「可愛らしい顔さらしやがって、なかなかやるやないけ」
凶暴な雰囲気を漂わせた男が、凄まじい形相で、女を睨みつけている。
右頬から顎にかけて走る引き攣れた刃物傷が、より一層、男を禍々しく見せている。
男は、ごつい体格をひけらかすように、小さ目のTシャツを着ていた。
どこで買ったのか、そのTシャツには、刺青のような龍の絵柄がプリントされている。
袖の終わりから、まるで絵柄の続きのように、、本物の龍が、太い上腕二頭筋のてっぺんで牙を剥いていた。
金鎖のネックレスに、金のブレス、両手の小指と薬指には、ヤクザ御用達の、ぶっとい銀の指輪を嵌めている。
一般の方々なら、絶対に近寄りたくない相手だ。
そんな男に凄まじい目付で睨まれも、女は平然と腕を組んで、うす笑いを浮かべている。
街灯に照らされた女の笑みは、舞台の上でスポットライトを浴びているように、とても輝いていた。
トップモデルやハリウッド女優と言っても誰も疑わないような、滅多にお目にかかることのない美貌の持ち主だ。
美人といっても、近寄り難いような、冷たい印象のする顔立ちではない。
男の言った通り、愛らしい顔立ちをしており、どちらかといえば、男が守ってあげたくなるようなタイプだ。
日本人ではない。
見る限り、アメリカかイギリス辺りのご婦人のようだ。
深いエメラルドグリーンの大きな瞳。
程よい高さで、スッと通った鼻筋。
少し大きめの口に、ふっくらとした唇。
背中まである、鮮やかなブロンドの髪は、ふわりと綺麗なカーブを描いている。
身長は一六五センチくらいで、あちらのご婦人にしては少し小柄だが、少し大きめに開けた胸元から覗く、白い盛り上がった胸の谷間は、とても魅力的だ。
くびれた腰に、張りのあるヒップ。
スラリと伸びた形の良い脚に、白いパンツスーツがジャストフィットしている様は、まるでファッション誌から抜け出してきたように見える。
「わたしが、容姿端麗なのは知ってるわ」
男の眼光をしれっと受け流して、流暢な日本語で、女がさらりと言ってのける。
「だけど、あんたなんかに言われると、素直に喜べないわね。なんか、わたしの美貌を冒とくされたみたい」
見かけによらず、女はきついことを、顔色も変えずに言った。
男の額に、青筋が浮いた。
男は、自称レスラーを名乗る、半グレ集団のボスだった。
「ねえちゃん、俺に向かって、そんな舐めた口をききさらすとは、ええ度胸しとるやんけ」
暴力に生きる者として、相手に舐められてはいけない。
男は、女を威嚇するために、精一杯ドスを利かせたつもりだろうが、悲しいかな、かすかに声が震えていた。
いつもは、凶悪な光を宿しているであろう目にも、わずかに怯えの色が浮かんでいる。
ここは、大阪ミナミの、アメ村から少し離れた路地裏だ。
深夜の二時ともなれば、通る人もほとんどおらず、半グレ集団の溜まり場と化している場所だった。
「能書きはいいから、早くかかってくれば?」
相変わらず、腕を組んだままで、女は静かな声で言った。
「それとも、逃げる? どうせ、こいつらと同じで、あんたも大したことないんだろうから、逃げても許してあげるわよ」
挑発するように言いながら、女が路上を見回した。
路上には、女を睨みつけている男に負けず劣らずの方々たちが、十人ほど転がっていた。
良い子はとっくに寝る時間だかろといって、寝ているわけではない。
さりとて、酔っ払って、いい気持ちで伸びているわけでもない。
二人ほどビクビクと全身を痙攣させながら、弱々しい呻き声を上げているが、残りは、まるで死体のようにピクリとも動かない。
ある者は口から泡を吹き、ある者は白目を剥いている。
女の言葉が、よほど癇に障ったのだろう。
男の目から、怯えの色は消え、猛々しい光が宿った。
「舐めたことほざきやがって」
男が吠えながら、腰から大型のナイフを引き抜いた。
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