根っこが全開【8】~もがくのはやめよう | 笑顔でつながるHappyらいふ

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先天性食道閉鎖症の息子からもらった「贈り物」を大切にしたいと思ったアラフィフ目前母さんのあれこれ

おはようございます音符

親子の宝物に気づき
幸せなライフワークを実現する

ハンデをもつ子のママ専門
ナビゲーターの

鈴木知美です





昨日

ぐちゃぐちゃな私を救ったもの
と題して
スキューバダイビングのことを
暑苦しく書きました。



そうしたら

お子さんが水が好きだから
ダイビングを体験させたい

とか

ダイビングのマウスピースて
疲れませんか?

など

コメントやメッセージを
いただきましたキラキラ



どうもありがとうございますピンク音符



私と同じような気持ちに
なったことがある人が

私の書いた文章で
何かの気づきになったら

嬉しいな

と、書きつづっているだけで

有益な情報は
提供できていないのに汗


読んだり
感じたことを
伝えていただけるのは


本当に本当に嬉しいです!!11


昨日は
小躍りしていました音符


/ 
どうもありがとうございまーす!!
\ 



ダイビングを満喫していたころ

世の中の景気も悪くなって
公務員への風当たりも
強くなった時期でした。


公務員でいること
教員でいることは

清廉
誠実
品行方正

を求められているようで
息苦しく感じていました。
  
 後から思えば
 勝手に思い込んでいただけ(^^;

 

辞めたい
って思ったことも。



ちょうどその頃
異動のタイミングでもありました。



さてどう希望を出そう・・・

考えている時に




 

 

そうだ!
東京都には島がある



お給料をもらいながら
海の近くで生活できるなんて

なかなかない条件!!




島はプライバシーが
あってないようなもの

とは
聞いていたものの


私の幼少期は

急な雨が降ったら
お隣さんの家の洗濯物だって
家に上がって取り込む

そんなご近所づきあいだったのでニコニコ


問題なし!!14



よし決めた!!11



そんな風にして
島暮らしをすることを
決めました。




・・・が
ちょうどその年

希望を出そうとしていた
三宅島が噴火。


1年待つことにごめん




その間

悩まないのが悩み

のエピソードがあったり・・・




1年後
三宅島はまだ避難生活

他の島に希望を出しました。





その島は

八丈島

2001年4月1日

「おじゃりやれ」

と出迎えてもらい
島民になりました。




この八丈島との出会いは
私の人生に大きな影響を
与えてくれます。


職場の人も
島の人も

本当に気持ちのいい人ばかりキラキラ


初めての一人暮らしだけど

なんだか
故郷に帰ってきたような

そんな気持ちに
なる場所でした。



いい!
ここいい!



何回も心の中で
言ってました。



山の緑は
いろいろな緑

少し車で走れば
黒潮が通る
藍色の海


海の中と同じで

細かなことなんて
どうだって
よくなっちゃいました。



島の子たちは
うらやましいくらい
素直


素直、というのは

真面目だとか
従順だとか
ではなく

人の目や
評価を気にせず

思ったこと
感じたことを
素直に表現します。



例えば
毎年文化祭で展示される
短歌も

こちらが
こっぱずかしく
なってしまうようなことも

言葉にして表現。



彼らが奏でる音も
素直で濁りのない音で

審査員の心を動かし

吹奏楽コンクールでは
ゴールド金賞を
取ってしまうくらい
  ↑
人数が少ないから
1パート1人
中には
1人で持ち替えして
演奏する子も。
校内の演奏では
私が借り出される程の少数(笑)




そして
自然の力を
まざまざと見せつけられる
台風

飛行機や船の欠航は
当たり前

スーパーマーケットの棚が
だんだんスカスカにあせ①




そんな環境にいたら

あれやこれやと
もがいても

仕方ない



そんな気持ちになりました。


だから
私も

島では
自然体でいられました。




休みの日は
船を出して
1日中海上にいて
泳ぎ回ったり

漁師さんと
友だちになったら
レジ袋に入ったカツオが
ドアノブにかかっていたり

島のテニスチームに
入れてもらって
大会に出たり…




このまま
永住しちゃおうかな
=結婚はしなくてもいっか


って思うくらい
どっぷりの島暮らしでした。




ところが…




明日に続きます滑るズコー



今日もありがとうございますピンク音符