ジョン・M・チュウ監督、アンソニー・ラモス、メリッサ・バレラ、レスリー・グレイス、コーリー・ホーキンズ、グレゴリー・ディアス4世、ダフネ・ルービン=ヴェガ、ステファニー・ベアトリス、オリヴィア・ペレス、ノア・カターラ、オルガ・メレディス、ジミー・スミッツ、マーク・アンソニー、リン=マニュエル・ミランダほか出演のミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』。

 

ニューヨーク、マンハッタンの北端にある移民が多く暮らす町ワシントン・ハイツ。食料雑貨店を営むウスナヴィ(アンソニー・ラモス)は、今は亡き父が故国のドミニカ共和国のビーチで開いていた店を再建することを夢見ている。ファッションデザイナーを目指しながら美容室で働くヴァネッサ(メリッサ・バレラ)、カリフォルニアの名門大学に入学してこの地区の住民たちの希望の星となっているものの、差別されて心が折れそうになっているニーナ(レスリー・グレイス)、ニーナの幼馴染で彼女の父親ケヴィン(ジミー・スミッツ)が経営するタクシー会社で配車係をしているベニー(コーリー・ホーキンズ)、住民たちから“アブエラ(おばあちゃん)”と呼ばれて慕われるクラウディア(オルガ・メレディス)など、さまざまなドリーマー〈移民の子〉たちの“故郷”についての物語。

 

予告篇がとっても楽しそうで、久々のミュージカル映画だし、ぜひ観たいと思っていました。

 

もとはリン=マニュエル・ミランダが脚本家のキアラ・アレグリア・ヒューディーズとともに創り上げて主演・作詞・作曲を担当したブロードウェイのミュージカルで、彼はこの映画版では“ピラグア(プエルトリコ風かき氷)”売りを演じている。日本では19年に公開された『メリー・ポピンズ リターンズ』にも点灯夫役で出演してましたね。ディズニーアニメ『モアナと伝説の海』の楽曲も手がけていたんだな。才人ですね。

 

『イン・ザ・ハイツ』の主人公ウスナヴィは、生みの親でもあるリン=マニュエル・ミランダの分身なんでしょう。

 

ウスナヴィ、という変わった名前は、ドミニカ出身の彼の父親が米海軍の艦船に書かれた「U.S. NAVY」という文字から取ったもの。アメリカへの憧れが込められた名前なんだな。

 

移民の子である若者たちを描いたミュージカルというと『ウエスト・サイド物語』を思い出すけど、リン=マニュエル・ミランダは舞台で『ウエスト・サイド~』も公演していたようだし、『イン・ザ・ハイツ』は明らかに現代版『ウエスト・サイド~』を狙って作られたんですね。

 

そういえば、『ウエスト・サイド~』もスピルバーグがリメイクして今年公開されるんだよな(※追記:その後、日本公開は22年2月11日に延期)。

 

『ウエスト・サイド~』が非行少年たちの抗争を描いた物語だったのに対して、こちらでは若者同士の争いや暴力ではなくて、夢を追う者たちの日常の中での仕事や経済的な問題、差別にまつわる葛藤、愛し合い踊る彼らの姿と、親から子へと受け継がれる“スエニート〈小さな夢〉”が描かれる。

 

そこでは移民の子であるがゆえに社会から受ける差別や偏見についても触れられるし、“故郷”への強い想い、その存在の大きさについても語られる。

 

僕自身は、地元意識だとかお隣ご近所との家族ぐるみでの付き合いや子どもの頃からずっと続く友人関係などとは縁遠い人間なので、この映画で描かれるような町の一角に住む人々がみんな知り合い、というような人間模様は深く共感を覚えるところまでいかないのだけれど、映画を観ていると、けっして裕福ではなく社会的地位も高くない彼らが、だからこそ肩を寄せ合い互いを守り合っているのがよくわかる。

 

 

 

ニーナやヴァネッサのように、努力しても能力があっても差別や経済格差に阻まれてチャンスを手にすることが難しい現実がある。

 

 

 

ウスナヴィの従弟のソニー(グレゴリー・ディアス4世)は店で働き学校の勉強も頑張っていて成績もいいが、不法移民のため大学に進学できない。故国ドミニカでの想い出があるウスナヴィと違って、赤ん坊の時にアメリカに渡ってきたソニーにとっては故郷はここアメリカだ。

 

ちょうど、日本からアメリカに移民してきた日系一世の人々にとって故国日本が何よりも大切な場所だったのに比べて、アメリカ生まれの子や孫の世代にとってはアメリカこそが祖国である、その世代間のギャップを思わせる。

 

ただ、それでも受け継がれていくものもあるのでしょう。

 

 

 

町のみんなの母親代わりでもあるアブエラの座右の銘「忍耐と信仰」は、故国キューバからアメリカに移民してきて彼女をこれまで勇気づけ生かし続けてくれた亡き母から受け継いだ精神だった。そしてアブエラが伝えた「ほんのちょっとの誇りを守ること」が、プエルトリコ系で血の繋がらないニーナによって受け継がれていく。「お前を疑う奴はほっておけ」という彼女の父ケヴィンの言葉とともに。

 

 

 

 

大学で差別されて傷つき、この先頑張り続ける自信を失いかけていたニーナは、アブエラのおかげで「ソニーのような若者たちが大学へ進学できるような社会」を作っていく、という目標を得る。国や世代を越えた人と人との繋がりが、新たな“スエニョ〈夢〉”を生み出していく。

 

「地元」とか「コミュニティ」の間での繋がり、みたいなものが苦手な僕がこの映画での人々のそれに心動かされたのは、単に似た者同士や身内だけで群れてる、ということではなくて、相手を愛し尊重して、その人のことを心から想い、言葉をかけていたわったり慰めたり励まし合う彼らの姿に、ただの同調圧力ではない、人々の「こうであったらいいな」と思える共生というものを見たからです。

 

もちろん、現実には美しいものばかりではなくて、世の中のままならなさにぶち当たることはしょっちゅうあるし、何もかもがうまくいくわけでもないだろう。

 

自分の「居場所」があるのは安心できるけど、安易に拠り所を求めればそれは自ら“差別”や“狂信”を生み出す集団にもなりかねない。集団や群集には恐怖を覚える。

 

それでも、この映画は「ミュージカル」という形をとっていることもあって、何よりも歌の素晴らしさで魅せてくれるんですよね。そしてとにかくみんなよく踊る(^o^) 観ていて単純に楽しいし、思わず曲とダンスに合わせて客席でリズムとりたくなる。ミュージカル映画観てる時は一緒に身体揺らしてもオッケーってことにしてくれないかな。静かに座ってるのがツラいんだよ~^_^;

 

この映画では出てるのがラテン系の人たち(ラティンクス)ばかりだから、彼らがいつも陽気に踊ってる、というのが全然不自然じゃなくて、悩みも喜びも悲しみも歌とダンスで表現するのが抵抗なくスッと入ってくるんですよね。年配の女性だってフラメンコ踊っちゃうし。

 

 

 

 

これまで僕が観たことがあるミュージカル映画って、ほとんどが主要キャストは白人の作品ばかりだったから、これだけラティンクスがメインを張る作品を観るのは初めてかもしれない。

 

『ウエスト・サイド物語』でも、プエルトリコ系の若者たちを演じていたのは実際にはそのほとんどが別の国にルーツを持つ俳優たちだったし。リメイク版ではさすがにほんとにプエルトリコ系の人たちを起用してるだろうと思いますが。

 

監督のジョン・M・チュウは、評価の高い『クレイジー・リッチ!』を僕はあいにく観ていないんですが、『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』は劇場で鑑賞して思いっきり酷評してしまいました。

 

あの映画の感想の中で、僕は中国が主要な舞台として出てくるのがいかにもチャイナ・マネーによる作品っぽくていい印象がないことを書いたんだけど、チュウ監督自身が中国にルーツを持つ人だから、単に中国向けに作ったんじゃなくて監督なりに先祖の「故国」への思い入れも込めていたのかもしれませんね。

 

正直なところ、『グランド・イリュージョン2』の酷評は僕は撤回するつもりにはならないんだけど(その後、深夜にTVでやってたのを観たら普通に楽しめましたけどね)、『クレイジー・リッチ!』の方はそのうち観てみたいなぁ、と思いました。それぐらい『イン・ザ・ハイツ』はよかった、ってことです。

 

監督もまた、『イン・ザ・ハイツ』の登場人物たちと同様に着実にスキルアップ、ステップアップしていってるんですね。

 

最新作は、これもブロードウェイのミュージカルの映画化『ウィキッド』だそうで、そちらもぜひ観たい。

 

ウスナヴィ役のアンソニー・ラモスはレディー・ガガ主演の『アリー/スター誕生』でガガ演じるアリーにいつも付き添ってる仕事仲間を演じていた人だけど、その彼が今こうやって堂々とミュージカル映画の主役を張ってるっていうのがほんとに感動的。

 

娘役のオリヴィア・ペレスちゃんが絶妙にアンソニー・ラモスと顔が似てるのが、本物の親子みたいでよかったですね。最後に見せるウインクがキュートだったけど、あれは「次は私たち(あなたたち)の番だね」と言っているように僕には思えたのでした。

 

ウスナヴィが恋していて、やがて…なヴァネッサ役のメリッサ・バレラがほんとに綺麗で見惚れちゃいました。天然のふっさふさ眉毛が素敵。彼女はメキシコ出身だそうだけど、ビゼーの古典オペラの舞台を現代に置き換えた『Carmen(原題)』の公開もひかえているようだし、これからどんどん出演作が増えていきそうですね。

 

 

 

 

停電の直後にヴァネッサとウスナヴィが仲違いするのがちょっと唐突な感じがしたんだけど、ヴァネッサの方がウスナヴィよりも明らかにいろんな方面で経験値が高くて、おまけに彼女は男たちからもモッテモテだから、そういう彼女にウスナヴィが劣等感を抱いてそれが原因でいろいろギクシャクしちゃうことはありそうだし、彼らのいさかいはそれをソフトに表現したんだと思うことにした。

 

この作品の中では、たとえ言い争いをすることはあっても男たちはけっして力ずくで女性を“モノ”にしようとはしない。せいぜい指笛鳴らすぐらい。本当はもっと下品だったり暴力的な面もあるんでしょうが、そこはあえて見せない。だから、貧しくても彼らはすっごく平和に見える。

 

これも「ミュージカル」だからこそ、そんなに疑問を持たずに観ていられる、ってのはあるかも。

 

暴力以外の方法で彼らが抱える問題を描いているのがよかったし、アブエラとの別れのシーンでは泣いてしまった。彼女は停電した暑さの中で亡くなるんだけど、コロナ禍と現在の夏の暑さが重なって映画と現実の世界が地続きのように感じられたし。

 

ニーナ役のレスリー・グレイスの文字通り“重力”から自由になったようなダンスは終盤の見せ場だけど、あれはニーナが“くびき”から解き放たれて夢にむかって羽ばたこうとしているのを表現しているんだろうなぁ。レスリー・グレイスは今後、DCコミックスのバットガールを演じるそうだから、ほんとに羽ばたくわけだがw 配信作品らしいけど、せっかくなら劇場でもやってほしいなぁ(※その後、2022年にワーナーは完成間近だった『バットガール』の公開・配信の中止を発表)。ニーナにとってまるで自分をこの故郷にとどめる重しのようだったジョージ・ワシントン橋が、今ではその門出を祝福しているように見える。

 

 

 

ニーナと相思相愛になって一緒に踊るベニー役のコーリー・ホーキンズは、僕は『ブラック・クランズマン』でブラックパンサー党の主席、ストークリー・カーマイケルを演じていたのを覚えてますが、彼は『キングコング:髑髏島の巨神』にも出ていたんだな。人懐っこそうな笑顔が魅力的で知的な雰囲気の俳優さんですね。

 

レスリー・グレイスもコーリー・ホーキンズもさすがプロの歌手だけに歌声も素晴らしかったし、ふたりのダンスもとても美しかった。

 

夢を追って旅立つ者もいれば、“故郷”にとどまる者もいる。

 

「ここが、あそこが故郷」と呼べる場所を持っている人は幸せだと思う。人によって故郷の場所はさまざまだし、それはこの世にはない人だっている。心の中だけにある場合も。

 

ニーナとベニーが、子どもの頃ベニーが夏になると悪戯で公園の消火栓を開けて水を噴射させていたことを語り合うように、想い出って自分以外の人と共通の記憶を思い返して語らうことでさらに記憶され続けていくもので、自分の中だけにとどめておくと、よっぽど記憶力がいいか日記などでしっかり記録しておかないとだんだん忘れちゃうんですよね。

 

だから、僕なんかは故郷と呼べる場所の想い出がかなり薄れてしまっていて、もう具体的な想い出をよく覚えていないんですよ。誰とも共有する想い出がないと、やがては“故郷”も失ってしまう。

 

僕にとって“故郷”は「映画館」だと思いたいなぁ。カッコつけ過ぎですかね。

 

でも、この『イン・ザ・ハイツ』を観ている間、僕はまるで自分がワシントン・ハイツの住人の一人のような気持ちになっていたし、ウスナヴィと同じようにアブエラとの別れに涙が出た。

 

映画を観る喜びって、そういうところにある。

 

「映画」はスクリーンに映った幻かもしれないけれど、その中で描かれる物語からいろんなことを思い出したり、新しく教えられたりする。映画が何かを僕に伝えてくれる。それをこうやって誰かに僕が伝える。

 

映画のラストでも描かれるように、消火栓の噴水はワシントン・ハイツで子ども時代を過ごした者たちの共通の想い出。

 

映画は、日本中、世界中の人々が時代や場所を越えて共通の想い出を持てる魔法の媒体。

 

“故郷(映画館)”に帰れば、古い友人にも会えるし新しい出会いもある。

 

こういう映画に出会いたくて、僕はこれからもあの場所へ帰っていくのでしょう。くれぐれも停電にはならないでほしいけどね。

 

 

一方では、劇中での主要登場人物たちの肌の色の配分が現実のワシントン・ハイツの住民のそれを正確に反映していない、という批判も。

 

 

 

 

歩みはゆっくりだけど、それでも以前の状態から一歩ずつ前進しているのだ、と信じたいですが。

 

さらなる課題を見据えて今後の作品の向上を実現していけたら、と思います。

 

 

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