2020年元日の夜。

 梅田の茶屋町にある、あるレストランを借り切って、三十名以上が集まり新年会が行われていた。

 そのパーティが開始されたのは、夜の十一時を回ってからだ。

 これには理由がある。

 このパーティの参加者の一部である四人が、劇団イシスの主要メンバーなのだ。

 最初の頃は売れなかったイシスも、今ではチケットが発売と同時に即完売するほどの人気があり、元旦も、昼と夜の二回公演していた。舞台は、大阪では有名な劇場飛天。

 イシスも、こんな劇場で正月に公演するまでの劇団になっていた。

 団長の千飛里の、宝塚に追いつけ追い越せという異常なまでの執念が、ここまでさしたともいえる。また、それを補佐する瑞輝の力も欠かせないし、一番の花形である麗の存在なくしてはありえない。近頃は、春香もめきめきと演技が上達し、麗に次ぐ人気者となっている。

 千飛里、瑞輝、麗、春香。この四人がイシスの四天王と呼ばれており、四人の結束は固い。

 飛天の近所にこのレストランはあり、レストランのオーナーが後援会長を務めるほど、大のイシスファンだった。

 そういうわけで、夜の公演が終えたあとの新年会となり、この時間になったのである。そして、オーナーの好意で、このレストランを貸し切ることになった。

 そうでなければ、いくらイシスが有名でも、元旦のこの時間から借りれる店はない。

 オーナーは、複数の知り合いのケータリング業者に頼み込んで、それはもう贅沢な料理をわんさか並べている。

 そこまでするくらいだから、この新年会に参加する面々は、イシスにとってよほど大切な人々である。しかし、スポンサーでもなければファンでもない。みんな、私生活の上での大切な人々なのだ。まあ、中には年に一度しか会わない者もいるが。

「今日は、盛大ですね」

 会場に集う顔を見回しながら、良恵が嬉しそうな顔をする。

「そうやな、どうせ、去年や一昨年のように事件に巻き込まれて、みんなで飲みにいくようになるやろうから、最初から集めとけばええんちゃうかと思うてな。俺の発案や」

 得意げな顔をしてみせる健一に、涼子のきつい一言が飛んで来た。

「なに、得意げに言ってるのよ。それにね、そうそう事件に巻き込まれるわけがないじゃない。去年と一昨年は、ほんの偶然よ」

「そうかな、俺には偶然とは思えんけどな。ま、今日はこうやって集まってるから、大丈夫やと思うけどな」

 またもや得意顔をする健一に、涼子は肩をすくめてみせた。

「どう、新八君。千飛里さんとの新婚生活は」

 麗が新八にシャンパンのグラスを私ながら訊く。

「どうって…」

 なぜか千飛里に気に入られた新八は、交際期間もなにもなく、半ば無理矢理に千飛里に籍を入れさせられてしまった。

「まったく、新八のどこが気に入ったんやら」

 健一がぼやくのも無理はない。

 イシスの団長である千飛里は、宝塚歌劇団を受けるくらいだから、容姿こそ人に勝っているものの、性格はいたってきつい。

 反面、新八は親の願いも虚しく、名前倒れで、優柔不断で気が弱い。

「そんなことを言っちゃ駄目ですよ。蓼食う虫も好き好きって言うじゃありませんか」

「まあ、彼女も変わってるからね」

 春香の言葉に、瑞輝が追い打ちをかけた。

「ところで、健一はどうなの」

「順調や」

 涼子の問いに、健一が笑顔で答える。

「まあ、麗さんだものね」

「おい、それはどういう意味や」

「麗さんは出来た女性だからってことよ」

「そんな言い方したら、俺はまるで出来てへん人間みたいやないか」

「あら、出来てると、自分で思ってるの?」

「酷いなあ」

 二人のやり取りに、イシスのみんなが笑った。

「それにしても秋月さん、奥さまがこんな売れっ子で大変なんじゃありません?」

 良恵が、ここぞとばかりに訊いてきた。

「別に」

 健一の答えはそっけない。

「健はね、そんなことをまったく気にしないのよ。私がどれだけ有名になろうと、出会った頃と同じ扱いをしてくれてるわ」

 麗が、なんともいえない笑顔で言う。

「うっわ~ 素敵」

 良恵が目を輝かす。

「まあ、健一だからね」

 そういう涼子も、優しい目で健一を見ている。

「ところで涼子さん、まだいい人は現れないの?」

「あなたに取られちゃったからね」

 麗の問い掛けに涼子がそう返したが、二人に険悪な雰囲気など微塵もなく、お互い顔を見て笑い合った。

 健一だけが、困った顔をしている。

「こんな素敵な新年会に呼んでもらえて光栄です」

 美しい声が、健一を救った。

 実桜が、真の肘に腕を絡めて立っている。

「ほんとうに、お礼の言葉もありません」

 真が頭を下げる。

「なに、言ってるんだい。もうあんた達は、私らの仲間なんだよ」

 千飛里が、笑って二人の肩を叩いた。

「よう、善ちゃん、元気かい」

 木島が、善次郎とグラスを合わせる。

「活と夏も元気でやってるか」

「ああ、元気だよ。あんたも、文江さんとは仲良くやってるのか」

 善次郎がそう返しながら、たんぽぽ荘の面々と談笑している文江を見た。

 今ではたんぽぽ荘は老朽化のため取り壊されたが、洋二が父親の跡を立派に継いで、ぐんぐんと会社を成長させ、儲けた金でアパートを建てた。

 そのアパートは洒落たものではなく、元のたんぽぽ荘のような作りだった。違いといえば、たんぽぽ荘は一間だったが、今のアパートは二間ということくらいだ。そこに、たんぽぽ荘の住人はみな住んでいる。

 洋二がそんなアパートを建てたのも、たんぽぽ荘の住人に意見を聴いたからだ。

「ああ、仲良くやってるぜ。これも、洋ちゃんとひとみさんのおかげだよ」

 木島も、たんぽぽ荘の住人達を見ながら答える。

「俺たち、人に恵まれてるよな」

「まったくだ」

 そんな会話を交わしている善次郎と木島の間に、敏夫が割って入った。

「また会えてよかったよ」

敏夫は、随分とご機嫌な様子だ。

「こちらこそ、あんたの顔が見れて嬉しいよ」

 善次郎が返す。

「で、家族は大丈夫か」

「ああ、綾乃さんのおかげで、今では里美とは完全に昔を取り戻したし、浩太と由香里とも仲良くやっている」

「それはなによりだ」

 善次郎が嬉しそうな顔をする。

「あんたのとこだって、そうだろ」

「うん、美千代と洋平とは、うまくやってるさ」

「私が、どうしたって?」

 美千代が赤い顔をして近寄ってきた。

「なあに、夫婦仲がうまくいってるという話さ。お互いにな」

「そうね、これも、活となっちゃんのおかげね」

「そうだな」

 善次郎がそう答えて、美千代の肩を抱いた。

「いいな、こんな新年会」

 洋二の父親が、みなの楽しそうな様子を見渡しながら、しみじみと呟いた。

「癌を克服してよかったわね」

 母親が、優しくそう言って、旦那の手を握る。

「まったくだ」

 その手を強く握り返しながら、父親は感慨深げに言った。

「お義父さんもお義母さんも、長生きしてくださいね」

 ひとみが、二人にシャンパンの入ったグラスを差し出した。

「おう、孫の顔を見るまで死ねねえからな。で、いつ出来るんだい」

「なに言ってるんだ、親父」

 洋二が、たんぽぽ荘の住人との話を打ち切って、ツッコミを入れてきた。

「なにをって、本当のことを言ってるんだよ。俺はな、早く孫の顔が見てえんだよ」

「まったく、困った親父だぜ」

 顔を赤らめるひとみを一度見てから、洋二がため息をついた。

 店内のいたるところで、みんな陽気にわいわい騒いでいる。

 そんな中で、異質な人物が何人かいた。

「まさか、あなたと、戦闘以外で顔を合わせるとはね」

 カレンが、ワイングラスを片手に、ある女性に顔をしかめてみせた。

「それは、こちらのセリフ」

 ターニャも、ワイングラス片手に、カレンに鋭い笑みを向ける。

 なんと、世界の三凶と呼ばれているうちの二人が、ただの民間人が主催する新年会に参加していたのだ。

 そして、その二人以外にも、以外な人物がいた。

 公安の切り札である、桜井である。

 呉越同舟とでもいうのだろうか、三者とも敵対する間柄でありながら、この会に参加しているのだ。

 裏の世界で恐れられている二人に、公安の切り札。

 思えば、とんでもない新年会である。

 

 

 

 

 

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