デザイナーの「思い」 | ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録

デザイナーの「思い」

まあ、おいらの場合、IDからグラフィック、建築からWEBまででが守備範囲で、フォトグラフというわらじも履いてるわけだけど、その中で、若手を育成していると、デザイナーの「思い」というのが、「思い込み」に極めて近いんじゃないとと感じることが多々ある。まあ。自戒の意味のこめてだけどねえ。


ドライに言い切ってしまえば デザインに、思い込み は絶対に避けなくちゃいけないけど、 実は、思い も百害あって一利なし と感じることが多い(爆



どんな思い、能書きをつけてデザインをしていようと、デザイナーにとっては作品がすべてだ。

たとえば、現代の若者には神格化されてしまった感のあるチャールズ・イームズが、イームズ・チェアをどういう思いでデザインしたのか? は、知りたいとも思わないし、彼自身も、別に知られたくはないだろうね。

むしろ、どう考えてデザインしたか?のほうが大切だろう。


デザインは、ポエムじゃないし、文学でもない。

良いデザインをしたい という思い以外の思いは 基本的にいらないのである。

そーいうウエットな所を厳しく排除できるきびしさが がデザイナーには必要という

事なんだね。 まさに、男はつらいよ の世界だ(爆

暑っ苦しい、独りよがりの思いをまったく感じさせない、直球で勝負すべきだと、

ガンコなオイラは思うのであった。



まあ、ときどきカーブもありです(爆