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笑顔でつながるHappyらいふ

先天性食道閉鎖症の息子からもらった「贈り物」を大切にしたいと思ったアラフィフ目前母さんのあれこれ


おはようございます音符

親子の宝物に気づき
幸せなライフワークを実現する

ハンデをもつ子のママ専門
ナビゲーター@八王子・多摩の

鈴木知美です
 

 

 

ただいま人生をさかのぼり中♪
生まれた時~教員時代
こちらにまとまっています

 



それまでの
真面目でプライドが高く
面倒くさいヤツだった教員生活


から


人生が一転することにビックリマーク



 

3校目の学校に赴任した
2年目

産休に入ります。



産休に入る直前の
妊婦検診で

エコーを見ていた先生が

「あれ?」

と。

エコーの映像に
もっと詳しい先生にも
一緒に見ていただいて

こんな説明を受けました。



何度エコーの映像を見ても
赤ちゃんの胃が膨らまない。

つまり

羊水を飲み込んでいない
可能性が高い


びっくり



そこで
もっと詳しく調べるために
大学病院を紹介されました。



ちょうど
産休に入るタイミングで
よかった~ほっ

なんて
のん気に
大学病院へ行ったら・・・



やっぱり
羊水を飲み込んでいなくて
胃が膨らまない。


可能性として

「食道と胃がつながっていない
 先天性食道閉鎖症が
 考えられる」


とのことでした。



その影響なのかどうか
わからないけど

羊水過多

とも言われました。



「少し入院しましょう」

となったときも

産休に入ってからで
よかった~ほっ

なんて調子で


入院も2,3泊くらいのつもりで
病院へ。



病室へ案内されて
入院日数を聞いたら

お腹の張りの様子しだい

とのことで


産休に入ったらやろう

と思って予約をしていたところに
キャンセルの電話をしに
病室を離れました。



そうしたら
看護師さんたちに


「ことの重大さを
 自覚してないメラメラ


と怒られましたあせ①



お腹の張りが
平均的なのか
そうじゃないのか

背中が痛くなるのは
妊婦さんあるあるなのか
そうじゃないのか

なにせ
初めてなもので

そんなもんだ

と思っていました汗



それからは
トイレに行くこと以外は

自分で歩くこと禁止ビックリマーク

トイレと
そう変わらない場所にある
お風呂へも

介助の方に
車いすを押してもらって移動。


24時間点滴をしながら
ベッド生活に泣く



なにしろ
お腹の張りを抑えるのが
入院の目的なので


点滴と
朝晩のお腹の
モニタチェック以外は
何もなし。


それまで
忙しく働いていた身には
退屈で退屈で
仕方ありませんでしたごめん



その後も

点滴の量を減らすと
お腹の張りが出てくるので

出産まで入院生活を
言い渡されることにガックリ・・・




さあ困った。

産休に入ったら
ベビー用品をそろえよう

そう思っていたから
赤ちゃんが生まれても
何もないごめん

どうしよう・・・


そんな心配はしていたものの

生まれてくる
赤ちゃんについては

全くと言っていいほど
不安はありませんでしたテヘ



食道閉鎖症の疑いはあるけど
通常分娩でOK。

生まれて
食道閉鎖症だったら
すぐに
八王子小児病院へ
搬送してもらえるよう

分娩時には
ドクターカーが待機する

という医療の連携も
取ってもらえることになり


むしろ
安心安心ハートくらいに
思っていました。



たぶん

病院にいたから
電話も使えず

インターネットで
調べることもできなかったことで
  ↑
 しかも
 まだガラケーが主流だったし(笑)

 
生まれてからの生活について
情報が入らず


余計な不安を募らせないで
いられたのだと思います。



成り行きに任せるしかない

まな板の上の鯉
の気分でした。



何しろ
ベビー用品を
なんとかしなきゃ

と、日中動ける姉に

カタログや注文
暇つぶしのグッズの用意など

何かと
助けてもらっていました感感謝




出産予定日まで
約2か月

その暮らしが続くと
思っていました。





・・・が
入院して約3週間後に
状況が変わりました暗雲


続きは明日
書きますね。

人生で一番長かった日

 

 

 

教員時代までの様子はこちらにまとまっています

こんばんは音符

親子の宝物に気づき 

幸せなライフワークを実現する

 

ハンデをもつ子このママ専門

ナビゲーター@八王子・多摩の 

 

鈴木知美です。

 

 

 

ようちゃんこと宮澤曜子ちゃんが 

熱く勧めている 

超右脳開花ブログを書く と決めてから 

1か月ちょっと 

 

自分の過去を思い出すだけでなく 

 

自分が 

何を感じ 

何を大切に思い 

 

それが どう今につながっているのか・・・ 

気づくこと 考えること たくさんありました。 

 

そして 

書き始めたころと今 

 

これからやりたいことが 

少し 変わってきましたテヘ

 

 

 

そして ようちゃんのブログでは 

新たな展開が始まっています。 

 

私が 

ブログを再スタートする 

きっかけとなったブログ 

 

ぜひ見に行ってみてくださいね!ピンク音符

 

 

 

 

さて 

ここ10日は 

ダメダメ教員時代のことを 書いてきました。 

 

この先新たな展開になるので まとめますね! 

 

 

 

・・・の前に 

さらーっとで 

話を進めちゃった 

 

オットさんとの再会。 

 

リクエストにお応えして・・・ 

 

 

出会いは 大学時代でした。 

 

あのころ 

ほぼ毎日励んでいた 

テニスサークルの 

先輩。 

 

しかもつき合っていました。 

 

いろいろあって 

10年くらい 

別々の人生を歩んでいての 

再会 

 

焼け木杭には火がついた 

 

という訳ですテレポッ

あー恥ずかし汗

 

 

 

 

ということで 

まとめますね

(そそくさと aya

 

 

第1章*小さい頃

第0話 今日からリスタート!
⇒なぜ人生をさかのぼろうと思ったのか

第1話 義務教育まで【1】~期待はずれからのスタート
⇒特に何も考えてなかった平々凡々幼少期

第2話 義務教育まで【2】~ゆるーく、しつけは厳しく
⇒しつけの厳しい両親と姉と私と

第3話 義務教育まで【3】~フットワークの軽さは母譲り
⇒万年色黒だったのは・・・

第4話 義務教育まで【4】~外も好き。でも家の中も好き
⇒ものづくりが好きな素地

第5話 義務教育まで【5】~つい最近まで思い込んでいたことの発端
⇒絵を描くのが苦手を深堀り

第6話 義務教育まで【6】~怒られるようなことをしちゃいけない
⇒目立たないように目立たないように・・・

第7話 義務教育まで【7】~姉と同じが安心だった
⇒おさがりばかりは嫌と思う一方で

第8話 義務教育まで【8】~目立たないように、の小心者が気がつけば・・・
⇒ビビりが思わぬことに

 

第2章*高校大学時代

第9話 変化の兆し【1】~でも根っこはマジメ
⇒高校生活-世界が広がって自由に

第10話 変化の兆し【2】~試合が怖い?その1
⇒思うようなプレーができなくなった

第11話 変化の兆し【3】~試合が怖い?その2
⇒その先の未来がわからないと足がすくんでしまう

第12話 変化の兆し【4】~ザ・昭和の青春
⇒泥臭く、汗臭く応援団

第13話 変化の兆し【5】私は何者?「その他」?
⇒いい経験だったけど、もう一回はしたくない

第14話 好奇心が花開くころ【1】~A型であることが嫌だった
⇒名付けて血液型改造計画

第15話 好奇心が花開くころ【2】~美味しいものにはキケンが潜んでいる-その1-
⇒ブログを書きながら寝落ち。寝覚めに思い出したこと

第16話 好奇心が花開くころ【3】~美味しいものにはキケンが潜んでいる-その2-
⇒思い出ランキング圏外の思い出は実は・・・

第17話 好奇心が花開くころ【4】~視界が開けた感覚
⇒大人だって好奇心を広げていい

第18話 好奇心が花開くころ【5】~高額時給以上のギフト
⇒アルバイトで得たものはプライスレス

 

第3章*教員時代


第19話 根っこが全開【1】~幻想が崩れた日

⇒進路を決めたころに思い描いていたイメージとは違う学校へ赴任 

 

第20話 根っこが全開【2】~自分でもびっくり!こんな一面があったとは・・・

⇒繊細だとは思っていなかったのに・・・

 

第21話 根っこが全開【3】~公明正大に磨きをかけていたころ

⇒気持ちよりルールが先行 

 

第22話 根っこが全開【4】~誰の気持ちにも気づけない

⇒真面目にやっている子の気持ちも見えてなかった 

 

第23話 根っこが全開【5】~人に弱いところを見せられない

⇒プライドばかりが高いめんどうなヤツ

 

第24話 根っこが全開【6】~悩まないのが悩み

⇒何を言われてもネガティブに

 

第25話 根っこが全開【7】~ぐちゃぐちゃな私を救ったもの

⇒学生時代に一度断念したことを再開

 

第26話 根っこが全開【8】~もがくのはやめよう 

⇒自然を前にしたら自分の悩みなんてちっぽけ 

 

第27話 根っこが全開【9】~揺り戻し-白黒はっきりせい!

 ⇒気持ちよりルール再び

 

 

 

 *こぼれ話編*


こぼれ話【1】~書き始めてわかった心の動き
⇒書くのは苦手から楽しくなってきた

こぼれ話【2】~シンクロしすぎて鳥肌が立っちゃった
⇒いろいろなことが次々にはまっていく

 

こぼれ話【3】~ぶっつけ本番で生きているから

⇒あのころの自分にシェアしたいメッセージ

 

 

 

明日からは
人生の転機を迎えます

 

 

引き続き

おつき合いいただけると

嬉しいですピンク音符

おはようございます音符

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鈴木知美です




大好きな島暮らしをして
永住も考えていたのに
あっさり結婚

ダメダメな教員に逆戻り(^^;



あの頃の自分に

そして
生徒たちに

シェアしたい言葉を

今日は読んでくださっている
あなたにもシェアしますねピンク音符



その前に・・・
昨日
「ファン」
と言ってくださるステキさんキラキラから

オットさんとの
「再開」のくだりについて

知りたーい

とメッセージを
いただいいたのですが


この本編では
こっ恥ずかしい( *´艸`)ので


夜、番外編として
シレっと白状しますね~汗


あ、これはFacebookでは
シェアしませんので~aya






ということで
本編参りまーす!!11

 





シェアしたい言葉は


生まれて初めての一回きりの人生をぶっつけ本番で生きている。
ぶっつけ本番だから失敗して当たり前。



これは
北海道で
植松電機を経営されている
植松努さんが
お話しされている中から
抜き出した言葉です。


ご存知でしたか?





私が知ったのは1か月くらい前。


このブログでも
興奮気味に
チラリと書きました。





その時
植松さんがどんな方か
もっと知りたくて

検索をしていたら
この記事が目に。


 


 

 

ちょうど
植松さんを知った
3日前の記事でした。
 

 


その日
自分が書こうとしていた
内容ともリンクしていてビックリマーク

そして
教員をしていた時の
自分ともリンクしていてビックリマーク

そして
アンガーマネジメントを
伝えている今の
自分ともリンクしていて!!

鳥肌が立ちました。



どこかのタイミングで
たくさんの人にシェアしたい


そう思いながら
ブログを続けてきて


教員生活の
一区切りがついた

ここで
シェアすることに
しましたハート





植松さんを知る
きっかけとなったのは

こちらの動画

https://youtu.be/gBumdOWWMhY

4年前に公開され
視聴回数も300万回を
超えているので

すでにご存じかもしれませんね。



でも
何回観てもいいと思うお話。

私も何度も視聴しています。


そして
まだ観ていなかったら
すぐにでも!!



植松さんが

なぜロケットを作っているのか
なぜTEDでこの話を伝えたのか

についてのシェアは

アンガーマネジメントの方の
ブログで書きますね!

何とか今日中に
  ↑
 宣言してみました~




明日から
教壇を離れてからの
さかのぼりです


おつき合いいただけると
嬉しいですピンク音符

 

 

おはようございます音符

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ただいま人生をさかのぼり中♪
生まれた時~学生時代
こちらにまとまっています

 



私の故郷は
ここじゃなかったっけ?

というくらい

大好きで
自然体でいられて
どっぷりはまって

もがくのはやめよう

と思えた
八丈島での生活。


真剣に永住も考えていました。




・・・が

その時
30代半ばにさしかかっていました。




島暮らしは最高!

でも
永住したら
結婚はできないかも・・・あせ①


というのも

島には同世代で
独身の人が少ないのです。


島内にある学校は
高校まで。

卒業後
進学するにしても
就職するにしても

ほとんどの子たちが
島を離れる。




まだ
結婚をあきらめられない
お年ごろ(笑)



今だったら

出会いはいつあるか
わからないし

人生何があるか
わからないから

それもいいんじゃない?

って思うけど


その時は

仲の良い同級生のほとんどが
結婚をして
独身は少数派

ちょっぴり
焦りもありました汗




そんな状況の時
今のオットさんに
再開しました音譜

再開!?
というツッコミが
ありそう( *´艸`)

知りたい?pink?pink



ま、ま、ま
そこはサラリとで~aya

実はこのストーリー
ある日に向けて
段取りを組んでいるので

進めちゃいますビックリマーク




島暮らしか結婚か・・・
揺れるオトメ(?)心
のはずが

迷いなく
結婚へ!!



そんなにどっぷりはまってた
島暮らし

簡単にあきらめちゃうのーーーはてなマーク

と言われそうですが



ここは
結婚していて大正解GOOD。

正解・不正解
というのも変だけど

結婚していなかったら

今の私はないし

いつも
冒頭で名乗っている
キャッチコピーは
生まれなかったのです。





で、4年間の島暮らしから
東京での生活に戻ります。



八丈島も東京都
ですが

八丈→島
本土→東京
と呼んでます。



ここまでが
前置きでした←長ー!!





赴任した先は
中堅の普通科。

ザ・都立高校音譜

という感じの学校でした


学校生活も
部活も
行事も
時々アルバイトも

程よく満喫。



その中で
斜めな子たちが
ちらほらといました。



その頃の私は
その子たちが
やたらと目につくのです。



教員の手を煩わせるか
というと
そうではない

かといって
高校生活を
楽しんでいる様子も見られない

何か注意されると
揚げ足をとる・・・



初任
リミッターを
振り切っているような子たち


のびのびと生活をする子たち


平均的な高校生の姿
というのがあるとすると

両極を経験してきたので


真ん中あたりにいて
(たぶんこれが大多数)
斜に構えている子たちが

中途半端に思えて

「やるならやる
 やらないならやらない
 どっちかにしなよ!」


って思っていました。



だから
いちいち口うるさくしていて

彼らにとっては
嫌な教員だったと思いますもやもや



今となっては

人と比べるのではなく
一人ひとりをみることで

その子たちの
学びや成長をサポートすること

の方が
健全だし大切なこと

と思うのですが


当時は
少ない経験からの引き出しで
戦っていました。

教育は
戦うものではないのにね汗




もう本当に
ダメダメな教員でした。


未熟な教員で
ごめんなさいplease

そして

そんな教員でも
「しょうがないなぁ」
と関わってくれていた
子たちに感謝です。

どうもありがとう!!11




そのまま
ダメダメ街道を
突っ走らないように

見えないものの力が
働いたのかもしれませんひらめき




全く想像していなかったことが・・・
新たな章が始まります。



今日もおつき合い
ありがとうございましたピンク音符

 

 

学生時代までの様子はこちらにまとまっています

おはようございます音符

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鈴木知美です





昨日

ぐちゃぐちゃな私を救ったもの
と題して
スキューバダイビングのことを
暑苦しく書きました。



そうしたら

お子さんが水が好きだから
ダイビングを体験させたい

とか

ダイビングのマウスピースて
疲れませんか?

など

コメントやメッセージを
いただきましたキラキラ



どうもありがとうございますピンク音符



私と同じような気持ちに
なったことがある人が

私の書いた文章で
何かの気づきになったら

嬉しいな

と、書きつづっているだけで

有益な情報は
提供できていないのに汗


読んだり
感じたことを
伝えていただけるのは


本当に本当に嬉しいです!!11


昨日は
小躍りしていました音符


/ 
どうもありがとうございまーす!!
\ 



ダイビングを満喫していたころ

世の中の景気も悪くなって
公務員への風当たりも
強くなった時期でした。


公務員でいること
教員でいることは

清廉
誠実
品行方正

を求められているようで
息苦しく感じていました。
  
 後から思えば
 勝手に思い込んでいただけ(^^;

 

辞めたい
って思ったことも。



ちょうどその頃
異動のタイミングでもありました。



さてどう希望を出そう・・・

考えている時に




 

 

そうだ!
東京都には島がある



お給料をもらいながら
海の近くで生活できるなんて

なかなかない条件!!




島はプライバシーが
あってないようなもの

とは
聞いていたものの


私の幼少期は

急な雨が降ったら
お隣さんの家の洗濯物だって
家に上がって取り込む

そんなご近所づきあいだったのでニコニコ


問題なし!!14



よし決めた!!11



そんな風にして
島暮らしをすることを
決めました。




・・・が
ちょうどその年

希望を出そうとしていた
三宅島が噴火。


1年待つことにごめん




その間

悩まないのが悩み

のエピソードがあったり・・・




1年後
三宅島はまだ避難生活

他の島に希望を出しました。





その島は

八丈島

2001年4月1日

「おじゃりやれ」

と出迎えてもらい
島民になりました。




この八丈島との出会いは
私の人生に大きな影響を
与えてくれます。


職場の人も
島の人も

本当に気持ちのいい人ばかりキラキラ


初めての一人暮らしだけど

なんだか
故郷に帰ってきたような

そんな気持ちに
なる場所でした。



いい!
ここいい!



何回も心の中で
言ってました。



山の緑は
いろいろな緑

少し車で走れば
黒潮が通る
藍色の海


海の中と同じで

細かなことなんて
どうだって
よくなっちゃいました。



島の子たちは
うらやましいくらい
素直


素直、というのは

真面目だとか
従順だとか
ではなく

人の目や
評価を気にせず

思ったこと
感じたことを
素直に表現します。



例えば
毎年文化祭で展示される
短歌も

こちらが
こっぱずかしく
なってしまうようなことも

言葉にして表現。



彼らが奏でる音も
素直で濁りのない音で

審査員の心を動かし

吹奏楽コンクールでは
ゴールド金賞を
取ってしまうくらい
  ↑
人数が少ないから
1パート1人
中には
1人で持ち替えして
演奏する子も。
校内の演奏では
私が借り出される程の少数(笑)




そして
自然の力を
まざまざと見せつけられる
台風

飛行機や船の欠航は
当たり前

スーパーマーケットの棚が
だんだんスカスカにあせ①




そんな環境にいたら

あれやこれやと
もがいても

仕方ない



そんな気持ちになりました。


だから
私も

島では
自然体でいられました。




休みの日は
船を出して
1日中海上にいて
泳ぎ回ったり

漁師さんと
友だちになったら
レジ袋に入ったカツオが
ドアノブにかかっていたり

島のテニスチームに
入れてもらって
大会に出たり…




このまま
永住しちゃおうかな
=結婚はしなくてもいっか


って思うくらい
どっぷりの島暮らしでした。




ところが…




明日に続きます滑るズコー



今日もありがとうございますピンク音符

ギャーーーーーびっくり

ちょっとゆっくりめに
なんて目覚ましをかけたら

寝坊しましたあせ①




おはようございます音符

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早速続き
参ります 汗


何でもかんでも
ネガティブに捉えていた
当時の私

悩まないのが悩み

と、どんどん
ややこしくなっていました。



ストレスや
ネガティブな感情で
いっぱいになりつつ

精神的にも
肉体的にも
ガタ落ちにならなかったのは

持って生まれたもの
  
 両親に感謝!!!




もう1つ


私にとって

なくてはならないもの

になった存在のことを
つづります。





教員になって3年目

(ちょうど
 初めての担任の頃

スキューバ―ダイビングを
始めました。



実は
学生時代に
友だちと

サイパンでの講習に参加するも

猛烈な台風渦がやってきて
ほとんど何もできずに
帰国ガックリ・・・

その時
日本は冬に向かっていて
続きの講習を断念した経緯が・・・




やってみたい思いは
心のどこかにあって

でも
仕事にいっぱいいっぱいで

思い出しては

「今は無理」

って先延ばしにしていました。




何をきっかけに
腰を上げたのか
覚えていないけれど

たぶん
気持ちに
少し余裕ができたのかな…


お店探しをスタート。



ダイビング雑誌を買ってきて

家から近いところ
通勤途中にあるところ

から
3軒をピックアップ。



電話で問い合わせて
資料を送ってもらうよう
お願いしたところ・・・
  
 この頃は
 まだ電話が主流の時代(笑)



対応は三者三様


A店
全く音沙汰なしshokopon

B店
チラシをどっさり郵送トホホ

C店
リーフレットに
手書きの手紙を添えて郵送乙女のトキメキ



その中から

家や職場の最寄でもなく
乗換駅の最寄でもなく
通勤路線の途中駅で

しかも
駅から徒歩15分くらいの

続けるには

条件の悪いC店へ
行ってみることに。



手書きの手紙は
定型の文章かもしれない

でも
「手書き」という
ひと手間をかけるところが

お客さんを大切にしていそう

そう感じました。



このC店
『アサムラマリン羽村店』の
スタイルは

当時は客として
「嬉しい」
と感じただけですが

今、売る側になっている
私の
行動指針の1つになっています。




話を戻すと・・・

マリンさん(って呼んでます)に
決めて

大・大・大正解!!



時間が取れると
海へ行っていました。



初めのうちは

長い時間
海の中にいられて

いろいろな魚や
海中生物を
間近で見られること

が楽しかったピンク音符



そのうち

海中に浮遊しているだけで
幸せ~キラキラキラキラキラキラ

に。



何って
海の中にいるときは

日常の雑多なことが
スポーンっと抜けて

頭の中が空っぽに


究極のリフレッシュ



少し風邪気味だなぁ・・・
っていう時でも

海へ行ったら
あら不思議

治っちゃうaya



ハードな平日だから
土日くらいは
体を休めた方が
いいくらい

のはずなのに

海の予定を入れた方が
調子がよかった腕。


ピーク時は
1週間おきに行っていたくらいテヘ




このスキューバダイビング

どこのダイビングサービスで
誰と一緒に潜っても同じ

かというと
そうではないんです。



一度
職場の人に誘われて

初めて利用する
ダイビングサービスで
ガイドをお願いして
潜ったときのこと。


まだ未熟な私が
機材の操作を誤って
水面まで浮上。

その後
みんなと合流しようと
潜ろうとするも

焦って潜れず・・・

幸い
水が澄んでいたので
水面移動でついて行くも

しばーーーらく
私がいないことに
誰も気づきませんでした。



このエピソード
いろいろ条件がよかったから
事なきを得たけど

そうじゃなかったら・・・


そう思ったら
すごく怖くなりましたガーン




ハードだったり
チャレンジングな
負荷のかかる
ダイビングスタイル

ではなく


不安なく
安心して
リラックスできる
ダイビングスタイル


これが私の求めているもの。



そういう意味で
マリンさんは
ぴったりの
ダイビングサービスでした。


スキルレベルに合わせた
プラン

様々なレベルの人が
それぞれ楽しめる
工夫

アクシデントを
察知する




本当にいいお店に
出会えたなぁと

改めて思います。



ちなみに
今はムスコとともに
お世話にピンク音符



マリンさんで
ダイビングを始めてなかったら

今の私はない

と言える
そんな出会い。



海にのめりこんで

次の異動先の希望が
定まります。



おっと
寝坊した上に

暑苦しく
語ってしまいました汗



続きは明日に

今日もありがとうございますハート

 

学生時代までの様子はこちらにまとまっています


おはようございます音符

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こちらにまとまっています

 

 

 

今週は
社会人になってからのことを
さかのぼって
つづっています。



教員として
人として

どんな風に生きたいのか

それがはっきりしないまま
ブレブレ



人の人生に関わる仕事だから
失敗しちゃいけない

「教員経験が浅いから」
と言われたくない

教員だから
何でも知ってなきゃいけない


そんな思いで
恐るおそるの毎日でした。



そんなだから

生徒ではなく
自分に
意識が働いて

人に弱いところを見せられない
状況に...

悪循環
ドツボにはまっていました。





恐るおそるだから
「やらかしちゃった」
というエピソードはないけれど

周りの目には
「そつのない人」
と映っていたようで

今度はそれで悩むことに
なりますガックリ・・・




卒業生を送り出した
翌年

「あなた
 挫折したことないでしょ」

と言われたのです。


確かに
過去をさかのぼっても


悩んで眠れない
とか

食事がのどを通らない
とか
  
 口内炎がひどくて
 1週間食べられなかったことは
 あるけど(^^;


人生のどん底orz
とか


ってなかった。



傷つくことはあっても

割とポジティブに
まぁいっか
くよくよしてもしょうがない
って考えていたなぁ...と。




だけど

「それじゃぁダメなのだ」

「のほほんと育ってきたでしょ」

「挫折がないから
 人間に深みがない」


と言われたような気がして

その時は

そう言われたことが
それまでの人生で

一番のショックでしたガーン



「悩まないのが悩み」状態。




確かに

その
「そつなく」って
意外と厄介者。



「失敗しない」ことの
積み重ねで

「失敗する」のが
怖くなって

「失敗したらいけない」
と思うようになって

「失敗したら
 自分の価値が下がる」
ような気がして

周りの人とは異なる
思いや考えだと
言えなくなって・・・



またもや悪循環あせ①



「挫折したことないでしょ」
って言った先輩は

雑談の中で
笑いながら
軽ーく言った
言葉だったと思います。


でもその時は
ネガティブに
捉えていて

落ち込んでいましたガックリ・・・





この間
シンクロしすぎて鳥肌が立ったで書いた
野田玲奈ちゃんのセッションで

「危ういところは回避できる」
「いろいろなことを
 器用にできちゃう」

とも伝えてもらいました。

まさにソレ



今なら

「そういうところが
 私らしいところ」

アハハ~爆  笑

って言えるけど


当時は
自分でややこしくしてましたもやもや


次はちいさな転機です。


引き続き
おつき合いいただけたら
嬉しいです♪

 

 

 

 

学生時代までの様子はこちらにまとまっています

おはようございます音符



親子の宝物に気づき
幸せなライフワークを実現する

ハンデをもつ子のママ専門
ナビゲーターの

鈴木知美です




社会人になってからの
ダメダメごめんなストーリー



べきべき人間で
ダメ出しをすることばかり


それをしていたら
誰の気持ちにも気づけなくなっていました。





「先生になりたい」
と思ったときの気持ちを
置いてきていたことに加えて



「どんな先生になりたか」

自分にとっての
理想像を

明確に
具体的に
言葉にできていなかったなぁと

今ごろ気づいてます汗



というより

ビジョンを描く
言語化する

ということ自体
知りませんでした。




そんなこと
知らなくても

もちろん
やっていける人もいる。



でも

小心者で
ビビりで
自信がなかった私は

周りの人に
何か言われたり

何かが起こると


グワングワン
心が揺れ動いて渦

「自分」という軸が
しつけ糸のようでした。
  ↑
 縫い物をするときに使う
 手でかんたんに切れちゃう糸




そのくせ
プライドは高い

面倒くさいヤツトホホ



そんな私も
今では

ビジョンを描き
言語化する

ことで
自分の軸ができました!!



そう思うと

知っていればねぇ・・・

って思うのです。




あ、でも
その時知っていたら

今の私はないのかもひらめき


そう考えたら
過去のどれもこれもが

今につながっていて

自分が選んできたこと
なんだよね。
  
 これも
 最近分かったこと





そんな
今の私につながる
過去のエピソード


今日も
お付き合いくださーい音譜






ある時

生徒との距離感が絶妙で
生徒たちからも慕われていて

理想の先生像だなぁ

と思っていた先輩に
呼び出されましたびっくり



ある行事の時の
私の行動について

自分では
良かれと思って取った行動が

ことごとく
「あれは担任としてどうなの?」

と指摘の的にごめん



それまでは
ビビりでひよっこな私を

様々な場面で
フォローしてくださっていた
懐の深い先輩。



見るに見かねてのこと
だったのでしょう。




でも
その時は

「そんなつもりじゃ
 なかったのに」

と思いながらも

言い訳はしたくない、と
何も言いませんでした。



言い訳もしない代わりに

「ああいう時は
 どうすればいいですか?」

とも聞けず・・・



思いも伝わらなければ

甘えたり
頼ったりもできず


鼻っぱしが強くて

勝手に
孤独感に浸っていましたガックリ・・・




教員だから

「わからない」とか
「人に聞く」とか
「甘える」とか

弱いところを見せるのは
いけない


って無意識に思っていたのかも。




当時の私に

弱いところを
見せたっていいんだよ

教員だって
人間だもの
  ↑
 相田みつをさん風に( *´艸`)



と言ってあげたいなぁ。





この
人に頼る、甘える
ができないのは

つい最近まで続きますあせ①


今も時々
顔を出してますテヘ

 

 

引き続き

おつき合いいただけると

嬉しいですピンク音符


おはようございます音符

親子の宝物に気づき
幸せなライフワークを実現する

ハンデをもつ子のママ専門
ナビゲーターの

鈴木知美です



昨日は

やんちゃな子たちの
対応に追われて

視野が狭くなり
生徒たちの気持ちに
全く寄り添えていなかった

公明正大に磨きをかけていたころ

でした。



その当時を思い出すと

「教員は正しくあるべき」
「公平にするべき」
「学校の秩序を守るために
 ルールは守らせるべき」

という

「べき」に
がんじがらめになっていた
なぁ汗

と。


それに加え
新米で経験もないから
自信がなくて

「なめられちゃいけない」

という気持ちも強かった。



視野が狭くなっていたから

肝心な
「きもち」ハート
を忘れていました。



そもそも

小学生の頃
「先生になりたい」
と思ったのは

すっごく素敵な
担任の先生に出会ったから。


その先生が
どんなだったかというと

楽しいことも
嬉しいことも
厳しいことも

いつも全力投球で

私たちのことを
よく見てくれていましたキラキラ


児童にも保護者にも
大人気の先生。



「こんな素敵な先生に
 なりたい」

という気持ちで
教員を目指していた
はずだったのに


どこかに
その気持ちを
置いてきてしまっていましたごめん





あ~お恥ずかしいあせ①





恥ずかしいは
まだまだ続きます。





それは

やんちゃな子たちの
気持ちに寄り添えていなかった


だけでなく


真面目にコツコツ
やっている子たちの
気持ちにも
寄り添えていなかったことさげ




クラスは40人。

「お前は
 ここしか行くところがない」

と言われて入学した生徒
ばかりではありません。



机に向かうばかりじゃなく
体を使う実習をたくさんやりたい

好きなことを
もっと深く学びたい

資格を取りたい

普通科ではできない
経験をしたい

あの行事を
自分もやってみたい

などなど…



個性豊かな子たちが
集まっていました乙女のトキメキ




ある時

昨日登場したのとは
別の男子が

金髪にして
登校してきました。




クラスの中では
目立ったことはせず

授業には熱心に参加し

クラスメイトとも
程よい距離感をもって
つき合っていた子。


その変身ぶりは
私たち教員だけでなく

クラスメイトも
驚愕の出来事でしたビックリマーク



それからは

やんちゃな子たちと
以前より仲良くなり

レポートなどの提出物を
出さなくなり

テストの点も下がり

年度末には
進級が怪しい雲行きにもやもや



それには
周りのやんちゃな子たちも

「やばいよ」

と言い出したくらいでした。



年度末に
保護者の方を含めて
面談したとき


彼なら
留年したとしても
卒業できる

と思っていたので

私も専門学科の教員も
留年を勧めましたが


彼はきっぱり

「やめます」

と言いました。



そして
このような結果になったことを

「後悔していない」

と。



なぜなら

金髪にして
やんちゃな子たちとつるんで
レポートを出さなくなって
テストの点が取れなくて
成績が下がったことで

先生たちがみんな
気にかけてくれたから。

おとなしくして
かまってもらえないより
ずっと嬉しかったし
楽しかったから。



そう、理由を教えてくれました。





その時
ハッ!!とさせられました。


ついつい
目立つ子に目が行きがち

真面目に
コツコツやっている子たちには

安心とばかりに
甘えていたなぁとごめん



小中学生の頃

目立たないように
していることが安心

だった私には
全く思い至らず・・・


目は配っていたけど
心までは配れていませんでしたトホホ





もう
ダメダメすぎて
穴があったら入りたい…ガーン




初めての職場での
あれこれは
まだまだ続きます



明日もおつき合いいただけたら
嬉しいです♪


おはようございます音符

親子の宝物に気づき
幸せなライフワークを実現する

ハンデをもつ子のママ専門
ナビゲーターの

鈴木知美です





昨日は思い描いていた
教員生活とは違う現実に

体がストレスを感じていた
そんなエピソードでした。

~自分でもびっくり!こんな一面があったとは・・・





今日は・・・



教員になって3年目
初めて担任になったときのこと。



多分

入学生より
ドキドキしながら
入学式を迎えてのスタート。

3年間が始まりました。



入学式の翌日
新入生歓迎会

クラスの男子が
遅刻してきました。

会場が騒然びっくり


というのも

彼は
鮮やかな緑の頭で
登場したから。



休み時間になったら
即刻呼び出しです。



この最初に赴任した学校

地域の学校の中では
偏差値が一番低くて

中学校の進路指導で

「お前はここしかない」
って言われた

と言って
入学してくる子が
少なくありませんでした。



つまり
地域のやんちゃな子たちが
集まっていた。


加えて


専門学科なので
就職する子が多いので


生活指導に
力を入れいていました。



 

・・・ので
頭髪のルールに引っかかっての

呼び出し。



彼らの
無言のメッセージに


気持ちはわかるけど

まずルール。


そんな感じの毎日でした。





「気持ちはわかるけど」
って書いたけど

今思えば

とても表面的なところで
わかっていた




う~ん




「わかったつもり」
なっていただけのこと
だったんだろうなぁ・・・あせ①



心の底では

「なんでわざわざ
 怒られるようなことするんだろ
 うまく立ち回ればいいのに」

って思って

気持ちに寄り添うことなんて
私の辞書にはありませんでした汗



なんて未熟な担任だったろう・・・

当時の子たちには
本当に申し訳ない思いで
いっぱいですお願い




それでも
当時は

彼らの方が
私よりずっと大人で

「年の離れた姉ちゃん」

くらいに思ってくれていて

「ともちゃんも大変だよな」
って励ましてくれてハート



そして

「娘のようだわ~」

と温かい目て
見守ってくださる
保護者の方々もいてハート



教員として

育てていただいたなぁ、と

改めて思います。

どうもありがとうございました!!14


何だか涙が出てきちゃった泣





今となっては
そう思えることも


喫煙
万引き
暴力事件
不登校
進級の可否

などが
次から次へ・・・


当時は
余裕なく

視野も
狭くなって



ルール、ルールにごめん



アンガーマネジメントの
怒りのタイプ診断で
言うところの

「公明正大」
  
 道徳や正義を
 守らなければならない
 という信念のタイプ


に磨きをかけていました。





明日は
クラスの子の
驚きの発言エピソードを
つづります。