いまのしゅんかん
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2019-03-23 05:57:31

ほぼ内定??

テーマ:仕事

 

319日生まれの彼と、25日生まれのわたしで、ちょうど中間の日をとって(偶然だけど)、今日22日に、「おめでとう!俺たち会」を、Rådvadのレストランでやった。

彼は45歳になり、わたしはあと数日で46歳になる。ほんの束の間の同じ年である。

ランチだったけど、最初の魚のディッシュも次の肉のディッシュもおいしかった。。特に牛肉のステーキが、表面カリカリの中はジューシーで絶品だった。

 

彼の面接はとてもうまくいったらしく、たぶんオファーはもらえるだろうとのこと。一応正式な通知は来週になるらしいが。

友達が、最終面接までよばれるのはひとりだけだから、よっぽど問題はない限りは採用されるはず、と言っていたが、彼もそんな雰囲気を感じたらしい。

しかし、それでも最初の技術ディスカッションのときに、実際にデータを機械学習で計算させて結果をみせたことでさらに好感触を得たらしい。もっとも、そのときに明かされてなかった問題も後出しでどんどん言ってきたので、解決に至らず、ディスカッションはますます白熱したとのこと。

また、CTOとの面接では、デンマークに長くいるつもりがあるのかと、日本人としてのカルチャーギャップを懸念されたらしいが、デンマーク国籍を有するガールフレンドがいて、しかも彼女はエンジニアとして正社員で働いているので、デンマークから動く気はないし、もともと欧米には18年間も住んでいて、むしろヨーロッパの文化や価値観のほうが自分には合っていると強調したらしい。

どうも、なぜ8年前にヨーロッパから日本に帰ったのか気にされたらしく、それはヨーロッパが合わなかったからではなく、当時は結婚していて、その家族の事情で帰ることにしたのだと説明したそうだ。

それにしても、、最初はデータまで送ってきて重い課題を与えるなーと思っていたけど、確かに先方からすれば彼が本当に戦力になれるのか、実際に課題をこなしてもらわなければ判断できないだろうし、理にかなっているといえばかなっていると言えるかもしれない。。実際、アプローチの説明だけでなく、与えられたデータを使って機械学習のデモをみせたことで、彼のコンペタンスを納得させるにはじゅうぶんだったわけで。

 

今回はたった4日弱しかいなかったけど、濃い滞在だった。。特に面接の準備と、終わったあとの話が。

まだ決定ではないけど、正式なオファーがくることを祈るばかりである。

2019-03-20 16:57:06

彼の来デン

テーマ:仕事

彼がデンマークに来た。

しかし、日曜日にスキー場で腹痛を感じ始め、そのあと発熱しながらも550kmの道のりを運転し、月曜日の朝に自宅に戻り、数時間寝て、最寄駅から出ているリムジンバスに乗って成田空港に向かい、17時半くらいの便に乗って、悪寒と下痢と闘いながら二度の乗り換えを経て27時間かけてコペンハーゲンに来たので、しばらくは元気があってシャワーあびてごはん食べて明日の面接の準備をしていたが、さすがに寝落ちした。

幸い熱も下がり、腹痛もだいぶおさまったらしいが。。お腹の調子はまだイマイチ。ノロを少し疑ったので心配したけど、ウィルスというよりは、細菌性の胃腸炎だったのかもしれない。

わたしも、先月末のとき、ヘアニングの日帰り出張のあと、空港で夜明かしをして、日本に飛び、成田から直接岩手に行きスキーをして2泊してから長時間ドライブで東京に戻って、やはり数時間寝ただけで岡山に行き、松山に行って翌日東京に戻り、その翌々日にデンマークに戻ってきたが、次の日はなんとか出勤したけど、翌日の土曜日は午後2時に力尽きて、日曜日の朝まで寝続けたという。。そして1週間近く時差ボケが残った。やはり40代半ば、無理はできない体になってきたのだな、、とつくづく。

ま、彼はわたしよりはずっと体力があるから、年齢にしては精力的に行動できるひとだけど、、なんたって100kmとか走るひとだし。でもやっぱり27時間の移動はかなりこたえたらしい。しかも、二度目の乗り換えがロンドン・ヒースロー空港で、ターミナル間のバス移動で10分とか待たされたのがつらかったそうだ。

 

体調が悪かったにもかかわらず、移動中面接の準備はちょこちょこやっていたらしい。

実は彼のアプライしたポジションは、今流行りの機械学習ができるエンジニア、ということで、あるデータを送ってきて、機械学習を使った解決法を示す、というような課題が与えられたらしく、それがかなり無理難題というか、おそらく先方も機械学習のことがわかってないんだなというような出題で、彼も悪戦苦闘しているようであったが、それがまたすごく楽しいらしく、そのプレゼン資料をみるのは興味深かった。

日本では、人工知能とか、機械学習とか深層学習とか流行っているが、デンマークもしかり。ちなみに、毎回帰国するときに機内の暇つぶしとして文芸春秋を買うのだが、まさにAI特集だった。

そういう意味では、機械学習に通じている彼が今デンマークで就職するのはかなりいいタイミングなのである。

しかも、彼とわたしの見立てでは、たぶんアプライしている会社は機械学習に通じているひとがいなく、今困難を極めている課題が、機械学習だったら解決できるんじゃない??という期待をもって、そういうひとを雇おうとしているのではないかと。

 

しかし、わたしも機械学習のことを全然知らないので、いろいろ誤解していることもわかって面白い。

会社がのぞんでいるのは、現在あることに人間が判断しているのを、機械学習で置き換えられないか、ということなのだが、結局は人間が標準や定義を与えないと、データが大量にあったとしてもパラメーターが何十とあっても、機械学習ができることは限界があるそうだ。

例えば、あるタイプをいくつか挙げたとして、そのどれにも属さない場合、「その他」というグループを暫定で作るのも、人間ならではのことらしい。機械学習では、「その他」というそれぞれ要素がまったくバラバラのものをひとつのグループにすることが難しいと。

わたしも、機械学習でいろいろやってくれるというイメージをもっていたし、何気なくやっていたアクションが人間特有のものだという意識がまったくなかったので、驚くばかりだった。

なんでも人工知能に置き換えられるというのはやっぱり幻想なのかな、と。

ただ、正直デンマークでも猫も杓子も機械学習という潮流にわりと冷めてみていたところもあり、、、限界とかも含めてきちんとわかっている彼の説明はとても納得させられるものばかりだった。

 

ここまで夢中で取り組んでいる彼をどうか採用してくれるよう祈るばかりである。

もうすぐ家を出て会社まで送るのだが、わたしのほうがドキドキしている。

2019-03-17 05:16:12

来週の面接

テーマ:仕事

来週彼が面接のためにデンマークに来るので、今朝チャットでその話をした。

うーーん、、すでに前回の面接でもかなり珍しいやり方だなと感じていたが、面接でプレゼンすることになっている与えられた課題、、ちょっと重すぎというか、会社でも解決できない課題を彼にやってもらおうとしているんだなという意図を感じた。面接というか、プロポーサルに近いかもしれない。できる可能性を示してくれれば、お金を払いますよ、みたいな。

でも、彼は彼で、重いと感じつつ、その課題に取り組むのを楽しんでいるようで、まったく異分野だし、いろいろ調べつつ提案資料を作っているみたいだが、彼のそういうところが好きだな、と改めて思った。

今働いている会社も、入社したときには誰もコンペタンスがなくて着手していなかったことを、彼が自ら名乗りでて、彼にとっても新しいことだから一から独学で勉強し、形にするところまで仕上げたという。そして今はそれがいろんなプロジェクトに生かされているらしい。

好奇心旺盛だから、新しいことにも物怖じせずどんどん学ぼうとするし、またそれを形にするだけの実行力もある。

彼の数々のアクティビティをみても、学びつつ自分のクリエイティビティもまぜつつやっているものばかり。毎週末のスキーのために、車を快適な住環境を提供するべく内装を自分でつくってしまったり。去年よりも快適すぎて、短時間寝るつもりでもうっかり長時間寝てしまうこともあるらしい。もしデンマークに来ることになったら、その車を手放すことになっていてもったいなくない?と言ったら、その作業過程で充分楽しんだから心残りはないと。

そういう取り組む過程を楽しめる彼なので、その会社にとっても彼を雇う意義は大きいと思うのだが。。。

 

今日の午前中は、友達と近くの湖のまわりをウォーキングした。

彼女もまた面白い子で、頭がいい上にアクティブ。彼女はもともとうちの大学でPhDをやっていて、その関係で知り合ったのだけど、そのポストも珍しく150人とか応募してきたというが(普通はたぶん50前後くらい。殺到したとしても100人ほど)、その競争率を勝ち抜いて彼女が獲得したという。。

そして彼のこともあって、どういうふうに今の会社にオファーをもらえたのか聞いたのだが、実はあまりテクニカルなことについては、名の知れた大学でPhDをやったというだけで実績を認められたのか、あまり追及してくることはなく、最後のフリーな時間のアクティビティについて聞かれたときに、クッキーでメリーゴーランドを作ったことを話したらえらく食いついてきて、それが決め手になったのではないかという感触をもったそうだ。入社してから、面接したひとに、メリーゴーランドのことしか覚えていない、とまで言われたとか。まぁ、大きな会社なので、彼女の専門の細かいことよりも、彼女のもつ幅のほうにフォーカスされたのかもしれない。

入社してからは、彼女は自分の創造力をいかんなく発揮し、新商品の開発というプロジェクトで頭角を示し、生産試験までこぎつけたらしい。新しい材料を作ったということでいろんなところで講演の依頼がくるほか、一方で生産にまつわるプラクティカルな仕事も一手に引き受けていると。生産の安全性は法律を順守しなくてはならないし、材料のデータシートも作らなければならなかったり。新製品だけに、ほとんどのひとが経験のないタスクをガシガシこなしているようである。

彼女の発想はユニークなので、話が本当に面白い。

 

昨日は、デンマーク-日本の研究者の集いに参加したのだが、最後に食糧や環境問題で、資源の持続可能な利用に対して、この二国間のアカデミックなコラボレーションでどう貢献できるか、というお題でパネルディスカッションがあったのだが、パネラーで唯一の日本人研究者の方は自分の専門外での発言をあまりされず、ちょっと残念に思った。

彼にそのことを言ったら、日本の大学では、それくらい自分の研究にフォーカスしないと出世できないよ、と言われた。わたしもそう思ってはいたし、現に元夫は毎日の帰宅が遅い上、土曜日も出勤だったから、仕事に割く時間は長く、つかの間のフリーな時間はむしろ何も考えずに楽しめることをしたい、と言ってたから、日本の研究者というのはそういうものだろうな、と。

ただ、ああいう国際的なディベートの場でも議論にイマイチ参加できていないというのはどうなんだろうと思ってしまった。国際会議に出ても、外国人と研究の話はできても、それ以外の話ができないのはさみしいと思う。

実際に、わたしの友達みたいに、クッキーのメリーゴーランドで採用になることもあるし、ポーランド人の子は趣味仲間の紹介でこれまた転職が決まったくらいで。案外仕事以外のアクティビティでいろんな可能性もあったりする。

 

わたしの彼にしても、わたしは彼と一緒に仕事をしたことがないから実際のところはわからないけど、プライベートだけみても彼に能力があることはよくわかる。

来週の面接がうまくいくよう祈るばかりである。

2019-03-15 19:18:25

ベトザタの池

テーマ:人生観

   

エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。その回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいのか」と言われた。病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩き出した。(ヨハネ5章2~9節)

 

すごい話だけど、なかなか考えさせられる。

自分が望むことが叶ってほしいと思っても、叶えたい、とは案外思ってないかも?

実現するかはともかく、、むしろ実現できないことの安全策をはりたいのか、そうできないことの理由を環境のせいにするのが簡単で陥りやすいかも。

というか、わたしもずっとそうしていたのだ。

親との関係のせいにしていたのは、それが一番自分にとってラクだったし、逃げ道だったからだと思う。

 

ま、環境の影響も事実だとしても、、だからといってそれを言い訳にしても何も変わらないし。

~欲しい、ではなく、~したい、と思えるようになりたい。

2019-03-14 22:54:56

締め切り

テーマ:国際テーマ

もうあきらめていたカナダ開催の学会、昨日の夜オーガナイザーから、要旨がアクセプトされたというメールがきて、急遽行くことになった。

アクセプトの連絡がくるのは111日となっていたのに、何の音沙汰もなかったので、1月下旬に問い合わせしてみたところ、レビュアーの遅れで連絡が遅れていて申し訳ないと返事が。しかし、315日の論文締め切りが迫っていても一向に連絡が来る気配がないので、もういいや、どうせ今別のことでstruggleしてて、それに関するアイルランドでの学会にも興味があるし、論文のためのさらなるデータ取りも装置の関係上難しくなってるし、またカナダの学会は娘の卒業に微妙にかぶるから、かえってリジェクトされたほうがいいかも、、と思い始め、すっかりカナダ行きはないものとして予定をたてつつあった。例えば、その時期にデュッセルドルフに行く話も浮上したり。

その最中でのアクセプトの連絡。じゃあ論文は??かなり長文のメールで、ボルドで強調された日時は331日とあった。えーーーあと2週間ちょっとで論文を書けと??

で、チャットで彼に泣きついたところ、うーん、、欧米あるあるなんじゃない?と笑われた。〇〇ちゃん(わたしのこと)は真面目だね、とも。くそーーじゃあ1ページまるまるState of Art書いたるかと思った。

 

今朝改めてメールを見直してみたところ、331日はドラフトの締め切りで最終締め切りは424日。しかも、別に論文を提出する必要はなく、最悪パワーポイントだけでもいいという。

また、論文にはまったく着手していなかったが、すでに先々月にプロジェクトのレポートとしてかなりデータをまとめていたので、それを転用すればなんとか形になるかな、、という感触を得た。

短いバージョンだったら3ページでもいいみたいだし、とりあえず安堵した。

しかし、突然行くことになっていろいろと問題も。。デュッセルドルフ行きは別の日程で決まったけど、娘の卒業式は。。プログラムをチェックしたら、水曜日の午後か木曜日の午前中にプレゼンがありそうなので、木曜日の夕方に出て金曜日の朝コペンハーゲンに到着、なんとか間に合うかな、、と。ともかくプレゼン時間が決まったら手配するつもりだが。。

 

同じく締め切りが迫っているのがBrexit329日(金)イギリス時間23時(ヨーロッパの中心時間は30日(土)0時)に離脱することになっている。

昨日、イギリス議会で、合意なしでEUを出ることはしない、という議決案が通ったそうだ。EUの合意案は2度も拒絶したにもかかわらず。EU2年間かけてつくった600ページにわたる合意案は変更することはない、と言い切っているので、矛盾するといえば矛盾した決定なのだが。。

また、あくまでもイギリス国内での決定であり、これ自体は法的効力はなく、そうなると、3つのオプションがある。

 

EUと出した合意案を受け入れる。

Brexitそのものをキャンセルする。

EU離脱の延期を申請をする。

 

上の2つはありえないので、おそらくは延期申請に決まるだろうと。しかしその場合、EUにアクセプトされるためには、延期するための理由が必要とされるとのこと。例えば、、、

 

−合意なしでの離脱のための準備期間を設けたいため。

−再度国会でEUの合意案を受諾するか審議かけるため。

−再度国民投票をするため。

 

しかも、5月下旬にEU議会の選挙があるので、もしそれ以降に延期するとなると、イギリスも選挙に参加しなければならなくなるので、それもまたargumentのひとつになっている。

ただ、合意なしでEU離脱となると、イギリス外でも困るひともたくさんいるので、長期の延期にも寛容になってもいいのでは?という意見もあるらしい。

 

とりあえず、来週イギリス首相とEUのミーティングがあり、合意なしの離脱をいうのか、それともほかのオプションが掲示されるのか明らかになる。

エキサイティングな2週間になりそうである。

2019-03-13 16:19:23

2つの会合

テーマ:デンマーク事情

昨日は夕方からミーティング2本立てで、スピンオフのキックオフミーティングと、夜はアパートの役員会があった。

 

スピンオフのほうはビールつき。さすがデンマーク、と思ってしまった。

来週月曜日にメンターとのミーティングがあるため、そのための打ち合わせで、ビジネスプランの練り直しをしたのである。まぁかなりカジュアルスタイルで、半分はユーモアたっぷりのジョーク出し合いの話し合いだったが。

なんとメンターにボランティアなのに5人も名乗り出てきてくれたらしく、それだけわたしたちのビジネスに興味をもってくれることにありがたいきもちがある一方で、いろいろと課題がありすぎてメンターにも手に余るケースになるのでは?という懸念もあったり。まぁとりあえず考えられる可能性を掲示して、どうフィードバックがあるのか楽しみではあるが。

 

役員会のほうは、初めて外でのミーティングで、ピザ屋さんでごはんを食べながらの会合だった。

会長さんのリフトだったのだけど、リースしたてとかで、かなりモダンな車だった。ギアもオートマ。デンマークで初めてみたかも、と言ったら、ここ直近5年はオートマギアがデンマークでのトレンドだという。

やっとか。。クルマイユール滞在のとき、ジュネーブ空港で借りた車も新しく、自動ランプ、自動ワイパーとかなり機能性の高い車だったのに、それでもマニュアルだった。しかも、ちょっと回転数が合わないと、ギアを上げろ下げろとの命令付き。あまりにもウザかったので、そこまでの機能つけるんだったら、なんならオートマギアにしてくれよ、と思ったほど。逆にそこまでの機能をつけてでもマニュアルに固執するなんて、ヨーロッパではまだまだマニュアルの需要が高いのかな、と思ったのである。

昔はオートマだとエンジンブレーキがまったくかからなくて逆にマニュアルのほうが運転しやすかったけど、今はそんな問題もなく、日本に帰って実家の車を借りると、ああなんて楽チンなんだと思う。会長さんの車に乗って、いいな~と羨ましくなった次第である。

ちなみに、リースもかなり普通になってきているような気がする。保険は別途だけど、メンテナンスサービスもついているし、むしろヘタレのわたしには向いているかもしれない。

しかしそれで車をもちやすくなったせいか、アパートで車をもつひとも急増したらしい。確かに最近は駐車するのも難儀する。

 

確定申告の時期でもあるが、決算の時期でもある。

会計事務所から送られてきたアパート共済の決算書のドラフトを眺め、コメントを出し合い、また例の屋根問題についても話した。

前回の役員会のときに、まだ我が家の前に設置された足場が撤去されてなかった上、キッチンの水漏れ問題が解決されていなかったので、まだ作業が終わってないということで、そのお伺いで業者にメールしたら、なんとその翌日には足場が撤去され、一応我が家に水が漏れてくることもなくなった。

それでやっと終わった、、、とほっとしていたら、会長いわく、ずっと自宅にいる住民は業者が作業しにきたのをまったく見てないという。もしかして、作業していないのに、終わったことになっているのではないかという疑惑が。。

勘弁してほしい。。しかし、それを確かめる術がわたしたちにはなく。。会長の知人がドローンをもっているので、約束だった排気口の交換が本当にされているかどうか確認するかという話にもなった。

それに穴ぼこだらけの道路問題。とりあえず修繕費200万円という見積もりが出たらしい。来週には隣のアパートとの合同ミーティングもあるので、詳細についてはそこで話し合うことに。

 

また、地下の空きスペースになんらかの交流スペースをつくってはという提案に、アパートでのソーシャライズについても話したが、わたしはこうして集まるのも楽しいと思うけれど、会長いわく、以前に比べて住民同士の交流が乏しくなったという。総会にも役員以外はほとんどこないし、年に一度のメンテナンスデーもしかり。

しかもさみしいことに、気さくでよくおしゃべりしてくれる我が家の下に住むおばあさんが認知症が進んでいて今は市からのサポートも得ており、ほとんど外に出なくなってしまったこと。半年くらい前だったか、あまりにも身なりが変わっていて驚いたけれど、少なくともしゃべり方はしっかりしていた。まぁもう85歳くらいだからしかたないといえばしかたないのかもしれないけど。。

彼女のだんなさんが亡くなり、そのあと仲良くしていた住民のひとりが癌で亡くなり、そして車も運転できなくなって一気に気落ちしてしまったのも大きいのだろう。

 

ともかくヒュゲリな会合だった。

2019-03-12 05:06:43

経済力と生活力

テーマ:育児

今日、PhDディフェンスのレセプションのあと、ポーランド人の子とサシで話した。

彼女は今月いっぱいで大学を辞め、来月からはある企業で働き始めることになっている。

なんでも、先月末に就職が決まった際、担当教授にそのことを報告したところ、めちゃくちゃ罵倒されたそうだ。非デンマーク人で何もかもドミネートしたがる教授、、学部の中でも孤立しつつある。

が、実は彼女のお父さんも似たタイプなので、対応には慣れているという。じゃあ、お母さんはどうなの?と聞くと、そんな配偶者に辟易しつつ、何度も離婚を考えたそうだが、経済力がなく、結局今の生活がラクだからといって、今の状態を受け入れているらしい。

なんというか、、わたしは出産前後の一年間を除いて21年間働いてきたけど、それでも結婚していたときには経済的に独立できるのかずっと不安で、特にデンマークで一人でやっていけるのか自信がなかったから自分から離婚を言いだせなかっただけによくわかるような気がする。

それだけに、今は決して安穏としていられるような状況ではないとはいえ、完全に自立して、ものすごい自由を感じている。

彼女も、ひとりで暮らし始めていろんなことにお金がかかることを認識したが、恋人と同棲しはじめ、これまた彼氏がアパートを所有しているため、その経費すべて彼が払っており、家をもつということがどれだけ出費がかさむのだということをさらに認識したようだ。

そうなのだ、、家がらみで問題が起きれば、その責任は自分で負わなければならないし。

 

彼女に娘の夏以降について聞かれ、娘は少なくとも一年間はサバティカルをする予定だが、わたしも、勉強以外に大事な経済力と生活力を養ってほしいと思っているから、大学に進学する前にブレイクするのはいい考えだと思う、と言った。

今のところは、成人したとはいえ、SUも微々たる額で、家庭教師バイトも時間数が稼げない上キャンセルも多いので意外と収入は少なく、なんだかんだわたしの負担はまだまだ続いている。まぁ、今は課題に追われている上、バレーボールの週3回の練習と試合で忙しいので、わたしも寛容にならざるを得ないというか。

しかし、夏以降は、SUもなくなるけど、わたしも生活の面倒をみる以外は経済的に支援するつもりはないので、アクティビティや服や靴、旅費など自分の望むものを得るには自分で稼がなくてはならない。

それに何よりも、今までは黙っていてもふってきたお金の出元について、よくよく認識してほしいと思っている。そうそう、今は娘が望むときに車を貸しているけど、かかる経費も徴収していない。娘はガソリンさえ一度も入れたことがない。わたしが1週間イスラエルや日本に行くのに不在するのに直前にガソリンを入れてあげてるし。それもいちいちやる必要もないかなと思ったり。

 

あとは、今まで、わたしが不在になるときは、直前に洗濯物をすませ、ごはんの作り置きをし、片づけをしてゴミは処分し、なおかつお金も置いていくなど、娘のためにできる限りの準備をしてから出かけていたけれど、さすがに夏以降は洗濯とごはん作りはがんばってもらおうかな、、と。

娘も19歳。この年齢であれば、独り暮らしを始めてもいい年で、それなりの家事ができてもおかしくはない。というか、できるように仕込むべきか。

 

わたしも26歳で結婚するまで実家暮らしだったから、その年齢で家事がこなせていたわけではないけど、少なくとも料理はもっとできていたと思う。

思い返すと、、、小さいときから料理に興味があり、学校での調理実習は好きで、しかもそのあと再現したような気がする。特に、厚焼き玉子は納得いくまで練習したような。。

でも、大きなブレークスルーとなったのは、大学のときに入った自転車部でのキャンピング料理のような気がする。

カレー、シチュー、ハヤシライス、八宝菜、マーボー豆腐など、要するに具を切って鍋で炒め、ルーやレトルトのソースを入れておしまい、というものばかりであったが、究極料理というのはそういうものだ、という概要をつかめたおかげで、料理の敷居がぐっと下がったような気がする。結婚したときに、専業主婦になって暇だったから本を買って勉強し直しはしたけれど、結局誰かに教わることもなく自力で覚えたのだった。

そういう意味では、自転車部での活動は、ただ日本全国を旅する機会が与えられただけでなく、生活力も訓練させられたような気がする。ちなみに、自転車で運ぶ荷物は限度があったので、運ぶ服も最小限。なので、よく手洗いして使いまわしたり。

 

だから娘も、サバティカルの間どこかに旅することでそういう生きる力もつけさせられるのではないかと期待してしまうのかもしれない。

今のところは、いずれは必要になるとわかっていてもやる気がないという。わたしがイスラエルに行っている間にも、ステーキを作ろうと思いついたが、ソースのレシピをみて面倒臭そう~と思い、すぐに断念したそうである。

なんならお母さんが教えようか?と聞いてはみたものの、気乗りしない返事が。。

それもなんとかするべきか。。料理は本人のやる気とセンスが問われるので難しいことではあるが。。

2019-03-11 15:35:46

枝が曲がっている木

テーマ:人生観

 

岩手のスキー場の一番上にあった木。

雪の重みや、風を受けて、枝がこのようにぐねぐね曲がっているのだという。

でもわたしは、まっすぐ枝がのびている木よりも、こういう木のほうが美しいな、と思った。

中には雪の重みでうずくまっている木もあって、そのけなげな姿にじーーんときたり。

いろいろ共感もあるのかもしれないけれど、この自然の造形美はずっとみてても飽きない。

2019-03-09 15:52:47

日本滞在 ~心に残ったこと~

テーマ:人生観

絶賛時差ボケ中~

昨日は眠くて断念した確定申告も、この際すいているであるこの早朝にやってしまおうと税務局にアクセスしたら、さくさく入れた。昨日は32万人待ちで、1時間以上待つとかで、それでも1時間は待ったけれど、それでもまだ27万人待ちだったからもう眠いしやめよう、別に確定申告初日にやる必要なんてないし~と思い、眠気に負けて寝たのだった。

なんでも、暫定税率が高めに設定されているため、80%だったか90%だったか?ともかく大多数が還付金をもらえるらしく、いくら返ってくるのか知りたいがために殺到するという。。

が、わたしの今回の結果は、1872krの追徴課税。チーン。

まぁ、うちの娘は去年1月から成人として登録され、シングルマザーとしてのベネフィットもすべて失ったから、一応覚悟はしていたが。。

ざっとみて、その場で払った。テレビでは、長距離通勤、家の修繕、清掃、子守などでひとを雇う、子供がらみの控除をあげていたが、わたしはいずれも該当せず。。ちなみに、我が家から職場まで3kmしかないので、娘に車を貸すときは徒歩で通勤している。

 

早朝に起きてしまったので、彼としばらくやり取りしていたが、彼はバックカントリースキーで先週みたいななんちゃってではなく、1500mの山に山頂までのぼったらしい。700800mアップだかあるだろう。でも、雪崩を引き起こしてしまったので、一度でやめたらしいが。

あの雪山が恋しいな~と思いつつ、わたしはしっかり現実の生活に引き戻されている。

この確定申告もそうだし、昨日も急な仕事が入り、来週アメリカに移住するベトナム人の実験の手伝いをして最後のお別れをした。そして夜娘がスマホに自宅のwihiが入らないというので、インターネットの会社に電話をし、結局原因がわからず、モデムを再起動したら解決したという。。3日くらい問題だったというので、てっきりそれくらいやってたと思っていたら、スマホの再起動は何度もやったが、wihiのほうは再起動に時間がかかるからやらなかったという。。なんなんだ。

 

しかし、最後に日本滞在で心に残ったことをひとつ書きたいと思う。

  

今回18か月ぶりに実家に少しだけ寄って、父に建て替えてもらっていたイスラエル旅行の旅費を払うのと、実家に送っていたオンラインで購入した着物をピックアップしたのだが、そのときに、なぜ今回日本に帰ってきたのかと聞かれたので、彼氏がいるからそこに滞在していると白状したら、母親にマシンガンのごとく、「結婚は絶対してはダメよ。」「別れるときはスパっと別れないと。」などなどまくしたてられ、以前だったらいちいち真に受けて腹がたったけれど、今回は腹がたつどころか、そういうふうに熱くなっているお母さんって面白いな、、と思ったのだった。

別に悪気がないのはわかるし、母がわたしに対して信用していることもわかっている。だから結局はわたしの決断に真っ向に反対するわけないし、実際に今までもそうして親に一切相談せずに結婚と離婚を繰り返し、夫をおいてデンマークに移住までしたくらいだ。それでも怒られたことなんてない。宗教嫌いの母にクリスチャンになったこともついでに言ってみたら、それも案外すんなりと認めてくれた。ちなみに、わたしが来る5分前にエホバの証人が来たそうだ。

だから、一見「結婚なんてしちゃダメ」とネガティブにいっているようでいて、実は母がただそう思っていることを家族だから遠慮なしに言っているにすぎず、別にそれでわたしをコントロールする意図なんてないんだな、と。

 

そのことを、その日にヒカリエでランチした小学校以来の友達に話したら、「離れているから、そういうふうにみられるのかもしれないね。」と言われた。

まぁ確かに頻繁に会っていたら、こうはいかないかも。それでも、イライラすることはあっても、以前ほど許せないとかというのはないと思う。

しかしその彼女は、小学校のときには思春期ど真ん中で親に反発したのもそのころだったという。

そう考えてみると、むしろわたしが小学生中学生のときは家族のことで悩んだ記憶がない。親に反発心を覚えるようになったのは高校生大学生のころだったような気がする。彼女曰く、小学生のときはわたしはいつも何かに没頭して悩んでいるふうでもなく、羨ましかったそうだ。

ぶっちゃけいって、わたしと彼女のタイムラグに10年くらい、、いや、彼女は愛に目覚めたのは20歳のころというから、20年以上のひらきがあるのか。

今になって、なぜ彼女がそこまでませていたのか、よくわかるような気がする。誰よりも早く、小学生のときにすでに人生に悩んでいたという。。

しかしそのときに、試しに、それまでの「なんでわたしはこの家に生まれてきたのだろう。」「わたしに両親がほかのひとだったらもっといい人生になったのに。」という考え方をやめてみたそうだ。小学生中学生でw。そしたら思いのほか自分を取り巻く環境が見違えるように好転したそうである。実際に、小学生のときの彼女は才能の一端をみせつつ、シャイで目立たない大人しい子だったのに、大学生のときに再会したときに見違えるように華やかになっていて驚いたものである。

わたしもそう思う。親はなぜ愛してくれないのだろう、と思うことは、実はわたし自身を傷つけていた。

今はむしろ、あんなふうに饒舌に話すお母さんってかわいいな、と思い、きもちがぽかぽかしてくる。今でもそのときのやり取りを思い出してくすっと笑ってしまう。

 

我ながら遅い思春期だったと思うけど、しかしそこに至るまでの過程に大きな意味があったんだなと思う。子供を得たこと、二度の結婚と二度の離婚、デンマークで孤独になったこと。彼と出会ったこと。遠距離で苦しんだこと。

大変だったことも含めてものすごい縁を感じる。

彼女は彼女で、早々に人生を切り拓いたものの、それからも紆余曲折あって壮絶な人生を歩み、やっぱりひとそれぞれ過程は違ってもいろいろあるんだなぁと。それぞれの流れがあるというか。

イスラエル旅行でもそれを感じたのだけど、やっぱり自分ではどうにもならない流れというのがあるのだな、と。宿命みたいなもの。

 

それまで振り回されてきたし、これからも右往左往するかもしれない。

でも結局はなるようにしかならない。自分の置かれている状況に嘆くのではなく、そこになんの意味があるのか、苦しいながらも考えられればいいなぁと思う。

2019-03-08 05:40:04

日本滞在 ~彼の趣味~

テーマ:恋愛

そういえば、今回彼とは一度も喧嘩がなく、ずっと仲良しで、わたしが彼にイライラすることも一度もなかったと思う。

イスラエルから帰ってきた直後に爆発したせいもあるかもしれないけど、去年の5月に岩手に行ったときも喧嘩したし、9月のクルマイユールでも険悪になったし、12月に我が家で深刻な話し合いにもなった。

どうしても分かち合えないことは、それ自体はシリアスだけれど、その事実そのものは変えようがないので、それはそういうものだと認められるようになったし、5月に火種になった誕生日スルー事件も、くだらないことではあるのだけど、彼が誕生日というものを重視しないことも認識できたので気にするのをやめた。実は、彼の誕生日にデンマークに来ることになっているのだが、お祝いをしなくてもいいという。そして、5月に言い争ったことも覚えてないそうだ。

 

そして、4週間前にわたしが爆発した彼の超リア充問題。忙しすぎてわたしとの時間をなかなか確保できないという。

10か月ぶりに彼の車と家をみて、その変貌ぶりに彼の状況についてもよく理解した。

寝室には木材が置いてあって、家じゅうものがたくさんある状態。

でも、ハイエースの荷物置き場にはりつけられた柱と壁と、リビングにある手製のソファーと折り畳み式作業台をみて、改めて彼ってスゴイひとだなーと尊敬した。

車の柱は、車に釘を打ち付けて固定するのではなく、車の中の曲線に柱を合わせることで、構造的に安定させる方法をとったそうだ。しかし、いくらキャドで設計しても、測定の時点で多少の誤差が出るので、調整するのに長時間削る作業にも骨をおったらしく、なかなかの手間がかかったらしい。

ソファーも車の後部座席を使ってなくて転がっている状態だったから、枠組みを木で作ってソファーにしてしまおうと思ったらしい。クッションはイマイチだけど、よくできているなーと思った。

 

 

彼は、スキーも好きだし、トレランも好きだし、木工作業も好き。

普段ITエンジニアの仕事をしているのに、趣味は体をつかうものばかりで(でも実は頭も使っている)、それはすばらしいことだし、その楽しみを尊重しなければなーと思った。

岩手に行ったときは、本当にデンマークに来てもらっていいのだろうかと思うほど。

趣味に没頭している彼も好きなんだなーーと。

わたしだって、茶道とか聖書の学びとかやりたいことはたくさんあるし、別にずっと一緒にいる必要もないのかもしれないと思うようにもなった。

 

ヒカリエで会った元同級生の友達は、美人で賢くてずっと恋多き人生を歩んできたけれど、仕事で大きな変化が起きそうなのと、ライフワークがあって地道に取り組みたいのとで、恋愛に関しては誰かとコミットするようなリレーションシップはもういいかなーと思っているらしい。

ちなみに、そのライフワークは、わたしがイスラエルで漠然と感じこれから学びたいと思っていたことに重なっており、わたしみたいにただ勉強したいとかではなく、ちゃんと形にしようとしている彼女がすごい、と思ってしまったが。

パートナーをつくっても、お互い独立し、たまにお互いに都合のいいときに会って、お互いに刺激しあうような付き合いをしたいという。

この年になると、ライフスタイルは固まっているし、それを相手のために変えるのは難しいと。そこを犠牲にせずに、会いたいときに会って、お互いを高めあうような関係がいい、とのこと。

 

それも一理あるな~と思った。

彼にそのことを言ったら、今はそこまで真面目に考えなくてもいいんじゃない?と言ってたが。

確かに、まだ起きてもないことをあれこれ悩む必要もないけど。

ただ、4週間前に爆発したときみたいに、ずっと一緒にいたいと思うこともないかな、と。

彼が輝いている姿をわたしもみたいし、応援したい。その上で一緒にできることがあれば、それを提案すればいいし。

 

さ来週の彼の面接もどうなるか、、、だが。

とにかく今回彼との時間が楽しかったし、彼が夢中になっていることをみることができてよかったと思う。

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