いまのしゅんかん -2ページ目

初の失業手当金給付日、のはずが、、、

今日は、初めての失業手当金給付日、のはずだった。。。
しかし、先日失業基金から、40krとしか書いていない明細書らしきものがきて嫌な予感がしていた通り、40krしか振り込まれてなく、朝からパニックに。

 

本当に40krだけだった、、、

こんな明細書初めて。

 

 
私のカレンダーにはこうあり、9月23日までに、給付金カードを入力しないと、月末には振り込まれないことはわかっていたのだが、その給付金カードというものが、前日にも出てきてなかったので、今までも何もしたことないし、このままで大丈夫なのかなと勝手に思い込んで放置してしまったのである。
 
また、9月22日に、翌々日のイントロミーティングの準備の督促が来ていたので、色々いじってしまった結果、失業者登録申請がキャンセルされてしまい、再び登録するのに気を取られていたこともある。実は、イントロミーティングの準備はこれ以上何もやる必要はなかったのだが、督促が来ていたので、何かしなければならないのだろうと思い込み、色々いじってしまったというのもあった。
しかも、その日に限って、失業手当給付に関するホットラインは休みで、電話で直接質問することもできなかった。しかし、メッセージのやり取りで、失業者登録に関しては何も問題なく、失業手当は給付されると返事があったので、それだけで安心してしまった。
 
それと、40krの明細書、、、
AIで聞いてみたら、イントロミーティングの交通費支給だとのこと。
これも理にかなっていたので、それで安心してしまった。
今思うと、金曜日の朝に、電話すればよかったのだが。しかし、失業手当給付に関するホットラインは水曜日が休みで、それ以外の平日も9時から11時の2時間しか開いてないというのも、敷居が高い、という言い訳、、、
 
そして、改めて手当金カードのページを開けてみると、カードがある!!
今までなかったのに!いや、最後に見たのは9/22だから、翌日からあったのだが、ただ見てなかっただけ、、
 
しかし開けてみると、、、、

 

 
「活動」のオプションが全然わからない!
9/7までは働いていたので、「労働」を、教会ボランティアをやった日には「無償奉仕」のオプションを選べばいいが、それ以外は何を選べば?
しかし、カードを「入力しなければならない」とあるので、何か選ばなければならないような気がして、ものすごく悩んだ。
 
それで友達にメッセージを送ったり、失業基金にメッセージを送ろうとしたら、、、
なんと我が家のインターネットが断絶!
しかもなぜかスマホからのテザリングもできず。
 
また今日に限って、水曜日だからホットラインは休み、午前中に教会のアポがあり、午後は個人的なアポがあり、詰みそう、、、
友達に電話してもらい、給付金カードは間違ってても、後に修正することも可能だから早く送付するのが得策であり、同時に失業基金に直接問い合わせするべきだと言われ、彼の助けでインターネットをなんとかしてもらっている間に、スマホから失業基金にメッセージを書いて送り、とりあえず不確かな給付金カードを送付した。
 
そしたら、彼も色々調べてくれて、そもそも給付金カードに入力できるのが毎月23日からで、1ヶ月10日間有効だという。月末に給付してもらうには、入力できる日に即送るべきだが、別にその日でなくても、有効期間中に送付すれば、基本的には2営業日後に給付されるらしい。
 
 
また、私が必ず「活動」のオプションを選ばなければならないと思っていたが、相当するオプションが何もなければ何も選択せずに空欄で送ってもいいということがわかった。
それも、最初はそうしようとしたのに、なかなか先に進めなかったので、絶対なんらかの「活動」を選ばなければならないのだと思っていた。
一旦適当に選んで送ったが、「活動」を空欄で送ってもいいことを知って、その適当に入れていた「活動」を削除して、9/7までの本当の労働とボランティア活動だけを入れて、再送した。

 

 

午後にやっと失業基金がメッセージの返事が来て、修正して送った給付金カードの入力は正しいとのこと、また2営業日後に給付金は振り込まれるとあり、ホッとした。

 

私は、別に今日の給付金振り込みにこだわっていたわけではなく、カレンダーに給付金カードの入力があって、9/23がその締切で、その日を過ぎると9月分の手当金給付そのものがなくなることを懸念していたのであって、別に2営業日でなくても、いつか振り込まれればいいくらいに思っていたので、9月分の給付も、11月10日までにカードを送付すればいいことを知って、ものすごく安堵した。 

 

はぁ、、、デンマークに移住して最初の給料日も60%の税金が引かれててパニックになったが、、、

これもまた、税金カードというものを市役所で発行してもらって、雇用主に提出しなければならなかったことを知らなかったためで(現在はその手続はない)、その手続きをやって、翌月に、元の給料にプラス、払い過ぎた税金が足されていて、割とすぐに事なきを得たけど、、、(とはいえ、家賃は大家に交渉して滞納させてもらった)

何かと「初めて」は何かが起きやすいのかも?

いや、私がもっと積極的に問い合わせるべきだったのかもしれない。

 

追記:今日の夜遅く新しい明細書が来て、予想通りの額面でホッとした。金曜日入金されるらしい。

ジョブインタビューの相談

昨日、知り合ったばかりのデンマーク人夫婦に面接の相談に行ってきた。

 

昨日の早朝、奥さんの方から、今日はコペンハーゲンの自宅ではなく、サマーハウスに来ないか?というメッセージが来て、え、約束なんかしてたっけ???とチェックしてみたが、何も出てこなく、彼は別のことをやりたいとのことだったので、

 

「ごめんなさい、今日約束していることを覚えてなくて、サマーハウスに行くのはちょっと遠いし、夫は別のプランがあるようなんだけど、わたし一人でコペンハーゲンに行ってもいい?実は、金曜日にジョブインタビューがあって、できればアドバイスが欲しいのだけど。」

 

と返したら、では、夕飯は別の機会にして、20時に来てくれる?と返事が来たので、お願いしますと言って、夜お伺いに行ったのだった。

 

パソコン持参でお伺いし、すぐさま、募集要項と、私のカバーレターを見てもらい、間違いを指摘してくれた一方で、プロフェッショナルなところでは問題はなさそうだけど、なまじデンマーク語が流暢ではない分、志望動機はもっとわかりやすく澱みなく言えるように練習したほうがいいかも、と言われた。

 

しかし、その分野に興味がある、というだけではあまりにもありがちな言い方で十分でないような気がしたので、もっと詳しく興味がある理由を話したら、それは個人的な理由すぎるし、長すぎる、仕事に関係なさすぎると言われ、私のバッググラウンドを話しながら、簡潔で説得力のある言葉を引き出し、言いたいことをまとめることができた。

 

ただ、やっぱりこのデンマーク語能力で、採用してもらえる自信がない、と言ったら、その事実は変えようがないので、言語能力のブラッシュアップの意欲を示しつつ、今の自分に自信持ってアピールするのがいい、そして、相手の目を見ながら話す方がいい、とアドバイスされた。

 

ちなみに今、志望動機の作文をしていて、しかしこのまま読み上げると、いかにも文章を覚えて言っている感がバレバレな感じなので、もっと自然に話せるように修正しながら練習している。

 

また、実は、奥さんは、部署こそ違うが、そこで働いたことがあるので、その内情について聞くのは興味深かった。

どういう環境で、どういう仕事になるのかよりイメージでき、それも面接にアドバンテージになるかもしれない。

 

昨日、急遽お伺いしてよかったし、思ったのは、やっぱりジョブインタビューは、同僚になるかもしれない人たちとのケミストリーを確認する場でもあるから、変に取り繕ったりせず、ありのままの自分を見せるほかないのだな、と。

私はやっぱり自分に自信がないから、不安もあるし、怖がってしまうのだけど。

とりあえず、アドバイスされた通り、LinkedInで、面接する人のプロフィールはチェックした。確かに、あらかじめ写真でも顔を確認しておくと、ホッとするかもしれない。

 

気が重いとはいえ、、、いい経験になることは確かである。

驕り

イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事されるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。

ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、人々はイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜあなたの弟子たちは断食しないのですか。」イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。

だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は皮袋を破り、ぶどう酒も皮袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」

(マルコ 2:13-21)

 

久しぶりに、いつもいく教会の日曜礼拝に行って来たのだが、マルコの2章からの聖句を元にしたメッセージで、来年堅信式を受ける中学生が大勢いたこともあって、わかりやすく、私たちはこのままずっと同じように人生が続いて欲しいと願うが、変化を受け入れなければならない、というようなコンテキストでお話しされたが、この聖句がいまいちピンとこなくて、家に帰って、日本語の聖書で読み、それでもよく理解できず、解説のサイトを読み、やっと言わんとすることが少しわかった。(と思う)

 

どうやら、古い慣習や決まりごとに従っていることで、自分は正しく生きているように思いがちだし、なんだったらそういう自分を無駄にアピールしようともしてしまうが、実はその慣習や決まりごとの本質をおざなりにしてしまうことも往々にしてあり、無心にルーチンに従う自分の姿勢を省み、本質を見ようと目を見開くべき、という説教のようである。(多分、、、)

 

ドキーンとしたのは、信仰だけでなく、仕事でまさにそういう驕りがあったかもしれないと思ったからである。

3月末に解雇されて、初めて、何が起きても対応できるようにもっと勉強すればよかった、経験の幅を広げるべきだったと後悔するようになったけど、在職中は自分の立場に安心していたところもあったかもしれない。

それに、今まで、新卒で就職した会社以外、通常の採用スキームを経ずにコネなどで就職できていたのも、驕りがあったかもしれず、今度の面接でその洗礼を受けることになるんだろうな、とも思ったり。

怖いけど、避けてはいけない経験なのだと。

 

忘れがちだけど、奢ってはいけないな、、、とつくづく。。。

やる気がない日々からの動き

今日も朝からやる気なし、、、
朝から走って、一件アプリケーション送ろうと思っていたのに、昼まで何もやらずにダラダラ、、、
元々私は、時間管理がめちゃくちゃ苦手で、リモート勤務もできないほど。コロナ禍で、ロックダウンで実験室に入れなくても、会社に毎日行っていたくらい、家で仕事ができない。
無職になると、こういうことも課題になるのだな、とつくづく。。。
 
こりゃいかんと、元同僚に話をしたいというメールを送り、ジョギングをし、元同僚から話してもいいよという返事が来たので、シャワーを浴びて、お昼ご飯を作って食べて、夕方のお稽古の予習をし、元同僚に電話した。
 
具体的なアドバイスは必要ないと言っていたのに、結局具体的な提案をいくつかしてくれた。ありがたい。。。
しかし、私が3ヶ月契約の仕事でAIを使ってものすごく楽しんだけど、同時に脅威を感じたと話したら、全然共感してくれなかった。彼は、全然使ってないらしい。。
ただ、それとは関係なく、製薬系大企業の大規模レイオフの影響で、新卒の化学エンジニアは就職が厳しく、卒業して1年経っても仕事が決まってないジュニアもいるという話をしてくれた。
昨日会った、医者の卵の子でさえ、就職は厳しいと言ってたし、、、今は本当に若者の就職は厳しいのだな、、、
まぁ、潰しの効かないシニアエンジニアもなかなか厳しいが。。
 
元同僚との電話が終わってしばらくしたら、アプライした某所から、ジョブインタビューのインビテーションメールが!!
なんと、今までアプライした中で一番興味のあるポジションである。
8月末に、発酵に興味を持っているデンマーク人が我が家に来てくれた時、彼女との会話でインスパイヤされて応募したポジションでもある。
しかしアプライしてから3週間も経っているし、デンマーク国籍の人しかアプライできないポジションで、日系人の私が雇われるとも思えず、メールが来た時、絶対いつものお祈りメールだと思っていて、まさか面接に進めるとは思っていなかった。
 
まぁ、このデンマーク語能力では絶対採用してくれるとは思えないし、面接が怖いけど、初めて書類審査が通って嬉しかった。
とりあえず面接がある1週間は、この準備にフォーカスするつもりである。
滅多に進めないジョブインタビュー、これも意味のある「経験」にするためにベストを尽くそう。
 
ちょっと気持ちがあがってお茶のお稽古へ。
 
 
今日は、前回と同じ桑小卓の棚で、濃茶包み帛紗点前。
やっと気温も下がってきたので、久しぶりに着物も着たが、やはり着物でのお稽古は気持ちも整う感じ。
でも着物だけでなく、ジョブインタビューのメールのおかげでメンタルが上昇していたのも落ち着いてお稽古できた理由だろう。
 
これが落ちたらまた相当落ち込むんだろうな、、、いくら、採用されないだろうと防御線を張ってもだ。
しばらくジェットコースターのような日々になりそう、、、

Ro til Tro - 信仰によってもたらされる平安

 

わたしは言う。キリストは神の真実を現すために、割礼ある者たちに仕える者となられたのです。それは、先祖たちに対する約束を確証されるためであり、異邦人が神をその憐みのゆえにたたえるようになるためです。

「そのため、わたしは異邦人の中であなたをたたえ、あなたの名をほめ歌おう。」

と書いてあるとおりです。また、

「異邦人よ、主の民と共に喜べ」

と言われ、更に、

「すべての異邦人よ、主をたたえよ。すべての民は主を賛美せよ」

と言われています。また、イザヤはこう言っています。

「エッサイの根から芽が現れ、異邦人を治めるために立ち上がる。異邦人は彼に望みをかける。」

希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。

(ローマ 15:8-13)

 

月曜日の夜、オンラインでの聖書の学びで、パウロが旧約聖書の聖句から、異邦人も神を崇め、異邦人キリスト者も聖霊の力によって希望にあふれるようになったと解釈し(実際には、「異邦人」と書いているわけではなく、「国々」「全ての民」と書いてあって、パウロはそれらを異邦人と解釈した)、その祈りをローマのキリスト者宛の手紙に書いたことについて学んだ。

 

伝道に興味を持っている一人は、その恵みを未信者にも伝えたいといつものように話したが、私は、今はとても苦しくて、正直希望どころではない、信仰を持っていても現実的な苦しみから逃れられるわけではないから、信仰を放棄するつもりもないけど、未信者に信仰による恵みを理解してもらう自信はない、と言った。

 

しかし、今日の夜、昨日ボランティアに行ったいつもの教会で「Ro til Tro」という夜礼拝があることを知り、どうしても行きたいと自転車で行ってきた。

 

写真はイメージだけど、ろうそくの灯だけの夜礼拝は好きなのである。

私が信仰を持ったのは、闇落ちした時なので、私にとって蝋燭の灯がすなわち希望の象徴で、心の平安をもたらしてくれるのである。

現実的な問題を解決してくれるわけではないが、それによる苦しみや不安がかき消され、穏やかな気持ちになれる。

それにピアノの音楽を聴きながらメディテーションする。

 

これからどんどん暗くなっていくが、ろうそくの灯りをたくさん灯して、聖書でも読むかな、、、

失業保険基金イントロミーティング

 

失業手当給付申請したら、絶対参加しなければならないイントロミーティングに行ってきた。

 

しかし、20人ほど集まって、私以外全員デンマーク人で、しかもかなりのシゴデキそうな方々で、かなりビビった。。。

ちなみに、私の隣に座った人は、病院でPhDをやっている人で、当然給料はもらってないが論文はこれから出すとかで、でも医学部出ているんだから、仕事なんてすぐ見つかるのでは、と言ったら、医者でも新卒は特化したものがないので、仕事を見つけるのは簡単ではないとのこと。

エンジニアも割とそうだけど、、、医者もそうなのか。。。

 

そもそも、初回ミーティングでさえ個人でないことに驚いたのだが、私は元々友達から、失業期間はどういう義務があるのか、何をすればいいのか、3ヶ月経ったら連絡窓口が基金からコムーネに移るなど、いろいろ聞いていたので、今日聞いた話はほとんど知っている内容で、個人的なことを聞くチャンスもなく、ちょっとがっかりだった。

いや、ある意味他の失業者の話を聞いてラッキーだったのか。うーん、、、私はちょっと圧倒されてしまったので、なんとも言えない。

 

とはいえ、考えてみれば、今それなりに失業者がいて、一人一人個人ミーティングするのは失業保険基金にとってあまりにも負荷が大きすぎる。

今はプラットフォーム上で便利なツールも充実しているし、一応常にコンタクトが取れるようになっているし、これで十分と言えば十分なのか、、、

 

しかし、さすがデンマーク、失業期間、ただアプリケーションを送るだけでなく、人と会ったり、イベントに参加するなどしてネットワークを広げることを奨励。コネで仕事が決まる事が多い国でもあり。

その可能性ほとんどつぶれている私としては厳しいところなのだが、、、、

 

あと、面接の話にもなったけど、私はそこに行き着けてないので、やはりCVをなんとかしようと。

家に帰ってから、基金が提供するキャリア個人ミーティングを申し込み、キャリアについてとCVの相談をすることにした。

 

また、失業仲間の元同僚と会うアポをとった。

どこかに働いている人の方が好ましいかもだけど、他の失業者目線にも興味あり。

でも、他の元同僚にも会ってもらえるよう頼んでみようかな、、、とか。

この時勢で、コンサル業がどのように影響受けているのかにも興味があるし。

 

当たり前かもしれないけど、やっぱり自分でもっと行動しなければならないと認識させられたミーティングだった。

メンタルがかなり辛いんだけど、個人的なプロジェクト(作務衣作り、茶室の下床設計、染色など)もやりたいし、頑張らないと。。。

教会ボランティア

 

昨日、義両親が日本に帰国し、失業中でも義理ママさんに合わせて毎日早起きしていたのが、今日からそれもなくなり、燃え尽き症候群に陥ったのか、メンタルがめちゃくちゃ落ち、何もやる気が起きず、夕方からの教会ボランティアも気が重かったのだが、結果的に行ってとてもよかった。

 

失業者になってすぐに教会に奉仕希望のメールを送ったのだが、すぐに返事が来て、ファミリー礼拝で夕飯を提供するので、その手伝いをしてほしいという返事が来て、快く引き受けたのである。

20年くらい前に、娘がスカウトに入っており、そのクラブを介して教会の子供礼拝の招待が来て、時々参加してはパスタを食べていたのだった。

 

 
あの時お世話になったのだから、今は私が奉仕する番だとも思い。
 
なんと、81人参加するということで、大量のパスタを茹で、既製品のトマトソースを温め、人参スティックを用意し、パンを温め、テーブルセットし、粉チーズ、バター、ジュースを置き、、、と人海戦術で81人分の夕飯の準備をしたのだった。
17時礼拝スタート、18時に食事スタートということで、私は16時に教会に来たが、もっと早く準備は始まっていたようだ。
 
ちなみに、既製品のトマトソース、私がデンマークに移住した初日に買って簡単パスタを作ったが、あまりの不味さにトラウマになり以来一度も買った事がなかったが、今日食べたら、不味いと思わなかった。なんだったら、結構美味しかった。
あ、あれ、デンマークの味にアダプトしてるということ?
 
しかし、大変だったのは、片付けだった。
なんたって81人分の食器。。。
さすが教会だけあって食洗機は業務用、数分で終わるけど、それでも食洗機がボトルネックになり。
5人で片付けて、19時半に終わった。
 
でも、楽しかった。
単純作業だけど、体を動かすのは楽しい。
それに、おしゃべりもヒュゲリだった。
なんだかんだ、アクティブな教会なようで、活動に参加している人が多い感じ。
私も馴染んでいるわけではないけど、引っ越して一番近い教会ではなくなったのに、この教会に通っちゃっている。まぁ二度目の結婚式も挙げたし、受洗でもお世話になったし。
 
メンタルやばいので、もっと教会に来ようと思った。こういう場所があるのはありがたい。

義両親の帰国

 

彼が骨折から免れ、義両親を無事空港まで送り届け、デンマークを発っていった。

さすがビジネスクラス、事前のオンラインチェックインなしでも、すでに席は確保されているのでカウンターで問題なくチェックインでき、ファストトラックで優先的にセキュリティを通り、ラウンジでゆっくりして飛行機に乗っていったよう。

 

今回は、3年前と違って、我が家でゆっくり滞在していってもらったが、毎朝一緒に買い物に行き、焼きたてパンを買って朝ごはんを食べ、庭仕事をし、味噌も作ったし、旅行にも行ったし、意外と盛りだくさんだったかも。

 

私が用意した夕飯は、、、

 

ニシンの焼き魚、カボチャの天ぷら、山芋とろろ、オクラ、納豆 

コロッケ、納豆、味噌汁
シャケの塩麹焼き、カボチャの天ぷら、冷奴、納豆、味噌汁
 
コロッケはともかく、ほとんど手抜き料理だったのに(納豆があってよかった。。。)、えらく恐縮されて、二度ほど外食でご馳走になってしまった。。。
無職だしそれほど苦ではなかったけど、、、自転車でアジアンマーケットに行くのも気晴らしみたいなものだったし、、
 
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今回、10日間一緒にいて、印象的な話だったのは、やはり今後の生活についてである。
 
義両親は、正式に契約して、今年の年末には高齢者施設の鍵をもらい、来年から少しずつ荷物を動かし、しばらく二拠点生活をし、3年後には完全に施設での生活にシフトすることを考えているらしい。
 
今とても元気なのに、それでもなぜかなり高額の入居権を購入しても高齢者施設に移るのか聞いたら、なんと、義両親の両親4人全員を看取ったらしく、いずれもものすごく大変だったので、子供にとって一番楽になるであろう最後の終わり方を考えて、この購入に踏み切ったらしい。
かなり前から考えていて、複数見学もして、いいと思った施設に空きが出たので買うことにしたと。
 
私の両親もお金はたくさん持っているので、そういうオプションも可能なはずだが、何にも考えていない。
それは、自ら誰も看取ってないので、その大変さをわかってないからだと思われる。
 
それにしても、これで多分義両親がデンマークに来られるのは最後だったはずで、この一軒家を持っている間に来てもらえてよかった。
 
数年後は家を手放している可能性もあるし、なんだったら、デンマークから引っ越している可能性もある。
しかも、それが来年とかでも可能性がないとは言えない。
彼はデンマーク外からのヘッドハンターから問い合わせが来ていて、話を聞きたいという返事をしている。
私も、デンマーク外のジョブマーケットも見ている。
無職だからなんでもあり、みたいな。
 
今年はお客さんラッシュだったけど、それも今年限りかな、と思っている。

骨折疑惑騒動

実は、ヨーテボリ旅行であったトラブルは義理ママさんのスマホ紛失騒動だけではなかった。

彼の骨折疑惑である。

 

ホテルはまぁまぁなところだったのだが、4人が寝れる二部屋の部屋という、イレギュラーな部屋だったこともあるのか、バスルームはやたら大きく、二つの洗面台に反対側に大きな浴槽があって、その横にシャワーがあり、申し訳程度の傾きがついた排水溝が下にあって、さらに幅の広くない仕切りのすぐ横にトイレ、という配置だった。

シャワーを浴槽と仕切りの間でそのまま使う場合、トイレや床をビシャビシャにしそうな感じだったので、全員浴槽の中でシャワーを使い、私は浴槽の中に座ってシャワーを使っていたが、彼は浴槽で立ったままシャワーを使っていたところ滑って転んでしまい、肘を浴槽の蛇口に激しくぶつけ、皮膚がだいぶ裂けてしまったので、とりあえずテープや絆創膏で止血したのだった。

 

しばらくは痛みもそれほどないようで、普通にバスでヨーテボリ観光を楽しんでいたのだが、デンマークに戻る途中から徐々に痛みが増していき、特に義理ママさんのスマホを取り戻してからは、興奮から冷めたのか、余計に痛みがひどくなっていったようで、家に帰ってから辛そうにしていたので、炎症を抑えるイブプロフェンをあげた。

 

翌朝、クリニックに行くつもりだったが、イブプロフェンの効果もあってか、腫れはひどいが具合は悪くなかったので予定通り出勤、しかし午後にまた具合が悪くなってきて、家に帰ってからは悪寒があったり、患部がひどい熱が出てきて、あえてイブプロフェンを飲まずに様子を見ようということに。

 

そして今朝、具合はそこまで悪くなかったが、骨折が怖いので、クリニックのアポなし診療に行くことに。

火曜日のせいか、全然混んでなく、割と待たずに診察してもらえたが、彼が診察室に入って、なかなか出てこないし、なんだったら別の医者が入っていったりして、やっぱりシリアスだった?と心配に。

 

30分くらいしたらやっと出てきて、傷は大したことはなかったが、一応破傷風の注射をし、多分骨折はしてないけど、確認するためにレントゲン依頼を出したから、電話して病院に行くように言われたと。

 

そして、病院のレントゲン窓口に行ったら、まだシステムに登録されていないが、マニュアルでできるのでと、クリニックでもらった紙を渡し、しばらく待って、レントゲン室の待合室へ。

30分しか駐車できないところに駐車していたので、私だけ車に行ってパーキング針の時間を変えて戻ったら、もうレントゲンは終わっていて、画像の診断待ちだと。

10分ほど待ったら、受付の子に、骨折は見つからなかったという診断が下りたので、もう帰っていいです。その結果は、自分でクリニックに伝えてください、と言われ、家に帰ってきたのだった。

 

よかった、、、、

もし骨折していたら、即時に治療が始まると聞いていたので。

今日は、夕方に義両親を空港まで送りに行くことになっているので、もし骨折していたら面倒なことになってたな、と。

 

それでも、骨折疑惑であっても、こんなにスムーズに事が進んで何よりである。

彼は以前肘を痛めた事があり、やはりその時もスムーズだったし、日本ではやたら待たされたり、無駄な検査を受けたりという経験があったので、デンマークの医療システムを好ましいと思っていたようだが。

私も骨折での対応や、娘の心臓の治療を経験してきて、無料なのにこのサービス、と感動してきたけど。

 

のんびりするはずだった義両親のデンマーク滞在もいろいろあったけど、いずれも大事に至らずよかった。

ヨーテボリ2

昨日は、Hop-on-Hop-offのバスでヨーテボリ観光した。
最近はどの都市にもあって、見どころを隈なく回ってくれる便利なバスである。
私たちは、アテネに行った時、AirBnBに滞在で最終日、飛行機の時間が遅いのにチェックアウトの後、猛暑の中荷物の預け場所もなかったので(私と夫は移動しやすいバックパックだったが、娘は肩掛けのバッグだった記憶)、バスだと陽射しも避けられるし、荷物を持ってても簡単に見どころを見れるということで利用したことがある。
 

一番乗りで2階の最前列の席を確保。

 
全く予習せずにヨーテボリにきたので、バスの中でイヤホン越しで流れてくる案内を聴いて初めて知ることがたくさん。
ヨーテボリという名前から、てっきりゴート人の町として古代から栄えてきた歴史のある街かと思っていたが、実際には、カルマル同盟解体後に始まったスウェーデン王朝の3代目グスタフ2世アドルフが、1621年に、スウェーデンがスカゲラク海峡や北海にアクセスするための重要な街として作ったらしい。
後から調べてみたら、ヨーテボリという名前は、北欧神話でヨーテ人の領地という伝承からついただけで、その証拠があるわけではないよう。古代から住民がいたことは確実らしいが。
 
最初から貿易港として栄えていたわけではなく、18世紀にスウェーデン東インド会社が設立されて以降、アジアとの貿易も盛んになったらしい。
 
要塞の周りに7mの壁があったそうで、一部が残っている。

 

 
コペンハーゲンもそうだけど、中世の時代に土木技術で進んでいたオランダ人がだいぶ関わったようで、意外に可愛い雰囲気のある街だった。
高速道路からは味気ない無機質の工業都市の様相しか見えないので、わざわざ訪れる興味もなかったわけで。。。
少なくとも、バスが通るところは可愛いところばかりだったので、予想外にいいツアーだった。

 

とりあえず1周し、2周目で、とてもコジーなところだというHAGAの近くで下車。

 

 
お茶をして、目抜通りをぶらぶら。
ウッドハウスはデンマークではあまりなく、いかにもスウェーデンっぽい建物が並ぶ。
 
その後、Hop-onのバス停があるJärntorgetに行ったのだが、私はデンマーク語だとJern=鉄道で、てっきり鉄道駅のことかと思っていたら、直訳通り、「鉄の広場」で、今はトラムの発着場でもあるスクウェアだが、かつては港から輸出する鉄の重さを量る秤があった場所であるらしい。
さすが鉄鉱石を資源に有する国だけある。これまた需要が大きくなったのは、産業革命以降の19世紀からとのことだが。
 
思ったよりも収穫のある楽しい旅行だった。