「ほんま、どえらい事になっとんな」
テレビを観ながら、実にのんびりとした口調で悟が呟く。
悟とカレンは、ソファで膝をくっつけ合って、テレビを観ている。
二人は、カレンが持つ隠れ家に身を移していた。
そこは渋谷の郊外にある、ありふれた一軒家だ。
外観こそありふれているものの、中はありふれてはいない。
建物の中だけでいえば、月並みな家具が配置された、普通の民家である。
この家が特殊なのは、建坪の広さ以上の、厚さ五センチの鋼板で覆われた地下室があることだ。
その地下室への入口は、巧妙に隠されている。
食料は、二人ならば、悠に二年は食べていけるほどの備蓄がされており、水も地下水を汲み上げているので、涸れることはない。
いわゆる、シェルターというやつだ。
部屋は三つに仕切られており、ひとつはベッドルーム、ひとつはリビングと台所、そしてもうひとつは、コンピュータールームになっている。もちろん、風呂とトイレも完備されている。自家発電も備えてあるので、電気にも困ることはない。
悟には言っていないが、この地下室には、もうひとつ秘密があった。
それは、後でわかることになる。
機械オンチの悟は、コンピューターに関しては皆目だ。
そんな悟でも、コンピュータールームに置かれている機器が凄いものだということくらいはわかった。
しかし、実際には凄いどころではない。並みの大手会社では覚束ないような機器が、部屋中に整然と配置されている。
「凄いな」
地下室に足を踏み入れた悟は、目を瞠って周りを見回したものだ。
聞けば、カレンは世界の主要都市で、隠れ家を持っているという。
当時から、自ら属する組織を信用していなかったというこが窺える。
そうでありながら、暗殺や破壊という任務を帯びて世界中を飛び回っていたカレンの姿を想像すると、悟は胸が詰まる思いだった。
ふいに、悟はカレンの過去が知りたくなった。
これまでも、カレンの過去に興味がなかったといえば嘘になるが、そこまで知りたいとも思わなかった。
悟が好きになったのは、今のカレンであって、カレンの過去を知ったところで仕方がないと思っていたからだ。
カレンも、自分の生い立ちを悟に語ることはしなかった。
どのような経緯でCIAで働くことになったのか、なぜ、暗殺の任務を行うようになったのか。それは、カレン自身が望んだことなのか。
カレンが、愛国心からCIAで働いていたのでないことは確かだ。
カレンに愛国心というものがないことは、悟はよくわかっている。
かといって、人を殺すためにその道を選んだとも思えない。
闘争本能は人一倍持ち合わせているが、殺戮を好む性格ではない。
悟が見るところ、カレンは人間嫌いだ。というより、人間に対して、何の感情も持ってはいない。怒りも、悲しみも、憐みも、期待も、何もない。
悟と、戦う相手を除いては、カレンにとって人間というものは、河原の石ころと同じなのだ。
カレンの闇は、生まれつきなのかもしれないし、想像を絶する出来事が、カレンをそうしたのかもしれない。
過去を知りたいと思っても、悟は自分から尋ねる気はなかった。
訊けば、教えてくれるかもしれない。が、カレンを傷付けることになるかもしれない。
暗殺者としての自分を知り尽くしている悟にも語らない過去。
そんな過去を、興味本位で訊くほど、悟のカレンに対する想いは半端ではないのだ。
時期が来れば、カレンは必ず話してくれる。
悟は、そう信じて疑わない。
その時が、自分の過去を語る時だとも思っている。
悟もまた、気軽に語るべきでない過去を背負っていた。
一歩間違えば、志保の仲間入りをしていてもおかしくはなかった。
持って生まれた性格なのか、志保における瑞穂のように、心の支えになってくれる人がいたのか、そうはならずに、悟はこれまでまっとうに生きてきた。
飄々としながらも、悟がどこか普通の人と違っているのは、そんな過去に起因している。
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
俺、平野洋二。二十八歳。
俺は、親父が経営するアパレル会社に無理やり入社させられたものの、ことごとく親父と対立して、勘当同然に会社を辞め、家を飛び出した。
そして、たんぽぽ荘という、昭和の時代を色濃く残した文化住宅に移り住んだ。
たんぽぽ荘の住人は、どれも一癖も二癖もありそうな面々だったが、あまり関わりを持つことなく、派遣会社の契約社員として、毎日を無難に生きていた。
そんな俺が、ある時、行きがかり上、黒い仔猫を拾った。
動物とは無縁だった俺が、縁とは不思議なものだ。
たんぽぽ壮で猫を飼ってよいのかどうかわからないので、住人にばれないようそっと飼っていたのだが、仔猫の具合が悪くなり病院へと連れていった。
そして、とうとう住人にばれてしまった。
その時から、俺の人生の歯車は、激しく回り出すことになる。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2020年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇、第3弾。
2019年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇。
シャム猫の秘密の続編
2018年お正月特別版(前後編)
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オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
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すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
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