いまのしゅんかん -4ページ目

第一アドベンツ週末

今日は第一アドベンツ。
教会には行けなかったが、ヒュゲリなクリスマス週末を過ごした。
 
昨日は、来年の4000m級登山の準備で始めたトレーニングのために、昼間のうちにいつもより長めの10kmジョギングをしたのだが、ついでにクリスマスツリーを買おうと思っているところでもう販売が始まっているのかどうか偵察に行った。
 
 
他のところでもクリスマスツリーが売られはじめていたのであるだろうと思ってたけど、まだ11月なのに結構買いに来る人がいてビックリ。
このタイミングで室内に入れると、クリスマスまでもつかどうかわからないので、皆外に置いておくのだろうか。
うちは冷蔵庫並みの温度になっているオランジェリーに置くので、痛む心配はないのだけど。
 
17時くらいに娘が来て、約束していたライスプディングの作り方を伝授。今年はBFと二人のクリスマスなので、自分で作れるようになりたいらしい。

 

1時間、1Lの牛乳で1カップの米を、焦がさないように煮る。
 
しかし、夕飯に坦々麺を作ったら満腹になってしまい、ライスプディングが入る余地がないということで牛乳粥を作ったところでストップし、今朝、ライスプディングを作った。

 

 
安定の美味しさ。
これを朝ごはんがわりにし、Helsingørに向かった。

 

 
クロンボー城でのクリスマスマーケットに3人で行ったのだった。
彼は初めて、娘もほとんど記憶にないという。
私も、訪れたのは数えるほどで、スウェーデンに近く要塞に使われた城である認識はあったけど、詳しい歴史は知らず。
 
クロンボー城は、1574年に税関のためにフレデリック2世が建てたものだが、マルグレーテ1世の養子Erik af Pommernが建てた要塞Krogenを基礎にして建てられたらしい。
 
 

Erik af Pommern Kammer

 
なんと、600年古い部屋だそうである。
 
 
今日は、子供のくつろぎ場になっていたけど、そういう歴史的な場所をイベントに使われるのはさすが。。。

 

砲郭にあるカフェでサンドイッチを食べたが、単なる貯蔵庫で暖房はないので寒かった。。。

 
試食して美味しかった、デザートワインとチーズとフルーツビネガーを購入。

 

家で早速食べたが美味しかった。。。
ワインもコニャックが入ってて香りがよく、デザートワインの割に甘ったるくなくていい。
 
デンマークのクリスマスマーケットって、作家さんやこういう小さなビジネスを知る機会になるので面白い。
 
家に帰って、昨日偵察したところでクリスマスツリーを買いに。

 

まだ濡れているので、しばらくしたらオーナメントを飾ろうと思う。
 
追記

待ちきれず、今年買ったばかりの鳥のオーナメントを飾ったが、かわゆすぎる。

新居でのクリスマスデコレーション

カップボードが来るまでペンディングしていた壁の飾りに着手することに。

 

写真をとってもらい、結構いい感じだと思ったので、スペインで買ったお皿とポルトガルで買ったタイルをカップボードの横に飾ることに決定。

 

 

また彼は、家具を動かすためのツールを買ってくれて、浮かせてスライドさせ、裏についているケーブルをコンセントに入れてくれ、照明を入れられるようにしてくれた。

 

実は、前のオーナーがつけたコンロの壁のタイルもポルトガルのもののようで、調和とれている。


これからシャンパングラスやワイングラスを入れていくつもりだけど、とりあえず今はクリスマスの飾りを入れてみた。

 

壁に穴をあけたついでに玄関の壁にもネジを打ってもらい、いつものクリスマスカレンダーをかけた。

 

テーブルにはこれ。

今年は出遅れたのでカレンダーろうそくはないけど、12月は出かけることが多いのでまぁいいかなと。

 

この週末は、クッキーとライスプディングを作り、クロンボー城のクリスマスマーケットにいき、近所の宮殿の前の広場でモミの木も買いに行く予定だし、楽しみである。

駐在帯同児童の現地校就学について

昨日、スレッズ上で繋がっているアカデミアの方がこんなポストをあげた。
 
 
わたしは「本当にそのとおり!!」を思えるポストだったが、批判的なリプのみが複数ついていたので、すかさずフォローのリプをわたしがポスト。

 

 
元ポストの言わんとするところは、下の学年をオファーされたからといって、会社が負担してくれるインターをやめて、より社会的コストのかかる現地校にわざわざ変える意味はないのでは?ということだったけど、税金について言及したことによって、ある人たちの逆鱗に触れてしまったっぽい。
駐在のひとたちも納税しているのに、なぜ現地校を選んではダメなんですか、と。
 
つっこみポイントをここに挙げたい。
 
 
1 デンマーク語を解さない子供は普通クラスに入ることはできない。しかし外国人の特別クラスを創設するには2500万円かかる。一人あたりおよそ400万円。
 
 
なんでも、デンマーク語を解さない場合、普通学級に入る前に、特別学級に入らなければならないが、実際そういうクラスをアレンジしているのはコムーネの72%で、56%のコムーネで、デンマーク語を解さない子供を普通学級に入れてしまうこともあるそうである。
 
わたしが住むコムーネでは、2023年のとき、直近二年で4度も特別学級を新設したが、一度につき2500万円かかっているという。つまり総額1億円。特別学級は5ー6人の枠なので、一人あたり400万円かかっていることになる。

 

 

つまり、その予算を引き出せないコムーネはルールに反していることを認識していながら、やむをえずそういう外国人児童に対し無策になってしまっていることが考えられる。

そのあたりうちのコムーネは規則に順しているとはいえ、この新聞記事の見出しの市長のセリフとしてこう書いてある。

 

「数年しかいない外国人の子供が、英語での教育にとどまらせないこと(=デンマーク語教育を供すること)はコストがかかりすぎて馬鹿げている。」by L kommuneの市長

 

まさに、元ポストの方がおっしゃっているような、数年しか住まない日本人の子供にわざわざデンマーク語教育の機会を与えることは馬鹿げていると言っているのである。

 

でも、日本でだって、移民の子供の教育にひとり400万円かかるなんてことになったら絶対大騒ぎになりそうである。

 

 

2 駐在員世帯の納税額はデンマークの世帯納税額に比べ少ない

 

デンマークの子供の親はほとんどがダブルインカムで、平均年収額から算出すると平均世帯収入はおよそ2700万円ほど。たぶん、この額を超える年収の駐在員はあまりいないと思う。

それどころか、最近の労働ビザの最低年収額は1200万円ほどだが、その条件を満たすことが年々厳しくなっており、駐在員も減少傾向にあるらしい。駐在員は家計をもっとも圧迫する住宅などを提供されているので、ダブルインカム世帯並みの生活を送れるから納税額も大きいと勘違いされるが、実はそんなことはない。

 

 

3 教育法が違いすぎて、現地校の敷居はとても高い

 

デンマークは1975年の教育改革でドラスティックに変化し、従来のディスプリンから、自己責任、共同作業、社会への寄与など、民主主義社会の一員として育つような教育に変わっている。しかも、親の責任も重くなっている。

 

§ 1. Folkeskolen er den kommunale skole, der tilbyder undervisning efter denne lov.§ 2. Folkeskolens opgave er i samarbejde med forældrene at give eleverne mulighed for at tilegne sig kundskaber, færdigheder, arbejdsmetoder og udtryksformer, som medvirker til den enkelte elevs alsidige udvikling.Stk. 2. Folkeskolen må i hele sit arbejde søge at skabe sådanne muligheder for oplevelse og selvvirksomhed, at eleven kan øge sin lyst til at lære, udfolde sin fantasi og opøve sin evne til selvstændig vurdering og stillingtagen.Stk. 3. Folkeskolen forbereder eleverne til medleven og medbestemmelse i et demokratisk samfund og til medansvar for løsningen af fælles opgaver. Skolens undervisning og hele dagligliv må derfor bygge på åndsfrihed og demokrati.

 

日本でも変化はしてきているみたいだけど、デンマークに比べるとまだまだ知識偏重だし、親もそこまで関わらなければならない感じではないと思う。

デンマークの現地校は、子供だけでなく、親もかなり戸惑うと思う。

ただ、授業を聞いていればいいのではなく、授業に参加しなければならないのだから、言語がわからなければそもそも授業に出る意義が問われてしまう。

 

実際に、日本人の子供で、授業についていけず、その問題に親が関与しなかったことで、小学校から市のほうに通報された夫婦もいるそうである。

別の日本人家庭では、最終的に子供が登校拒否になってしまい、旦那さんの帰任を前に、奥さんと子供だけが本帰国されたとか。

残念ながら、デンマークでは、そういう就学困難児を救うシステムは充実していない。まぁ、デンマーク人でもさんざんドロップアウトしているひとがいるほどで。

 

 

4 言語よりもアカデミックの学びが大事

 

しかも、あとで知ったことだが、元ポストのお子さんは9歳と12歳だとのこと。

9歳の子はギリギリなんとかなるかもしれないが、12歳の子は新しい言語を学ぶにはトウがたちすぎインターにしても下手すると中学校の教育ロス期間をつくってしまうことになりかねないので、よくよく教育について考えるべきだと思う。

つまり、新しい言語を学ぶことにエネルギーがとられて、中学校で学ぶべき内容そのものを喪失してしまうリスクがあるということである。

 

12歳ころにデンマークに移住してきた子について聞いたことがあるが、大学どころか、高校にも行けなかったらしい。

大人になって移住したひとは、高校にも大学にも行けていて、デンマークで教育を受けなおしている日本人を山ほど知っているのに、タイミングを間違えるとこうなるのか、、と。

中学校の内容をすっとばしてしまうことの大きな代償をつくづく認識されるべきだと思う。

 

 

5 サービスを享受できる権利を主張する前に、享受できるありがたみを意識したい

 

実は、これが元ポストの駐在家庭や、批判リプしたひとたちと、ポスト主とわたしの意識の大きな違いかな、と。

 

わたしやポスト主さんは、あくまでも保険としていざとなったら享受したい、と思っているので、(だから、イマイチな医療サービスになんら不満なし、介護もできる限り受けたくなく生涯現役でいたい)もし駐在のひとたちで、デンマークで納税しているのだからサービスを享受できて当然!!と思うのであれば、正直、駐在の意義さえ考えてしまうほど。

サービスを使うことを当然と思われて、デンマーク人を雇うのではなくわざわざ日本人、しかも奥さんと子供の人生に影響させてでも日本からきてもらうことの意味とは、、、と思ってしまうかな。

だからこそ、駐在員を派遣する会社のほとんどがインターの負担をオファーしているのだろうし。

 

 

でも印象としては、外国での子供の就学について安易に考えているひとが多い感じ。

駐在はともかく、あえて親子移住とかいって、移住しやすいオランダに目的もなく子供同伴で移住している人もいたり。

あと、むしろ子供をデンマークの学校に入れることをメインの目的にサバティカルで来ようとしているひとがいたり。

子供であっても案外と外国語の習得は簡単ではないと思うのだが。

OMM忘備録 おまけ

せっかく温泉地でOMMがあるのだからと、イベントの前と終わった後に一泊ずつ旅館に泊まることにしたのだった。
前泊は鄙びた旅館で、終わった後はもっとモダンな温泉宿に泊まったのだが、それぞれ違う良さがあった。

 

 
前泊の方は、部屋食で、布団の上げ下げをやってくれる、伝統的な旅館で、

 

 
後泊の方は、ベッドもある和洋折衷の部屋で、食堂で他の宿泊客と一緒に食事するタイプだった。
 
伝統的かどうかに関係なく、私は後泊の方が気に入った。
前泊では、スーツケースを広げると布団を敷くスペースはギリギリで、一部テーブルと布団が干渉し合ってしまい、私の足元の上にテーブルがある状態で、パッキングをするのにあまりプラクティカルではなかった。
二つ目の宿の方は洋間だけでもスペースがあってシュラフなどを干すことができた上、さらに和室でスーツケースを広げることができ、個別の露天風呂をサービスしてくれて彼と二人で入ることができ、食事の時には日本酒をオファーしてくれて、二つのテイスティングセットを頼んで6種類の日本酒を飲み比べすることができた。
まぁ、当然後泊の方が2万円ほど高く、単に値段に見合ってた内容、ということかもしれないが。
 
OMM前は初めてのオリエンテーリング参加に緊張していたから、いずれにしてもリラックスして楽しむことができなかったので、大会が昼前に終わってチェックインまで時間を持て余したくらいだったが、あえて帰らずに旅館に泊まって良かった。しかもいい宿に。日本酒も遠慮なく飲めたし。
 
ちなみに、レースが終わった後は、スキー場の食堂で食事してもまだ13時とかで、日帰り温泉の費用を払ってお風呂に入りたいと宿に言ったら、特別無料にしてくれて、それだけに長湯はせずにさっと入らせてもらい、まだ時間があったので、ドライブがてら町に下りて道の駅にいくことに。
生モノを買えないので何も買い物しなかったが、イートインできるジェラード屋さんに入り、日本ならではのフレーバーのジェラードを食べた。栗もさつまいも味も美味しかった。
 
その時にOMMの参加者の人に話しかけられ、私たちが最初にポイントを取ったコントローラーを見つけることができず、道に迷って自分たちの居場所がわからなくなり、最終的にチートしてスマホで場所を確認したら思っていたのと全然違う場所にいることがわかって仰天したとのことだった。

後から振り返ると、私たちは初日は最後の方のスタートだったので、最初から人は少なくオリエンテーリングの技量を試されたが、二日目は最初の方のスタートだったので人が多くつまらなかった。話しかけてきた人は遅いスタートで人が少なく、見つけるのがより難しくなっていたかもしれない。

 

那須塩原に来たときはあまりにもいいところだったので、帰りに色々寄ってもいいねと話していたが、どっぷり自然につかったOMMの後は、ドライブして止まって写真を撮ることがとても虚しいことに感じてしまい、翌朝宿をチェックアウトした後は牧場でソフトクリームを食べた以外はどこも止まらずに東京に帰ったのだった。

 

ほうじ茶ソフトクリーム。日本のソフトクリームはなぜこんなに濃厚なのだろう。。

OMM忘備録5

DH40から1時間半かけてBM30を獲得してから、頭痛を解消するための鎮痛剤を飲み、行動食を食べてから、まだ2時間半残っているので、また欲張って高得点ポイントBJ40を目指すことにした。

 

 

オフトレイルだが、東側の谷に沿うようにして南に登っていけばトレイルに辿りつくし、トレイルをトラバースして谷を越えてすぐにトレイルにアクセスできれば行けるとして、ものすごく簡単にポイントを獲得した。

 

 
これが40ポイントと思えないほど、簡単だった。
この時点で残り時間は2時間弱。この先の50ポイントBA50も難しくないのかも、と欲が出そうになったが、間に合わなくなるリスクも考え、AS20を獲得してゴール地点に向かうことに決めた。
 
この決断はとても正しく、AS20の獲得は簡単だったが、思っていたよりもゴールはものすごく遠くて、最後のほうはかなり焦った。舗装路に出たときに1時間を切っているうえ、ずっと登坂なのでかなりキツかった。
最後の10ポイント獲得のためにショートカットしようとしたら、リフトがあって引き返し、半分キレながらゲレンデをのぼってCA10に向かったのだった。
 

ゲレンデを下って、制限時間15分前に無事ゴール。

 

ゴールに向かうことを決めたBJ40からゴールまでの距離と、スタート地点からの距離がほとんど同じということがわかる。。。やっぱりBA50を目指さずにゴールに向かってよかった。。。

 

トータル140ポイント。107組中83位。
 
苦労したBM30を目指さず、スキー場周辺のポイントを稼ぐことにフォーカスすればもっとポイントを稼げたかもしれないけど、やっぱりDH40からBM30を目指したのは、地形図をみながら場所を探す楽しさを味わえたので全然後悔はない。
逆に、どうやったらアプローチできるか自力で考えるシチュエーションがないと面白くないというか。。。
 
順位はいまいちでも、とても楽しめた満足の二日間だった。

OMM忘備録4

2日目にもらった地図はこんな感じだった。

 

 
前日と違って、最初からトレイルを辿ればよく、前日は目的地に向かうことにフォーカスしすぎて時間を余らせてしまったので、この日はあえて最初から高いポイントのところを探しにいってみようと、まずDH40に向かうことにした。

 

 

こんな感じで、トレイルと舗装路でアプローチし、最後のオフトレイルも人がたくさんいたので、彼は真面目に地図を見ていたけど、途切れることのない人の流れにそのまま従って難なくポイントを獲得してしまった。

 

距離があったので1時間かかったとはいえ、あまりにもあっけなく見つかってしまったので、初心者のくせにおこがましいが、これはつまらなすぎる、、、と思ってしまい、

 

 

ほとんどのひとが舗装路に引き返しているのに反し、あえて人が少ない黄色の方向に向かい、BM30を目指すことにしたのだった。

 

私有地の境目に沿って池の北側を通って西のほうに行こうとしたら、池も見えないうちに行き止まりになっているようにみえ、とても通り抜けできる感じに見えなかったため、南側に少し登って池の南側から行ける道筋を見つけようとした。

 

(実は、わたしたちは南側を目指していたはずが、無意識に尾根に従っていて、あとで軌跡をみてみたら思っていたよりもずっと東のほうに登っていたらしいことがわかった。)

 

 

気が付いたら尾根の上に立っていることに気が付き、コンパスを使ったら、まさに黄色の矢印の尾根の上にたっていることがわかったので、そのまま尾根伝いで下りて西のほうに移動することにしたのだった。

途中で池が見え、そばを人が歩いているのも見えたが、池と尾根の高低差はかなりあり、尾根を池のほうから登ろうとしているひとも見たが、かなり斜度があり、尾根伝いで移動するのが最良の解のように思えた。

 

 

しかし、尾根がだいぶ緩やかになっていくと、今度はこれといった目印がなくなってしまい、彼が私有地の柵沿いに移動することを提案。

かなり斜度のあるところを登らないといけなかったので躊躇したが、沢沿いを歩くのも嫌だったので了承。落ち葉だらけの斜面を無理やりのぼり、柵沿いへ。

しかし柵脇は平らで、結果的に移動しやすいトレイルに行きつくことができたのだった。

 

 

問題は、どのようにBM30につながるトレイルにアクセスできるか。

わたしは、柵の角を目印に、その周辺にあるはずのトレイルを探してみてはと提案し、高低差があってわかりにくく、しかも近くにトレイルはまったくなかったが、コンパスで方向を決め南西に進んだところ、無事トレイルにたどり着いた。

そしてなぜか、トレイルにつくと、今までほとんど人がいなかったのにたくさんの人が歩いていて、難なくコントローラーに行けたのだった。

実際は、トレイルについてから、頭痛がひどくなってきてかなりつらかったのだが。

 

 

OMM忘備録3

時間切れになるのを恐れ、締め切りの1時間半前の14時ちょっと前にはゴール地点に入ったわたしたち。
テント場もまだガラガラだったので、トイレに近く、しかし風除けのために端っこにならないような平なところを選んでテントを張った。
 

 

ほとんど食べていなかったので、着いた時には完全に空腹で、しばらく行動食を食べていたが、早いけど16時過ぎには持っていた水を使って食事の準備をした。

 

 
17時頃には、給水でかなり長蛇の列になっていたらしい。
なんと、水道インフラがない場所だったので、巨大タンクで水を運んでくれていたのだった。
複数のタンクからそれぞれチューブで繋いで簡易蛇口を設置し、供給していたという。。
1500人もの参加者がいるイベントなのに、、、
しかしトイレは意外に困ることはなく、いつでも待たされることはほとんどなかった。

 

18時頃には満員御礼。

 
あまりにも密度がありすぎて、きちんと目印を決めておかないと、自分のテントにたどり着かないことを認識し、ある黄色のテントを勝手に目印にし、テントに戻れるようにした。
 
彼は前日のドライブの疲労もあってか、18時頃には寝落ちしていたが、私は全然寝られず。
下はレギンスの上にダウンのモンペをはき、上はフリースにダウンも着て、ウールの帽子もかぶっていたのに、夏用シュラフだったのと軽量テントでかなりシングルレイヤーに近い構造のせいか凍えた。
夜中の2時頃我慢できずトイレに出てみたら、思っていたよりも全然寒くなく、いかに地面に近いところでの温度に差があることを思い知った。
でも、TMBでも夏シュラフで、寒い時でも大体快適に寝れていたから、やはりテントの違いが大きいのかもしれない。2年前のLofotenでの野営でも、その軽量テントで、寒くないのに全然寝れなかったので。
 
その後少し眠りに入れたが、3時半には誰かのアラームが鳴って起きてしまい、だいぶ騒がしくなってきたので、私たちも4時に起きて7時前スタートに備えたのだった。

OMM忘備録2

舗装路に出てから、一番舗装路に近い20ポイントのコントローラーを探しにいくことに。
もちろんgpsを使ってはいけないので、常に目印になるような柵や橋などを見ながら自分のいる場所を認識するようにし、地図と照らせて目的としているトレイルの形を確認して実線のトレイルに入った。
 
 
そして、曲がり角になっているであろう場所で、コンパスでコントローラーへの方向を決め、コンパスの軸が変わらないように一直線でオフトレイルを進んでいくと、、、
 
見つけた!!!

 

 
最初のポイントで大歓喜。

 

 
なんと1時間40分後にやっと最初のポイントを獲得し、あまりにもうれしくて大声をあげてしまい、そのせいかわからないけど直後にほかのひとがコントローラーめがけて走ってきたので、以降は静かにやろうと決める。。。
しかし、あまりにも時間がかかったので、結果的にはその近くにあった40ポイントのコントローラーも目指すべきだったのに、先を急ぐことを決めたわたしたちであった。
 
 
今地図をみると、また同じトレイルに戻って、実線と点線のトレイルを辿り、十字の交差点からコンパス合わせて40ポイントを狙えたな、、、と思う。2時間も余ったし、時間はあったはずなので後悔。。。
 
 
AL20をとったあとは、難なくAD30とBU10をとり、その舗装路からDC40を目指すことに。
 
 
舗装路から入っていくトレイルがわかりにくく、逡巡したが、オレンジ線の微妙に谷になっているところをみつけ、谷をそのまま上がっていくことに。
 
 
彼はなんとオレンジ→の豆粒の小さな盛り上がりをみつけ、そこでコンパスを合わせてコントローラーを目指すことに。
 

見つけた!!

 
そのあとは、辿ったところを戻るのではなく、反対側のトレイルに出て、舗装路に出ることに。
 
 
あまり標高を変えずに下りていったが、方向を合わせなくてもわかりやすいトレイルだったので結構簡単にトレイルに出れた。
 
 
温泉の源泉を通る面白いトレイルで、逆にこのトレイルを登ってポイントを目指す人も多かった。
むしろ、わたしたちが辿ったルートで目指したひとは皆無に思えた。
 
でも、これがオリエンテーリングの醍醐味であり、この40ポイント獲得でとても満足したわたしたちは、舗装路に戻って20ポイントと10ポイントを稼いで、2時間も前にキャンプ場に入ったのだった。
 
トータルで130ポイント。
107組中93位だった。

OMM忘備録1

那須塩原のオリエンテーリングレース、OMM Japanについて終わったあともいろいろ分析して気が付いたこともいろいろあるので、自分のために忘備録を書きたいと思う。

 

OMM初日、スキー場のゲレンデがスタート地点だった。

 

 
スタート1分前に渡された地図はこれ。
 

 

コントローラーは急峻な谷の向こう側にあるし、なまじ過去二度参加した彼はいずれも時間切れだったトラウマもあり、できる限り最短で舗装路に出てから、ゴール地点に向かいながら近場でポイントを稼ぐという戦略を選んだのだった。
そのため、一番近くにある沢に沿って舗装路に出ることにしたのだった。

 

 

しかし、舗装路までの道のりは思っていたよりも簡単ではなかった。

たいした標高線の密度ではないとタカをくくっていたら、意外に高低差があり、オフトレイルを移動するのが予想より難しかったからである。

しかも、最初に沢を渡ったときに、彼がコンパスをなくすというハプニングが。

大量の枯れ葉が落ちている森の中で、しかもオフトレイルで正確にそれまでの軌跡を辿ることも難しく絶望的になったが、幸い彼はコンパスを見つけて、あやうくリタイヤという事態にはならずにすんだが。

 

そして、似たような沢のY字分岐で、てっきり青丸のところだと思って先を進んでみたら、逡巡したのちに緑丸だったことを認識し、方向を間違っていることに気が付いて、引き返して青丸のところから沢を辿りそのまま舗装路に出ようとしたら、沢の周辺は岩がゴツゴツしていて移動が難しく、彼と沢をそのまま進むのか大議論に。

 

 

彼は沢を行きたそうだったが、わたしはトレイルに行きたいと言い、黄色の矢印のようにがんばって斜面を上がってみることに。しかし、たいした斜面でなさそうなのに、枯れ葉で滑りやすくなっており、トレイルまで行きつくのが結構大変だった。

ただ、トレイルにたどり着いたら途端にホッとし、なんなく舗装路に出ることができた。

 

舗装路に出たときに、すでにスタートから50分もたっていたのだった。

3か所で逡巡しているだろう箇所が軌跡からもうかがい知ることができる。トレイルに出た途端にクリアな軌跡になっているのもわかりやすい。

 

移動速度も、トレイルに出た途端で速くなっており、オフトレイルがどれだけ移動しにくいのかが示唆されている。

 

オフトレイルはこんな感じ。一面落ち葉でちょっとした斜面も滑って移動が難しい。

家族でクリスマスマーケット

 

昨日は、娘と3人でコペンハーゲンに、クリスマスマーケット → バー → タイレストランで夕食に行ったけど楽しかった。

 

去年から、一番大きかったKongens Nytorvのマーケットがスケートリンクに代わってなくなってしまったので、別の所はそれほど大きくはなく、あまりめぼしいスタンドはなく、グリューワインを飲んでソーセージを食べたくらいで、特に何も買うものはなかったけど、3人で飲んで食べながら語らうのが何より楽しい。

 

日本に行っててしばらく会ってなかったのと、10月に既に買ってあったクリスマスカレンダーくじ3種を渡したかったので誘ったのだけど、あと二週間くらいで手術前4週間になりお酒を飲めなくなってしまうのでちょうど良かったらしい。マーケットとバーで飲んだ後にレストランでも飲んでたが、娘にしては珍しい。

娘のBFも飛行機のチケットを購入し、娘の誕生日前日にデンマークに来て、その日の夜に一緒に日本食レストランで食事をし、年末年始を娘と一緒に過ごし、さらに手術の日もいてくれて、退院してまもなく日本に帰る日程にしたという。

 

しかし!!

直前の購入でほとんどの航空会社では高くて手が出ず、廉価だった中国東方航空のチケットを買ったら、高市早苗の台湾有事発言で今同じ東京→上海便がストップしてしまい、彼の乗る飛行機もキャンセルされる可能性が出てきたという。

 

だからか、今、中国経由のデンマーク→日本の往復券がものすごく安くなっていると言ってたが、確かに。。。

(これは11月末から2週間くらいの適当に検索した結果で、中国系以外は倍額以上)

 

 
これで本当にBFが来られなくなったら許せん。。。
もしそうなったら、ノルウェーへのスキー旅行に娘を連れていくことになるけど。
でも、日本で一緒に過ごすはずが心臓の手術でBFがBFがデンマークに来てくれることになり、一緒に誕生日とクリスマスと大晦日を過ごすことを楽しみにしていたのに、それができなくなったら悲しい。
 
北方領土担当大臣が、北海道で北方領土のことを「一番近い外国」と発言したことには(いつの間にロシアの領土と認めたのか)と苦笑で済んだが、台湾に関しては、日本は正式に国家承認してなく、台湾は公式には中国の一部という認識なはずなのに、「台湾有事」なんて首相自ら発言したら本当にシャレにならないのだが。。。
ヨーロッパも中国に気を遣っているのに、トランプなどはロシアと取引しているインドを嫌がらせ関税かけた一方で、ロシアに利をもたらしている中国には仲良し宣言してしまうほど。
このタイミングで、ウクライナにロシア有利な28条の和平条約の提案をしたのも、中国に何もできないことを認識し、これ以上長引かせても、ますます中国に利がいくだけで、アメリカの不利益にしかならないことを悟ったからだと思われる。

 

一刻も早く、中国との関係を修復させて、無事にBFがデンマークに来られることを祈るばかりである。