黙想会
台天目を稽古し、唐物での茶筅の置き方が特徴的であることに気が付き、師匠にその旨伝えたところ、このような動画のリンクを送ってくれた。
この先生の動画はいろいろ見ているけど、ここまではっきりキリスト教との関係について語られるのを見るのは初めてで驚いた。
曲げの水指を水に濡らすのは、受洗する際に水に入るのに等しいことだと。
そして、柄杓と茶筅の置き方は、十字架を示すものだと。
奇しくも、曲げの水指を新しいカップボードに鎮座させたばかり。
水を通すのは清める意味があると思っていたけど、毎回新しい自分になるくらいのきもちになるべきだったのか。。。
大宗匠の本でも、躙り口がマタイの福音書で出てくる「狭い戸口」からアイデアを得たものではないか、と書かれていたが、大宗匠は同志社大学卒だし、奥様が渡辺和子シスターとご交流されていた関係で個人的にキリスト教に通じられているのかと思っていたが、千利休がキリシタン武士と交流しキリスト教に影響を受けていたことは、ほぼ一般的な認識になっているらしい。
まぁわたしのなかでも、茶道とキリスト教がなんら違和感なく調和しているのだけど。
******************
元牧師さん宅での黙想会に行ってきた。
テーマはアドベンツだった。
Under en stjernes lys over jorden
Til hvert et hjerte og hjem
Står vi i natten, stille mens håbet
Tændes i verden igen
Tag med din julefred
Som kun denne nat kan give dig med
og lad glæden række ind i året der kommer
Julen i hjertet
Barnet i verden
Himlen der kommer til os
(地上のすべての心と家に星の輝きが注がれ
希望に満ちた光を静かに待つクリスマスの平安
この喜びは来る年にも届くよ
神の御子が来られる、心にクリスマス)
牧師さんが流してくれたこの歌をえらく気に入ってしまい、日本語の歌詞になるよう訳しながら、自分なりのjulefred(クリスマスの平安)を振り返ってみた。
デンマークに来て初めてのクリスマスは、冬鬱になりそうな暗い気候でのイベントに心が躍ったし、クリスマスにデンマークならではの文化がすべて詰まっているのではというほど盛沢山なのでひとつひとつ楽しんだけど、少しずつ重くなっていったというか、クリスマス期間はデンマーク全体で国をあげての大イベントになるので、逃げ場がなくストレスになっていったようにも思う。
転機になったのは、クリスマスを誰とも過ごすあてもなく、実家にも帰らせてもらえなくて闇落ちし、信仰を得て、娘と二人で静かにイブを過ごした2016年のクリスマスである。
それから真にクリスマスを楽しめるようになったと思う。
自分が寂しい人間と認めるのが嫌で参加していたクリスマスランチも、実は苦手なイベントであることを素直に認められるようになったし。
暗いからこそ、光を見出すことの喜びを知ったから、むしろ暗いのはどんと来いという感じ。
まぁ彼のおかげでウィンターアクティビティに嵌ったのも大きいけど。
今ジョギングも頻繁にやろうとしているが、フィジカルでも動いておかないとメンタルの助けにならないので。さすがに信仰だけで冬鬱は乗り越えられない。
12月にわざわざもっと暗いノルウェーにいくのも乙なものである。
