平野啓一郎原作の映画『ある男』は2022年に公開され、同年の日本アカデミー賞で、最優秀作品賞に輝いた。
監督:石川 慶(優秀監督賞)
脚本:向井康介(優秀脚本賞)
出演:妻夫木聡(主演男優賞) 安藤サクラ(助演女優賞)
窪田正孝(助演男優賞) 清野菜名(優秀助演女優賞)
里枝(安藤サクラ)は横浜で結婚し二児をもうけたが、次男を脳腫瘍で亡くしたことから夫と離婚し、長男を連れて故郷宮崎に戻り、実家の文具店を手伝う。
あるとき店に画材を買いにきた林業作業員の “谷口大祐”(窪田正孝)とことばを交わすようになる。やがて互いのつらい過去を語りあい、心が通じた二人は結婚し、女の子も生まれる。
息子、母親と5人家族での幸せな日々は3年9ヶ月続くが、大祐の伐採作業中の事故死で、あっけなく幕を閉じる。
里枝は、聞いていた大祐の実家に連絡を取るが、訪ねてきた兄は遺影を見て、「これは大祐じゃない」と断言する。
では、自分が愛した夫は誰だったのか……。
里枝の相談を受けた弁護士城戸(妻夫木聡)は調査を始めるが、なかなか手がかりはつかめない ――。
例によって最初の30分ほど観て映画を中断し、原作小説を読み始める。
平野啓一郎 『ある男』 文春文庫 2021
「ある男」の正体を探すミステリー仕立てだが、謎を追う弁護士の城戸は、その男の人生に思いを馳せつつ、「自分とは何か」という問いに直面し続ける。
そして、在日三世という出自、妻とのすれ違いや幼い息子への接し方の戸惑いなど、自身の人生の問題と向き合う城戸の内面が語られていく。
小説の序章で作者は、不思議な人物「城戸さん」と会い、「城戸さんは実際、ある男の人生にのめりこんでいくのだが、私自身は、彼の背中を追っている城戸さんにこそ見るべきものを感じていた」と書く。
主人公は実は城戸であって、それがこの小説のしかけである。
やがて明らかになってくるのは、別人になることによってしか救われない、重い過去を抱えた男の人生――。
そして、真相を知った後、里枝(とその息子)の心に確かに残るのは、「ある男」の優しさと、共に過ごした幸福な日々の記憶――。
とても考えさせられると同時に、温かな読後感の残る小説だった。
読み終えて映画の続きを楽しみに観たが、これも素晴らしかった。
妻夫木聡も、安藤サクラも、窪田正孝も、それぞれの人物の過去と内面をふまえると、場面場面で見せる表情が、実に深い。
小説の魅力だった城戸の内面語りをどう映像化していくのかと思って観たが、やはり小説と映画は手法が違う。
終盤の展開は、原作の場面を取捨選択し、順番を少し入れ換えている。
それによって城戸の内面を暗示し、強烈な印象とともに「自分とは何か」という問いを余韻として響かせる。
――場面構成の見事なマジックを見せられた気がした。
この小説と映画、どちらも、人生について深く考えさせられ、感じさせられる作品に仕上がっている。
しかし、ミステリー仕立てであることも、この物語の魅力として欠かせない。
だから、どちらも一気に最後まで観ず(読まず)、真相はどうなのだろうとの興味を持続させたまま、物語の展開に沿って場面場面を味わって行けるとよい。
けっきょくそれが、私流「観ながら読む」の醍醐味なのかと、この作品はあらためて感じさせてくれた。