小説家五十嵐律人は、現役の弁護士である。
メフィスト賞を受賞したデビュー作『法廷遊戯』は、実際に彼が司法試験に合格し、司法修習生の時期に書かれたという。
この小説は映画され、2023年に公開された。
監督:深川栄洋 脚本:松田沙也
出演:永瀬廉 杉咲花 北村匠海
今回も小説を用意しておき、まず映画を観始めた。
法都大学法科大学院(ロースクール)では、「無辜ゲーム」と呼ばれる模擬裁判が学生たちによって行われていた。
公開処刑のように学生たちが取り囲む中心で裁判官を務めるのは、司法試験を目指す学生たちの中でただ一人既に合格を果たしている結城馨(ゆうきかおる・北村匠海)。
大学内で起きた事件を、結城は法律的知識を振りかざし、権威を持って裁いていく。
彼と同期で司法試験合格を有望視されている久我清義(くがきよよし・永瀬廉)は、過去を暴露する写真つき怪文書を学生たちの間に配布され、名誉棄損で無辜ゲームを要請する。
少年時代、児童養護施設で暮らしていた清義は、施設長を刃物で刺す傷害事件を起こしていた。
その写真には、目立たないが同級生の織本美鈴(おりもとみれい・杉咲花)も写っていた。
彼女は清義と同じ養護施設に育ち、二人は特別な絆で結ばれていたのだ。
その美鈴の身辺で、部屋のドアにアイスピックを打ち込まれるなど、脅迫めいた事件が頻発する。
しかし、真相は不明のまま二人は無事、司法試験に合格し、司法修習も終える。
そんなある日、清義のもとに結城馨から電話があり、「久しぶりに無辜ゲームを開催するから傍聴に来ないか」と誘いがある。
何気なく出かけて行った清義は、そこで思いがけない光景を目撃する――。
映画を30分ほど観て、小説を読み始めた。
五十嵐律人 『法廷遊戯』 講談社文庫。
小説は第1部「無辜ゲーム」と第2部「遊戯法廷」に分かれており、私が観た映画の最初30分は、ちょうど第1部にあたる。
第1部の最後に起きた事件の裁判が、第2部で展開する。
織本美鈴は殺人事件の被告となり、その弁護を清義が担当する。
しかし、検察側と弁護側が丁々発止の論戦を戦わせる「法廷劇」を予想して読んでいくと、その期待は裏切られる。
アクリル板越しの美鈴と清義の接見場面がくり返される。
美鈴は無罪を主張しつつ、事件の真相は黙して語らない。
清義自身も真相を知らないのだから、裁判官による検察側との事前調整の場でも、弁護側としての態度は煮え切らない。
接見場面のくり返しといい、黙秘を続ける女性容疑者の謎の態度といい、前に取り上げた『ファーストラブ』を思い出した。
しかし、美鈴には強い意志があった。
すべては法廷で明らかにする。
―― それが美鈴のねらいだったのだ。
だが、美鈴を信じ、真相を明らかにしようとする清義は、やがて自分自身の過去の傷と向き合わざるを得なくなってくる――。
そして、法律の知識を活かした謎解きの果てに、明らかになる真相は……。
あまりに哀しく、そして切ない。
いや、真相と思われた謎解きのその奥に、まだ真実が隠れている。
よくできた小説だと満足して読み終え、映画の残りを楽しみに観た。
映画は、現在と過去の入り組んだ謎をわかりやすく解き明かす。
そして結末には、映像ならではの表現が強烈な印象を残す。
永瀬廉の抑えた演技からにじみ出る清義の覚悟。
アクリル板に全身でぶつかり、泣き叫ぶ美鈴(杉咲花)の悲痛な姿。
そして、結城馨の語られない思いがにじむ、フラッシュバック映像のコラージュ。
ただ、小説で描かれていた2,3の脇筋、脇役人物が、映画では割愛されている。
むろんやむを得ないが、実はそこにこそ、単なる謎解きに終わらない、この小説の深みと魅力もあることだけは言っておこう。