ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録 -18ページ目

超コアネタ おいらしか知らないヒルマン・インプの秘密  

今日、じゅんく堂書店にて、カーグラアーカイブ60年代イギリス編と、フランス編、ドイツ編の3冊を買いこんで

(これはおいらの進行形プロジェクトの一部である!) ヒルマン・インプの箇所を読んだら、信頼性が低い と一言で片付けられていた。


まあ、信頼性が低いのは事実だけど、どーして、評判が悪いのか・・・  カーグラの人でも知らないだろう事は断言できるよ。


アルファとか、フェラーリとか、ポルシェとか、ルノー・アルピーヌみたい、みんなに有名な車は、紹介、解説も多し、商売になるから、資料も豊富だ。でもね、ヒルマン・インプみたいな、非ブランド大衆車は、商売人は見向きもしないから、ホントの事がわかってない というのが実態なんだ。


日本では趣味性の無い車と思われているから、インプ専門ショップとか、インプマニアも存在しない。

まあ、日本では忘れられた車だな。


こういう車に関しては、ベンツとフェラーリ、BMWのことなら幾らでも語れる高級外国車雑誌で有名な評論家先生も、実際のところは知らないというべきだろうね。


では、日本では、このブログにしか解説されない、秘密を書こう。


インプは、本質的な部分では信頼性の高い車である。

つまり、エンジン、ミッションは丈夫だよ。 ということだ。エンジンの補器関係のトラブル、冷却系のトラブル、ミッション系のトラブル にも見舞われた経験はなかったです。まあ、オイラというか、おやじのインプに関してだけどね。


でも、つまらんトラブルは多い車で、車庫でジャッキアップして潜っていた回数は多かった。

トラブルの多くの原因は、あまり考えないで、新素材による部品を安易に多様したことである。コストダウンのためか?あるいは、新技術をやたらに使いたかったのか? そのへんは謎ですが。


たとえば、リアエンジンで、後輪がドライブシャフトのジョイントの一部に、ユニバーザルジョイントではなく、ラバーカップリングを使用した事 ゴムが割れてくるんです。なんと。

これは、コストダウンだと思うがね。 同じようなラバーカップリングを ロータス・エランに使用して、トラブルに見舞われ、ユーザにわび状を出したのは有名な話だ。

ちゃーんとした、耐久テストしなかった ということだよね。


次に、またもや、後輪ドライブシャフトだが、ユニバーサル・ジョイントが、ベアリングシールなし、ラバーブーツなしに、むき出しなので、数年で、ぼろぼろに。


スピード・メーターケーブル回すメカの根元がナイロン製で、すぐ折れる。


ワイバーはダイレクトなリンク駆動ではなく、フロントボンネットの中にあるモーターの回転を、ワイヤーケーブルで伝導する。数年で、ケーブルがよじれて、壊れる。


ギアシフトの伝導も、ダイレクトなメカ伝導ではなくて、フレキシブル・ケーブル・ジョイントを使用・・

よじれて、壊れる。


結論としては、ケーブルがよじれて壊れる。 エンジニアリングプラスティックがかけて壊れる

とおいうお粗末な故障の嵐で、そういう点の信頼性がものづごーく低かった。


その他、五万KM走行を過ぎるころ、ミッションから周期振動音が発生するようになり、70kmくらいで走ると、

ぐをーん ぐをーん ぐをーん と床から大きな騒音が聞こえてくるのだが、これが インプ乗りには有名は、

「インプ鳴り」という インプ特有の騒音なんだ。


誰か、インプ鳴り をぐぐってくる人がいると楽しいね。 昔のインプ乗りの方、ぜひ、メッセージください。

インプオーナーだったクラブでも作りましょう。


おいらはね、フェラーリよりも、こんな車のほうが好きなんだよ。


ちょっと話してみたい、フォード・アングリアなんかもね








見かけ倒し名車列伝 北米編その1

一部の曲ったというか、個性のあるファンに好評をいただいてる、見かけ倒し名車列伝 で、肝心な1台を忘れてしまった。


初代 フォード・マスタングである。ちゃんとした説明は、まじめな他の人にまかせておくとして、


おいら的アングルで、取り上げておきたい。


見かけ倒し名車 の条件のひとつに、地味でダサイ乗用車が土台である。 というのがあるが、

初代ムスタングも、この例にもれず、 地味なコンパクトカーであるフォード・ファルコンにかっこつけたボディーの乗せてショーに出してみたら、評判よくて、売ってみたら、バカ売れしてしまった という経緯持ち主で、見かけ倒しなのに、アメリカの一時代のイメージを作りあげてしまうくらい売れまくった? のは、

まさに 見かけ倒しの横綱なのである。 




falcon





いわゆる、スポーティー・カーの元祖だね。 スポーツカーじゃないところがポイント(爆


地味でダサイ田舎の女子に、都会のメイクアーチスト、スタイリストが手を入れて、最新ファッションにしたらアイドルになった というパターンだぜ。




1st



初代マスタングは、格好がいいが、走るとまったくたいしたことはない。 フォード・ファルコンを運転した経験は、

さすが、おいらにもなんだけど、おそらく、オリジナルのファルコンよりも、もっと芋な車であるには違いない。


でもねー、かっこいいんですよ。ファースト・ムスタングは。


もし、夢がかなうなら、北米のコロンバスあたりに生まれて、60年代初頭にコロンバスの高校に、ブルーメタリックの屋根なしマスタングで流して通学したかった・・勉強はしたくないし、ベトナムにも行きたくないけど。 モテモテで、金パツを風になびかせるガールフレンドを乗せて・・・と、妄想は果てしなく広がるのであった。


いかに、この見かけ倒しがすごかったかというと、またたく間に、このマスタング顔と、腰をしぼったコークボトルボディーが他の車に朴られていったというとこですね。 この時代、サイズだうんしたマスタングコピーは、極東の桜が咲国も、かないrの数があるだすよ。 三菱のGTO、FTOなんかそのままだし、マツダ、日産とうとう、

ミニマスタング大流行だけど、大きなサイズのグラマラスボディーをそのまま小さくしても、かっこよくならないののよ。マネさせられたデザイナーはかわいそう だと思うけど、みえみえのマネを受け入れてはいかんね。



PIMP YOUR RIDE という、あなたのぼろ車をピカピカにします という北米のTV番組があって、日本でもDVDが出ているが、その2枚目に、この歴史的マスタングが取り上げられていて、あー、とっても素敵だったよ。


あ、デザインだけど、こんな魅力的になってしまうって、すごいことだね。


硬派のマスタングファンには申し訳ないけど、この後の、マッチョ化していくマスタングには、おいらの興味はまったくなくて、あくまでも、見かけ倒しマスタングが大好きという、デザイン至上主義者なんです。


自動車は、かっこだぜ(爆









もう一人の自分と、そのまたもう一人の自分 マルコヴィッチの穴かい

制作の案を練っていて、あ、これだ と思う瞬間がある。


さーて、そこでちょっと冷静になってみよう。


本当に これでいいのかね??? と、もんのすごく冷徹に眺めている自分が自分の中にいるわけです。


で、頭冷やして、眺めてみると、あああ、いまいち、自分の思い込みかなー


てtなわけで、また次の案をひねくり出すんだけど、


この、もう一人の自分の目は、マジに正しいのだろうか? という疑問もわいてきて、


もう一人の自分の目を監視している、さらにもう一人が必要になって、


てな具合に、次々、鏡の部屋のごとくに、自分が増えていく、マルコヴィっチの部屋的状態。



誰か、おいら、の頭の中に入ってます?(爆



自由にデザイン  デザイン課題の逆襲

デザインの学生のお話だが、、


ピカピアの1年生当時は、やたらに基礎演習が多いが、修行を終えて旅立つ頃には、自由課題 という類のものが出てくるんだ。 おいらは、けっこう、この自由課題が楽しみだ。


通常の課題は、いろいろ課題の目的に応じたテーマがあって、取っ手のデザイン、ただし、素材は金属で、人間が握れるものに限る とか  独り者用収納家具 とか、飛翔体 とか、ワンルームのインテリア とかとか、まあ、制限がいっぱいあるわけだ。


そーすると、みんな子供のカラスのごとく、口をそろえて、自由にデザインができなくて、いいデザインができないー とか、文句をいっぱい言ってくれる。彼らのデザインの邪魔をしてうるのは、おいら って感じ。


さて、そういう中、自由課題で、なんでも、好きなテーマで好きな事していいよ となると、実は、何をしていいかわからなくなる というのが本当の姿で、いつまでたっても、決まらない。 デザインワークしてる時間よりも、迷える子羊タイムが8割以上となって、 ほらね、自由ってのは、大変なのさ と最後に一撃を入れるのは、気分爽快。


オイラのデザイナーの恩師は、かって、デザインとは、良い具合に条件を決めることである と言い切った。

デザイナー大先生の一言で、オイラのモットーとさせていただいてる。

自由な中から、決めることって、実はすごく重要なんだよ。

いろいろな条件を決めた時点で、デザインの8割は、実はもう決定されてるんだ。

デザインがNGなのは、この条件づけが間違ってるからだ。




あとね、すきにやっていいよ って言われたら、やりたいデザインは少なくとも10以上はないといけないね。

皆さん、やりたいデザインの貯金、あります?(爆


おいらの、貯金の残高みてこよう。  



明るい部屋の謎 

写真評論本の「明るい部屋の謎」(ロラセルジュ・ティスロン)を読み始めたらちょっと面白いところもあるんだけれど、、この本の対極にある、「明るい部屋」(ロラン バルト)を読まないと始まらないことに気がついた。


早速、アマゾンで注文したんだけど、アマゾンの例の手で、


この本を買ったひとは、この本も買ってますに釣り上げられて、写真論(スーザン・ソンタグ)も一緒に注文してしまった。


あれ、待てよ、変だな~


なんで、明るい部屋の謎 が一緒に買われる本で出ないんだー。 両方よまないとだめな仕組みになってるんだよ。



と思いながら、 写真論のレビューを読むと、


「撮る人よりも、観る人のほうが圧倒的に多いんから、鼻にかかったプロ意識でソンタグを批判するのは傲慢で滑稽だ。 ソンタグは観る人で役割がちがうんだから、上の写真家先生はちょっと考え直しなさい というのが最初にあった。とかなんとかかんとか とある。


相当、写真家先生が嫌いと見える。 でもね、圧倒的に多い評価というが、この分野では、けっこうはずしまくりなんだぜ という事は忘れないでいよう。 黎明期の印象派なんか、コテンテコンで、圧倒的に支持されてたのは、サロンぽい通俗絵画だしねー。

まあ、とりあえず、写真論が届いてからにしよ。


写真の洪水という暴力か?

現代に生活する日本人なら、一日に平均して数万枚の写真をみてるんだ という説がある。

まじめにカウントしたことがないから、正確にはわからないが、 雑誌、広告、電車の中、街中、商品パッケージにチラシ、TV,ネットとうとう、無意識のうちに、とてつもない数の写真をみていて、まあ、一種の映像飽和の不感症時代とも思えるね。


まさに、洪水というか、すんごい押しつけ見せられているというか、そんな感じ


誰でも簡単に写真が撮れて、現像焼き付け不要になってしまったこの時代は、押しつけられた超多数の写真の暴力時代ということだ。


そんなわけで、毎日寝る前に、自分の視覚を清めるために、良い写真 を眺めて、視覚を清潔・正常に戻すようにしてるんだ。


誰でも写真が撮れるのは、いいこどだけど、誰でも写真を公開できるネットなんぞは、自分の写真を見せたい というより、 こんな写真を撮れる私ってかっこいいでしょ というのが目的の写真があったりして、まあ、分類的には、いやらしい写真 になるんだけど、後味がよくないんだよね。

そんな写真よりは、技術系カメラマニアのレンズ作例写真のほうがよほどましだ。


カッコいい写真、オサレっぽい写真が 心に残る良い写真というわけではなく、 下手でもいいから、もっと気持ちよく撮ってほしいなあ・・・そのほうが、伝わるものがあったりするんだ という好例は、幼児にカメラを持たせて撮った写真にあったりして、幼児の目でしか取れない 感動的な映像が映っていたりするもんだ。


デッサンと同じで、上手に描いて、ちょっと絵にはセンスがある人と思われよう という邪心が混じると、

いやらしくなるのである。(と、オイラもアトリエで怒られたことがあったね。)


しかし、大人になると、無心で撮る というのは、ものすごく難しいことなんだ。


ついでに、カッコよくみせるために、コントラストをわざとらしくあげたり、カラーバランスをいじくったりするのも、まあ、やめたほうがいい。イヤラシ度が50%増量します。


まあ、慾を捨てる ということなんだけど、 もう一台、α700が欲しいとか(相当気にいってます)、αマウントの、

Gレンズとツアイスのレンズ、もっと欲しいとか、ほしいほしい病はとどまるところをしらないオイラ(自爆 

写真で失神

残念なんだけど、失神しそうな写真の話じゃなくて、

写真を撮って失神しそうになってしまうというお話で



オイラが写真を撮っていると、だんだん苦しくなって汗だくになってしまう とう生理現象にに気がついたのは、ここ最近のことである。


オイラは、カメラのシャッターを切る瞬間は、息を止めている。 

墨を含ませた筆で一気に線を描くときとか、射的で、招き猫を落そうとしているときとか、そういう魂を集中しているときは、息を止めていることは、よくあるでしょ。  で、シャッターを切る瞬間は、ジーと息を止め、その瞬間にシャッターを押してるわけなんだ。


ずいぶん長い年月、シャッターを押してるんだけど、こんなに、へとへとで、失神しそうになってしまうのは、どうも最近のことだ。 うーむ、肺活量が減ったのか?


よーく考えてみたら、息継ぎしてる時間が、最近はあまりないことに気がついた。


8x10、4x5の場合は、一枚撮ったら、フィルムホルダーの交換するから、楽に呼吸ができる。

シャッターをチャージして、フィルムホルダー入れて引きふたを引き抜く。ここで深呼吸。

シャッターをレリーズして シャっとシャッター切れたら、ここで大きく呼吸。

太極拳的だね、体にやさしいね。


ブローニ版の場合、ハッセルかかえて、ポートレート撮りしてても、いいねー とかいいながら、120フィルムで

せいぜい、12コマ程度 220でも24コマ。なので、息継しないで、一気にいっても大丈夫。

で、呼吸は、ホルダー交換時。

また、クランクでフィルムを巻き上げじに、規則正しく小呼吸する技もある。

これは、クロールの呼吸と似ているね。


しゅっパコン(コンパーのシャッターとミラー音)で、クランクぐるり でスーハー呼吸し、モデルを見ながら、次のシャッターというリズムだ。



ちょっと体に悪くなってくるのが、35mmフィルムで、36枚。

手動クランク巻きの場合は、ハッセルに準じて、巻き上げ時に小呼吸するか・・

ワインダーになると、始末が悪くて、一気に36コマ行く場合がある。

でも、36コマでフィルム終わりだら、そこでゆっくり呼吸はできるというもんだ。

わきから、気が利くアシスタントが、フィルムつめた次のカメラ用意してても、手渡し時間はあるもんね。


で、かなりマズイのは、高速連続撮影可能なデジタル一眼レフで、数ギガ単位のメモリーカード入れると、

平気で100カット以上、連続でとれてしまう。


息継ぎするタイミングがないじゃないかい!!!!


こうした考察の結果、オイラが失神しそうになってしまうのは、酸欠問題だという点がはっきりした。


メモリーカード容量を小さくすればよい という解決方法もあるけど、そんなの不便でいやだー


とか思っているおいらは・・・しばらくは、失神しそうになりながら、写真と撮らないといけないのかねー?















ジャス、大人のスタンダード   PLAYBOY8月号の表紙に見事に釣られたが・・

昨日の 翼の王国 に続き、地方空港の待合の売店で、表紙で釣られて買ってしまった、PLAYBOY日本語版

8月号であった。


歴史の残る写真特集のおまけで釣られたのが6月号。 で、これで今年2冊目。 ここ数年で、PLAYBOY日本語版をこんなに買った例はない。 7月号はゲバラ特集? てことで、どーも、かなり想定年齢層が高いんじゃないか? 団塊おやじを狙ってるとしか思えん。 おいらは、団塊の下ですが(爆


さて、伝説の?プレーヤー チェット・ベーカ君のモノクロ写真が表紙で、これで、条件反射で買ってしまった今月号。 たぶん、コルトレーン、マイルス、モンク、マル・ヲルドロン、ミンガス等々だったら買わなかったね。

ベイカー君は、当時は、ぬるいJAZZの代表のようなもんで、都内の,おしゃべりすると怒られる類のJAZZ喫茶で、眉を八の字にして聞いてるようなファンからは、あまり尊敬してもらえなかったけど、オイラは、筋金入りのぬるいJAZZ派なので、けっこう好きなんだ。 これが表紙だったら、中身も八の字系じゃないよね と思ったら、

予想に反して、八の字系+J-JAZZの新人系という構成。


有名人にJAZZを語らせるとか・・これが皆ハンコを押したように八の字系で、おれたちは、本当は、こうい哲学的JAZZがすきなんでぜ というノリで、正直いって、これはあまり面白くない。

新人系も、なんとか男のJAZZの範疇に入れよう 多少無理してる点もあるね。


スウイング・シジャーナルほか、専門JAZZ誌はいろいろあるので、まあ、難しい特集だとは思うのだが、

PLAYBOYなのだから、もっとぬるいJAZZ特集まっしぐら にしてほしかったなあ。


その中で、飛行機の中で読んでいて、ああ、これいいねー と思ったのは、クリント・イーストウッドにJAZZを語らせた記事で、ここはUS版翻訳です。 JAZZピアノをいじってることは知ってたんだけど、すきだっか傾向とか、

読んでいるととっても興味深い。一番、注目したいところは、同年代の日本人のJAZZマニアと、当然のことながら、好みの傾向がかなり違う所で、眉八の字系(この造語は、おいらが10年に提唱した造語です。使用は自由ですが、使用時には、ektar造語であることを明記ください。) の空気がないところで、これはいいね。


眉八の字系のファンからは喧嘩を売られることもあるが、おいらは、高校生からのぬるいJAZZピアノプレーヤででもあるので、評論的ファンの方には、実技でお願いしております。


ここで、話がもどるが、まあ、クリント君の記事だけでも、釣られた価値は十分あるかと思い

羽田への帰路を楽しませてもらった。

あー、おいらも、飛行機の中でPLAYBOYを読んでるようなオッサンになってしまったのねー。

マイカーはBMWでも、ポルシェでもないし、クルーザーももってない身分だけど、まあ、気分は男の子クラブなんだ。


でも、すっちーの目は心なしか冷たいような気がしました。


さて、今月号のめっけもんは、なぜか、イアン・フレミング特集が組まれた事だ。

数ページの記事なんだけど、007ファンのオイラとしては、これも素敵な特集ではある。

フレミング卿は、かなりのモテモテ人物で、幾多の美女との浮名があるのだけど、死後、昔のガールフレンドに

インタビュ-すると、すんごく、評判が良い・・・という、偉大な人物。

フレミングが会った007役者は、ショーン・コネリ一人だけだったということだが、なんとなく、わかるような気がする。 ショーン・コネリ・・海軍軍人からシェークスピア役者で海軍時代はボクサーという、ブリティッシュな人物だもんね。 


あとね、おかしかったのは、インディー。ジョーンズシリーズ最新作 クリスタル・スカルの謎 の映画レビュー

だけど、雑誌の最初に乗っている、US版翻訳のレビューは、かなり辛口!

で、雑誌なかほどの日本作成記事は、かなりのたいこもち(まあ、広告の関係のあうrんでしょうなあ)


ということで、PLAYBOY日本語版は、翻訳記事が面白いということだね・・


それなら、US本国版を買えばいいじゃないか? 







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羽田行き最終便 今月の機内誌は、タイムリーにフェルメール

嬉しいことに、羽田行きの最終便が、7月に入ってから777から767に戻ったんだ。

トリプルセブン・・ウルトラ兄弟のような最新型機材より、なんとなく懐かしい感じがする小型の

767のほうが好きなんだ。 実は、通路幅は、こっちの方が広いし、いつもひとりで占拠する、中央列

が、座席横3列というこじんまりして、一人で座るのが、なんとも贅沢でいいんだね。


このところ、ANAの機内誌「翼の王国」は、調べている事の参考にある記事が良く出ているので、これは、ちょっとありがたい。 最近、やたらに中国の紹介記事が多かったので、多少うんざりしてたからね。


この前は、モネ 今日は、フエルメールだ。

NYのフェリック・コレクションからの3点で、記事としては、野口英世のアパートの近くだったので、

野口も見たに違いない という、かなり無理な感じのもっていきようで、

それより、フェリック氏についての解説のほうが面白かった。

8月にフェルメールが 今世紀で最後で最大 といううたい文句で日本にやってきますが、

このコレクションは遺言により、移動が禁じられてるので、NYにいかないと、見れないぞ!

という事を暗にほのめかしてるんでしょうか?


今世紀になったばかりなので、最後で最大 ? ホントか?


写真は、夕方の羽田行き最終便767  


767



ヒルマン・インプ 超絶テクニック養成ギブス

夕方、ネットを探索していたら、すんごく懐かしい車に遭遇した。

 

オイラにとって、幸運というか、不運というか、教習所を卒業して、最初に運転することになったのが、

ヒルマン・インプ という、怪しい、エゲレス製の 例にもれず、貧乏中古小型車だった。


imp

オイラと同じインプ 友達からはアマガエルと呼ばれてました。
 

ヒルマン、シンガー、ハンバー、サンビームなどなど の英国弱小メーカーがルーツグループとして大整理統合された時期があって、まあ、よくあることだけど、このルーツグル―プは、クライスラーに買収されて、結局、英国クライスラーになってしまったのが悲劇の始まりなわけだけど、オースティン・モーリス、MG、ライレー、ウーズレー、バンデン・プラス のメーカーが大統合されて、英国民族系のBMC になった事とに似ている。

 

結局、この手の大統合の結果として、カタチは同じで、名前とバッチ が違うだけの車の嵐となり、それが結果的には悪かったんだろーねー。 もーっと、車が売れなくなったんだ。

 

だってさ、バンデン・プラスと、オースチンが、中身がまったく同じなんだぜ。

 

このパターンは、バブルの絶頂にマツダが同じ轍を踏んで、オートラマとユーノスとアンフィニとマツダ店を作ったあげく、ユーザは区別つかなくなっちまった ということがあったね。 

 

さて、ヒルマン・インプは、このルーツグループの、ミニに対抗した野心作というか、偉大な駄作で、この車のおかげて、今日のオイラがあるわけです。どーして、こういう駄作の傑作ばっかり乗る運命なんだろーねー。

 

ミニの対抗馬という、一番安い小型車を目指したインプは、

排気量は850cc ミニと同じ だけど、ボディーサイズは1まわり大きい、完全な箱型。

エンジンは、室内を広くするためか、時代的には遅れたリアエンジンで、前輪駆動ミニみたな革新性にはかけるが、まあ、ルノー、ビートルを手本(後日、研究書籍によりお手本はFIAT600であった事が判明)にした安易な安全策。

 

ここらで、そろそろ化けの皮がはげてくるが、オーソドックスっぽくふるまってるんだけど、エンジンは、コベントリー・クライマックス設計になるアルミ製・45度斜め搭載のOHC水冷4気筒エンジン。 ミニはいまだOHV。

重要じゃないところが革新的なんだ。 なんで、大衆車にこんなエンジンが必要なんだろう?

 

コベントリー・クライマックスは、消防ポンプのメーカだけど、レーシングエンジンのメーカとしても有名で、ロータスも一時このメーカのエンジンを積んでいたんですね。なのに、方や名車で、インプは駄作という運命に。

 

小型貧民車に、消防ポンプ いや、レーシングカーのエンジン屋のエンジンを搭載しちまったんだぜ!

イギリス人は凄い!と思うけど、高回転型で、粘りなく・ピーキーなエンジンだ。

きっと、これならミニに勝てる! と思ったんだろうねー。

 

つうわけで、後ろのエンジンフード開けると、まるで当時のフォーミュラ2まがいの、輝く斜め搭載

アルミエンジンがでてくるわけだ。 眺望からすると、ルノーアルピーヌA110のエンジンルームなんか目じゃない。

 

ここいらへんからして、おかしな車なんだ。

 

で、クラッチは、まったく遊びがないクラッチ。ミートが大変難しい。 

半クラを許さないのである。ここらへんも、レースの血がまじっとるね。

 

ホイールベースは短く、運動性はすごく良く、ステアリングは遊びなく、回転角度もすくなくて、ミニよりも、もっとレーシングカート感覚(その後、ミニに15年以上乗ったおいらがいうのだから、ホントだよ)

 

あとね、すごいおまけがついていて、スロットルケーブルが切れたとき、おいらのオヤジが、何を考えたのか?

ケーブルの代わりに、長いピアノ線に自分で交換してしまったんだ。

 

つまりね、アクセルにも、遊びがまったくないんだよ。


 

反対に遊びがありすぎる箇所があって、

それは、シフトリンケージだ。 ユニバーサル・ジョイントを使わずに、鋼鉄ワイヤーを束ねてよじっただけのフレキシブルジョイントを使っているので、そこが次第によれよれになって、カチっとシフトが決まらない。

ぐにゃぐにゃ よれよれ なんですよ。シフトが。

リアエンジンは、リンケージが長いので、もともと気持ちの悪いシフトが多いけど、これは最悪。

 

 

まあ、消化されない最新技術を、ミニに対抗するため、安易に投入したなれの果ての車だったんです。

 

でね、オイラとおいらのオヤジ以外は、絶対に運転ができない車だった。

ドライブテクニック自慢が運転しても、即エンストです。 何人も、涙を流してました。(爆

 

まー、おいらは、他の車をあまり運転したことがない時期だったので、車とはこんなもんとか思ってました。

 

のちに、国産中古を運転する機会があったとき、ステアリングの遊びが大きくて、恐怖体験でした。 

 

さて、欠点が多い車ですが、ハンドリングはレーシングカートみたいに

素晴らしく(好みの問題?) リアサスペンションにウイッシュボーンが採用されていることで、これにより、コルベアがの事故のような過大なオーバステア傾向を防いで、極めてニュートラルな特性に収められ、 イギリスの草レースで大活躍している

という結果に! 

 

これが、おいらの出発点でした。

 

思えば、 公道乗用レーシングカートのようもので、 これで運転を鍛えられた自分は幸運?