いまのしゅんかん -3ページ目

Ro til Tro - 信仰によってもたらされる平安

 

わたしは言う。キリストは神の真実を現すために、割礼ある者たちに仕える者となられたのです。それは、先祖たちに対する約束を確証されるためであり、異邦人が神をその憐みのゆえにたたえるようになるためです。

「そのため、わたしは異邦人の中であなたをたたえ、あなたの名をほめ歌おう。」

と書いてあるとおりです。また、

「異邦人よ、主の民と共に喜べ」

と言われ、更に、

「すべての異邦人よ、主をたたえよ。すべての民は主を賛美せよ」

と言われています。また、イザヤはこう言っています。

「エッサイの根から芽が現れ、異邦人を治めるために立ち上がる。異邦人は彼に望みをかける。」

希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。

(ローマ 15:8-13)

 

月曜日の夜、オンラインでの聖書の学びで、パウロが旧約聖書の聖句から、異邦人も神を崇め、異邦人キリスト者も聖霊の力によって希望にあふれるようになったと解釈し(実際には、「異邦人」と書いているわけではなく、「国々」「全ての民」と書いてあって、パウロはそれらを異邦人と解釈した)、その祈りをローマのキリスト者宛の手紙に書いたことについて学んだ。

 

伝道に興味を持っている一人は、その恵みを未信者にも伝えたいといつものように話したが、私は、今はとても苦しくて、正直希望どころではない、信仰を持っていても現実的な苦しみから逃れられるわけではないから、信仰を放棄するつもりもないけど、未信者に信仰による恵みを理解してもらう自信はない、と言った。

 

しかし、今日の夜、昨日ボランティアに行ったいつもの教会で「Ro til Tro」という夜礼拝があることを知り、どうしても行きたいと自転車で行ってきた。

 

写真はイメージだけど、ろうそくの灯だけの夜礼拝は好きなのである。

私が信仰を持ったのは、闇落ちした時なので、私にとって蝋燭の灯がすなわち希望の象徴で、心の平安をもたらしてくれるのである。

現実的な問題を解決してくれるわけではないが、それによる苦しみや不安がかき消され、穏やかな気持ちになれる。

それにピアノの音楽を聴きながらメディテーションする。

 

これからどんどん暗くなっていくが、ろうそくの灯りをたくさん灯して、聖書でも読むかな、、、

失業保険基金イントロミーティング

 

失業手当給付申請したら、絶対参加しなければならないイントロミーティングに行ってきた。

 

しかし、20人ほど集まって、私以外全員デンマーク人で、しかもかなりのシゴデキそうな方々で、かなりビビった。。。

ちなみに、私の隣に座った人は、病院でPhDをやっている人で、当然給料はもらってないが論文はこれから出すとかで、でも医学部出ているんだから、仕事なんてすぐ見つかるのでは、と言ったら、医者でも新卒は特化したものがないので、仕事を見つけるのは簡単ではないとのこと。

エンジニアも割とそうだけど、、、医者もそうなのか。。。

 

そもそも、初回ミーティングでさえ個人でないことに驚いたのだが、私は元々友達から、失業期間はどういう義務があるのか、何をすればいいのか、3ヶ月経ったら連絡窓口が基金からコムーネに移るなど、いろいろ聞いていたので、今日聞いた話はほとんど知っている内容で、個人的なことを聞くチャンスもなく、ちょっとがっかりだった。

いや、ある意味他の失業者の話を聞いてラッキーだったのか。うーん、、、私はちょっと圧倒されてしまったので、なんとも言えない。

 

とはいえ、考えてみれば、今それなりに失業者がいて、一人一人個人ミーティングするのは失業保険基金にとってあまりにも負荷が大きすぎる。

今はプラットフォーム上で便利なツールも充実しているし、一応常にコンタクトが取れるようになっているし、これで十分と言えば十分なのか、、、

 

しかし、さすがデンマーク、失業期間、ただアプリケーションを送るだけでなく、人と会ったり、イベントに参加するなどしてネットワークを広げることを奨励。コネで仕事が決まる事が多い国でもあり。

その可能性ほとんどつぶれている私としては厳しいところなのだが、、、、

 

あと、面接の話にもなったけど、私はそこに行き着けてないので、やはりCVをなんとかしようと。

家に帰ってから、基金が提供するキャリア個人ミーティングを申し込み、キャリアについてとCVの相談をすることにした。

 

また、失業仲間の元同僚と会うアポをとった。

どこかに働いている人の方が好ましいかもだけど、他の失業者目線にも興味あり。

でも、他の元同僚にも会ってもらえるよう頼んでみようかな、、、とか。

この時勢で、コンサル業がどのように影響受けているのかにも興味があるし。

 

当たり前かもしれないけど、やっぱり自分でもっと行動しなければならないと認識させられたミーティングだった。

メンタルがかなり辛いんだけど、個人的なプロジェクト(作務衣作り、茶室の下床設計、染色など)もやりたいし、頑張らないと。。。

教会ボランティア

 

昨日、義両親が日本に帰国し、失業中でも義理ママさんに合わせて毎日早起きしていたのが、今日からそれもなくなり、燃え尽き症候群に陥ったのか、メンタルがめちゃくちゃ落ち、何もやる気が起きず、夕方からの教会ボランティアも気が重かったのだが、結果的に行ってとてもよかった。

 

失業者になってすぐに教会に奉仕希望のメールを送ったのだが、すぐに返事が来て、ファミリー礼拝で夕飯を提供するので、その手伝いをしてほしいという返事が来て、快く引き受けたのである。

20年くらい前に、娘がスカウトに入っており、そのクラブを介して教会の子供礼拝の招待が来て、時々参加してはパスタを食べていたのだった。

 

 
あの時お世話になったのだから、今は私が奉仕する番だとも思い。
 
なんと、81人参加するということで、大量のパスタを茹で、既製品のトマトソースを温め、人参スティックを用意し、パンを温め、テーブルセットし、粉チーズ、バター、ジュースを置き、、、と人海戦術で81人分の夕飯の準備をしたのだった。
17時礼拝スタート、18時に食事スタートということで、私は16時に教会に来たが、もっと早く準備は始まっていたようだ。
 
ちなみに、既製品のトマトソース、私がデンマークに移住した初日に買って簡単パスタを作ったが、あまりの不味さにトラウマになり以来一度も買った事がなかったが、今日食べたら、不味いと思わなかった。なんだったら、結構美味しかった。
あ、あれ、デンマークの味にアダプトしてるということ?
 
しかし、大変だったのは、片付けだった。
なんたって81人分の食器。。。
さすが教会だけあって食洗機は業務用、数分で終わるけど、それでも食洗機がボトルネックになり。
5人で片付けて、19時半に終わった。
 
でも、楽しかった。
単純作業だけど、体を動かすのは楽しい。
それに、おしゃべりもヒュゲリだった。
なんだかんだ、アクティブな教会なようで、活動に参加している人が多い感じ。
私も馴染んでいるわけではないけど、引っ越して一番近い教会ではなくなったのに、この教会に通っちゃっている。まぁ二度目の結婚式も挙げたし、受洗でもお世話になったし。
 
メンタルやばいので、もっと教会に来ようと思った。こういう場所があるのはありがたい。

義両親の帰国

 

彼が骨折から免れ、義両親を無事空港まで送り届け、デンマークを発っていった。

さすがビジネスクラス、事前のオンラインチェックインなしでも、すでに席は確保されているのでカウンターで問題なくチェックインでき、ファストトラックで優先的にセキュリティを通り、ラウンジでゆっくりして飛行機に乗っていったよう。

 

今回は、3年前と違って、我が家でゆっくり滞在していってもらったが、毎朝一緒に買い物に行き、焼きたてパンを買って朝ごはんを食べ、庭仕事をし、味噌も作ったし、旅行にも行ったし、意外と盛りだくさんだったかも。

 

私が用意した夕飯は、、、

 

ニシンの焼き魚、カボチャの天ぷら、山芋とろろ、オクラ、納豆 

コロッケ、納豆、味噌汁
シャケの塩麹焼き、カボチャの天ぷら、冷奴、納豆、味噌汁
 
コロッケはともかく、ほとんど手抜き料理だったのに(納豆があってよかった。。。)、えらく恐縮されて、二度ほど外食でご馳走になってしまった。。。
無職だしそれほど苦ではなかったけど、、、自転車でアジアンマーケットに行くのも気晴らしみたいなものだったし、、
 
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今回、10日間一緒にいて、印象的な話だったのは、やはり今後の生活についてである。
 
義両親は、正式に契約して、今年の年末には高齢者施設の鍵をもらい、来年から少しずつ荷物を動かし、しばらく二拠点生活をし、3年後には完全に施設での生活にシフトすることを考えているらしい。
 
今とても元気なのに、それでもなぜかなり高額の入居権を購入しても高齢者施設に移るのか聞いたら、なんと、義両親の両親4人全員を看取ったらしく、いずれもものすごく大変だったので、子供にとって一番楽になるであろう最後の終わり方を考えて、この購入に踏み切ったらしい。
かなり前から考えていて、複数見学もして、いいと思った施設に空きが出たので買うことにしたと。
 
私の両親もお金はたくさん持っているので、そういうオプションも可能なはずだが、何にも考えていない。
それは、自ら誰も看取ってないので、その大変さをわかってないからだと思われる。
 
それにしても、これで多分義両親がデンマークに来られるのは最後だったはずで、この一軒家を持っている間に来てもらえてよかった。
 
数年後は家を手放している可能性もあるし、なんだったら、デンマークから引っ越している可能性もある。
しかも、それが来年とかでも可能性がないとは言えない。
彼はデンマーク外からのヘッドハンターから問い合わせが来ていて、話を聞きたいという返事をしている。
私も、デンマーク外のジョブマーケットも見ている。
無職だからなんでもあり、みたいな。
 
今年はお客さんラッシュだったけど、それも今年限りかな、と思っている。

骨折疑惑騒動

実は、ヨーテボリ旅行であったトラブルは義理ママさんのスマホ紛失騒動だけではなかった。

彼の骨折疑惑である。

 

ホテルはまぁまぁなところだったのだが、4人が寝れる二部屋の部屋という、イレギュラーな部屋だったこともあるのか、バスルームはやたら大きく、二つの洗面台に反対側に大きな浴槽があって、その横にシャワーがあり、申し訳程度の傾きがついた排水溝が下にあって、さらに幅の広くない仕切りのすぐ横にトイレ、という配置だった。

シャワーを浴槽と仕切りの間でそのまま使う場合、トイレや床をビシャビシャにしそうな感じだったので、全員浴槽の中でシャワーを使い、私は浴槽の中に座ってシャワーを使っていたが、彼は浴槽で立ったままシャワーを使っていたところ滑って転んでしまい、肘を浴槽の蛇口に激しくぶつけ、皮膚がだいぶ裂けてしまったので、とりあえずテープや絆創膏で止血したのだった。

 

しばらくは痛みもそれほどないようで、普通にバスでヨーテボリ観光を楽しんでいたのだが、デンマークに戻る途中から徐々に痛みが増していき、特に義理ママさんのスマホを取り戻してからは、興奮から冷めたのか、余計に痛みがひどくなっていったようで、家に帰ってから辛そうにしていたので、炎症を抑えるイブプロフェンをあげた。

 

翌朝、クリニックに行くつもりだったが、イブプロフェンの効果もあってか、腫れはひどいが具合は悪くなかったので予定通り出勤、しかし午後にまた具合が悪くなってきて、家に帰ってからは悪寒があったり、患部がひどい熱が出てきて、あえてイブプロフェンを飲まずに様子を見ようということに。

 

そして今朝、具合はそこまで悪くなかったが、骨折が怖いので、クリニックのアポなし診療に行くことに。

火曜日のせいか、全然混んでなく、割と待たずに診察してもらえたが、彼が診察室に入って、なかなか出てこないし、なんだったら別の医者が入っていったりして、やっぱりシリアスだった?と心配に。

 

30分くらいしたらやっと出てきて、傷は大したことはなかったが、一応破傷風の注射をし、多分骨折はしてないけど、確認するためにレントゲン依頼を出したから、電話して病院に行くように言われたと。

 

そして、病院のレントゲン窓口に行ったら、まだシステムに登録されていないが、マニュアルでできるのでと、クリニックでもらった紙を渡し、しばらく待って、レントゲン室の待合室へ。

30分しか駐車できないところに駐車していたので、私だけ車に行ってパーキング針の時間を変えて戻ったら、もうレントゲンは終わっていて、画像の診断待ちだと。

10分ほど待ったら、受付の子に、骨折は見つからなかったという診断が下りたので、もう帰っていいです。その結果は、自分でクリニックに伝えてください、と言われ、家に帰ってきたのだった。

 

よかった、、、、

もし骨折していたら、即時に治療が始まると聞いていたので。

今日は、夕方に義両親を空港まで送りに行くことになっているので、もし骨折していたら面倒なことになってたな、と。

 

それでも、骨折疑惑であっても、こんなにスムーズに事が進んで何よりである。

彼は以前肘を痛めた事があり、やはりその時もスムーズだったし、日本ではやたら待たされたり、無駄な検査を受けたりという経験があったので、デンマークの医療システムを好ましいと思っていたようだが。

私も骨折での対応や、娘の心臓の治療を経験してきて、無料なのにこのサービス、と感動してきたけど。

 

のんびりするはずだった義両親のデンマーク滞在もいろいろあったけど、いずれも大事に至らずよかった。

ヨーテボリ2

昨日は、Hop-on-Hop-offのバスでヨーテボリ観光した。
最近はどの都市にもあって、見どころを隈なく回ってくれる便利なバスである。
私たちは、アテネに行った時、AirBnBに滞在で最終日、飛行機の時間が遅いのにチェックアウトの後、猛暑の中荷物の預け場所もなかったので(私と夫は移動しやすいバックパックだったが、娘は肩掛けのバッグだった記憶)、バスだと陽射しも避けられるし、荷物を持ってても簡単に見どころを見れるということで利用したことがある。
 

一番乗りで2階の最前列の席を確保。

 
全く予習せずにヨーテボリにきたので、バスの中でイヤホン越しで流れてくる案内を聴いて初めて知ることがたくさん。
ヨーテボリという名前から、てっきりゴート人の町として古代から栄えてきた歴史のある街かと思っていたが、実際には、カルマル同盟解体後に始まったスウェーデン王朝の3代目グスタフ2世アドルフが、1621年に、スウェーデンがスカゲラク海峡や北海にアクセスするための重要な街として作ったらしい。
後から調べてみたら、ヨーテボリという名前は、北欧神話でヨーテ人の領地という伝承からついただけで、その証拠があるわけではないよう。古代から住民がいたことは確実らしいが。
 
最初から貿易港として栄えていたわけではなく、18世紀にスウェーデン東インド会社が設立されて以降、アジアとの貿易も盛んになったらしい。
 
要塞の周りに7mの壁があったそうで、一部が残っている。

 

 
コペンハーゲンもそうだけど、中世の時代に土木技術で進んでいたオランダ人がだいぶ関わったようで、意外に可愛い雰囲気のある街だった。
高速道路からは味気ない無機質の工業都市の様相しか見えないので、わざわざ訪れる興味もなかったわけで。。。
少なくとも、バスが通るところは可愛いところばかりだったので、予想外にいいツアーだった。

 

とりあえず1周し、2周目で、とてもコジーなところだというHAGAの近くで下車。

 

 
お茶をして、目抜通りをぶらぶら。
ウッドハウスはデンマークではあまりなく、いかにもスウェーデンっぽい建物が並ぶ。
 
その後、Hop-onのバス停があるJärntorgetに行ったのだが、私はデンマーク語だとJern=鉄道で、てっきり鉄道駅のことかと思っていたら、直訳通り、「鉄の広場」で、今はトラムの発着場でもあるスクウェアだが、かつては港から輸出する鉄の重さを量る秤があった場所であるらしい。
さすが鉄鉱石を資源に有する国だけある。これまた需要が大きくなったのは、産業革命以降の19世紀からとのことだが。
 
思ったよりも収穫のある楽しい旅行だった。

スマホ紛失騒動

ヨーテボリ旅行の続きを書きたいところだが、それ以上に印象的なエピソードがあったので、それを先に書くとする。
 
実は、昨日、デンマークからスウェーデンに渡るフェリーの中で義理ママさんがスマホを置き忘れてしまい、気がついた時にはすでにスウェーデンで100kmほど走行していたので、引き返しても取り戻せないだろうと諦め、紛失モードにしていたのだが、サーチしてみるとフェリーの中にあり、まる1日経っても、帰る頃になってもフェリーの中にあったので、いっそのこと探してみようと、スマホがあるはずのフェリーに乗れるように、ヘルシンボーに向かったのだった。
 
が、10分前に着いてすでに多くの車が列をなして待機しており、嫌な予感が的中して、目当てのフェリーには乗れず、次のフェリーに乗らざるを得なくなり、デンマークにとりあえず渡ったら、彼だけスマホのあるフェリーに乗って探すことにしたのだった。
 
デンマークに戻りフェリーから降りて、1km以上離れている人の乗降場まで行き、彼をドロップオフし、1時間以上待つことを考えて、私たちはHelsingørのStreet Foodへ。
 
 
トイレにすぐに行けるからと、初めて来てみたが、スペーシーでソファがたくさんあって、かなり快適に待機できそうと、ソファーに座りかけたら、彼から電話があり、なんとスマホが見つかったという!
しかし、本人確認ができないと返せないというので(そりゃそう)、人の乗降場まで義理ママさんを連れて行くべく、すぐに車を出したが、ちょうどその周辺が大工事でなかなかアクセスできず、やっとママさんを連れて行って彼に電話したら、日本語の表示だし、通話できないしで、信じてもらって返してもらったとのこと。
 
なんでも、彼は往復チケットを買って、母親のスマホを探したいとスタッフに言ったところ、割とすぐに見つかったと言ってきたらしい。
多分、誰かに拾ってもらって、フェリーのどこかに保管されていたのだろうとのこと。
てっきり、拾われていたとしても、Helsinborgか、Helsingørのいずれかの港で保管されていると思っていたので、フェリーの中にずっとあることを知って、誰にも発見されずにわかりにくいところに放置されているのだろうと思ってた私たちである。
チケットを買ってしまったものの(とはいえ、人だけだと大した金額ではない)、フェリーにも乗らずにスマホが戻ってくるとは思っていなかったから、嬉しいサプライズだった。
 
スマホを取り戻してから、一瞬だけ来たStreet Foodに再び。

 

 
ビールとラーメンを買い、夕飯にして家に帰ってきた。
スマホ騒動がなければ、寄らなかった場所なので、いい穴場を見つけてかえってよかったかもしれない。
 
彼も相当の忘れ魔で、今まで散々財布やスマホを忘れたり落としたりして、Galdhøpiggenで落として30分捜索に費やしたり、関西空港で財布を飛行機に忘れてスタッフの人に持ってきてもらったりとか、色々やってきたのだけど、そういう遺伝子なのか、、、と妙に納得もしたし、今回は半分楽しんでいたかもしれない。
まぁ、義理ママさんのスマホは、SIMロックの上、海外では電話さえもできない通信機能のないスマホで、5年以上古いモデルで、悪用されることはないだろうと思っていたし、決済機能も入れてなく、私たちのようにスマホでなんでも済ますという感じではなく、まだアナログで生活しているおかげでスマホがなくても生活には支障はなく、紛失したとしてもすごく困るわけではないことがわかっていたから、というのも大きいが。
最初は、盗まれたことも疑ったけど、ずっと追跡できていたから、ただ忘れていただけということもわかっていたし。
 
それでも、日本に帰って新しいスマホを買ってセットアップして、、、というのは面倒臭いので、スマホが戻ってきてよかった。。
娘がスマホを盗まれた時は、保険のおかげで金銭的な損害はそれほど被らなかったとはいえ、目当てのスマホをその日のうちに入手する、というのは結構大変だったので、無くさないことにいいことに越したことはない。。
 
旅行そのものより、印象的な思い出になりそうである。

ヨーテボリ

義両親がスウェーデン未踏だというので、ヨーテボリ一泊2日のプチ旅行に来た。

 

 

ノルウェーに行くたびにヨーテボリは散々スルーしてきたが、高速道路から見えてて興味があったVolvoのミュージアムに行きたいと初の訪問。

 

 

この車だったような気がするのだが、、、

7月に姪と訪問したDDR博物館で、東ドイツの書記長が乗ってたというボルボの高級車が展示されていたのだった。

スウェーデンは中立国だったので、冷戦下でも容易に輸入できていたらしい。

庶民は低クオリティの東欧産自動車を10年以上待ってやっと入手していたのに、共産主義国で平等な社会のはずが、トップ政治家は例外的にラグジュアリーな車を得ていたという。。

 

でもVolvoといえばこういう長方形型。

 



 

Volvoは伝統的にセキュリティ技術が進んでいたらしく、シートベルトを発明し特許化したが無償でライセンスの提供もしていたらしい。

また事故っても死亡事故には至らない頑丈な自動車を作ることの矜持を見せられ、異なる強度の材料をどの構造に使うのか可視化されている展示が面白かった。

(赤→オレンジ→黄色→水色→黄緑の順で強度が強い。さすがボンネット下は強度度外視、人の座席横は強靭なフレーム)

 

重機の体験コーナーもあったが長蛇の列で泣く泣く諦め、、、でも楽しかった。

 

そのあとはホテルにチェックインし、、

 

 

ジム。

腹筋と背筋のトレーニングが目的だったが、背筋を鍛えるマシーンしかなく、ヨガマットを敷いて腹筋のトレーニング。

これから暗くなっていってメンタル病みそうだし、せめてトレーニングは続けたい。

味噌作り

週末にやろうと思っていたが、スウェーデンに行ったことがない義理パパさんの要望でプチ旅行に行くことになったので(失業手当をもらっている私は平日にデンマーク外に出れない)、昨日大豆を水につけて、今日、味噌作りをやった。
 
義理ママさんは、小学校教員だったときに、「スローフード」の教育の一環として、味噌作りの授業をやることにし、栄養士さんのコネで味噌研究所から専門家を招き、そのときに得たレシピで今も家で味噌を作っている。
その話を聞いて、私もいつか味噌を作ってみたいと思っていたのだが、大変だとも聞いていたのでなかなか腰が上がらず、義両親が我が家に来るとなって、だったら一緒に作りたいと、ようやく味噌作りに着手することになったのだった。
 
まず、昨日の夜から12時間かけて1kgの大豆を水で戻し、今朝、圧力釜としても使っているスロークッカーに入れたが、、、ギリギリ。

 

 
大豆を煮ている間に、必要なものをテーブルに置いてスタンバイ。

 

 
圧力をかけて30分間煮たが、終わった後、蒸気を逃がし圧力を元に戻すまでやたら時間がかかった。。
吹きこぼれた汁を受け止める容器もすぐ一杯になり、蒸気孔を閉じて容器を空にし、また開けて蒸気を逃し、、を何度も繰り返しながらだったので時間がかかった。
納豆を作る時はいつも250gで、今回はその4倍だったので、相当の量だったのだろう。
義理ママさんは、この倍作るので、大豆は二回に分けて煮るらしい。

 

 
雑菌が入らないように、大豆に触れる道具は全て熱湯消毒しておき、
煮た後は茹で汁を切り、二つに分け、、、

 

 
ビニールに入れ、、、

 

 
伸ばし棒で大豆を潰す。
このビニール袋は、厚手の丈夫なもので、ママさんが専門のお店で買ってきてくれたものである。

 

 
潰した後に、大きな鍋に移す。
 
 
米麹と塩と市販品の味噌少しと茹で汁少しを入れて、石鹸で念入りに手を洗ってからしっかり混ぜる。
ちなみに塩の分量は、総重量の20%。
この時点で滅茶苦茶いい匂い、、、
 
 
袋を入れているバケツに、空気が入らないようにお団子にして入れ、空気を逃すようにして押しながら詰め入れていく。
残り半分の茹で大豆をビニール袋に入れ、同じように潰して、鍋で米麹など入れて混ぜて、この上にのせて詰めていく。
 
空気を抜きながら、ビニール袋を紐でしっかり閉め、その上に重しのためのお皿を乗せ、ロフトに持っていく。

 

 
5Lの水のボトルを重石としてのせ、埃除けにビニール袋を被せて完成。
念の為、敷物をバケツの下に敷いておいた。
 
ロフトは温度高めとはいえ、今はすでに秋、、、
熟成されるのに時間がかかるかもしれないけど、出来上がりが楽しみすぎる。。。

難航する職探し

今日は、オランジェリーで職探しの作業をしている。

 

 
なぜかというと、、、、
 
あまりにも書類審査で通らないので、やはりオンラインコースをとって、1からCVやカバーレターを一新しようとし、とりあえず失業保険基金のプラットフォームで動画をみてみる。

 

 

わかりやすい、アプリケーションのコースをクリックし、、、

 

 

これをざっと1から順にみてみて、CVをもっとわかりやすく書き換えてみたが、一番突き刺さり、考えさせられたのは、8番の「動機の項目」。

私が今までずっと書いてきた、「今までの経歴にマッチしていて、関連する経験をしてきたから、興味があるポジションだと思った。」と書くのは、ありがちだが、一番ダメなパターンらしい。

なぜ、そのポジションに応募したのか、もっと具体的な理由を書かないと、数多くいるライバルとの差別化はできないという。

 

ポストに対する熱意を示すのが重要だとわかっていても、仕事探しをしなければならないから、自分ができそうなポジションに応募するほかないというのが現実であり、具体的な動機を書くというのはとても難しく、私には考察タイムが必要になったので、オランジェリーでゆっくり考えながら、カバーレターを書いていたのだった。

 

とりあえず、一番可能性が高そうな、環境庁のポストのアプリケーションは、とりあえずCVとカバーレターは書いてあったけど、動機を再考し、なんと登山アクティビティをもとに作文を書き、Claudeに添削してもらい、デンマーク語にすると一気に一般的な書き方になっているように見えたので、さらに化学エンジニア目線の具体的なエピソードを捻り出して、そこからポストに関係するある問題に関心を強く持つようになったと書いて、カバーレターを完成させた。

 

CVも修正して、アプリケーションを送ったが、これでかなり力尽きた。

やっぱり多少の興味がないと、アプライできない、、と思った。

 

今日締め切りのあるポストにもアプライするつもりだったが、可能性の低いポジションだし興味もあまりないので諦め、その代わり、別の、直近の仕事に一番関係していて私も興味のある分野のポストに時間をかけてアプライすることにした。

 

あと、午後に、年金会社とのミーティングもあって疲れた。。。

とりあえず、今二つの会社に年金口座があるので一本化することにしたが、、、無職だと手数料だけどんどん引かれるのでこれまた早く仕事を獲得したいというプレッシャーにつながる。

 

厳しいながらも、やることをやるしかないと思いはするが、、、