学会 | いまのしゅんかん

学会

 

学会に行ってきた。

直前の週末は、娘が2泊ユランにバレーボールの大会に参加するかたわら、わたしも珍しく金土日と予定が詰まっていたので、直前までバタバタ準備して、着いた日は20時には寝落ちとハードだったが、楽しい出張だった。

まず、同伴した同僚が100krしか変わらないからとビジネスクラスにアップグレートしてくれたので、専用セキュリティレーンに入り、ラウンジを堪能し、機内で飲み物と食べ物が出て、荷物はプライオリティ付きと、かなりいい思いができた。席は普通だけど、隣は必ず空けてくれるのでスペースはあった。帰りは3人席にわたしひとりだけだった。コペンハーゲン空港のSASラウンジは初めてだったが、あんなに食べ物が充実しているとは思わなかった。少しくらいの値段の違いだったら、どうせカフェでも簡単に100krは使ってしまうから、むしろラウンジを使うほうがお得かもしれない。ウィーンの空港はそれに比べると少し残念な感じだったけど、味噌汁があり、二日酔いだったわたしにはよかった。ちなみに、SASは荷物を預けるのもセルフでできるようになったので、セルフチェックインと荷物と5分とかからなかった。

 

また、門外漢の学会でありながら、同じ大学から30人だか参加していたので、あまりさみしくもなかった。友達の指導教官がコミティーメンバーのひとりで、友達のプロジェクトに似た内容を発表しているひとも何人かいた。

2日目の夜には大学の集団と中心地シュテファンプレッツまで繰り出し、コテコテのオーストリア料理を食べに行き(ほとんどがシュネッツルだったがわたしは牛の赤ワイン煮込みを選択)、そのあとバーで白ビールを飲んだがヒュゲリだった。

3日目の夜には、ワイナリーで学会ディナーがあり、最初はぶどう畑を眺めながら外でワインを飲み、そのあとドイツ風の建物に入ってビュッフェ形式の食事をした。バイオリンの音楽付きでワイン飲み放題。話に夢中になっていたら、ビールの感覚で大量にワインを飲んでいたらしく、翌日帰るのにばっちり二日酔いになったというバカなわたしである。(そして今も頭痛が残っているという。。)

ちなみに、参加者は625人だかいて、一番多いのはドイツからだったが、2番目に多いのは日本からで75人だかはるばる来ていたらしい。ヨーロッパでしか開催しない学会なのに驚異的な多さである。どおりでいろんなところで日本人の集団をみかけ、わたしのポスターの近くにも東工大のグループのがあり、しかも内容がわたしたちの専門分野を含んでいたので、同僚が話しかけて教授の先生と少し話をした。

 

4日目には各賞の発表があったのだが、アカデミックではない写真コンテストにPhDの学生が、イギリスの歴史的史跡を彷彿とさせるような面白い写真を応募したところ、もっとも得票が多かったらしく、見事受賞したのである。

これは、わたしも一部のプロセスで関わった写真なのでうれしかった。というか、ポスターにも思い切り使わせてもらったし、今後も会社のホームページやニュースレターに掲載する予定なのだが。ただし、同じ大学からの内部投票も多かったと考えられ、純粋に勝ったのかどうかは微妙ではあるが。

でも、コンテストは75枚と面白い写真が寄せられ、賞はともかくとしてそれをみるのも面白いと思った。学会でありながら、なかなか粋なイベントである。

この学会は今まで参加してきた中でもよくオーガナイズされていてサービス豊かな学会だと思った。食事で自腹だったのは2日目の夜くらい。1年前のハンブルグで一度も食事らしい食事がなかったのに比べれば雲泥の差である。

 

今回の学会は、マイルストーンらしき一応の成果が出たので宣伝の場にしたかったこと、最近めっきりプロジェクトが減ってしまったのでネタ探しができれば、という思惑で参加したのだが、このプロジェクトとはまったく関係ないけど学会中にいくつか案件が入ってきて、大きなプロジェクトと中くらいのプロジェクト2つが入りそうなことがわかり、安堵したのだった。

学会前は、それこそその準備をする以外、宣伝活動をしてみたり、待機中の案件のお伺いをするくらいしかやることがなかったのである。

土曜日に友達とランチしたときに、彼女は、一度解雇された経験から、今は気の進まなかった交流にも積極的に参加し、なおかつ自分がやれることの幅を広げるべく、契約書に書かれていないタスクもやりますとオファーしたり、やったことのない仕事に挑戦し新しいことを学ぶなどの努力をしていると聞き、彼女は偉いなと感心したが、つくづく仕事というものは自動的にふってくるものでなく、こうしてプロジェクトをもらえることのありがたさを感じる一方で、またそれを得るための努力も必要なんだな、と思った。

わたしも、彼女と同じように今までやってきたことと同じ仕事を続けられているわけではなく、必要とされていることの変化に自分が合わせていかなければならない。求められていることを自分がやり遂げることを見せなければ、いずれ自分ができる仕事がなくなっていくという。。

今回も宣伝の意味があったかどうかわからないけど、どのプロジェクトも突然湧いて出てくるものではなく、こういう地道な活動がきっかけになったりするので、不安は不安だけどやっていくしかない。

 

ワイナリー

受賞した写真。