いまのしゅんかん -4ページ目

自ら開拓

ノルウェーの物価があまりに高すぎて、今日はスーパーが開いてないけど、夜はプチ自炊しようと昨日のうちに材料を買っておいた。
ちなみにランチは屋台のケバブを買ったが、二人分で400NOK(7000円)。デンマークと比較しても高い。
 
やってみたかった実験をしようとスパゲッティを買ってみた。
SNSで見て興味がわいたのだが、10倍の時間で水でパスタを戻すというものである。
茹でるための大きな鍋はないし、非常時にも使えそうだし、やってみようと。
 
彼が行動食を運ぶためにもってきたプラスチックケースをさっと洗い、スパゲッティを入れ、大量の水を入れる。
 

 

2時間後、、、

 

 

不味くはないが、お湯で茹でるのとは食感が異なる感じ。ラーメンに近いかもしれない。

 

 

これに、コンロを使って湯煎で温めた出来合いのグラッシュスープをかけ、それとは別に、ミックスサラダに玉子サラダを和え、サラダバーからとった豆やハム、鶏の胸肉、ゆで卵をのせたサラダボウルを用意した。満足。。

 

ノルウェーって、高いくせに外食はイマイチだし、自炊の方が楽しい。ホテルでも山用のコンロで自炊は可能。

 

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今日、正式にオファーしてくれた会社との契約書にサインをしたのだが、メールで、

 

 

こう書いてくれて光栄であるのと同時にプレッシャーも感じている。

 

最近ハマって読んでいる漫画「3月のライオン」で、

 

 

というシーンがあるのだが、まさに同じ心境!

経験や過去の情報を参考にするのではなく、自から暗闇の中、解を模索していかなければならないという。。

 

正直、この漫画でズシーンときたのはまさにここで、それから逃げるためにラボテクニシャンのポジションに応募したり、もっと言えば、解雇された会社に転職を決めたのも逃げからくるものだったかもしれない。

実際にエンジニアとしてのチャレンジはほぼ皆無だった。だからこそエンジニアは不要と切られたわけで。

 

だから今回のジョブインタビューのために課題のプレゼンを準備している時は、連休返上してまで没頭出来て嬉しかったのだけど。ずーーっと考えてたし。

 

たった3ヶ月だけど、エンジニアとして正念場になることは間違いない。

100マイル完走

最後のカットオフで1時間以上余裕があったので完走は出来るだろうと思っていたが、最後のエイドステーションで30分以上休んだので、予定ゴール時刻がどんどん遅くなっていき、一度はゴール近くを見に行くもホテルに戻ったりし、、、1時頃近くのトンネルでやっと彼の姿を認識。

 

 

未明1時17分にゴールした。

 

 

結局130人のうち完走者は51人、彼は40位だった。

 

去年よりも1時間遅くてこの順位、そして低い完走率、トレイルがかなりぬかるんでいて、石の上を伝え走るしかなく、かなり足のダメージは大きく、タイムの平均も落ちたのだろうかと。

逆に白夜じゃないと走れない悪路でもあったという。

わたしも一昨日昨日のハイクで下山で滑るのが怖くて慎重になったが、それでも頻繁に段差のある石を下りるしかなく足へのインパクトを防げなかった。骨折したあとだから、できればお尻をついて下りることもしたが。

 

彼は今回、胃と眠気のマネージはできたが、腰にはかなりきたそうで、体幹のトレーニングの必然性を感じたらしい。

わたしも骨折後のリハビリで体幹鍛えるつもりが、色々あってすっかりサボりがちになってる。

 

ともかく無事に完走できて何よりである。

100マイルウルトラレースの行方

彼は今130人中27位、絶好調、、、と言いたいところだが、実は去年と比べてタイムはよくないのである。関門時間までものすごく余裕があるわけでもなく。

今年はいつもより雪が少ないと言われてて懸念していた通り、トレイルの状態はかなり最悪らしい。

リタイヤも今のところ64人、、すでに半分近く。完走率がいつもより激減するかもしれない。

 

今日は悪魔の門に行ってきたのだが、、、

 

 

いつも雪渓があるのにまったくなかった。

まぁ3月に来たときにあまりの雪の少なさにショック受けたほどで。私は山スキーがほとんどできなかったし。

 

1年前、ほぼ同じところから撮った写真。

 

暖かくて上でゆっくり寛げたのでよかったが。

 

彼の完走を祈るばかりである。

様々な変化

100マイルレースに参加している彼は順調に進んでいるようであり、今のところ130人中44位。すでに49人がリタイヤしているそうだが、サバイブしている中でも真ん中あたりにいるのがすごい。

 

 

3年前のレースと比較すると、なんと53人しか参加してなかった。

今年初めて定員150人近くまでサインアップがあったという。17人のキャンセルがあったが、スタート地点まで移動するボートも三艘アレンジしたそう。

フルマラソンも今は激戦でサインアップが年々厳しくなっているそうだが、より過酷な100マイルレースの人気が増えているのも驚き。

 

面接を受けた会社でも走る人が多いが、コロナ禍でランナーが劇的に増えた印象があるという。

確かに、、、私がアウトドアのアクティビティが増えたのもコロナ禍である。彼の移住のタイミングに重なっているからなんとも言えないけど、コロナ禍でインドアよりアウトドアを好むようになったのは間違いない。

 

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Lofotenに行く前日に面接があり、5-6人のリファレンスのリストを送って欲しいと言われ、5人にメールを出して、返事を待たずに会社にリストを送ったが、幸い5人全員から好意的な返事がきて、一人は別件もあって電話してくれてかなりポジティブに話してくれたとのこと。

本当にありがたい。

 

、、と思ったら、今その会社から、3ヶ月の短期契約だけどオファーもらった!

この会社にとってかなりクリティカルになると思うので頑張る。

 

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解雇された会社のボスニア人のラボテクニシャンからメッセージがきて、どうも本当に会社がドラスティックに変わって、アクティビティのほとんどがユトランドの支社に移り、彼女一人でさみしく働いているという。

実は解雇されるときに、あなたが定年退職したらラボを閉鎖すると聞いたよと書いたら、彼女も工場長にそのことを聞いたと返ってきた。

 

正直それを聞いてちょっとホッとしたというか、私の解雇は本当に会社のリストラの結果だったんだと理解できた。

ボスニア人にとってはショックだったようだが。

でも、そこはアクティビティも減ってきてたし、新工場もどれだけ売り上げになるのか未知だし、まぁ仕方がない。。

 

今度会って話そうよ、と提案したら、是非!との返事。

俺っていい奴だなーーー解雇されたのに残留の人を慰めるって。

 

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牧師さんからメールが来て、なんとご自宅を売りに出し、アパートに引っ越すとのこと。

引退されてからもだいぶ甘えてしまったけど、もう70代。テラスハウスとはいえ、結構大きな家だし、高齢者が維持するのは難しいのもよくわかる。

黙想会もなくなるのかもしれないけど、、、これ以上甘えるわけには。

 

 

自分のことばかりになってたけど、、、

皆それぞれ色々あるよね、とつくづく。。。

ソロ登山

彼が100マイルレースに行ったので、一人でハイキングに行くことにした。

 

3月の山岳スキーレースのコースで、少しだけ壺足で登ったところをさらに先に進んでみたいと思い、昨日下見に行ったのだが、

 

 

地図では沢に重なってたけど、意外に乾いてて大丈夫そうだったので、今日ハイクしてみることにしたのだった。

 

いつもルートファインディングは彼に頼ってて、初めてのトレイルを迷わずに行けるか不安で、地形をたたみこみ、ノルウェーのハイクルートアプリも使えるようにしておいたが、マーキングはほとんどないけどトレイルははっきりしている上、沢に沿った谷のトレイルで地形もわかりやすく、アプリで確認することはあまりなかった。

 

 

しかし山岳スキーのコースと思えないほど急登で、よくこんなところをスキーで登れたな、と。

 

 

峠の直前で緩斜面になるが、岩だらけで急登のトレイルはいかにもノルウェー。

 


 

山頂まで行くにはキツイかなと思ってたが、細尾根も意外に難しそうではなかったので、登ってみることに。

 


 

Tuva山頂に到着。

標高477mと思えないほどの高度感と絶景だった。

 

 

骨折して初めての夏登山、意外と獲得標高あったし、足場が悪くて、常にどう歩くか考え、結構登山した感が得られたかも。

下りも大変だったし、疲れた。

でもこんなに気軽に登山できるのはいいなぁと思う。

Lofoten


 

彼の100マイルのレースの付き添いでLofotenに来た。

 

5月に来るのは4度目だが、徐々にお金をかけない旅行になってる。

 

2022年:9日間の滞在でNarvik空港からレンタカー、広いアパートで滞在

2023年:前年とほぼ同じだが宿を安めの部屋に変えた。

2025年:4日間の滞在で、Svolvær空港からタクシーで相乗り、ホテルに滞在。

 

そして今回は、荷物をTMBで使った大きなバックパックにし(彼は90L、私は65L)、なんと空港からの移動費もケチって、空港から1kmちょっと歩いて、1時間弱待ってバスでホテルまで移動したのだった。

タクシーだと250NOK、バスだと90NOKで多少節約になる。

 

 

バックパックだから歩くのも楽ちんで、バス停までの徒歩の移動も絶景を眺めながらだし、

 

 

バス停も絶景に囲まれているので待つのは苦ではなかった。なんだったら近くの岩を上ってみたり。

ちなみにこの山域で彼は山岳スキーレースをやったらしい。

 

青ポチが私たちが待ってたバス停で、青丸が写真の山域。


あ、確かにJomfrutindenの近くだ。

 

今回は、彼のレース中に、3月に壺足で登ったところをハイクに行きたいなと思っている。

 

100mしか登れなかったのでもっと先に行ってみたい。

初めてのジョブインタビュー

明日から旅行なのだが、バタバタの1日だった。。。

なんと昨日、ガスのボイラーが正常に動かなくなり、リセットして点火してもすぐに火が消えてしまい、祝日なのでサービスに来てもらうこともできず、暑いからラジエーターは不要だけど、基本温水も使わないようにし、シャワーを使う時だけ、入っていない人が頻繁にリセットを繰り返して温水を作り、ぱぱっと浴びる、と苦し紛れの策で凌いだ。

 

今朝早速ボイラーサービスに電話したら、なんと8時半頃には来てくれて見てもらった。

半年前だかチェックしてもらったばかりだったし、ボイラー自体は故障してなく、排水が詰まっているためにエラーが出ていることがわかり、排水はサブスク外なのでそのままで帰ろうとしたところを引き留め、その分払うのでとお願いして排水チューブの詰まりを直してもらい、無事ボイラーが復活して、改めてシャワーを浴びることができたのだった。

1年くらい前も故障して部品を交換してもらってたし、いざとなったら新しいボイラーを買う必要もあるかも?と戦々恐々としていただけにホッとした。

もしかしたら1年先に売りに出すかもしれないのに、高額のボイラーを買いたくはない。。。

しかしボイラーの排水で詰まることがあるんだ、、、というのも驚きだった。今後は彼がメンテしてくれそうだが。

 

そして、お昼頃家を出て、ジョブインタビューに向かった。

 

実は、デンマークで初めてのジョブインタビューだったので、滅茶苦茶緊張していた。

完全にオープンなポジションに応募して面接まで至ったことさえ、修士の新卒枠の時しかなく、今回も厳密に言えば、コネから来たチャンスではあったけど、それでも、パーソナルチェックと技術面接、従業員面談とトータル2時間かけての面接は初めてだったので、不安が大きくナーバスだった。

それに、課題をやってて思ったけど、これを逃したら、これほど自分のクオリティにマッチするポジションなどないのだなと思うと、余計に緊張した。実際、今まで面接に呼ばれたこともないし。

 

しかし、とても皆親切で、実際にはあまり緊張せずに済んだ。

 

パーソナルチェックは、デンマークでは必ず聞かれるという、自分の強みと弱点、そして衝突が起きた場合にどう解決するかなどを聞かれたが、さすが色々経験してきているだけにあまり困らなかった。

それに、自分を知ったり、物事を分析するという意味で、ブログを書いてきたことも効果があったのかもしれない。

 

技術面接も、私のアイデアに対しいくつか質問はあったが思ったよりスムーズにいき、その後従業員二人と雑談をして一気に和んだ。

というか、こういう雰囲気が懐かしかった。ほとんど非デンマーク人のインテリ集団の雰囲気が。2019年まで大学のオフィスを間借りしていたから、長く国際的な環境で働いていたのである。

特に解雇された会社は純デンマークの会社でデンマーク語しか話せない人も結構いたから、彼の国際的な職場の話を聞いて羨ましかったこともある。

ただ、スタートアップだから、私の雇用には投資家の判断も入るかもしれず、雇われるかわからないし、雇われても短期間かもしれないし。その先の見えなさは、その彼らも感じているとのことであった。

 

最後に、リファレンスとして5ー6人紹介して欲しいと言われ、驚いた。

2人上司、2人同レベルの人、2人部下だと。

上司は、私のPhDの指導教官でプロジェクトマネージャーでもあった一番近しい元同僚と、私をデンマークに移住させるきっかけを作った元上司を選んだが、部下はいなかったし、ちょっと世話した学生はさほど近くもなく、残りの3人を、前職で隣の席にいた元同僚と、大学の准教授と、10年以上前に一緒にプロジェクトをやり、新しいプロジェクトで一緒に働くはずだったベトナム人を選び、家に帰ってすぐにその5人にメールを送り、会社にリファレンスをやってもらいたい人のリストを送った。早速3人から返事が来てありがたい。

 

明日の準備でカオス。
 
密かに懸念していた、前の会社からの給料の入金だが、給料日の前々日の今日、給料明細書が電子郵便で送られてきてホッとした。前回は給料日まで給料明細書が送られず、本当にストレスだったので。
 
決着も解決もしていないけど、家のことも、就職活動もひと段落したので、明日からの旅行を楽しみたいと思う。

3月のライオン

この連休は、ちょっとサイクリングしたり教会に行ったりしたけど、ほとんど家にこもって、明日のジョブインタビューのためのプレゼンの準備に時間を費やした。

もし入社したら、あるプロジェクトにどう取り組むかを具体的に示さなければならないので、調べるだけでなく、アイデアを出すのに考えて考えまくった。

簡単なプロジェクトではないので、先方が私がこのポジションに相応しいか判断するかはわからないけど、こんなのも久しぶりで楽しいなーと。正直、解雇された会社では、アイデアを出しにくい雰囲気にあったし、解決法を考え尽くすことはほとんどなかったように思う。

 

日本に行くちょっと前から読み始めた漫画にハマっている。

 

 
好きな作家さんだし、実は、映画を飛行機の中で観たことがある。
主役の神木隆之介はいい俳優さんだし、そのほか豪華なキャスト陣でいい映画だった記憶があるが、長期連載でなんとなく一巻から全て買い揃えることに食指が動かなかった。
でも14巻に大好きな前作のハチミツとクローバーのキャラクターが出てくることを知ってその巻だけ買ったら、ずるずると他の巻も読むようになり、結局全巻揃えてしまったという。。
 
最新巻の巻末で、作者が、「仕事と人生」をテーマにしていると書いてある通り、多分、無職になったばかりのこのタイミングだからこそ、今の私に突き刺さる内容になっているのだと思う。
前職での最後の1年間と、転職先での1年間の2年間、ここまで全力で仕事をしていただろうか、と。
コンサル会社でパイプラインが細くなり、持ってたプロジェクトにも興味持てず、需要ありそうな分野に飛び込もうと転職してみたが、私が期待していたような世界ではなく、ひたすらミスしないように気を使わなければならず、もっと勉強して深めていきたいと思うようなところではなかった。
 
「3月のライオン」では、家庭との両立に苦心した棋士もいれば、あまりにも将棋にフォーカスしてしまったために恋人と別れ今も独り身を貫いている棋士もいる。主人公は、恋人を得たばかりだが同時に棋士としての自分を発展させようともしている。
 
心が痛い。。。
大学4年生で研究にハマり、自力で学費を稼いでも大学院に進学したのに、社会人3年目で妊娠し、結婚のために退職、移住をし、地方で子育てをしていたが、やっぱり研究を諦められなくて家庭を捨ててまでデンマークに移住した。
幸いにし、エンジニアとしてデンマークで好きな仕事を続けられたが、結局迷走して無職となった。
今回のプレゼン作りで、過去のプロジェクトを振り返り、いろんな後悔が巻き起こったりもしている。やっぱり私は仕事に集中できていなかったのでは、とか。
 
また本気で仕事をやるつもりがあるのか、試されるためにこのジョブインタビューの機会を与えられたのだとも思う。
 
繰り返しこの漫画を読みながら、私自身に問いかけているような気がする。

左派中道連立政権の成立見込み

 

3月下旬にあった国政選挙から2ヶ月経ち、政権成立まで記録的な長さに及び、デンマークに移住して23年間にして初めて、交渉人が途中で交代したのを見たが、二度変わって、現暫定首相のMette Frederiksenが再び交渉人に指名され、社会民主党、社会国民党、ラディケーレ、穏健党4党の連立政権が成立する見込みになった。

 

一度目の王-党首個人面談で、Mette Frederiksenが交渉人の多数指名を受け、社会民主党、社会国民党、ラディケーレの3党での連立政権を目指したが、左派政党だけでは過半数には達さず、2週間前に中道政党の穏健党がいきなり、右派政党のベンスタ党首Troels Lund Poulsenを交渉人に指名したいと言い出し、左派グループの交渉はストップ、二度目の王-党首個人面談を経て、右派グループの話し合いに移行したのだった。

そしたらこの月曜日に交渉人Troels Lund Poulsenがベンスタ、保守党、自由同盟党の3党で右派政権を作ると宣言し、これまた左派グループよりも少ない少数政権なので、穏健党の支持は必至であったが、昨日、穏健党首のLars Løkkeはこの右派政権を支持しない旨交渉人に伝え、Troels Lund Poulsenは緊急記者会見で右派政権の成立を断念したことを発表、その後、王様に報告しに行き、今日、3度目の王-党首個人面談が行われ、Mette Frederiksenが交渉人になったのだった。

 

右派グループも左派グループも過半数には達してないので、中道政党の穏健党がどちらを支持するかがキーになっていたが、穏健党は前政権のように中道政権の成立を求めており、第一ラウンドの交渉で、穏健党は政権に入れないこと、また極左政党であるEnhedlistenの影響を看過できないとして、左派政権の支持を示さなかった。

しかし、第二ラウンドで、右派グループは国際支援の予算を大幅に減らすこと、また右派政権の支持政党であるデンマーク国民党党首Morten Messerschmidtが、支持するための条件として穏健党は政権に入らないことと、ムスリム人口を絶対増やさないことを挙げ、ムスリムの国会議員がいる穏健党は右派政権を支持できないと表明したのだった。

 

デンマーク国民党よりEnhedlistenの方がマシとまで言ったので、よほどデンマーク国民党への嫌悪が大きかったのだろう。 

 

明日から三度目の交渉ラウンドが始まるのだが、すでにMette Frederiksenは穏健党と一緒に政権を成立させると表明し、Enhedlistenも穏健党も今度は互いに譲歩したいと言っているので、まだしばらくかかるかもしれないが、左派中道政権が成立する見込みである。

 

実は、私たちを警察に通報したコムーネの学生バイトを調べたところデンマーク国民党の支持者であることが示唆され、移民嫌いのバイアスで当局の権力を用いて圧力をかけるという脅威を感じていたし、そもそも党首のMorten Messerschmidtがデンマークでは珍しくトランプとのコネクションを報じられており、ますますデンマーク国民党への嫌悪感が増している時だったので、正直、こういう展開になって心底ホッとしている。

ベンスタや保守党はまだまともでいいけど、それ以外の右派政党や極右政党はキワモノすぎて嫌だ。

 

それに、私が投票したラディケーレが政権に入る見込みになったのも嬉しい。

 

政権成立まで時間がかかっているが、民主主義国家が避けられないプロセスだとも思っている。

失業者クラブ

 

昨日は、失業仲間である友達と飲みに行った。

 

前回は私が解雇されて間もない頃で、失業保険の話を聞けてだいぶ参考になったが、あれから違法建築騒動でバタバタしたこともあり、それに関するアップデートと、彼女は失業して4ヶ月目に入り、彼女のケースが失業保険基金から、コムーネの管轄に移行したので、その変化について聞くのも興味深かった。

 

失業保険基金のときは、週に1〜2件ジョブアプリケーションを送っていればそれ以上干渉されることもなかったが、コムーネの管轄になってからは、プレッシャーが大きくなり、ジョブセンターにもある求人にも応募すること、また失業して半年間経ったらインターンをやらなければダメだと言われたらしい。つまり無給でどこかで働かなければならないという。。

そんな話は聞いたことがなかったので驚いた。失業中の元同僚も、もし興味のあるポジションがなければ、失業保険が給付される2年間はのんびり過ごすと言ってたし。。。

 

なので、彼女はジョブセンターにあったレストランやカフェの求人にも応募するようになったそうだ。

だからと言って、面接に呼ばれることもないという。

彼女は厨房で働く経験があるにも関わらず、直近でオフィスワーカーとして働いていたので、その経歴が邪魔しているだろうとのこと。

 

そう、私も、エンジニア職だけでなく、ランクを下げて私にでもできそうな実験助手のポジションにも応募しているけど全く反応がない。十分なスキルがあっても、逆にover qualifiedでも興味持ってもらえないという。。。

 

本当にデンマークって、潰しがきかなくて嫌になる。

だからこそ、日本で大卒で働いた経験があっても、デンマークで教育を受け直し、看護士、介護職、保育士、調理師、事務員などの専門職に就いた日本人をたくさん知っている。最近では、アラフィフで専門学校に行き、大学で実験助手として就職した人がいるし、私より少し年上の友達は介護士の学校に入り、何もなければそのままそのコムーネで正式に就職するはずである。

二人とも、全然違う分野でデンマークで働いていたが、先のなさを認識して50代でも転向したという。

 

ワーホリでデンマークに来た姪が、デンマークでは本当に専門職ばかりで、カフェでさえ経験を求められることに驚いていたが、いや、本当その通りで、私なんかこのままエンジニア職が見つからなかったら、PhDも持っていて今さら教育を受け直すこともできないし、完全に詰みそうである。

 

デンマークでの職探し、本当に難しい。