は東大卒ということだったので、

高飛車だったら嫌だなあとか、「アナタとは住む世界が違いますから」という空気をまとっている感じだったら嫌だなあなどと(まあ確かに住む世界は違うのでしょうけれど_)心の中で思っていたのですが_

実際にお会いしてみれば なんのことはない、とっても気さくで親切で、むしろ私より腰が低いくらいで

・・先日も書きましたが、本当に優秀な人というのは超親切な方がとても多いですsmile


それで、振り返って今自分の周囲を見渡すと、優秀なのに気さくで優しくて親切、そんな人ばかりのような気がしますSurprise

なんというか、私のこの25年間の本当の宝物は、実はこの人脈 - 超優秀なのに まるで見返りを求めない どこまでも親切な人たちばかりに囲まれてきたことだったのではないかと思います。

彼ら、彼女らから多くを学び、そして本気で恩返しがしたいと思わせてもらえたので、その副産物として自分に出せる精一杯のパフォーマンスを常に出せるように頑張れた、なので副々産物として結果・成果が出せた と考えられます。

結局この25年間の成果の本質は「恵まれた人間関係」にあったのだと思います。


また、上記の東大卒の方や 先週話を伺った方々(関連記事)とお話しさせていただく機会が得られたのも「恵まれた人間関係」の延長にあったものだと思います。

彼らは はっきり言って私などとはレベルの違う超優秀な方々で、本来ならば私ごときに構ってくださるような人たちではないにもかかわらず、全力でサポートしてくださりました。

・・当然私は、何としても恩返しがしたいと思わずにはいられなくなり、せめてアメリカでの再就職を成功させて、「先日のアドバイスのおかげで再就職できました!ありがとうございました!」と報告したいと心から思っています。


これを書いていて思いましたが、超優秀なのに気さくで親切な人は、今回の私のように お世話になった人のやる気を引き出す力があるのですねsmile

レイオフの発表があったばかりの数週間前は、とにかく家族の生活費が確保できればもう何でもいい、清掃員でもレジ打ちでも何でもやるぞと思っていましたが、
もちろん今もそのデッドライン、家族の生活費の確保は絶対に譲れませんが

今の思いは、

これまで私ごときに親切にサポートしてくれたり心配して声をかけてくださった方々に、時間がかかってもいい報告がしたい

できれば再び世界のIT業界の最前線でもう一度結果を出して、恩返しがしたいですね。

それこそ、(私が時々使う例えで恐縮ですが)田舎のサッカー大好き少年が 「いつかワールドカップの大舞台で国を代表してピッチに立ちたい!」と言っているくらい遥かに遠い夢かも知れませんが_、まだ諦めません。

アメリカでの就職活動をするにあたって、前の記事でも若干書きましたが(関連記事)、何人かのアメリカでの転職経験者の方々と直接話をする機会をいただけましたsmile

彼らからすれば、私は全く面識のない他人のはずなのですが、

お話伺いたい」という旨をSNS経由で伝えると、快く引き受けてくださり、初対面なのに、またそのうちの一つは結構夜中だったのに、1時間以上も有益な情報を話してくださりましたsmile

・・転職活動に限ったことではありませんが、本当に優秀な人というのは物凄く親切な人がほとんどだと思います。

もっとも今回は、初対面とはいえ少なくとも彼らは皆私と同じ会社で働いていたこともあり(面識はありませんでしたが

また、同じ市内に住んでいる日本人というだけでも、全くの他人ではないと思っていただけたのかも知れませんsmile


さて、彼らのキャリアを伺うと、2~5年くらいの間隔で転職をされています。

既にアメリカの中で5社前後の会社で働かれています。

アメリカの常識では、特にシリコンバレーなどのIT業界では

同じ会社で働く平均年数は2~5年Surprise

同じ会社に10年以上留まる人は10%未満Surprise

・・ましてや終身雇用(新卒で入った会社にリタイアするまでいる)の形で30年以上のキャリアを終える人など皆無に等しい、ということのようですSurprise
もちろんアメリカに特化した話で、かつIT業界に特化した話です。日本の常識とは異なると思います。

また日本では、「転職」というと一般的にネガティブな印象があるような気がしますが、

アメリカではむしろキャリアアップ、ステップアップの機会であり、「今の仕事に不満があるから転職する」というケースよりも

むしろ「ここではすでに3年も働いて成長できたから、次のレベルの仕事を探してステップアップしよう」という形で転職し、もちろん給料も仕事の責任も増やしていく、という考え方が常識だということでした。


もっと言うと、アメリカの常識で言えば、「3年以上働いた職場でレイオフにあうのはラッキー」と考えるべきということでSurprise

その根拠は、

上記の通り、3年以上働いた会社を辞めて別の会社でステップアップを図るのはごく普通のことと言えると思いますが、それを進めるにあたって、

1)自主退社ですと、当然ですがパッケージ(特別退職金)が出たり、退職後半年程度の期間高い保険を会社が負担してくれたりという特典はありませんし、さらに退社前にいわゆる業務引継ぎ結構大変ですよね)をしなければなりませんが_

2)レイオフですと、まず当面は給料をもらいながらじっくり転職活動に専念でき、そして別の会社にステップアップ転職してしまえば、パッケージ分はそっくりそのまま「タナボタのボーナス」になり(しかも大企業ではかなりの額です)、
ついでに言えば前職の引継ぎといった面倒はレイオフの場合しなくていいのが普通ですsmile



なので実は「そろそろレイオフしてほしい」と心の中で思って仕事をしてる人もアメリカでは少なくないのだそうですSurprise

つまり、レイオフはキャリアアップの大チャンスしかもオマケのボーナス付き)だということになると思いますsmile
ついでに言いますと、「そろそろリタイアしようかな」と思っていたような人には、レイオフは渡りに船、損することは何一つない、嬉しいだけのことだと思います爆  笑。実際、今回一緒にレイオフになった中にはそういう人たちが何人かいて、嬉しそうでした爆  笑爆  笑

・・ただ、実は上記のようなアメリカの常識は、私も薄々感づいてはいました。

それでもレイオフを恐れていたのは、「別の会社の就職試験に受かる自信がない」からに他なりません_

もちろん私も、今の会社の中で、これまでに何度も別部署の試験を受けてきました。

試験では社内の候補も社外の候補も同等に扱われ、4~8回もの面接やテクニカル試験を突破しなければなりませんでしたが、

そうは言っても、やっぱり社内での就職活動は有利だったと思います。

何と言っても、社外からの応募に比べて私のレジュメを読んでもらえる可能性は高く、リファレンスしてくれる(推薦してくれる)人がついてくれることも結構ありましたので、

やっぱり有利だったと思います。

その点、今度は外部からの応募ということで、ろくにレジュメも読まずに捨てられていくという状況が、まず第一に大きな壁になっていますOMG

なお、「別の会社で実際に業務をこなせる自信がない」わけではありません。

もちろん、新しいことを大量に覚えなければいけないでしょうし、大いに苦労するのは間違いないと思いますが、

これまでの人生でやってきたように、「石にかじりついてでも血反吐をはいてでも、何が何でも結果を出す」というスタンスで死に物狂いで取り組めば まあ大抵のことはなんとかなると 思っております。

・・クールではありませんが、それが私の生き方です笑い泣き

しかしながら、入社試験を突破するにためは、根性論だけではどうにもならないということも分かっています_

したがって 今の段階でやるべきことの一つに、入社試験を突破するための技術を磨くということがあると思います。

何をどうやって磨くかについては、また別の記事にしたいと思います。

日本人気質の抜けない私は、「次の仕事が決まっていない」という状態が苦痛でたまりません_

なので一刻も早く次の仕事を確定させて、家族をこれまで通りアメリカで生活させてあげられる基盤を固めないと居ても立っても居られません_

なので毎日LinkedIn などを使って仕事探しをしたり、

親切な同僚や友人たちが共有してくれたJob description(仕事の募集要項みたいなもの)を精査して応募したり、

レジュメのブラッシュアップをしたりしています。

仕事を探していくと、結構自分にはまり役なのではないかと思えるポジションが、今までの会社の競合のような会社でボツボツ見つかります。なので、

これなら、Job interviewで今までやってきた仕事で自分が出せたインパクトやシステムの詳細、問題点と自分なりの考察などを的確に説明し、何がその会社のためにできるのかを見せることができれば、即戦力として使ってもらえるのではないか

と思ったのですが、

ほとんどリクルーターからの反応はなく、一社、自動応答みたいな返事が以下のような感じできました

We carefully reviewed your application for the 〇〇 role, and unfortunately the hiring team has decided not to move forward with your candidacy at this time. (我々は丁寧にあなたの応募内容を精査しましたが、残念ながら採用チームはあなたを次の採用ステップに進めないことを決定しました


OMGOMGOMGOMG

正直、これを見ただけで私の25年間のキャリアに意味がなかったような気持になり、結構へこんでいたのですが_

その後、アメリカでの転職経験の豊富な方々と直接会話する機会をいただきsmile
その素晴らしい機会に関しては、また別途別記事にしたいと思います

彼らの話の中から分かった基本的な常識としては

・私が現在応募していているような企業には、毎週数万通のレジュメが送られてくるので、一通一通読むのは不可能なので、どんなに優秀な人でも目に留まる前に見捨てられたりするのは常識である

・彼ら(私などとは比較にならない超優秀な人たち)も、100通以上応募して、3つくらい反応があった、みたいな状況の中でやってきた

・アメリカでレイオフにあった場合、すぐに就職活動に入る人はむしろ少数派で、だいたい半年や1年くらいは仕事しなくても生活できるだけのパッケージ特別退職金みたいなもの)が出るので、半年くらい自由に過ごしてリフレッシュしてから腰を上げる人の方が多い

・日本では、履歴書に無職の空白期間があるというのはマイナスのイメージを与えがちな傾向にあるが、アメリカではなんのマイナスにもならない

・2~3か月で次の仕事が決まるというのはほぼ最速のパターンであり、そもそも採用プロセスは時間がかかるので、焦っても意味がない


・現在は業界的に不景気なので、採用活動に対して積極的ではない企業が多い。なので来年くらいまで待って、もう少し景気が回復してから就職活動をする、という人も珍しくない

といったような情報でした。

つまり、もっと気長に腰を据えてやれ、ということですねlaugh


しかし、とは言っても、上記の常識は理論的には理解できても、

やっぱり、精神的苦痛はコントロールできないものですね_

夜中に一度目が覚めると、不安に覆われてなかなか寝付けなくなったり、

日常の判断に精彩を欠いたりすることが多くなっています(まあ、元々地頭が悪いので 大して変わらないのかも知れませんが_


いずれにしても、まず応募先のリクルーターの目に留まって、Informational interview(本当の面接の前の事前確認の場)の機会を得ないと何も始まらないので、工夫していく必要があると思います。

この月曜日はMemorial dayということで、数少ないアメリカの祝日の一日です。

これまでであれば、この日が来るのを日々心待ちにして、(何しろ2月以降この日まで、祝日がありませんから。。_)この貴重な3連休を満喫するところなのですが、

レイオフになってしまって明日の見えない私には、つらい3連休になると思っていました。OMG

・・3連休でなくても、どうせ仕事がないのですからね・・えーん

それでも、日曜日にうちの子の日本語補習校のバレーボールの練習があったので、また球拾いのボランティアのために公園に行きました。


人間、頭と体は連動するようにできているので、

体をアクティブに動かすと、頭の方もすっきりして動きがよくなるといわれていると思いますが、

やっぱり、その通りだと思いますsmile

3時間ほど、子供たちに交じってバレーボールの練習をしていたら、すこしどんよりした気持ちがすっきりしました。

何も状況は変わっていなくとも笑い泣き

なお、これまでであれば このように学校のPTA活動の一環として、イベントのサポートをすると カンパニーマッチングプログラムを使って、会社から 私がボランティア活動した時間に対応する金額が、日本語補習校のPTAに募金されていたのですが(この金額は結構バカになりません)、

今後はどんなにボランティア活動をしても、もう会社のマッチングプログラムを使うことはできないので募金にならず、日本語補習校にまで迷惑をかけてしまっています_

まあそれでも、もうマッチングプログラムによる募金はできなくても、子供たちのバレーボール練習の手伝いは続けていきたいと思います。smile
 

ところで、私は結局何年この会社で働けたのか、ということですが、

正確に言いますと、25年と2週間でした。

25年=四半世紀」という期間働き続けるのは、アメリカの会社ではかなり難しいことだと言われています。

理由は、雇用が労働組合などによって保護されていないからということと、特にこの会社の場合は毎年 設定以上の成果を出し続けていないと、Low performerという扱いになり結局クビになってしまうからですOMG

したがって、25年もこの厳しい状況下で働くことができたことには、実はとても満足しています。


ただ、タイミングが最悪でした_

というのは、「25周年勤続おめでとう!今後も頑張って!」という感じのことを書かれたレターが、一応CEO名義で送られてきたのですが、

そのレターが届いたのが、レイオフのアナウンスの3日後だったのです_


これがもしもレイオフのアナウンスの一日でも前だったら、たぶん週末にパーティーを開く計画など立てて大騒ぎをしたと思います。

新しい個人用PCをオーダーしてしまったかも知れませんlaugh

下手をすれば、Gibsonのアコースティックギターを注文してしまったかも知れませんlaughlaugh

そしておそらく「もういつレイオフになっても悔いはない」と思っていたものと思います。

・・まあもし「もういつレイオフになっても悔いはない」と思った直後にレイオフになったら きっと自分が呼び寄せたレイオフだと感じてしまって相当自分を責めたでしょうけれど_。。

とにかく、レイオフのアナウンスの後で おめでとうレターを受け取っても、辛いだけでしたOMG

もちろん、そのレターを発行しているチームと、レイオフをドライブしている人事のチームとの連携は当然とれていないと思われ、

こういう皮肉な現象が起きてしまうのも、まあ事故みたいなものだと思いますが_

ずっとずっと夢見てきた、この憧れの会社での25年勤続は、喜ぶ瞬間を与えてくれませんでした_


それでも、25年この会社で働いたことで得られた「宝物」は少なくありませんでした。

挙げていればきりがないのですが、

25年前の自分にはイメージすることもできなかったようなハイレベルなビジネスマネージメントの世界、超大規模ソフトウェア開発開発の世界で、

世界の天才集団みたいな人たちと、机を並べて一緒に成果を作ることができた

という「消えることのない貴重な経験」こそが、最大の宝物だったように思います。

・・田園広がる地方の田舎町の、裕福とは言いにくい小さな家庭で生まれ育った、大した取柄もなかった私にしてみれば、出来過ぎだった25年でしたから、

正直もう、明日人生が終わっても悔いはない

 

・・とは言える立場ではなくてlaugh

私の満足度の問題ではなく、何といってもうちの子がまだやっと高校生になるところですから、

彼をしっかり社会人として送り出すまでは、まだ終わるわけにはいきません。


しかしながら、アメリカでの就職活動が簡単なものではないことを今実体験として学んでいます_

まあいずれにしても、全力で就職活動を続ける以外の道はないので、血反吐を吐きながらでも頑張るしかないですね。

先週 Layoff(大量解雇)の対象となりましたが(関連記事)、

子供の将来のためにも 奥さんの幸せのためにも 自分自身のキャリアのためにも、

当面はアメリカで頑張ろう

と考えています。(関連記事

その際、最初に考えなくてはならないのは当たり前ですが

生活費含む家賃)をいつまで払い続けられるか

になると思います。

持ち家があるならば アメリカにいられる期間はもちろん長くなると思いますが、

我々はアメリカに持ち家はなく、このあたりの家賃相場はとても高いです。

貯金を切り崩してすべてを払っていくと、まあそんなに何年もは持ちません_

したがって、せめて家賃分だけでも賄える仕組みが必要です。

しかし「そんなお金の生る木みたいなものがあるのか?」という話ですが_

ワシントン州の Employment Security Department の失業保険制度を使えることが分かりました。

https://esd.wa.gov/

アメリカのCitizenshipを持っていない人が失業保険を受給できるのか?」と誰もが思うと思いますが、

グリーンカードホルダーは、受給の対象でした。smile

実際、数年前にやはりLayoffになってしまった日本人の同僚の方が、同じようにグリーンカードホルダーで日本人国籍でしたが(ちなみに彼は超優秀なエンジニアです。なぜLayoffの対象になったのかさっぱりわかりません)、次の仕事が決まるまで実際に失業保険を受けていたそうです。

なお、そもそもグリーンカードの効力は結構高く、市民権を持っている人との差は ほぼ選挙権の有無のみであるといわれています。失業保険の対応もアメリカ国民と一緒であるということです

失業保険を申請するには、ワシントン州の Employment Security Departmentのページ(https://esd.wa.gov/)に行き、アカウントを作ってApplicationをSubmitするのですが、

途中で以下のように、「あなたは市民権を持っていますか?もしくはアメリカ国民ですか?」という質問が表示されますので、ここを「No」と答えますと、

次のページで「じゃあ何の移民ドキュメントを持っているのですか?」と聞かれますので、

ここで I-551グリーンカードのことです)を選択すれば、先に進めますsmile

なお、私は現時点ではまだ今まで通りの給料を受けていますので(7月上旬までは、仕事も入館許可もないけれども社員です。まさに幽霊社員。。)、申請はできません。

7月になっても職が決まらなかった場合に申請することになると思います。

申請後には、一週間に3回、就職活動報告をする必要があるそうです。例えば〇〇にApplyしたとか、そういう情報とその証明を提出することで、失業保険が週払いで出るということです。

金額に関しては、まあだいたい 家賃分と光熱費通信費をすべて払って、食費が一週間分くらい残るかというくらいの金額のようです。

・・まあ、どうしても貯金を切り崩しながらでないと生活できないと思いますが、

食費だけということであれば、まだ当面は賄えるかと思います。

アメリカの失業保険の最長給付期間はほとんどの州で26週半年くらい)だそうです。

したがって、通常、完全に退職になってから半年以内に次の職を見つけられるかどうか、というのが一つの目安になってくると思います。

もちろん、数年暮らせる貯えがあるとか、ポートフォリオなどの収入によって十分暮らせるということであればこの限りではないと思いますが。

Layoff(大量解雇)の対象になってしまった私が(関連記事) 最初に決めなければならないことは

アメリカに残るのか、日本に帰るのか

ということです。

なお、これがグリーンカード(永住権)を持っていない、就労ビザで在米している状態でのLayoffであれば、有無を言わさず帰国でした。OMG

もしくは一か月ちょっとの間に新しいビザスポンサーが決まれば、つまり新しいフルタイムの仕事 - ビザが発給できるレベルの大企業に限る が決まればもちろん残れますが、当然かなり難しいです
 

しかし、グリーンカードホルダーである我々は、法的には我々はアメリカに永住する権利を持っていますので、帰国するかどうかについては自分たちの意思となります。

 

その意思決定にあたって 私が一番考えなくてはならないのはうちの子の将来のことです。

うちの子は日本の学年で言うと今中学3年生です。アメリカの学年で言うと今年の9月から高校生です。


==== 日本に帰る場合の考察

一般的に子供を連れて日本に帰国する場合、一番避けた方がいいといわれているのが「高校編入」になってしまうタイミングです。

義務教育ではない日本の高校に編入する場合、受け入れ態勢が整っていない高校が多く、編入は大変不利なものになってしまう場合が多いそうです。OMG

かといって高校編入を避けるために中学留年のような形で翌年まで待って、高校受験からやり直すとなると、一学年遅れますので日本の社会の構造上 正直つらい思いをする可能性が高くなってしまうかと思います。

一方、大学への編入は逆で、アメリカの大学に通っていた帰国子女を 有利な条件で受け入れてくれる大学は少なくないそうで、むしろ日本で大学受験するよりもずっと有利だといわれております。

なので大学入学時か大学編入のタイミングで日本に帰るのが、もしも学生のうちに日本に帰るならば有利だといわれております。

なお、中学生のうちに帰国して、日本の中学に編入することはもちろん可能です(義務教育ですから)。

ただし今のタイミングでうちの子が帰国して中学に編入すると、いきなり高校受験に向けて猛勉強、という状態になると思います。OMG

まあ、英語のリスニング以外はボロボロになるのは目に見えています。。

==== アメリカに残る場合の考察

一方、アメリカで高校ー大学と進む場合ですが、

高校はアメリカでは義務教育ですので、基本的には100%地元の高校に入れます。

そして、大学入学に関しても(ここが日本との大きな違いなのですが)、地元の高校である一定の成績をキープしていれば、地元の大学にエレベーター式に入れるということです。

※そもそもアメリカの大学は、日本のようなあの厳しい大学入試制度はなく、特に地元の高校ー>大学コースであれば入学はそれほど難しくないのだそうです。
ただし、日本の大学に比べて入学後の単位取得は大変なので、入学後頑張る必要がある ということになります。


そしてもう一つ、有利な話がありまして、

うちの地元の大学である University of Washington は、世界の大学ランキングで言いますと、現在は東大よりも上となっているそうでSurprise

つまり、このままここで地元の高校に入り、普通に頑張ってまともな成績を修めて、そのまま地元の大学にエレベーター的に入学して卒業すれば、単純に言えば「東大卒」以上の学歴を得ることになりますSurprise

もちろん、地元大学を卒業するためにそれなりに努力しないといけないとは思いますが、まず間違いなく、日本に帰って東大受験して東大を卒業するよりも現実的だと思います。

その後日本に帰って就職するもよし、アメリカに残るのもよし・・どう頑張ってもいま日本に帰るよりもうちの子にとって有利だと思います。


ということで、うちの子の将来のためにはアメリカに残るのが得策、ということになると思います。

 

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そして次に、うちの奥さんがどうしたいかということですが、

これは結構明確で、彼女は日本にいた時よりも アメリカに移住してからの方がはるかに幸せそうです。

そもそも彼女は、私の長期計画である「リタイア後は日本に帰国して平和に暮らす」というアイデアさえも、できることなら変更したいと思っているくらいで爆  笑

生涯アメリカに住んで、年に数回日本に旅行に行くというのが理想だと思っている人です。

まあ、リタイア後のことはまだPendingとしても、少なくとも今はアメリカに住み続けることが彼女の幸せにより近いという状況です。

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最後に私はどう思っているのか、ということですが、

とりあえず金銭的な話は置いておいて、純粋にアメリカに住み続けたいのか? それともこれを機会に日本に帰りたいのか?を自問自答しますと、

もともと私は、先週までやっていた仕事がやりたかったからアメリカに来ました。

何度かこのブログでも書きましたが、あれは私の「ドリームジョブ」だったのです。

だったら、それができなくなった今、もうアメリカにいなくてもいいんじゃないか?という話になりますが_

確かに移住後 最初の数年はそんな気持ちでしたが、

6年たった今は、アメリカの方が住み心地がよくなってしまいましたsmile

もちろん、日本の方が有利な部分もたくさんあります。なんといっても、日本の「救急車がタダ」をはじめ、国民健康保険の金額など、医療にかかるコストが安いというのは在米日本人の垂涎の的ですlaugh

まあ医療に限らず、金銭的な意味ではほぼすべてにおいて日本の方が安いと思います。

しかし、何がアメリカの方がいいと感じているかと言いますと、「世間体」という概念がアメリカにはほとんどない、ということですニコニコ

無理に人に合わせることなく、無理に流行にある程度合わせることなく、必要以上に他人の目を気にすることなく、自分が自分らしくいられるこの風潮が好きです。

したがって私は、うちの子と奥さんのためだけにではなく、自分自身のためにも、アメリカに残りたいと思っています。
日本に帰っても、それはそれでOKなのですが


ということで、次に考えなくてはいけないのは「ではどのくらいアメリカに残れるのか?」です。

もちろん新しい仕事が決まればそこをクビになるまでは残れると思いますが、仕事がなかなか決まらなかったとして「どのくらいの期間持ちこたえられるのか?

というところを明確にする必要があると思います。

そこは次の記事にしたいと思います。