「カレンはな、寿司が大っ嫌いなんや。それをよう知っとる俺が、お礼に寿司を奢るなんて言うわけないやろ。それで、俺が裏切るぞと教えたんや。それにな、俺はカレンから防弾になるからって、雑誌を二冊渡されたことがあってな。実際、それのおかげで死なずに済んだんやけどな。そやから、カレンから貰った本を持ってきてと言ったんは、俺がカレンを撃つという意味で言ったんや」

「そんなことで、カレンに通じると思ったのか?」

 スコットは、驚きを通り越して呆れている。

「ああ、カレンなら絶対わかってくれると信じとった」

 悟が、自信を持って言い切った。

「実際わかったもの。だから防弾ベストを身に付けてきたのよ。ご丁寧に血糊まで用意してね」

「防弾ベスト? 雑誌を入れてるんやなかったんか」

 悟がカレンを振り返って、素っ頓狂な声を上げた。

「だって、サトルが撃つんじゃ、どこに当るかわからないもの」

 カレンがすました顔で返す。

「どこに当るかわからへんって、確かにそうやけど」

 悟が少し傷ついた顔をする。

「いい加減にしろ、お前ら」

 その場にいる者を置き去りにした緊張感のない二人の会話に、今まで黙っていた緒方の怒りが爆発した。

「お前は黙ってろ。後で、じっくりと話を聞いてやる」

 桜井がドスの利いた声で言って、緒方を睨みつけた。

 桜井は緒方に、ヒューストンはスコットに銃を突きつけている。

「愛国心なんて言葉を平気で口にする奴に限って、ろくな奴がいないって、私が言った通りでしょ」

 カレンは緒方を見ながら冷然と言い放ち、再びスコットに顔を向けた。

「これでわかった? あなたを捕まえて尋問しても、カプセル爆弾の所在は絶対に口を割らないと思ったから、こういう芝居を打ったってわけ。どう、私のお芝居。アカデミー賞ものだったでしょ。口に血糊の入ったカプセルまで仕込んだんだもの」

 カレンがにこやかに言ったあと、直ぐに真顔になり、突き刺すような視線でスコットを睨んだ。

 それから、嫌悪感を露わにした口調で続けた。

「でもね、あなた達が修羅場を潜り抜けてきたプロだったら、私の流している血が本物かどうか、容易に見分けがついたはずよ。そんなこともわからないあなたが、私のようなエージェントを仕切るなんて、無謀にもほどがあるわね」

 スコットは唇を噛みしめながら、凄い目付きでカレンを睨みつけている。

 何か言いたそうだったが、唇がプルプルと震えるだけで言葉は出てこない。

 大地が、揺れた。

 いや、揺れているのは俺か。

 それほど、衝撃を受けた。

「そうか、おめでとう」

 それだけ絞りだすのが、やっとだった。

 笑顔を作ったつもりだが、うまく作れたかどうかはわからない。

 俺と愛美は同い年で幼馴染で、家も隣同士だ。

 小さな頃から兄弟同様に育ってきたが、そんな愛美に恋愛感情を抱いたのは、高校生になった頃だ。

 しかし、好きだとは言い出せなかった。

 それを言うには、あまりにも身近すぎたのだ。

 そして、二十半ばを迎えた今、愛美から結婚するとの報告を受けた。

 愛美に彼氏がいるなんてまったく知らななかった俺には、晴天の霹靂だった。

 もしも、高校の時に告白していればどうなっただろう。

 いや、それを考えても始まらない。

 俺としいては、愛美の幸せを祈るだけだ。

「優も、いい人が見つかるといいね」

 俺の心境など知らない愛美は、あどけない笑顔でそう言った。

「ああ、見つけるさ」

 うまく作れたかわからない笑顔で、俺はそう応えた。