ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録 -19ページ目

のだめ な瞬間  小林研一郎&新日本フィル

昨晩、6時30半過ぎてから、近所にいる同級生から突然連絡が・・・

「7時開演で、新日本フィルのチャイコとべートーベンのシンフォニー2本だて のチケットあるが、くるか?」


すかさず、でんさ の飛び乗り、開演前に悠々到着!


パンフレットをいただいたら、指揮者は、コバケンこと、小林研一郎。


おー、ひさしぶりです。小林先生


実は、小林研一郎プロデビュー時頃にさかのぼり、印象深いことがあって、

飯野ホールの前に横付けされた、ダークグリーンの 極めてスタンダードなファレディーZL(Lだすよ)=コバケン 

というイメージがすっかり刷り込まれいるんだ。あれは、本当に御本人様だったのだろうか?

でも、しっかりと、カラヤン=ポルシェ コバケン=フェアレディーZLという図式がオイラの頭の中に・・。


さて、演目は、ベートーベンの7番とチャイコフスキーの5番という、ウイーン郷土料理フルコース食べた

あとに、ロシアディーナフルコースが付いてくるという、超おなかいっぱい のプログラム。


これは、オケにとっても、指揮者にとっても、大変なことで、スタジオ撮影徹夜で連続2日と同じくらい、恐ろしく、

体力と気力を消費するプログラム。 なんでも、DVDの公開録画の都合らしいけど、それにして、

こんな組み合わせを絶対に聞けないなー と思いながら、ベートーベンが始まった。


7番ですよ。 7番。 


ここでピーンときたあなたは、アレ を連想するに違いない。


 ほら、のだめ です。


堂々、この流行りものを最初にするというのは、すごいぞ、新日本フィルとか思いいながら、


いよいよ、あの場面にやって来ました。


コントラバスとヴァイオリンに注目。 コントラバスが回転するか???? ヴァイオリンがやるか? 


って、聴衆のかなりの人は思ってた違いない。 で、会場の視線は、そっちへ・・・


そりゃー、やるわけないよね とわかってわいるんだけど、思わず、大勢が見てしまった夜のコンサートでありました。


いやー、おなかいっぱいで、小林先生も元気で、よかったですね。














夏の箱根美術館紀行 勘違い・サン・テクジュペリの受難

夏の箱根美術館紀行 勘違い・サン・テジュペリの受難


そろそろ夏だ。夏の休日に、箱根に良く行くので、箱根のお勧め美術館攻略方法
をメモしておこう。


仙石原のはずれ、ガラスの城 の近所に星の王子様ミュージアムができてから、
もうすぐ10年くらいになるけれど、ここは、何もしないでボーっ
としていられる穴場である。


星の王子様は、女性なら知らない人はいないほどの有名本で、作家ではご存じの
通り、サン・テクジュペリである。 ちなみに、円楽がTV番組 笑点にて、
星の王子 を連発していたのは、個人的には好きでなく、だめだよ。そういうネ
タに使っちゃ。ちゃんと読んで理解してからにしないと。そういう点で、
談志のほうが遥かに勉強家であった事は上げておきたい・・・え、落語の話になっちまった。


ええと、
星の王子様 の作者として、日本で知られるようになった事は、テクジェペリに
とって、最大の受難というべきか、おいらにとって、最大の悲劇というべきか、
大袈裟に言うと、大きな間違いの最初の一歩だったのだ。


さて、テクジュペリは、おフランスの おぼっちゃま で、なかなかお育ちは良
い方である。今なら、F1のドライバーを目指したんだろーなー という、夢見
がちな冒険キャラで、当然の事ながら、周囲の反対を押し切って、飛行機のパイ
ロットになった。


本当は、戦闘機乗りになりたかったらしいけど、荒野の郵便飛行機のパイロット
で腕を経験を積み、その経験を生かして、人間の土地・夜間飛行・戦う操縦士 
等々の乾いたダンディスム文学を送り出す事になる。
まあ、おっぼちゃまの冒険の夢の実現だね。

いやー、かっこイイですよね。エリア88ぽいというか、トップガンというか・。
いわゆる、通常のおぼっちゃまと、あるいはTOPガンのトム・クルーズと決定
的に異なっていたのは、テクジュペリには文学的、哲学的な才能が備わってたと
いう事だろうなあ。実行力もあるんだよね。口先だけの文学青年つうわけではな
く、実践の空飛ぶ哲人というか、詩人だったんだ。



san


でもって、生意気ざかりの中学生1年生だったらオイラが、初めて出会ったのは、
人間の土地 と 夜間飛行 で、なぜか、20世紀ノンフィクション文学全集に
収録されていた記憶がある、一連の作品だった。あれは、ノンフィクションなの
かね??


オイラの中では、テクジュペリは、ハードで哲学的なおぼっちゃん作家 として
しっかり、理解されていたんだけど、高校生時代、通学バスの中で、女子高の生
徒から、アナタ、サン・テクジュペリ読んでるうーー? と聞かれて、何冊も読
んでるから、おまかせよ!ここが出番とばかりに、テンション挙げたら、
まったく話が合わない・・KY的雰囲気が漂って、あこがれの女子高攻略大失敗と
いう結末を迎えた。


これが、おいらの悲劇である。


なんと、星の王子様は読んでいなかったんだよ。だって、岩波の子供向け本だっ
たんだぜー。


そりゃー、話があわないわけだ。星の王子様 VS 夜間飛行 だからねー。


で、その後、岩波版の星の王子をあわてて読みましたが、確かに、これだけ読む
と、テクジュペリ感は違うんだねー。
女子学生の聖典作家?になってしまったテクジュペリは、それはそれで
喜んでるかもしれないねー。


これが、テクジュペリの受難。


これがきっかけで、クマのプーさん 通称、クマプーとか、かわいらしい女子学
生人気本は全部読むことにしたんだ。

オイラは負けないぞー。


で、この星の王子様ミュージアムの攻略方法ですが、


1、フランスの田舎町もどきの再現街角なので、そこで、いかにもおフランスの
田舎町にいった風な写真を撮って、友達に送る楽しみ。
いやー、日本人観光客が多いなー。

2、小さなカフェテラスがあるので、コーヒー頼んで、涼しい木陰のイスで ひ
たすらぼーっとする。


3、お土産ショップにて、テクジュペリが最後に操縦して行方不明になった
ロッキード F-5B(P38の偵察機型)長距離偵察機のプリントTシャツを買い
あさる。(後から、撃墜された事が判明)

がおすすめなのです。



参考1)近年、行方不明になっていたテクジュペリ搭乗機と思われるロッキード F-5B
が発見された。戦時中の行方不明時には、敵軍のドイツ軍も捜索(国を超えたファ
ンが多かった)



sanp


参考2)星の王子 の版権は切れたため、岩波以外でも、翻訳出版ができるよう
になったので、続々新翻訳本が・・・・


雨の降る夜は・・貧乏おフランス車で高度ドライブテクニック錬成

ちっと、おフランス車話が続いて、アートしてないんだけど、梅雨シーズンになると思いだす、おいらのおフランス車エレジーを聞いとくれ。この前、シトロエンのオーナーと、この話ですんごく盛り上がったんだ。 嘘みたいだけど、本当の話。


このブログ、アートフルな女性の方にも読者がいるので (いっぱいいてほしいのだけどね)

この状況を説明しておこう。


もし、あなたの彼が、味わいがあるとかいいながら、古いクーラー無のビートルとか、ミニ とか、シトロエンとか、フィアットとか・・・ルノーとか・・プジョーに乗っているんだったら と仮定して読んでほしいねえ。

気持ちとしては、こんなボロ車より、中古のマーチの方が100万倍良いといいうのが本音だとしてもね。


ちなにみ、こういう、やさぐれた欧州小型車が好きだという女性は、今は絶滅してしまった、薄給のハウスマヌカン

くらいだろうなあ。



さて、ここからが本題



1950-60年代頃の 味わいある欧州小型車のボロ車で、


雨の 夜の 交差点の右折・左折 ほど、高度なドライブテクニックを要求されるものはないんだ という事である。


基本的に、1、充電量が頼りない発電機と 2、効率悪く、容量小さく、くたびれたバッテリー

と 3、どこから電気が漏れてもおかしくない、布か、紙被服の古いワイヤー。という3大問題が原因なのだが・・


交差点で、ヘッドライトつけて、ワイパー動かして、方向指示器入れると、方向指示器が カチカチ動かなくなる。 

基本的に、電気がたりないのである。



ワイパー止めると、前が見えなくなる。

ヘッドライト止めると、前が見えなくなる。

曇り止めに入れたヒーター切ると一段と前がみえなくなる。


えー、どうすりゃいいんだよー!


当然、ブレーキを踏むのは問題外(ブレーキランプが点灯するので)

ラジオは切る

曇り止めのヒーターも切る


という上での話なんだ。



で、おいらが、ルノー・フロリドで実践した実際の高度な操縦テクは、


1、交差点が近付いたら、ヒーター・ラジオを切り、電気節約の用意。 会話はさりげなく続ける


2、停車したら、ハンドブレーキを入れる (ブレーキライト節約)


3、信号待ちの間は、ヘッドライトは消灯、ワイパー停止、方向指示器のみ点灯。 

 

4、、曲がりたい方向の窓を開ける(曇ってみえないから)


4、信号が変わったら、前方確認のため、

素早く曇ったガラスを拭いて、ヘッドライト点灯し、ワイパーを一瞬動かして停止、ハンドブレーキ解放。


5、窓から安全確認しながら右折開始、交差点の真ん中まで来たら、方向指示器消灯(電気節約)


6、そののち、素早くワイパー動かす。(窓からの眺めでは運転不可になるので)


7、完全に曲り切ったら、何事もなかったように、窓を閉めて、ラジオを入れて、彼女との会話を続づける。


と、まあ、こんな具合だ。 で、その途中で、クラッチ踏んで、ギアシフトして(3段だけど、マニュアルだ)

という操作もしてるんだぜ。


体験した中で、最悪だったのは、上り坂の途中の交差点で、これは、もう曲芸だったね。


ポイントは、何事もなかったように、普通に、平然と、会話しながらこの操作をやってのけることで、

自己満足度は大変に高い行為なんだ。

でもさ、苦労のわりに報われないのよねー。


そりゃー、もて度からいうと、クーラー付の車にはかないませんわ・・・

というわけで、おフランス車職人は、次々脱落していくのであった。 



4cvbw




参考写真は、古いルノー4CV 










 

発見 ピカソな猫は生きてるフォービズム

予定より、1時間も早くデザイン会議が終了してしまったので、普段は通らない裏道を

のんびりと歩いていると、

道端の駐車場に、不思議な物体が落ちているのを発見した。


オイルまみれのボロ雑巾が捨ててある・・・


と 思いきや、  動いてます


???


よく見ると生き物らしい。 じーっと見ると、何か変だ。


そう、顔が変なのです。 


まるで、ピカソの皿絵だ! 


顔が隣りあって二つあるような模様なんだぜー。

色といい、顔の具合といい、フォービズムの絵だにゃー これは。

生きてるフォービスムだあ!

怖い顔。

すごいインパクトがあったんので、この猫を紹介しておこう。



picat


名前・不明

猫種 ・不明な超雑種

生息地・怪しい新宿3丁目駐車場 

毛並み・遺伝子プールのいたずら

態度・ラージ

見た目・ボロボロ


駐車場のオジサンに養ってもらってる可能性あり(もしくはその逆)


全体の毛並みなんだけど・・・すんごいねー。 神様の気まぐれか?


ついでに、全体図もアップも。


考えようによっては、モダンなやつです。



picat2


えりざべすたん みたいな子猫を元町ユニオンの裏で発見し、拉致しようとしたら、猫パンチくらっていらい、

フリーな猫には手を出さないようにしております。 この猫は、さわらないほうが賢明。







おもらしフランス5兄弟・・・アルピーヌA106、108、110に乗るには・・・

昨日、集合していた、ルノー・アルピーヌA110の5兄弟、実は、古いゴルディーニ・チューンのエンジンのあちこちからオイルが漏れるらしきく、会場の石積広場を汚さぬよう、おもらし受けを全車設置しておった。 マナーがよく、ほほえましい風景。 リアエンジンなので、全車のおしりの下に・・お漏らし受けがおいてある写真を撮ってみました。


モンテの覇者 という後継からは程遠いね。





a110



さて、ジャンおじさんがルノーの小型車を利用してつくった、改造車 ルノー・アルピーヌは、WRC連勝で、すんげーレーシングカー と勘違いされてい向きもあるが、本質的には、ケチなおフランス人が作った、ぺなぺな なスポーツカーなのだ。 ルノー4CVの土台にFRPのボディーをかぶせ、エンジンゴルディーニ・チューンのエンジンをそのまま乗せた106から始まったわけだけど、実態はそこそこチューンの軽量キモのスポーツカーと理解しなければいけない

最初の106は、エンジンは、ゴルディーニチューンといっても、800ccで27馬力程度、OHVなんだぜ! 

あの、見かけ倒しの代表格、ルノー・フロリドとおんなじエンジンだけど、アルピーヌがなぜスポーツカーになれたかとえいば、ひたすら軽量化したからだ。

このエンジン、自分の部屋で完全オーバーホール(爆 したことあるんだけど、鉄板プレスの地味なオリーブグレーのヘッドカバーに プレスで、G って文字が押してあるだけなんよ。 これが伝説のゴルディーニ?かとおもいましたね。そのときは。


同じルノーの土台を使って、方や、見かけ倒しのルノーフロリド、もう一方は、アルピーヌ というのは、えらい違いだ。


カタチ的にみると、106は、4CVを無理やりスマートにした感じで、テールランプは立派に4CV

108になると、お尻の造形に、フロリド が立派に残っていて、感動する。

そういう意味では、110が、全体的に丸くて、うずくまくった猫みたいで、なかなか格好いいね。

でも、鋭角がないのは、、まあ、FRPで無理なく作ろうした結果と見たほうが正解。

でも、良いかたち だと思いますね。

ごてごて、フロントにランプを並べると勇ましいけど、おいらとしては、できるだけ大人しい印象の、A110ベルリネッタがオシャレだな と思うので、この大集合の日も、一番改造が少なく、塗装もメッキも年代を感じる品の良い一台に一票を入れておきました。


おいらだったら、レース系のかっこパーツは全部はずし、品の良いおされ系でまとめたいな とか妄想にふける。




その後、土台は、ルノー・ドフィーヌ(おいらのプロフ写真のあれ)ゴルディーニ、R8ゴルディーニ、と進化はしてるが、エンジンは超高性能エンジンからはほど遠い。



初期の頃のA110は 750kg程度らしいが、コンペティションモデルは、FRPを薄くし、650KG程度。

ダイハツの軽自動車のタントが930KGであることを考えると、すんごく軽いのだ。 パワーでなくて、重量なのです。まるで、ゼロ戦みたいな自動車だね.

エンジンパワーは1100ccで66ps、1300ccで81psだ。  タントは、半分の排気量58psだ。すげーえ


つまり、タントのパワーを2.5倍にすると、アルピーヌに近くなるってことだね。(重力差も考えて)


フランスには、ボディーを超軽量にして、スピードを稼ぐ自動車はいっぱいあって、パナールとかが最右翼。

つまり、そういうケチな伝統に輝いているんだが、これから先が、今日書いておきたいことで、



アルピーヌのオーナードライバーは、エンジンをいじってパワーをあげたり、サス・タイヤをいじる前に、

自分のダイエットをしたほうが良いんじゃありませんか? という事です。


小型スポーツカーに乗っている、全国の運動不足でビール飲みすぎの体格が大いに豊かな若者をみるたびに、車をいじらず、おまえが軽量化しろ!

車に失礼だぞ! と思うわけなのだが、A110、108.106アルピーヌって、そんな車じゃないですか?


あ、これはね、自転車の世界にも言えるね。 ビアンキの自転車に拘ってるあなた・・・自転車のフレームを軽量する前に、自分を軽量化しなさい。 昔の戦闘機乗りは、重い体重 だと、採用されなかったんだせ。


そういうおいらの体重ですか? いつの日か、パナール24BTに乗れるよう、軽量化中です。






今日はおフランスでー

今日はおフランスでーで、某所にて開催の古いおフランス車の集会(大人の暴走族みたいなもんか?)参加のおさそひをいただいており、探しているおフランス車も来てるかもしないので、レンズを3本、カメラ2台を抱えていってきましたが、まー 暑かったねー。


期待に反し、新しいシトロエン・ルノー・プジョーがほとんどだったけど、DS21パラス と ルノー16 が一台づつ来ていたので、楽しませてもらいました。ルノー16は、一度買ってしまいそうになったことがあるんだけど、

前輪駆動ルノーの先がけで、時代の空気を感じる名高級大衆車で、工業デザインされる前 という雰囲気をただよせてる、。 DS21と一緒においてあると、ジャン・ポール・ベルモンド全盛時代のおフランス映画を香りをぷんぷん周囲にふりまいてるね。 


で、まじめな撮影? の間にDSのスナップを一枚撮ってこおいたので、こういう感じの車であるというのをあげておこう。なかなか、ゴージャスなお尻の造形ですね。 アートセンターで出前修行を積まされたデザイナーの手になqる造形よりも、こっちのほうが魂に肉薄してくるんっだけど、現代の車のデザインには、きっと何か足らないものがあるにちがいない・・・・



追伸 2CVも参加しており、若いオーナーの方と楽しくお話をさせていただいたが、貧乏欧州車は決してオーバーレストアしてはいけなくて、塗装は粉をふいて艶消し状態 多少さびが出ていて、穴が数個あるくらいが、最高におしゃれであると 洗脳してきました。 おいらとしては、かないマジな意見なんだけどね・・・




DS21




デザインはメッセージであるということなんだ

昨日は忙しいなかで、数か所の うるさい(真剣な)クライアント向に出しておいたそれぞれのデザイン案が、A案とD案のここと ここを足して といううちょこざいな変更依頼なしに、きわめて直球でクライアント感動の中に通過した、嬉しい一日だった。  やるじゃん おいら って心境(爆


日本サッカーと同じで、デザイン・写真・アート類は、決定力 がないといけない。

決定力のあるデザインを最低でも3案は出せるのが実力というもので、

決定力のあるシュートを大切な場面で、いいわけ無用で放つのが、かっこいいでざいなーなのである。


さて、デザインはサッカーだ じゃyなくて、決定力だ に脱線してるけど、

本日の備忘録は およそ世の中のビジュアルなものは、メッセージであり、視覚言語なんだ つう単純な事である。


こう思って、こう思ってほしいから、こんなビジュアルなんだ ってメッセージ つうことだね。


たとえば、昨今流行りのオサレ写真でいえば、オサレ写真を視覚言語で考えると、オサレっぽいサシンを撮っている私は、オサレでしょ? を伝えてるんだ。ってことなんですね。


直球のお洒落写真の優秀作(そんなのあるか?)は、ブレッソンとか、パリの街角スナップ系 に感じることも多々あるけど、今日のオサレ写真は、パターン化されたオサレ写真の定番手法によって構成される。

つまりだね、こうふうにすればオサレなんだよ という共通化されたイメージ(視覚言語)で作られ、オサレ写真というシンボルになちゃった といえる。


淡いトーン・さりげなく、一部を切り取ってみせた 風にする、オサレ小物の一部もいれたりする

ぼかす(爆 あくまでも。おされ心象風景っぽく演出する、時として、シルエット、ハイコントラスをイメージつくりに使用・・等々のイメージ操作の組み合 が 言葉なわけです。


実は、ある種の高級雑誌掲載写真、広告写真等のビジュアルは、相当恣意的に計算つくされて 創造されてるんだ ということはあって、そこまでイメージ操作をしてるんですか? といわれれば、YESです(爆


どの要素をどれくらい入れると、どういイメージと味になって、というあらゆるイメージの調味料をいじくってるわけで、その操作を意識してするにしろ、無意識にするにしろ、やって上でのビジュアルイメージつくり なわけだけ。


そう思うと、下手にデザインも写真もできないじゃないか というと そのとおりなんだけど、下手にイメージ操作するするよりは、直球でイメージを作ったほうがマシな結果が出る という事もある。

直球のイメージつくりとは、こう思われたい私 という部分を捨てて、もっと素直に撮ってみる 事なんだが、

デザインでも、写真でも、アートでも、「こう思われたい私」 を捨てられる というか、消せるのが、お仕事人の世界と感じる朝でした。


なぜ、こう思われたい私 が不要かとえいば、 最初から そうあれば、 そう思われる必要がないってことで、簡単でしょ? ぐるぐるしてきますね(爆











カメラ雑誌のヌード特集シーズン到来

ブログのログをみると、世界のヌード というキーワードで、この斜めなブログに到達する方々が非常に多い。

世界のヌード解説をしてるわけではないので、がっかりさせて、すいません。


さて、今月は、朝日カメラが毎年恒例のヌード特集号の月だけど、なぜか学研のCAPAも、ヌード特集号をムックで出した。


おいらが立ち読みした挙句に入手したのは、CAPA の方なんだ。

でもね、中の写真で買ったというわけではありません。

中の おぬうど の写真は、まあ、カメラ雑誌の特集にありがちな雰囲気で、あまり面白くはない・・。


で、ちょっと興味を引いたのは、


最後の方に掲載されているが、

福川芳郎 氏の、プリントと写真集から見る アートとしてのヌードの姿 という特集記事である。

かなり、直球の記事で、アートそしての現状が紹介されているけど、これからの方向については、

現代アート化というベクトルを示唆している。


まあ、これも一種の写真崩壊の方向で、表現技法にあまりこだわらないオイラとしては、

うれしい限りだ。万歳という雰囲気なんだが、

数世紀経た後に評価されるのは、アイドル写真 というジャンルだったりして という気がしないでもない。あれは、一種独特の世界で、表現技法も様式化されているんだけど、様式化された ということは、

一種のカルチャーとして確立されたという事でもあるんだよね。


なので、村上なにがしが、おたくカルチャーを逆手にとって西洋の現代美術界で一見成功しているように(後世に評価されるかどうかは、まったく別問題だけど)、アイドル写真様式を踏まえて、かなり意図的な作品を作る というのも案外いいのかもしれない。 グラビアアイドル写真は、日本独自の表現様式だからねー。


というわで、どこかで、自称でもいいから、グラビアアイドルを見つけてこなくては・・・

で、 どーするの?といえば、それは、ヒミツです(爆




デザイナーの「思い」

まあ、おいらの場合、IDからグラフィック、建築からWEBまででが守備範囲で、フォトグラフというわらじも履いてるわけだけど、その中で、若手を育成していると、デザイナーの「思い」というのが、「思い込み」に極めて近いんじゃないとと感じることが多々ある。まあ。自戒の意味のこめてだけどねえ。


ドライに言い切ってしまえば デザインに、思い込み は絶対に避けなくちゃいけないけど、 実は、思い も百害あって一利なし と感じることが多い(爆



どんな思い、能書きをつけてデザインをしていようと、デザイナーにとっては作品がすべてだ。

たとえば、現代の若者には神格化されてしまった感のあるチャールズ・イームズが、イームズ・チェアをどういう思いでデザインしたのか? は、知りたいとも思わないし、彼自身も、別に知られたくはないだろうね。

むしろ、どう考えてデザインしたか?のほうが大切だろう。


デザインは、ポエムじゃないし、文学でもない。

良いデザインをしたい という思い以外の思いは 基本的にいらないのである。

そーいうウエットな所を厳しく排除できるきびしさが がデザイナーには必要という

事なんだね。 まさに、男はつらいよ の世界だ(爆

暑っ苦しい、独りよがりの思いをまったく感じさせない、直球で勝負すべきだと、

ガンコなオイラは思うのであった。



まあ、ときどきカーブもありです(爆





マクロレンズの罠だわな

アクセサリー系、小物商品撮影系には、まあ、よほどの初心者ではない限り、マクロレンズが登場してくるんだけど、現代の日本では、マクロレンズは、ボケを最大限生かした撮影用レンズ と、理解されているらしい。

実は、この特徴は、いくつかの欠点もあって、それを承知で使わないと、「単なるマクロレンズの写真」になってしまうんだ。危険なのは、単なるマクロレンズに撮ってもらった写真 で、写真が撮れた気分になってしまう所だね。 ここが大きな罠なわけだ。


さて、具体的に指摘すると、小物系を、市場で人気のある中望遠のマクロレンズで撮影した場合、パースペクティブが損失し、空間が圧縮された写真になることだ。 いわゆる、典型的な中望遠マクロ写真が撮れるわけで、望遠効果ををうまく生かすか、殺すかということをしないと、レンズ作例写真が出来上がってくれるんだ。注意しなければいけないのは、デジイチの場合は、当然、もっと書焦点距離が延びることだ。


次に、マクロレンズのボケ効果があるけど、これもボケすぎると奥行感が消失してしまう効果なので、


以上の二重苦で、立体感を損失した薄っぺらい写真ができあがるのだが、これが良い写真と勘違いされやすいんだけど、本当は、マクロで小物 は、繊細なパースペクティブのコントロールと、ピントの深度のコントロールが要求される、フォトグラファー冥利に尽きる世界なんだね。

ボケを鑑賞するというのは、日本の写真界にしか無い、独特の文化だけど、おいらは、写真についてはシリアスなので、作例写真は嫌いなんだ。


最近のカメラは優秀で、シャッターを押せば、ヘタなマニュアルユーザよりも、写真をそれなりに撮ってくれるから、カメラに撮ってもらうのではなくて、こういうイメージに作る という目標と、自分の撮った絵を近づける操作がクリエイティブな行為になるんだが、そのためには、目標がどこにあるか?と、自分の撮った絵の評価がシビアに必要で、そこが、重要なんだけど、実は忘れられやすい。 


1cm程度のマーブルチョコレートが、巨大が岩石の 平面板 に見える世界(爆  まあ、わざとそーすることもありますが。 街の光景が、ミニチュアモデルみあたいに見せる アレ なんかは、この点を逆手にとった作品ですね。でもあれは、一度目はいいけど、ずーっとつづけるというわけにはいかなそー。


まあ、そんなわけで、仕様の違うマクロレンズがレンズ箱の中に、おいものごとくいっぱい転がってるるんだけど、マクロレンズの罠はレンズを増やす理想の言い訳 になってるわけです。