ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録 -16ページ目

極小マクロから超超望遠 パワー・オブ・テン を地で行く

イームズがシアトル万博用に作成した映画 Power of Ten 10の階乗の世界 の映像は今でも新鮮で、発表されて以来、アチコチでパクられている永遠の名作だ。 イームズは一時、かなりの短編映画を作っていて、

昔、パイオニアからLDで出されて、現在、アチラに注文するとDVD BOXで買えるんだけど、DVDを全部みると、

BESTは LDに収録されてるようで、全部が名作なわけでなないですね。


極小の世界から宇宙の果て?まで、たかだか10のプラスマイナス1何乗ので収まってしまうんだという映像を1つのシーケンスで見せてしまうという傑作で 作られて数十年たってるので、極大と極小はさらに数段階発見されてるんだが、いずれにしても名作の誉れは高い。


http://jp.youtube.com/watch?v=BBsOeLcUARw


さて、いきなり、ここで下世話な仕事の話になるんだけど、

ある材料会社の依頼で、カタログ用に、織物の織と繊維の質感がでるような極小撮影を続けていて(このためにスペシャルなつぶしの利かないマクロレンズを1本調達したけど、他に使い道がない・・。ファインダーで、繊維を覗いていると、目がくらくらしてるんだけど、 ちょうど同じタイミングでとてつもない望遠撮影の実験の仕事もしなければいけなくなって、こっちは動画で、いろいろ試した挙句に、光学37倍ズーム・・・35mm換算2700mmというカメラをいじることになった。しかも光学37倍が特別設定で45倍になるという・・・。



http://jp.youtube.com/watch?v=rc-V_fyTppU&feature=related

これ望遠のすごさは犯罪ですね・・というアシスタントの声は別として、おいらとしては、まともな焦点距離のファインダーを覗きたいんだ(爆


同じ日に、この2つのファインダーを覗くと、なんだか自分の大脳がパワー オブ テン をしてる感じになって、

世界の果てまで行ってきた気になる。すくなくとも、お仕事の雰囲気ではない(爆


教訓

1, 極小マクロ撮影は、理科部屋の匂いがする・・・

2、超超望遠は、スパイというか、危ない匂いがする・・・


早く、この2700mm望遠で、夕方のランディング体制に入ったシコーキのドアップを取りに行きたいオイラだが、

いずれにしろ、アートな写真は35mmカメラの場合は、35mm-80mmの間に ブローニーサイズの場合は、

40mm-120mmの間 二眼レフでは75mm-80mmの間に存在するというオイラの信念が証明された出来事だった。


ああ、はやく普通の焦点距離に戻りたい・・・




最後にがんばる日本版PLAYBOY ピカソの女神たち

昨晩からオイラは発熱していて、多分前日に、液晶プロジェクターの高熱排気で集中的に攻撃されたからだと思ううけど、バッファリンが効いてきて、午後になったら、多少復活してきた。早退しようと思ってたんだけど。


さて、昨晩、熱っぽい頭で、日本版PLAYBOYの11月号を眺めた。廃刊が決まってから、企画物の内容が急によくなった印象で、最後の意地かもしれないね。 アメリカの金融危機と同時期に廃刊というのは、なにやら同時代性を感じてしまうけど、最後にがんばる日本版PLAYBOY。


この号を買ってしまったのはピカソをめぐる有名な写真が表紙になっていたからだけど、この女神特集は、なかなか読ませる。 ピカソの9人の女! 9人ですよ! 9人! を順番に解説しならが、写真と作品を紹介というノリで、歴代の9人の写真があれこれ掲載されているのは野次馬的にすごーく興味をそそられるわけです。


ピカソの彼女は、作品にもアレコレ影響は出ていて、有名なところでは、自称亡命没落貴族の彼女 は、ピカソをして新古典主義を描かせた という所があるけれど、ピカソの女性趣味とか好みを詳細に見ていくのは、

ピカソを解明する方法の一つだとか思うわけ。彼女の一言で作品の傾向が変わったりするんだから、まー、ピカソは実は親しみやすいんですよ。 妙にムズカシイ美術解説書を読むより、役に立つね。


こんな具合である。


ジェルメーヌ・ガルガーリョ
「青の時代」と友人との三角関係


フェルナンド・オリヴィエ
「バラ色の時代」を導いた女


エヴァ・グエル
キュビスム全盛期 「私の可愛い人」


ギャビー・レスピナス
密かに逢瀬を重ねていた謎の女性  謎がいいです。


オルガ・コクローヴァ
正式に結婚した初めての女性  問題ありで

マリー=テレーズ・ヴァルテル
泥沼の結婚生活で出会った若き愛人


ドラ・マール
芸術と芸術とが引き合わせた


フランソワーズ・ジロー
ピカソに反旗を翻したジャンヌ・ダルク


ジャクリーヌ・ロック
46歳年下の偉大なお母さん


以上のリストは集英社の広告から引用



個人的には、可憐な  マリー=テレーズ・ヴァルテル

バリバリウーマン    フランソワーズ・ジロー   が好みではあります(爆

まあ、がんばって彼女等の写真を良く集めたものだと思う、貴重な特集だけど、写真の使用許可などは、どーしたんだろと思いながらの11月号であった。


この時期、東京の2つの美術館でピカソを取り上げててうrので、予習にはもってこいだね。


11月が、雑誌のエスカイア日本版も 写真家とカメラ の特集で、こっちの話はまた別な機会にしよう。

今月は、買うならピカソです。



pikaso



緒形拳さんを偲ぶ 実は自作ヨットビルダーライバル

昨日のTVニュースで俳優 緒形拳さんが亡くなられた事を知った。 夜更けニュースを聞いて、思い出した事があるので、備忘録に書いておこう。


僕が知っている緒形拳さんは、俳優としてではなく、気合の入った自作ヨットビルダーとしてなんだ。


かなり以前、海の男(爆 をしていた頃、ヨットを自分の手を作って海に乗り出そう と心に決め、小型のヨット

の図面を自宅の近所の、横浜の山下にある岡本造船に買いにいった。


なんたって、岡本造船の岡本豊氏は、戦後の日本を代表するセーラーであり、ビルダーだったからね。

 若造の僕が、造船所の事務所を訪ねて、小型ディンギーを作りたいという希望を話すと、岡本豊先生みずから、「これがいいね」と、13FTの2人乗り FJクラス を勧めてくれたので、アドヴァイスにしたがい、図面を購入させていただいた。2枚で数千円。 これがね、トレペの鉛筆書きのA2の図面を、ジアゾ式の湿式青焼きコピーで、その場で焼いたもので、ちゃんとした乾式の青焼きじゃないから、だんだん図面が変色して消えてくるんだ。


そういうわけで、残念なんだけど、僕の図面はもう跡形もないだけどね。

で、その場で、図面にセールナンバーを記入してくれた。 セールナンバーが入るということは、まあ、固体の登録のようなもんで、ナンバーまで貰ったら、あとは作るしかないじゃないか・・・。


で、こつこつ、つくりはじめたのだが、ときどき、作り方がわからない所があって、造船所にはたびたび足を運んだ。一人で作っていると、けっこう、大変だし、めげたりもするんだ。

そんなある日、岡本さんが、 「君とね、同じ船を、緒形拳さんが作ってるんだよ。」 と励ましてくれた。

 

緒形拳さんとは、いつも造船所ではすれ違いで、直接お会いできる機会はそんなになかったけれど、岡本さんの話で、ライバルの緒形号の進み具合はいついも気になっていて、まあ、ライバルがいたから、完成できたようなものなんだ。有名人というよりは、完全にヨットビルダーの先輩というノリの会話で、映画演劇関係の話はまったくなかったね。若い僕は、そういう感じがいいなーと思ってました。


僕は、木工・金工も一通りこなせたので、工作的には難しいところはなかったんだけど、一人で作ると、一隻を形にするまでは、かなりのテンションがいる。 といいうのが実感。

作る作業は、実は、自分との対話を続けるとてつもなく地味な作業で、数百本の木ねじをい1本づつ締めてるときとか、小さい助骨の補助パーツを切り出しているときとか、本当に、いつになったら出来るんだ・・・・という心境で、坦々と、禅修行の如く作業を行うしかないんだよ。この精神状態は、何物にも代えがたいものはあって、そんな事から、ヨットを自作した人 というのは、ある山を乗り越えた仲間の共感はあると思う。



緒形拳さんのヨットつくりは、もしかすると、完成させるよりも、その過程に意味があったような雰囲気もあうるんだけど、自作仲間というか、先輩のご冥福をお祈りいたします。








うなりながら日本列島空の旅 BY ANA

週末はイベントが多く、オイラはまたまた空の上の人となった。 さて、いつも乗るルートのANAの最終便にて、いつも全日空寄席が今月に限り、イマイチだったので、音楽CHに切り替えたら、季節柄、秋の音楽特集。

シナトラの若い頃のオータム イン NYが流れていて、それはそれで、東京に向かう中で聞くにはいい雰囲気だね。 で、誰もいない海 とか、色づく街・・南沙織だぜ! とか、アルバート・ハモンドの 落ち葉のコンチェルト と、和洋秋のポップスが続いたら、いきなり、あんこ椿は恋の花 By 都はるみ が流れだした。

あれー??? Ch壊れてしまったかい??? 演歌チャンネルが混線してるんじゃないかい???

延々と続く都はるみベストメドレー  涙の連絡線 好きになった人 北の宿から 大阪しぐれ・・・


おそろしいもんで、北の宿から あたりから、眼下にひろがつた夕闇の雲海を見ていると、なんとなく、音楽がイメージにあってきて、こぶしで飛行機全体が唸りながらとんでるような感じ!(爆  

多少変なデザインも、慣れることがある と恐ろしいとか思いながら、雲海は演歌が流れていた。



オイラは空の流れ者デザイナーよ。 都に帰るオイラを引き止めないでおくれ。

明日は、また別のクライアントが待ってるさ! てな具合に

どっぷりと演歌に浸りきった頃、


音楽は、いきなり イブ・モンタンの枯葉 に切り替わった・・・


誰だ、このCHの選曲したのは???????????????????


ANA 10月の機内音楽サービス 9CHの青春歌謡グラフティーの事でございます。




9ch

20世紀デザイン少年の夢 最後のたどりつくのはデザイン原理主義か?(爆

20世紀少年の検索でこられた方・・すいません。コミックの20世紀少年はちゃーんと読んでおりますが、これは別のお話しで・・・


おいらは、東京の郊外のお育ち、生まれで、正しい東京の20世紀少年生活を送り、けっこう、コミック通りの背景だったけど、オイラが大きくちがっていた というか ずれていたのは、少年の頃に、既に、デザイン修行僧少年だったのだ。小学生にして、愛読月刊誌があって、工芸ニュース(激爆)とSFマガジンだったんだぜ・・・。あとね、聖典の映画は、「2001年宇宙の旅」 で、イスはサーリネンデザインで、正しいデザインだったんだよ。(爆

その中で思ったのは、アメ車のデザインはNGだけど、アメリカの、ノイス、イームズ達の知的モダンデザイン派には、なんだか素敵な人類の未来を感じてしまうデザインだった事だ。アーサー C  クラークのSFを読みすぎてしまった小学生ということもあるかのしれないね。 まあ、知的モダンデザイン から考えると、ドレーフュースなど初期アメリカデザイナーのデザインは、完全に旧世界を思わせるね。まあ、時代が違うから、仕方ないけどね。


てなわけで、20世紀少年だったのオイラの夢は、


1)チャールズ・イームズの自邸のような、真四角で、モンドリアン風カラーリングの、アルミ製の箱に住みというか、デザインアトリエ・スタジオを構え、


2)ピニン・ファリーナのデザインのクーペボディーの小型車に乗り、


3)A C クラークのSFを棚に並べて読みふけり、


4)JAZZとボサノヴァと適度なクラッシックを聞きながら、


5)美人の秘書兼アシスタントデザイナーと一緒に


4)四角い、精錬潔白で、理知的で IQの高い デザインの道を究める。


この時点で、どーやって仕事依頼がくるのかとかは、まったか考えていなかった(爆


で、この夢はどれだけかなったか? というのは、別の機会にメモすることしにして、


あれから、いろいろなデザイントレンドが流行りましたが、、21世紀になっても、タイムマシンはできてないし、

太陽系の外に人類がで出ることもなさそうだし・・そもそも、月までしか行ってない・・・。

新しいエネルギーもないし、スターゲートも発見されてないし、宇宙人も来ないし、HAL9000のような人工知能コンピュータすら出来てない.。デザインも、まあポストモダン以降は何でもありで、最近はユニバーサルデザインと、ちょっと偽善主義的傾向も。まあ、面白くないね。


行き場がなくなってしまった現代のデザインだけど、おいらは、ここで 「デザイン原理主義」を提唱したい。

つまり、あの時代の、純粋にモダンデザインがデザインのために存在した、機能主義的なモダンデザイン至上主義に立ち返り、広告・宣伝・企画担当を排除するんだ。


だってね、巨額な広告宣伝費、マーケットリサーチ費、企画費をかけて、後世に自慢できるようなデザインが残せるか?というと、まったくそんな事はないんだよ。docomo2.0 を思い出しね(爆


デザインの復権 「デザイン原理主義」の戦士になろうではないかい。 

クライアントには内緒だけど(爆

 





Iコンピュータのデザイン エリオット・ノイスとポール・ランドの偉業

ポール・ランドの手になるIBMのロゴを眺めていたら、エリオット・ノイスの360シリーズの工業デザインと切っても切れない関係にあることを思いだした。

オイラの記憶によれば、ノイスが本体のデザイン中に、「ロゴはポ-ルにデザインさせなよ」とコメントして、あのロゴが生まれたんだけど、ノイスの目指していたIBMの革命的コンピュータ360シリーズに求めたシンプルかつ高IQを感じるイメージとぴったしだったわけだ。


360logo


IBM360シリーズは、1960年代の初頭の初の全周辺機を含めてシステム化されたコンピュータで、360度の全方位のビジネスに使える事を売り物にしたんだけど、工業デザイン的にも、それまでの、ぬめーっとした、冷蔵庫の親戚みたいな50年代のBクラスSF映画イメージから脱却し、理知的で、直性が基調の、インテリジェンスを感じさせる工業デザインとして、完成された姿で登場したんだね。


見よ! IBM 360-40 操作パネル
panel


塗装色は、IBMブルーのほかに、赤、黄、チャコールグレーがあり、イームズがデザインしたハーマン・ミラーのアクション・オフィスシリーズのカラーリングと同じだね。



36040



まあ、その後の汎用計算機のデザインのお手本になって、日本メーカはじめとして、あらゆるメーカーがぱくったお手本ともいえる。でもさ、表面的なデザインをぱくってもNGで、エリオット・ノイスのモダン・デザイン哲学を理解しないといけないんだけどさ。


歴史の残るコンピュータのデザインがあるとすれば、ノイスのIBM360と、フロッグデザインのNextQUBEで、

実はデザイナー好みのMacは、Nextの出涸らしみたいなものだということは、ここに書いておこう。

実は、アップルを追い出されたジョブスがつくリ上げたNextQUBEのデザインは、純粋なドイツ工業デザインで、黒い四角い、スリットの入った塊 というイメージのご先祖様に、1970年代中期のドイツIBM製の「工場生産管理端末機」があって、これが、密封ケースを使用して、放熱のために、スリットいっぱいで、真っ黒 というシロモノで、まあ、ゲルマンの血が生んだデザインかもなあーとかも思うのだった。この端末の写真を探してみようね。


ここ数日、ポ-ル・ランド先生の本のおかげで、先祖返りしてモダン・デザインの旗ふってるるオイラです。

これからすると、ポスト・モダンって、カスだったようなきがするぜ。


大トラブルのANAの空の上で デザインの授業 By ポール・ランド

このブログを読んでいただいてる読者の皆様、お待たせしました。1週ぶりの更新です。

思えば、いろいろあって、あっという間の1WEEKだったが、週末に、日本列島上空を飛んでまいりました。

おいらが、飛行機の搭乗運が良いというのは、そりゃー、もうすごいものがあって、

おいらの前の便が天候不良で欠航、

おいらの便は定刻通り出発。

で、おあとの便はすべて欠航 とか いつも間一髪で うまいこと行くんだ。


日曜日のANAの搭乗受付処理のトラブルで、大騒ぎになったときも、オイラは何のトラブルもなく、

ゲートまでスイスイ到達してしまった。

あまりにスムーズだったので、ANAの歴史の残る3大IT不祥事のNo2入りは確実な、この大トラブルには 待合室に入るまで気がつかなかったんだ。

電光掲示板を見ると、もう9時近いのにもかわらず、7時の飛行機が、まだ搭乗開始になってないじゃないかい!!!!!!!

で、相次ぐ欠航のお知らせ。


そこが、オイラの運が良いところで、遅れること40分で、無事に機上の人になっちまったし、

帰り道も、すんなり帰れたね! 千歳便はひどかったらしく、17時発予定が22時発で、夜中の2時に

羽田についたとか・・・



ついてないぞ と思ったのは、バスに乗せられて滑走路を飛行機まで走る という点だけど、バスの乗ってしまえばまあ、なんとか飛んでくれるに違いない。最悪、目的地までこのままバスで行ってね てなもんです。

そういえば、羽田のカウンターで、前板が全部外れてケーブルがむき出しになってたけど・・そういう事だったのねー(爆


この日は、前日、書店にて、グラフィック・デザイナーの神様 ポール・ランドが授業で交わした言葉をまとめた、デザインの授業 が出ていて、これはデザイナのバイブル級の書物なので、ルンルンしながら購入して、

これをゆっくり空の上で読もうと楽しみにしてたんだ。

 で、当日、羽田の書店で、佐藤可士和の デザインぺディア という新刊も見つけ、現代もてはやされているデザイナーの代表格でもあるので、読み比べをしてみよう といのが まあ、楽しみだったわけです。



land



ポール・ランド^は、IBMのロゴのデザインで有名で、建築家兼プロダクトデザイン系のエリオット・ノイスとコンビで、良い仕事をしてたんだね。モダン・デザインの流れを作ったデザイナーを上げるととすれば、

エリオット・ノイス

ポール・ランド

チャールズ・イームズ

が文字通りの3羽ガラスてなわけだ。

理知的で科学的でピューリタン的というのが特徴で、それ以前の、ドレフュース等の最初のデザイナー世代とは多いに異なるところだね。


で、おいらは、ピューリタンじゃないけど、この人たちのデザインは大好きなんだよ。

で、 デザインの授業 を、読み進めると、モダンデザイン修行僧みたいな学生生活をしていた頃を思い出し、

それに浸りすぎて、佐藤君の本を読むのを忘れてしまった。 飛行機を降りて、電車の中でデザインペディアに目を通してみると、なんだかさー、軽いというか、妙にビジネスに直結している処があって、修行僧のオイラとは、肌が合わんかったんねー。 でもね、斜めよみは失礼な気がして、きちんと目を通すつもりでいるんだけけど、デザインの熱い血がたぎらんのだ。 なんかさ、バックミンスター・フラーみたいにさ、デザインの仕事してて良かったー というようなもんがほしい この頃でありました。


所で、ANAさん、システム障害の3度目は いけませんでー。




ティッシ師 実はこっちのほうが写真的なのかも

早朝に、アフリカで音信不通になっちまった、冒険おフランス写真家のベル氏が現れた。

次回の写真集を出す資金作りの相談で、まあ、喧嘩しながら会議は進んだんだけど、(次回の写真集は、特殊な対象物の写真なので、世界で買ってくれる人が3桁いるかどうか疑わしいのだが、1冊はくれるそうだ・・・)

会議の最後が最近の写真の檄論評大会になってしまって、おフランス人は根っからの論議好きときてるので、果てしなく続いたのであった。


ベル氏の現在の最大の弱点は、あれほど馬鹿にしていたデジタルカメラを使って写真集を作ってる事で、その点は触れてほしくないらしいね。ここをつつけばいいんだ。


まあ、結論として、気の利いたカメラマンなら撮れそうな写真 つうのは、面白くないね という事になって、じゃあ、オマエは、気のきいてないフォトグラファーを目指せ!という話になったのだが、


最後に、例のチェコの写真家ティッシ師

? というか、芸術家の写真の話になって、まあー、よく見ると、けっこう不思議な作品なんだよ。


単に、下手なプリントとか、下手な撮影 とか、ぼけぼけ の先に、なんだか不思議に懐かしいイメージがあるんだよね。 そのイメージの強さが、単なるボケ写真との根本的な違いだ。


なんで、懐かしい感じがするのか? で、ふっと思いあたったのが、このイメージって、ピントグラス上の光が移ろいながら見えてくる あの不思議がイメージに近くて、そのあたりが、ティシ師の写真の魅力なのかも。


てなわけで、ティッシ師 品を2冊ほど、早速NYに発注をかけた昼時であった。l

写真集と評伝を見て、この不思議な写真の魅力を調べてみようね。




tich


驚異の旧共産圏フォトグラファー  「ミロスラフ・ティッシ師」 ゲルマン系の狂気かも


Miroslav Tichy

最近、サルガドに続いて妙に気になっているのが、旧共産圏、チェコの80歳を超える写真家 ミロスラフ・ティッシ師である。 2004年のセビリア・ビエンナーレで紹介されて以来、世の中で知られるようになった写真家・・・というよりは、芸術家である。 師の称号は、あえてオイラが付けることにした・・・理由は、写真を見ればおわかり。


4年前に、よやく評価され、フランスののポンピドーセンターで個展が開催され2007年には日本にも作品はやってきたんだが、未だ謎の多い師である。


ここで、師を写真家 として決めてしまうのは、見方が狭すぎるというもんだ。


基本的には危ないアーティストで、1922年にチェコで生まれ、画家を志して、最終的に、写真機による作品を

つくり出すのだが、本人には、作品という意識があるかどうかは疑わしい。



ボロボロの服装・魔法使いのじいさんまがいの身なりで、自作のボロボロのカメラで、よくわからなイメージを

作り出すんだけど、本人は、作品じゃなくて、のぞき見 と宣言している。師は、美人の女性をのぞき見して、ひっそり隠れて写真を撮るのが楽しみ。、作品の大半は、そんな写真なのだが、現像とか、プリントとか、保管とは全く無神経で、変色退色ネズミにかじられてもOKで虫食いあり!というプリントは大したものだ。


写真は、人生の最後の方で撮っているらしく、それまではアクリルペイント絵画も多いらしく、どんな絵を描いているのか気になりますが、ドイツ神秘主義の変人アーチストっぽい雰囲気を醸し出しtげいるのは、やはり東欧という風土の影響が多そうだね。



まあ、これほど、妙なインパクトがあるアーティストは、極めて希で、評価されてしかるべき写真家であることは

間違いなく、いまどきのお洒落写真のような、雰囲気の表層をやたら人に見せまくる といった流れからは

まったく異次元にあるいところに、おいらは深く感動する。

写真は、無理やりな撮影と現像とプリントで、かなりぼーっとしてるんだけど、当世はやりの なごみ系写真

とは、相当違っているんだ。 イメージが強いといか・・・直球というか・・・。 写真を自慢したいとか、腕自慢のような厭らしさは皆無で、きわめてストレートなんだよ。


狂気をはらんではいるけど、オイラは結構好きな写真だね。



外観


さて、この写真家の場合、かなりわかっていない事が多く、たとえば、ボール紙と糸巻きで作った自作カメラ

で撮影されたとあり、そのカメラも紹介されているけど、フィルムの送りとか、シャッターとか、光漏れ(カメラを自作した人には理解できると思うが、光漏れは、かなり難しい問題なんだよ)をいったいどうしたんだろ? という疑問はあるんだ。おそらく、この、自作カメラ自体、オブジェ的には大変魅力があるが、これまた作品の一つなんだろうな。


他の写真を見ると、古いブローニーの蛇腹カメラを改造?したような雰囲気のジャンクカメラを持っているような印象もうけるんだけどね。

作品点数は非常にすくないらしいけど、何か、感動させるものはあるね




camera




sakuhin



photo



オイラは、88過ぎても、当然、写真を撮っていたいと思うけど、このスタイルつうのは真似はできないなと思ったよ。 また、写真は、機材・ブランドでも無い という見本でもある。




というわけで、この人の数冊しか出てない本をなんとか入手して、もう少し研究してみたくなった、9月の初めでした。 。

スカイ・クロラ 夏の終りは押井アニメで

夏の終わり記念で、午後遅く、豪雨の中をアニメ映画を見に行ってきた。

前評判の悪さからすると予想外の大健闘をしている、「ポニョ」ではなく、ポケモン2008でもない。

押井守監督 森博嗣原作のスカイ・クロラというアニメである。こっちも、予想反して、けっこう込んでいた。


攻殻機動隊に代表される押井アニは結構好きだったので、一応、押さえておく意味で、見物にいったわけなんだけど・・・


ど・・・・ で、これから書くメモの内容が薄々分ると思うけど、・・・・なわけだった。



実は、原作の森先生の推理小説は、あまり好きではなく、スカイ・クロウだけは、多少ノリが違うので、シリーズは読んでいたんだけど、まあ、ラノベ感覚のSFまがい小説で、読んでいて、中学生が好きそうな雰囲気で、大人向きではない と思うのだが、森先生は、軽い流行推理小説作家では終わりたくなく、もちょっと、作品を見ざしたいんだけど という途上の作品という感じだった。


これのアニメ化ということで、多少頭が痛い部分があるんだけど、気がついた所を忘れないうちにノートしておこう。


1、CG部とセルアニメスタイルの一体感のなさがすごい・・・イノセンスでもそうだったけど、この作品で、一層、そのかい離感が加速されたね。背景とCGの密度はすごく高いのだけど、さざえさんの延長上のような平板な人物の表現は、なんだかこの作品に限っては、すんごく変に感じた。

CGのクレジットで、ポリゴン・ピクチャーズが出てきて、なんだかすごく懐かしい感じ・・・

古き良き、CG大艦巨砲主義時代のイメージですね。

CGのテクスチャーマッピングによる、機体のウエザリングも・・・なんだかプラモデルみたいで、もっと別の表現あるといいね。

制作は、プロダクションIGで、なんだ、戦闘妖精ゆきかぜ じゃないかい。

戦闘妖精ゆきかぜ のほうが、もうアニメ化されてるけど、押井監督向きだよなー。


2、プロペラ戦闘機のモデル設定が、第二次大戦の末期・・・ターボがついて二重反転ペラという、重戦闘機のイメージになっとるが、こういう設定では、一撃離脱が主流で、格闘戦はありえないだろー という印象。

あきらかに、ターボチャージャーが搭載されている戦闘機もあるんだが、キーンというターボ独特の音が聞こえない・・・  翼の機銃の薬きょうが排出さてる絵を描く芸のこまかさと、この辺りが妙にアンバランスだぜ。

それに、低空の格闘戦で、ターボ????


格闘戦にするんなら、複葉機の最後の時代あたりの雰囲気なんではないかね?

あるいは、アクロバット用のピッツ・スペシャルみたいな雰囲気とかねー。


アニメの戦闘機のプロトタイプも、機種がフォッケ・ウルフで、後ろ半分がサンダーボルトとかP51風、散華は、なぜか風防前半分がメッサー、あるいはXーWINGってー感じ。 あちらこちらのつぎはぎイメージだったね。


IDデザイナーのこだわりとして、あえて重箱の隅をつっつくと、前の断面が完全に角のたった矩形で、後半が水滴型の風防なんて、まったくものづくりセンスないんだけど、ここが、リアルなものづくりデザイナーと、アニメのメカデザイン屋の違いだな!


さて、ストーリーですが、原作読んでると、原作のまとまりの無さもさることならが、あれれ という感じ。

読んでないと、わからなくて、あれれ という感じでしょうーねー。

あれれ です。



3、夜のバー描写とか、ダイナー描写は、押井風でなかなか濃く表現できてたし、部分的には良かったですね。


4、ヒコーキアニメとしては、宮崎アニメの 豚 のほうが総合バランスで上手だと思うったね。

あえて言えば、空戦アニメは、エリア88のほうが面白かった(アニメ的にですけど)し、航空アニメとしては、

おパンツアニメで有名な ストラトスフォー のほうが、マニアックだったね。


5、空戦シーンは、空戦ゲーム的なつくりで、これなら、ゲームのほうがいいかも という印象も。


結論としては、敬愛する押井監督は、大人のストーリーで、夜の街と薄暗い風景が多い設定が何故か似合う

のではないかと思うのだが、それじゃ、イノセンス そのまま じゃないかと言われそうだが、実はそうーで、

そこから脱出して新しい表現したかったけど、子供と昼間の明るい風景で、すべった というのが実態ではないだろうか?



年期の入ったヒコーキファン兼相当ディープなSFファンのIDデザイナーのオイラが見る とおいうのは、この映画にとっては不幸なことであるのは自覚してるんだけど、アニメ屋のこだわり・・・が多少づれてるんでは?というは事は言えるね!

ちなみに、オイラは職業と年齢の枠を超えて・・そこいら辺のアニメファンの中高生よりは、相当な本数のアニメは見ていて、ラーゼフォン とか 青の6号 とか語れるので、まあ、スカイ・クロラについても、これくらい語っても許される?と勝手に自分を許しています。


たとえば、平面的な2Dアニメ描写の人物が、フォトリアリスティックに作画された室内で、表面ピカピカの木製テーブルの上に 2Dの平面的描写方法で、そのまま 「写りこみ」 してるんだ。

CGでのリフレクションマッピングな状態だけど、これは、相当な違和感があったぜ。



攻殻シリーズが良かっただけに、新しい作品は大変なんだろうねと同情しつつ、

まあ、一度見て、確かめてみてくださいね。

名作激レア・エコアニメ 地球少女アルジェナ 匹敵する作品になるかも という余韻を残しつつ。


あ、それとね、アニメの子供に煙草吸わせすぎ!