ピントグラスフェッチなのさ
ネットのブログで大量にアップロードされている膨大な数のデジカメ写真を見るのは結構つらいことだけど、全体的な傾向として、光と影とか、空気感を感じる写真が少ない印象があったりする。 僕は、生粋の「カメラはピントグラスがないとねー」 という狂信的なピントグラス派であって、ピントグラスに映る絵を見るのが大好きなんだけど、ネットにあふれるデジカメ写真は、ちょっと印象が違うんだ。
よくよく考えてみると、それは、フィルムとCCDあるいはCMOSのイメージセンサーの差ではなく、使う人の「目」の差なような気がしてきた。ピントグラスで写真を撮るのは不便この上ないけど、光を感じるという、かなりわくわくする官能的性を実体験できるんだけど、最近のデジカメ写真にははそれが無いんだよね。ピントグラスがあるカメラとなると、それなりの大きさになってしまうので、実際は35mmサイズカメラも多用することにはなんるだけど、35mmで感動したファンダーは、M型ライカだったりした。一眼レフ、それも、オートフォーカスの一眼レフのファインダーは、何やら、いかがわしい感じがするのは否めないいだよ。
それなら、ジナーとか、ハッセルの中型カメラにデジタルバックを付ければいいじゃないか?と言われればそれまでだが、フィルムバックの代わりに使うので、精神はフィルムに近いんじゃないか? そういうのは。
僕が、そんなピントグラス信者であるのには、訳があって、忘れもしない、、小学3年生の時に雑誌の付録の、厚紙工作による「幻灯機」を作り、すごーくのめり込んだ果てに、改造して幻灯機のおしりにトレーシングペーパーを張り、外の景色がそこに映るようにした。 これが、すごーくきれいで楽しくて不思議な体験で、魔法の装置だったんだ。 一号機は紙の筒を二重にして、伸縮可能にし、焦点を合わせられるようにした。黒いビニールテープでつながっているような、ぐるぐる巻きモデルだったけど、1枚玉レンズが先端についていて、花とか、かなりきれいに映った。上下がさかさまになる ということが、このときはじめてわかった。
カメラ後部にピントグラスがあるのは、暗箱カメラを同じで、なんとなく、これでフィルムを入れれば写真が撮れるんじゃないかい?と思ったんだがね。 これが1号機
続いて、もっとカメラっぽくしたくて、小さな鏡を入れて、カメラの上にピント面を作った。仕組み的には、ミラーは固定だけど、ハッセルと同じ構造になったのだ。これが2号機。
小学校から帰ると、野球をやってる友達たちを横目でみながら、この特製光学機器で、あらゆる物を覗いてまわった。すごく、像が暗いので、当然、黒いジャンパーをかぶるんだ。で、トレーソング―ペーパーにうつる像をみるのはとても楽しかったね。光がゆらゆらする、ぼける、きらめく とかを眺めるわけです。どうも、空気にも厚み・・奥行きがあるみたい と理解したのも、この箱のおかげだ。l
工作用紙製ということもあって、すぐ壊れるので、何個作ったかわからないけど、部屋中、光学機器だらけになってしまって、そのうちに、ちゃんと撮れるカメラに夢中になったんだけど、
この、僕が作っていた箱が、カメラ・オブスキュラといわれる、カメラの前身の装置であると知ったのは、それから10年以上後のことだった。
そういうわけで、僕はピントグラスが大好きなんです。
といいつつ、仕事はデジカメの日々・・・情けないかも・・・・
ウルヴィーノのヴィナースは、ジョルジオーネへのリスペクト
寝る前に、西洋美術館からダウンロードさせていただいたウルヴィーノのヴィーナスの壁紙カレンダーを眺めていて、カレンダーはあとからフォトショップで消してあげようとかおおもいつつ、この決まりのポーズって、なんか見たことあるんだねーと気になって、思いだしてみたら、ジョルジオーネ(アルヴィ^-ノのヴィーナス描いた、ティッツアーノの先輩画家だよ。)の眠れるヴィーナスのポーズと同じだったんだ。
ウルヴィーノのヴィーナス
眠れるヴィーナスは未完で、あとからティッツアーノがかなり描き足して完成させたとか・・そもそも、ジョルジオーネっていなかったんじゃないの?とか、本当の所が結構わかってないんだが、宗教画と関係なく、堂々と横たわるヌードを描いた絵の元祖だな。
これは! ローマの女神様だったら、裸で描いてもいいよね・・。というルネッサンスの天真爛漫ないい加減さの勢いだ。実際のところ、このビーナスは、ギリシャの彫刻のような完璧な比率とかは意識してなくて、かなり 当時の 美人のおねえさんを裸にしてみました画という雰囲気を漂わせているけど、目を閉じているのポイントで、高名な美術評論家・・御育ちの良い貴族が趣味で研究していますというノリのケネス・クラーク氏によれば、眠れるヴィーナスは 蕾で、アルヴィーノのヴィーナスは、開花したヴィーナスと評したらしいけど、そんなことは、言われなくても、絵を見ればよくわかる。
で、この絵がなければ、あの、咲き誇ってるウルビーノのヴィーナスの存在はないはずで、眠れるヴィーナスの絵のショックというのは相当大きかったんだろうねー。だって、その前まで、こんなポーズのヴィーナスなんていなかったんだからね。気に入った人は、絵をコピペして、貼ってあげてくださいね。
そうそう、何で。こんな外で寝ているかは不明です。モデルも不明です・・・
フォトグラファー虎の穴に自分もはまる ektar式短期育成講座
一応、今シーズンの全講義と演習は終わって、ほっと一息ついた今週。 解放感にひたりながら、事務所で、オバカな写真談義をしていたら、最近は、デジタル系の機材が多く、いわゆる、フィルムと印画紙を使用した「銀塩写真」の登場枠がすくないのは残念だけど、もっと鍛えてほしいという前途有望新進気鋭無理難題のフォトグラファー修行中の若者がわざわざ遊びにきた。いつもいじめてあげてたら、妙になつかれてしまったんだ。
話は、写真の勉強という若者らしい真面目なテーマで、何をやってるのか聞いてみたら、かなりぬるいことが判明した。 写真芸術論の前に、カメラのシャッターを押せとか思うんだけどね。
そこで、かって、実践していた課題をこなししてもらうことにした。
■1月でモノクロフィルム400本撮影すること。
(現像・プリントがカラーよりは楽だし、フィルムの安いということで)
■自分の周りのものを撮影し、ちゃんと作品として撮影すること。
■400本のフィルムの現像と、プリントも行うこと。
なぜ、300本じゃなくて、400なのか?とつっこまないでくださいね。
では一か月後にお会いしましょうーというわけで、途中でのチェックj、講評等はないんです。
現像・プリントの時間を考えると、2週間程度で400本を消化しないといけない。一日26本くらいだ!
土日の休みは当然ないです。
で、毎日26本写真を撮るといのは、かなり大変なことで、露出違いカット、なんとなく撮ったカット、偶然に期待してるカット、カメラ任せなカットはカウントしてあげないから、構図が違うカットを648枚とらないといけないんだ。毎日だぜー。で、家族とか自分の部屋とか、自分の町とか、ペットとか友人とか撮っているうちに、だんだんとる物が無くなってくる! で、いよいよ、ここからが面白いいんだけど、撮ってる方はとにかく大変。何を撮ったらいいか? と次々に考えないといけなくて、自分の想像力ってこんなもの?という、 地獄に入るんだけど、この虎の穴を抜け出せば、それ以前とはかなり違った目で見れるようになってくる。
で、全部自分でプリントもするので、これだけの量を一度にこなすと、見えなかった世界が見えてきて、一皮むけるんだけど、学生の人数分かける1800枚の写真を見なくてはいけないということに気がついて、あとの祭で、見る方も虎の中におっこちてしまった事件だった。 あーしんど
なーんてこった。キュービットの頭にはシラミがいるらしい・・・
なーんてことだ、キュービットの頭にはシラミがいるらしい・・とショックを受けたのは、ウルヴィーノのビーナス展情報を漁りに、国立西洋美術j館の ヴィーナス・見どころページを眺めていたときだった。
小さくて、薄い絵のタイトル名に
ジョヴァ ンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(本名ジョヴァンニ・マノッツィ)
キュー ピッドのシラミを取るヴィーナス ・パラティーナ絵画館
とあるではないか。
http://www.venus2008.jp/highlight_a.html
ウルヴィーノのヴィーナス特別サイトだぞ!
残念ながら、この絵をここに張り付けると怒られそうなので、URLだけを貼っておきます。
田舎のお母さん という雰囲気のヴィーナスが、背中に小さな羽根の生えたキュービットを抱え、観客に尻を向けているキュービットの髪のシラミを取ってあげているの図。あああ、色気がないぞ。
しかも、着衣だし・・・普通の田舎のおかあさんぽさが倍増。
キュービットの母は、ビーナスなので、まあ我が子のシラミを取っているマミーという、生活感ただよう一枚。
17世紀のことなので、衛生状態って、そんなものだったんだろうねー と感じつつ、何故か、この一枚、頭に焼きついてしまったのです。 この一枚もしっかり見ておかなくてはいけないね。
キュイービット、ばっちいんだろうねー。 新しい発見。
ウルヴィーノのヴィーナスが、どれくらいのペースでお風呂に入っていたかって事も、この際、気にしないようにしようね。
ハスケルさんちのフランク・ヘス君は、おねえ だと思うけど、ハスケルよりもセンスは良いかもねえ
近年、豪華本が出版されたこともあって、ミリアム・ハスケルは日本で人気が高いんだ。 それでもって、ハスケルの大作を実際に見ると、思いのほか大柄で巨大なのである。ここが、本の写真と違うところ。 なんでも、本物みないとダメだねーと実感する瞬間。 ネットのオフミーティングの醍醐味? ・・とハスケルの実物を研究された人は感じるだろうと思う。
金髪・碧眼で身長180cm以上の、大きなアメリカ女性が着用されると、あのサイズでちょうど良いんでしょうねー。ハスケル女史の全盛期は、アメリカが一番元気な時代で、アメリカ産女性が輝やいていた時期もある。
後にオードリーとか、欧州非北欧系の女性の人気がでてくるけど、彼女たちはかなり小柄なので、往年のハスケルの大作はデカすぎるというわけだ。
ハスケルブランドで実際にデザインをしていたデザイナーは何人もいるけど、印象深いのがフランク・ヘス君だ。個人的には、恐らく ヘスクンは「おねえ」 だと思うんだけど、作品は繊細かつゴージャで、ハスケルブランドの作品で、これはセンスがいいなあ と思うと、かなりの頻度でヘス君だったりするんだ。なので、本当は、ハスケルのデザインの真髄は、ヘス君と言っても過言ではないだろうねえ。
アメリカのアンティークショップでは、わざわざ ヘス君の作品 とう但し書きを入れて、高く売っていたりする。このヘス君、実際にどんな人であったの、ほどんど資料がない。デザイナーの人と作品は関係ないと思うけど、どんな雰囲気の人かは見てみたいんだよねー。 毛むくじゃらの腕に、ごっついプロレスラーみたいな人という可能性もあるけどね・・・。
へス君、名前からするとドイツ系のようだけど、後に、ヘスオリジナルブランドを作り、オリジナルの作品を送りだす。アモーレラといというブランドだけど、これが少女趣味的な細密路線で、ハスケルの時より、ある意味で女性的・・クラッシックという感じだ。これは、数は割合すくないので、良い実物を見るのは大変でもある。うーむ、ちょいアンティーク風でもあってなかなか素敵だ。
そうえいば、ハグラー君も同窓生だったね。と思いだしました。
ヘス君作
ちょと遊んでみた
昨日、ものすごい風の中、千葉の奥地にある工場へ、カタログ掲載の写真の撮影にいかされてしまった。 本当は、ブツは、スタジオで撮りたいのだが、どうしても、現地の条件に悪いところで撮らなきゃいけないこともある。泣! 地方の撮影は、地元グルメで食い倒れ という特典楽しみが待ち受けてることが多々あるけど、この千葉の奥地にはなんいもないんだよー。 こんなときは、さっさと撮影を済ませて帰るのが一番だ、
工場の隅に段ボールとコピー用紙で仮設の「燃えるゴミ」スタジオをつくりあげ、撮影時間より、スタジオでっちあげ時間の方が圧倒的に長かったけど、まあ、こんなもんでしょ。いわゆる、下地が命なんだね。 メイクと同じである。 騒音、振動、圧倒的に暗い、寒い(作業員の場所しかヒーターがないんだよ)という中で、パートのおばさま方の熱い視線を浴びながら、無理やり撮影を終えた。社員の写真も撮るんだと勘違いされていたらしい・・・。
困った・・・。
工場の中をぶらぶらしていたら、結構面白いものがあって、窓からの自然光だけで、遊びながら数カット撮ってみた。遊びといえども、光のまわり方とか、ピントの深度、色の出方は、てきとうながら計算づくで、こんな感じの写真になるというのは決め打ちである。人生の計算もこれくらいできれば苦労は無いのだけどね。 まあ、午後の黄色い光が窓からさしこんでいるのを見て、しめた とおもうたわけなのです。 おお、写真の神様が降臨された一瞬。
事務所でゆっくり見ると、予想通りに、この最後のカットはTOPに使おうという事になり、そりゃー、クライアント指定のアングル、構図で撮影したカットより、指先の魔術師?といわれている僕が撮ったカットのほうがいいのは当然じゃないか・・とか口走りしながら、 だから新しレンズ買ってもいい??とかしっかりお願いするのであった。
現代のデジカメは誰でもシャッターを押せば、それなりの写真をとってくれけど、そのうちに、カメラの自機能様がいばり出してくる。こういう状態では神様は決して降臨されず、カメラの周りを、小太りで怖い顔したキュビットが飛び回わる。というわけで、カメラ様が撮ってはくれない写真を撮ろうね。
実物は、単なる。地味なプラスティックダクトです。
ニューヨークにいる、フランス生まれのヴィーナスは、ヴィーナスの化粧の女王様
実は、ブーシェが大量生産した「ヴィーナス」の中で、一般的に知られてるのは、メトロポリタンにあるヴィーナスなんじゃないか? ってことは、昨日書いたんだが、実際に、改めてそのビーナスを見たくなってしまった。よるあるでしょ? 昔有名だったアイドルで、名前は良く覚えてるんだけど、顔がはっきり思い出せないこととかね。
見直してみると、表情は、古いイタリア絵画のような、典雅な系統で、細めの卵型ですね。ルーブルのとも、かなり容姿は似通ってるんだ。構図がまったくちがうけど、例によって、可愛くないキュービッドがまとわりついてるんだよね。本当に、こんなのが。僕の彼女の周りを飛んでいたらら、怖いです。
ルネサンス以降、神話の世界であれば、女性の裸 を描いても、そんなに教会から怒られない・・ということもあって、これ系の絵は多く、寝室にかざるのに(と決め込んでるけど)需要がすごく多かったと思うんだが、実際には、注文時に、どこそこの、あの女性の顔をモデルに描いてほしいだよねー とかいう注文で描いて、で、結構スキャンダルに楽しんでいたのではないかと、創造を逞しくしてるんだけど、実際のところ、どーなんでしょううね。研究者の方が読まれたら、教えてほしいいものだと思います。
古典絵画では、図像学的が解釈が重要であるので、そこに触れるのが最近の流行なんだけど、ブーシェの絵画は、まあ、現代で言えば人気ヌード写真家の特大プリント的な面があるので、あまり真剣な検討するとひどい目にあいそうだ。ヴィーナス(オフロディーテ)の周りを飛んでるののは、キュビトで、別名エロスで、ヴィーナスの息子つうことになっている。まあ、ヴィーナスを描く時のお約束。
なんたって、気になるのは、1750年前後のフランス宮廷界隈における理想の美女 がこれだということで、十分に官能的にくすぐられるのですが、今のグラビアアイドルおお宝写真は、250年後にどんな感じで見られるのですかね?それまで、地球が持てばの話ですが。
え、ウエストが無いんじゃないかって? 僕は豊満な美女のほうが好きなので、気にしないでください。
上野の森はヴィーナス様御一行団体訪日観光ツアーだ・ブーシェのヴィーナスが隣の美術館に・・・
昨日、ウルヴィーノのヴィーナスの大看板の下を通ったときに、その右にいる、他のヴィーナスの事をスナップ写真付きで書こうと思っていたら、今日読んでいたデザイン雑誌の展覧会案内に、上野の都美術館で開催されるルーヴル美術館展の紹介ニュースに、ブーシェの 「ヴィーナスの化粧」写真が掲載されていた。なんと、フランスからも、ヴィーナスが参加されるんですね。こうなると、空前のヴィーナス様ご御一行の団体日本観光ツアーという様相だ。ブーシェは、あまったるい、クッキー缶の絵のようなこてこて宮廷装飾油絵の大職人で、魂の葛藤 みたいなものが伝わってくる類の画家ではなく、見るべきところは、その典雅な装飾美なんだろうなー。
ヴィーナスの化粧 というタイトルでもかなりの数を描いていて、おそらく、一番知られているのは、メトロポリタンにある絵だと思う。また、ヴィーナスの化粧 以外のタイトルで描いたヴィーナス画も数おおく、大半が、手をついて座るヴィーナスの周りを、小太りのあまり可愛くないキュ-ビットが飛び回る図だ。ビーナスの表情、体形を見ると、いろいろかき分けているので、モデルの数も多かったと思うんだけど、ルーブルのヴィーナスは、結構、僕の好みである。また、片足上げている太ももの描画なんかも、職人的にすごいものを感じるねー。まあ、数いるヴィーナスの中でも、非常に官能的なわけです。さてさて、ブーシェの描くところのヴィーナスは、ティッティアーノの描くところのアルヴィーノのヴィーナスより、官能的ではあるが、多少IQが低くそうという雰囲気をただよさせている。
まあ、ブーシェのヴィーナスは、豪華絢爛完熟酒池肉林のルーブル時代の作品だから、当然だよね。現代でいえば、高級ホストクラブに置いてあるべき絵画かもしれない。
さて、ここで気になるのは、ブーシェのビーナスのような類の絵は、いったいどういう場所に飾ってあったのでしょうね? 浴室・・寝室??? と思わず気になってくるので、これは調べてみよう。
ついでに、美の化身ともいうべきヴィーナス様も、メイク は必須だったんですかね???
今の巨大カップのグラビアアイドルに比較すると大変つつましやかであるのだが、そえがよかったりして、やはり、このヴィーナス様も見にいかなくてはね。
ガンダム化するプロダクトデザイン、もしくはインダストリアル・デザインの果ては?
本日の講義後、事務所に大急ぎで帰る前に、工学部系の先生と、デザインについて話をする機会があった。そこで、ここ数年来感じている、最近の日本の工業デザインはガンダム化造形ではないか?と、個人的に気になっている事を話題にしてみたら、やっぱりそういう感じがするらしい。
ガンダム化デザインとは、
1、あまり意味の無いパネルの目地割線が目立つ。
2、あまり意味のない排気口がある。
3、あまり意味のないボルトの頭・・・
4、あまり、最初から立体造形されてなく、原型は、平面的な絵
というディティールによって構成されているデザインが特徴だ。
まあ、プラモデルぽい造形ともいえる。ガンダムの造形密度度は、実物の飛行機、機関車等、船舶、建築構造物に等に比較し、あまり細部の密度は高くなく、それっぽいディティティールをテキドにアレンジ配置することにより、なんとなく、ぽさをかもしだしてるんだが、結局、最中の皮みたいなもんで、あるいはプラモデルみたいなもんで、中身の存在感が非常に希薄なデザインだ。でも、こういう傾向は、30年前くらいから、プラスティック素材と、電子化の推進から創造はしていたんだけど、こんな、ペナペナ造形になってしおまうとは、思いもよらなかったね。ガンダム化とは、アニメ化ですか?という質問が出てきたが、確かに、工業デザインが、アニメからヒントを得るというのは情けない時代だけど、個人的に好きな攻核機動隊の士郎正宗のコミック造形は、先進的なメカオタクが時間をかけてねちねち考え出した迫力があるのは認めよう。でもね、IDデザイナーのはしくれとしては、決してコミックの影響なんぞうけずに、デザイナーの試作品がコミックに影響をあたえるべきだろうなーとか思うんだけどなー。結局、平面コミック屋と、立体屋の違いは大きいんだと思うね。
エリオット・ノイスの端正なデザインとか、コミックからは絶対に出てこない世界だからと思うからだ。
まあ、そんなわけで、ガンダム世代のデザイナーよ、ずーっとガンダム化デザインをし続けるのだろうかねー?
筋金入りのSFファンである僕としては、、神林長平の戦闘妖精雪風なんかも相当すきだけど、あの巨大なモビールスーツだけは、ちょっと違う世界だなー あ、結局、アニメも結構みてます(爆
ガンダム化デザインの果てですか? それは、毎週土曜日夕方に放送される、ガンダムアニメの未来にかかってるうだろねー。 まあ、個人的には、ファーストのウエザリングされたザク だけは認めてあげよう(爆
大人の鉄っちゃんクラブ設立へ! ストリームライン機関車からアメリカンエアラインのスッチーまで
1年前、友人に無理やり引きづりこまれて、鉄道研究会に参加するとこになってしまった。 世間話をしていたときに、口をすべらせて、年期の入った鉄道モデラーだ という事がばれてしまったからだ。デザイナーで鉄道模型マニアというのは、割合すくなくて、まあ、ニッポンの鉄道マニアはオサレでないからだとおもうね。僕は、ヒコーキでも、ジドウーシャでも、リストランテ(爆 でも、ファッションでも、すべて美学はつながっているという世界感なので、どうも、鉄道路線だけのマニアの方とか、連結器だけのマニアの方とは、なかなか付き合いがたいところがある。 連結器マニアから見ると、デザイナーの軟弱な鉄道ファンなんて とおもわれがちなので、 ついに、油絵からエアラインから鉄道までなんでもおかしく楽しく語れる研究会を厳選されたメンバーで独立させることにした(爆 この会の入会基準はきびしくて(笑 写真のセンスが良いこと。おフランス、ドイツ、アメリカの鉄道も語り合えること。鉄道の話題からスッチーの話題へでもそのまますんなんりいけること。等々、まあ、高級おしゃべりクラブの様相だが、今年は鉄ちゃんのニューウエーブを目指すぞー! と決意した金曜日の夜でした。 当初は、アメリカのストリームラインの機関車のデザインをネタにするのだが、まあ、初期のアメリカのIDデザイナーの面々の作品が多いので、きっと、ドレフュスアソシエイツのアメリカン・エアラインのデザインの話あたりまで広がってしまいそうなので、デザインオタクで盛り上がるんだ!
アメリカンエアラインのおねえさまの制服、好きです(爆 写真は、1970年台初頭のアメリカンエアライン・スッチー いやー、ポップだねー。






