いまのしゅんかん -4ページ目

失業者初日

昨日ノルウェーを出て、今日の夜中の0時半頃に自宅に帰ってきて寝たのは2時を過ぎていたが、昨日が3ヶ月契約の最終日で、今日正式に失業者になったので、早速失業手当の手続きをした。

3月末に解雇になった時は、3ヶ月の給料がついていたし、それをもらっている最中に短期の仕事を得たので、無職になっただけでなく収入源を失ったのが今日が初めてということで、やったことのない手続きにドキドキした。

下調べはしていたが、実際に手続きできるのは、本当に失業してからと聞いており。

 

まず私が会員になっている失業保険基金のサイトに行き、、、

 

 

失業した際の手続きの手順について見て、指摘通りにJobnetという労働省管轄のサイトに行き、失業者申告をする。

それから、職歴と学歴の情報を入れ、また失業基金に行くと、失業手当に関することで心許ないと思ったので、電話をしてみた。

すると案外待たず繋がり、また話してくれた人はとても親切な感じで、私がきちんと手続きしていること、30分待ったら手紙が来るのでそれをよくよく読んで欲しい、というので安心してまたJobnetに。

 

 

失業手当をフルでもらうには、1ヶ月6件だかジョブアプライをしなければならないので、旅行前に送っていたアプリケーションをサイト上で登録し、とりあえず一件はやった、ということにした。

 

それから、失業基金から手紙が来たので読んでみると、直近3ヶ月パートタイムだったのに、一定以上の給料をもらってたということで、最初の3ヶ月間はフルで給付金をもらえるとあり、思っていたよりも4000krも多くもらえることがわかりホッとした。

まぁ、3ヶ月で仕事が見つからない可能性高いけど、、、。

 

しばらくはClaudeのサブスクを買ったり、知り合いに連絡したり、2週間以内に失業基金の人とミーティングがあったりとしばらくやらなければならないことがあって色々バタバタしそう。。。

 

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昨日、オスロ在住のスキー好きの方の自宅に寄らせていただき、平日だったので奥様だけだったが、彼女と話せてものすごく良かった。

前回会ったのは、3月の頭で、解雇される1ヶ月弱前だったので、今回はその話がメインになった。

 

彼女は、かなり利発でコミュニケーション能力が高く、いかにも仕事できそうな女性なのだが、案の定日本でバリバリと仕事されていたらしく、仕事を辞めてご主人の赴任に帯同でノルウェーに移住してきたことに、そう一筋縄ではいかない感情の揺れ動きがあったらしい。

私も、娘を妊娠した時に、仕事を辞めて東京から大阪、島根と移住し、トータル1年間の無職期間があったので、十分彼女の心情を理解しているつもりだったけど、今年の解雇でより深く共感できたような気がする。

 

具体的にいうと、無職の状態では、有職の時に比べるとバケーションが楽しくない、ということ。

無職って、時間ができるくせに、全方向でのやる気が削がれるのである。

専業主婦なのに、掃除をするわけでもないし、なんだったら、食事だって手抜きだったりする。一日ずっと漫画を読むだけだったり。(そしてこの無職期間、こち亀を買う気満々。。。)

むしろ仕事がある方が、和菓子なんて作っちゃたりして、忙しいはずなのに、仕事以外のことにもやる気が出たりする。7月前半はまだ契約更新の可能性も感じている時期だったので、4日間休みをとって毎日いろんな作業や用事をこなして充実した休みを過ごせた。

 

彼女と言い合ったのは、仕事というのが、自分のアイデンティティを形成する軸の一つであり、それを失うことが、実は滅茶苦茶心許ないというか、はっきりuncomfortableであること。

大学4年生の時に研究に嵌って以来、ずっと没頭できるものを持っていたから、それが普通になり、最初に無職になった時に必死に職探して社会復帰したくらいで、しかもキャリアのためにデンマークにまで移住してエンジニアリングで23年間働き続けてきたから、それがないというのが不快でしかないのである。生きる目的を一部失っている感じというか。

彼女曰く、その軸は主に、仕事、家族、趣味の3つがあって、それが全て揃うと満たされるらしい。なかなか3つ揃うことも難しいのだろうけど。

 

でも、ものすごくいいことを言ってくれて、この心許ない、不快な状態にいることもまた経験の一つであり、そして同時に、その経験によって、人というのは、経験してみて初めてその状態に関して認識し、経験する前に知らなかった自分に対し省みることにも繋がるという。

本当にその通りで、、、経験したことがないことに関しては自分が知らない、認識できていない、ということも自覚するべきなんだろうな、と思う。

特に、人の心情を認識することはできないことを意識し、その上で人を受容していくべきなのかな、、と。

 

彼女と、「これも経験と思うしか、やってられないですよね!」と言い合い、本当にそう思いながら今後過ごしていくしかないよな、と思った。

Galdhøpiggen登山

登山旅行にノルウェーに来ている。

木曜日、最後の出勤をして、夕方に家を出て、スウェーデン-ノルウェー国境のサービスエリアで車中泊し、金曜日にJotunheimen近くのキャンプ場に移動、土曜日にGaldhøpiggen下見、今日本番登山、明日月曜日にオスロに寄って家に帰宅、という予定でいたのだが、昨日、予定外に山頂まで登ってしまい、気力体力を使い果たしたので、今はキャンプ場でダラダラしている。

 

昨日は本当に山頂まで行く気はなかったので、麓まで45分かかるキャンプ場なのに6:30とのんびり起床、さすがに朝食は作らなかったが、7:30過ぎに出て8:20頃麓のパーキングに到着、8:30過ぎに出発した。

 

しかし最初からバテてしまい、300m登っただけで引き返そうかと言う彼。

あまりにも物足りなさすぎなので、せめて第一ピークまで頑張りたいと言い、チョコレートを食べたら元気が出てきたので続行。

 

 

天気がまぁまぁのおかげか、ものすごい登山者の数。登頂は二度だが、途中までだったら何十回と来たことがあるけど、こんなに人がいるのは初めて。

 

でも、今まで来たことがあるのは、3、4、6、7、8月で、9月は初めて。

沢も細いし、雪渓も少なく、もしかしたら、夏登山だと今がベストタイミングなのかも?と思った。

9月で、頂上は氷点下、むしろフルの冬装備できたわたしたちにとって拍子抜けだった。

しかも夏登山では3年ぶりで、トレイルの一部がかなり整備されてて、登りやすくなってた。

 

なので結果的に標高1900mまで結構いいペースで登れたのだが、標高2000mで大ブレーキ。

いつものことなのだが。。。Glittertindenの山スキーでも、アルプスでもそうだったし。特に初日。魔の標高2000m。だが、彼にはトレーニング不足を指摘される。それも事実。

 

しかしまた糖分を補給して岩登りを再開。岩登りはむしろ手を使っての三点支持登山になるので楽だし楽しい。

 

 

第一ピークを越えて、頂上まで見れる視界のよさに、「やっぱり行っちゃう?」

天気予報を見ると、日曜日の方が悪化するという。

ここまで視界がいいのは今までなかったし、この時点で頂上を目指すことに。

 

 

急登で難所だと思ってた第二ピークも案外難なく越え、あとは頂上を目指すだけ!

しかしこの残りの標高150mアップが雪渓もあって滅茶苦茶辛かった。

 

Galdhøpiggen 2469moh

 

 

頂上で視界がよかったのは初めてで、絶景に感動した。

 

しかし、頂上まで来るつもりはなくゆっくりの登山開始で、頂上に着いたのも14:45とかなり遅めだったので、ほぼ休まず下山開始。

 

幸いだったのは、頂上直下と第二ピークで尻セードでき、そのあとトラバースで第一ピークを回避できたこと。

 

 

しかしその後は、両足ともども親指裏に水ぶくれができてて、下山が地獄だった。しかも雪も降ってて休憩もままならず。

岩場なのにポールを使い、ブレーキを無理矢理かけながらなんとか下山を続けるがゆっくり。

彼がヘッデンを持っているから急がなくてもいいと言ってくれたが、暗い中、足場の悪いところで下山したくないと、残り標高差600mからは小休止も入れずひたすら下山。

なぜか最後はアドレナリン分泌されてたのか水ぶくれの痛みがさほど気にならなくなったので一気に下りてきた。

19:45に麓到着。20:24日の入りだったのでかろうじて明るかった。

 

 

一度目の登頂が13時間、二度目で13時間30分なのでだいぶタイムは縮めたが、、まぁ遅い出発で休憩を削らざるを得なかったせいもある。

でも今回が一番登山は楽だったし、下山も水ぶくれがなければ、、という感じ。

ただ登りはペースが遅いのでトレーニングをしなくてはと思う。

 

一度目の登頂

 

二度目の登頂

夏の終わり

 

ついに3ヶ月の仕事が終了した。

 

最後の実験を締めて、ラボを片付け、データをまとめてCTOと技術ミーティングをし、午後にはCEOとHRミーティングをし、さらにその後にCTOとラボの引き継ぎをしたが、CEOともCTOとも充実した話ができていい終わり方だった。

 

CTOに、このスタートアップの会社の3年間について話を聞いて、色々あったんだなーーーと。

やたら採用プロセスが厳しかったのも、ドキュメンテーションが多かったのも、ミーティングがやたら多かったのも、HRのケアが厚かったのも、そういった反省に基づくものだったんだなとつくづく。。。

 

やることが多くて忙しかったけど、この会社で働くのは楽しかったし、何よりも、思っていたよりも得るものは多かった。最初は、私の経験を供出しなければならないと思っていたので。

具体的にいうと、生成AIを多用することによって、かなり効率的に仕事を進める経験を積めたことは大きかった。

あんなに実験魔だった私が、Claudeでの計算で実験結果とピッタリ合う結論を得たことで、実験の労力を考えて実験の前に散々計算し、実験途中でも予想外の結果が出ればまた計算して軌道修正するという。。。

生成AIと会話しながら問題を考え、解決策を模索しながら実験するのは楽しかった。

とにかくいろんな問題に取り組んだ。

 

この夏は、仕事を優先させる変則的な夏だったけど、いい夏だった。

 

で、これから一気に冬のようなところに出かける。

最終日前日

はぁーー疲れた、、、、
 
今週は月曜日から4日間出勤する代わりに、来週の半日だけの出勤がなくなり、明日が事実上の最終日となったので、最後の実験をしながらデータもまとめてて忙しい上、前回のブログポストで書いた私の興味のある分野で、ケミストの募集を見つけてしまい、締め切りが迫っていたこともあり、今日中にアプリケーションを送ってしまおうと、仕事から帰ってきて、夕飯の準備をしながらCVとカバーレターを書いて。多分、デンマーク国籍者じゃないと応募できないポジションなので、初めてデンマーク語版のCVを作った。
 
今、デンマーク語のCVとカバーレターと、PhDの学位証明書と、日本の修士課程の学位証明書を添付し、アプリケーションを送った。。
興味ある分野でも、経験は皆無、対象となるマテリアルも全然関わったことがないけど、初めてこれは、と思うポジションだったので、それなりの反応が欲しいところ。でも、デンマーク人しか応募できないはずなのに、すでに80人応募しているらしく、狭き門。。なんだったら、無償のインターンもやってみたいくらい。
 
なぜ、今日のアプライにこだわったのかというと、明日、最後の出勤の後、夕方に出てノルウェーに登山旅行に行くからである。
 
 
月曜日からボチボチ準備は始めていたのだが。
 
Galdhøpiggenに登る予定なのだが、頂上は氷点下10度とからしく、ほとんど雪山を前提にした登山を考えていて、ピッケルとアイゼン、フル装備。
 
今週は、仕事納めと求職活動と旅行の準備と悪天候とで全然トレーニングできなかったのだが、土曜日に、久しぶりにコペンヒルで坂練をやった。
 

 

 
獲得標高500mに相当する6往復したのは、半年前に骨折してからは初めて。
骨折してから、4往復がせいぜいだったが、今回は体幹トレーニングのために走って下りることも目的にしていて、毎回駆け下りできたので、骨折する前の平均的なペースで6往復できた。
骨折したところも痛まなかったし、まずまずのところ。

 

しかし、退職でしんみりするところにハードな登山旅行入れるのはいいかも。

とりあえず明日はバタバタだ。

最後の1週間

ついに、最後の1週間となった。
なのでこの週末は家でも仕事し、土曜日にClaudeを使って計算し、今朝の開発ミーティングでその話をし、具体的な実験計画をたて、最後の実験を始めた。
 
 
ドラフトにキッチン用のオーブン笑。
ミーティングで急遽使うことになったのだが、実験で、「チーン」と鳴るのはなかなかシュールだった。
 
ちょっと変わった実験で、つきっきりだったのでとても疲れたが、幸いいい結果が出て嬉しかった。
 
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日曜日は、友達の友達であるデンマーク人を我が家に初めて招待したのだが、一回り年上の方でものすごく面白い人だった。

 

元々、その方は日本の食品や発酵に興味があり、味噌も自作しているそうで、納豆を自作する私たちを友達が紹介したことで繋がったのだが、発酵だけでなく、私たちの山スキーのアクティビティにもえらく食いついてきて、多方面に好奇心を持っている方だった。

 

去年日本に6週間旅行した時も、わざと観光客が多いところを避け、鹿児島から船に乗って屋久島にも行き、1週間だか滞在したらしい。

屋久島は観光客が少ないらしいが、それもそのはず、飛行機でのアクセスが、大阪、福岡、鹿児島からしかない。

私も学生の時、自転車部の九州合宿の後、屋久島と沖縄に行くつもりだったが、宮崎で歯痛で歯医者に行ったらすぐに帰って治療するべきと言われ、プライベートツアーはキャンセル、合宿の解散地である鹿児島から東京に帰り、以降機会がないままいまだ未踏である。

 

今は、旅行できる人の層が増えたからなのか、アクセスがいいところはどこでも観光客が多く、グローバルでオーバーツーリズムの問題がある。

私たちは、車でしか行けないところに行き、さらにそこから歩かないと行けないところに行くことが増えた。

つまりそれが、Jotunheimenであり、八幡平であるのだが。

 

ゲストの方も、スキー旅行はしたことがあるが、やはりデンマーク人がやりたがるような、パーティ込みの、ソーシャライズをメインとしたスキートリップをそれほど好んではなかったらしく、リフトを使わず、ゲレンデではないところでスキーで移動するツアーというものに興味を持ったらしい。

 

もっとすごいのは、もう年金者と言ってもいい年齢なのに、再就職が決まったばかりという。。。

やはり50代の時にか、いろんなコースを取り、キャリアチェンジをしたが、1月に無職になり、いくつかコースを取り、官庁だが、新しくできた部署での採用が決まり、9月から働くことになったらしい。

 

なので、私の求職活動に関して、具体的なアドバイスをしてくれて、おかげで私もやりたいことの方向性が見えてきた。

やはりキャリアチェンジになるので、うまく行くかわからないし、具体的な策はない。

でも、ずっと問題意識を持っていたことで、この短期契約の仕事でもその危機感を強くしたし、今の時代でクリティカルだと思っていることだし、アウトドアの趣味にも重なる部分もあり。

どうせ、今持っている専門性だけで仕事を得るのが難しいのなら、もっと勉強して、社会で必要とされていることで自分のキャリアを活かせるようなことを考えたい。

求職活動が長期戦になることを覚悟して、できれば私がやってみたいと思っている道が拓けるよう模索していきたい。

  

 

バタバタでたいしたもてなしもできず、平点前で薄茶だけ差し上げたくらいになってしまったが、畳の上でああだこうだと話せたのは楽しかった。

 

やりたいことをやり尽くして最後の1週間の勤務を頑張りたい。

家族

昨日は、よっぽど疲れていたのか、ブログを上げてから18時くらいにはベッドに入り、そのまま寝てしまった。夜中に起きたけど、夕飯も食べずに朝まで寝た。
 
まぁ、今月は特に忙しく、、、、
月頭に娘のハイキングデビュー旅行に行き、帰ってきて数日後に手術で入院、同日に退院、翌日に友達が来て1週間滞在、その間にCEOとの個人面談で契約更新しない旨伝えられ求職活動を再開、友達が出ていった数日後から姪が1週間滞在、最終日の日付が変わるタイミングで甥を空港まで迎えに行き、一泊、翌朝から父と義妹らが合流し、観光や食事を一緒にした。
 
あまりにもバタバタで、求職活動がらみで色々やりたいことがあったのに、失業保険の給付申請だけリサーチだけして、あるポジションにアプライしようと思ってたのが疲労でできず、今朝しようと思ったらアナウンスが消えていてショック、、、昨日まではあったのに。その勢いで、別のポジションを探して、カバーレターを書いてアプライした。
 
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自慢の我が家を家族に披露できて嬉しいのと同時に、家族に対する解像度も一気に上がったような気がする。
これまで1年に一度しか会えていなかったので。。。
 
姪もしっかりしていて驚いたけど、甥はまた全然違うキャラだが、ユニークというか、とにかくチャーミングな性格で、人モテするタイプ。年配にも好かれる。わかる。。。物置部屋に泊まってもらう時も、「この部屋を俺一人で寝ていいんすか?あざーす!!」と嬉しいことも言ってくれたり。女の子にもモテて、今まで複数人と付き合ってきたが、今は特に彼女が欲しいとは思わないらしい。
末っ子の姪は、常に自分が肯定されて育ってきた感じで、余裕を感じる。
 
3人とも、軸があるし人をきちんと尊重する。そして、弟の子供だけに皆経済観念がしっかりしている。
娘なんか、26歳になった今でも親がお金を出すことを当たり前にしているところがあり、私のお金で遊びたがり、私が無職になってお金を出し渋るようになったことに眉を顰めたが、姪たちは娘よりもずっと年下なのに親に頼ろうとしていない。我が家に1週間滞在した姪は、「叔母さんにお金を払いたい」と最後まで言ってくれたほどである。断ったけど。
 
そして義妹、理系ではないのに、会社の事業に関して幅広く勉強していて驚いた。
大学訪問が決まって、しかもコペンハーゲン大学が運動生理学で有名なことを知り、論文を集めて勉強してくるつもりだったらしい。
 

最後の夜に私がボロネーゼを作り、、

 

姪が野菜のローストを作ってくれたが滅茶苦茶美味しかった。

 

楽しい4日間だった。

義妹とコペンハーゲン大学へ

家族が、今日のお昼の便でデンマークを発った。
仕事だったので見送りには行けなかったが、Air BnBをチェックアウトし、バスとメトロを乗り継いで空港に行き、何のトラブルもなくゲートまで行けたらしい。
正直、自分が日本からデンマークに帰る時よりも、家族がデンマークから日本に帰る方がよっぽどこたえた。
特に、ワーホリで半年間デンマークに滞在していた姪とは、オーフスと離れていたとはいえ、年に1度しか会えなかった時に比べて距離を縮めることができたので、彼女が帰ってしまうのが寂しかった。
 
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実質的な最終日だった昨日、義妹とコペンハーゲン大学に行ってきた。
来月から研究生として働くことになっている日本人の女の子と話すためである。

 

 
実は、半年前、この建物の真ん前で氷の上で滑って転んで大腿骨頸部を骨折したので、それ以来の訪問に感慨に耽った。
しかも、ここに来る前にクリニックに行き、看護師さんと一緒に血液検査を見て、骨粗鬆症の薬の効果を確認したところだった。
私は更年期のせいか、骨を壊す働き(骨吸収)が活発だったため、5月から骨吸収抑制剤を飲んでいるが、幸い服薬でその働きが落ち着いてきた。
もし、ここで骨折しなかったら、骨粗鬆症であることも発覚しなかったわけだし、むしろいいきっかけになったのかもしれない。
 
 
広々とした食堂で、3人で話したのだが、楽しかった。
その大学で働くことになっている子は、運動生理学の分野で、運動による筋肉の生理的現象の変化について研究しているそうで、認知症の検査キットを作るスタートアップの会社で働く義妹は、デンマークでなぜか認知症の割合が少ないことに興味を持っており、少ない日数でもデンマークで高齢者を興味津々で観察し、80代のデンマーク人が海で泳いでいるのを見て驚いたそうで、その子にデンマークと日本の生活スタイルの違いについて話を聞くのが楽しいようであった。
 
私は、来月から無職になるので、できれば、日本とデンマークの共同研究の架け橋ができればと思い、その可能性を探ることを目的にし、興味のオーバーラップを見て好感触を得たが、残念ながら義妹の会社は3年前に大学との関係を絶っているそうで、既存のグラントの対象外であることを早々に認識し、その道が閉ざされるのを感じつつも、話そのものは面白かったし、私は問題に対して考察することがやっぱり好きなんだなーと思った。
 
また義妹の会社もスタートアップだけに、出資企業にとっての利益や意向に影響され、以前とだいぶ方向性も変わってきているらしい。以前は、大学発の技術をもとにした商品開発をメインにしていたのが、今はだいぶ出資企業の商品開発にフォーカスされるようになったと。なので、私が考えていた、アカデミックなプロジェクトにそもそも興味持たれないかもしれず。
しかし私もこの3ヶ月間スタートアップの会社で働き、なんだったら、スポンサーの意向でプロジェクトも止まり、契約は継続されないことになったので、こういう方向性の変更については理解することもできた。
 
とはいえ、義妹は日本人の健康寿命と寿命のギャップの長さを問題視していて、その会社を通してその問題に取り組みたいと考えているようなので、それについては引き続き応援したいと思っている。

家族の来デンマーク(2)

今日は、仕事を休んで、7時15分頃に家を出て、家族の宿泊先にバスで向かい、まだ絶賛準備している中、私だけゆっくりコーヒーを飲みながら待ち、8時半頃にAirBnBを出て目的地に向かった。

 

 

Helsingørのクロンボー場である。

 

歴史も面白いが、、、
(デンマーク初めての女王マルグレーテ1世の甥、Erik af Pommernが要塞として建てたことを初めて知った。。)

 

 
パーティをテーマにした展示が目新しくて面白かった。
16世紀でも、踊りまくるパーティ文化がすでにあり、1週間連続でパーティしてこんなザマになってたらしい。。
今のデンマークの異常なほどのパーティ文化は、歴史的なものだった、、、と納得。
 
地下の、暗くて迷路のような展示も面白かったが。。。
父が、でかい声で日本語で、ギャーギャー騒いでいるのが可愛かった。

 

デンマーク在住23年でやっと父が来てくれたことに感慨があったり。。。
 
夜は我が家で食事の予定だったので、その後、彼らがルイジアナ美術館に行く傍ら私は家に帰ってきて準備して待ったのだが、美術館では外で過ごすことにハマり、その後我が家に来る前にショッピングセンターに寄ったらしい。
 
本当はお茶を披露するつもりだったが、来たのが19時近くだったので、まず家の中を案内し、その後食事の準備をした。
大量に用意したはずのなんちゃってすき焼きはあっという間になくなり、白菜とベーコンと春雨を追加したが、8人分用意することのむずかしさをしみじみ。。。ランチでは皆少食だったので、迂闊だった。。。
やっぱり日本人はご飯だよね。。
 
散々歓談したのち、21時半近くに我が家を出ていった。
今月はずっとゲストを迎えていたので、これでひと段落したが、でもやっぱり家族との時間は楽しいと思った。
23年間、年に1、2回会うのがせいぜいだったのが、姪がデンマークに来てくれたことによって一気に解像度が上がった感じ。
弟の3人の子供が皆それぞれキャラが立っていることも初めて認識した。
なんか、やっぱりゆくゆくは日本に帰りたいな、、、ともちらり。
 
しみじみする夜だった。

家族の来デンマーク

昨日、夕飯の後3時間ほど仮眠し、2週間弱南欧を旅行していた甥をピックアップしに、姪と一緒に23時30分に家を出て空港に向かい、40分ほど待って、無事に出てきた甥と一緒に1時頃空港を出て家に帰ってきた。

 

我が家に来るなり甥は歓喜。

姪が大きな寝室を使っているので、私の物置部屋に70cm幅のマットレスを敷いて、もちろんシーツで包んで掛け布団と枕と一式用意し、暖房もかけていたが、狭いところで申し訳ないと思っていたのに、

「この部屋、俺一人で使っていいんですか?ありがとうございます!」

とむしろ感謝された。。。

 

なんでも、この2週間弱、高校の時の先生と、クラスメート3ー4人と一緒に旅行していたが、ホテル泊は3泊のみ、ほとんどが小屋泊か車中泊で、なんとSUV車4人で寝てたとのこと。

足を伸ばして寝られるだけ御の字だったという。。朝まで爆睡だったようだ。声かけてもなかなか起きてこなかった。

 

私の出勤時間に合わせて二人には出ていってもらい、9時半到着予定の便でデンマークに来る、父と義妹ともう一人の姪3人と合流するために二人は空港へ。

職場からやり取りしていたが、二人は9時半過ぎに空港に着いたが、義妹たちはボーダーコントロールで長時間待たされ、11時前にやっと出てきたようだ。

10時半頃空港に来た娘も一緒に6人でまずは娘のアパートに行き、荷物をデポし、予定通りコペンハーゲン観光に。天気もよく、運河ツアーも良かったとのこと。

 

仕事から帰ってきて、19時前くらいに彼のバンで、姪と甥の荷物を届けに、彼らが宿泊しているAirBnBへ。

義妹と甥と姪は、彼のバンにやたら感動し、なぜか試乗会と撮影会。爆。

車中泊してきた甥は、バンの中のマットレスにゴロンと寝転がったり。

うちの家族は、いちいち感動してくれて嬉しい。

 

宿は、滅茶苦茶大きい一軒家の地下室だが、キッチン、バスルーム全て揃っていて、寝室が3部屋もあるという。。

 

私がプレゼントしたLæsefidusenと初のご対面。カワイイ。
 
姪が調理したタラコパスタを少しだけご相伴させてもらい、ビールを飲みながら歓談。
私が移住して23年にして初めての来デンに満足している様子が窺えた。
円安が厳しいタイミングだが、、、やっと来てくれて何よりである。

発酵食の流行

カフェで働いていた姪に触発されて、オサレな朝食を用意してみる。。。
 
 
ヨーグルトに、グラノーラ、裏庭で収穫したブラックベリーの自家製ベリーソース、いちじくにダークシロップ。
そして、ちょっといいチーズを買ってみたり。
 
私は、和食作りには気合入れててかなりの頻度で和食だったりするけど、我が家は基本は健康志向でもなく、割とジャンクなものも食べてしまう家庭である。ビールばかり飲んでるし。
 
姪は、カフェが好きで、カフェで働くことを希望していたが、しかも「Hakko(発酵)」という名の、抹茶と自然酵母パンに力を入れているお店に採用してもらえたので、学びも多く楽しく働けたそうで、その話が興味深かった。
長時間労働も厭わず自然酵母をしっかり管理しているだけでなく、インスタのマーケティングも上手な店で、常に列をなしているような繁盛しているカフェで、2年前にオープンしたばかりなのに、すでに3号店もオープンしたところで、カフェといっても奥深いビジネスなんだなーと思った。
私にとってのカフェは、人と会うための場所にすぎず、カフェそのものに全く興味がないので、今まで知らなかった世界でもある。
 
そういえば、2年くらい前だったか、コペンハーゲンで有名なパン屋さんに友達といって長蛇の列に並んだが、今年の1月、心臓の手術で我が家に療養していた娘がそのパン屋のファステラウンボウラが食べたいと言って、そのためにわざわざコペンハーゲンに行きまた長蛇の列に並んだ。パン如きでこんなに並ぶのか、、、と驚いた記憶がある。
 
数年前からか、自然酵母で作った丸いパンに、Gammel Knasという長期熟成のチーズを挟んだBMO (Bolle med Ost)という一見シンプルなパンが流行っているらしいが、私は当然知らず。チーズを挟んだただのボウラじゃん?みたいな。
そもそも、自然酵母のパンが流行り出したのも、コロナ禍以降の現象であるらしい。暇を持て余す人が、時間がかかる自然酵母の発酵に嵌るのもさもありなんである。
そういえば、コロナ禍でレーズンと小麦粉で自然酵母作りにトライしている友達もいたな、、、でも雑菌管理が難しく、パン作りには悪戦苦闘しているようだったが。
 
月末に、友達の友達であるデンマーク人が我が家に来てくれるのだが、その方は日本人で発酵に詳しい人を紹介してほしいと友達に頼んで、納豆を作っているといって友達は私を紹介し、やり取りを始めた次第である。
その方もまさに自然酵母のパンを焼いたり、ケフィアというヨーグルトに似た乳製品を作る人らしい。
納豆は作るけど、市販の納豆菌を使うし、納豆菌は熱湯にも死滅しないほど強いから雑菌管理も難しくないし、発酵そのものに詳しいわけでもない私。山廃や生酛の日本酒を飲むようになって、発酵に興味は持っていたが。
 
どんな話をすることになるか、、、
楽しみにしようと思う。