観ながら読んだ 佐藤正午『月の満ち欠け』【ネタバレ無し】 | 映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

小説の世界に没入して
“映画を観ているみたいに” リアルなイメージが浮かび
感動が胸に迫り、鮮やかな記憶が残る。
オリジナルの手法「カットイメージ」を紹介します。
小説を読むのが大好きな人、苦手だけど読んでみたい人
どちらにもオススメです。

 佐藤正午の小説『月の満ち欠け』(2017年 岩波書店)は、2017年上半期第157回直木賞受賞作。

 

月の満ち欠け

 

 映画は、2022年公開。   

 監督:廣木隆一 脚本:橋本裕志

 出演:大泉洋 柴咲コウ 有村架純 目黒蓮

 

 まずは映画を観始める。

 

 妻梢(こずえ・柴咲コウ)と高3の娘瑠璃(るり・菊池日菜子)という、最愛の家族を交通事故で喪った小山内堅(つよし・大泉洋)は、都内の大手企業を辞して故郷の八戸に戻り、ひっそりと暮らしている。

 そこへ、亡妻の同級生の弟だという三角哲彦(目黒蓮)が現れ、亡くなった娘小山内瑠璃は、自分が愛した女性正木瑠璃(有村架純)の生まれ変わりだと話す――。

 

 そして語られる、若かりし三角と正木瑠璃の切ない恋のゆくえ。

 しかし、その結末は悲しい。

 

 そして、娘瑠璃の不可解な行動が暗示する、「生まれ変わり」の奇跡――。

 

月の満ち欠け

 

 映画を途中まで観て中断し、原作を開いた。

 佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波文庫的 2019)。

 

 装丁はどう見ても岩波文庫であり、表紙のイラストもいかにも岩波文庫の海外文学を思わせる。

 しかし、よく見ると「岩波文庫」とある。

 格式ある岩波文庫には入れてもらえない(?)が、この体裁で出したい。

 それは佐藤正午の発案か。

 

  

 読み始めると、いつのまにか物語の展開から目が離せなくなり、どんどん引き込まれていく。
 登場人物の主観に入り込んで、その切なさ、願望、喜びを体感する。
 手練れの作家佐藤正午の仕掛けに満ちた物語構成、巧みなストーリーテリングに魅了される。
 
 それは確かだ。だが、しかし……。
 読み進み、とくに後半に至って、私にはどうしようもなく募ってくる違和感があった。
  
 死によって引き裂かれた愛する者たちも、生まれ変わっていつかまた出会う。
 そのイメージは、逃れられない死別の悲しみに苦しむ私たちに、一服の癒しとなる。
 だから、「生まれ変わり」のファンタジーは、くり返し描かれるのだ。
 
 だが、この物語の「生まれ変わり」は、あまりにも短期間で起こりすぎる。
 するとSFで、コールドスリープ(冷凍睡眠)による遠い宇宙旅行から戻った若い女が、地球上で年老いた恋人と対面するような、奇妙な話になる。
 しかし、再会の場面は描かれることなく、読者の想像に任されている。
 
 また、「前世を記憶する子どもたち」は確かにいるが、前世の記憶をリアルな自分の記憶と感じ、今の自分の肉体の中でその未練を晴らしたいと願って生きているとすると、「今の人生」はいったい何なのか。
 本人の中のその葛藤は、まったく描かれていない。
 
 そんな疑問が湧いてくると、このファンタジーに酔うことはもはやできない。
 その点が、この小説の評価の分かれるところだと思う。
 
 そんな思いを抱えつつ、小説を読む体験自体はとても楽しかった。
 そして、映画の残りを観た。

月の満ち欠け

 
 
 
 
 脚本は、原作の複雑な構成をうまく整理し、シンプルにまとめている。
 
 いくつもの証拠を目のあたりにしても、「生まれ変わり」を受け入れられない小山内堅(大泉洋)の戸惑いは、多くの人の正直な反応であろう。
 その側に留まるか、事実を受け入れ、小山内を微笑んで見守る側にジャンプするかで、この映画の楽しみは180°違ってくる。
 
 有村架純と目黒連の恋愛シーンがあまりに純粋で切なく、胸を締めつける。
 そこに思いを寄せて観ることが、この映画を楽しむ秘訣かもしれない。
 
 そしてもうひとつ。
 生前、小山内を深く愛し、いつも大きな愛で包んくれた梢(柴咲コウ)の笑顔を、しっかり記憶に刻んでおこう。
 
 これは「生まれ変わり」の物語というより、深い愛のファンタジーなのだ。