桜木紫乃 『起終点駅(ターミナル)』 小学館文庫 2015
文庫で出た桜木紫乃の小説はほとんど読んでいるが、この作品は映画があることを知っていたので、いつか「観ながら読もう」と思っていた。
映画は2015年公開
監督:篠原哲雄 脚本:長谷川康夫
出演:佐藤浩市 本田翼 中村獅童
釧路に住む65歳の鷲田完治(佐藤浩市)は、国選弁護しか引き受けない、変わり者の弁護士である。。
粗末な借家で一人、質素に暮らす。
毎日、自分だけのために料理し、ひとりで食べる。
別れた妻と息子が東京にいるが、ずっと会っていない。
30年前(映画では25年前)、旭川地裁判事の任期を終え、東京へ栄転するはずの完治の身に起きた、衝撃的な出来事――。
それ以来、完治は裁判官の職も妻子も捨てて、贖罪のような今の暮らしを続けてきたのだ。
そんなおり、覚せい剤所持で逮捕され、完治が国選弁護で担当した女、椎名あつ子(本田翼)が、彼を訪ねてくる――。
30分ほど映画の冒頭を見てから、小説を読んだ。
6編を収める短編集で、表題作はその中の一編である。
読んでいくと、鷲田完治の姿に、こんなふうに過去を背負っていく生き方があるのだと、人生の意味を深く考えさせられる。
そこへ無邪気に押しかけてきた、椎名あつ子との関わり。
あつ子もまた暗い人生を送ってきたのだが、完治のおかげで人への信頼を少しだけ取り戻し、新たな人生へと旅立っていく。
そこが、互いの人生の起終点駅(ターミナル)なのだ。
派手な展開はないが、完治のストイックで寂しい人生の中に、ほんのわずか救いが見えるような物語。
いかにも桜木志乃らしいと、満足して読み終えた。
それから、映画の続きを観た。
すると、60ページ足らずの短編を映画化しているので、省略の必要がなく、セリフもほぼそのまま原作通りに進んでいく。
自分なりにイメージしていた物語を、もう一度、映像でたどり直し、味わうことができた。
と、思いきや……。
結末の展開だけが、大きく違っている。
あつ子(本田翼)がもたらしたものが、ただの思い出に終わらない。
完治(佐藤浩市)の心に波紋を起こし、ある行動へと駆り立てる。
やはり映画らしい展開だが、パラレルワールドのように、もうひとつの「あり得たかもしれない物語」を観ることができて、得した気分である。
そこで、この作品は、観てから読むか、読んでから観るか……
①まず小説で、桜木志乃らしいストーリーを味わう。
②それから映画を観て、結末のアレンジを楽しむ。
つまり、「読んでから観る」のがおススメだ。
もちろん、映画の冒頭だけ観て釧路の風景や俳優たちの顔をイメージに入れておけば、小説も読みやすいし、後で映画を観ても違和感なく楽しめる。
ただし、事前に映画の「予告編」を観るのは、今回はお勧めしない。
映画の冒頭30分の展開が私には衝撃で、その後の完治の人生の選択も心情的に理解できた。
なのに、予告編では冒頭のエピソードをネタバレしている。
これは、観ない方がいい。
ちなみに、短編集『起終点駅(ターミナル)』の他の作品は、やはり北海道の各地を舞台に、世の中で必ずしも陽の当たらない人々の生きざまを描いている。
薄墨を流したような風景の中で、いずれも明るい話ではないが、読みごたえは十分である。