悟とカレンは、国道沿いのファミレスで、遅い夕食を摂っていた。
二人は襲撃を受けた後、もう一部屋別に予約しておいた部屋に移った。その部屋は、カレンが独自に予約しておいた部屋だ。
そこで騒ぎが収まるのを待ち、二人は悠々とホテルを出た。
「なあ、これからどうするんや? ホテルに帰るんか?」
悟がステーキを頬張りながら、疑問をぶつける。
「帰らないわよ」
「なら、どっか新しいホテルに泊まるんか?」
「うふっ」
カレンが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「わたしの、隠れ家に行くのよ」
「隠れ家?」
悟が、素っ頓狂な声を上げる。
「しっ、声が大きいわよ」
カレンが人差し指を口に当てて、悟を軽く睨んだ。
「そやかて、隠れ家やなんて、びっくりするやないか。なんでカレンが、東京に隠れ家なんて持ってんねん」
悟の驚きも無理はない。
二人が東京へ来るのは初めてだし、東京へ住もうと話したこともない。
「東京だけじゃないわよ。パリやロンドンやベルリンに北京、他にも幾つか、主要都市に持ってるわ」
淡々と答えるカレンの顔を、悟はじっと見つめている。
普段なら、「凄いな」とかいって感心するのに、悟にしては珍しいことだ。
「どうしたの?」
カレンが怪訝な顔をした。
「いや、なんでもあらへん」
悟は笑顔で誤魔化したが、悟の胸には、そうまでしないと身を守れないと思っているカレンの心情をおもんばかり、カレンのこれまでの生き様がどんなものだったかを改めて思って、胸がつかえていたのだ。
CIAともなれば、いろんなところに隠れ家を用意しているはずだ。
それを、カレンは信用していなかったということになる。
事実、今日のホテルも、着いて間もなく襲われた。
カレンが別の部屋を取っていたのも、用意周到なのではなく、単にCIAを信用していなかったからだと、悟は思い知らされた。
「これ、あげる」
カレンが、唐突に二冊の雑誌を悟に差し出した。
それは、無料のアルバイト求人の案内誌だった。
「なんや、これ?」
悟が、怪訝な顔をした。
「このお店の入口に、置いてあったの。これを、お腹や胸に入れておけば、ちょっとした防弾になるのよ」
「ほんまか?」
悟が、疑い深そうな目で、カレンと雑誌を交互に見る。
「本当よ。紙っていうのはね、一枚一枚は薄くっても、纏まると結構丈夫なの。FBAIでは薄い雑誌を丸めて、武器にする訓練をしているわ。たかが雑誌といっても、使い様によっては人殺しの道具にもなるのよ」
「へぇ~ そうなんや」
悟がカレンから雑誌を受け取り、「こんなんでね」と、感心したように無邪気に眺める。
そんな悟を、慈しむような目で見ていたカレンの顔が、一瞬険しくなった。
が、直ぐに笑みを湛えた。
「ちょっと、おトイレに行ってくるね。いい子にしてるのよ」
そう悟に告げると、席を立った。
雑誌を眺めていた悟は、カレンの表情の変化に気付かなかった。
「行ってらっしゃい」
暢気な声で返事をすると、悟は雑誌から目を離し、ぼんやりと窓外を眺めた。
「杉村悟だな」
いきなり名前を呼ばれて、悟は窓から声のする方に目を転じた。
いつの間にか、二人の男が、悟の側に立っている。
目立たぬように、悟に銃口を向けていた。
一人は細見だが、長身で目付が鋭く、豹を連想させる男だ。
もう一人は、背丈はそれほどでもないが、横幅があり、かっしりとしていて、見るからに屈強そうな男である。
桜井と緒方だった。
「騒ぐんじゃないぞ。大人しく、我々と一緒に来てもらおう」
桜井と緒方が、両側から悟を挟み込むようにして、悟を店から連れ出した。
店を出た彼らの前に、滑るように白い四ドアのセダンが停まった。
悟を真ん中にして三人が後部座席に乗り込むと、そのまま何事もなかったかのように走り出した。
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
俺、平野洋二。二十八歳。
俺は、親父が経営するアパレル会社に無理やり入社させられたものの、ことごとく親父と対立して、勘当同然に会社を辞め、家を飛び出した。
そして、たんぽぽ荘という、昭和の時代を色濃く残した文化住宅に移り住んだ。
たんぽぽ荘の住人は、どれも一癖も二癖もありそうな面々だったが、あまり関わりを持つことなく、派遣会社の契約社員として、毎日を無難に生きていた。
そんな俺が、ある時、行きがかり上、黒い仔猫を拾った。
動物とは無縁だった俺が、縁とは不思議なものだ。
たんぽぽ壮で猫を飼ってよいのかどうかわからないので、住人にばれないようそっと飼っていたのだが、仔猫の具合が悪くなり病院へと連れていった。
そして、とうとう住人にばれてしまった。
その時から、俺の人生の歯車は、激しく回り出すことになる。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2020年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇、第3弾。
2019年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇。
シャム猫の秘密の続編
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
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