インダストリアルデザインは、和で攻めるとNGになってしまうことが多いという事
最近、和のテイストが人気があって、工業デザインでも、よせばいいのに、変に取り入れてしまったりすることがある。 だいたいNGである。 和 は、デザイナーの造形コンセプトとして攻めればいいものを、漆の質感を製品に・・とか、 漆の写りこみ とか、苦し紛れの線でころがるから、まあ、痛いデザインに分類されてしまうわけだ。
古くは、某N産自動車が高級車をデザインするときに、デザイナーいわく 「漆塗りの質感と反射を表現したかった」 というのがあるんだけど、漆器的な質感の自動車だからいいデザインだねー という人はあまりいないだろうね。おいらはお断りである。
自動車は重箱の類ではないからである。
そういえは、バブルの崩壊が始まった頃ですが、別のメーカーのデザイナーで、能面のような曲面造形をしたかった というのもある。 おいらは、お断り である。
自動車は能面ではないからである。
とはいったものの、クラッシックなロールス・ロイスのフロントラジエターの造形は、パルテノンだったりするから
あまり伝統引用造形の悪口はいえないけど、
能面よりは、パルテンのほうが自動車用造形としはましである。
最近では某F社が数年前に、漆の質感を追及した和の携帯というのを出したが、どこか勘違いしてると思うよ。 こういうデザインが登場するということ自体、その製品ジャンル煮詰まりすぎてるんだとろうとは思うけど、iPHONEみたいなのが出てくると、IDデザイナーよ、なんでそういう未来を感じる路線にいかないのかという疑問が出てくるが、日本の携帯は、デザイナーがかわいそうに思えてくるほどい、些細なデザインの自由度がない世界で煮詰まってるのかもしれない。
和 のテーマは、ネタに困ったデザイン学生が時々繰り出す路線でもあって、ときどき、思い出したように出てくるのは、なかなか面白いね。
反対に、和 のものを、現代化するという路線もあって、こっちの方が成功率は大変に高いのだよ。
今度、試してみてくださいね。 西洋近代デザイン風人力車 なんてのは いけそうである。
このデーマは、今日のID・工業デザインは、実は、デザインでなくて、モードか? という疑問にもかかわってくるんだけど、胸のすくような直球なIDのデザインを見たいなあ とか思う最近なのでした。
ウルヴィーノのヴィーナスで検索すると
ウルヴィーノのヴィーナス というキーワードで、このブログに飛び込んでくる方々が非常に多い事にきがついた。
ちなにみ、キーワードのベスト1は、金髪ヌード であった・・・・
さて、上野にやってきた、ウルヴィーノのヴィーナスであるけど、ネットで検索をかけると、解説を載せたブログと個人美術解説サイトが大変多いことに気が付くだろう。
で、問題なのは解説の元ネタは何か? ということなんだ。
だってさ、日本に住んでる日本人が、ウルヴィーノのビーナスのモデルは誰だ?なんて事を自力で簡単に調べられるわけでなく、大半は解説本からの引用という事になるよね。
で。その解説本は、誰が書いたのか?という事が重要になってくる。 研究者の立場によっては、かなり解説も違ってくるんだ。
おいらの場合、ヴィ-ナスについての記述のネタは、ケネス・クラークとかなんかだけどさ、美術展カタログのブログ引用はよんでもおもしろくないんだよね。
というわけで、検索でこのブログにやってきた方々には申し訳ないけど、ヴィーナス、イタリアルネサンス、ヌード表現なんかの専門書を何冊も読み漁ったほうが ぐぐる よりも大切なんだよねとか思います。
ケネス・クラークのヌードは、多少古い本だけど、なかなか面白いので、ぐぐっていないで、アマゾンに行って、注文しましょうね。
さて、さて、あるティッツアーノの解説翻訳本を参考のために見たんだけれど、あたりまえの事しか書いてなくて、ちとがっかり。眠れるヴィーナスよりもウルヴィーノのヴィーナスのほうが官能的に描かれてて、天井のヴィーナスVS世俗のヴィーナスなんだとか。 見れば誰でもわかるじゃん とか思うのだけど
優秀なIDデザイナーの卵はどこに? もう一つの仮説
先日、温泉宿にて大手じどーしゃメーカーのデザイン部門の親玉のよもやま話を興味深く聞いていたなかで、最近の韓国と中国の車デザイン学生は、国産デザイン学生よりも、すごく優秀で、このままだと、日本のデザイナーはやばいのではないとい内容が頭に残った。そりゃーそかもしれないね。なるほどねーと思ったんだ。
で、そのあと、この問題は、もっと違ったあまたで考えなきゃいけない と感じたね。
実は、優秀な人材がIDデザイナーを目指さなくなってしまったのではないか? という事なんだ。
MIXIの会員の4割は、自称クリエーターもしくはアーチストなんとという話は聞いたことがあるけど、クリエイティブな仕事というのは、今どきの若者には人気なお仕事で、まあ、かっこいい職業なんだけど、もはや昔の職業分類になりつつあるIDデザイナー、プロダクトデザイナーは、旧型のものづくりデザイナーの類に入る。
手作り派は、もっと根源的なハンドクラフトのほうが格好いし、現代的な分野になると、いわゆる 映像系クリエーターとか、かっこいいプロモーションビデオクリップ、アニメーション、ゲームのグラフィクのほうが若者の夢がつまってるし、プロダクトデザイは、なんだか古いおじさんくさい面があるんだね。
てなわけで、実は、イメージを作りだすのが好きで優秀な人材は、アニメーション・ゲーム系に集中してるんじゃかなろうか? って気がするんだ。
古くは、攻殻機動隊の士朗正宗などが先覚者にあたるわけだが。おそらく、攻殻のメカのイメージデザインのほうが、日本のIDよりも、世界の文化に多きな影響を与えててることは、明白だと思う。
(番外だけど この手の世界でこれだけはダメと思うのは、コンピュータのOSについてあまりにもシナリオライたーが不勉強だったりすることで、この伝統は小松左京によるSF映画興行史上の残る大失敗作の「さよならジュピター」から「機動戦士ガンダムまで見事にひきつがれている。 え、ガンダムのOSがMS-DOSだって?(爆))
まあ、こんなわけで、優秀な人材は、他の畑に行ってしまった てことなんじゃないだろうか?
で、彼らの造形イメージにIDデザイナーが影響されるという流れで、前にも書いたように、日本のIDのガンダム化が進んでいるわけなのです。
おいらは、相当な自動車好きで、デザイン学生時代に、古いルノーのスポーツカーを完全にバエンジンの中身までラバラにして、組み立て直して乗っていたくらい、好きだったんだ。
そのおいらにして、ここ数十年、じどーしゃ にあまりときめかなくなってしまって、ほしい じどーしゃ は、古いオースティン・ヒーりー・スプライトか、新品同様のプジョー205だっけだったりして、なんだろーな? と思う。
若者にしてみれは、じどーしゃ に興味がない人口が増えて、実は世の中が変ってしまったんだろうね。
じどーしゃ のある生活に、夢がみえなくなってしまたということですね。
韓国、中国の自動車デザイナーの卵が優秀だというのは、彼らには、人生にとって自動車が素晴らしいものだ という夢がいっぱいあるからだろうね。
人間の人生にとって、自動車はその幸せド数をどれくらい左右するもんなのだろうか?
どーすれば、日本のデザイン学生の夢が取り戻せるのだろうか???
ああ、じどーしゃ屋さんは大変だと思うのでした。
アニメメカデザイン屋・・・IDデザイナーとして使い物になうrんだろうか?
思い出のルノー・フロリド 見かけ倒し車列伝 でも、うつくしいお姉さまには受けます
元いすずレディーの方とお話をしていて、その昔、117クーペにしばらく乗っていたことを思いだした。
イタルデザインのジウジャーロ先生のデザイン が「売り」 な自動車で、なかなか優美なスタイリングであったが、
心なし、トラックな部分を感じたりもしました(爆
いすゞ フローリアンという、地味な乗用車(これも、オリジナルは、イタルデザインだけど量産型になったら、違う車になってしまったね)の土台に、かっこいいボディーを乗せたもんだ。 まあ、かなり過激なデザイナーだったので、そこらへんにころがってるようなイモデザインの自動車を乗ることには、プライドが許さなかったんだ。(爆
さて、その前に乗っていたのは、ルノー・フロリド という、ピエトロ・フルアというデザイナーの手になる、 ルノーのスポーツカーもどきだった。これは、ルノー・ドフィーヌ・ゴルイディーニの土台に、かっこういいボディーを乗せたものだけど、アンダーパワーで、かっこさえ良きゃいいよ という類の車で、かなり最悪なんだ。
でもね、カッコは最高にお洒落なんですよ。 さすが、おフランスだ。
実は、これには、原型があって、ビートルの土台にカルマン・ギアが格好いいボディーをかぶせた、フォルクスワーゲン・カルマンギアのパクリ思想なんだよ。 フロリドの場合、土台はドフィーヌで、そのうえにスポーツカー風ボディーを乗っけてみたわけだ。
フロリドは、排気量をあげて、カラベルという名前ななったけど、ディティールのデザインはフロリドの方がよかったね。
フロリドの広報写真で、ブルーメタリックと思しいデタッチャブル・ハードトップのボディーで、パリコレ風ファッションの女性が脇に立っているのがあるんだけど、これはオイラの大好きなカットで、この車は、こういう都会的でシックなお姉さまのアクセサリーなわけだったんですね。
ワーゲンのカルマンギアには、続きがあって、空冷ビートルが水冷のゴルフになって、その地味な土台に、クーペボディーを乗せた シロッコというモデルあるけど、これもカルマンギア製で、格好はすごくいい。でも走りは鈍重でした・・・ お尻の造形はなかなかなものがあった。いたるデザインの顔にカルマンのお尻という雰囲気ではありますが。
さて、どれにも共通して言えることは、地味な土台に格好いいボディーを乗せて、その結果重量が増えて、動力性能とか、ハンドリングはダウンしていて、まさに、 みかけ倒しなんだよ という事だね。 117だって、1600のツインカムエンジンを載せたけど、同じエンジンのべレットの1600GTのほうが軽量でハンドリングは楽しかったのは言うまでもない。
フロリドにいたっては、見かけ倒しの性能と、やわやわなボディーで、耐久性は最悪。
カルマンギアも、かっこうはいいけど、ビートルのほうがすぐれるなとは思う。
この関係は カルマンギア・シロッコとゴルフと同じ(爆 歴史は繰り返すんだ!
さて、一番肝心なことを最後に書こう。
実は、おいらは、全部乗ったことがあったりして、 つまり、心底、イタリアンな優美スタイリング重視のデザイナーなわけで、見かけ倒しの優美なデザイン車路線に倒れていて、その点については筋金入りだと思う。(爆
なので、おいらの中味も怪しいのかも。
今、気になるのは、プジョー406クーペで、ピニン・ファリーナー工房のデザイン(本人はとっくに亡くなってしまってますが)。
最近では珍しい、優美なスタイリング路線。すんごく気になってるんだけどね、やはり見かけ倒しなんしょうか?
車も決めてはバディーの優雅な凸凹ざんす。
FIAT500再び
今日はめずらしく、ジドーシャ の話である。
貧乏くさい欧州大衆車がおいらの好み というのは、以前も書いたことがあるが、昨日、路上で初めて目撃した
21世紀型FIAT500には、ちょっと心がグラっと来た。
VWがニュービートルを出して、北米で当たってしまって以来、BMWの-NEW・MINI等々レトロ路線の車が
続々送り出されているけれど、結局、なんだか いかがわしいなあ というのが、ぼろいVWとMINIと長年付き合ったおいらの実感だ。
今回のFIATだが、インテリアのデザインが、シンプルで、安っぽく、大変に気がきいた素敵なデザインだったんだ。 お金かけなくても、材料悪くても、基本的なセンスがよければいいじゃない? というチープシックはデザイナーのセンスの見せどころだね。 豪華絢爛路線まっしぐらな日本車とは対極の存在ともいえるし、日本のメーカーの成金感覚満載のデザインナーでは、こういうおしゃれな貧乏路線感覚は無理だろうね。
(N産のN君、おこらないでね。同窓会には出てくださいね)
http://www.fiat-auto.co.jp/showroom_500_interior.html
可愛く見せようとすると、やたらにコロコロ丸みのついたデザインが多いけど、FIAT500は
丸っこく見えるが、実は、かなり箱スタイルで、無駄な空間はゆるしませんぜー という、正攻法の小型車のデザイン。 そういう観点からみると、MEW,VW,MINIは無駄な隙間だらけだ。
蛇足になるが、MINIの魅力は、基本的には、我慢くらべカー という点にあって、ミスター ビーンの、MINIの使い方が正しい姿である。 ミニの真髄は、クーパーチューンにあるのではなく、850のミニに宿っているんだ。
(というおいらも、ダウントンチューンのヘッドは入手してしまったけどね)
そういえば、ジウジユアーロ先生のデザインした、FIAT PANDA も、相当割り切っていて、良いデザインだっけど、あの貧乏お洒落路線は、日本では受けなかったねー。
詳しくNEW FIATのWEBを見ていたら、大きな問題を発見した。
セミオートマチックで、ジャイロセンサーを搭載し、坂道検知をして、坂道発進時に後ろに車が下がらないように
2秒間ブレーキをかける という電子ギミックを搭載したことだ。
イタリア製電子制御ミッションとブレ-キに自分の命を託せるだろうか? 単に故障のリスクが増えただけとしか思えないのだ。 誰も、FIAT500にそのような機能なんかは期待はしていないんだよ。安くて丈夫なATで満足なのである。
おいらが、その昔、環八は第三京浜出口付近に黄色い500の中古を発見し、市場の前に、ドアの下をコンコンをたたいたら、
腐っていて、ずぼっと穴があいてしまったことがあったけど、l基本的に、FIAT500の魅力とは、そういう魅力なんだよ(爆
NEW500 排気量は1200と1400 顔が怖くないのがいいと思います。
懐かしの500 虫っぽい顔が魅力。 神田の路上でカチカチ山になった500を消火して
あげたことがあります。 非常に発火しやすいリアエンジンでした。
金髪なプレイメイツなわけ スクールメイツではありません。
週末、お写真系の書店の棚をのぞいていたら、往年の北米版PLAYBOYに掲載された、PLAYメイツの写真集が数冊置いてあった。小型版で、1,2,3巻 その他に、豪華箱入り本で1冊。ああ、どれも欲しいけど、ポイントは、往年の北米版 1989から1972年頃のプレイメイツがかなり収録されていることだ。
つまり、オーナーのへフナーの好みだった時代 つうことだね。
PLAYメイツとは、カバーをかざる、金髪でおヌードの女の子たちの総称で、雑誌なかほどに、見開きで
月毎に 特別ページが用意されていて、PKAYメイト オブ マンス として紹介されているノリだ。
スクールメイツとは、まったく違うので勘違いしないようにね・・・・
さて、1960年代のカバーガールのリストは下記を参照していただくとして、
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_people_in_Playboy_1960-1969
このページはかなりエアブラシ修正が入っていて、当時は批判のあったのだけど、今からみると、そういうモードというか、スタイルなので、やはりPLAYBOY独特の世界が垣間見えて おくゆかしい とか思う。
いまは、フォトショ修正をしてるらしいけど、やはり、エアフブラシがいいです。もやは伝統工芸に属するテクだ。
今、後悔してるのは、当時、勉強用に6年分くらいため込んだPLAYBOYを全部捨ててしまったことで、
あーなんてことしてしまったんでしょ・・・・
残念
PLAYBOYの創刊は1953年で、創刊号のぐラビアおヌードはマリリン・モンローで、(撮り下しではなく、ありネガの流用だったんだけど) この頃は、5000ドルはくだらないプレミアムがついてるんだぜ。
イギリスでは、生まれた年の月のPLAYBOYを記念に買おう!とい商売をしてる会社があるけど、だいだい90ドルくらいはするみたいだ。
ああーーー捨ててしまって・・残念!
当時の懐かしい表紙をお楽しみください。
まさに冷戦時代
タイトルは
ロシアのおねえさんと鉄のカーテンの向こう・・・・・
ああ・・・なんだかいいねー
ロシアより愛を込めて の時代なんだねー
エアブラシ修正と鉄のカーテン・・・つまり、何でも見えてしなまわないほうがミステリアスでいい という事すか。
ち゛ごく の もん オーギュスト・ロダン作
先日、ウルビーノのビーナスが自分の家に帰ってしまうまえに、上野の西洋美術館に行ってきた。
美術館の土産物店(近頃は、おされに、ミュージマムショップと称する)では、ヴィーナスグッヅが山と積まれ、
本物の絵の前より人だかりがしていた・・・。
図録売り場は、閑古鳥。
ちなみに、ウルビーノのビーナス・レターセット は、完売御礼。
誰が、いったい全体どういう状況で使うんだろうか?謎です。
さて、記念品は買わず、奥の常設ショップにて 地獄の門 のミニチュアサイズ カード縦 を発見した。
あー、これほしい! と、数個のまとめ買い。
聞いてみると、これは、売れ線アイテムらしい。
なぜ、地獄の門に執着しているのかというと、以前、このブログでも書いたのだけど
「今日の心に残る風景は、西洋美術館の地獄の門で、(本日は休刊日)夕日を浴びてそびえている姿はおどろおどろしいものがあって、怖くてよかったね。地獄の門 を初めてみたのは、オマセな幼稚園児時代だった。美大に通っていた叔母につれられてここに来たことが良くあって、その時見た絵はまったく覚えてないんだけど、ロダンの地獄の門とカレーの市民はくっりきやきついていて、クレヨンで、絵を描いていたらしい・・・。 今日、地獄の門を眺めていたら、オイラって、幼稚園児時代より、そう成長していないんじゃね? と感じた夕方だった。なんだか、さっきまで幼稚園児という感じが残っていて、地獄の門 には、そういうタイムマシン効果もあるらしい。
そういえば、小学校の図工の粘土細工の時間に 地獄の門 を楽しく作ったこともあったけ。
おまえ、何、それ? ああ、じごくのもん だよ。じごくのいりぐちー。」
という、幼児体験が強烈だったからなんだ。
もう少し詳しく説明すると、
叔母は、当時、美術系の女子大生で、入学試験に必要な持参油絵に、知り合いの若手画家 が書いた秀作を借りて、それで試験を突破したというつわものである。
何故貸してもらえたかというと、若いころの叔母は、吉永小百合そっくりの美人で、それを最大有効活用した結果だったんだ。
で、国立西洋美術館に、当然のことながら、ミーハーな女子美大生の叔母は行くのだが、そのとき、おつきあいしていた、キリスト教系男子学生とのデートも兼ねていて、その監視要員として、叔母の姉(つまり、おいらのマザーである)が、この子を連れていくなら、一緒に男の子と行っても良いとう条件付きで、おいらは連れていかれたのである。
ち゛ごくのもん は、すごいインパクトがあって、マジに怖かったけれど、考える人 が上に乗っていて、おいらには、考える人=ち゛ごくの門のひと だったわけだ。
あの建物は格好いいなと思ったし、門も凄くて、これがオイラのアート出発点だったのかもしれないねー。
地獄の門のミニチュアは、カード立てなんだけど、別のその必要ななく、ただ机の上に置いおくのが良いね。
実物と、ミニチュアを比べてみても、結構がんばってるんだよ。
というわでけで、机の上に、マイち゛ごくの門 どーですか?
本物 高さは5メートルは超えるであろうという感じ 。地獄の門は、シュワちゃんでも、十分な
余裕サイズなのです。
ミニチュア 土台が多少高いようだけど、雰囲気は出てるね
5cm程度
ルーベンスの濃厚なおヌードの味わいは、日本人にはわからんだろーね クラークおじさんのお言葉
ヴィーナスのおなかぽっこり問題謎を解明するため、10数年ぶりに、ケネス・クラーク卿の ぬうど という定番本を斜めに読みなおしてみた。今は文庫になっております。
はじめに をなんとなく読むと、かなり面白い事を書いている。 要は、「この本が日本で翻訳されるのは、大変にうれいしいが、日本人には、西洋美術世界のヌード はわからんだろうねー。 なんせ、自分だって、日本美術はかなり研究して親しんでいるんだけど、日本美術を日本人と同じようにに感じているとは思えないんだなー。」
と断言してるんだ(爆
で、最後に、「私は(本当のハイソサエティーの紳士なので、間違ってもオイラ とは言わない)、ルーベンスの大ファンで、この本も、ルーベンスの章が一番出来がいいと思ってるが、この、ルーベンスの西洋ヌードの大傑作を日本人が理解できるとは思わないぜ」っと、はっきりおっしゃってるわけです。
クラーク卿とかくと、ベイダー卿の御友達のようだけど 卿の解説によると、西洋のおヌードは、
ギリシャローマ体形が古典美で、まあ、しっかりリアルに理想美を表現。ギリシャ時代は、なんていったて男性ヌードに力が入っていて、女性のおヌードは、実はオミソっぽかった事のあげておこう。 腐女子軍は、この時代をもっと注目してほしいね。若い男子同士LOVEが、美しいものとされていた時代で、男性ヌードが氾濫してたんだから。
その後の暗黒の中世(おヌード禁止 で、こそこそ地味で暗いおヌードなんかも・・)
ルネッサンス(暗黒時代終り、かなりHっぽいおヌード出現 ここで、ティッツアーノも登場。) 同時期の、田舎のヌード・・つまりドイツとかは田舎なので流行に後れていて、近頃、先進のイタリアではおヌードも描いていいらしい・・てなわけで、おっかなびっくり描いたんだけど、・・痩せておなかぽっこり系。 つまり クラナッハのヴィーナスなんかだね。
クラナッハのヴィーナスについては、特記事項として、裸のビーナスが唯一つけているアクセサリーのデザインが素晴らしく、アクセサリーデザイナーの神様でもある。 裸にアクセ の先達者なんだが、今度は、この部分だけを一度調べてみようね。
で、その後が、ルーベンスのボリュームたっぷりメガマックヌード。セルライト脂肪もたっぷり。
で、18世紀のおフランスアカデミー系の宮廷おヌード・・小ぶりのバディーにこぶりのバストで、陶器のような肌描写・・これは、ポンパドールとか、女性が画家のパトロンになってしまった結果で、男性が好きがおヌードがあまり描かれなくなってしまったとか・・
とかとか。
そのなかで、ルーベンスを大変に持ち上げているんだけど、確かに、絵は素晴らしいと思うけど、おいらには、セルライトヌードの良さはわからないぞ!ウルヴィーノのヴィーナスのほうがいじぇ と思うのだが、クラーク卿としては、このあたりを指摘してるんだろうなあ。
豊かな肉のひだのねじれで立体感を出すあたりが何ともいえないとおっしゃってす・・・・・・・・・・・・・
ルーベンス 3美神
左から、ザッハトルテ、ティラミス、チーズケーキですね。
はたまたフォアグラか?
ああ、おいらは御茶漬けおヌードでいいです。
でも、ちょっとつぶされてみたい誘惑も・・・(爆
なでさすって気持ちのいいカメラは、良い写真が撮れるカメラなんだ。 カメラフェッチの一言
本当の事を白状してしまうと、35mmのフィルムカメラ、そのくらいの大きさデジカメを中心に使うといういのは、個人的にはここ10年にも満たないのだ。
その昔、最初に自分で買ったカメラが、中古の6x6判のミノルタオートコードなんだから(爆
実際のところ、それ以前は、かなり過激な「カメラは大判につきる」という偏屈な大艦巨砲主義で、35mmカメラを馬鹿にしていたのである。 一応、仕事に困らないくらいの1眼レフとレンズは持っていたけど、
なんってったって、大きなカメラが好きで、そんなカメラを日常としていると、「ハッセルは小型カメラ」という感覚になってくる。 偏屈ぐあいについて言えば、今でも充分偏屈で、その偏屈が偏屈の故にSONYのα700を入手という事態を迎えてしまった。
とくに、グラフレックスのスピグラが好きなので、レンズとか、カメラボディーについては、ドイツの高級ブランドマニアはとは違うんだよよね という自負があったのだが、10年前に、ライカのM4をいじってファインダーに感動し、衝動買いしてしまい、単なる高級ブランドカメラファンに転落してしまったと後指を指される事態となった。
親父が古くからのライカファンで、エルマーのついたD型とか、ズミクロンのついたIIIFを持っていて、中学生になるまでは、そんな高級カメラとは思わず、勝手に持ち出して汚れた手で使っていたので、ライカの免疫は相当あるはずだったんだけど。 ちなみに、当時は友人の持っていたペンタックスのほうがうらやましかったよ。
そんな高級カメラを、どーして小学生の息子が遠足の写真を撮るのに渡してたのか、いまだ不明である。
小学生の遠足に、ズミクロン50mmのライカのIIFだぜー。しかも、単体露出計もなし!(爆
それでも写真が撮れていたのは不思議だ。 われながら、良く撮ったと思う。
だってさ、ピント合わせるファインダーと、アングル決めるファインダーと2つもファインダーがあって、同時にみるわけいかないし、シャッター、絞り、巻き上げ、全部手動で、小学生にとっては、バるナックライカのフィルム装填はマジックに近いものがある。しかも、ズミクロンは沈胴ときたもんだ。
このライカが、写真嗜好を決定する刷り込み体験になってしまったんだね。罪な話だ。
なので、いまだに刷り込まれているバルナックライカのフィルム装てんはおまかせよ!
いろいろ使い込んで思うのは、持った時に気持ちが良いカメラは、良い写真が撮れる ということだ。
で、当然なだけど、何故か高級なヨーロッパ製カメラはなでさすると気持ちがいい。
官能的な魅力だね。
ミノルタ・オートコードは、好きではあるが、ローライ・フレックスに比べると、持ち心地は明確に野蛮である。l
手の平が削れそうに痛い!
ローライは、なでなでしていて、気持ちがいい。気持ちがいいので、ローライが一ダースほど、箱にごろごろする結果になってしまった。ローライコードが一番お気に入りです。
ハッセルも持って気持ちがいいカメラで、両掌にすぽっとおさまった感じがなんともいえずに気持ちがいいね。
独特の、カシャカポン という ミラー音がスタジオに響くと、なんとなく、よさげなファッションフォトが撮れそう
な感じ(あくまでの、感じにすぎないが)で、モデルのおねー様にも、この音は大変受けるのだ。
この音がすれば、着衣を剥げる! という先輩もいたほどだ。それほど、官能をそそるのです(爆
なので、このテのマクワウリ型カメラの国産品はがさつに尽きるので、使ってません。
で、ライカMなんだけど、このカメラも気持ちがいい(爆
で、こういうカメラを撫でまわすのが目的なマニア層が実は多く、シャッターを音を楽しむためにある ノリになるのだけけれど、僕は実質の人なので、かなり使いこんじゃうんだよね。
なので、あちらこちら、すり減るし、傷もついて、買取価格は限りなく低くなるんだけど、
使い込まれたカメラが一番かっこいいなあーと、ふきふきしながら思う晩でありました。
PLAYBOYは金髪おヌード軟派雑誌というわけでもないんだ
PLAYBOYは金髪おヌード軟派雑誌というわけでもないんだ というのは、実は、僕は厨房の頃、かなりのUS版PlayBoyの愛読者だったんだ(爆
あまり勉強しなっくても、英語で苦労しなかったわけは、厨房時代のこの愛読雑誌にある。
おそらく、かぶれていた植草甚一先生とかの影響も多いにあるんだけどね。
イアン・フレミングの007シリーズは東京の男の子の教科書だったけど、US版PLAYBOYは月刊の学習雑誌という感じだね。
まあ、そういのが格好いいな とか思った年頃だったんだ。
おかげで、大人になって合衆国でしばらく仕事したときには、雑誌で仕入れた知識はかなり役にたったね。
パーティーのスタイルと、ジョークの類とか(爆
横浜の本牧海軍住宅地の丘の上の近所に住んでいることもあって、本牧にあった古書店には、基地の住人から放出されたUS版のPlayBoyが1冊100円で積まれてた頃があった、せっせと100円を古書店のバーちゃんに貢いでたんだ。それに、ときどき、金網の向こうのトモダチが、どさっとくれたりもして、自分の部屋の床に山積みしてたけど、良く親に捨てられなかった と思う。
マジックで黒塗りされていないグラビア写真がある!という魅力の他に、
御洒落作家の小説、硬派な映画評論、豪華な自動車写真記事、アメリカのお金持ち男性の遊び
ライフスタイル図鑑という内容で、厨房から見ると、そりゃー、豪華な世界だったのさ。
車のイラストも、US一流のカーイラストレータが描いていて、いまでも、その切り抜き(マスタングのだけど)
は大切に持っている。オープンで白ボディーで、紺のストライプが入っている、カニンガム・レーサー風な一台さ。
もち、フォトグラファーも凄腕 だったね。マジ、デザイン、イラスト、写真の教科書にもなっていたんだ。
アメリカの本当の金持ち男性は、フェラーリは買わずに、第二次世界大戦の戦闘機コレクションがステータス
であるとか・・この雑誌のおかげで、かなり勉強ができたんだ。
いまだに、戦闘機コレクションも、持ってないし、フェラーリすら買えなくて、ボロボロのプジョーに乗っていたりすつけれど、 これはこれで、刑事コロンボみたいで、ライフスタイルとしては気に入っていて、こんなライフスタイルも、ツリーハウスに住む物理学者くずれのカヌービルダーとか。時々紹介されていたっけ。
一時は、USでもペントハウスが人気があったけど、この雑誌は露骨なのが趣味なので、やはり、創立者へふなーの軟弱雑誌、PLAYBOYのほうが、おくゆかしくて、好きだったし、記事も洒落ていたとは思う。
さて、本屋でふと見た日本語版のの特集が、世界を変えた50枚の写真 特集で、エリオット・アーウィットの写真ポストカードが5枚おまけでついてくる! で、おまけ欲しさに日本語版PLAYBOYを買ってしまったんだ。
見事につられました(爆
なかなかしぶいおまけだなー と思いながら、夜中の布団の中で、雑誌をペラペラめくると、50枚の写真の写真は、まあ、これは選ばれるだろうな という定番も多いのだけど、
一番最初の方に セバスチャン・サルガド の、ブラジルの金山の写真があって、この写真にすっかり目を奪われてしまった。19世紀に、ドキュメンタリズムに道を譲り、はかなく途絶えたピクチャレスクな写真の新再生という
雰囲気の写真で、これを選んだといのは、ものすごくセンスのあることだと思う。
この写真を見るだけでも価値のある一冊なんだが、今月のプレイメイトが誰であるかは、内緒にしておこうね。
創立者のへフナー無き後は、US版は単なるH雑誌になり果てた感があって読むのはやめていたんだけど、実は日本版の方が、古き良きヘフナー時代のPLAYBOYの雰囲気が残ったという印象があって、日本版は毎月チェックしたほうがいいかもねーとか思った夜中であった。











