『夜、鳥たちが啼く』を観ながら読んで、佐藤泰志の映画化作品を調べたら、以前、映画『オーバーフェンス』を観ていたことに気づいた。
しかし、職業訓練校が舞台で、課外活動で野球をやってたなと、漠然とした記憶しかない。
そこで、今回もまた原作を用意しておき、映画を最初から観ていく。
『オーバーフェンス』 2016年公開
監督:山下敦弘
脚本:高田亮
出演:オダギリジョー 蒼井優 松田翔太
函館の職業訓練校の建築科で学ぶ若者たち。
いや、その中には年配者も混じっている。
体育の授業もあり、ソフトボールをやっている。
建築科の青山教官はソフトボールにも熱心で、自動車整備科など他の科との対抗戦に向けて、必ず勝つと生徒たちにハッパをかける。
生徒の一人白岩(オダギリジョー)は、授業が終わると自転車で一人、アパートに帰る。
妻子と別れて帰郷したが、実家には寄りつかず、一人で暮らしている。
訓練校の仲間 代島(松田翔太)に連れられて行った店で、「さとし」という男のような名前の女(蒼井優)と出会う。
突然、白鳥の求愛の鳴き声と動作を全身で真似し始める彼女は、何か辛い過去を引きずっているようだ。
二人はやがて男と女の関係になるが、さとしは激しい怒りを白岩にぶつける。――
30分ほど映画を観て、原作を開く。
佐藤泰志『黄金の服』 小学館文庫 2011
3編が収められた短編集で、『オーバーフェンス』は冒頭の90ページほどの小説である。
映画と同様、職業訓練校の場面から始まる。
僕(白岩)は、妻が育児で心を病み、やむなく妻の実家に母子を預けた。
しかし、妻の親からは彼への不信を述べた手紙とともに、離婚届が送られてくる。
僕は自分への不甲斐なさを抱えたまま、故郷の函館に帰るが、実家には戻らず人生を諦めたように一人で暮らしている。
そんな僕がさとしとの出会い、さまざまな事情を持つ訓練校の仲間たちとの関わりの中から、自分の人生に向けて一歩を踏み出して行く。
その象徴が、ソフトボールの試合場面である。
しかし、僕と惹かれ合い、恋に落ちていく「さとし」の人物像が今ひとつ見えてこない。
そんな感想を持ちながら90ページを読み終え、映画の続きを観た。
観ていくと、私が感じた小説の物足りなさを、映画は埋めようとしたのだとわかる。
映画の中で「さとし」の昼の仕事は、動物園を兼ねた遊園地のスタッフ。
鳥たちの真似はそこで見覚えたようだ。
白岩と男女の関係になると、さとしは深い劣等感を露わにし、激しい怒りを白岩にぶつける。
自分の本音を出そうとしない白岩に揺さぶりをかけるように。
そして、自転車の二人乗りでさとしが白鳥の羽を風に流す象徴的なシーン。
やがて白岩は、自分の過去にケジメをつけるように妻(優香)とも会い、話し合う。
それは、常に独りで悩み、独りで結論を出していく原作の主人公とは違っている。
佐藤泰志の小説に足りないのは、やはりそこではないか。
前に読んだ『夜、 鳥たちが啼く』を含む短編集『大きなハードルと小さなハードル』の印象も含めて、そう思った。
佐藤の小説の主人公は独りで苦しみ、女との関係や生活に向けて踏み出すのも自分ひとりの決断だ。
目の前の女をしっかり見て、理解し、正面から向き合おうとする姿勢が弱い。
「さとし」に風変わりで気性の激しい性格を与え、主人公が別れた妻ときちんと向き合うというこの映画のアレンジは、図らずも佐藤泰志の小説の弱点を露わにしてしまった。
芥川賞にけっきょく選ばれることのなかった、不遇の作家。
その理由は、もしかしたら彼自身の生き方にあったのではないか、と考えるのは、酷にすぎるだろうか。
なんだか文芸評論のようになってしまったが、観てから読むか、読んでから観るかといえば、この作品は、読んでから観るのがよい。
そうすれば、私の言った意味がわかってもらえるだろう。
そして映画では、「さとし」役の蒼井優の体当たりの演技と、オダギリジョー演じるクールな白岩がやがて前を向き、オーバーフェンスを目指してフルスイングしていく姿を、しっかり観てほしい。












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