
秋の味覚
今日から冬時間になり、1時間増えたのに、それでもなんだかんだ時間が足りない。。。
旅行の準備のほかにやりたかったこと。
それは、先週末に娘とマーケットに行ったときに買った栗の渋皮むきである。
さすがコペンハーゲンの市場に出ているものは質が良いのか、ほとんどが無傷で、虫に食われて捨てたのはたった1個だった。
一部を栗ご飯にしたが美味しかった。。。
高校生くらいまでだったか、生家の前にずっと栗林があり、毎年栗を食べまくっていたので、栗ご飯は私にとって郷愁をそそる食べ物なのである。
残りは、今日、柔らかく煮て栗ペーストを作った。
砂糖を入れるのが早すぎたせいか、柔らかくなるまでやたら時間がかかってしまったが、潰しながら甘く煮て、裏漉しし、ガーゼで絞ってみた。
和菓子として普通はあずき餡を入れるのだが、このためだけに餡子を作りたくなかったので栗ペーストだけで絞ったけど、見た目もいいし美味しい。
さらに、なんちゃってモンブランを作りたいと、ホットケーキミックスのタネをオーブンで焼き、生クリームをホイップし、栗ペーストを乗せてみた。
見た目はアレだが、美味しすぎる!
栗ペーストはまだ大量に残っているので、冷凍庫に保管し、いつか改めて和菓子を作ろうと思う。
掃除しても効果がなく、struggleしていた暖炉だが、、、
今日彼がデンマーク人の動画を見て、やっと安定して暖を取れるようになった。
最初は薪に水分がありすぎる問題があると思っていたが、最初はどうしても火力が弱いので、薪を細く切ったもので燃やしやすくし、薪がいい感じの炭になって十分な熱量を持つようになってから、太い薪を投入しても安定して燃えてくれるものらしい。
暖炉で暖を取る方が、天然ガスのボイラーからくるラジエーターよりも安いのは確実なので、今後も活用していきたいと思う。
日本行きの準備2
オリエンテーリングレースOMMのバックパックのパッキングをやってみた。
とりあえず、食料とバッテリーなどは抜きで。
防水パッキングもしなければならないので、スタッフバッグで圧縮しながら詰めてみたところ、、、
まだ入れるものがあるのにすでにパンパン。エアマットレスは、コンプレッサーを使ってさらに圧縮するべきかもしれない。
しかも、ハイドレーションバッグはチューブを通す穴がなく使えないことがわかり、ホルダーの袋もあるしボトルを使わないといけないっぽい。
水は2Lの持参が推奨されているので、残りの1Lはハイドレーションバッグに入れて予備としてキープするか。
今、UL(ウルトラライト)ハイクが流行っているらしいけど、私はライトのバックパックを使うのは初めてで、当然腰ベルトのリジット性はほぼないので、肩が痛くなることが心配。
やっぱりロングハイクだったら、45L以上のバッグパックがいいなぁと思う。
オリエンテーリングはやってみないとわからない。
comfortableではないことは確かだけど楽しみたい。
日本行きの準備
いよいよ日本に発つのが来週の金曜日に迫ってきたので、この週末はその準備をすることに。
今回はなんといってもメインイベントであるオリエンテーリングレースOMMが控えているので。
とりあえずテントは問題なく張れる感じ。
元の紐が伸びちゃって、新しい紐をオンライン注文しても一向に届かないものの、応急措置でもなんとかなってるので、このまま決行することにする。
あとは、イベントのオーガナイザーから来た荷物リストをチェックしながらパッキング。
6年くらい前に買ったOMM用のバックパックがやっと日の目を見ることに。。。
そのほかには、
新調したばかりのシューズとタイツ
レインジャケットとパンツ
ハイドレーションバッグ
手袋とニットの帽子
寝る時にはくモンペ
コンパス
ダウンジャケットとフリースは使っているのでそのまま持っていくとして、行動食とドライフードは日本で買う予定。
熊鈴も。
日本に着いたらすぐにモンベルに行かないと。
私はこっちで買えるドライフードは好きではないけど、日本で買えるのは美味しいので楽しみ。
東京で会社訪問もする予定なので、お土産を買いにショッピングセンターへ。
デンマークのものなんて食傷気味だろうし、デンマークブランドのチョコレート屋さんでクリスマスカレンダーを購入。
ちょうど今クリスマスグッズも売り始めてきているし、お土産を買うにはちょうどいいタイミングかもしれない。
この時期だけは可愛いものが入手しやすい。
意図してなかったのに、クリスマスツリーのオーナメントになりそうなフクロウが可愛すぎて買ってしまった。。
11年住んだアパートではラジエーターの前しかスペースがなく一度も生木のクリスマスツリーを買ったことがなかったのだが、一軒家に引っ越して、オランジェリーが気温が低いし、生木でも痛みにくいだろうと、今回は買うつもりである。
またまたずーっと運動していないので、いい加減オリエンテーリングのために運動しなくてはと、地下室に設置したエアロバイクのデビューをした。
彼がタブレットを置くための台をIKEAで買ってきていい感じ。
一番ラクそうな30分のプログラムを選んだが、意外に結構きつくて滅茶苦茶疲れた。
タンクトップに短パンでも、扇風機を回さないと暑い。
彼はここんとこ毎日30分二回ずつトレーニングしているけど、天気に左右されないし、遅い時間でもできるしいいかも。
唐物へのリスペクト
昨日は、師匠が一時帰国から帰ってきて1ヶ月半ぶりのお稽古があり、二度目の台天目をお稽古させてもらった。
中級の免状をもらって、茶通箱のお稽古を始めたのが去年の7月、すでに1年以上経っていることに驚く。
師匠も私もプライベートで色々あって、しょっちゅう中断があったからというのもあるが。。。
間が開くと忘れてしまうこともあり、前回と同じお点前のお稽古をお願いしたのだった。
(これは前回の写真)
四ヶ伝は「唐物」に続き二つ目の「台天目」だったが、「唐物」は1月に炉で、5月に風炉でお稽古しており、すっかり忘れていて、改めてメモ書きと写真を見ると、貴重な唐物茶入れを扱う「唐物」と、貴重な天目茶碗を扱う「台天目」との比較が興味深い。
炉点前の写真なのでわかりにくいが、「唐物」では茶入れが単独で水指の前に置かれ、茶筅が茶入れと引き離され、炉では柄杓の取手の横に、風炉では建水の斜めに置かれる。
茶杓は、唐物茶入れだと斜めに立てかけられる。天目茶碗の場合は、茶杓そのものが高価な象牙の茶杓が用いられ、お茶を入れた後、茶碗にあててお茶を払うときも優しくあてなければならない。
天目台も唐物茶入れも帛紗で清める時には真に裁いてからであるが、象牙茶杓を清める作法も通常の茶杓を清めるのとは異なる。
しかし、作法そのものより、唐物道具に対する大事にしようというリスペクトに溢れた扱い方ができていなくて、何度も注意され、さすが四ヶ伝の難しさをつくづく思い知った。
本当は、四ヶ伝は初級の人に見せてはいけないことになっているが、1週間後にアメリカに移住する方の最後のお稽古日ということで、濃茶の頂き方を学ぶために特別にお客として入ってもらった。
師匠とメールのやり取りで、彼女は柄杓の扱いに四苦八苦されていたので、最後は柄杓のお稽古を重点的にされてはと書いたが、初心者が柄杓の扱いの習得に時間がかかるのは仕方がないとのこと。
せっかくデンマークで始められたのだから、アメリカでもお稽古できるといいなと思う。
私はデンマークに移住して茶道を習うことは諦めていたので、まさかここまでお稽古できるようになるとは幸いだと思っている。
冬支度
来週末から日本に行くので、早めだが冬支度を始めている。
昨日は、去年オスロで買ったスキーブーツのフィッティングのためにガチめスキーショップへ行った。
スキー用靴下とブーツを履いて外側からハンマーで叩いて当たっているところを指摘しただけで終了だったが、今ワークショップが混んでいるので、数週間はかかるだろうとのこと。
予約していたので待たなかったし、ものの10分で終わったが、意外と渋滞に巻き込まれて来るのに時間がかかったので、せっかくだからと店内を見て回り、彼がかねてから勧めてきたヘルメットを物色してみた。
私は眼鏡をかけているので、常にゴーグルと干渉するのにトラブっており、今はゴーグルと一体型のヘルメットも出てきてて、スペースがありそうでいいのではと思っていたらしい。
試してみたら、確かに眼鏡に全く干渉しない。。。
定員さんも、眼鏡をかけている人に人気のヘルメットだと。。
レンズが傷ついたらオシマイなので、休憩するときには布で保護するなどケアする必要があるが、プラクティカルな上、見た目もかっこいいので購入した。
スキーを始めるのは12月だけど、楽しみ楽しみ。。。。
出勤時は真っ暗だし、日も弱く暗くなってきているけど、冬は楽しいことがたくさんあるのでワクワクしている。
恩人
今日、前職での元上司で、私がデンマークに移住するきっかけを作ってくれたデンマーク人女性のオフィスを訪ねてきた。
彼女は7年前に前職を辞めてしばらくしてから個人でコンサル会社を立ち上げ運営しており、2週間前に大学の准教授の25年レセプションで会ったときに、私も製造業に転職してコラボできるかもということでミーティングのアポを取っていたのだった。
彼女の活動を見聞きしていたが、さすが人脈豊富なだけに、数多くのクライアントを持ち、複数の共同研究開発プロジェクトを持っていて、かなり精力的に活動されているな、という印象を持った。
ずっと気になっていた、彼女の退職の理由だが、やはり今の社長が就任して自分の役割を失ったような居心地の悪さでストレスを感じるようになったからだそうで、どうしても立ち止まる時間が必要になったとのこと。
しかし独立して自分でコンサル会社を運営するようになってから、自由だし、楽しいし、結果的にとてもいい決断だったと。
それを聞いて、じーーん、、、としてしまった。。。
彼女は最初に会った時から全然変わっていない。
決して環境を憂いたり、誰かのせいにしたりしない。
自ら状況を切り拓いていく彼女がとても眩しく思えた。
23年前に、東京で彼女と会った時、妊娠7ヶ月で大きなお腹でありながら、毎日研究室でいろんな実験をし、空き時間には東京に遊びに行き、目一杯日本を楽しんでいた。
同じ29歳の私は、島根で2歳の娘の子育てをしながら、やりたい研究もできず燻っていた。
家庭を持っていてもキャリアを築き、それどころか、私にデンマーク工科大学の博士課程に入るべきだと激励してくれ、デンマークという国に興味を持った。
1996年にツーリストとしてデンマークを訪れた時はそれほど惹かれはしなかったが、その時に初めてデンマークの社会というものに興味を持ったのである。
「子供がいても、研究してもいいの?」
今日、改めて、デンマークに移住して本当に良かったと思った。
(なんだったら、デンマークに帰化して良かった、、、、と今日ほど思う日はなかったかもしれない。)
娘との週末
心臓の穴は塞がらなかったとはいえ、腰下からカテーテルを挿入して手術はしたのでそれなりのダメージはあり(下腹部から太ももの上まで大きな青タンが。。)、木曜日から今日まで我が家で療養していた娘だったが、夕飯を食べてから車で娘のアパートまで送って行った。
せめて美味しいものでも食べさせたいと、木曜日はシチュー、金曜日は揚げ出し豆腐と娘の好物を作り、土曜日はコペンハーゲンまで出て、たこ焼きを食べ、刺身用の魚を買い、スタバでスパイスパンプキンラテを飲んだ。
意外に甘すぎず、むしろほのかな苦味があっておいしかった。。。
しかし、電車で行ったので、駅付近だけでほとんど移動しなかったのに、カテーテルの挿入部分が痛くなってしまったらしく、日曜日月曜日は一日中我が家で静養した。
ちなみに、市場で買った、サーモンとハマチの刺身はいずれもほんのり甘味があってマジうまだった。
魚は高いので、娘は自分で買わないというが、我が家も地元では魚屋がなくなってしまいなかなか美味しい魚を買えないので滅多に買わない。
日曜日は、これまた娘のリクエストで抹茶スフレチーズケーキを焼いた。実は、この一軒家に引っ越して初めてケーキを焼いたのだが、幸いうまくいった。
その後はひたすら庭仕事。
裏庭の柵に蔦がへばりついていたので、アクセスを妨げていたトゲトゲのブラックベリーをかなり切り除いて、蔦をかなり取り除いた。
ブラックベリーは雑草みたいなものなのに、実が食べられるからと駆除を躊躇していたが、どうせ食べられないくらい成長するので遠慮なく切っていった。
おかげで蔦にアクセスでき、かなり太くなっていた茎も切って大部分取ることができ、金網の周辺がだいぶスッキリした。
Bauhausとスーパーに買い物に行き、夜は、これまた娘のリクエストのクリームコロッケを作った。難しいので今までほとんど作ったことがなかったけど、すり身をみじん切りにしてクリームソースに絡めてコロッケに。具がないよりは成形しやすいけど、やっぱり柔らかすぎて難しい。
今日は勤務だったので、夕飯は簡単にできる、聖書の学びのメンバーにも好評だったなんちゃってすき焼き。
娘にもかなり好評でよかった。
送っていくときに、開胸手術の話になり、娘は全身麻酔は初めてなので怖がっているけど、私は、むしろ手術して心臓の穴が塞がったあとを楽しみにしている、と言った。
もし、今まで登山が苦痛だったのが本当に心臓の穴のせいだったとしたら、手術して完全に治れば、ハイキングすることも可能になるのではないかと。
実際娘は、ハイキングしてみたいと思っていて、特に昨日、スイスでハイキングするときにマーモットに遭遇したと写真と動画を見せたら、俄然興味が湧いたらしい。
本当に、いつか一緒にハイキングできたらいいなと思う。
歴史を学ぶ
紅葉は見られるようになったもののずっと気温は下がらず、今週はまだ暖かかったけど、流石に昨日あたりからグッと寒くなり、久しぶりに暖炉を使ってみた。
しかし、暖炉がまだ湿っているのか、薪に水分が多いからなのか、いい感じに点火しても燃焼は長続きせず、時々紙とスターターを投入し騙し騙し火を維持しようとしたが結局薪は燃え残り、暖房としてもイマイチの熱量だった。
半年前に燃え残った灰を放置していたせいもあるかもしれず、今度はきっちり掃除してからつけてみようと思う。
また、日もだいぶ短くなってきたので、彼が購入していたジムバイクを地下室に設置。
ほとんど使ってなかった私のマウンテンバイクが綺麗なので後輪を外してシステムにつけた。
無料のアプリをタブレットにインストールし、早速彼は試している。
秋だから読書、、、というわけではないが、戦後80年の石破所感に刺激を受け、近代史を学べる本を片っぱしから読んでみた。
明治維新から終戦までの間の歴史は、ドラマでもよく取り上げられるので、一連の出来事はそれなりに知っているつもりだったが、実は何もわかってなかったのかもしれないと思った。
石破さんが、なぜ戦争が起きてしまったのか丁寧に説明してくれた時に、そもそも、日本がどのように近代国家を築いたのか、私は全然知らないということを認識したのだった。
普通に考えれば、徳川幕府が倒れ、国民の身分が変わり、遷都し、天皇を元首にし、憲法を制定し、政府と議会を作って三権分立の立憲君主制の近代国家を築く、、、という一連のプロセスを、あんなに短期間に成し遂げることはかなり無謀に近いことなのに、なんの疑問を持ったこともなかった。
言われてみれば軍の統帥権も曖昧になったのは想像にかたくない。今は政府を介さず軍の自発的判断が可能なんて信じられないが、武士が統治していた国が、いきなり近代国家になってそもそも軍のあり方を改めて定義できたかどうか。
私は文藝春秋が好きで、よく半藤一利さんの記事を読んでいたので、本も買ってたのだが、改めて読んで興味深いと思ったのは、日露戦争の勝利で日本が盛り上がっているときに、夏目漱石だけはやたら冷めていて、「吾輩は猫である」でかなり皮肉っぽく世情を書いたと。イギリスに留学していたせいもあるとかで、やたら納得してしまった。
私も、デンマークに移住しなければ、戦後の日本の高度成長が冷戦のおかげでもあったなんて思いもしなかっただろうし、「失われた××年」と言って、いつかはかつての経済成長を取り戻せると信じていただろう。
石破さんの話を聞いて思ったのは、どうして起きてしまったのか、じっくり考えることが大事なんだな、と。
歴史をただ出来事だけを繋げて覚えるだけだと、ものすごく単純に思えてしまうけど、実際には複雑に絡み合っていて、一つ一つが深い。それを忘れると、簡単な解決法があると勘違いしてしまう。
これからも学び続けていきたい。
王立病院
今日は色々ついてなかった。。。
先週私が離脱宣言したことも影響したのか、今週はボスニア人のラボテクニシャンがずっと病欠なため、なんだかんだラボ仕事に忙殺されていたら、王立病院から電話があり、嫌な予感どおり、娘の心臓カテーテル手術で心臓の穴を塞ぐことができず、娘がとても落胆してしまったのでできれば早く来て欲しいと言われ、急いで今日の分の分析仕事を終わらせ、車が駐車できるかわからないというのでとりあえず自宅へ。
しかし家に帰る途中、彼から電話。
5月に注文した、この写真のカップボードが、遅れに遅れて今日やっと届くことになっていたので彼に自宅待機してもらっていたのだが、なんとカップボードのガラスが粉々になっていて、二つのオプションがドライバーに提示され、ガラスだけを後日発送してもらうよりも、完成品を別途送ってもらいたいということでとりあえず引き取ってもらうことに。
なんでも、繊細な家具なのに、ほぼ剥き出しで段ボールに入っているだけのお粗末な梱包で、段ボールに傷があり、多分ぶつけて割れてしまったのだろうと。なので、段ボール箱も既にリジット性がなく、きっとトラックから家に運ぶだけでも大変だっただろうとのこと。もちろんそんな粉々になった家具を引き取るのは嫌である。箱を開けた途端ガラスの破片が床に散らばるだろう。
はぁ、これでまた振り出しか??
病院からは彼に車で迎えに来てもらおうと、とりあえずバスで王立病院へ。
13時頃行くと言いながら、バスが遅れに遅れて13時15分頃に到着。
しかし、娘は私は退院できる16時頃来ると思っていたらしい。
なんでも、部分麻酔で手術の一部始終を見てたのだが、カテーテル手術で四苦八苦しながらも最終的に諦めざるを得なくなった時にショックで大泣きしてしまったらしく、それを見た看護師が家族に来てもらったほうがメンタルが落ち着くだろうと私に電話してきたっぽい。
私が病院に着いた時には娘はだいぶ落ち着いているように見えたが。
16時までやることないので、滅多に来ることのない王立病院の中をウロウロ。
病室の近くの食堂でコーヒーをもらったり、、、
地上階には展示もあったので見たり。
王立病院の歴史の展示。
知らなかったけど、最初はAmeliegadeにある今のデザイン博物館が病院の建物だったらしい。
1910年に今の所に移転し、60年代に今の建物に建て直しされている。
建て直しされる前の王立病院。
レゴブロックで作られたロックフェラーコンプレックス研究所
セブンイレブンで新聞と軽食を買い、病室に戻ったら、間も無くして看護師が来て、カテーテル挿入部の処置をしてもらい、それほど待たずに医者から呼ばれて説明してもらった。
なんと外国人だったが、外科医のほとんどが外国人っぽい。日本人の外科医もいるそうである。
カテーテル手術だと1週間でほぼ元通りの生活に戻れるのに対し、開胸手術だと5日間の入院と、1ヶ月間の安静期間があるので落胆した娘だったが、症例の多い手術なのでそこまで大変ではなく、安静期間も家に閉じこもらなければならないという意味ではないと言われて、いくらか気持ちは楽になったようだった。
仕方がないが、ほぼ100%治る病気だからそこまで落胆することもないと思いたい。
しばらく我が家でゆっくりする予定である。
おまけ
娘とTivoli
秋休みなので遊ぼうと、娘とTivoliへ行ってきた。
でも娘もわたしも仕事なので15時に待ち合わせしたが、そこまで寒くもなく、ブラブラかぼちゃのデコレーションを眺めながら園の中を歩いたり、パンケーキを食べたり、日本へのお土産を物色したりヒュゲリな時間だった。
(いつのまにか入園料だけで200krもすることに驚いたのはさておき)
かわいかったけど、日本に行くのはハロウィンのあとなので、かわいいチボリの紅茶缶を購入した。
BFや友達が日本にいることもあって自然と日本の政治の状況について話したが、娘は、移民を多く入れようとする現政権に対し批判が集まっていると聞いていたらしい。友達は新自民党総裁に期待しているという。
なぜデンマーク人は、若い時から、支持する政党だけでなく、政策について議論出来るんだろうねと言うと、小学校の時から政治の話があるし、高校にもなると国会議員が訪問してきて、政党それぞれの異なる政策を聞く機会がある、そしてその政策によって自分の生活に直接影響するから関心を持たないではいられない、特に自分はトップ税の境界を上げ、高所得者の課税が軽くなり、同時にSUの給付が削られたことに失望している、と娘は言うのだった。
また娘は、13歳のときから仕事をし、未成年のうちは8%の労働者寄与税だけだったとはいえまがりなりにもずっと納税し、21歳で家を出て自力で家計を回してきただけに、社会の仕組みに対しても関心が強いのだと思う。
娘だけでなく、デンマーク人の大半が20歳前後で親元を離れ自立していくのも大きいのかもしれない。
娘はアカデミックは強くなく、そもそもデンマークでの教育はそこだけにフォーカスしているわけではなく、民主主義国家を構成する一人の独立した社会人を育てることを重視するような教育になっていると思う。
今のこの混沌とした世界では、より重要なことではないだろうか。
石破さんの終戦80年談話のおかげで、明治維新以降の日本史を今更学んでいる。
これについては考えるところが多くあり、また別途記事を上げたいと思う。







































