ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録 -15ページ目

おいらの、初めてのカメラ の思い出  My First Camera

トイカメラの事を書いていたら、子供の時に使っていたMyカメラを数十年ぶりに、思い出した。

 

オイラがご幼少のみぎり、最初に使い始めたカメラは、 ライカのIIIFズミクロン50mm である(激爆

 


ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録-IIf

レンズは一時的にエルマーが・・

 

オイラの親父が使っていたカメラがライカで、小学生3年の遠足の当時、カメラがほしい と騒いだら、

これを使えと渡されたのが、このライカIIIFだった。

このライカは、オイラがもの心ついかことから、我が家でつかわれていた、家に1台しかないカメラで、オイラは、ライカは世界で一番えらいカメラで、ズミクロンの50mmは、神様のレンズ と言い聞かされ、そう信じこんでおりました(爆 でもね、最近、やっぱり、そー思うのよ。 で、幼児のときから、勝手に使っていたカメラなんだよ。

 

このカメラは、幼児にとっては、手ごわいカメラで、

 

1、フィルム装填は、大人でも面倒・・・これは練習して、こなした! 指が小さいとべんりなことも。

 薄いメンコを使いました。

 

2、ファインダーと、距離計ファインダー(レンジファインダー)が別々にあって、覗かないといけないファインダーが2個もあるのは、面倒だけど、2個もあって、えらいと素直に思ってました。 なんだか、メカ的にカッコいい。

二重像合致式は、なんだか兵器っぽい。


 

3、レンズが沈胴式で、これまた、合体メカっぽくって、えらいと思いました。

 

4、レンズの見た目と名前が格好よいと思いました

 

5、すべて手動・・・露出計なし・・・既に世の中では自動露出カメラがあるのを知りませんでした(爆

 

後年、絞りは5.6以上にして、3mあたりに距離をあわせ、置きピンで撮ればいいのだと分かり、がっくりきました(爆

 

6、幼児には、撮影済フィルム巻上げがつらいです。大人の助けを借りないといけない。

 

7、黒くて薄い皮手袋をして使うと、かっこいい と思ったが、そういう手袋は持っていなかった(残念爆

 

不思議なことに、子供でもなんとか撮れるもんで、今年の1月に、当時のネガが発掘されてたら、ちゃーんと

当時の愛犬の犬写真が撮れてるのには感動した。

 

で、困ったのは、遠足にもっていくと、先生が、親のカメラを勝手に持ち出したと思い、いつも怒られてしまう事んなんだ。 ま、信じてもらう方が難しいよね。 で、親父も、まあ、よく小学生にライカを持たせたもんだ と思うけど、その心理はいまだにわからん。まあ、嫌な子になってしまったわけで、子供のくせに、ほかの大人に、おじさんのカメラのレンズはズミクロン?とか言い放つ子供はかわいくないよね(爆  当時、相当数の大人に嫌な思いをさせたと、反省しとおります。

 

で、いつも先生におこられていたオイラは、親父に嘆願し、ようやく手にいれた 子供らしいカメラ が、START35という安っぽいベークライト製のTOYカメラである。

このカメラ、一瞬うれしかったけど、使ってみると、最悪だ と思った。 とにかく、うつらない(爆

距離計も、ピンとあわせも無い。絞りとシャッタースピードの調整も無い・・・

固定焦点、固定露出、シャッタースピード1/30固定

ファインダーは 単なる穴窓。 ああ、いくらなんでも、子供を馬鹿にしてると思ったね。

フィルムも変なお子様サイズ。

 

で、このカメラは幼い弟に進呈し、再びライカに戻ることになった。

 


ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録

 

このTOYカメラ、北米ではプレミアムが付き、このカメラ数台でIIFの中古ボディーが買えるという、おかしな時代に。

 

で、この結果、こんにちのオイラが出来上がってしまったわけである。

ズミクロン と発音すると、失われし時を求めて の冒頭のマドレーヌと紅茶じゃないけど、

おいらの幼少体験が、どどーっと押し寄せてくるんだぜ(爆

 

ライカで初体験をしてしまった悲劇で、カメラの質感とか、シャッター音とかが刷り込まれたライカIIF基準なので、ほかのカメラが安っぽく思えるという問題がある・・。

大きさも、子供の手には、当時のサイズの1眼レフよりなじむしね。

で、このカメラの最大の欠点にきがついたのは、中学生のときで、超望遠で、女の子 の撮影ができない・・・・

という、中高生にとっては最大の問題で、こんなわけで、中古のペンタックス と、タムロンの中古の望遠レンズ と ケンコーのテレプラス という、当時の中高生がたどる道をオイラもたどってしまのだが、再びライカに戻るのは、それから数十年もたったあとのことでした。

 

このライカ・・まだ大切にしまってます。(爆


 

 

ブラック・バード・フライ と おいらのローライ・コードIII改

本屋でで大衆時代小説「密使」第二巻をさがしていたら、昨今流行のトイカメラの大集団がおいてあった。

トイカメラは、何故か都会の書店で売ってることが多いんだが、その中で、ちょいと目を引かれてしまったのが、二眼レフタイプのトイカメラ、ブラック・バード・フライ だった。


目を引かれた理由といのは、外観のデザインが、アメリカの古きよきアールデコ系の匂いに1970年代前半のイタリアデザインの手法が混じった、インダストリアル・レトロな雰囲気ががだだよっていたからで、プラスチッキーな安い印象も、ベークライト製のなれのはて と思うと、そう悪くない。


広告に、ローライ・フレックスのイメージとかあるが、これはとんでもない食わせものだ。


今週は、いろいろフォトグラファー業界パーティーなどがいっぱいあって、フィルムで写真を撮りたいというデジカメ世代の方々に、それなら、全部マニュアルの二眼レフをお勧めしたんだけど(爆 。


おいらは、「ピントグラスがある」「 正方形フレーム」という、それだけの理由で、2眼レフが大好きで、コレクターじゃないけど、いつの間にか、身の回りに、ごろごろ溜まってしまった。 お仕事で貰ったお金で、最初に買ったカメラが、ミノルター・オートコードで、カメラ選択の趣味のよさは伺えると思う(爆


このカメラは、3年前に横須賀でお仕事に現役出動した歴戦の勇士。


ごろごろ溜まっているので一番多いのが、ローライ・コードで、いつの間にか、1,2,3,4,5まですべての型がな並んでしまった。(でも、決してコレクターではないです)

使い込んでるのが、Ⅲ型で、自分で特別な内面反射防止処理を行ったローライで、目方も軽いし、ふっとわーく もいいので、スタインケン気取りで一時は毎日もって歩いてたけど、トリオターが付いたローライコードを入手して、なんとも個性的な色とレンズの映りが面白く、こっちがお気に入りになってしまった。


軽くて、使いやすくて、まあまあ というのがローライ・コードのいい所で、まあ、ブラックバードフライも、そんなイメージなんだけど、レンズとシャッターとフォーカスは、基本的におもちゃなので、運を天におまかせしてシャッターを切るしかないんだけど、まあ、ハイリスクでいきあたりばったりというとのが、TOYカメラの醍醐味だよね。


さて、ブラックバード君の説明を眺めていると、この大きさで、35mmフィルム使用とあるではないか。

でかすぎるな。 ぴんとグラスをのぞくと当然、小さい!(爆 

まあ、欠点だらけなんだけど、まあ、おもちゃ だという事で許されてしまう、ゆるいカメラなのさ。


機能の詳細 

★バルブモード搭載、多重露光可能  つまり、フィルム送りは適当だってことだよ(爆
○レンズ:ビューレンズF7、テイクレンズF7  この、テイクレンズに後から騙されることになる・・
○シャッタースピード:1/125秒      固定スピードだす!

○絞り:F7/F11の2段階          晴 と 曇 だぜ! この絞りだと、皆な大好きなボケは無理(爆
○ストロボ:なし(外部接点あり)     
○ピント:距離目測式(0.8/1.5/2/2.5/3/4/5/10/∞)  つうことは、ビューレンズはピントと関係ない・・・(爆
○焦点距離:33mm
○使用フィルム:35mm             フィルムの穴エリアまで撮影てきるそうです・・
○重量:210g
○付属品:レンズキャップ、カメラ用ストラップ、レンズキャップ用ストラップ、説明書、保証書、24×24mmマスクフレーム、24×36mmマスクフレーム
○保証期間:6ヶ月


ああ、やっぱしおもちゃだ。(爆

この性能は、オイラが秘密裏に入手した1902年製のベストコダックよりも低いんだぜ(爆

でも、値段は1万円以上はするので、お古のローライコードが買えない値段ではないあたりが痛いかもしれない。



ektarのピントグラスな日々・デザイン備忘録-toycamera


http://www.superheadz.com/bbf/

そろそろ、買ってしまいそうな雰囲気だが、この手のカメラの問題点は、四隅が暗くなって、四角いものがゆがむカメラ特性で、かなり作風がカメラに固定することだけど、いまどきの若いおねー様と仲良くなるには、1デジよりもコイツかなと思うのであった。高級デジカメを大事そうに首からぶらさげてカメラ談義するより、こんなゆるいカメラで、一緒に遊んでるほうが楽しそうだし、現像プリントしたのをあとから届けにいくという それからの楽しみある って具合に、妙齢の男子 にこのメリットを力説してあげたんだ。

つまり、おばか系カメラのほうがモテル(爆 ってことね。

あとの道具だてとしては、ポケットにGRデジタルみたいな高級コンパクトをしのばせるというのがお勧めである。


それにねー イチデジを持ってると逃げてしまう撮影対象も、このカメラだと撮れそうな予感。

で、何色がいいかねー????







なんちゃってアートの時代

しばらく、いろんな忙しさにかまけていたら、前回更新してから、もうすぐ一月たってしまうことに気が付いた。

まあ、このブログはおいらのお仕事の、「宣伝」でも、「ビジネスの場」 でもなく、

あるいは、おいら の 「個人生活」あるいは、おしゃれなデザイナーのライフスタイルを語る場でもなく、

忘れないようにメモを書いておく場なので、まあ、こんなもんです。すいません。


さて、先日、ソフトを探索するために、ヨドバシカメラの売り場を歩いていたら、こんな広告を発見した。


楽譜が読めない

楽器が引けない

バンドが組めない

etc

etc

でも、世界にデビューしたい


そんなあなたのための、ミュージック・クリエーションソフト・・・ 



ちょっと遊んでみたいソフトではあるけど、こんなソフトで作った他人の音楽はあまり聴きたくはない というのが正直なところだね。 でもね、自分で作ったのは、他人に聞かせてみたいんだけどさ。(爆

実は、写真も、絵も、こんな時代になっていて、これが時代の波なんだ。

みんながアーチストの時代。



まあ、こんな音楽は、「なんちゃって音楽」に位置づけられるわけだが、なんちゃってアート、なんちゃって写真は、恐ろしいスピードと量で拡大生産されてるのが すごーい所だ。

誰でも、それなりの創作が簡単にできる・・・

苦労なく作品が作れる・・・

という凄い時代なんだけど、

なんだか、そういうのに取り囲まれていると、すごく不幸になった気がするんだ(爆


浪曲の世界だが、高いフィルム買うために、食事減らして撮影 という作品のほうが、ありがたみはあるんだけど、そういのは流行らない世の中になってしまったね。

まあ、おいらが、ときどき、8X10、4x5 の面倒極まりないカメラを持ち出すと、古い時代と縁を切れない、健さん みたいに見えるだろうね(笑

おいらは、決して、フィルムのほうが良かったとか、高級だと とは思わないけど、デジタルになってあふれ出した写真がつまらない というのは事実だと思う。


ゆとり教育の延長で、なんでも、手作り、創作 とういと、すんごく、大事な事 なように思われるけど、 個人が創作したものはなんでもすばらしいというわけでは絶対ない。芸術作品に優劣をつけることはできない とか意見もあるが、はやり、いいのは良くて、駄目なのは駄目だとか思う(笑


いまどきの、子供の運動会の徒競走じゃないけど、全員1番 とかはありえないだがなあ。 こうやって、お互いの作品をほめあって駄目にしてるとしか思えないわだが、


そんなわけで、寝る前に、名作鑑賞アワー 持つことにしている オイラであった。


一日の終わりを、名作で目と心を清める・・・・・アートの神様お願いします。(爆






 



写真の 幸せ と 不幸

数年前の、写真はフィルムかデジタルか? 論争は、いまや影をひそめ、


日常的にデジタルの時代に突入してしまった。


完全自動で、一見便利そうなシーンモードまで備え、猫でも、肉球で、シャッターボタンを押しさえ

すれば写真が撮れる時代なのだ。 これが、現代の写真の幸せ。




50年前までは、写真をとること自体が、尊敬にあたいする技術だった つーことを思うと、

シャッター押せばカメラが勝手にとってくれる現代のデジタル写真は、写真というよりは、

スタイルシートのテンプレ化してるような気がするね。


エスカイアの日本語版が、先月号で、写真の特集をしていて、そのなかに、

カメラの自動性能向上で、飛躍的に写真が撮られるようになったけど、写真を見る力は、

確実に減ったのではないか・・・ という記述があり、なるほど、その通りだとの思いを深くした。

これが、現代の写真の不幸なんだよ。



デジタル化が進み、個人の写真を見せる場があまりなかったのが、個人ブログに山ほど

掲載されるようになって、誰でもカメラマン時代なんだけど、

ここでも写真は変質し、写真そのものが表現ではなく、個人のオサレ表現アイテムとしての

写真というのが出てきた。 

まあ写真が個人のライフスタイルのアクセサリーと化したわけですね(爆


こうなると、

本屋には、おされ写真の撮り方本 と、プロが教えるプロっぽく撮る方法の本が積んで

あるけど、この類の本は読まずに、アマチュァにしか取れない写真を撮る という

方向に倒れたほうが、プロに負けない強い写真が撮れる と思うんですがね。


誰でもできること になってしまった現代写真にあっては、そこで、作品が認められには、

誰にでもできる写真は撮ってもしょがないね ということになる。


まあ、そんなわヶで、おいらは毎日、悶々としてるんだけど、きめては、猫の手写真でしょうか?(爆









ライト・スタッフ デザイナーの資質

これは、ちょいとアブナイテーマかもしれない(爆


最初の宇宙飛行士の選抜・育成のドラマ 「ライトスタッフ」は、原作も映画もすごくすきなんだけど、

まあ、浪花節的にカッコいいんだよ。 正しい宇宙飛行士としの資質 ということなんだが、


まあ、同じような意味で、デザイナーの資質 というものも、存在する とオイラは信じている・・(爆


ま、フォトグラファー、建築家でも同じようなもんだね。


いままで、数多くの、デザイン学生 新米デザイナー ベテランデザイナー 師匠 と様々な機会にめぐり合ってきたけれど、経験的には、いくつかの人種に分類される。


例によって、挙げてみよう。


1、デザイナーという職業名称にあこがれて、デザイナーになりたい人

実際に仕事にしてみると、つらい事が多くて耐え切れないことになる。

あこがれだけではNGなのだ。

周囲に、ちょっとあなたはセンスが良い  とかいわれてその気になった場合は

趣味に留めておいたほうが良い。本人も周囲も、そのほうが幸せである。



2、デザインがすきで、デザインしたい人


別にデザイナーと言われなくて、自然にデザインしている輩である。

レベルが高いと感激物だけど、レベルが低いと、単なる自己陶酔になってしまう。

この場合は、よき導師が必要だけど、基本的に才能が無く、好きだ という衝動で

デザインしてる場合は、個人の趣味 にしたほうが迷惑がかからない。

NGな場合は導師にはっきり引導を渡してもらうことも、デザイナーの場合は必要で、

それは、決して恥じることではないんだよ。(爆

それで這い上がってくるケースも稀にあるしね。


そいいうオイラは、高校生の時、 6年も習っていた、オイラには身分不相応の高名なピアノの導師先生に、

君は音楽は楽しみでやったほうがいいね と引導を渡されておりました(爆


ちなみに、導師先生の愛娘は、オイラより2歳年上の兄弟弟子だったんだけど、しょがく3年の時に、

あまりの厳しさ、ピアノをやめてしまい、結局、オイラのアートの道の先輩になってしまった という事件があった!

身内に教える難しさだにー





3、そのままデザイナーな人


言葉とおり、存在と生活そのものがデザイナーで、考え方も生き方もデザーナーという

デザイナーの生神様のような存在。こういう人と、何人めぐり合えるかが、大切で、

分野別に生神さまが何人がいるのが理想的だね。



デザイナーの正しい資質 というものは、確実に存在し、それに近づきたい といつも思うオイラであった。



ついでですが、宇宙映画で、アポロ13 も中々の感動物で、ジーン・クランツ扮する主管制官が、

宇宙船で事故が起こって絶対絶命のときに、管制室で、腕をまくりあげ、あきらめ顔のスタッフの前で、


「おまえらー、俺はあきらめないぞー 俺のミッションでは、全員地球にもどるんだー」


と啖呵をきるんだけど、それが、浪花節的に格好いいんだよねー。



おあめら、あきらめるナー 俺のプレゼンでは、デザイン案は没にさせず、かならず採用させるんだー 


と、スタッフを前に、一度啖呵を切ってみたい・・



あなた、自分の才能をどれくらい信じてます?(爆









デザイナー修行スナップ・北鎌倉山中へ

秋も深まり、北鎌倉の山中に、デザイナー修行にいって参りました。


クラインとから、どうのようなわがままを言われても、平常心。

スタッフデザイナーのドジにも、怒鳴り散らさず、冷静に指導。


そういう人間になれないオイラには、修行が欠かせないのであります。


当日は、事務所の留守番スタッフは、さぞかし狂喜乱舞であったろうと思われます。


てなわけで、早朝の北鎌倉駅に横須賀線から降りたのでした。


巷では、米国大統領選で盛り上がっておりましたが、その喧騒を後にし、


北鎌倉の古寺の山門をくぐり、修養への旅 へと(爆



まだ、山門をくぐる前に、早朝にもかかわらず。敗残兵が・・ いや、ちがった・・

青春の一こま が(爆  修学旅行? 歴史見学?


学園コミックのような微妙な関係が大変素敵です。

おまえ、がんばれ!


健二君は、3人組の中のA子がひそかに好きなんだけど、A子さんは、B子、C子と、いつも三人1セットに

なっていて、健二君は、B子とは小学校のときからの友達で、実は、B子は、本当は健二君に思いをよせてるのだが、友達すぎて、ラブラブ路線には走れなくて、C子は・・・ というストーリーですねん(爆

で、C子さんは なんだ?(爆


青春の一こま




いよいよ、修行の世界へ・・・


山門




山道を登ると、竹林の間から、お寺の瓦屋根が。

まさに、鎌倉紀行文学的な定番スナップ(爆

ライカ ズミクロン35mmモノクロ風にしてみました・・・


鎌倉紀行風





修行を終える帰路の途上、るるぶ的な風景が(爆


観光


とまあ、修行終え、午後には千代田区まで戻ってきた一日ですが、

戻ったと,たんに、いつもと同じにどなち散らすオイラでであった(爆






クライアントに好かれるための基本原則(改編引用)

最近、必見ものがつづく備忘録ではあるが、


以下が基本原則


●クライアントがしゃべりたいことを察知し、それをクライアントがしゃべるように誘導してあげる

●クライアントが何をしゃべりたいかは、そのクライント自身が気づいていない。これをクライアント自身よりも先に気づいてあげる。


●会話の辻褄や一貫性は敢えて無視する。論理的に正しいことではなく、クライアントが楽しい気分になるように会話を誘導する。


●クライアントは一方的に話すデザイナーが嫌い。自分がしゃべっている最中もクライアントの表情を注意深く観察し、少しでも退屈していたら、話の途中でも敏感に話の展開を変化させるデザイナーが好き。


●クライアントは、抜け目のないだけのデザイナーは嫌い。クライアントにあっさりやられてくれるような、どこか抜けたところのある、おおらかで人のいいデザイナーが好き。


●クライアントは、頭で考えるデザイナーが嫌い。腹やハートで考えるデザイナーが好き。


●クラインントは、口でしゃべるデザイナーが嫌い。クライアントは、腹やハートから言葉を放つデザイナーが好き。


●クライアントは、単に明るいだけのバカポジティブデザーナーは嫌い。絶望も苦しみも血を流しながら感じ取り、逃げずに真正面から引き受けた上で、陽気、建設的、未来志向、もしくは、深い自己了解や自己解放をもたらすような話をするデザイナーが好き。


●クライアントは、愚痴、悪口、泣き言を言うデザイナーが嫌い。


●クライアントは誰かを見下したり、嘲笑したり、貶めたりする男が嫌い。


●クライアントは「オレはダメなデザイナーなんだ云々」と自己卑下・自己否定するデザーナーが嫌い。(さんまのように、ジョークやネタとしてやるのはよい)


●クライアントは、自分が頭がいいことをアピールするデザイナーが嫌い。本当に頭が良くなければ出来ない気の利いた会話や思慮深い段取りをするデザイナーが好き。


●クライアントは、しゃべる価値のないことをしゃべるデザイナーが嫌い。何かをしゃべるときは、それがホントにしゃべる価値のあるセリフかどうかを見極めてから口に出す。


●クライアントは、クライアントの言葉の表面上の意味ではなく、その裏に横たわる気持ちや意図や事実関係をくみ取ってくれるデザイナーが好き。



●相手のクライアントがしゃべっているときには、クライアントがしゃべっている内容に反応する形で、自分の表情を繊細にコントロールして共感、驚き、無表情等をしてみせる。




●普段から、鏡を見て、さまざまなバリエーションの、味のある表情を出す訓練をしておく。


●クライナントは、学歴、社会的地位、読んだ本をさりげなくほのめかすデザイナーが嫌い。


●「そのクライアント自身が気づいてない、そのクライアントが欲しいモノ」を見つけ出して、プレゼンしてあげる。これをするには、そのクライアントを普段からよく観察する必要がある。


●クライアントはだらしない服装のデザイナーが嫌い。しわしわの服やちぐはぐのカラーコーディネーションの服は着ない。


●クライアントは、クライアントでなければ気づかないことを気づくデザイナーが好き。


かなり真実を語ってると思う、オサベリなおいらは、深く反省するのであった。


このネタもとは、あるブログに掲載された、女の子にもてる基本原則なんだけど、うーむ、これは、これはデザイナーにも、そのままじゃないかい とおもた。


で、女の子 と クライアント を入れ替えてみ、ました(爆


オリジナルはこちら

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080810


写真と撮らないワケ 絵を描かないワケ

金曜日に、学生のときに下宿からの夜逃げを手伝ってあげた、学友のN君からしばらくぶりに電話をもらい、

八重洲にて、「昼飯会議」(いわゆるランチ・ミーテイングではないです)をすることのなった。


食後、番茶をすすりながら、(これで、昼飯の実態が知れよう)

N君は光学機器メーカのデザインの親分 という関係上、写真の話になったんだけど、

メーカーの写真部の方々が撮影した とてつもない量の持ち込み写真を鑑賞してあげなければいけないらしい。


これは仕事じゃなくてね、要は、美術系出身の親分に、自分の撮った写真を見て、ちゃんと評価してもらいたいので、持ち込みが多いつーことらしい。


オイラと違って、よく人間ができた君は、かならず誉めたコメントを付けて戻してあげるんだそうだ。

どんな写真でもいい所はあるし、それなりに名人もいるんだよ・・とのことだ。 えらいね。


オイラが、それって、カメラ雑誌の作例写真とか、いま流行のオサレ写真ぽいやつじゃないの?

と突っ込みを入れると、笑って、実はそーなんだけど、それなりに撮れてると思うんだよ と理解のある発言。

やっぱりえらいね。おいらだったら、なんか言ってしまいそうだ。


N君が何で写真を撮らないか・・・つうと。

まあ、あいつは、おいらよりデッサンの腕は格段にうまく、とにかく、できるやつだったんだけど、本人いわく、

それだけ、どんな美術分野でも、ちゃんとした作品作るのは、生半可じゃできなくて、やればやるほど大変な事がわかるので、写真も生半可にはできなんだ・・といいやがった。 

同じ理由で、絵も描かないんだよ。


本人の望みは、陶芸なんだそうだが、これは昔、中途半端に取り組んだので、そのリベンジらしい。



まあ、すごくマジで、なんでも手を付ける軽薄なおいらとは正反対な生き方だ。



もっと楽しんで、軽い気持ちでやればいいじゃん という気もするんだけどさ、

あいつも気持ちは、それなりにわかるだよ。それが、オイラが作品としての絵を描かない理由なんだわさ。


まあ、古いやつらだとお思いになっておくんなさい(爆



美・デザインの神様に降臨していただく方法・・・関係者必見!

デザインの神様がいて、降臨されて、素晴らしい作品がスラスラ出来上がってしまう事 ってのは確かにあるもんだ。 と思う。 



いままでのスランプが嘘のように あっち に行き、 ノリノリになり(降臨現象だぜ) 自分でもほれぼれするようなものができてしまう(爆



信心が足りなくて、偽神様が降臨された場合(悪魔つきになってしまった場合)は、翌日見直すと、がっくしきたりするのだ。アルコールの力を借りた、人工降臨も、朝がっくりの、まがい物だね(爆





いつも、降臨してくれると嬉しいけど、気まぐれ神様は、そう簡単には降臨してはくれないんだよね。


そのためには、美・デザインの神様への信仰とお布施が重要なんだぜ。




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吉祥天   幸福・富・美を顕す三拍子そろった有難い神





そこで、忘れてしまわないうちに、備忘録に書いておこう。




1、現世利益が目的な場合は、神様は降りてこないこと。

美・デザインの道に生きる者のみ、お導きくださるのだ(爆

有名になりたい とか、大金 とか、思ってはいけない。 それは、信仰の結果として、生じるものなのだ。(爆



2、日頃のお布施が需要

日頃、多数の経典に目を通し、あちこちの、八百万の美・デザインの神様にお参りし、お布施を差し上げる事が大切で、時には巡礼も効果的である。

おいらは、キハチに巡礼に行くのが好きです。

おいらの部屋には、お札と経典が山の様につんであります(爆

この栄養が、底肥として、あとからじっくり効いてきて、火事場の馬鹿力を出すのです。



3、生き神様

まれに、生き神様として現れることがある。

それは、猫だったり、犬だったりすうr事もある。(爆




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霊験あらたかな有難い猫 半野良 



4、多神教だぜ

ポケモンじゃないけど、美・デザインの神様は大勢いるので、最高の神様から、最低まで、幅が広い。

間違って、最低の神様に降臨していただいて、名作を作った気になってしまわないようにね。

ピカソの女神様(まさに生き神様)はすくなくとも6人以上はいたんだよ。




そして修道僧のような、自らを厳しく律した美とデザインの生活から、名作は生まれるのでございます。



霊験あらたかな、降臨つぼ、降臨お札がほしいかたは、ご連絡をくだされば、入金確認後にお送りいたします。

詳細はこちらへ


カラマネの為に作品があるのではないよ・・

先日、いつもの出力センターに、印刷所に渡す4色製版フィルムの出力を頼みにいったら(普段はよくできた印刷屋さんにおまかせなオイラであるが) 若いデザイナーが、受付の小うるさいにーちゃんに、色の指定はそんなに甘いもんじゃありませんぜー と脅されていた。 CMYkでデータを持って行かなかったらしいけど、カラーマネージメントシステム 英語で略すとCMS は結構めんどくさいので、若いデザイナーは小生意気な製版の専門屋にはいじられやすいんだ・・・。


で、いつも思うのだが、デザイナー側の制作データ通りに、印刷、あるいは、現像、あるいはプリントが上がるわけはなくて、どれくらい、元のイメージに近づけるかが問題なんだけど、案外、科学的にカラマネを行えば大丈夫なんだ という、頭の固い人が多い。媒体が異なれば、色特性はすべて異なるのだから、所詮無理な話で、まあ、以下にお互いに色再現性を近づけるかという世界なんだけどね。


デジタル写真にして同様で、カメラの色特性を論ずる前に、データを眺める自分のモニターディスプレーの色測定と調整を行う事は必須だし、プロ用のモニターじゃないと、調整しても、ダメな範囲で調整が行われるので、けっこういい加減な環境で見てたりする。シビアにいえば、モニターがおいてある部屋の照明の色温度の評価と調整も問題になってくるね。自分の写真がちゃんとみれてるのか? という疑問。 しかも、WinとMacでは、同じ色データでも見え方がちがううだぜ(爆


まさに、疑心暗鬼の 色 の世界だ。


オイラが最近、もっと気になってることは、色温度の感じ方に、どうも個人の視覚の差も多少あるというい事で、

瞳の透明な子供と、高年齢のオジチャンでは、実際に見え方も違うわけだ。

そういう理由で、カラーフィルムの色、プリンターの色も、北米と国内用、場合にはよっては、欧州向なども、

色の特性は微妙に異なっていたりする。



オイラの 右目と左目は、左右で、見える色味が微妙に違うんで これは、職業上、大変便利だったりするけどkどね(爆


いつのまにか、色温度の話になっしまったけど、論じられてる割には、細部がアンバランスだったりするのが現実で、

オイラは、どうしても、ホワイトバランスをとらないといけない場合は、露出計と同じく入射光派(透過光)で、反射光での測定は、そんなにシビアでないので好きではない。 


オイラ的には、色温度についてては、フォトショップで自分の好きなバランスにしたいというのが本音で、制作の場合、この世には、絶対に確かな色 という物は存在しないからだ。(爆


つまり、記憶色、期待色として、それぞれのケースで自分の欲しい色はどうあるべきか といのが肝で、自分がほしい色(ドラマチックな色 とか、正確に色再現してるように思えそうな色(爆 とか、 自分の使いたい色再現性をコントロールできるのが、デザイナーにとっての色再現だ!と思うので、製版屋とか、色校にうるさいクライントには、この路線で戦ってください。 


色校のために、仕事をしてるんじゃない ってことで・・・


色温度の異なるカクテル光線下の撮影・・・難儀ですが、居直って、そういうカクテル色の作品に仕上げてしまったほうがいいかもねー