いまのしゅんかん -6ページ目

娘の手術と、医療システムで思ったこと

 

 

娘は今日手術して、明日退院する予定だったので、昨日映画を観にいき、今日の夜、差し入れするつもりで、昨日映画から帰ってきてから味玉を作ってたのだが、今日職場でランチをとってたら、今日中に退院するというメッセージが。

慌てて電話したら、カテーテルを入れて心臓の穴を閉じようとしたら肺循環圧が高すぎて閉じれないということになり、手術はキャンセルされたという。穴を塞ぐには遅過ぎたらしい。

子供のうちに治療してれば完治してただろうけど、生まれたときにわかりやすい穴があっただろうに、よく発覚しなかったね、と言われたそうだ。

ちなみに、やはり日本で心臓の穴を見逃されて、小学生の時に症状でやっと発覚したという人曰く、日本では結構よくあることらしい。特に聴診器で判断するのが難しいと。デンマーク王立病院では信じられないという反応されたけど、、、実際、娘の知り合いや友達で5人くらいやはり心臓に穴が開いてて乳児の時に手術して治療した、という人がいると。去年8月に娘はかかりつけ医で聴診器だけで心臓疾患の可能性を検知し、直接近くの総合病院の心臓外科に救急車で送ってくれたほどで。

 

やりたいことだけやって16時くらいに退勤し、家に帰って片付けをして、18時頃に王立病院に来たが、結局退院できたのは19時15分頃だった。

 

なんでも、手術チームの中に日本人医師がいたらしく、日本語で話しかけてきたそうだ。

3年前にデンマークに来たそうだが、なぜ来たのか聞いたら、その方の専門ではこの病院が有名らしく、自分のキャリアの発展のために学びを兼ねて来ているとのこと。

 

私は、やっぱりデンマークの医療の方が日本よりも、レベルが高いし信頼できるな、と思った。

 

その理由は、

 

- デンマークの医学部は日本でいうところの、東大並みに入るのが難しい。高校生の時に3年間の成績がほぼ全てAじゃないと入れない。

- 実は、助産婦の教育も、医学部に入る並みに難しく、医者に匹敵するほどの医療スキルが求められる。娘曰く、デンマークの助産婦だったら、聴診器だけで穴の異変を感知できたのでは、とのこと。

- かかりつけ医がすでにハイレベルの医者だし、そもそもかかりつけ医がどの専門医を紹介するべきか判断しなければならず、幅広いスキルが求められ、限られたファシリティでもそれなりの診断スキルを持っている

- 医療は完全パブリックなので、財源は税金。無駄遣いはできないので、無駄なことはしないし、必要なことしかしない。

 

日本は、今はそうでもないかもしれないけど、私が日本にいた時は、金さえあれば、どんな成績でも医学部に入れるイメージがあり、医者のクオリティの幅は大きかった。

実際に、いい医者に手術してもらえるかどうかは、ネットワークによるところが大きいという。

 

私は日本でも骨折し治療した経験があるけど、やはりデンマークでの治療の方が良かった。

すぐ退院してリハビリにすぐフォーカスさせられたし。

日本でもそういう治療が増えてきているようだが、なぜか入院期間は長すぎるまま。

 

日本の方が医療にアクセスしやすい印象はあるけど、実は逆だという。。。

娘の心臓の穴が見逃されたことはいつまでも根に持ちそうだ。

タスクなくなる

昨日は、11時くらいに宿を出て、ほんの少しの休憩を挟んだだけでほぼぶっ通しで移動し続け、21時過ぎにデンマークに戻ってきて、22時頃に娘をアパートに送り届け、22時半に帰宅、大量の荷物を運んで、簡単な食事を用意し、シャワーを浴びて、1時頃に就寝した。
 
それでも7時半に起きて、大量のメールとメッセージに目を通しながら、返事もポツポツ返し、、、
8時半に出勤。
 
旅行中にメールをチェックしていなかった私も悪いのだが(PC持参してないと、スマホだけではどうしてもおざなりになってしまう。。)、CEOとCTO両方がミーティングで不在だったこともあり、会社の状況を認識したのはランチ時だった。
 
なんと、金曜日に、インベスターの意向で、私がメインで携わっていたプロジェクトはあまりにも市場が小さいことから保留、ということになり、いきなり私のタスクがなくなってしまったのである。。
まじか、、、契約切れる前にすでに失業状態??
 
まぁもちろん、厳密には完全にタスクがなくなったわけではないが、そのプロジェクトがらみで色々やりたいことをやろうと決めていたので、それが白紙になったことに意気消沈、、、
 
また、昨日から、インターンの人が入ったので、ラボ仕事を見せて欲しいと言われ、作業を見せながら何をやっているのか説明したが、なんとその人は機械学習を専門に修士を取ったらしく、データサイエンスで私の仕事の効率化に寄与できる可能性を探っているとのこと。
機械学習か、、、私はデータを大量に扱うような仕事ではないので、その発想がなかった。
でも、この会社は、ゆくゆくはプロセスの最適化を自動化したいと思っているので、今のうちに機械学習専門の人をインターンで迎えることは悪くないと思ったのかもしれない。
 
早退けして、大学へ。
 
 
ずっとやりたかった電子顕微鏡での分析。
旅行の前日にやるはずだったのだが、まず部屋の鍵が入っているボックスのコードを忘れ、なんとか入手し、部屋に入ったものの、電源が入らず。。。外付けの装置のスイッチをつけたら電源も入ってくれ使える!と思いきや、パソコンのパスワードがなかなか認証してくれず。。。休暇中の装置の担当者に連絡したものの、正しいパスワードを知った時にはもう家に戻る途中だったので、引き返すエネルギーはなく。
 
保留になったプロジェクトのサンプルだから、もう分析する必要はなかったかもだが、実験としては興味があったので手短にでもやってみたかった。
ノートを取ってなかったので不安だったが、装置の近くに置いてあったインストラクションだけでやり方を思い出し、無事に分析でき、しかも面白い結果が出たので嬉しかった。CEOからもフィードバックがあった。

 

 
ノルウェーから帰ってきたら、いつの間に、ブラックベリーの収穫期になってた。
これでも大量に切ってきた。切っても切っても伸びてくるし、実はたくさんなるし。
彼が収穫してくれた。

 

 
ヨーグルトのソースにするために甘く煮詰める。

 

 
今週からプライベートで忙しくなるし、仕事でもやれることをやろうと思う。
会社がフォーカスし出したプロジェクトの勉強もしたいし。
 
ジェットコースターの日々はまだまだ続くが、なんとか乗り越えていきたい。

娘とのロングハイク

滅茶苦茶寒くて、なんだったら雪にも降られたが、、

 

 

 

 

無事目的地までピストンでき、獲得標高900m、距離16km弱のロングハイクができた。

頂上でガスったりしたが、天候はかろうじてもった。


 

強風と雪であまりにも寒くて、立ち止まるのも憚れ、ほぼ3時間休まないで登山していたら、私がハンガーノックになってしまい、行動食を食べて息を吹き返したくらい。

娘は全然大丈夫だったらしい。

 

アメリカ旅行の前は週に2日5kmのジョギングをして、週に2-3日ジムで筋トレしていたという。

基礎体力はバッチリあったのだろう。

私は背中が痛くなったが、娘は痛くないと。体幹を鍛えていたおかげかもしれない。

それに対し、私は筋トレどころか、ジョギングも2kmがせいぜい。直前は忙しくて全然走れなかった。

骨折のリハビリも最近はやってないし。。

 

ちなみに手袋は、今日は二枚ばきが必須だった。

さすがにスキー用グローブまでは使わずにすんだが。

 

心臓の手術をするまで、自主的にジョギングをすることもなかった娘。

ほぼデビューハイクで16km900mアップ900mダウンの登山ができるとは。しかも歩きにくい岩だらけのノルウェーの山で。

私の登山デビューは、大学院生のときに研究室で行った蓼科山で、リフトを使って獲得標高はたった600mだったし。

もともと運動能力がある娘なので、心臓の穴が塞がって、アクティビティの幅が広がるのは喜ばしいことである。

ちなみに、水泳も小学生のとき半年で辞めちゃったのだが、泳ぐのも滅茶苦茶辛かったらしい。それも心臓疾患のせいだったのだろう。

 

4日後にカテーテル手術を控えているが、今後アウトドアの活動ができればと思う。

娘と初めてのハイキング

久しぶりのテント泊だったが快眠でき、彼が6時にシャワーを浴びに行ったので私も空いているうちに浴びてしまおうと6:30にシャワーに行った。お湯の出は素晴らしく快適。

 

ちょっと二度寝して8時くらいにテントの結露を拭き、9時くらいにテントを撤収、ゆっくりコーヒーを飲みながら朝ごはん。

 

 

山飯とドライフルーツを食べ、だらだら過ごしながら準備、11:30頃キャンプ場をあとにした。

オスロのキャンプ場がお気に入りだったけど、ここは景色がいいし、ファシリティのアクセスも悪くなくいいキャンプ場だった。

 

4時間のドライブ、全然外を見てなかった娘も、Jotunheimenに入るとダイナミックな景色に興味津々。

 

 

初めて峠のカフェに入ったがヒュゲリなところだった。

ランチを食べてなかったので軽食をとった。

 

宿には15時過ぎに到着。

夕飯は19:45分を勧められ、4時間以上もあるので、翌日の予行も兼ねてプチハイクすることに。

 

 

娘にとっては初めてのハイキング、どうなるかと思ったが、、

 

 

は、速い!!

私が追いつけない、、、ぜーぜー、、、

 

歩き方もなってるし、息もあがってなくて体力が有り余っている感じ。

体幹がキチンとしてて、有酸素運動を定期的にやっているおかげか?

スキーもすぐに出来るようになってたし、運動センスはあるのだろう。

登山を避けていたのは、子供のときにちょっと登って気分が悪くなったのがトラウマになってただけで、実はハイクのスキルを持ってたとか?

 


 

あんなに登山に興味がなかったのに、Jotunheimenの壮大な景色には感動したらしく、時々写真撮影タイム。

アルプスよりも人の手が極力入ってない感じがJotunheimenの魅力でもある。

その代わりトレイルは歩きにくいけど、娘は危なげなく歩いててホッとした。

 

 

2時間で6km、400m登坂400m下山。

プチハイクにしてはまぁまぁなペースでサクッと目的地にしていた湖まで行けた。明日行く予定のトレイルも見えたし。

 

 

天候イマイチなので、娘の分も含め手袋の選定に悩む、、、防水と防寒と、、

結局全て持っていくことに。

手が凍えるほど悲惨なことはないので。

久しぶりのキャンプ


 

彼と娘と3人でノルウェーのキャンプ場へ。

なんと、2011年に起きた銃乱射事件が起きた島の前にあるキャンプ場である。

しかし景色が美しいいいところである。

 

 

着いたのは21時過ぎ、テントを張ってたら22時超えたが、当初の予定通りカレーライスを作ることに。

 

 

やっぱり作ってよかった。

満足感が大きい。

 

 

娘だけ車中泊で、私たちはテント泊。

しかし娘は結構楽しんでいるよう。

キャンプはロスキレフェスティバルで経験しただけ。それも好んでやったわけではなく何度か家に帰ってきたり。

でもここのようなフルファシリティのキャンプ場だとトイレもシャワーも綺麗だし、電気ももらえるから充電もし放題だし。

バンでの炊事も慣れると楽しいし。(米は洗わなくても美味しく炊ける) 

 

テント泊もTMB以来で一年ぶり。

暖かくてシュラフに入れない。

たまのテント泊も楽しい。

 


登山旅行前日

今週もバタバタだった。。。
職探しを始めると言いつつ、全然できなかった。
仕事も忙しい上、月曜日からずっと頭痛で、ラボで立っているのが辛かったりしたが、なおかつ月曜日は聖書の学び、水曜日はお茶のお稽古があって、家のこともままならず。
 
今、友達のところに師匠の荷物を届けに行ったのだが、車で流れていたラジオの内容が、更年期女性の労働支援についてで、まさに私じゃん?と思った。
ラジオで話していた人は、なんと40歳で更年期障害がきて、一番下の子供がたった4歳だったらしいが、私はアラフィフまで避妊リングを入れていたおかげか症状は軽く、完全にとった後に生理も再開したり。
とはいえ、40代後半から、気力の減退、筋力の減退、頭痛、骨粗鬆症など、マイルドな症状はあり、しかも、52歳で家の購入→引っ越し→転職した挙句、53歳で解雇→職探しは流石にきつかった。今も、新しい仕事を覚えながら、契約継続の一縷の望みをかけて新しい実験と試みをやりつつ、同時に職探しも考えなければならず。
 

お茶のお稽古は初めての「盆香合」だったが、ただでさえ久しぶりの炭点前、結構忘れてて、二度続けて練習。

暑くてしんどかった。。

 
明日から3泊の登山旅行に行くため、準備している。
 
 
今回はなんと娘も一緒。
山に登ると気持ち悪くなるというトラウマでずっと行きたがらなかったが、その原因が心臓の穴だったのかもしれないという疑惑から、1月の手術の後、山に登ってみたいという気持ちが芽生え、やっと一緒に行くことになったのである。
ノルウェーの最高峰Galdhøpiggenが途中まででも景色がいいし、麓の宿Spitterstulenもいいところなのでそこで泊まろうかと思ってたが、天候が悪く、頂上は-10度だという。。。宿代も高いので、Galdhøpiggenは断念することに。
 
その代わり、登山というかハイキングになりそうなBessheimに行くことにした。
天候もいいらしいし、界隈の目玉の場所Besseggenはノルウェーの高尾山のようなところでもあり、初心者にはちょうどいいかもしれない。
娘もGaldhøpiggenにはビビっていたようだが、目的地を変更してホッとしたようだ。
実は私たちもBesseggenは行ったことがない。
 

 

娘は登山したことがなく、登山靴は買ったらしいが、ほとんどギアを持っていないので、私が予備のバックパック、ハードシェル、レインパンツ、防水手袋なども準備した。その代わり私は去年TMBで使った65Lのバックパックを使うのだが。

 

娘と初めてのハイキング、楽しみのような、どきどきのような。。。

つまずきと希望

忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ声をそろえて、わたしたちの主イエス・キリストの神であり、父である方をたたえさせてくださいますように。

だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。

(ローマ 15:5-7)

 

結局、あれからマルメ空港で1時間ほど待ち、2時頃コペンハーゲン空港に着陸、彼が乗ってきてくれた車で、まず娘を送り、3時半頃に自宅に帰ってきた。

姪に掛け布団と枕とカバーを渡して、片付けもそこそこにベッドに入ったが、7時半に起きてシャワーを浴び、8時過ぎに家を出て出勤し、先週の報告と、今後のプラニングの提案もしたが、勤務中はずっと眠かった。

 

オンラインで聖書の学びがあったので、家に帰ってとりあえず2時間夕寝した。

疲れていたけど、このジェットコースターのような日々と、ベルリンで第二次世界大戦前後の歴史について改めて学んだり、プライドイベントでテロ事件があったりで考えさせられることも多く、それを仲間とシェアしたかったので、参加してよかった。

 

今年になって、あまりの困難の多さに、社会状況を嘆いていたし、解雇された時は会社を恨んでたし、現職でも契約が更新されない不安で心が押しつぶされそうになったけど、やっぱり、その場その場でベストを尽くすしかないのだな、と。

 

と言いつつ、ベルリンで、空港に行く前に、ホテルに預けていた荷物を取りに行こうと移動しようとしたら、テロの犯人逮捕ミッションのせいか、バス運行がイレギュラーになっているような感じがして、メトロで移動するか、近郊電車で移動するか右往左往し、結局近郊電車に乗ったものの、次の駅で終点になってて最寄り駅まで行けず、慌ててメトロに乗り換えるも、検索で考えてなかった路線で乗ることになり、しかも途中でしばらく止まったりして、ホテルに着くまで気が気ではなかった。。。

滅茶苦茶焦っていたので、娘たちに冷ややかな視線を浴びたりして。

 

結局、空港には余裕で着き、腹ごしらえもして飛行機に乗ったものの、1時間でコペンハーゲンに着くはずが、予定時刻を過ぎてもなかなか高度が下がらず、延々と雲の中を飛行している時には、これまた不安になり。

そしてやっと着陸したと思ったら、マルメ空港で、それも雷雨のせいだと知り、これまたいつまで待たされるのかと暗澹たる気持ちになったり。彼がレーダートラッキングで飛行機の情報を教えてくれたのがだいぶ助けにはなったが。

 

思いがけない状況で、なかなかドーンと構えることができない。。。

 

 
今回、一番印象に残ったのは、Topography of Terrorだったのだが、ゲシュタポのヘッドクォーターの跡地に作られた博物館で、ナチスが台頭してから第二次世界大戦が終わるまでの12年間と、ニュルンベルク裁判について展示されていて、興味深い内容で入館料は無料なのに訪れたことがなかった。
 
最後は、「一般ドイツ市民も、ホロコーストに対する責任があったか?」という質問のパネルがあり、ポストイットに書いて貼れるようになってたので、私も書いて貼った。
 
「責任はあった。しかし、当時の権力を止めることも難しかっただろうことは理解している。危機があれば、救世主と思える人を支持するのは容易な流れである。本当は、危機は権力を持つ一人ではなく、民主主義を尊重しながら市民一人一人が問題解決に寄与して乗り越えるべきだが。」
 
こういう重いテーマを扱うところが、ドイツはすごいな、と思う。
 
何かのせいにしたり、誰かのせいにすれば、とりあえず自ら問題に向き合わなくていいので、そう易きに流れる。
私もそうだった。
自分の人生の困難を、いつも誰かのせいにしていたと思う。
 
第一次世界大戦の敗戦で借金を負った上に、世界恐慌でとんでもないインフレに見舞われ、どの国よりも厳しい経済危機に陥ったドイツ。
産業を作り出し、問題の原因をユダヤ人に求めたヒットラーはドイツ人にとって救世主のように映っただろう。
ドイツ人ファースト、どの民族よりも優れているという自負をもたらせてくれ、光悦感にも浸れたに違いない。
 
これが過ちだったとわかっているのに、今、なぜか似たような流れを感じもしたり。
 
 
つくづく、クリスチャンになって、忍耐というものを学び続けているような気がする。

マルメ空港に緊急着陸


 

なかなか高度が下がらず、やっと着陸したと思いきや、マルメ空港、、、

 

雷雨のためコペンハーゲン空港になかなかおりれず、燃料不足になり、マルメ空港に緊急着陸。

目と鼻の先なのに、マルメには降りられてコペンハーゲンに降りれないとは。。。

 

給油してフライトプランをたててから飛ぶそうで、いつ帰れるのか、、、

彼も迎えに来てくれているのだが。。

ベルリン女3人旅

今ブランデンブルク空港にいる。

 

娘がアメリカから帰ってきたばかりの上、アメリカでひどい偏頭痛で医療にもかかり、昨日も偏頭痛でホテルでしばらく休む羽目になったり、テロ事件で一部通行止めになり公共手段が色々あったけど、なんだかんだ充実した旅行になってよかった。

(私のアスピリンが効いてよかった。)

 

バリスタ二人とカフェもハシゴし、、、

 

DDR博物館

ベルリンの壁メモリアル

Topography of Terror

現代博物館(どこが?という展示だが、、)

 

考えさせられた旅にもなり改めて綴りたい。

ベルリン旅行


 

ま、マジ!!!

 

実は姪にずっとケーブル貸してて、スマホ見てなかったので知らなかった。

 

 

プライドイベントも今日は中止になったそう。

 

 

現場からちょっと離れてるけど、ホテルの前にも3台のパトカー、消防車がしばらくいて不穏な雰囲気だった。

一体何事かと思ってたけど。

 

10年前のクリスマスマーケット突っ込み事件も、近くのホテルに泊まってて、直前まで現場にいたという。。

 

今日は夜の便で帰るので観光するつもりだったのだけど、どんな感じなのかな。。。