牧師さん との最後の面談
10年近くお世話になった牧師さんが近々引っ越しをされるとかで、最後にお礼を兼ねて面談にお伺いしに行った。
引退されてからも、5年間ご自宅を解放して黙想会をアレンジしてくださっていたが、ご夫婦はもう高齢で、特にご主人にとって階段の上り下りが厳しくなってきたため、コペンハーゲンの割と新しいアパートを購入されたという。エレベーターもあって、買い物するところも近所にあり、しかし公園も近くにあって、環境はいいとか。
家を売る前にアパートを購入されたが、万が一アパートの引き継ぎ前に家が売れなくても、何の問題もないと銀行には保証されたそうだ。
解雇されて何度がお邪魔させてもらい、前回までまだいろんなことがゴタゴタしていたけれど、家は合法状態にし、弁護士と建築士への精算も済んで、これ以上大したことはないと思うが一応警察からの連絡待ち、仕事もパートタイムで3ヶ月契約だが、きちんとした採用プロトコルを経たことでオファーをもらうまでのプロセスがいい経験になったこと、新しくもらったタスクが楽しそうでまた新たな学びになるチャンスを得たことで、物事は全てポジティブに進んだ今、いい終わり方ができて本当によかった。
2016年秋に信仰を得て、デンマーク語のブラッシュアップをしたいと、その牧師さんが主催していた聖書の学びに参加するようになり、すぐに受洗をお願いし、2017年2月から準備して5月に洗礼を受けたが、クリスチャンになってから試練の連続だった。
2017年7月に彼と出会ったが、日本とデンマークの遠距離で連絡もままならずヤキモキしたこと、
2018年には彼の移住のためにデンマークでの就職について模索し始め、
2019年に彼がジョブオファーをもらってデンマークに移住、すぐさま家の購入を考え始めたが、
2020年にコロナ禍に入り、不動産購入を視野に入れて9月から結婚手続きを始めたが、ロックダウンとロギスティックの問題でなかなか進捗せず、
2021年3月にやっと結婚、不動産の値段はなぜか高騰、
2022年2月にウクライナの戦争が始まってエネルギー危機に陥り、一軒家の購入に躊躇し、
2024年秋にまた本格的に家探しを再開したが、直後に選挙でトランプが大統領に就任することになり、ますます将来を懸念して家の購入に渋ったことで夫婦喧嘩も頻繁に起き、結局買うことに決め、
2025年2月に契約書にサインしたものの、トランプの関税政策がじわじわデンマーク経済に影響していくのと同時に、コンサル会社で私自身のパイプラインが枯渇していることを懸念して転職を決意、引っ越しと転職とバタバタの3ヶ月だったが、転職先の環境に慣れずストレスになり、
2026年1月にコムーネから違法建築の通知がきて、2月に大腿骨頸部を骨折、2月末にホルムズ海峡が閉鎖されて、一層厳しいエネルギー危機に突入、それなのに3月末に解雇、4月にはコムーネから警察に通報されたと連絡があり、、、
常になんかしらある9年間だった。
でも、クリスチャンでよかったなと思う。
特に、彼との遠距離で苦しかった時、牧師さんに、「彼の気持ちも尊重しないとね」と言われた時にはハッとさせられた。
キリスト教でいう「愛」を知らなければ、乗り越えられなかったのでは、と思うほど。
もしクリスチャンでなければ、家を買ったことを後悔していたかもしれない。
今は、それら問題を含めて経験にもなっているし、学びにもなっているし、むしろ私たち夫婦の絆を深めることになってよかったと思っている。結果的に売らなければならなくなったとしても。
牧師さんに出会ったことは私の人生で大きな出来事だったけど、それは、具体的にこの道に導く手助けをしてくださったからである。
暗闇の中の光の存在を知ることは大きかった。
それまでは、闇に堕ちたらおしまいだと思ってた。だから逃げてたわけで。
特に今は、何が起きるかわからないし、何をどうやったって問題は出てくる。
それに対しいちいち恨んだって何も解決しない。
状況を受け入れ、自分を信じてやるべきことをコツコツやるしかない。
そう思えるようになってよかった。3か月後にはまた無職に戻って、自宅で悶々とするかもしれないし。
本当に、10年間お世話になったことに感謝申し上げたい。
初出勤日
今日、とりあえず三ヶ月契約したスタートアップの会社への初出勤日だった。
短期間で成果を出さなくては、と前日から緊張していたが、思っていたよりもリラックスモードでそこまで不安がることはなかった。
それに、何から何まで、前職とは違いすぎる、、、
- ほとんどデンマーク人しかいない会社でデンマーク語のみでコミュニケーション →ほとんど外国人で英語しか使わない
- 紙ベースで記録 →実験室にはノート持ち込み厳禁だし、ハードディスク保存も禁止。全てクラウドに保存
- 口頭での情報伝達が多く、メールもほとんど使われず、クラウドから情報収集するのが大変だし、クラウドに記録しても口頭で言わないと伝わらない →実験記録も小さなミーティングも全てドキュメント化されてて、情報がかなり管理されている
- ミーティングほとんどなし →かなり頻繁にミーティングすることで情報共有に熱心
- 弁当持参 →カンティーンでランチ
改めて前の会社は過酷だったな、、と。
ドキュメント化されないのに、情報を把握してないと「言ったのに、なんでわからないの!」と口で言われただけのことを覚えていないと怒られ、、、挙句にコミュニケーション能力の低さを責められたけど、コンサル会社で18年働いて、その問題はなかったのは、やはりきちんと情報共有の管理がされていたからだよな、と。
あまりにも前職で自己肯定感が地の底に落ち、今回のジョブインタビューでも滅茶苦茶緊張したけど、パーソナルチェックも技術面接も従業員との談話も全てスムーズにコミュニケーションできオファーももらえたので、やっぱり前の会社が私に合わなかっただけなんだな、と思った。
あと、変わったことといえば、通勤である。
デンマークで23年間働いてきてずっと自宅から北に向かって通勤していたが、今日初めて南に向かって通勤した。しかも電車で。デンマークで電車で通勤するのも初めてで新鮮だった。
でも数週間後に駐輪場が施錠されるようになったら、自転車で通勤しようかなとも考えているが。
覚えなければならないことも多いが、頑張ろう。。
娘の訪問
庭作業再開
その中で嬉しい発見。
盆点[炉]お稽古
第三次Mette Frederiksen政権組閣
国政選挙から70日にしてようやく成立した4党連立の第三次Mette Frederiksen政権。
今日、新内閣の大臣ポストが公表され、早速引き継ぎ式も順次行われた。
この組閣のポイントとしては、
- デンマーク史上初めて、女性大臣が男性大臣の数を上回った。
- 次期党首候補と言われているPeter HummelgaardとNicolai Wammenの大臣ポストが入れ替わり、より重いポストと言われる財務大臣に、旧法務大臣のPeter Hummelgaardが就任したことで、Hummelgaardが次期党首になるのではという憶測が沸いている。
- 無謀にも財務大臣ポストを狙っていた穏健党だったが、外務大臣はやはりLars Løkkeが再任。アンタしかおらん。
- 最もグリーンの政権にしたいと息巻いていたラディケーレ党首のMartin Lindegaard、気候変動や再生可能エネルギー系の大臣になるのではと言われていたが、本人の希望通り商務大臣に就任。
- 人気があり、2019年に社会民主党が与党になってから内閣の常連だったMattias Tesfaye。今回は入閣とならず、質問殺到したが、本人の希望の結果だと。最近、ヨーロッパの右傾化が進み、デンマークでも例外ではなく、その影響もあってか社会民主党は選挙で票を落としたが、その流れに立ち向かうべく、国会議員グループ会長として党内運営に専念したいそうだ。
- これまたかなり重いポスト、防衛大臣に就任したのはJeppe Bruus。誰ですか、、?今まで地味なポストしかついたことなく目立ってなかったが、熟練のMetteさんが選んだくらいだから適任なのではないか、とのこと。でも、私の素人憶測だけど、Mattias Tesfayeが入閣を拒まなければ指名されていたのでは?
- 初めて農業大臣という名前がなくなり、「自然、動物保護大臣」に業務は移行。
デンマークの農業は経済的効率を重視した結果、肥料の過剰使用がされてて、その結果、飲用水の汚染、また海が過剰リンで酸素濃度が下がるという、深刻な環境問題が発生しており、ここにメスを入れるという意味で農業省を廃止、自然省という名に変わったとされる。
コンサル会社で、まさに海洋の汚泥処理プロジェクトに携わっていたので感慨深い。
帰国
昨日、Lofotenからの帰途中、暫定首相が王様に接見するというニュースが入り、選挙後69日にしてようやく、社会民主党、社会国民党、穏健党、ラディケーレの4党連立政権が成立する見込みとなった。
しかし今のところ、明らかになっている基礎政策は、子供の公共輸送費無料、デンマーク人の歯科医療費無料、野菜と果物の消費税無料、富裕層のトップ税の廃止、祈祷日の復活、、などなど財政費負荷の内容ばかりで、具体的にどこから財源を持ってくるのかの施策が盛り込まれてなく、戦々恐々、、、
左派政権なので、医療や教育コストの削減は考えにくく、エネルギー税の増大しか思いつかない。
昨日は、一日2便しかない空港経由のバスの時間の都合で、小さい空港で3時間待ち、18時半の便に乗って、Bodøとオスロを短い時間で乗り継いでコペンハーゲンに帰ってきたが、懸念した通り、彼の預け荷物だけロストバゲージになり、今日荷物受け取りで待機した。
自ら開拓
2時間後、、、
不味くはないが、お湯で茹でるのとは食感が異なる感じ。ラーメンに近いかもしれない。
これに、コンロを使って湯煎で温めた出来合いのグラッシュスープをかけ、それとは別に、ミックスサラダに玉子サラダを和え、サラダバーからとった豆やハム、鶏の胸肉、ゆで卵をのせたサラダボウルを用意した。満足。。
ノルウェーって、高いくせに外食はイマイチだし、自炊の方が楽しい。ホテルでも山用のコンロで自炊は可能。
*****
今日、正式にオファーしてくれた会社との契約書にサインをしたのだが、メールで、
こう書いてくれて光栄であるのと同時にプレッシャーも感じている。
最近ハマって読んでいる漫画「3月のライオン」で、
というシーンがあるのだが、まさに同じ心境!
経験や過去の情報を参考にするのではなく、自から暗闇の中、解を模索していかなければならないという。。
正直、この漫画でズシーンときたのはまさにここで、それから逃げるためにラボテクニシャンのポジションに応募したり、もっと言えば、解雇された会社に転職を決めたのも逃げからくるものだったかもしれない。
実際にエンジニアとしてのチャレンジはほぼ皆無だった。だからこそエンジニアは不要と切られたわけで。
だから今回のジョブインタビューのために課題のプレゼンを準備している時は、連休返上してまで没頭出来て嬉しかったのだけど。ずーーっと考えてたし。
たった3ヶ月だけど、エンジニアとして正念場になることは間違いない。
100マイル完走
最後のカットオフで1時間以上余裕があったので完走は出来るだろうと思っていたが、最後のエイドステーションで30分以上休んだので、予定ゴール時刻がどんどん遅くなっていき、一度はゴール近くを見に行くもホテルに戻ったりし、、、1時頃近くのトンネルでやっと彼の姿を認識。
未明1時17分にゴールした。
結局130人のうち完走者は51人、彼は40位だった。
去年よりも1時間遅くてこの順位、そして低い完走率、トレイルがかなりぬかるんでいて、石の上を伝え走るしかなく、かなり足のダメージは大きく、タイムの平均も落ちたのだろうかと。
逆に白夜じゃないと走れない悪路でもあったという。
わたしも一昨日昨日のハイクで下山で滑るのが怖くて慎重になったが、それでも頻繁に段差のある石を下りるしかなく足へのインパクトを防げなかった。骨折したあとだから、できればお尻をついて下りることもしたが。
彼は今回、胃と眠気のマネージはできたが、腰にはかなりきたそうで、体幹のトレーニングの必然性を感じたらしい。
わたしも骨折後のリハビリで体幹鍛えるつもりが、色々あってすっかりサボりがちになってる。
ともかく無事に完走できて何よりである。
100マイルウルトラレースの行方
彼は今130人中27位、絶好調、、、と言いたいところだが、実は去年と比べてタイムはよくないのである。関門時間までものすごく余裕があるわけでもなく。
今年はいつもより雪が少ないと言われてて懸念していた通り、トレイルの状態はかなり最悪らしい。
リタイヤも今のところ64人、、すでに半分近く。完走率がいつもより激減するかもしれない。
今日は悪魔の門に行ってきたのだが、、、






















