アメリカのヴァージニア州マクレーンにあるCIA本部。
入口を厳重に警備された取調べ室の裏側で、アレクサンダー・ヒューストンは、気難しい顔をして腕を組み、マジックミラー越しに尋問の様子を見守っていた。
尋問を受けているのは、同じCIA職員で、技術部に属しているキンバルという男だ。
「いい加減に、吐いたらどうだ」
尋問者のスコットが、厳しい口調で攻め立てる。
ジミー・スコット。ヒューストンの部下で、二人は観察部に属している。
スコットは、アメリカ人にしては小柄で痩せぎすだ。目が吊り上っており、どこか狐を思わせるような小狡い顔をしている。まさに、観察部にうってつけという容貌だ。
対照的にヒューストンは、上背もあり大柄だ。服の上からもわかる、鍛え上げられた肉体をしており、目付きも鋭い。
スコットは事務職から配属されてきたが、ヒューストンは、エージェントからここまでの立場に成った、叩き上げだ。
キンバルは、ある重大な容疑で取り調べを受けている。
「ネタは挙がってるんだ」
そう言って、スコットが数葉の写真を、キンバルの目の前に突き付けた。その写真には、酒場でキンバルが、東洋系の美女と向き合っている姿が写っていた。
「これが、どうした」
キンバルが、ふて腐れたように言う。
「この女は、誰だ?」
「うちの職員だろう」
相変わらず、キンバルの口調はふて腐れている。
「こんな女は、カンパニーにはいない」
カンパニーとは、CIAの別称である。
スコットの言葉に、キンバルの顔色が変わった。
「何だと、それは本当か」
「本当だ。お前はこの女と会って、何を話していた? この女に、例の物を渡したのか?」
「この女は、オコーナー局長の遣いだと言ったんだ」
これまでのふて腐れた態度が一変し、訴えかける余蘊あ口調で説明する。
「オコーナー?」
その名前を聞いた途端、スコットが驚きのあまり眼を瞠る。ヒューストンも、愕然として立ち上がった。
二人の反応も無理はない。
リチャード・オコーナー。彼は現在、表向きは大使付という身分で東京の大使館に詰めているが、実態は極東を任されているCIAの大物なのだ。
アラブ地域やアフリカ諸国など、世界のいたる所に紛争の火種はあるが、極東もまた危険な地域だ。
かつて、アメリカと世界を二分して争ってきたソ連も、民主化の波に押し流されるようにして一九九一年に崩壊し、連邦を形成していた国々が、元のように幾つにも別れた。、しかし、規模が縮小してロシアとなった今でも、かつての脅威とまではいかないものの、アメリカにとって油断できないことには変わりがない。
そして今、かつてのソ連以上に、アメリカにとって脅威となってきているのが中国である。表向きは対話路線を歩んでいるように見えるが、お互いライバル視しているのは、誰が見ても一目瞭然である。
それに、北朝鮮からも目が離せない。
これらの国々は、日本を威嚇することにより、アメリカをけん制している。
そんな重要な地域だから、CIAも生半可な人間に任せるわけにはいかない。腕もあり、信用もおける人物を、極東の責任者にしていた。
「そ、それは本当か」
スコットが動揺していることは、顔にも口調にも表れている。
「本当だ」
キンバルが、蒼い顔をして頷く。
その時、ヒューストンが取調室に入ってきた。オコーナーの名前を聞いて、悠長にマジックミラーの裏で見ていることができなくなったのだ。
「詳しく、聞かせてもらおう」
ヒューストンは名乗りもせず、じっとキンバルの眼を見据えながら、腹の底から響くような声を出した。ヒューストンの鋭い眼光にあって、キンバルの顔に怯えが走る。
「一昨日ビルを出たあと、その女がオコーナー局長の遣いだと言って、私に接近してきたんです」
「おまえは、それを信じたのか?」
「ええ、私の名前を知っていましたし、私が研究しているのが何かも知っていました」
「で、女は何と?」
「局長が至急、私に連絡してほしいと」
「それで?」
ヒューストンの眼はますます険しくなり、キンバルの顔がますます蒼ざめていく。
「それで、睡眠薬の瓶に紛れ込まして、局長の自宅に送りました」
オコーナーは、極度の睡眠不足に悩まされていた。そのことは、カンパニーの主だった者なら、誰でも知っていることだ。
オコーナーの服用する睡眠薬は特別なもので、薬が切れると本部から送らせていた。
極東を任されている大物とはいえ、CIA職員宛の郵便はすべてチェックされる。だが、いつもの薬瓶に紛れ込ませておけば、チェックをしたところで引っかかることはない。
キンバルが嘘を言っているようには見えない。
「なぜ、そんなことをした」
「局長の命令だったからです」
「どんな命令だ?」
「これは極秘事項で、内部にも一切知られてはならないと」
ヒューストンが、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「それで、命令通りにしたというわけだな」
キンバルが頷いた。
「とりあえず独、房にぶち込んでおけ、厳重な監視を付けてな」
ヒューストンが、スコットに向かい命令する。次に、キンバルに、指を突き付けた。
「また、尋問することになるだろう。いいか、それまでに女が話したことを、もう一度よく思い出しておくんだ」
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