ルナは、ここ数日、とても悩み、苦しんでいた。

 

ルナは源氏名で、キャバクラに勤めている。

 

三十路をわずかに過ぎているが、夜の仕事に就いてから、まだ二年しか経っていない。

 

ずっと昼間の仕事に就いていたのだが、同棲していた彼氏と別れてから、ふと、女というものを取り戻したくなり、勇気を出して、この世界に飛び込んだ。

 

それに、同棲していた彼氏が、接待と称してよくキャバクラへ行っていたのも知っていたので、男が夢中になる世界がどういったものか、知りたいのもあった。

 

最初は戸惑いもあったが、一年も過ぎた頃、ようやくこの世界に慣れてきた。

 

そんな時、山岸昭夫という客と知り合った。

 

昭夫が新規で来店した時、最初に付いたのがルナだったのだ。

 

ルナは、昭夫をひと目見た時から、不安を抱いた。

 

数分話しただけで、その不安が的中していたことを知った。

 

昭夫の話し方や態度が、紳士的ではなかったのだ。

 

キャバクラに来るような客で、紳士的な男なんて、滅多にいない。

 

大抵の男は、キャスト(お店の女の子)をホテルへ連れ込むことだけを考えている。

 

そうでなければ、日頃の鬱憤ばらしで偉そうにしたり、自慢話や愚痴ばかりをこぼしたりと、キャストを女性として扱わないどころか、ひとりの人間としても見ていない。

 

酷いのになると、延長までして、延々と説教したりする客もいる。

 

この世界でいう紳士とは、普通のいやらしい客やうざい客という意味である。

 

それすらもない客は、いわゆる、世間一般でいうところの普通の男は、キャバ嬢にとっては、とても好感の持てる男ということになる。

 

日頃、嫌というほど男の悪い面ばかりを見てきているキャストにとっては、普通にしているだけでも、心を惹かれる存在になる。

 

そこから、恋に発展するかどうかは別にして。

 

少なくとも、よほど性根の悪いキャストでない限り、カモにされたりはしない。

 

カモにされるのは、やりたいだけの目的で、キャバクラへ行くような男達だ。

 

昭夫は、そんな酷い男共に比べても、どこか違っていた。

 

粘着質のありそうな、執着心が強そうなタイプに見受けられた。

 

これまで、いろんな最低の男達を見てきたルナが、違和感を覚えたほどだ。

 

ルナは、昭夫が得々と述べる自慢話を作り笑顔で聞きながら、指名してくれるなと、心の底で願っていた。

 

初めての客やフリー(指名のキャストがいない)の客は、10分から15分単位で、キャストが変わる。

 

通常は何度か店へ通うと、馴染みの女の子ができて指名するものだが、指名となると指名料なるもがかかり、店により違うが、大抵は二千円から三千円で、それにサービス料なるものが20~30%乗ってくる。

 

そのわずかなお金を惜しんで、何度も同じ店に通いながら、指名をしないとう客もいる。

 

数千円を惜しむのだったら、最初から、そんなお店へ行かなければいいのに。

 

黒服がチェンジを告げにきたとき、ルナの願いも空しく、昭夫はルナを指名した。

 

嫌だからといって、自分を指名してくれる客を簡単に断るわけにはいかない。

 

そんなことをすれば、誰も残らなくなってしまう。

 

それが、キャバ嬢という職業だ。

 

それからの昭夫は、週三度は店へ通うようになった。

 

大抵は、同伴もしてくれる。

 

昭夫は四十の半ばで、バツ一だ。

 

それなりに給料を貰っているのか、同僚や仲間を何人か連れてくることも多かった。

 

お蔭で、ルナの成績は上げってゆき、店でも、いつも上位に入るようになっていった。

 

昭夫のルナの売上に占める割合が、いつしか七割を超えていた。

 

そんな生活に胡坐(あぐら)を掻いていたわけでは決してなかったが、ルナは昭夫に感謝せざるを得なかった。

 

昭夫は、店へ来る度に、態度を増長させていった。

 

自分は、ルナからの連絡は気が向いた時にしか返さないくせに、自分が送った連絡は即座に返さないと、次々と嫌味や怒りのメールを送ってきたりした。

 

ルナと昭夫は、LINEで連絡を取り合っている。

 

LINEだと、既読か否かがわかるので、ルナが目を通すとわかると、少なくとも三分以内に返事が返ってこないと気が済まないのだ。

 

そんな昭夫の横暴さに、ルナはいつもむかついていたが、売上を維持するために、むかつく気持ちを抑え込んで、日々耐えていた。

 

 

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