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Letbaneの開業

今日、Letbane(トラム)が開業し、今日だけ無料で乗れるということだったので、娘にも来てもらって、姪と3人で地元の街に行った。
 
 
センター駅のプラットフォームは混んでいそうだったので、大学まで車で行って乗ることも考えたが、意外と乗れそうだったので、まず大学方面のトラムに乗り、終点駅まで行って引き返し、そのまま逆方向に、去年まで住んでいたアパートの最寄駅の次の駅まで乗り、そこでまた引き返してセンター駅まで戻り、少しお茶をして帰ってきた。
 
あまりの乗客で少しずつ遅れていき、だんだんトラム同士の間隔が狭まってきて詰まってしまい、終点駅の次の駅で、10分くらい停車し待たされてしまったが。
 
トラムそのものはどってことはなかったが、なんせ去年まで私の生活圏だったところだったので、それに対する感慨の方が大きかった。

 

 
街の駅の近くのトンネルだが、元々ここは、私が23年前に初めて自転車を買った自転車屋の店舗を潰して作られた線路である。
上は、高速道路と近郊電車の線路があるのだが、元からあるトンネルを作り直してLetbaneが通れるようにすると思いきや、まさか店を潰して線路を引くとは思わなかった。トンネルを作り直すよりむしろ容易だったのかもしれないが。
ただのトラムでも、こういう難易度の高い工事の箇所がいくつかあり、工事費が高くなるはずである。
 

 

にもかかわらず、私が懸念していた通り、需要は見込めず、当初、一日43000人の利用客があるだろうという見込みが大幅に下方修正され、1日12000人しか使わないだろうとの予測らしい。

まぁ特に工事中は、Letbaneが引き継ぐことになるはずのバス路線はカオスだったので、自転車か車にシフトした人も多かったからだと思われる。あと、公共交通手段が滅茶苦茶高くなったので、車の方が実は安いというのもあったり。特に今は電気自動車の人も多く。電気自転車に乗る人も増え、自転車での移動もますます容易になった感じ。

Letbane建設が決定されてから15年、時代は変化した。

 

うちのコムーネは、工事費爆上げで最後までよく思っておらず、そのせいか、今日のイベントもたいしたことなかった。隣のコムーネの方がコンサートもあったり盛り上がっていたらしい。

 

トラム経験は楽しかったが、、、ちょっとしょっぱいスタートではあった。

職探し

契約終了まであと2週間ちょっと。

だいぶやるべきタスクも削られたので、今までのデータを整理するのと同時に職探しに関して色々と動いている。

 

1. 知っている会社にコンタクト

3社くらいに当たったが、1社は可能性を探ってくれるとのこと、1社は、私の方から調査して連絡することになっている。Claudeが使えるうちにやらないと、、、

あと、知人が募集のポストを上げていたので連絡したところ、すでに別の人に決まってしまってたとのこと。まぁ、エンジニアの仕事でも何でもない門外漢の仕事だし、条件は悪いしで、そもそも私がアプライするような仕事でも無いのだが。

 

2. オープンポジションにアプライ

Claudeを使ってアプライしてみたかったので、とりあえずCVを更新して、あまりrelevantではないがあるオープンポジションにアプライするべく、ClaudeにCVとポジションの説明書きと、会社のサイトのリンク先と、直近で書いたカバーレターを添付して、カバーレターを書いてもらった。

明らかにrelevantではない書き方になったので、ちょっと関連つけようとCVを少し変えて、再度カバーレターを書いてもらい。

今日、会社の採用プラットフォーム上でアプリケーションを送った。

Claude、文章を考えてくれるだけあって、滅茶苦茶省エネ。もちろん、内容は自分で考える必要があるが。

 

3. 共同プロジェクトの企画

義妹の会社と、知人の研究室で、日本ーデンマークのグラントのアプライをできるのでは、と、ガチに考え始めた。

来週、義妹ら家族がデンマークに来るので、木曜日に、コペンハーゲン大学の訪問のアポをとった。

仕事が好きで、社畜に化している義妹、大学訪問の機会を得て大歓喜。

実現するかはわからないが、動くの、楽しいかも。

 

4. 他の収入源の模索

実は、ある人に部屋を貸す話が浮上し、一生懸命家を掃除して一応見てもらったが、別のアパートで契約する流れになったとのこと。かといって他に積極的にテナントを探す気はないので、また機会があれば、という感じ。

それとは別に、投資口座を流石に作らないと。。。

 

今週から本腰入れ始めたので、結構疲れた、、

20代女子との集まりで

ワーホリ中の姪が我が家にいる間に、同じ20代の子を集めたいと思い、娘と3人の日本人女子に声をかけて食事会をやったのだが楽しかった。

7人分、、ということで、お惣菜何種とかではなく、一度に大量に作れるカツカレーとポテトサラダを用意したが、喜んでくれてよかった。

 

50代60代しかいない前職から、20代30代しかいない現職に移って思ったことでもあるけど、今の若い人って、私の年代よりも、自分と相手の間のボーダーに意識的で、概して礼儀正しく、相手をきちんと尊重する傾向があるように見える。もちろん心のうちは推し量れないが少なくとも表面上は。

私の年代および、それ以上の年代は、より自分にとっての正しさを表立って主張することに躊躇しない感じがする。

 

今の若い人の方が、人生のオプションがあることも関係しているのかもしれない。

人それぞれ違ってて当たり前という感覚があるように見える。

 

私の年齢あたりで就職氷河期に入っていったので、いろんなオプションが増えていったはものの、進学して就職して結婚して子供つくって定年まで同じところで働いて、という人生の道を無意識に前提としてあって、社会情勢によって結果的に別々の道に分かれていった感じがあるけど、今は最初からいろんな選択肢の中から選ぶというか。

 

今思ったけど、もし、私が大学3年生の時に氷河期じゃなかったら、親の圧力もあったし修士に進学せずに学士でそのまま就職し、こんなアウトロー的な人生ではなく、もっと王道の人生を歩んでいたのかな、と。とはいえ、最初の結婚相手とは、修士の時に研究室で一緒の人だったから、学士で就職してたら結婚してたかは不明だが。

 

彼らは、結構いろんなことを真面目に考えていて、興味深かった。

 

基本的にあまり考えずに突き進んでいた私の20代はもっと薄っぺらくて、、、

30歳でデンマークに移住した時に、自分のあまりの教養のなさを認識して愕然とした記憶がある。

 

暗くなりがちな今の時勢だが、しっかりとした若者たちとの交流で、光明が見えるような夜だった。

今後の予定と、姪の一時滞在

契約終了まで3週間切ったので、流石に重い腰を上げて、職探しを再開した。
まずは、知り合いにメールを送り、同時にジョブアナウンスをチェックすること。
しかし、相変わらず私に合う仕事はなく、厳しいことはわかる。
 
昨日委託しているところからの分析データをもらったので、今日、試しに、Claudeで詳細の実験条件を書いてその結果を予測させてみたところ、ほとんど当たっていて、その実験に費やしたエネルギーは、、、と思ってしまった。
今後は、実験にかかるコストを10分の1に減らせると思う。
そして、エンジニアとしての存在意義は、、、と考えさせられた。
 
ちなみに、前々職の元同僚に連絡してみたところ、未だかなり厳しいらしい。
コンサル業なんて、これほど生成AIのクオリティが上がってしまったら、影響受けやすい業種だと思う。
 
とりあえず、ピックアップしたポジションに、Claudeを使ってCVとカバーレターを作ってアプライするつもりだが、今度は職探しがもっと長引くことを想定しつつ、いろんな道を模索しようと思う。
 
- 課題になっている地下室の湿度問題に対し、ベンチレーションシステムを構築しながら、電気回路などを学ぶ
- あることで起業することを考える
- 茶道の道具を木工で自作しながら、設計作成および加工スキルを磨く
- 失業手当以外の収入源ソースを考える
- 教会のボランティアにアプライする
 
地下室は、すべての部屋の湿度をモニタリングしたところ、やはりフローリングの部屋とタイルの部屋では5-10%も湿度が違うことがわかり、床の断熱がされていないタイルの部屋がある北側の方が湿度が高い傾向が見られた。
しかし、北側に限って、水と温水パイプが密集していて、しかも玄関もあったりするので、換気扇を設置するスペースはあまりないし、インフラパイプの集中で穴を開けるのも怖すぎる。
なので、空気の循環がされるようなシステムを作った方がいいな、というのが私たち夫婦の結論。冬になる前に材料を揃えて、テストができれば、、と思っている。
 
他は、木工作業は完全に未着手だが、それ以外は何かしら動いていて、無職になってもアクティビティは絶やさないようにしようと思う。
 
*************
 
昨日、今月末に日本に帰ってしまうワーホリ中の姪が、オーフスのアパートを引き払い、我が家にやってきた。
大きな荷物で大変だろうと、コペンハーゲンのバスターミナルまで迎えに行ったが、スーツケース一つにバックパックと小さなカバン一つで収まっていて、意外に荷物は少なかった。
服もかなり処分したようで、ほとんどスーツケース一つにまとめられたらしい。半年もいたのにすごい。
 
姪は、最後にはほぼフルタイムで働くなど、かなり重宝されたらしく、盛大な送迎会も開いてくれたという。
仕事で英語を磨いただけでなく、語学学校にも通いモジュール1も終えたので、デンマーク語も少しだけ聞き取れるようになったそうだ。ま、まじか。。。
 
半年間だけで、これだけの収穫を得た姪に対し、叔母としては誇らしい気持ちである。
最初から、ビザの申請だけでなく、住むところを探すのも、住民登録の手続きも、銀行口座の開設も完全自力でこなしていて、しっかりした姪だなと感心していたが。ちなみに彼女は全然SNSをやってない。
 
裏庭のブラックベリーを喜んで収穫してくれたので、寒天寄せを作った。
 
 
実は、同じものをCTO宅でのバーベキューにも持参したのだが、機会を逃して食べてなかったので、作ってみたかったのだけど。
うまい。CTOも気に入ったそうで、レシピを聞かれたのだが。

Vejrhøj 100マイル

今週末はイベント尽くしで、プライドやIronmanレースがあり、自転車180kmに近くの幹線道路がコースに含まれているので、賑やかな音が聞こえてくる。
ちなみに、同僚の一人は、金曜日に、swim 400m - bike 18km - run 4kmという、Ironmanの1/10バージョンのプレイベントに参加したらしい。これくらいで始めるのはとてもいいかも。
 
一方で彼は、毎年参加している草レース、Vejrhøj Enduretrail 100milesに行き、金曜日の夜に家を出て、土曜日に日付が変わる時間にスタートした。
 
去年は出張があったり、友達が泊まりにきたりしてバタバタしていたので見に行かなかったが、今回は私も何も予定がなかったし、毎回大体日曜日の早朝にゴールするから、冷たいビールを持参して彼のバンの中で車中泊して彼のゴールを待とうかな、と思い立った。
 
しかし、14時前に3周96kmを走り終わって、4周目スタートしたというメッセージが入り、あれ、いつもより早くない?と思ってたら、、、
 
3年前は、16時20分頃に4周目スタートしている。
調べてみたら、去年は15時49分、一昨年は15時頃に3周終わっている。
 
なんと、19時42分に4周終わって、20時前に最終ラップをスタートしたとのこと。
は、早い!!
 
過去4年の記録を見ても、
2022年:22時28分
2023年:0時18分
2024年:20時53分
2025年:22時58分
に4周ラップ終了とあるので、一番早かった2年前よりもさらに1時間以上も早く、過去最速ペースである。
 
慌てて準備を始め、シュラフをとってきて、冷えたビールを保冷剤とタオルと一緒に保冷バッグに詰め、20時半頃に家を出て、近くのガソリンスタンドで満タンにし、100km弱ほどある会場へ向かった。

 

22時頃に会場に到着、彼のバンの横に駐車。

 
ヘッデンを忘れたので、スマホのライトでトイレに行き、夜間は自動で施錠されてしまうせいか、枝をつっかえ棒にしてドアが閉まらないようにしてあり、ドアが少し開いた状態だが誰も来ないだろうと用を足し、車に戻ってきて荷物を出し、隣の彼のバンに移動。

 

 
22時半頃就寝。
4周目のラップが6時間弱なので、最終ラップも6時間はかかるだろうと、2時のゴールを予測して目覚ましをかけた。
 
1時半に起きて、ゴールのテントへ。

 

 
車を停めているところは電波が入らないので気が付かなかったが、1時13分にコースの終盤に入っているメッセージが来ていたので、本当に2時くらいにゴールなのかもと、たまに真っ暗な丘の方を眺めながら、基本はテントの中で待った。
(ヘッデンがあれば、森の中で待機もできただろうが、、、ちょっと後悔)
 
そしたら、気がつかないうちに、1時52分にゴール!
は、早い!!
なんと、3位だった。
参加者が少なくてもなかなか届かなかったメダルにようやく!
今年は、バス代とディーゼル代の高騰で行き帰り20kmをジョギングで通勤しているのだが、実は滅茶苦茶いいトレーニングになっていたっぽい。
 
とはいえ、今回も他のイベントのせいか参加者が少なかったのだが。
もしかしたらそれこそIronmanの方に流れて行ったのかもしれない。
彼は、2021年にUTMBがらみで2週間以上アルプスに行ってて参加できなかった以外、2020年からほぼ毎年、100マイルになった2022年からは皆勤賞なので、ブリーフィングで主催者は彼のことを紹介し、なんだったら100マイル以外のレースでも語られていたのか、エイドステーションで話しかけられることが多かったという。
この主催者は、4年前の200kmレースでも個人的にアシストしてくれるなど、何かと彼を気にかけてくれている。
 
私が持参した冷えひえのビールで乾杯したあと、彼はバンの中でブルーシートを敷いて横になり、私はまた100kmの道のりをドライブして自宅に帰った。
4時頃戻ったが、最後の道路がIronmanのコースに含まれていたので、早く帰ってきて良かったと思った。

Letbane

1週間後にLetbaneが全路線開通するので、最近はかなり頻繁に試験運転をしている。

昨日は久しぶりに自転車で通勤したのだが、行きだけでも4本はみたような。

 

泊まりに来ていた友達は開業に間に合わないのを残念にしつつLetbaneを見るのを楽しみにしていたが、金曜日に来てくれた時にわざわざ見るためにドライブしたのに、夕方だったせいか試験運転は全くみられず、しかし月曜日から頻繁に見れるようになって喜んでいたようだ。

 

 
水曜日に大学にランチに行ったら、ちょうど駅に停まっていたので、通りかかるのを待ち構える「撮り鉄」までやってしまった。。
 
娘も楽しみにしていて、開通日には無料で試乗するイベントに参加するべく、実家に帰ってくるつもりらしい。
 
とはいえ、私が住むコムーネは複雑な事情があるよう。

 

 
私もLetbane建設に反対だったが、コムーネ全体も反対していたし、市長も反対していたので、テープカットは断ったらしい。
プロジェクトに積極的だった社会民主党の副市長がテープカットする。
 
11コムーネを巻き込んだ250億円の巨大プロジェクトで、うちのコムーネは距離があるので相当の負担をしたという。
(Hoved Region(市の上になる県のような自治体):43%、Gladsaxe Kommune : 12,6%、Lyngby Taarbæk Kommune : 12,5%、Glostrup Kommune : 7,2%、Herlev Kommune : 6,7%)
 
特に私は、前住んでいたアパートが路線の側で、大学の実験室を使っていたから、Letbane工事にはロギスティックにかなり影響を受けた。しょっちゅう通行止めになるだけでなく、その場所もコロコロ変わるので、行き方を構築してもその変更は何度も何度もさせられた。
Letbaneで道路が真ん中で寸断されたので、恒久的にアパートへの帰り方の難易度は上がった。
 
財政的物理的負担が大きかった割には、それほどの需要がある見込みもなく。
このLetbaneは、もっとも需要の大きいコペンハーゲンに行くための交通手段ではないので、利用者は結構限られる。我が家は路線から離れているので、開通しても使うことはほとんどない。
もしかすると、電車を乗り換えてLetbaneで工科大学に通学する大学生もいるかもしれないが、今でもコペンハーゲンから直接行けるバスの方が人気のイメージがある。
 

 

コロナ禍で始まったイメージだったんだけど、、、、

もう7年前だったのか。。。。

まぁ最初はそこまで影響がなかったので印象も薄かったのかもしれず、家の前で工事をするようになって実際に生活に影響し出したのがコロナ禍だったから、そういう記憶なのかも。

泊まり客が発って

金曜日から滞在していた日本在住の友達が、今日、別の国に移動するべく、10時に家を出て空港まで送り、ちょっとお茶をして別れた。
 
昨日今日と仕事を休んだものの、大したことは何もやってないけど、昨日は盛りだくさんの1日になった。
 
誰かが隣人宅に無断放棄した巨大段ボール箱を切り刻む→ゴミ収集場→買い物→お墓参り→デンマーク工科大学でランチ、声をかけていただいた日本人の方も誘って3人でランチ→友達も呼んで4人でお話し→クラシックカー博物館→職員である友達の友達と少しだけ話す→買い物→夕食準備→プロジェクター制作→庭で日食見学→夕食
 

普通ゴミのコンテナーしかないのに、なぜか段ボール箱の投棄が。宛先を見たら、誰のゴミなのか特定でき、その家に戻そうとも思ったが、どうも引っ越してきたばかりの人らしく、面倒臭いので私が処分することに。

 

そもそも、場所が正しくても、平らにして束にして紐で結ばないと、ゴミ収集車で回収してくれないのだが。。。

結局、運びやすくするために段ボール箱をカッターで小さく切り、畳んでごみ収集場に持っていき処分した。

私って、いいやつだなーー

 

あと、師匠の自宅のキッチン床抜け事件の後、一応気になっていた問題、地下室の湿度。

とはいえ、私は地下室に行くことも滅多になく、問題を忘れがちで何の対策もしていなかったのだが、友達が地下室で寝泊まりする上で、地下室の気温の低さと湿度の高さがとても気になったようで、とりあえずラジエーターの温水を久しぶりに回すことにし、夏で気温が高いせいか、なかなかサーモスタットによる開閉が反応してくれず、時間はかかったものの、なんとか暖房が動いたので部屋を温めてもらい、尚且つ窓を開けての換気をより頻繁にやることで地下室の空気の流れをよくすることに。

 

土曜日に一緒に訪問した友達の家では、去年の秋に引っ越したばかりだけど、地下室にシャワー室があり、3つ換気扇をつけて湿度管理をしっかりしているとのことで、一応情報はもらったが、我が家の場合、日が入らず冷えやすい北側の壁に設置したいのに換気扇を設置できそうなスペースがなく、とりあえず湿度計を買って、しばらくモニタリングをしてみることにした。

 

昨日、買い物でショッピングセンターに行った時に、電器屋で探したが店頭にはなかったので、何でも揃っている生活用品店に行ってみたら、、、

 

たくさんある!しかも安い!
 
ということで、値引きされている80krの温湿度計を買ってきたら、、、

 

ぶっ、液晶ぶっ壊れてるし、、、さすが値引き品。
在庫で長く眠らされている間に、物理的な剥離が起きたのか、、、

 

Modeボタンを押せばなんとか見える。(時間は正しく設定できないので間違っている)
 
地上階と地下を比較してみたところ、地下は地上よりも5度くらい気温が低く、その分湿度が5-10%高めという感じ。
完全に換気している今は、湿度は55%と、適正湿度40-60%の範囲内に収まっていてまぁまぁな環境。ちなみに外気の湿度は49%。
 
しかし、友達が来るまで、戸締り忘れが逆に怖くて換気はたまにしかやってなかったし、今よりも湿っている感覚はあったので、家を痛めることになるクリティカルな湿度、70%よりも確実に上回っていたと思う。
土曜日に地下室の窓を全部開けたら、あまりの寒暖差、湿度差があったせいか、風通しが良すぎて、地下からの風をしばらく感じるくらいだった。
 
換気するだけでだいぶ快適になったが、今後もモニタリングしていこうと思う。
冬になると、クリティカルな温度19度を下回り、湿度も高くなるし、悪天候で換気もしにくくなるので、暖房をつける必要があるし、それでも70%を下回らない場合には、サーキュレーターなど別途装置が必要になるかもしれない。
 
毎年来られるお客さんだけど、今回は特にエキサイティングなお出かけというものもなく、生活感満載の滞在になったが、それはそれで充実はしたものの、私は私で仕事で不安定な状況だったためストレスもかけたかなーとも思う。
 

 

予測した通り、最初にもらった3ヶ月の契約が更新されないことを月曜日に通告され、プロジェクトがなくなってタスクも減って契約が継続されるわけないことはわかってはいたけどやっぱり落ち込んだので、さらに気持ちに余裕がなくなったこともあり。

私の場合、仕事というのは、経済的な糧の意味合いだけでなく、私のパッションそのものなので、経済的にはどうにかなるにしても仕事の喪失感を埋めるものはそうそうなく。

産後に、分析技官というポジションであっても、ラボで仕事を得ることで驚喜したのも然り、恩師の専門書の翻訳を手伝うことでアカデミアに触れたがったのも然り。

その割には、自らプロジェクトを立ち上げるアイデアも持ってないので、それが一層キャリアを継続させることを難しくしてしまってるのだが。

 

その中で、お客さんと一緒に共通の友達と食事したり、大学で4人でランチしたのはだいぶ慰めにはなった。

異なる経歴の話を聞き、ジョブアプリケーションだけでなく、もっといろんなアクティビティもやってみようという気になった。

勉強もしたいし、メンタルを保つためにトレーニングもしたいし。

あと、起業してみようかな、とか。エンジニアリング以外のあるアイデアがあるから、それで。儲かるビジネスではないが。

 

ストレスをかけて申し訳なかったという気持ちと同時に、私の人生について考えさせられる濃い1週間弱だった。

日食

我が家に滞在している友達が見たがっていたので、、、

 

 

これを参考にプロジェクターを製作。

段ボール箱を買いに行ったけど、大きすぎる箱しかなかったので、とりあえず、近々使う予定のインターネットのモデムが入っている箱で。

 

 

しかし、、

 

 

小さくしか太陽が見えないので、もっと投影距離を長くして見るべく、まずはトイレットペーパーの芯で距離を稼ぎ、その後、彼がワークショップで見つけたもっと大きな箱で製作。

 

 

お、結構いいかも!!

 

 

すごい、くっきり!!

 

 

陽が沈むにつれ、木の影に隠れるようになり、脚立で上るわたし、、、

 

やる気なかったのにガチで楽しんでしまった。。

(ちなみに、専用メガネは、本屋で配布していたらしいが、長蛇の列であっという間に売り切れていたそう。)

泊まり客が来てバタバタの日々

娘が退院した日の翌日にゲストが泊まりにきて、翌日に彼女と一緒のアポが二件、日曜日には会社のイベントがあり、月曜日に仕事でちょっと動きがあって、やるべきことができてバタバタである。仕事のことは後日改めて書こうと思うが。

 

 

土曜日にゲストと一緒に友達宅に遊びに行ったが、私はもっぱらボーダーコリーと遊びまくってた。

さすが牧羊犬、働く犬だけあって頭がよく、常にいい位置にボールを持って来て、無視してると、「蹴れや!!」と、どついてくるのでエンドレス。

 

 

私たちが帰ったあと爆睡だったらしい。爆

何時間も遊んであげたからね!

はぁーーーかわいいワンコだった。。。また遊びたい。。

30年前から知り合いの元同僚もシープドッグ飼ってて、可愛かったし。。。誰かが帰ると、群れから離れないための警告のせいか吠えまくったり。

 

ちなみに娘は日曜日のお昼に友達とブランチの約束がありそのまま帰っていった。

穴が残ってるのをそこまで悲観的にはなってないのが何より。実際1月の手術の前より体力はついて、アクティビティの幅は広がってるからそれだけで御の字とも言える。

 

今からまた出かける。

もうちょっとバタバタが続く。

娘の手術と、医療システムで思ったこと

 

 

娘は今日手術して、明日退院する予定だったので、昨日映画を観にいき、今日の夜、差し入れするつもりで、昨日映画から帰ってきてから味玉を作ってたのだが、今日職場でランチをとってたら、今日中に退院するというメッセージが。

慌てて電話したら、カテーテルを入れて心臓の穴を閉じようとしたら肺循環圧が高すぎて閉じれないということになり、手術はキャンセルされたという。穴を塞ぐには遅過ぎたらしい。

子供のうちに治療してれば完治してただろうけど、生まれたときにわかりやすい穴があっただろうに、よく発覚しなかったね、と言われたそうだ。

ちなみに、やはり日本で心臓の穴を見逃されて、小学生の時に症状でやっと発覚したという人曰く、日本では結構よくあることらしい。特に聴診器で判断するのが難しいと。デンマーク王立病院では信じられないという反応されたけど、、、実際、娘の知り合いや友達で5人くらいやはり心臓に穴が開いてて乳児の時に手術して治療した、という人がいると。去年8月に娘はかかりつけ医で聴診器だけで心臓疾患の可能性を検知し、直接近くの総合病院の心臓外科に救急車で送ってくれたほどで。

 

やりたいことだけやって16時くらいに退勤し、家に帰って片付けをして、18時頃に王立病院に来たが、結局退院できたのは19時15分頃だった。

 

なんでも、手術チームの中に日本人医師がいたらしく、日本語で話しかけてきたそうだ。

3年前にデンマークに来たそうだが、なぜ来たのか聞いたら、その方の専門ではこの病院が有名らしく、自分のキャリアの発展のために学びを兼ねて来ているとのこと。

 

私は、やっぱりデンマークの医療の方が日本よりも、レベルが高いし信頼できるな、と思った。

 

その理由は、

 

- デンマークの医学部は日本でいうところの、東大並みに入るのが難しい。高校生の時に3年間の成績がほぼ全てAじゃないと入れない。

- 実は、助産婦の教育も、医学部に入る並みに難しく、医者に匹敵するほどの医療スキルが求められる。娘曰く、デンマークの助産婦だったら、聴診器だけで穴の異変を感知できたのでは、とのこと。

- かかりつけ医がすでにハイレベルの医者だし、そもそもかかりつけ医がどの専門医を紹介するべきか判断しなければならず、幅広いスキルが求められ、限られたファシリティでもそれなりの診断スキルを持っている

- 医療は完全パブリックなので、財源は税金。無駄遣いはできないので、無駄なことはしないし、必要なことしかしない。

 

日本は、今はそうでもないかもしれないけど、私が日本にいた時は、金さえあれば、どんな成績でも医学部に入れるイメージがあり、医者のクオリティの幅は大きかった。

実際に、いい医者に手術してもらえるかどうかは、ネットワークによるところが大きいという。

 

私は日本でも骨折し治療した経験があるけど、やはりデンマークでの治療の方が良かった。

すぐ退院してリハビリにすぐフォーカスさせられたし。

日本でもそういう治療が増えてきているようだが、なぜか入院期間は長すぎるまま。

 

日本の方が医療にアクセスしやすい印象はあるけど、実は逆だという。。。

娘の心臓の穴が見逃されたことはいつまでも根に持ちそうだ。