失業 中のアクティビティ
コムーネの違法建築チェック訪問
今日、コムーネから我が家の違法建築チェックに二人派遣されてきた。
そのため、もちろん有償で、弁護士と建築エキスパートにも来てもらった。
私たちは初見だったのだが、彼らはかなり立派なレポートをコムーネに送ってくれていたので、わざわざチェックしに来ることに驚いたそうだ。
コムーネの指摘するポイントは主に二つで、
- 地下室が実は住居スペースとして用いられているのではないか
- セカンドハウススペースが規定面積を上回っている
であり、エキスパートは、
- 地下室が住居として用いられているのは事実でない上、実際に断熱が不十分なため湿度も高く、住むには不適切な場所である
- セカンドハウススペースの面積を測定したところ、実際には登録されている面積よりも小さく、規定よりもたった1m2しか上回っていないし、その1m2も承認されなければ、物置を潰して規定面積内に収めることも十分可能である
という主旨でクレームを書いてくれたのである。
とはいえ、イースターの直前に、地下室からはベッドを撤去し、いかにも物置スペースに見えるように変えたが。
まぁこの写真を見ると、内装がそれなりに綺麗で、住居スペースに見えてしまうのはあるかもしれない。
コムーネからの派遣者二人は、まず地下室の写真を撮り、その後、外に出て、セカンドハウス(グリーンハウス、物置、ワークショップ、ガレージ、カーポート、オランジェリー)の面積を測定した。
建築エキスパートは、グリーンハウスはセカンドハウスの定義には入らないとしてレポートに書かなかったが、その派遣者曰く、グリーンハウスもセカンドハウスだと主張。グリーンハウスも家の所有者がコムーネに通知する義務があるとキッパリ。
弁護士も首を傾げていたが、そのグリーンハウスは、敷地の隣にある学童保育からしょっちゅうボールなどが飛んで来てガラスが割れまくり無断な姿になっていたので、いずれにしても取り壊すつもりだったし、そうせざるを得なくなっても私たちは容易に受け入れると言ったが。
測定後、派遣者は帰っていったが、おそらく、そこまで深刻なケースにはならないだろうというのが弁護士の見立てである。
ただ、エアロバイクを置いてしまっているとはいえ、よくありがちな地下室を、今後コムーネ内で本当に住居スペースではないのか否かを審査し直すだとか、明らかな違法とは言えないケースにそこまでじっくり審査するのが不思議だと。
この程度で違法建築の通知をしてくるのであれば、ほとんどの家で再審査が必要になるのでは、という。
そのために50000krは下らないであろう、弁護士と建築エキスパート代の支払いも控えているわけで。失業中の身にはキツイが、違法建築によって罰させる方が嫌なので仕方がない。
これでこの件が解決されるのを祈るばかりである。
春スキーで〆
イースター最終日。
惜しみつつ常宿を去る。
今回はなんとデンマーク女王も泊まったという部屋を用意してくれ、天候に翻弄されつつ、なんだかんだ毎日山スキーができて満足。
オスロへ移動し、、、
年間パスをもってるスキー場に駆け込みでスキーしに。
17時終了なのに15時前に到着し、急いで着替えてゲレンデへ。
なんと10度超えでものすごく暑かった。
ゲレンデ用のスキーウェアは持ってきてなく山スキー用のウェアだったがちょうどよかった。
あと雪が湿ってていかにも春雪で、楽しかった。
わたしのウロコ板だと抵抗がありすぎて緩斜面で滑らなくなるという欠点はあったが、逆に斜度があるところでもコントロールがききやすく、気持ちよく滑ることができた。
たった2時間でも結構スキーできて満足。
ゲレンデスキーは今シーズン最後になるはずで、駆け込みでできてよかった。
山スキー旅行2
4日連続で山スキー。
2日目は天候もよく、もっと標高が高いところまで行こうとも考えたが、登坂はともかく滑走が無理だと判断し、高低差300mをループすることに。
が、一度滑走して登り返したらバテてしまい、滅茶苦茶キツかったので2度目の滑走で終了。
結構カロリーも消費しているし、体力が落ちていることを痛感。
たまの20分のエアロバイクではたいした有酸素運動になってなかったんだな、とつくづく。。
彼曰く、きちんと心拍数を測定して、適正な負荷をかけるプログラムを組まないと、とのこと。
3日目は風が強かったが彼は山に登ってみるということで別行動。
私は様子を見てたが観念して11:30頃出ることに。
斜面の取り付きの近くで、滑走してきた彼と落ち合い、彼は登り返しで一緒に登坂。
彼は、あまりの風の強さに最初のピークのだいぶ手前で引き返すことにしたという。
登っているときに滑走してきた3人組に声をかけられ、彼らもまた似たようなところで断念し引き返したという。
200mほど登り、風もますます強くなるとのことで一度の滑走で終了。
雪はかなりかたくて滑走はそれほど楽しくはなく、谷はほぼ凍っていて移動が大変だった。
そして今日は雪。
視界も悪かったが、宿に引き篭もるのもなんなので、出かけることに。
積雪と視界の悪さで景色が一変、取り付きを見失い、かなり谷の奥まで行ってしまい、いつもの斜面に合流するまで結構時間がかかった。
地形をしっかり把握することの大切さを痛感し、同時にこういう天候の中でルートを探すことが楽しかった。
雪は降り続けたが、静寂の中黙々と登るのと、新雪の斜面で滑走するのが楽しかったので、一度登り返して二度滑走した。
二度目は視界が悪くて結構怖かったが。
こんな感じで全然見えない。
悪天候でも楽しかった。
なんだかんだ毎日山スキーやって、骨折後のいいリハビリになり大満足である。
それに精神的にもだいぶ癒された。
山スキー旅行
昨日家を出て、オスロのキャンプ場で車中泊し、今日Jotunheimenまで移動してきた。
15:45頃宿にチェックインし、バンの中で着替えて16:20にプチ山スキーに出かけた。
Lofotenではほとんどできなかったし、二ヶ月弱前に骨折してから初めての山スキーで興奮。
滅茶苦茶いい天気!
2年前よりは雪が少ないが、去年よりは多く、暖かく感じたが雪は乾いててかたく、思っていたより春スキーという感じではなかった。
雪が少ないから平らではないし、わたしの苦手なかたい雪だったけど、意外と大丈夫だった。
これが斜度があればもっと怖いと思ったかもだが、、
100mちょっと登ったところで彼が先に滑走し、わたしは休みながらゆっくりトランジションし、彼が登り返してきたところでいざ滑走。
私は山スキーの滑走がとても苦手で、ボーゲンも入ることも多く、なんだったら立ち往生することもあるが、ここはかなり平らで雪もかたかったので、ほぼゲレンデの感覚で滑走でき、とても楽しかった。
氷河ではないオフピストでこんなに気持ちよく滑れたのは初めて?いや、さすがに初めてではないが、、数回目くらい?
楽しかった、、、
それに、解雇されてからずっと心のつかえが取れなかったのが、初めて多幸感も得たほど。
山って、癒しなんだな、、、とつくづく。
これまたお気に入りの宿での滞在も今の私には必要で。
もう7度目くらいの滞在で、スタッフの人にはいつもいいサービスをしていただいている。
(骨粗鬆症でアルコール断ち?は?何の話?飲まなきゃやってらんねーと飲みまくってます。。)
明日はもっと斜度のあるところまでチャレンジする予定。
怖いけど楽しみ。
お祝いディナー
昨日は、彼と私の誕生日の合同お祝いとして、娘と3人で新しくできたポップアップの焼き鳥レストランに食事に行った。
こんな状況でとてもお祝いする心境ではなかったし、食欲も全然なかったけど、結果的に行ってきてとても良かった。
万が一の万が一で家を売ることを考えて、アパートをサーチしてみたら、前に私が所有していたアパートの地域で額が軽く1mio(2500万円)高くなってて白目剥いた。
1億円近くするアパートがゴロゴロあって、アパートを買うのも今は一苦労なのか、、と。
娘も、収入のあるパートナーを持つまでは買うことは全然考えられないらしい。
アメリカ人のBFは希望していた大学の修士課程に入学許可が降りなかったので、とりあえずアルバイトをしながら半年後に再挑戦するらしいが、お互いに状況があやふやなのに、割とポジティブに見えてすごいなと思った。
そこまでクリティカルではない私の方がワタワタしている。
一応誕生日プレゼントとして自作のセーターを娘からもらった。
元同僚に遭遇
昨日、やり取りしていた元同僚から、前職の会社で、財政問題により金曜日に4人に解雇通知したというメッセージをもらった。
これで前職に戻る希望が完全に断たれたにもかかわらず、正直安堵もした。
やはり私の予測は当たってて、転職は間違ってなかったことを認識し、1年前の決断に対し後悔する必要がなくなったからである。
そのニュースを聞くまで、転職するべきではなかったのかもしれない、とチラっと思わなくもなかったので。。。
もしあのまま前職に留まったとしても、すでにパイプラインが枯渇しつつあった私は、1年後に同じ結末になってたと思われ、だとしたら、違う環境で違う経験をできたことの方が価値があったと思える。
身をすり減らしたのも、いい経験といえばいい経験と言えなくもない。。。自分が何をやったか、というよりも、真に会社の利益になる働きをすることの難しさを学んだので。
ぶっちゃけ、実際に会社の収入源となる製品の生産に携わる中卒の現場労働者の方が、やたらコストのかかるエンジニアの私よりも会社にとって利益だった、というわけで。
別に私は、自分の学歴や業績に変なプライドを持ってたわけではないし、マウントもとってなかったし、むしろ言語能力で卑屈になってたくらいで、現場の人たちへのリスペクトも示していたつもりではあるけど、それでもその現実には凹む。
一昨日はあるご家庭を訪問させてもらい、昨日は友達に遊びに来てもらったのだが、一昨日会った方は、組織の予算が4割カットになった結果、ご自身の雇用が不安定になってて半年先も状況は不測、昨日会った友達は同じく失業中の身分なため、二日連続でこの度の解雇についてぶちまけさせてもらい、いずれも自分のことのように私の苦しみに共感してもらって、ものすごく嬉しかった。
特に昨日は、友達も同じ失業保険基金に入会していることを知り、かなりプラクティカルな情報も聞けて本当にありがたかった。
なんたって私は、どの基金の会員なのかもはっきり認識してなかったくらいで。。。20年以上会員なのに、手続きやどのようなシステムなのか全く理解してなかったという。。
今日は、まずタイヤ交換と年間チェックのためにワークショップに車を持って行き、お昼過ぎに血液検査のアポがあったので、いい天気だし4kmの道のりを徒歩で行こうと歩いていたら、なんと途中で、ジョギングしている元同僚に遭遇した。
その元同僚は、年末の頃Linkedinで解雇になったことを知り、その翌日にショッピングセンターでバッタリ会ってちょっと立ち話をしたが、割と近所に住んでいたらしい。
早速この度の解雇について話したら、彼もまた前職のコンサル会社でパイプラインが細ってきていることを案じ、製造業の会社に転職したらわずか半年で解雇通知がきたという。まったく同じ。。。
現況についても聞いたら、ビジネスを立ち上げたものの、まだ客がついているわけではなく、しかし子供も小さいので、失業保険がもらえる2年間は、よっぽど条件がよく自分が興味が持てるポジションしかアプライしないとのことだった。
でも、最近、子供が保育園でトラブルがあり、転園してやっと落ち着いたらしいが、子供のことの方が仕事よりもよっぽど大事だという。さすが、、、と感心してしまった。
失業中でも、全然こたえてない、リラックスしている元同僚を見て励まされた。
失業2日目
まずブログを書いて状況を自分の中で整理し、5年前のCVをアップデートし、新しいプロジェクトのリーダーとメールでやり取りした。
彼らの新しいラボは6月中旬まで稼働しないのでラボタスクはできず、しかも無償であっても化学薬品で実験するとなったら保険はかけないといけないので実は結構面倒だが、リモートの仕事だったら、非公式にでもすぐに始められると。とりあえず来週かイースター明けにオンラインミーティングをすることにした。
そのプロジェクトリーダーとのやり取りで、この度の解雇について思うところが色々出てきて、お昼に彼の会社に行き、別棟のカフェでお茶をした時にまたまたぶちまけた。
家に帰り、Linkedinでジョブサーチにかけてみるが、本当にrelevantな仕事がほとんどなく撃沈。
興味がある会社どころか、そもそも仕事があまりない。
これは、と思ってもユランだったり。
かかりつけ医とのアポがあったので、クリニックへ。
看護師さんと、骨粗鬆症専門の医者に、先日総合病院で受けたDXAによる骨密度の評価をしてもらい、大腿骨頸部を骨折した割には骨密度は低くなく、ビタミンDの量も高くなったので、それほどクリティカルではないが、一応薬の処方をし、その前後で血液検査をして骨の形成がされているかを評価するとのこと。
そして帰ってきて、再びジョブサーチをし、完全にrelevantではないが、アプライできそうな仕事はいくつか見つけたので、来週そのためのカバーレターを書き、アプライすることにした。
また、自治会のFBグループで地域熱供給の導入を今回はしない、というポストを見かけたので、え、すでにその決断をしなければならないわけ?と慌てて調べてみる。
そしたら、すでに地域熱導入の申込期間は過ぎていたことが判明、しかしまぁ、ポストで見る限り、思っていたよりも高そうだし、実際導入されてから問題が浮上する可能性もあるので、様子見もしたいし今回はいいか、と。
それに二人暮らしのせいかガス代も全然かかってなくて、多分倍の値段になってもそれほど痛手はない感じ。
、、とあっという間に夕方になっていて、一応専業主婦?なのに、主婦としての仕事は何もやってないのだった。
試練2
このブログを読んでくれているリアル友達にはほとんど知らせたのだが、実は、水曜日、なんと私の53歳の誕生日に解雇されるという憂き目にあったのだった。
一番大きな理由は、今の工場長が新しい工場の工場長の兼任はできないとして、社長の実弟を雇うことになり、確実に私よりも人件費が高い人を入れる結果、50代シニアエンジニアとして決して安くはない私のポジションをなくすことにより、そのコストを削減するためである。
社長自身はもちろん、30歳の次期社長の報酬もそれなりのはずで、さらに家族一人を増やし、人件費コストのキャパが超えたのだろうと思われる。
私は3つのグラントプロジェクトを持っていたし、ボスニア人のラボテクニシャン並みに分析スキルをつけてきたので、まさか解雇されるとは思ってもなかった。
しかし、社長にとっては、フィードバックをクリティカルに求められないグラントプロジェクトは私が欠けてもお金は自動的に入ってくるし、分析に関しては、私もずっと思っていたけど、実はそこまで重視されていないことを薄々感じていて、それなりにお金のかかる私を持っていることの価値を見出さなくなったのだと思う。
もし、プロジェクトと分析業務のほかに、営業スキルや、工場を動かすスキルを持っていれば話が別だっただろうけど、残念ながら私にはその能力はなかった。
社会人になって28年、簡単に解雇されるデンマークでも23年間解雇されたことがなかったので、初めての解雇は大ショックで、体を動かすのに数分かかり、最初にやったことは、元同僚と、新しいプロジェクトのパートナーに電話したこと、別の知り合いにもメールを書いて仕事を探してますアピールをし、荷物を片付け、パソコンのデータをきれいにし、鍵とパソコンを返して会社を出て、彼をピックアップして家に帰ったのだった。
とてもじゃないがご飯を作る気力はなく、外食することにし、パソコンを探しにショッピングセンターに行ったが、プライベートで持っていた、ネットを見るためだけに使ってたMacBookを仕事にも使えるようにOSをアップデートすることに決め、外食では食欲はなく、禁断のビールを大量に飲み、誕生日の夜はついぞ寝ることはできなかった。
給料は来月から3ヶ月間補償してくれることになったが、実質翌日から無職状態になり、家にいても気持ちが滅入るだけだと思ったので、ちょうど工科大学でジョブメッセのブースに立つ彼につきあって一緒に大学に行くことにしたのだった。なんだったら、知り合いにも会おうと。
イースター明けにコムーネが我が家に来るので、弁護士から地下室からベッドや椅子をなくしてして欲しいと言われたので、彼がベッドを解体し、マットレスはロフトに。弁護士に確認したら、ここに置くのは大丈夫だとのこと。
コムーネが来る時に、弁護士と建築スペシャリストも来てくれることになり心強いけど、その時間給も加わって今までのトータルで50000krは超える見込み。ま、しょうがない。
ホルムズ海峡は戦争が終わったあとも元通りにならないと言われていて、さらなる経済危機に陥ることは必至、もし彼までも職を失ったら流石に家を手放す以外はなくなるだろうけど、この試練を乗り越え、私と彼のユニットを守り抜きたいと思う。
国政選挙
昨日は国政選挙の投票日で、わたしは勤務のあと、投票に行ってきた。
先月告示されたときは迷いに迷ったが、この度のイランの戦争で石油危機に陥ったことで、やはり石油をメインにしたエネルギー政策に限界を感じ、もともと山が好きで気候変動も肌で感じるようになったこともあり、気候変動対策をもっとも重視しているラディケーレに投票することに決めたのだった。
ラディケーレは理想主義すぎて、プラクティカルではないと思ってたけど、もういよいよ、目先の利益だけを言っていられなくなってきた時勢になっているわけで。
長期的な視点でみれば、物価高は避けられず、エネルギー消費を抑える姿勢をもたなければならない。
そして夜、テレビで選挙結果をみていたのだが、、、、
投票締め切り時間20時には出口調査の結果が出て、左派ブロックが83席、中道が14席、右派ブロックが78席と出て、開票してすぐ右派と左派の数が逆転したものの、すぐに左派が優勢になり、23時半頃には開票が終了、このような結果になったのだった。
出口調査からの推測がそう遠からずというのもすごいと思った。
わたしが投票したラディケーレは全国で9番目だったが、、、
わたしの選挙区では3番目に多かった。
逆にデンマーク民主党や市民党みたいな極右政党が少ない。
ラディケーレは、中道政党だが、もっとも移民に寛容で多様性を許容する政党で、日本人がイメージする極左政党だと思う。実際名前もラディケーレベンスタで「極左」を意味する政党名なのだが。
コペンハーゲンやフレデリクスベアでも人気で、どうも学生街で人気があるっぽい。
結局、現首相のMette Frederiksenが政権成立のコーディネーターに指名され、穏健党を含んだ左派政権の成立を目指すという。
穏健党は左派だけ右派だけの政権をヨシとしないので成立するかは不明だが、左派グループは穏健党を政権に含む意思はないので、右派と一緒になる方がまだ現実的である。
ラディケーレも政権に入ってくれるのを祈るばかりである。





























