いまのしゅんかん -9ページ目

ゲレンデスキー初日

今日はさらに気温が下がりマイナス14度だった。

なのでアンダー上下とも厚手のものにし防寒対策万全にしてゲレンデへ。

 


 

しかしとにかく景色が美しく、寒さも意外に厳しくはなかった。

下がガリガリだったのでかなり腰を下げて安定をはかるしかなく、スクワットをしながらの滑走だったので体が温まり凍えることはなかったからかもしれない。

 

お昼は、朝のうちにご飯を炊いておいて、お茶漬けの素とツナと塩昆布をのせてお湯を注ぎ海苔を散らしたもの。胃に染みた。。

 

アパートに戻ったときに彼がスキー板のエッジを磨いてくれたが、午後はさらにガリガリだったので、エッジが限界なところは観念して斜滑降で高度をできる限り下げて、出来そうなところでターンをする、という戦法に変えたら、アイスバーンへの恐怖も軽減した。

また、クロカンで板に重心をのせる感覚がわかってきて、ゲレンデスキーでも生かされてきていることが大きい。

彼はテレマークスキーに転向しているので、やはり板に重心をのせることがクリティカルになっているらしい。

 

最後の滑走のとき。15時15分頃で実は日没の時間でもあった。

 

リフトが終了する直前まで滑り、今日は目一杯滑ったのでクタクタになった。とてもじゃないがクロカンをやる余力はない。。

買い物に行き、時間をかけてボロネーゼを作った。

 

私たちがいる間ずっと晴天の予報で、天然雪は期待できないので、こんなゲレンデが続く見込みである。

でも大嫌いなアイスバーンを多少攻略できつつあるので今までより楽しめるかもしれない。

Hemsedal

オスロのキャンプ場で車中泊でもかなり快適に寝ることができた。

 

 

氷点下だとダウンも着てないと寝れないけどフリースで十分だったし、彼は寝袋に入ってなかったらしい。

 

ゆっくり出て、Hemsedalには13:50頃到着。

 

15時前くらい。冬至の日でしかもノルウェー。

 

リフトが15:30までで、荷物をアパートに入れたり、レセプションでカードキーやリフト券をもらってたりしたら15時すぎになってしまいゲレンデスキーは断念。

ちょっと腹ごしらえしてまったりしてたが、まだ16:30。クロカンコースを見てみたいと行ってみたら全然できそうなのでヘッドランプつけてやってみることに。

 


 

灯火がないところもあるけどアップダウンはきつくなくヘッドランプだけで全然大丈夫。

しかもマイナス7度とかなのにクロカンやってると体が暖まり寒さは感じず。

 

楽しすぎる。。

 

クロカンのポテンシャルすごい。。

これだったら暗くなってもできるし寒くても問題なし。

最近夜でもジョグをやってるけどクロカンもいいな。。

 

スキー三昧の休暇スタートである。

オスロのキャンプ場で車中泊

昨日、娘とBFを焼肉レストランに送ったあとパッキングをスタートし、、、

 

 

今回は、

ゲレンデスキー

クロスカントリースキー

山スキー

雪山登山

 

すべてやる予定な上、クリスマスまでの1週間はスキー場リゾートのアパート泊だが、その後はキャンプ場を転々とするつもりなので荷物もすごいことに。

 

今朝、お迎えさんのソファを運ぶ手伝いをしたあと、冷蔵庫の中の処分をしたり、おにぎりを作り、パッキングの仕上げをして午後にデンマークを出て、21:30頃オスロのキャンプ場に到着した。

 



 

彼が棚を組み立てて荷物を垂直に片付けて、後ろのドアで出入りするための通路をつくり、寝るスペースとの間に布をかけ、さらに板金剥き出しのドアに布を被せたら、まさに寝室のようになった。

外が氷点下でアスファルトが凍るほどなのに、いつもより暖房の効きがよく暖かくて快適。

これは凄い。。

 

暖房のための第二バッテリーも交換したし、これだったら連続で車中泊できるかも。

ヒュッテ泊もかませようとも言ってるが。。

 

とりあえず明日からのスキー旅行が楽しみである。

娘の26歳の誕生日

今日は娘の26歳の誕生日だった。
いつも誕生日で食事する居酒屋レストランは今年は金曜日で予約できなかったため、前日の夜に予約し、当日は我が家にケーキを食べに来るということに。
ケーキは、娘の大好きなイチゴと生クリームを乗せたスポンジケーキを希望し、イチゴがなければレアチーズケーキがいいというので、必死にイチゴを探した。デンマークはプレーンのヨーグルトは大きなものしか売ってなく、旅行の前日にヨーグルトを買いたくなかったのでチーズケーキは避けたかった。
 

一軒目はなかったが、二軒目にありホッ。

 
ちなみに、最近SNSでヨーグルトにサブレをさしてなんちゃってレアチーズケーキにするというのが流行っているが、どう考えてもチーズケーキにはならないと思うが。。。
ゼラチンを使わなくても、せめてフレッシュチーズとヨーグルトとシロップとレモン汁を混ぜれば完全にチーズケーキの味になると思うけど。

 

昨日、コペンハーゲンに行く前にスポンジケーキを焼いた。

 

 
そして居酒屋レストランで、デンマークに着いたばかりの娘のBFも一緒に4人で食事した。

 

日本から来たばかりのBFにとって、デンマークでまた居酒屋に行くとは変な感覚だったかもしれない。
久しぶりに日本酒も飲んで、楽しかった。
 
そして今日は、午前中にプロジェクトミーティングに出て、事務作業し、掃除をして買い物に行き、ケーキの仕上げをした。
ちなみに、コミュート税金控除のために出勤日を数えたのだが、あらかじめ申告していた控除額がほぼ正確であったことを知った。
実際には、確定申告の時に、改めて出勤日数を入力しなければならないらしいが。

 

 
16時半頃、娘とBFが来て、ケーキでお祝いした。
欧米人にはウケないことが多いのでアメリカ人のBFにはどうかなと思ってたが、意外にも口に合ったようでおかわりしてくれた。
自分で言うのもなんだが、滅茶苦茶美味しかった。。。
しかも実家ではクリスマスは苺の生クリームのデコレーションケーキを食べることを常にしていたので、クリスマスを思い出す味でもある。
 
娘が子供だったときのアルバムを見せたりしてまったりし、18時半頃二人が予約している焼肉レストランまで車で送ってあげた。
 
彼らが付き合って1年8ヶ月とかだと思うけど、遠距離恋愛と思えないほど足を地につけたような関係で、みていて微笑ましくなるような二人だった。
なんとBFは修士はコペンハーゲン大学で教育を受けることも考えているらしいが、娘は英語でもいいプログラムかどうかを見極めてからねと釘を刺すなど、感情に流されないところがすごいな、と。だからと言って、自分がアメリカに移住することは全く考えていないという。
 
26歳というと、私は妊娠をし、結婚をし、出産をした年齢である。
今思うと、あの時はリレーションシップもいい加減だったし、まだまだ未熟だったと思うけど、それでも自分が母親になった年齢に娘がなったことに不思議な感慨がある。
 

26歳の私と、生まれたばかりの娘。

仕事納め

元々金曜日は半日の弊社、イースターや夏休み前の金曜日は出勤しなくてもいいという暗黙の了解があるらしく、明日も社長と次期社長以外は皆来ないそうで、私も明日はオンラインでプロジェクトミーティングがあったり、コミュート税金控除のために今年の出勤日数を数える作業をしようと思ってたけど、ラボ仕事は今日で最後にするつもりだったので、家で仕事することに決めた。
ちょうど明日は娘の誕生日で、午後に娘とBFが我が家に来ることになっているので、掃除したりケーキを作ったり準備をしたかったし。
 
9時から全員でクリスマス朝食の予定だったので、ボスニア人のラボテクニシャンはそれまでに仕事を終わらせたいと、私は珍しく出勤してすぐにラボに入り、彼女の分析の仕事を手伝い、朝食の後は、一人で片付けをして、ラボの掃除をした。
 
いつもはドラフトとテーブルの上しか綺麗にしないけど、今日は床もモップがけしてスッキリ。
 
掃除している最中に、うちに外部からラボを借りている人と最後の挨拶をし、来年からその人も参加する、エネルギー庁からグラントされる新しいプロジェクトの話をした。
実は、今年4月にアプリケーションを出し、最上のフィードバックをもらいながら6月にリジェクトを喰らい、9月に再度アプライし見事グラントを獲得するに至ったのだが、どうも、好ましくないとされる国と本当に関わりがないのか警戒されたのがリジェクトの原因だったらしく、もちろん二度目の時にそこをもっとはっきりさせたのだけど、今は、そういう政治的なことも判断の対象になるのか、、、と暗澹たる気持ちになった。
また、私たちのアプリケーションは良かったのでグラントをもらえたけど、実は全体での予算は前回の70%にまで減らされ、競争はより激しくなってたらしい。やっぱり、デンマークがエネルギーへの投資を減らしているのか、、、と。
そして、やはり最近はデンマークでレイオフが盛んだよね、とも。
それだけに、この新しいプロジェクトはとても楽しみなのだけど。
 
一年前に将来を心配していた時に比べると、今はだいぶ落ち着いている。
来年も厭わずにチャレンジに挑んでいきたい。

クリスマスTivoli

昨日、仕事が時間通りに終わりそうだったので、急遽娘に声をかけ、夜にクリスマスチボリに行くことにした。
娘が行きたがっていたのに、なかなか行く時間を確保できず、昨日が唯一行けるチャンスがあったので声をかけたのだった。
ところがその直後にシアターの屋根に火が付くという火事騒動があり、実際にいくまで、閉鎖しているかわからないままだった。
 
 
 
火事なんてなかったことになってるくらい、いつもの混雑具合だった。

 

 
乗り物へのアクセスはない入場料だけで220kr(5380円)もしたが、その価値があるくらいクリスマスチボリはデコレーションが独特でヒュゲリな場所だった。
娘が小さいときは何度もクリスマスチボリに行ったけど、大人になっても行きたくなるようなところである。
正直、デュッセルドルフのクリスマスマーケットは期待外れだったので、チボリに来られてよかった。

  

しかも昨日は暖かくて外でも凍えなかったのは幸いだった。

グリューワインを飲みながら、ひたすら娘とおしゃべりした。

年明けから心臓の手術のために病欠で6週間休むが、なんと給料がもらえるそうで、経済的に支障がないことが知りホッとした。さすがデンマーク。。。

しかし、最近は解雇の嵐で、娘の周辺ですら、そのあおりを受けているひとがいるという。。これもまたデンマーク。。。わたしの世代だけでなく、若い人もその対象になっているとは。

 

とりあえず、娘のBFは問題なく上海まで飛べて、デンマークに来られることになったので、二人でゆっくり年末年始を過ごせることになり何よりである。

バンのプロジェクト

この週末、わたしがドイツで二泊していた間、彼は彼でプロジェクトを進めていた。
今週末から出かけるノルウェー旅行で快適に車中泊するためのバンの荷室の天井の断熱作業である。
 
 
まず天井の形を測って図面を描き、それに合わせて板を切っていったが、バンは微妙にまっすぐではないので正確に測ることは無理で、実際に合わせながら切ったり削ったりする作業がとても大変だったらしい。しかも板は長さが2,4mもあって重いので持ち上げるのが負担だったと。
土曜日はぶっとおしで10時から23時まで12時間作業し続け、食事することも忘れて没頭していたという。
日曜日もわたしを空港でピックアップに来る23時まで作業したり買い物してたらしいが彼らしい。
 
まぁ彼にもドイツにいくか声はかけていたけど、作業する予定だったので断ってきたほどで。
せめて金曜日に空港に行く前になんちゃってすき焼きを作っておいてよかった。
 
月曜日も火曜日も当然作業。

 

 
昨日、少なくとも寝るスペースの天井部分は板が暫定取り付けでもつけられ、とりあえず空気断熱でもむき出しよりは熱放射を防ぎ、結露も改善できると思われる。
それに、もともと暖房エネルギーを節約するために、荷物を置く場所と寝るスペースとはカーテンで仕切りたいと話してて、そのための毛布というか薄いかけぶとんも買ったらしいので、荷室の天井は断熱する必要もそこまではなく。
 
彼は本当にすごい。。。
 
普段はバンを離れたところに置いているのだが、ここんとこずっと自宅の前にバンを置いて作業しているので、それをみた、お向かいに住んでいる娘の友達のお母さんが、
「クリスマス前に娘のソファをバンで運んでくれないか?」
と聞いてきて、
「いいですよー」
と快く引き受けた彼だった。
 
おとといの聖書の学びでちょうど学んだ「隣人愛」。
ちょっと違うけど、ご近所付き合いはよくしたい。
 
ちなみに、職場でもボスニア人のラボテクニシャンに頼まれて調べものをし、それを彼女から社長に話したら「いいアイデアだ」と言ってくれたそうで、とても嬉しそうだった。
よかったよかった。彼女の認めてほしいというきもちもだいぶわかってきた。
 
ちょうどラジオでも「Næstekærlighed」の話が流れてきた。

今年最後の聖書の学び -隣人愛

互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。 愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

更に、あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。 夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう。 日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、 主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。

(ローマ 13:8-14)

 

 

昨日は、デュッセルドルフの友達も含むメンバーとの聖書の学びがあった。

今年はなかなか全員の都合がつかなくて7回くらいしかできなかったが、わたしの新居で集まることもでき、充実した学びができたと思う。

 

しかも今年最後の学びが「隣人愛」。

 

今年1月にトランプがアメリカ大統領に就任し、世界情勢はさらに不安定になった一方で、一軒家の購入が現実味を帯び、仕事の不安でディスパレート気味だった私に彼は愛想を尽かし、あわや離婚という危機に陥った。

結局、一軒家購入の契約書にサインした直後に転職を決めて収入の安定化をはかり、また、ある出来事があってお互いに猛反省をし、相手を第一優先にすることを決め、さらに夫婦の絆は深まるに至ったが、今度は転職先でラボテクニシャンと衝突し、毎日毒を浴びストレスの大きい日々を送ることになり、関係改善のために身を削ることになった。

そして、夏に揉めて距離を置いていた友達に、先月解雇されたことを知らされ、デンマークのポストを紹介したり、知人につなげようとしたり。(解雇されてから数か月たって連絡してきたので、彼女なりに遠慮してて、やむをえず私に聞いてきたのだろう。)

 

社会情勢はどんどん悪化していく一方で、まさに「隣人愛」の試練が課せられた一年間だった。

 

でも、結果的には、新居には大満足しているし、彼とのアクティビティもさらに充実するようになったし、数々の知人たちが解雇されているのを目の当たりにして転職して本当によかったと思ったし、ボスニア人の彼女との衝突で人間の性について学べたし、困難を乗り越えることによってより大きなものを得られたと思っている。逆に、困難から逃げれば、ぐるぐると悪いループに嵌るかもしれないとも。

 

今年は、アメリカがグリーンランドを購入したいとデンマークを刺激するようなことをしてきたり、NATOの関係が危うくなったり、関税がふっかけられたり、ウクライナ情勢もイスラエル情勢も落ち着く気配がなかったり、石破おろしが起きて高市が総理大臣になったり、嫌なニュースに振り回されてきたけど、昨日の学びでは、今後世の中は悪くなっていく一方だろうとのこと、その中でわたしたちがどうふるまっていくべきなのか、さんざん話し合ったのだった。

 

来年もよくなる見込みはない。

1年前パニックになったわたしだけど、困難に耐えていくしかないのだな、と今は思っている。

オランダでクリスマス礼拝ーベツレヘムの星

 

イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、 言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。 王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。 彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。

『ユダの地、ベツレヘムよ、

お前はユダの指導者たちの中で

決していちばん小さいものではない。

お前から指導者が現れ、

わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」

そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。 そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

(マタイ2:1-12)

 

 

日曜日は、友達夫妻とデュッセルドルフから車でオランダを目指し、買い物をし、ゴッホが「じゃがいもを食べる人々」を描いた場所であるニューネンを通り、アイントホーフェンで日本語教会のクリスマス礼拝に参加した。

 

2019年9月にも訪れた日本語教会だが、当時会場だった教会員のひとりの一軒家は売って引っ越されたので、地元教会の中にある一室で行われるようになり、そこでは初めての参加であった。

ついでに言うと、日本語での礼拝も、その6年前の礼拝以来だったのだが。2020年4月に修養会に参加するつもりだったのだが、COVID-19でキャンセルになり、コロナ禍で登山と山スキーを始めてアウトドアのアクティビティに振れたこともあり、対面での日本語集会はご無沙汰であった。

 

会場を提供されていた方は70代で、4000坪もある巨大敷地の一軒家だったので高齢の夫婦二人での管理が大変になっていたが、長年礼拝の会場として使われていたので、誰かを雇って作業してでも売ることは考えてなかったものの、たまたま信心深い人が3度も売ってくれないかと打診してきたため売る決心をされたという。

普通はそんな一軒家は固定資産税も高そうだし売りたくてもなかなか売れないのに、何の苦労もせず不動産屋を介さずにいいディールで売れたなんて奇跡のようである。

 

礼拝をしてくださったのは、日本から留学してきている改革派教会の牧師さんだったが、改革派教会が多いオランダで神学を学びにきているとのこと、同じプロテスタントでもデンマークとは違うことを初めて知ったのだった。

まぁ、デンマークはルター主義を徹底しすぎて、本当に教会が政治的な権威をもち、役所の一部として機能しており、デンマークのほうが変わっているといえるのかもしれないが。

 

ちなみに、オランダに住んでいる元義理弟がデンマークのクリスマスが恋しいと言っていたように、オランダのクリスマスはささやかで、飾りつけもそれほどなく、日本と同じようにスーパーで典型的なクリスマスソングが流れていた。

改めて、クリスマスの盛り上がりが宗教とは無関係であることを知った。

 

 

礼拝ではマタイ2章が取り上げられ、子供向けに牧師さんの一人劇が披露されたあと、大人向けに東方の博士に関するメッセージがされたが、デンマークでは公現祭がなく、wise menについてあまり知らなかったので興味深い内容だった。

牧師さんはすぐれた役者でもあり、一人でヘロデ王、召使、博士、祭司長を表情や声をすべて演じ分け、とてもわかりやすくストーリーを示してくれた。

 

なんでも、実際にイエスが生誕されたとされる紀元前7年に、木星と土星が重なった大合があり、それを見た占星術の学者が、土星はイスラエル、木星が支配者を示す星だったことから、ユダヤの王が生まれた知らせと認識したという論もあるという。

それにしても、ヘロデ王や祭司長がその知らせを恐れ、異邦人である賢者がイエスの誕生にひれ伏したというのも興味深い。

 

ちょうどわたしはデンマークから祝会のプレゼント交換にと星を作るための細長い紙のセットをもってきていたので、帰る直前に牧師さんに渡したのだった。

 

デンマークでは、11月末にデコレーションのために職場でグルッグを飲みながらこの星を作るのが定番だったりするが、実は結構難しい。ほぼ押し付けのように渡してきたが申し訳ない。ちなみにわたしが渡したのは金色の紙である。
 
クリスマスツリーはもともとゲルマン民族の冬至祭(ユール)が発祥となっていて樫の木が使われていたが、15世紀ころキリスト教に改宗しようと三位一体を彷彿とさせるような三角形のもみの木に替えられ、ベツレヘムの星として木のトップに星が飾られるようになったそうだ。
デンマークとドイツがやたらクリスマスで盛り上がるのも、キリスト教が入る前から冬至祭があったという文化的背景がある。
 
祝会は少しだけ参加して失礼したあとはまたドイツに戻り、デュッセルドルフでラーメンをごちそうになり、空港まで送ってもらい、最終便でコペンハーゲンに飛びデンマークに戻った。
 
家に帰って、オーストラリアの痛ましい事件について知った。
改めてユダヤ人の宿命について考えさせられた次第である。

デュッセルドルフ

明日のクリスマス礼拝が目的でデュッセルドルフ在住のクリスチャン友達夫妻宅訪問だったが、、、

 

お昼に、日本人のお寿司屋さんの美味しい海鮮丼をご馳走になり、、

 

 

夕方にはクリスマスマーケットに繰り出し、、、

 


 

しかしベルリンと違って電光が多く今ドキの雰囲気に、クラブか?と思うようなノリノリの音楽とあまりの人出にビビり、、、

 



郊外のお城のクリスマスマーケットに連れてもらって念願のグリューワインにありつくことができ、しっとりとした雰囲気にホッとしたのだった。

 

たくさん歩いたけど楽しかった。。

 

今、神学を学んでいるご夫妻で、その内容も興味深く、最初のアブラハムに関する講義ビデオを一緒に見て、アブラハムが生きていたとされる時代や場所(今のイラク)を調べてみたり、、

聖書の小説を大量に借りたので冬休み中に読もうと思う。