門井慶喜『銀河鉄道の父』(2020 講談社文庫)は、2017年下半期の直木賞受賞作。
童話『銀河鉄道の夜』、『注文の多い料理店』や『永訣の朝』、『アメニモマケズ』などの詩で知られる宮沢賢治の生涯を、父親目線で描いた小説だ。
2023年に役所広司主演で映画化された。
今回も原作の文庫本を用意しておき、まず映画を観始めた。
監督: 成島出
脚本: 坂口理子
出演: 菅田将暉 森七菜 豊田裕大 坂井真紀 田中泯
明治29年、岩手県花巻で質屋兼古着商「宮沢」の若旦那として京都に買付に出ていた23歳の宮沢政次郎(役所広司)は、長男出生の電報を受け、慌ただしく帰郷する。
待ち望んだ第一子は、父喜助(田中泯)により「賢治」と名づけられた。
その後、5歳になった賢治は赤痢を発症して入院するが、政次郎は居ても立ってもってもいられず、妻(坂井真紀)を差し置いて賢治の病室で泊まり込みの看病をする。
その結果、自身も赤痢にかかり、入院することに……。
あまりの親馬鹿ぶりをたしなめる喜助に、政次郎は自分こそ「新しい時代の、明治の父親なのす」と言い返す。
月日は流れ、大正3年、成長した賢治(菅田将暉)は盛岡中学を卒業し、実家へ帰る。
しかし、跡取りのはずの息子は、質屋は農民に対する「弱い者いじめ」の商売だと、父を批判する。
そんな兄を慕う妹とし(森七菜)は、今は女学校に通うが、幼いころ楽しいお話をつくっては聞かせてくれ、「日本のアンデルセンになる」と言った兄のことばを、今でも忘れない。――
ひと通りの登場人物が出そろった30分ほどのところで映画を中断し、原作を読み始めた。
文庫本500ページ以上あるが、読み飽きることがない。
今まで断片的な文学史知識でしかなかった宮沢賢治の生涯が、リアルな物語として目に浮かんでくる。
すると、賢治は清貧に生きたように思っていたが、資産家の家に生まれ、ある意味我がまま放題に生きる賢治の姿が、実像として見えてくる。
とりわけ、結核を病んだ妹としの臨終の場面など、詩『永訣の朝』からは想像もつかない人間臭い賢治の行動が描かれる。
おそらくは大幅な創作なのだろうが、「そうだったのか」と思わず納得してしまう。
そして、一家の家長として振舞いながら、実は息子にメロメロでその希望は何でも叶えてやろうとする政次郎の心情と行動は、現代の父親像にも通ずる。
宮沢賢治とその家族の伝記的物語の形の中に、現代人の心のありようを映し出そうとしたのかもしれない。
それにしても、宮沢賢治の史実についてはかなり研究した末の仕事だろうと想像された。
そこで、小説を読み終え、参考文献リストがあるかと思って最後のページを見た。
すると、たった一言、
「この物語はフィクションです。登場人物、団体等は実在のものとは一切関係ありません」。
宮沢賢治とその家族の実名を使い、ここまで史実に沿って丁寧に書いてあるのに、“実在のものとは一切関係ありません” とは……。
作家門井慶喜はおそらく、宮沢賢治の伝記的資料を丁寧に読み込み、事実を知り尽くしたうえで、登場人物たちの内面に分け入り、想像力を駆使してその心のありように描き出した。
そこにこの作品の持ち味があり、作家の想像の自由を守ってくれるのが、「フィクション」ということばなのだ。
その後、映画の続きも最後まで観たが、映画もよくできていると思う。
そう考えると、この作品は断然、「観てから読む」のがおススメだ。
映画では、明治・大正・昭和初期という時代の風景・風俗を映像で目に焼きつけながら、宮沢賢治の人物像を追うことができる。
そして、息子へ愛に揺さぶられ続ける父の姿を、役所広司の演技で堪能する。
それから小説を読めば、映画の記憶に助けられて、物語世界が “映画を観ているみたいに ”心のうちに展開する。
そのなかで、時代の変化と世代間のギャップに戸惑いつつも誠実に生き、懸命に子どもたちを愛した父の思いを、じっくりと読み味わうことができるだろう。