試練2 | いまのしゅんかん

試練2

このブログを読んでくれているリアル友達にはほとんど知らせたのだが、実は、水曜日、なんと私の53歳の誕生日に解雇されるという憂き目にあったのだった。

 

一番大きな理由は、今の工場長が新しい工場の工場長の兼任はできないとして、社長の実弟を雇うことになり、確実に私よりも人件費が高い人を入れる結果、50代シニアエンジニアとして決して安くはない私のポジションをなくすことにより、そのコストを削減するためである。

社長自身はもちろん、30歳の次期社長の報酬もそれなりのはずで、さらに家族一人を増やし、人件費コストのキャパが超えたのだろうと思われる。

 

私は3つのグラントプロジェクトを持っていたし、ボスニア人のラボテクニシャン並みに分析スキルをつけてきたので、まさか解雇されるとは思ってもなかった。

しかし、社長にとっては、フィードバックをクリティカルに求められないグラントプロジェクトは私が欠けてもお金は自動的に入ってくるし、分析に関しては、私もずっと思っていたけど、実はそこまで重視されていないことを薄々感じていて、それなりにお金のかかる私を持っていることの価値を見出さなくなったのだと思う。

もし、プロジェクトと分析業務のほかに、営業スキルや、工場を動かすスキルを持っていれば話が別だっただろうけど、残念ながら私にはその能力はなかった。

 

社会人になって28年、簡単に解雇されるデンマークでも23年間解雇されたことがなかったので、初めての解雇は大ショックで、体を動かすのに数分かかり、最初にやったことは、元同僚と、新しいプロジェクトのパートナーに電話したこと、別の知り合いにもメールを書いて仕事を探してますアピールをし、荷物を片付け、パソコンのデータをきれいにし、鍵とパソコンを返して会社を出て、彼をピックアップして家に帰ったのだった。

 

とてもじゃないがご飯を作る気力はなく、外食することにし、パソコンを探しにショッピングセンターに行ったが、プライベートで持っていた、ネットを見るためだけに使ってたMacBookを仕事にも使えるようにOSをアップデートすることに決め、外食では食欲はなく、禁断のビールを大量に飲み、誕生日の夜はついぞ寝ることはできなかった。

 

給料は来月から3ヶ月間補償してくれることになったが、実質翌日から無職状態になり、家にいても気持ちが滅入るだけだと思ったので、ちょうど工科大学でジョブメッセのブースに立つ彼につきあって一緒に大学に行くことにしたのだった。なんだったら、知り合いにも会おうと。

 

 
自宅から大学まで3kmちょっと、歩いて行くことにしたのだが、それがとてもよく、あるローカル駅に併設されているベーカリーでお茶もした。
彼と話し、レジャーに制限はかかるものの最悪生活はできるという結論に達し、使ったことのない失業保険組合がどこなのかも確認できたのでそこまで経済的にクリティカルではないが、なんと言っても心配なのは出産前後の1年間を除いて28年間ずっと働いてきた私が、無職という状態に耐えられるかどうかで、歩きながら頭が冴えてきて、ジョブシーキングしながら、同時に、解雇された会社に散々指摘されてきたコミュニケーション能力を伸ばすコースを取ろうとか、時間給でもいいから研究の手伝いをオファーしてみるとか、色々アイデアが湧いてきて、この時勢、職探しは長期戦になるだろうけど、腐らないようにアクティビティを絶やさないようにしようと考えたのだった。
 
大学で彼と別れて、まずはプロジェクトパートナーの研究室にサンプルを届けに行き、一応仕事探しをアピール。でも、必要とされるスキルは私にはrelevantではないので言ってみただけ感。プロジェクトの話をして研究室を後にした。
そして、私の古巣へ。
まず、前に住んでいたアパートの下に住んでいたシリア人の奥さんとキッチンで会い、しばらく立ち話。彼女は手首を骨折して病欠していたそうで、私も大腿骨を骨折したのでその話で盛り上がった。4ヶ月後にディフェンスがあるので、今仕事を探しているがやはり見つからないという。
ラボアシスタントの人も来て3人で立ち話し、一番目当てだった准教授の人が来たので、頼み込んで急遽面談してもらった。
彼女は私の失職にショックを受け、お金はないけど、私に大学に来て欲しいと言ってくれ、だいぶ慰められた。私がお金ではなくアクティビティを欲していることを理解してくれ、時間給で雇えないか可能性を探ってみるとまで言ってくれて、自己肯定感だだ下りだっただけにとても嬉しかった。
 
まだお昼まで時間があったので、友達のお墓に。とにかくじっとしてスマホを見るだけなのは避けたかった。
その友達は、私のことを案じてくれていた人だったので、本当にその通りになったね、と。泣きながら、これを機に、今度こそは自分のことをきちんと省みて、この困難を乗り越えるよう頑張るとお墓の前で宣言した。
 
ジョブメッセに行き、2社ほど話し、1社は15年くらい前にクライアントだった会社だったので、今の状況を聞き、感慨に耽った。
もう1社は分析サービスの会社で、もう分析はお腹いっぱいで興味はないけど、とりあえずアプリケーションは送ろうと思った。
 
彼のブースに行って、一緒に食堂にランチしに。
最後の1時間半はずっと学生の相手で忙しかったという。しかし、AIのポジションは、逆に将来ポジションがなくなるのではと考察。
 
家に帰って、全然寝れていなかったのでしばらく寝て、私のCVとカバーレターのドラフトをピックアップし、前日苦戦したOSのアップデートをして、CVを書く作業をする環境を整えた。なんと6年間もアップデートを放置していたので、やたら苦労して彼がやってくれたのだった。ありがたい。。
学生の時はMac使いだったけど、社会人になってからはPCオンリーだったので、システムのアップデートも自動だったし、ちょっとした作業でも骨が折れる。。
 
夕飯を作る前にコミュニケーションコースを調べてみたら、プライベートだと15000krとかから。エンジニア組合のコースは無料だが、まだ会員だと思ってたら会員になってなく、調べてみたら1年間引き落としがなかった。退会申請してからも1年以上引き落とされていたし、メールだけはずっと来ていたのでまだ会員だと思ってた。。。でも失業中の今、年間4300krとか痛い。。
失業保険を受給するようになればコースがあるようなので、その時まで待つか。。
 
あとは、時間給の仕事オファーのメールを書いたり、自分のサブスクをチェックしたり。早速、TV2 Playのサブスクを脱退。娘のサブスクもいい加減移すことを考える。
 
そういう作業をしながら、やっと気持ちが落ち着いてきて、やっぱりあの会社は私には向いていなかったという事実をだんだん認められるようになってきた。
仕事そのもの以外にやたら気を張ったし、くだらないことにエネルギー費やされたし。分析の検量線の標準液を作るのに、少しでも外れると怒られるので、ピペットとスケールを使って正確にやろうとしたら意味がないと怒られ、挙句にManipulateしたりとか、細かいエピソードはてんこ盛り。Manipulateは多かったので、確かに分析そのものの意義は失ってたなとも思う。
彼が仕事で難しい問題解決をしているのを見ると、そこは私のエンジニアとしての成長はできない場所だった。新しいプロジェクトだけは心残りだが。
 
ただ、私が期待していたことの経験はできなかったので、それは素直に私の能力不足としか言いようがなく、この失業期間は反省会を含めた充電期間にしたいと思う。
 
解雇の前に、ドイツ在住のクリスチャン友達が、骨折や不法建築などの一連の出来事は、我が家を小さな教会にしないためのサタンからの嫌がらせで、一応それを神が認めた、私への試練だと言ってて、そのメッセージを送ってくれた翌日に解雇されたので、わーー本当に友達が言ってた通りじゃん!とも思ったのだった。一瞬、家を手放すことも考えたので。
友達に連絡したら、「やっぱり!」とのこと。
彼女は、去年の9月に我が家に泊まりにきてくれたのだが、家の居心地良さだけでなく、私と彼の信頼と尊敬に満ちた愛のある関係を見て、この家は絶対いい教会になる!と思い、その過程で絶対サタンのターゲットになると思っていたら、不法建築の件でやっぱり!で、解雇ときて確信に至ったそうである。
 

 

イースター明けにコムーネが我が家に来るので、弁護士から地下室からベッドや椅子をなくしてして欲しいと言われたので、彼がベッドを解体し、マットレスはロフトに。弁護士に確認したら、ここに置くのは大丈夫だとのこと。

コムーネが来る時に、弁護士と建築スペシャリストも来てくれることになり心強いけど、その時間給も加わって今までのトータルで50000krは超える見込み。ま、しょうがない。

 

ホルムズ海峡は戦争が終わったあとも元通りにならないと言われていて、さらなる経済危機に陥ることは必至、もし彼までも職を失ったら流石に家を手放す以外はなくなるだろうけど、この試練を乗り越え、私と彼のユニットを守り抜きたいと思う。