いまのしゅんかん -12ページ目

最後の雪遊び

今週は水曜日以降は、出勤せずに家で新しい工場がらみの仕事をしながら、リハビリのミーティングがあったり、歯医者のアポがあったり、友達がお見舞いに来てくれたりと、なんだかんだあっという間に過ぎた感じ。
 
友達とは去年の秋以来に再会で、その時とまた状況が違っていたので、彼女が使っているデンマークのシステムを見せてもらって、私が骨折で体験した一連の医療サービスについてもそうだけど、まだまだデンマークの知らないことはあるのだな、と興味津々。。
また、彼女はビザの更新を申請したそうなのだが、なぜか今は移民局が大混雑で、予約スロットが取れず、再入国カードを発行してもらうのもなかなか難しいという。
2023年に彼が永住権を申請したとき、やはり再入国カードを申請するために付き添いで初めてNæstvedの移民局に行ったけど(というか、私が興味津々で付き添わさせてもらった)、あらかじめ予約スロットを取ってから行くので、移民局はガラガラで、私自身は2010年に永住権を取るまで、コペンハーゲンの移民局でいつも番号カードを引いて、2〜3時間待たされていたのと隔世の感があるなと感慨に耽ったものである。
ずっとそんな感じらしかったのだが、今なぜ混んでいるのかは謎。Novoの5000人解雇もそうだし、複数の大企業がレイオフしているので、多くの労働ビザを持つ外国人が対応を迫られているからかもしれない。
 
昨日は、週末の気温上昇と降雨で、地下室のある家を持っている人は気をつけるべき、という警告がDRのサイトで見られたので、対応することに。
 
なんでも、大量にある雪が、この週末で大部分溶けて、その結果、窓からの浸水や融水による建物のダメージのリスクがあるので、建物の近くにある雪を除雪するべきという警告だった。
彼を待とうと思ったけど、せっかく晴れていて日光を浴びるチャンスだし、小さいシャベルで、地下室の窓の近くにある雪を取り除き、ついでに通路に雪を被せて、クロカンで玄関から門の間の一往復してみた。
彼が帰ってきてからは、窓の近くだけでなく、建物全ての部分の除雪をしてくれた。
 

今朝の写真だがこんな感じ。

 

自宅でのクロカンで、ただ歩くだけだったら全然足に負担がないことを認識し、今日が最後のチャンスだと、日の入り直前に鹿公園に行った。

 

 
正直、壺足で歩くより、クロカンで歩く方が全然楽だった。
壺足の方が、雪の凸凹で重力のインパクトを受けやすく、かといって舗装路の上は部分的にアイスバーンになっているので、足を滑らして転倒という惨事を防ぐのに気を遣う。
クロカンは全く抵抗がないのでインパクトがなく、足が板に乗れていれば、安定もしている。鹿公園はアップダウンもないのでちょうどよかった。
 
雪のせいで色々あったけど、なんだったら、骨折したのは、雪のせいでコペンハーゲンで駐車に難儀し、違法の場所で一時的に止めて、急ごうとしてアイスバーンの上で転倒したのが原因だったけど、それでも雪のおかげでものすごく楽しめた。
頻繁に鹿公園にクロカンで遊んだのはいい思い出である。
 
ちなみに、なぜオリンピックでデンマークがメダルを取れないのか話題になったけど、やっぱり日常でウィンタースポーツにアクセスできないことが大きいと思う。
オランダみたいに山がない国でもスケートが盛んな国もあるけど、そういった高額な施設に頼らずとも、それほど金も手間もかけずにできるくらいじゃないと、国をあげて盛んなスポーツにはなりにくい。
ノルウェーに行くと、なぜ冬季オリンピックで金メダルの数が一番多いのか、簡単に納得してしまうほど、老若男女ウィンタースポーツやっている雰囲気を垣間見れるのである。
 
デンマークでも毎年雪が多ければもっと盛んになってもいいと思うけど。。。
次はいつだろう。また15年後かな。

Den Sidste Slæderejse 観劇

 

昨日、演劇を観に行ってきた。

「Den Sidste Slæderejse」という、デンマーク人探検家Knud Rasmussenの、グリーンランド人猟師妻Arnarulunnguaqを伴っての5回目の北極圏探検ツアーをモチーフにした話で、予習なしでの観劇はなかなか難易度が高いながらも、新しい発見をしてレガシーとして残そうとするKnudと、スピリチュアルに生き自然にそのまま対峙しようとするArnarulunnguaqの、デンマークとグリーンランドの価値観の違いやチグハグさは十分に伝わる劇だった。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Arnarulunnguaq

 

Knudはともかく、Arnarulunnguaqは文献にはほとんど名前を残してなくあまり知られてなかったが、最近になって脚光を浴びてきたという。

 

冒頭で、Arnarulunnguaqが2度生まれた、というセリフがあり、一度母親に首を締められて殺さそうになったことを、舞台で再現して見せながら、その体験について、「一度死に、再度生まれた」と言うのである。

そして、Knudが、いいことだけをまとめて本にしていることを「そんなの嘘っぱちだ!!」と鼻で笑いながら、実際の体験にはいいことも悪いこともあるのだ、ときっぱり言い放つのである。

そのwikiによると、食糧が足らず口減らしのために母親に殺されそうになったが兄弟が泣いたので命拾いをし、彼女はその体験を2度目の誕生と言っていたらしい。

 

彼曰く、Arnarulunnguaqは、私に似ていると。

確かに私も2度生まれているしね。(そこじゃない。。半分ガチだけど。)

見た目だけでなく、芯の強さを伺わせる雰囲気が似ているという。

 

 

今年になってグリーランド危機でストレスになっていたけど、それだけにこの劇に興味を持ち観に行ったけど、ますますグリーンランドに対する興味は深まった。

 

このプロジェクトが始まるときに、グリーンランド人女優Nukaka Coster Waldauはまずグリーンランドに関する講義をしたそうである。

危機が起きる前は価値観や文化の違いで、デンマークとグリーンランドとの関係はかなり微妙だったけど、これを機にまたグリーンランドについて理解が深まればいいなと思う。

 

パンフレットから

新プロジェクトのキックオフミーティング

なんだかんだ、今週から通常運転に戻りつつある。

昨日は、社長といろいろ打ち合わせしたかったので、いつもより1時間遅い8時に出勤したら、皆んなに驚かれ、社長にはまだ来なくていいのにと怒られてしまったが、とはいえ自分の頭と体を鈍らせたくないから仕事したいと、リモートでもできるタスクについて話し、一つ片付けて昼過ぎに退勤、

 

今日は、プロジェクトパートナーのスタートアップ企業がある、コペンハーゲン郊外のレンタルオフィスコンプレックスまで、新しいプロジェクトのキックオフミーティングに参加してきた。

 

かなりモダンな内装。
 
ここに入っているスタートアップ企業は、2015年から3年間携わったエレクトロニクス系のコンソーチウムプロジェクトにいたPhD二人が、2020年に起業した会社で、3人で始めた会社が今は35人もいるそうで、オフィスも私が前職でいたコンサル会社よりも広くて驚いた。
まぁ、同じ建物の別のオフィスで手狭になってきて、さらに従業員を増やしたいからと、2ヶ月前に引っ越したばかりだそうだが。
 
 
彼らの事業も、その10年前のコンソーチウムプロジェクトの成果物を基に、スピンアウトし商品として開発されてきて、新しいプロジェクトはよりスケールアップした生産ラインを確立することを目的としているが、今やAI時代、彼らの商品はさらに需要が高まっており、あのビジネスにうるさい社長でさえ大きなポテンシャルを感じているプロジェクトなのである。
 
日本では、いかにAIと付き合うことが話題になっているが、ヨーロッパでは、どちらかというと、AIによって激増している電力需要にどのように対応するかの方がクリティカルであるような気がする。
特に、ヨーロッパは、戦争によってエネルギー危機が起きたことも大きいのだろうが。
日本では、太陽光パネルのメガソーラーパーク設立の反対、原子力発電所の再稼働の反対が声高に叫ばれているけど、正直、呑気だなーーーーと思ってしまう。まぁエネルギー代が物価に直結していることも認識されていないのでは、と疑うほどでもあるが。
 
というわけで、昨日はプロジェクトの資料を読んだり、関連する過去の開発プロジェクトを読み直していたりしたのだが、今日のキックオフミーティングでより目的や内容を把握できて面白かった。
 
ただ、これから大学側は新しい人材を獲得しなければならないそうだが、エレクトロニクス系でいい人はなかなか見つからないらしい。。。給料がいいデンマークでもなかなか苦労するのか、、、
まぁアメリカに比べると、給料レベルは全然低いらしいけど。
 
ともかく、このプロジェクトのこれからが楽しみである。

退院後のリハビリと娘の滞在最終日

木曜日に退院して、金曜日には朝からクリニックと抜糸の予約をしたり、仕事のメールを書いたりオンラインミーティングに出たり、娘とバスに乗ってショッピングセンターに買い物に行くなど順調に回復できるかと思いきや、、、

 

その後発熱と吐き気で撃沈。

ずーっと気持ち悪さと戦い、20時にやっと起き上がって、なんとか焼き魚と揚げ出し豆腐を作って夕飯にしたが、私は食欲なし。。(どっちも大好物、、泣)

もう、病院からくれた痛み止め(モルヒネ+アセトアミノフェン)を飲むのをやめ、自分がもってるアスピリンだけで痛みをコントロールすることに。

 

土曜日もうっすら気持ち悪さが残ってて食欲もないし何もやる気なかったが、午後にアスピリンを飲み、鹿公園に行くことに。

体調イマイチでも、動かなければ、消化器官はパッシブなまま、ますます体が機能しなくなるというジレンマがあるのである。

 

 

彼と娘はクロカン、私は歩き、最初はトラックの近くを苦労しながら壺足で歩き、私だけ半分アイスバーンの舗装路上を歩くことにしたが、行ってよかった。

 

 

また滑って転んだらシャレにならんと神経質になってゆっくり歩いたが、それでも外に出て、新鮮な空気を吸って、美しい景色を眺めながら体を動かすのは気持ちよかった。

 

4kmほども歩いて疲れたが、意外と元気なままで、すぐに友達の家に行く娘を送ったあとに買い物し、初めて食べたいと思って豚の生姜焼きと大根の味噌汁を作って、おいしく夕食を頂くことができたのだった。食欲があるって素晴らしい。

 

今日は、昨日のバレンタインデーで作ろうと思ってたけど体調イマイチで作れなかった大福を作った。

 

 

娘が今日で自分のアパートに戻るから、というのもある。

本当はもっと前に作ってあげるつもりだったけど、バタバタした挙句、私が骨折してしまったのでギリギリになってしまった。。

 

私のバイタル向上にとても効果を感じたので今日も鹿公園へ。

 

 

私は最初から舗装路の往復。

しかし、新雪はないままなので雪の状態はさらに悪くなってたそうで、娘はハードだと感じたらしい。

でも、クロカンは楽しいと思うようで、心臓の手術をしてリハビリにちょうどいい運動量だし、今年はデンマークで雪が多いのが幸いしたなと思う。

正直、このきっかけがなければ、ゲレンデスキー好きの娘がクロカンを始めることになったかは疑問。

娘が我が家に療養滞在して、クロカンを始めたことが一番の収穫だったと思う。

 

これから最後の夕飯(牛肉のステーキとサーモンの刺身という豪華プロテインディナー)を用意し、娘をアパートに送る。

退院

娘にMinSPという、医療プラットフォームのアプリを教えてもらい興味深々。。

 

木曜日が退院予定日になってる。

 

治療やバイタルなど、ジャーナル(カルテ)の全てが見れる。

 

 

発熱が治らず、気になってた細菌感染の数値も下がってる。

 

昨日の朝、朝食を食べてしばらくしてから医者が来て、もう退院できるとのこと。

その後看護士にいつ退院したいか聞かれ、いつでもいいけど、そちらの準備が出来次第でと言ったら、10時半には書類や薬など全て用意してくれ、彼に迎えに来てもらえるようお願いした。

 

ちょうど別の人が入院するところだったのだが、なんとその方は、1週間前にスウェーデンのÅreというスキー場で転んで膝を骨折し、これから手術するという。

電車で帰ってくる予定が、急遽飛行機で土曜日にデンマークに戻ってきたというが、それでも5日も経っている。

私はコペンハーゲンで骨折したのですぐに治療してもらえたけど、遠方で事故が起きるとなかなか大変なのだなと思った。

 

家に帰ったら、杖なしでも歩行が容易で、問題なく生活できる感じだった。

とりあえずシャワーを浴びて久しぶりに髪を洗ってから昼寝をし、夕方に彼と買い物に行き、本当は姪が来る火曜日に作るはずだった豆乳鍋を作った。

久しぶりに自分で作ったご飯を食べて美味しいと思ったけど、痛み止めのせいかお腹の調子が悪く、あまり食べられなかった。

 

そしてオリンピック、女子カーリングのデンマーク対日本戦を観戦した。

多分レベルが拮抗していて接戦で面白かったけど、未だ戦略がよくわからない。。

後方の方が有利で、その時にどれだけ点数を稼げるのかもポイントだし。

日本が勝つと思ってたのに、最終回の10セット目で日本が後方でドロー止まり、11セット目で後方だったデンマークが3ポイント獲得し勝利した。

コペンハーゲンで大腿骨骨折→入院、手術


 

実は入院中。

 

月曜日に凍結している道路の上を走ってしまい、足を滑らして捻るように転ぶというバカな行動のせいで深刻な事態になってしまった。。

 

転んだ時は悶絶し、しばらく動けなかったが、そのあと歩いて運転もして家に帰れたのでまさか骨折したとも思わず、彼と一緒に買い物して新しくオープンしたアジアショップで冷凍の納豆と餃子、キムチと韓国海苔などを買って簡単な夕食にしたものの、熱は出てくるしお尻の横がどんどん痛くなってきて、デンマークの緊急医療サービスに電話し、いろいろ質問され、ある所定の病院に22時に来るようにとのこと。

 

病院にいき、IDでチェックインし手首バンドをつけてもらい、病室へ。

軽い問診のあとレントゲンをとってもらい、すぐに骨折と診断され、もう動いてはいけないのでこのまま入院と言われ、尿管カテーテルを挿入、点滴も入れられ生理食塩水を補給された。

 

しかしその後が地獄。

骨折箇所の痛みだけでなく、尿管が膀胱炎の痛みにそっくりで、それに耐える方が大変だった。

アセトアミノフェンなどジェネラルの痛み止めを持ってこなかったことを後悔した。

 

多分2時間くらい待って、麻酔室へ。

おそらく麻酔医があくのを待たなければならなかったのだろう。もう0時過ぎ。ご苦労様です。。

まずはモルヒネを打ってもらったのだが、これで完全に骨折患部と尿管の痛みが消えた。

それから背中に麻酔を導入する管を挿入してもらうのになかなか難しかったようで、30分以上かけて奮闘してもらった。

 

麻酔室

 

それから麻酔室に1時間ほど待機したが、彼はその間に帰ったらしい。

なかなか連絡できず迷惑かけてしまった。

 

骨外科の病室に移ったのは3時頃。

バイタル測って、タブレットで翌日の食事の注文をし、寝たが、麻酔で足は動かないし、隣に人が寝てるしでほとんど寝られなかった。

 

違う時間にとったときの。

 

6時に起こされて薬を飲み、またウトウトして8時に主治医が来た。

しばらくして手術室に行き、下半身につけているものをすべてとり、専用の布を被せてもらい手術開始。

部分麻酔なので起きていたが、ナーバスになっている私に痛み止めを追加してくれ、またウトウト。結局ほとんど寝ていたが、終わってから別の部屋に移され、バイタルを常にチェックしながら麻酔が切れるまで2時間ほど待機した。

しかしモルヒネなどの痛み止めが入った液は導入され続けていたので麻酔が切れても痛みはまったくなかった。

 

病室に戻ったのが13時前。

荷物が戻ってきてやっと連絡できるようになったが、なんとこの日、姪がデンマークにワーホリで来ることになってたので本当は私が空港に迎えにいくはずだったのが彼がバンで娘と行ってくれることになり、ちょうど空港に行くということで少しだけビデオチャットした。

迎えにいったあと一旦家に戻って、私の車で3人で病院まで来てくれるという。

 

入国と荷物のピックアップに時間がかかり、13時半到着で空港を出たのが16時前。病室に来てくれたのが17時頃だった。

19時15分になじみの中華レストランに予約し、18:45まで話したり、翌日オーフスに行くバスのチケットを借りたり、デンマークのアプリを入れたりして過ごした。

 

彼らが出た後眠くなってしまい、食べ終わったあと彼がまた来てくれたのに疲れていてほとんど話せなかった。

そういえば尿管をとってもらって5時間以上尿意がなく、看護士に膀胱を超音波で見てもらったが一度目はそれほどなかったが二度目は結構尿が溜まってたのでトイレに。

どうも痛み止めが感覚を麻痺させているらしい。

 

入眠剤のおかげでよく眠れたが、今日は吐き気との戦いだった。

朝一番に吐いた時は、前日食べたものが全部出て来て、胃で吸収されてなかったっぽい。。便意がないのもさもありなん。これも痛み止めのせいなのか。

 

コムーネのスタッフが来て、退院後に必要があれば看護士の支援があるとオファーしてくれ、その後はフィシオテラピーが来て動作のチェックをしてくれ、今日にでも退院できるレベルだと、、リハビリも必要ないかもしれない、ということだった。

 

吐き気がとまらないので痛み止めの導入する管を抜いてもらい、その後、彼と娘が病室に。

一階の食堂に行こうとしたが、混んでるし吐き気も残ってたのでコンビニで食べ物を買い、病室の近くの共有スペースで一緒にランチを食べ、彼はミーティングがあるのでまた帰っていった。

吐きどめと痛み止めの薬を頼み、モルヒネではなくアセトアミノフェンをお願いした。切ってもらったところが痛いが耐えられない痛みではない。

食べ物が胃に吸収されないほうが嫌である。

 

それにしても、このことでデンマークの医療サービスを見直した。

診療時間以外の時間ですぐに対応してくれ、変わるがわるいろんなスタッフに世話になり、しかも皆優しかった。まぁ緊急性があって簡単な症例だったおかげもあるだろうが。

そして外国人スタッフが多かった。手術の執刀医も訛りのあるデンマーク語を話す外国人だった。

そういえばレントゲン技師が二人ともヒシャブを被ったムスリムの女性だった。

でも皆上手なデンマーク語を話し、自分を顧みせられた。

 

 

骨折は幸い正しい位置のまま折れたので、そのまま押さえるように3本ボルトを差し込み固定。

すぐに歩けるが、3ヶ月間激しい運動は厳禁とのこと。運転も2週間できないらしい。

 

これがすべて無料なのが有り難く、そして申し訳ない気持ちにさせられる。

高斜度スキー直登の挑戦

何が悲しくてこんなチャレンジをしているのか、、、

 

 

この週末は彼のSkimoのトレーニングにつきあい、わたしも上級者ゲレンデの横にある直登トレイルをスキー登坂するチャレンジをしたのだった。

 

青矢印のところが特に斜度が高く、シールがグリップするかしないかギリギリのところ。

 

(追記:あとで調べてみたら、プロフィールが出てきて測ってみたら、立ち往生したところの斜度は45度もあった。。。えーーそこまであったかな。私以外は皆さんなんだかんだスキー登坂できてたし。)

 

なので、出来る限り小刻みに、踵の重心を確認しながら、ポールで後方を支えるようにして慎重に登ったが、、、

 

やはり最初の高斜度でシールが噛まず滑って登れなくなり、ならばと脇に入ってキックターンしようと思っても怖くて、かといって、重心をずらして一歩踏み出すこともできず、まったく動けないまま完全に立ち往生した。

壺足になるのも怖くて30分くらいも逡巡したが、やっぱりこれ以上とどまることはできないと観念し、スキーを脱ぎ壺足で下りることに。

それもトレースの横が崖っぷちに見えて怖くて怖くて、結局彼の説得に折れて森の方にお尻で滑って下り、だいぶ高度を下げてから歩いて無事スタート地点まで戻ってくることができたが、あまりにもショックでしばらくメンタルが落ちていた。

 

とりあえずアルペンのギアにかえて、カフェテリアで休んで一本滑ったあと、3回登った彼と合流しゲレンデで斜滑降や重心移動のスケーティングなどの練習などをしたが、身体中痛かった。

 

キャビンでは、再度私が立往生したことで夫婦喧嘩に近い大反省会。

そもそも年齢的に山スキーが無謀なのかもという悲観まで生まれてしまった。

というか、なんでこんな気持ちになってまでスキーをやるのか。

 

迷ったが、今日もまたトライすることに。

今日は、登れなくなったら、壺足で登ろうと。

 

そしたらまったく同じ場所で登れなくなったのですぐにスキーを脱ぎ、壺足で登った。

怖かったけど、一歩一歩雪を掘って足場を安定させ、ポールも使って登った。でも昨日よりは心理的には全然マシだった。

 

斜度が緩くなって、またスキーで登り、二つ目の青線のところでやはり登れなくなったのでまた壺足で登った。

 

 

ふーーーここまで登った。。。

あとは斜度が緩かったのでスキーで楽々トップまで。

 

やりきった感。。

スキーブーツ壺足で雪山を登るのが苦手で、いずれ練習したかったのでちょうどよかった。

 

新しいことを挑戦する度に心理的圧力がすごい。今回は特に絶望感も半端なかった。

しかしそれが学ぶということなのかもしれない。

 

最後は好きなカフェテリアでランチ。

ミラノ-コルティナ オリンピック開幕前日

 

大雪だというので今日は早退したのだが、本当に積雪30cmはいきそうな勢いである。

来週も降るようなのでしばらくクロカンで遊べそう。

 

今年は根雪になりそう。。

こんなに雪が多いのは2011年以来だが、この時も一軒家に住んでいて、雪かきが大変だった記憶がある。

一軒家に引っ越して初めての冬でこの大雪、ジンクスでもあるのだろうか。

でも、今は彼が雪かきを楽しんでやってくれているし、クロカンという遊びを知ったので、暖房費は怖いけど、概ね雪は歓迎。

 

いよいよ明日、ミラノ-コルティナ オリンピックが開幕する。

しかし、昨日から予選は始まっていて、今日は、娘が楽しみにしている競技の一つ、スノーボードのビッグエア男子の予選を観た。

デンマークは、メダルが取れるような種目がひとつもないので、ほとんど全ての競技を無料のチャンネルで放映してくれるのがありがたい。しかも今回は時差がない。

 

https://www.olympics.com/ja/milano-cortina-2026/news/snowboard-big-air-results-medals

 

30人の参加者のうち、上位12人が決勝に進めるのだが、なんと、日本人が4人全員決勝進出になったのである。

日本人のスノーボードのレベルは高いと聞いていたが、本当にすごい。

土曜日の決勝戦でメダル獲得を祈るばかりである。

 

こんなに大雪なのに、明日からまたオスロに行く。

彼が3月にあるSkimoのイベントにサインアップしたので、そのトレーニングが主な目的である。

私もスキー登坂の練習をしようと思っている。

違法建築の通知

月曜日に、娘が保険会社に申請したスマホ盗難の保険金が無事給付されることになり、すでに昨日振り込まれたという。

新しいスマホを買うのに払った額よりも1000kr少なく補填されたそうで、それだけの損害で済んで本当によかった。

 

娘が我が家で滞在するようになってから明日で三週間だが、正直まだそれしか経ってないの?という感じ。

色々あるのもそうだけど、早朝から出勤して激務で帰ってきて3人分の食事を用意するのは結構大変。

彼が、最近はやたら食事が豪華だね、というが、娘も結構食べるようになったので、二人だとぶっちゃけおかず一品でもなんとかなるが、3人だとそうはいかず、副菜を考えるのが面倒臭い。しかも昔よりはかなりマシになったとはいえ、今も少し偏食があるしネタが。。。

娘が自活するようになって早5年、夫婦二人で手抜きの食事に慣れてしまったんだな、とつくづく。。。

 

仕事も、年明けから分析の仕事が増えたのと、今月末から新しい工場が稼働する予定になっているので、プロセス管理のためのドキュメント作りで忙しくなっている。新しい工場にラボも作ったらしいが、まだ見に行けてない。

また再来週に、新しいプロジェクトのキックオフミーティングがあり、社長が、時々私がフルタイムでそのプロジェクトで働いてもいいという恐ろしいことを発言し、戦々恐々としている。

だからと言って、ラボに人員を増やすつもりはないという。マジか。

 

 

という状況の中で降ってわいた我が家の問題。

コムーネからの違法建築の通知である。

 

手紙が来たのが、1月21日。

その日はお茶のお稽古があったので、きちんと読まないまま、とりあえず弁護士にメールを書き、お稽古の間彼が手紙をよくよく読んでくれ、しかも翌日に写真を撮ってくれた。

翌々日に弁護士とミーティングし、彼はプレゼンして写真を見せ説明した。

 

コムーネの手紙には、

- 売却の際、不動産屋のアナウンスの写真を見ると、地下室が住居スペースとして使われているのではないか

- 航空写真によると、セカンドハウス(オランジェリー、ワークショップ、ガレージ、グリーンハウスなど)の面積が合法面積よりも20m2上回っていることが示唆されている

(まぁどおりで、家の公式面積にしてはスペーシーだとは思ってたけどね。。)

 

とあるので、

- 地下室に関しては住居スペースとしてそもそも使ってないのでクレームをする

- セカンドハウスに関しては、上回っている部分の許可申請をする

- もしくは、申請をせずに、過剰面積分のセカンドハウスを取り壊す

- いずれにしても、プロの対応を望むのであれば、弁護士ではなく、建築スペシャリストに頼まないとダメ

- 前のオーナーを訴えるオプションもあるが、裁判に勝っても弁護士代まではカバーされないので、実費100000krを超えないと、経済的に意味はあまりなくお勧めしない。

 

ということで、

- 1ヶ月以内に返事をしなくてはならないコムーネの手紙には、弁護士から返事してもらう

- 建築スペシャリストを紹介してもらう

- 許可されないリスクを承知の上、過剰面積分のセカンドハウスの申請をする

- 取り壊さなければならない心の準備はしておく

- 裁判にはしない

 

という結論に至った。

 

シゴデキの弁護士には早速コムーネへの連絡と、建築スペシャリストの紹介をしてもらい、月曜日にはスペシャリストに来てもらって、地下室とセカンドハウスの計測をしてもらった。

 

多分、弁護士代とスペシャリスト代合わせて50000krはいくかなーと思っているし、一部取り壊さなければならないと思うけど、できる限りきちんと対応したいと思っているので、プロに任せたいと思っている。

 

それにしても、前のオーナー、薪ストーブの登録もしてなかったり、不動産の法律に疎かったのか、、

でもガレージでも申請が必要とか、結構知られている事実だと思うんだけど。。

もっと許せないのは、不動産屋。アンプロフェッショナルすぎる。

 

家を所有するといろいろあると言われるけど、本当に学ぶことばかりである。

祝勝会

今日は、コムーネから来た違法建築に関するクレームの対応のために、相談した弁護士が紹介してくれた建築スペシャリストの人が我が家に来るというので彼は家でリモートワークをし、私は月曜日はラボタスクで忙しいので出勤した。
 
建築スペシャリストからは特に説明はなく、コムーネが住居スペースであることを疑っている地下室と、規定面積を超えているとしているセカンドハウス(オランジェリー、ワークショップ、ガレージ、グリーンハウス、物置)の長さを淡々と測定していたそうである。後日また連絡するとのこと。
お金をかけてプロフェッショナルにお願いしても、コムーネのクレームを100%翻す自信があるわけではないけど、少しでも可能性を上げる期待ができるだけメンタルにはいい。
 
娘は、昨日友達と会った時に、保険でスマホの盗難もカバーされるかもと言われ、契約書を調べてみたところカバーされることが判明し、早速保険会社に電話したら、警察に盗難届を出し、盗まれたスマホのレシートを添付して申請スキームを提出して欲しいと言われたという。
オンラインで警察に届を出すため、電車から降りた正確な時間を教えて欲しいと電話してきたので、公共交通機関チケットアプリをチェックし、履歴をスクショして送った。
 
気温が低い上、風も強く逡巡したが、ラボで流れているラジオから散々ハンドボールヨーロッパ選手権のニュースを聞き、やはり市庁舎での祝勝会に行くことを決め、スキーウェアを着てコペンハーゲンに娘と行った。
 
 
大きなスクリーンも設置されていて、なかなかいい感じ。
ずっとハンドボール選手が乗っているバスの中継が流れ、市庁舎に近づいていくのを見るのはワクワクした。

 

(そういえば、グリーンランドの旗も!こういうのに来るの4度目くらいだけど、グリーンランドの旗を見るのは初めて。)
 
30分ほど待って、やっと選手たちが市庁舎に到着。
まず、キャプテンのMagnus Saugstrupがお立ち台に上がり、ゴールドプレートを掲げ観衆の歓声を浴びるのだった。
それからトーナメントに参加した選手全員一人一人お立ち台に!
しかし、主要メンバーはともかく、若い控え選手のほとんどが顔を認識できず、ちょっとショックだった。
 
一旦選手たちが市庁舎の中に入ってから私たちもそこを後にすることに。
すでに40分ほど外にいた私たち、再びバルコニーに現れるのを待つには寒すぎた。。いくらスキーウェアを着ていても、じっとしていると凍えて仕方がない。あまりにも凍えたのでスタバで温かいものを飲んでから家に帰った。
 
でも、選手を見れたし、デンマーク人の盛り上がりの雰囲気を味わえたし満足。

 

試合で敵同士であっても、スポーツは結びつきを促すね。
デンマークとドイツの首相同士のいいツーショット。