ギャンブル依存の心理 読んでから観た映画『凪待ち』【ネタバレ無し】 | 映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

小説の世界に没入して
“映画を観ているみたいに” リアルなイメージが浮かび
感動が胸に迫り、鮮やかな記憶が残る。
オリジナルの手法「カットイメージ」を紹介します。
小説を読むのが大好きな人、苦手だけど読んでみたい人
どちらにもオススメです。

 大リーグのスーパースター大谷翔平が、単なる通訳を越えて全幅の信頼を寄せていた水原一平。その男が大谷の預金6億円を使い込んだとされる報道をきっかけに、「ギャンブル依存症」が世間の注目を集めている。

 

 折しも今回取り上げる映画/小説には、ギャンブル依存の心理がリアルに描かれている。

 

 映画『凪待ち』は2019年公開

 監督;白石和彌  

 脚本;加藤正人

 主演;香取慎吾 

凪待ち

 

 映画を観る前に、脚本家自身によるノベライズ本を見つけたので、まずこれを読んでみることにする。

 加藤正人『凪待ち』光文社文庫                 

凪待ち (光文社文庫 か 66-1)

 

 競輪にふけり、酒におぼれ暮らす郁男は、美容師の亜弓と同棲して6年になる。

 亜弓の娘美波は高校を欠席し、自宅に引きこもっている。

 そんな美波とゲームに興じる郁男は、彼女の唯一の理解者である。

 

 そんな生活を打開したいと、亜弓は郁男と美波を連れて、石巻の実家に転居する。

 実家には、末期がんを患う漁師の父がいた。

 母は震災の津波で亡くなり、そのことで父は生きる気力をなくしていた。

 

 亜弓は人から譲り受けた美容院をリニューアルし、一人で働き始める。

 郁男は印刷の資格を生かせる会社に就職でき、認められて真面目に働く。

 亜弓に言われて競輪と深酒をやめ、次第に健康な生活を取り戻す。

 美波は転校した定時制高校で幼なじみと再会し、毎日通うようになる。

 すべてがいい方向に回り始めると見えたが……。

 

 小説では、まさにギャンブル依存の怖さがリアルに描かれる。

 主人公郁男はいったん競輪を絶つと決めて平和な生活を手にしたはずなのに、ふとした弾みでまた手を出してしまう。

 そして、何度か立ち直るチャンスが巡ってきても、みすみすそれをふいにし、抜け出せない深みにはまっていく。

 

 読み進み、物語のイメージに没入していくと、読者である自分自身、郁男に何度も裏切られ、やりきれない思いを味わう。

 それでいて郁男の運命から目が離せない。

 

 そのまま結末まで一気に読み進めたいと思ったが、ふと、エンディングまで読んでしまうと映画の楽しみが減るぞ、と感じた。

 脚本家自身のノベライズなので、結末はおそらく同じはずだ。

 

 そこで、思い切って読むのをやめた。

 残り40ページほど残して本を閉じ、映画を観始めた。 

凪待ち

 香取慎吾が郁男を好演している。

 しかしやはり、主人公の言動を外から見るばかりで、小説ほどは感情移入できないと感じる。

 どん底へと滑り落ちていく主人公に思い入れし、やきもきするあの感情体験は、やはり小説ならではである。 

 小説の残りは、映画を観終えてから読んだが、事件の真相などの伏線回収や人々の心情も、小説の方がわかりやすい。

 

 脚本家はシナリオを書いてそれを監督や俳優に委ねる。

 当然ながら映画は協働成果物であり、脚本家の意図がすべて表現されているとは限らない。

 小説なら自分の意図をすべて書き込めるので、作者の小林正人氏には、願ってもない機会だったのではないか。

 

 映画ももちろんよくできているが、この作品、小説だけでも十分に読みごたえがあると思う。