
ラボ完全復帰
先週は火曜日が抜糸で水曜日からやっと自分で運転できるようになり、仕事もそこそこにという感じだったのが、今週は月曜日から激務でしかもラボタスクがメイン、今日も6時半に出勤して会社が閉まる11時半まで目一杯使って実験したが、仕事以外の予定も滅茶苦茶入っていたのでものすごく忙しかった。
月曜日 大量の検体でずーっと分析仕事→夕方から黙想会
火曜日 午前中はラボ仕事→昼にかかりつけ医→友達のところに真台子をピックアップ→映画館
水曜日 新しいプロジェクトのミーティング→かかりつけ医に血液検査→前職の会社にミーティング→お茶のお稽古
木曜日 7時ー15時までラボ仕事
血液検査の結果はすぐに出て、懸念していたビタミンDは3倍以上に増え、最低基準値を軽く超えたものの、昨日は8時間のラボ仕事で最後は立っていられなくなり、座って小休止しながら仕事した。
もはや職場はわたしが骨折したことを皆忘れているようだ。。。
それでも毎日エアロバイクやっていて、昨日は家に帰ってしばらく休んでからトレーニングした。
彼の会社で組織替えがあり、彼の部署がなくなったのに伴い、グループリーダーは解雇になったそうだ。
前からその人はグループのマネージメントに徹していて、プロジェクトにあまり関わっていないように伺えていたので、秘かに大丈夫かなと懸念していたが、やはりそこは冷徹デンマークらしい結末だった。
新しいプロジェクトのミーティングでも、前職の元同僚とのミーティングでも思ったのは、いずれも相手はマネージメント職なのだが、エンジニアとしてもバリバリでテクニカルな議論を深くできる人たちで、彼らはキャリアとしてかなり堅固だよなーと。
わたしはマネージメントに興味なくずっとプレーヤーでいたいけど、マネージャーは難しいな、と改めて。
ちなみに、前職の職場は来るのは9か月ぶりだったけど、全然変わってなかった。
私の席がある元同僚にとられたくらい。笑
とてもいい元同僚たちで、懐かしさでいっぱいになったけど、戻りたいかというとそんなことはなく、、、
現職のほうがやることがたくさんあるし、学ぶことが多くて、キャリアを積むにはここのほうがいいと思う。
年金受給年齢も上がっているけど、イランで戦争がはじまり、石油の輸送も懸念されている今、さらなるインフレが予想され、あと20年は働き続けたいと思う。
わたしが70歳になるころには、年金でカバーされないほど、すべてがものすごく高くなっていると思うので、働くことがいいのかな、と。
でも、働き続けられるスキルと体力も必要、ということである。
働けることがありがたい。
お稽古「盆点」
久しぶりにお稽古に行った。
1月21日を最後に、いつもは隔週だけど、その時はたまたま3週間後にお稽古するはずが、その3日前に骨折してしまったのでしばらく休止していたが、なまらせたくなかったので椅子に座ってのお稽古をお願いし、1か月半ぶりに師匠宅にお伺いしたのだった。
結局、炉だし、テーブルでお稽古するのは難しいということで、正座をチートするのに使う低い椅子をお借りし、普通に畳の上でお稽古させてもらった。
前回も「盆点」をお稽古をしたのを完全に記憶していなかったほど、ほとんど忘れていた。
そのときはなぜかノートも書いてなくて、復習していなかったせいもあるかもだが。。。
写真はとってたので確かにお稽古したはずなのだが覚えていない。
でも、振り返れば前回のお稽古の日、コムーネから違法建築の手紙が来て、パニックになっててお稽古もイマイチ身が入らなかったんだ。。。当然、家に帰ってノートを書きながら復習するどころではなく。
翌々日に弁護士に会って、さらに翌週に建築エキスパートに来てもらい、コムーネにセカンドハウス建築許可申請をしてもらって今は返事を待っている途中だが、さらに骨折もして、骨折の治療だけでなく、骨粗鬆症まで発覚して、この1か月半、バタバタすぎて記憶がふっとんでいるのも無理はないのかもしれない。。
盆点どころか、袱紗の真のさばき方もあやふやで、行のさばき方は完全に忘れていたので、やはり早めに復帰してよかった。
畳でのお稽古もチート椅子を使ってだが意外と負担ではなく。
なので、2週間後にある、師匠の茶名記念茶事の主客、骨折で断ってたけど、やはり引き受けることにした。他にいなくてお困りのようであったし。
次回は、そのお稽古をすることに。
カフェインを控えているため、実はお茶なしでのお稽古だったが、師匠が作ってくれた桜餅は自宅に持ち帰り美味しくいただいた。
骨粗鬆症の診断
昨日、骨粗鬆症に詳しい医者の診察があったのだが、なんと、大きな事故によらない大腿骨の骨折は、骨密度の数字に関係なく骨粗鬆症と診断されるとのことで、治療プログラムに入ることになった。
DXAの検査結果はあくまでも治療方法を決めるためのものであって、もはや診断のためではないと。
なので、これから忙しくなりそうである。
早速総合病院からDXAの案内が来たが、その結果をこの医者と一緒にみて治療プロセスを決めていくことになる。
多分最初から経口薬が処方されるような気がする。
そして半年後とかにまたDXAの検査をして骨密度の変化もみていく。
リハビリも並行してあり。
エアロバイクが自宅にあるので、毎日トレーニングしてて、理学療法士とのミーティングはリモートになるが。
前は全然興味なかったけど、すぐにできるし、10分でも太もものいいトレーニングになり、汗ばんできて心拍もあがりいい感じ。昨日は20分やったので、少しずつ伸ばしていきたいと思う。
先週末のオスロの坂道ロングウォーキングがものすごくよかったので、この週末もコペンヒルで坂練をしたいと思っている。
健康な食生活も継続中。
- 禁酒
- カフェイン絶ち。ハーブティーのティーバックを職場に持参
- 毎日skyr
- スナック菓子絶ち。ナッツを代わりに食べる
- 魚を毎日食べる
- 緑黄色野菜を食べる。ブロッコリー頻出。人参を職場のスナックとして持参。
骨折そのものは案外たいしたことなく、今ほとんど普通の生活に戻れていて、予定をキャンセルしたのは入院したときだけで、あとは仕事もプライベートの予定もこなせているけど、まさか生活習慣を変えることになるとは思わなかった。
悪習慣を変えるきっかけを与えてくれたし、骨粗鬆症の早期発覚につながったので、骨折してよかった。
新しいプロジェクトが始まったので、今忙しいけど、骨粗鬆症の治療も大事なのでなんとか両立していきたい。
映画「8番出口」
日本映画「8番出口」を観に行ってきた。
ゲームが基になったホラー映画と聞いてビクビクしていたが、結構プロットがよくて、趣旨を理解してからはそれほど怖くなくなり、面白く観ることができた。
ドツボに嵌って易きに流れ、結果同じところをグルグル回るか、
冷静になって試練を乗り越え、ループから抜けられるか。
心理的圧迫がすごいけど、実際にもよくあることだよなーと。
2016年に信仰をもつまでは、闇に落ちそうになると旅行や一時帰国で逃避し、しばらくは浮上してまた闇に落ちそうになりを繰り返してた。
ニノが洪水に巻き込まれたところは、私が闇に落ちたときのことを思い返された。
最後はニノの成長も見られて満足。
もうあまり上映してなかったけど、観にいってよかった。
黙想会
元牧師さんの自宅での黙想会に参加してきた。
ファステラウンとイースターの合間ということで、「断食期」がテーマだった。
この週末で完全に雪はなくなり、日も長くなって18時でもまだ暗くなってなく、湖に張っていた氷もだいぶ薄くなっていて、春の訪れを感じる。
イースターがキリスト教では一番大きなイベントで、復活祭に向け、ファストニングにより飢餓状態に追い込み、より神を求めるようになり、粛々とその日を迎えるというものらしい。
栄養を取らなければならないしファストニングではないが、骨折を機に、飲酒とカフェインとスナックと菓子を絶ってて、意識がクリアになるようで、こういうストイックな食生活も悪くないと思っている。
それに、体が不自由になったことによって、より体の機能に対し意識するようになった。
救急に行って、レントゲンを撮ってすぐに診断が下りて尿管を入れられて緊急入院することになり、夜中に背中から痛み止めと麻酔を入れてもらった一連の出来事は、不思議な体験として刻まれている。
久しぶりに冬らしい冬だったし、本当に色々あった冬だった。
自分の思い通りにならないことを思い知らされた冬でもあった。
しかし、このうんざりする社会情勢の中、自分の思い通りにならないと認識することが大事だということも認識させられた冬だった。
オスロ最終日
今朝、スキー愛好会オスロ在住夫妻がキャビンまで会いに来てくれた。
奥様は元々医療系のお仕事をされれいたので骨粗鬆症についても詳しいのだが、なんと大腿骨は滅多なことでは骨折しない部位なので骨粗鬆症を疑われ、また普通は高齢者だが大腿骨を骨折すると寝たきりになってしまうほどクリティカルな部位だという。
ね、寝たきり。。。マジか。。
だからすぐに歩きなさいと言われたのか。。手術した当日には自力でトイレに行ったが。
実は、昨日の夕方、一旦キャビンに戻り、またスキー場に行き、初心者ゲレンデを滑ってみたのだった。
そしたら、転ばないよう気をつかったが、思ったより足にストレスではなかったので、今日は上級者ゲレンデに行ってみたのだった。
途中山スキーで移動したかったのでウロコの板にしたのだが、抵抗が大きい上、暖かくて雪が湿ってたので、斜度があってもスピードが出ず、全然安全に滑れたので拍子抜け。。
スキーじゃないとアクセスできないお気に入りのカフェに行けて満足。。
オスロに行けるのはこの週末がラストチャンスだったので、行って本当によかった。
7km獲得標高380mの散歩に、まさか黒のゲレンデも滑れるとは思ってなかった。
それに、昨日イランで戦争が始まり、先が読めない状況になったので、やっぱり私はやりたいことを先延ばしにせずにやろうと思う。
もちろんこれからも栄養価の高い食生活と筋トレは続けていくつもりだが。
オスロで坂道ウォーキング
彼が再来週にある山岳スキーレースの練習をしたいとオスロに来た。
私は私で坂道で歩くトレーニングをしたいと思ったのである。
彼が上級者ゲレンデ横の直登トレイルに練習に行っている間、私はキャンプ場から標高530mにあるスキー場目指して歩くことに。キャンプ場が標高180mくらいなので350mくらいの上りである。
気温は2-3度くらいで、微妙に道路が凍結しており、転ばないよう気を配りつつ歩く。
しかし幹線道路になると歩道は完全に氷がなくなっており危なくなかった。
葛折りの坂道が続き、ゆっくり歩いているのに心拍数は上がり、体はあたたまり汗ばむほど。
上は霧が晴れていて、下界が雲海のようで神秘的。
ジャンプ台の前を通る。
ジャンプ台の近くはクロカントラックがあり、滑っている人がチラホラ。
いいなぁ。。。私もやりたい。(すべて無料)
しかしスキー場1km手前で歩道がなくなり、車も少なくはなかったのでちょっと歩きづらかった。
やむを得ず途中クロカントラックに入り、、、
湖の上で遊ぶ人たちが!
しばらくして駐車場があり、歩道も復活して歩き、、、
やっとゴール
まぁまぁな距離、獲得標高で、カロリーも消費し、疲れはしたが楽しかった。
オスロには何回も来ているけど、坂道ウォーキングは初めてだったので新鮮だった。景色はいいし、ウィンタースポーツがあちこちで見られて楽しい。
とてもじゃないが歩いて帰る余力はなく、公共手段を使っても歩くことになるので、彼に迎えに来てもらうよう頼み、来るまでスキー場の休憩所で休んだ。
彼は彼で、直登トラックを4往復して獲得標高1200m弱登ったそうでものすごく疲れたらしい。
山岳レースは4000m、、、どうなるか楽しみである。
映画「お葬式」鑑賞
伊丹十三監督の「お葬式」をコペンハーゲンのお気に入りのイベントハウスまで観にいってきた。
以前の「東京物語」や「生きる」が50年代だったのに対し、これは80年代の映画。
わたしが小学生の頃で、だいぶ既視感があるとはいえ、だいぶ懐かしいような、それでいて驚きなのはお金の感覚が現在とものすごく変わらないという。。。山崎努が現金で20万円もってたり、病院の会計が33000円だったり。
俳優夫妻で、裕福な家庭という設定とはいえ、昭和末期の豊かさを垣間見れるような映画でもあった。
昔はお寿司など滅多に食べなかったが、普通の出前でも、今の回転寿司より(当たり前だけど)ずっと高級感があって、美味しかった。多くがフランチャイズ化してしまった今からすると、ああいう食文化が無性に恋しくなる。
母の実家は古い家だったので、1998年にあった祖母のお葬式は自宅で行われ、ろうそくの寝ずの番もやったし、それだけに映画は既視感でいっぱいだったが、そのころすでに会場をかりてお葬式する家庭も多くなっていったような気がする。
今は、家族葬も増えていて、半分も家族葬だとか。叔父も恩師も家族葬で、日本在住の弟でさえ、叔父の訃報は後日報告でお葬式にはいかなかったらしい。
映画では、複雑な親戚同士の関係をにおわせたが、今はもっとあっさりしているのかもしれない。
あと、女が台所に入り、男が飲み続けている場面はいかにも昭和だなと思う。
そういえば、わたしが子供の時親戚で集まったとき、まさにそんな感じだった。
そこで出される食事は、いなりずし、てんぷら、煮物と定番のものばかり、でも美味しかった。
わたしが結婚したのは1999年だが、夫婦の関係は変換期にあったと思う。
義理の両親はわたしが家の仕事を100%引き受けることを当然としていたが、小学校から男女平等の教育を受け、エンジニアリングで大学院まで進学したわたしは、そもそも専業主婦になるという選択肢を考えてなかったし、家事を100%やるという発想もなかった。元夫だけが一人暮らししていて、結婚する前にその考え方で元夫とぶつかった記憶もない。子供ができて、一気に手のひらを返されたが。
とはいえ、すでに親戚の集まりなんかなく、一日中台所で手伝う、なんていう経験はなかった。
50年代の映画で感じる郷愁とはまた違う懐かしさに溢れる映画だった。
相変わらずヒュゲリな会場
映画のあとのラーメン。
店構えの割においしく、ついつい寄ってしまう。
リハビリ開始
昨日抜歯したので、今日から自分で運転して出勤したのだが嬉しかった。。。
やっぱり自分に足があるというのは素晴らしい。
一昨日はまだ自信がなかったので1時間遅い出勤だったが、今日は骨折する前と同じ7時に出勤した。
6時半に家を出る時、うす明るくなっているのに、日が長くなってきていることを実感した。
冬は好きだけど、明るくなってくるのは嬉しい。
久しぶりの出勤のドライブは楽しかった。
お昼頃に職場を出て、コムーネのリハビリセンターへ。
一応運動できる格好でシューズも持参していたが、、、
理学療法士さんに用意されていたプログラムを知らされていなかったので、いきなりエアロバイクからのスタートでびっくり。
家にもあるけど怖くて試したことがなかったが、意外と骨折したところの負荷はなく、痛みやストレスは全くなかった。
しかし、2番目に軽いギアでも、たった10分でヘロヘロ。
腿の筋力がどれだけ弱まっていたのか。。
久しぶりに息が上がり、汗ばんでくるのは結構気持ちよかった。
自転車→腸腰筋→腹筋の後、スクワットをやってと言われてびっくり。
やっていいの?
でもこれまた意外にストレスはなく、普通にできた。
最後にゴムを使って、中臀筋のトレーニングをやって終了となったが、骨折して2週間しかたっていないのに、意外と色々できるんだなーと驚かされた。
ストレスや痛みを感じたら、もちろんやってはいけないが、骨を強化するのに、筋肉を鍛えることはとても重要なので、その自分の限界に気をつけながら適度に筋トレをしなければならないという。
そう思うと、骨折する前日にもオスロのスキー場でスキーでの直登ハイクアップもしたし、この冬はかなり頻繁にクロカンもやってて、筋力はそれなりに鍛えていたから、本当に骨粗鬆症になってたのかな、、、と思ったりも。
いずれにしても、理学療法士さん曰く、骨折してたった2週間にしては驚異的な回復ぶりだという。
とにかく家でできるトレーニングを教えてもらえてとても良かった。
特にエアロバイクができるのがわかって良かった。
抜糸と骨粗鬆症
今週からは、抜糸してからは運転できるので、月曜日に彼の送り迎えで通勤、火曜日にクリニックのアポがあるためリモート、水曜日からは自分の運転で普通に出勤することにした。
昨日は、久しぶりにフルタイムで働き、社長らが不在だったので出勤してすぐに徒歩で朝食用のパンを買いに行き、簡単なラボタスクもこなしたが、やっぱり体を動かして働くのは楽しい。。。やっぱり私はリモートより出勤する方が好き。
今日、退院グッズの中に入っていた、リムーバーを持ってクリニックに。
予約した時は、この存在を知らなくて、縫合はメタルで?と聞かれたのに、違いますと思い切り否定したが、袋の中にこれを発見して、金属以外の何物でもないな、、と認識。どうも、スキンステープラーという医療用ホッチキスで縫合されたらしい。
どおりで、いつまでも突っ張るような、チクッとした痛みがあるなと。
縫合糸の抜糸は全然痛くないらしいが、この抜ピンは、10個くらいのステープラーを一つ一つ切られるたびにチクっとした痛みがあり、長く感じた。すごく痛くはないが、痛くないわけでもなかった。
でも縫合はうまくいってるとのこと。
骨粗鬆症について聞こうと思ってたら、抜ピンの前に医者の方から言ってきて、来週専門の先生との診療時間を予約してくれた。
昨日はそのために骨粗鬆症のことを調べまくり、血液検査の中で見つけた骨型フォスファターゼが骨形成マーカーであることを知り、過去のデータと比較して値が上がっていることを懸念してたのだが、医者は目もくれず、それよりはビタミンDの値だと。
ビタミンD欠乏の一番大きな症状が骨が弱くなることなので、ビタミンD不足→骨粗鬆症→骨折と思われてもおかしくない。
なので、いろんな医者から骨折の状況について聞かれたのだが、どんなに説明しても、あまり大した転倒だと思われず、ますます骨粗鬆症を疑われている感じ。
腰が痛いとか、他の症状はないからあまりそう思いたくはいないけど、ビタミンDが低いのは事実だし、閉経したところだし、骨粗鬆症になってもおかしくない食習慣で、特に転職してから運動不足だったから、診察してくれるのはとてもありがたい。
私が興味があるDXAという骨密度の検査は、来週診察してくれる医者がアレンジしてくれ、後日案内が来て総合病院でやってくれそうである。
やっぱり、ここで骨折してよかったかもしれない。
結果はどうあれ、骨粗鬆症のリスク因子が大きい状況で生活していたのを、骨折を機に見直すことになったので。
一番大きいのは、閉経と飲酒とビタミンD摂取不足。
北欧の冬を過ごすことのリスクを、改めて認識する機会になって本当によかったと思う。






















