
悪のコスト
昨日は、DRコンサートホールまで、よく参加するサイエンスイベントに行き、ミニライブのあと、「脳と癌」という講演を聴いたのだが、いつもはもっと一般者向けの内容なのに、今回はアカデミア色が強く、ちんぷんかんぷんだった。
まるで10年前に初めて太陽光発電学会に参加したときのようだった。
(そういえば、その学会で明日PhDの学生がポスター発表があるため、月曜日に要旨とポスターが送られてきて昨日チェックしていたのだった。)
神経系の活動を介してどのように癌腫瘍が成長していくか、複雑なメカニズムを説明されたが、詳細は理解できず、腫瘍がどれだけエネルギーを食い荒らしていくのかその脅威だけ伝わった。
特に子供の脳腫瘍は神経が集まっている脳幹にできることが多く、進行も早いらしい。
改めて、「悪」がエネルギーを費やすんだなと、つくづく。
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今週は、ラボに私一人しかいないので、慣れない仕事を一人で悪戦苦闘しているが、非効率でも一つ一つじっくり考えながら作業できるので楽しい。
昨日も、自動分析機によるある分析が何度やってもエラーが出て測定できないので、一瞬ボスニア人にメッセージしようかなとも思ったけど、マニュアルで分析してみようとしたり、機械が示すグラフをじっくり観察することによって原因がわかってきて、色々チェックして、結局少しやり方を変えて測定することができた。満足。
今日も、あまりやったことのないお客さん仕事をやったので時間はかかったが、おかげで細かいことを理解できて楽しかった。
毒を含む言葉って本当にエネルギー消耗するんだな、、、
今は一人で平和そのもの。
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昨日友達が無事ドイツに帰って行ったが、なんと30000人もドローンによる空港閉鎖で影響を受けたらしく、昨日は空港が大混雑だったようである。
しかし職場でも、彼とも、一体どうやってドローンによるインフラ妨害を防げるんだろうね、と話した。
確かなのは、その対策にまた大きなコストをかけなければならない、ということである。
まさにインフレのニュース。
戦争と温暖化が食料品の値段を32%も上昇させているという。
日本で物価が問題視されているけど、日本だけではない、グローバルの問題なのである。
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ドイツ在住の友達と深く語り合ったのは、自分の中にある罪を認めたときの瞬間についてだった。
娘が学校で荒れた時とか、二度目の離婚の後に闇堕ちした時とか色々あるけど、直近では、家を欲しがっている彼を追い詰めていたことを猛烈に反省したことで、自分の闇を認識し、悔い改めることが転換点になる。
彼女もまさにそうで、20代で結婚を考えた彼に対し、自分のエゴが関係に執着させていることに気がつき、きっぱり別れ、アラフォーで結婚するまで独身として人生を全うしたという。
悪を手放すとポジティブな流れにドラスティックに変わる。
しかしまた別の悪が来るのである。
永遠の戦いになるかもしれない。
交流会
だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。
あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。
愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。
むしろ、「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである」。
悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。
あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。
愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。
むしろ、「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである」。
悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。
(ローマ 12:17-21)
家を買ったらやりたかったことを、この週末にやっと実現できた。
オンラインでの聖書の学びのメンバーとの交流会である。
ドイツから二人我が家に滞在してもらったが、神的なタイミングでの交流会だった。
金曜日の朝にドイツから二人デンマークに来て、コペンハーゲン在住の二人と合流し、マクドナルドで話し込んで、最後に移動がてらさっと観光してランチを食べ、お客さんだけが電車に乗って我が家の最寄駅まできて、ピックアップして今度は我が家で話し込み、夜にコペン組もきて5人でオランジェリーで畳の上で聖書の学びをやった。
夕飯は速くでき、大量に用意できるすき焼きもどきを作り、彼も入って6人で食事をし、しばし団欒して22時半頃二人はコペンハーゲンに戻り、翌日は昼過ぎまで我が家で話し込んだが、13時半頃に家を出てコペンヒルへ。
土曜日の食卓。お刺身と揚げ出し豆腐と豚の生姜焼きに味噌汁。
日曜日は5時に起きて、8時の便に乗る一人を空港まで送って行き、帰ってきて二度寝、8時半に残っている一人と彼女が毎週聞いているというオンライン礼拝のメッセージを一緒に聞いた。
ヨハネ18章の、祭司長が総督官邸にいるピラトを訪ね、イエスを反逆罪で死刑に求訴するべきだと言いに行く箇所である。祭司長とピラトと民衆の罪によって、イエスが十字架にかけられるプロセスに入るという、これまたタイムリーな内容だった。季節は全然合ってないが。
買い物に行く以外、ずっと家にいてこれまた話し込んだ。
今日は、朝だけ仕事に行き、スーパーでオープンサンドを買ってきて一緒にランチをし、共通の友達のお墓にお墓参りに行き、家に帰って夕飯の準備をしながらおしゃべりをし、早めの食事をし、彼女を空港に送って行った。
先々週に、職場でボスニア人の攻撃に遭い、スウェーデンで愚痴をこぼしてだいぶ気は晴れていたものの、聖書の学びで仕事で傷ついたことをシェアし、悪を悪で返さず、悪を善で返すという聖句について思いを馳せた。
今日は、社長と時期社長にボスニア人のことを話し、彼女は、自分の働きに対するリスペクトを欲しがっているので、それをわかってほしいと言った。
日曜日のオンライン礼拝で、この世はサタンに支配されているとメッセージにあり、本当にその通りだねと一緒に聞いた友達と言い合った。
日常で悪意に触れるし、私たちも自分の悪意と常に戦っている。
その彼女とは、イスラエル旅行でルームメイトとして出会い、初対面なのに親しくなって濃い10日間を過ごしたが、9ヶ月後に再会し、それからコロナ禍に突入して会わなくなり、6年ぶりの再会だったが、今回はイスラエルでは話さなかったこともたくさん話し、互いの闇も散々シェアした。
それに、会わなかった間に戦争も始まり、今や世の中の悪意にエネルギーを費やしている状態。インフレの本質的な原因は人間の悪意である。
こんな世の中で私たちは一体何ができるのか、、、これからも一緒に戦っていこうねと言って別れた。
追記:
昨日、彼女は20時50分発の飛行機でドイツに帰る予定だったが、20時半に怪しいドローンが飛行していたため空港が閉鎖され、彼女はすでに搭乗していたのに降ろされたという。
22時10分頃ニュースをみて慌てて電話したら振替チケットを受け取るのに列で待機している最中で、長蛇の列だというので心配したがそのあと案外すぐにチケットと、タクシーのバウチャー、ホテルのバウチャーを受け取り、23時前に空港を出たそう。
中央駅の隣駅近くのモダンできれいなホテルがあてがわれ、快適に過ごせたそうで何よりだけど、正体不明のドローンが4時間も空港の上を飛ぶなんて気味が悪い。
デンマークはこの事態を重くみていて緊張が走っている。
今は、目に見えないかたちで攻撃されるリスクもあり、怖い。
帰宅
昨日、結局昨日は、1番の目的だったはずのクライアントのインスペクションがクライアントの都合でキャンセルになってしまったため、エストニア人の彼女と話して、11時くらいにはそのスウェーデンの会社を後にした。
翌日に客が泊まりにくることになっていたので、正直ホッとしてデンマークに向かったが、運悪く空港近くの高速道路で水害が起こり、高速道路が閉鎖したため、マルメからデンマークに入るのを回避しようとしたのか、Helsingborgのフェリーが激混みで、フェリー乗り場の手前から渋滞に巻き込まれた。
渋滞に入ってから1時間くらいでフェリーに乗れたが、、、
こんなギッチリなのは初めて。
パラレルで2艘運航し、2階部分ももちろん使われてもこの状態。
空港近くの高速道路は13時半には再開し、2時間半たっていたのに、朝から通行止めだったらしいので、殺到したダンプカーや一般車をまだ捌き切れてなかったのかもしれない。
無事17時頃には自宅に帰宅。
夜は人気のチェーン店の寿司屋に食べに行った。
私は食べるところがあまりなかったのと、ランチをたくさん食べていたので、スーパーのサラダバーで夕飯を済ませていたが、彼も、私の不在中サンドイッチくらいしか食べていなかったという。
4人前のメニューをたらふく食べた。。。彼は食べ過ぎで苦しそうだった。
今日は、会社を休んでよかったのに、マイクロソフトにブロックされてしまったので出社し、IT担当でもある次期社長とスウェーデンのこととか今後のことなどを話していたら、ちょうど避難訓練があり、まぁ朝食の後でいいやと思ったら、なんと次期社長のバチュラーを企む20人ほどが会社に忍び込んできて、工場に行ってた次期社長を捕まえてITのトラブルについて話し、IT担当につなげてくれてことなきを得てホッ。。その後、次期社長オフィスで忍び込んでいた20人によるサプライズ。セーフ。。。彼は月曜日はスウェーデンなので。。
なんで金曜日?しかも勤務時間内で、と思ったら、なんとフェリーでオスロに行き、明日はSnøでスキーをしてフェリーで帰ってくるという。。
マジか。。。本人はまだ知らない。。。明日の朝までくらいに思っているだろう。。。まさか2泊もするとは思ってないだろう。しかもスキー。。Snøは寒いし、ウェアはどうするんだろう。。それは流石にピックアップするのかな。
そこまでするんだ、、、と驚いたら、同僚は、バチュラーパーティでタイのパタヤに連れて行かれた人を知っているとのこと。
トラブルが解決されたので、急いで会社を出て、買い物をし、ガソリンを入れ、帰宅してからは掃除とベッドメイキング、、、
再生させた芝生だけがやたら長く伸びていたので、昨日と今日とで短く切ってなんとか体裁を整えた。。。
これから我が家で集会です。。。
道なき道
昨日一昨日と天気悪かったのでホテルに引きこもっていたけど今日は天気が良かったので、仕事の後すぐにジョギングに出た。
とはいえ、すぐにトレイルがなくなったので散歩みたいになったけど、どのルートをとるかなと考えながら岩の上を歩くのは楽しかった。
道なき道を歩きながら考えたこと、、
それは、お世話してくれている同年のエストニア人となんという人生の違いなのかと。
彼女は、国が独立して2年ほどたってからオペアとしてスウェーデンに移住し、結果住み着いている。
ソ連に実効支配されていたときは外に出れなかったので、出てみたかったという。
90年代初頭でバブル崩壊して就職活動したのは氷河期に入って二期目で先輩の話と違いすぎて戸惑いが大きく、就職してからも先輩が残業で稼いでいたのがそれができずギャップで大変だったけど、今思うと世界の大変化の中で、日本の氷河期は大したことはなかったな、と。
少なくともエストニア人の彼女が経験したのとは比べるべくもない。共産主義国家だったのがいきなり崩壊したのだから。
リトアニア人の元同僚いわく、その変化をすんなり受容出来なかった中高年も一定数いたと聞いたこともある。
でも、氷河期世代の悲劇も、それにちょっと似ているところもあるかもしれないとも思った。
教育は上世代となんら変わらず、大学まで敷かれたレールの上をひたすら走っていたのに、就職がまったくスムーズではなかった。
数年上まで、大学→就職→結婚がかなり王道だったのが、わたしの1973年生まれは未婚率も高くなった年で、自ら生き様を模索するよう強いられた年代ではないだろうか。同じ学科を卒業した女子のクラスメイトたちは皆見事バラバラの人生を歩んでいる。
一年近く前の記事で、すでに書いたかもしれないが、デンマークのフォルケホイスコーレが日本人に大人気だそうである。
スレッズでは、フォルケホイスコーレに滞在、もしくはこれから行こうとしているひとのポストが散見し、あるフォルケホイスコーレの生徒の大半が日本人であるというポストも見た。
姪っ子も来年行くことを考えているらしい。
この円安時代にも多くの日本人が来ることが驚きであるが、こういう先が見えない時代だからこそ、あえてレールから外れて、まったく教育のやり方が異なるデンマークで学びを経験してみたいと思う日本人が増えているのかな、と思った。
しかし一方で、世界で見られる右傾化は、逆に道なき道を行く自立を求められるよりも、権威にすがりたい、権威のもとで安心したいという志向の表れでもあるのかな、と。
国家主義を標榜する政党を支持するのも、国になんとかして欲しいという願望の示唆に見える。
私は、平らではないところを歩くのが好きだけど、はっきり道だと認識できるところを安心して歩いていきたいという人がそれなりにいることも理解している。
スウェーデン二日目
今日は、目的としていた情報集めを主にやっていたのだが、お世話になっている人のオフィスに間借りさせてもらっているので、いろんな話になり、デンマークでため込んでいたこともすべて聞いてもらった。
彼女もボスニア人のラボラントとサンプルの送付で揉めたことがあるので、わたしがどれだけstruggleしているかも察してくれた。
そして同時に、なぜ昨日、前回お世話になったもう一人のひとが号泣しながらこのオフィスに入ってきたのかも説明してくれた。
その人は、情報を100%正確に把握したいのに、いろんなひとのカジュアルな変更によって自分が完全にコントロールできなくなり、ついていけなくなったと感じてパニックになっているとのこと。
プライベートでもごたごたしていることでさらにメンタルが不安定になっていると。
前回はかなり親切にいろんなことを教えてくれたのに今回はやたらつれなくてどうしたんだろうと思っていたが、そういうことだったのか、、。
しかしその話を聞いて思ったのは、やっぱり働くことのモチベーションは、給料だけでなく、自分がどれだけcontributeできているかの感触を得ることも大きいのではないかと。
わたしがボスニア人と働いてつらかったのは、わたしがやることなすこと評価されるどころか、罵倒されることが多かったことである。
それでもわたしは、この新工場のプロジェクトや前職から続いているプロジェクトなど、彼女とは共有していない自分自身のプロジェクトがあるからまだ楽しめているけど、今までのラボラントたちは常に彼女にコントロールされ、自分がやっているという感触をつかめずにつまらなくなって辞めていったのかもしれない、と思った。
一人優秀だったラボラントは、別の会社に移り、教育を受けながら働いているという。
実際に、このスウェーデンの会社では、高卒並みの学歴しかもたないひとをメインに雇っているが、かなりの責任をそれぞれに与えていて、やりがいをもって働いているように見える。
なので、このお世話になっているひとに、新しい工場で、今までのやり方から完全に切り離して、もっとrobustな環境にしていけばいい、と言われ、本当にその通りだな、、と思った。
まぁ、ボスニア人のいらだちもわからなくはないが。
スウェーデンだけでなくデンマークでも教育を受けていないひとが上にあがっていくこともある一方で、大卒の彼女は一介のラボラントにすぎない扱いで、リスペクトされていないことにフラストレーションもたまるのだろう。
わたしなんか、あえて自分がPhDもっていることも言わないし、普段は忘れようとしている。
現場の経験がないからあくまでも謙虚に。
でも、生産現場の経験が乏しいだけでなく、職場の働く人のマネージメントも配慮したこともなかったなぁと思う。
PhDなんて何も役に立たない。
前職で、一番近くにいた同僚が、そのことにも気を配っていたことに改めて気づく。
例えば、わたしの隣に座っていた同僚は、わたしは大好きだったけど、まぁ結構難しいひとだった。
あまりにも怖がりでメンタルが弱く、突然心が折れて家に帰ったこともあるし、わたしが辞める3か月前から謎の腹痛でずーっと出社していなかった。それでも能力のあるひとだったので、その状態でも働けるように同僚がよくアレンジしていたのである。
ちなみに、このスウェーデンの会社では、マネージメントに入っている4人が、その彼女と号泣した女性を含めプライベートでゴタゴタしているという。
お世話になっているひとは、離婚間近にいて、なおかつお子さんが5年間謎の腹痛に悩まされたがADDの診断が下りて薬を処方されるようになってやっと改善するようになってきたそうだ。
わたしも前の夫と息子がADHDとアスペルガーだったので、その話でも盛り上がった。
考えてみればわたしもデンマークに移住して、離婚→結婚→離婚→結婚とゴタゴタしたけど、よく仕事と両立したなという感じ。ほとんどのひとがプライベートや病気でなんかしら起きるので、そこをうまくマネージメントするのも管理職の役割なんだな、と。プレーヤーに徹して、そこを全然気にしたことなかった。
実は、その方はわたしと同年であることが判明。
離婚が決まって別居してから、マッチングアプリで相手をみつけてデートしているという。
彼女は美人だし、はきはきしているし、すぐブラインドデート相手がみつかりそうな感じ。
学ぶことはひとつじゃない、、、お疲れビール。
スウェーデン出張
今週はまたスウェーデン出張。
前回移動が眠気との闘いでものすごく大変だったので、到着時間を二時間遅くさせてもらい、出発を1時間遅らせて6時半に自宅を出たら、とても楽に移動できた。
夏休み明けからずっと朝5時起きが定着していたので、早起きに慣れていたおかげもあるかもしれない。
また、わりと長距離で(5kmほど?)パンクしたんじゃないかと思えるほどの道のうねりがある箇所があり、前回とても気が張り、一度は停止帯に入ってタイヤを確認したほどだったが、今回はそういうものだと思えたので振動は不快だったがやり過ごせた。
ちょうどランチタイムだったせいか、お世話になってた二人とも不在で、しかも前回使わさせてもらったスペースが、食堂の改装でテンポラリーのキッチンとして使われていたため、不在だった方のオフィスを間借りさせてもらった。
その方が飼っているワンちゃんは最初寄り付かなかったけど、その方が戻ってきて挨拶したと思ったら、別のお世話になった人が泣きながらオフィスに入ってきて、すぐに泣いているひとのオフィスに二人で移動しワンちゃんもついていったもののすぐに飼い主さんのオフィスにもどってきて、わたしのそばに、、、
飼い主さんのことをずーっと待ってて喜んでついていったのに、取り込み中だという空気を読んで退散したんだね、、
くぅーん、くぅーんと泣いてて、きゅーんときてしまった。。
最悪のタイミングで来てしまったかも、、と思ったけど、そのあとミーティングをやって、やりたかったディスカッションもできて収穫があったのでよしとする。
今朝は、キッチンはほぼ完成していた。
反知性主義とは
予定のない週末だったが、明日からスウェーデンに出張で、木曜日の深夜に帰ってきて、金曜日にドイツからクリスチャン仲間を招待することになっているので、色々とやることのある週末だった。
出張準備とか、買い物とか、ゴミ捨てとか、掃除とか。
また、食べごろの葡萄が大量にあり、毎日2房ずつ食べていたが全然減らず、しかもかなり熟してきちゃっていたので、今日、葡萄を処分することに。
これだけ収穫しても、まだ半分以上残っているという。。。
実を房から取りながら、洗って、実についている虫などを除去。小さなカタツムリが大量に出てきた。。
ペクチン入りの砂糖を大量に投入して煮て、濾してジュレに。
冷蔵庫に入る容器がなく、ショッピングセンターに探しに。
無事に見つかって、熱湯消毒した後にジュレを流して冷蔵庫に冷蔵保管。
昨日は、リビングの電球が切れそうになったので、家にあった電球を入れたら、スイッチを切っても照明がきれなくなってしまい、彼が調べたところ、どうも、リビングの照明スイッチは明るさの強弱を調整できるdiming型で、家にはdimingには使えない電球であることがわかり、IKEAに買いに行くことに。
はぁ、、、電球にも色々種類があったのね、、、
前のアパートには、dimingスイッチはなかったので、こんなことも知らなかった。
しかし、IKEAで買った電球も、スイッチを切っても微かな明かりがあって完全に切れないことが判明。
それで彼は昨日の夜中、ずーっと調べていたらしい。
なんでも、今のLEDランプはほんの少しの電流でも明かりがついてしまうこともあり、特にdimingだとオフ状態でも微小電流が流れているため、完全に切れないだろうとのこと。
でももっといい電球であれば、微小電流ではつかないようにしているはずだから、ちゃんとしたブランドの電球を買ってみようと、今日電器屋でフィリップの電球を買い、早速装着してみたらきちんとオフできた。
彼はこれで、ものすごく勉強したらしい。
私も調べてみた。
なるほど、、、オンオフの割合を変えることで明かりの強弱をコントロールするのか、、、
もしかしたら、100%も0%もできなくて、明るい分にはいいけど、完全に暗くすることはできないのかもしれない。。
(後でもっと勉強してみよう。。)
一軒家って、色々あって楽しい。
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モルモン教の本山、ユタ州で起きたチャーリーカークの暗殺を機に、彼と、「反知性主義」について話した。
チャーリーカークは、大学の権威に否定的な、反知性主義のインフルエンサーだったからである。
wikiで見たら、そもそもキリスト教が反知性主義の思想を持った宗教であると書かれており、聖書原理主義を唱えているチャーリーカークが反知性主義だったのも、さもありなんである。
聖書の会で、イエスがアカデミアのファリサイ派と社会の底辺にいる徴税人を比較し、へり下る徴税人を義としたのだった。
まさに反知性主義を表すエピソードと言える。
ただまぁ、この徴税人とチャーリーカークを同列にはできないが。人を断罪しまくっていたと聞いているので、むしろ態度はファリサイ人に近かったのでは、と思う。
反知性主義というと、文化大革命や、ポルポトによるカンボジア大虐殺がまず思い浮かぶので、そもそもキリスト教が起源である発想もなかった。言われてみて、納得はしたが。
私は、クリスチャンだけど、やっぱり今の反知性主義の潮流は怖いな、と思う。
特に、トランプのハーバード大学への攻撃があったときは。
中国やカンボジアでのインテリの抹殺の歴史からの恐怖ではなく、今の「知性」に対するリスペクトのなさへの嘆きというか。
実際に、日本では、私が学生だった時よりも、勉強に対しガツガツすることも無くなってきて、SNSや投資などでもっと簡単にお金儲けできればいいという風潮もあるらしい。
チャーリーカークは、短大に一学期だけ行って中退したが、組織を立ち上げてYoutubeでバズり、あっという間に大富豪となった。若者の羨望の的になってもおかしくない。
また、最近、デンマークに移住したいという若者の声をたまに聞くようになったが、自分を成長させるための具体的な目標ではなく、better lifeのためにというのが匂ってくるのが寂しいなと思う。
例外的に、コペンハーゲン大学に留学していてできればPhDをやりたいという24歳の女の子は、元々やりたい研究があって、念願の研究室に入って楽しくてもっと続けたいと言ってたので本気で応援したくなったが。
しかし今は、別に必死になって勉強しなくても簡単に情報が入手できる時代になったから、学んだ気になって、勉強するのも馬鹿らしい価値観になってきたのか、、、
もう少し考察してみたい。
過酷だった1週間
昨日は、師匠がお稽古している初心者の方を我が家に招待し、盆略点前の次にくる風炉の運び点前の練習をした。
その方は、ご主人の仕事の関係で11月にデンマークから別の国に引っ越されるのだが、師匠が来週から一か月くらい日本に一時帰国してしまうので、ほとんど先に進めず、一番基本の平点前さえも習得できないままやめてしまうのはもったいなく、我が家で練習できないかと師匠に頼まれ快諾した次第である。
しかし、柄杓の扱いは、師匠と割り稽古でたった一度だけやってみただけ、とあって、教えるのはとても難しかった。
それに実は、盆略点前から風炉運び点前に進むのがもっとも大きな山だとも思う。
大学の茶道部で活動していたときは、一年かけて風炉の運び点前を習得したが、デンマークに移住し、師匠に稽古つけてもらってからまた改めて柄杓の扱いについて直されたくらいである。家で自主練もやったほど。
逆にこれを習得すれば、基本の流れはほぼ共通しているので、別のお点前も習得しやすくなるのだが。
また、茶道のお点前を人に教えるのがこんなにも難しいとは、という驚きもあった。
まぁわたしは、仕事でも教えるのは滅茶苦茶苦手ではあるのだけど、茶道は特に口で説明するのが難しいので、教えることにとても苦労した。
そういう意味で、教える側のperspectiveというものも認識でき、いい経験になった。
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夏休み以降、仕事がとてもハードだったのだが、今週は特にきつかった。
ラボにもだいぶ慣れてきて、できるタスクも増えて楽しくなってきたのに、とにかくラボで世話してくれるボスニア人の機嫌がずーっと悪くて、ちょっとでも間違ったり、理解してなかったりすると、指摘だけにとどまらず、嫌味も長々と続いて、一度は泣かされもした。
- Horsensの工場から来た検体を分析したら、ここでの検体もなぜ同じように分析しないのか責められ、
- 自社で作ったある製品のテクニカルシートがおかしいから、見て欲しいと頼まれ、色々調べた上で質問しようとしたら、早朝からそんな話をしたくない、もうその話は忘れて、といつの間にかなかったことにされただけでなく、なぜ他のタスクを後回しにしてまでそんなことを調べたのか延々と責められ、
- 頼まれた表の修正が、全然違う表だったことが判明し責められ、
それ以外にも色々と細かいことを指摘されては、その後に漏れなく嫌味もセットになってくるという繰り返しに、毎朝出社するのが気が重くなるほどだった。
(もちろん、社長に相談なんかしたら最後、もっと私への攻撃が増すだけなので、誰にも相談せず私一人で溜め込んだ)
昨日、Novoの5000人解雇の話になり、
「Novoは給料が高いから、何かがあったときにこういう大規模レイオフのリスクがあるよね。わたしはね、今まで給料交渉で、こっちから要求したことは一度もない。それは、やっぱりそれだけの存在価値をだせるか自信がなかったから。特に、前の職場では、わたしの言語能力の限界もあってクライアントを獲得するのを苦手としていたからどうしても強気になれなかった。ここでの給料だって、前の職場よりもらってるわけではないよ。私は、給料ではなく、プロジェクトをもらえることを目的に転職したから。」
と言ったら、彼女の態度も軟化し、本音を打ち明けてくれた。
どんなに親身になって教えてもどの人も長く続かず、去年やっと長く働いてくれそうな人が入ったと思ったら、入社してから脳梗塞の病歴を告白し、ラボでアシスタントはできるが、自立して働くことはできないと言われ(つまり、彼女が不在の時、一人でラボで働くことはできない)、そんな人を会社は雇えないので、ものすごくがっかりしたそうだ。
しかしまだ教育を受けている最中でインターンとして1年間はいたいというので仕事を教えはしたが虚しかったと。
その途中フィリピン人を雇ったが、全くラボ経験がないことが入社してから判明、あまりにも基礎が無さすぎて驚愕したらその子は逆ギレし1日で辞めてしまった。
そして私がエンジニアとして雇われたが、私が補助としてラボに入る=ラボラントはもう雇わない、という社長の思惑を認識し、ものすごく失望したらしい。私がフルタイムでラボラントとして働くわけではないからだ。
教えることは大変な仕事でストレスなのに、何度も何度もやらされた挙句に、それなりのリスペクトも評価もないことで、会社に対して不満が爆発したという。
教えることが負担なのはものすごくわかる。。。
しかも、私はコミュニケーションに難があるので、私が思うように動いてくれず余計にイラついただろう。
彼女の根底には、会社だけでなく、人に対する不信感が根強くあるので、せめて私は、名誉や報酬などの私益ではなく、本当に仕事が好きで働いていることを示して、彼女の私に対する信頼を獲得できるよう頑張らないと、、、と思った。
彼女が安心して引退するまで絶対辞めない。
とりあえず、来週にまたスウェーデンに行くので、今週やりたかったタスクは全部できてホッとしている。
特に最も懸念していたサンプル作りもできて、無事大学に渡しに行けたのでよかった。
複雑な現代世界
今朝は、ラジオではデンマーク随一の大企業Novo Nordiskの大規模レイオフのニュースの話題で持ち切りだった。
なんでも、世界で9000人、デンマークで5000人を解雇するという。現在、デンマークで34000人の従業員がいるので、15%弱がレイオフの対象になり、かなり深刻な事態といえる。
今でもかなり利益はあげているが、今後は期待していた成長よりも低く見積もられることで大規模レイオフを実施することになったらしい。
そして、ポーランド領域内でのドローン攻撃のニュース。
国境近くなので、ミスの可能性もあるが、NATOの反応をみるためのテスト攻撃だった可能性も大きく、今NATOで緊急会議を行っているらしい。
わたしは個人的に、石破さんの辞任をとても悲しいと思っているが、政治的にはともかく、デンマークもまた不穏な日々である。
そんな中で目にした記事。
高村薫さんのメッセージに頷かされるばかりだった。
"戦後を戦争をしなかった年月と数えるのは、私はおこがましいんじゃないかという気がします。米国の「核の傘」の下、日本が軍事大国になることを米国も求めず、ひたすら経済発展を追求できた。日本が積極的に平和のために外交で身を削った年月ではないですから。受動的にたまたま戦争をする必要がなかっただけのことです。"
本当そのとおり!!!と思った。
「失われた30年」と言われるけど、むしろ逆で、戦後から冷戦終了まで「恵まれた45年」を享受できていたにすぎない。
アメリカの庇護でぬくぬくと、防衛や外交にコストをかけずに、西側マーケットで経済成長に専念できた。1990年に東西が融合し、グローバル化で競争激化したのに、日本はその変化に追いつけなかっただけにすぎない。
"日本の政府も国民も、戦争を清算する発想すらなかった。まず天皇の責任を問わなかった。米国は、日本を共産圏に対する橋頭堡(きょうとうほ)にしたいということで、それを認めた。日本人は東条英機(太平洋戦争開戦時の首相)とかに責任を押しつけ、それでなんとなく終わったと思っている。けれども本当に責任を負うべきは、当時の天皇以下、軍人はもちろん大政翼賛に賛同した政治家全般です。彼らは戦後返り咲き、それを国民が許した。戦争をきれいさっぱり水に流したんです。"
これも、わたしがデンマークに移住し、第二次世界大戦前後の歴史の扱い方が違いすぎることで認識したことである。
特にドイツ、ベルリンに頻繁に訪れるようになってから、同じ敗戦国でもどうしてもこうも違うのだろうとショックを受けたことも大きい。ドイツは、戦争の反省から、いち早くフランスとヨーロッパの経済共同体の組織成立を模索し、そして今はEUでドイツだけがEUから享受されるよりも、供出金が多い国になっている。
2015年の難民危機のときには、ドイツだけで100万人もの難民を受け入れた。
冷戦後にEUに加盟し、どの国よりも西側諸国に移民を輩出しているポーランドは、EUのアドバンテージを享受しながら、同時に難民受け入れは完全拒否したり、EUの法律に批准しなかったり、不利なことを拒否しているのとは大違いである。
ドイツは、80年たっても、第二次世界大戦の負債を負っているのである。
"冷戦下と比べて世界の枠組みを言葉でとらえ、説明するのが難しくなっています。基軸のない世界で、どこに正義があり、どこに問題があってどう考えたらいいのか。なかなかひと言で語ることはできません。ですが、ネットの言論は切り取りたいところだけ切り取って単純化する。あれかこれか二項対立で切り取ります。だから広がるんです。言い換えれば、私たちは複雑な世界をきちんと言葉で捉えるだけの忍耐を持っていない。忍耐がないし、時間もない。難しくて複雑で曖昧(あいまい)な思考に耐えられないんです、私たちの頭が。だから単純な言説にどうしても流されてしまう。日本社会には産業、経済、少子高齢化と問題がたくさんありますが、全部に目配りをする政治が本当は必要なんです。ただ、それでは有権者の心を捉えることができない。目立つものがないから。"
最近、彼とはこういう話ばかり。
彼は、アメリカのポストもよく見るので、日本だけでなく、アメリカのSNSにもげんなりしているそうだ。
デンマークは正直全然まともで、少なくとも私が見聞きする限りでは、現在の社会情勢はかなり複雑であることが認識されているように思う。
だから、選挙でも、日本とデンマークは全然違う。
デンマークもインフレはすごいけど、その理由はみなわかっているので、政治家にどうにかしろ、という言論はあまり見当たらない。
わたしは、石破さんの政策に賛成していたわけではないけど、今のこの時勢にもっともふさわしい総理大臣だったと思う。
決して物事を単純化して有権者を容易に引き寄せようというのではなく、今の複雑な世界情勢に、真摯に向き合い、正直に、誠実に、国民に伝えようとした首相だった。
意図的に、太平洋戦争について「反省して」というのは、石破さんらしい、真面目で正直なことばだったと思う。
月食茶会
今日が月食見られる日とは知らなかった。。
月を見るために、もっともベストな場所だからと寝室でお茶会し、お茶を点てるひと以外は皆ベッドに座るというシュールな会だったけど、ヒュゲリだった。
私ともう一人以外皆デンマーク人だったけど、意外にも好評でホッ。
家では彼にあげたので私もそこで初めて食べたが、美味しかった。本当にあんみつだった。。羊羹単品よりも味にコントラストがあってスルスル食べられる美味しさ。
ホストのデンマーク人夫妻は今年もストックホルムのセミナーに行ったそうだが、今回は亡くなられたばかりの大宗匠の話が1時間近くあったりとお点前そのものだけでなく背景や歴史も学ぶ機会になったという。私も参考したかった。
彼らは本当に勉強熱心だし、こういう風情のある会をアレンジしたり感心する。
我が家でもオランジェリーから月が見えるのでお茶会やろうかな。。




























