昭夫は、しばらく楽しそうに二人のキャストと会話していたが、急に店中に響き渡るような大声を出して、ルナのことを罵りだした。
「しかし、この店のルナって女は、性悪な女だな。思わせぶりな態度で俺の気を惹いておきながら、いざとなると逃げる。まったく、どうしようもない女だぜ」
いくら夜の商売といっても、人間の尊厳を根っこから否定するような昭夫のやり方に、ルナは心底むかついた。
さきほど、少しでも傷ついた自分を呪った。
こんな男と、よく一年も持ったものだ。
が、どんなにムカついても、我慢するしかなかった。
まさか、お店の中で罵り合うわけにもいかない。
「この店は、女の子に、客の財布をむしり取るように教育してるの?」
二人のキャストに向かって、大声で言う。
「そんなことないですよ」
「私たちは、お客様に楽しんでもらうのが仕事なんですから」
二人のキャストは、昭夫をとりなすように声を揃えたが、二人とも、顔が引き攣っていた。
「へ~え、そうなんだ。じゃ、ルナが特別なんだな。だったら、なんであんな性悪な女を、店は野放しにしておくんだろうな」
昭夫の罵りは、止まることをしらない。
今では、客の大半の目が、昭夫に注がれている。
ボーイと店長が、昭夫のところへ飛んでいった。
ルナには聞こえなかったが、なんとか昭夫を宥めようとしているのがわかる。
なんで、叩きださないのだろう。
昭夫のことは、店長に何度も相談していた。
店長も、あんまり酷ければ切っていいと言ってくれた。
その場合、昭夫の取りそうな態度を話したが、そんなことをすれば出入禁止にするとも言ってくれたではないか。
今、まさに、ルナが危惧した通りの行動に出ている。
なのに、なぜ、あんなに頭を下げる必要があるの。
「だったら、ルナをここに呼べよ」
昭夫が怒鳴った。
ボーイが、ルナを呼びにきた。
「なんで、私が行かなくちゃいけないの」
これは、店の仕事だ。
もう、私が行って収まる問題ではないし、たとえ収まるとしても、行きたくなんかない。
そう思ったルナは、ボーイの言葉を撥ねつけた。
ボーイが困って、店長を見る。
ルナの様子を観察していた店長は、昭夫になにか囁いてから、ルナの許へやってきた。
「なにを、駄々をこねている。早く行って、あいつをなんとかしろ」
昭夫を宥めている時とは違い、店長が凄く怒った顔で、怒鳴りつけるように言った。
「嫌です。あの人のことは、前々から相談していたじゃないですか。何かあったら店が対応するって、店長も言ってくれたでしょ」
「何を言っている。あれは、お前の客だろ。だったら、お前がなんとかするのが筋じゃないか。大体、お前の扱い方が悪いからこうなったんだ。ちゃんと責任を取れよ」
あまりにも理不尽な店長の言葉に、不覚にも、ルナの目に涙が滲んできた。
こんな店、辞めてやる。
ルナが立ち上がりかけた時、業を煮やしたのか、昭夫がつかつかとやってきた。
「何をやってる。お前がくれば解決するんだ。早く、俺の席へ来い」
命令口調で言う昭夫に、これまでにないほど、ルナはキレた。
「あんたなんかの横に座るくらいなら、死んだ方がましよ」
ルナの口調に、昭夫は一瞬たじろいだものの、直ぐに立ち直って、以外にも冷静な声で言った。
「じゃ、死ねよ」
そう言って、懐から包丁を抜き出した。
「俺の想い通りにならないのだったら、殺してやる」
その顔は、お気に入りのおもちゃを人に取られまいとして、必死の形相で叩き壊そうとする、子供のそれだった。
「何するのよ」
気丈にもルナは返したが、身体は正直だ。足が震えて立てない。
店長とボーイは、包丁を見た途端、ルナを置き去りにして逃げてしまっていた。
店中がパニックになり、客もキャストも争うようにして、出口へと走ってゆく。
店長とボーイも、その群れにいた。
なんなの、この店は。
どんなに頑張って稼いでも、売上の大半は店が吸い取るだけで、手元に残るのはわずかなくせに、いざという時守ってくれない。
店にとって、所詮女の子なんか使い捨ての商品に過ぎないことを、ルナは痛いほど思い知った。
なにもかも嫌になったルナは、無言で昭夫を見上げた。
昭夫は、勝ち誇ったように笑っている。
その目は、まともな人間の目ではなかった。
包丁を握った昭夫の手が、ルナに向かって振り下ろされた。
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
俺、平野洋二。二十八歳。
俺は、親父が経営するアパレル会社に無理やり入社させられたものの、ことごとく親父と対立して、勘当同然に会社を辞め、家を飛び出した。
そして、たんぽぽ荘という、昭和の時代を色濃く残した文化住宅に移り住んだ。
たんぽぽ荘の住人は、どれも一癖も二癖もありそうな面々だったが、あまり関わりを持つことなく、派遣会社の契約社員として、毎日を無難に生きていた。
そんな俺が、ある時、行きがかり上、黒い仔猫を拾った。
動物とは無縁だった俺が、縁とは不思議なものだ。
たんぽぽ壮で猫を飼ってよいのかどうかわからないので、住人にばれないようそっと飼っていたのだが、仔猫の具合が悪くなり病院へと連れていった。
そして、とうとう住人にばれてしまった。
その時から、俺の人生の歯車は、激しく回り出すことになる。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2020年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇、第3弾。
2019年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇。
シャム猫の秘密の続編
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
奪われた物は誰の手に?