「ふたりの黒い医者」 | 福岡の中心より愛を叫ぶ!~DQMSLに愛を込めて~

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読者の皆さ〜ん・・・愛してま〜〜す!!

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皆さん、こんばんは!(^-^)





今夜は、


ブラックジャック先生と、


その終生のライバル?


ドクター・キリコの名言・・・







「生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ・・・・


 それを人間だけが・・・・・・


 むりに生きさせようとする


 どっちが正しいかね ブラック・ジャック」


 

           (「ふたりの黒い医者」よりドクター・キリコの言葉)




「それでも わたしは人を治すんだっ


 自分が生きるために!!」



          (「ふたりの黒い医者」よりブラックジャックの言葉)







【「ふたりの黒い医者」あらすじ】


戦場で体を吹き飛ばされて苦しむ人たちに囲まれ、

安楽死もひとつの人助けだと信じるようになった元軍医のキリコ。

彼は全身不随の女性に呼ばれた。

しかし同じ日にB・Jはその子供たちから母を助けてくれと頼まれていた。

B・Jはキリコの手から患者を奪い、オペを開始する。

オペは成功するが、母子は退院直後、事故で死んでしまい、

B・Jの耳にはキリコの高笑いが残った。



助かる見込みの少ない患者を、


奇跡の手術で生きながらえさせるブラックジャック先生と対照的に、


闘病やケガの苦しみに耐えられず死を望む患者に、


”安楽死” という方法で人助けをしていると信じているドクター・キリコ。


ブラックジャック作品の中でも、


この二人が医者としての価値観をぶつけ合う話はたくさんありますが、


コミックスでは、


この話がドクター・キリコ初登場の回だったかと思います。




この話を初めて読んだのは、


私が小学生の頃でした。


正直、


生と死について考えるにはまだ幼すぎましたが(笑)、


それでも漠然と、


この二人の考え方の違いについて、


自分なりに考えさせられた記憶があります。




あくまでも個人的な考え方ですが、


ドクター・キリコのやり方も、


ブラックジャック先生が決め付けるほど、


必ずしも”悪”と言えるものではなく、


共感できる部分を感じ取ったものでした。


今でもたまに”尊厳死”という言葉を耳にする事がありますが、


もし、


自分が死ぬよりもつらい病気にかかり、


治る見込みがないとわかったとしたら?


また、


自分が全く意識もなく完全な植物人間状態に陥り、


ただ生きながらえる為だけに、


治療費や入院費を家族などに負担させ続けているとしたら?


果たして、


自分は ”安楽死” ”尊厳死” を望まないだろうか?


そう思ってしまうのです。




この話では、


ドクター・キリコが安楽死を依頼された全身不随の女性を、


その女性の子供たちに頼まれて、


ブラックジャック先生が手術を成功させるものの、


退院直後に交通事故で親子もろとも死んでしまいます・・・


人の命のはかなさと無常を感じさせる、


何ともやりきれない話でした。





その親子死亡の知らせを受けて、


高笑いするドクター・キリコに向かって、


ブラックジャック先生が叫んだのが上の言葉。




医者としてのプライドを感じさせる言葉ですよね。




生きるという事はどういう事か?


死ぬという事はどういう事か?


医者のあり方も含めて、


いろいろ考えさせられた印象深いストーリーの一つです。




では、また~!(´∀`*)ノシ バイバイ

















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