「スピードを下げろ」
とある工場の角を曲がったところで、劉が命令した。
黄が、言われた通りブレーキを踏んで減速する。
「少し行った先で、車を停めろ」
スピードが二十キロまで落ちたとき、劉が言って、素早く車から飛び出した。
地上で身軽に二三回転して、劉が植え込みの陰に身を潜める。
ポケットから皮の手袋を取出し、右手にはめる。
ベンツが停まったのを確認してか、尾けていた車が、劉のいる少し手前で停まった。
相手はベンツの動向を窺っているのか、誰も降りてくる様子はない。
劉は植え込みの中を、音を立てぬよう、車の側まで静かに移動した。
そして、植え込みから獣のように飛び出して、助手席側の窓に、皮手袋をはめた右拳を、思い切り叩きつけた。
その車に防弾が施されていなかったのが、中の人間にとって、命取りになった。
窓は、いとも簡単に砕け散った。
乗っていた二人が、目を瞠って劉を見る。
劉は割れた窓から手を突っ込み、助手席側の男の後頭部を掴むと、渾身の力を込めて、フロントガラスに叩きつけた。
フロントガラスと一緒に、男の顔が砕けた。
運転席の男が、慌てて銃を取り出そうと、懐に手を入れた。が、焦りと動揺のため、うまく取り出せない。ハンドルも邪魔をしていた。
劉が素早くドアロックを解除し、ドアを開けた。
同時に、顔の潰れた男の死体を外に放り出す。
この時になって、ようやく運転席の男が銃を取り出した。
しかし、遅かった。
銃口を劉に向ける間もなく、その腕が掴まれ、凄まじい力で捩じ上げられる。
銃を持った男の腕が、嫌な音を立てて、あらぬ角度に捻じ曲がる。悲鳴を上げかけた男の顔面に、劉のパンチが見舞われた。
男は声を上げることもなく、ぐったりとしてしまった。
劉が、車のライトを明滅させた。
ベンツがバックしてくる。
「こいつは、連れていって拷問する」
尋問と言わないところが、劉の凄まじいところだ。
劉は、本当に拷問する気なのだ。
自白剤もあるのだが、劉は、極限まで人をいたぶるのが好きな、根っからのサディストだった。
「まだまだスパイがいるようだ」
劉には珍しく、皮肉な口調で言って、かすかに顔を歪めた。
笑っているのだ。
その顔に、黄は身の毛がよだった。
「本部に連絡しておきますか」
吐き気をこらえながら、黄が尋ねた。
劉が、静かに頷く。
「こいつは、どうしましょう」
絶命している男を指さし、黄が訊く。
「始末させておけ」
気絶した男を、ベンツの後部座席に放り込みながら、劉が答えた。
黄は、携帯で手短に連絡をしてから、運転席に座った。
気絶した男は、手足をガムテープで巻かれ、口には猿ぐつわを噛まされていた。
劉は、助手席に座っている。
「出せ」
劉が短く命じると、黄が気持ちを落ち着かせてアクセルを踏んだ。
「あと十分もすれば、尾けていた車と顔の壊れた死体を、跡形もなく片付けてくれるそうです」
走りながら、劉に報告する。
劉は、興味なさげに頷くだけだ。
可哀そうに。いっそ殺されていたほうが幸せだったろうに。
後部座席に転がされている男をバックミラーで見ながら、黄は、これからの男の身の上を思うと身震いした。
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
俺、平野洋二。二十八歳。
俺は、親父が経営するアパレル会社に無理やり入社させられたものの、ことごとく親父と対立して、勘当同然に会社を辞め、家を飛び出した。
そして、たんぽぽ荘という、昭和の時代を色濃く残した文化住宅に移り住んだ。
たんぽぽ荘の住人は、どれも一癖も二癖もありそうな面々だったが、あまり関わりを持つことなく、派遣会社の契約社員として、毎日を無難に生きていた。
そんな俺が、ある時、行きがかり上、黒い仔猫を拾った。
動物とは無縁だった俺が、縁とは不思議なものだ。
たんぽぽ壮で猫を飼ってよいのかどうかわからないので、住人にばれないようそっと飼っていたのだが、仔猫の具合が悪くなり病院へと連れていった。
そして、とうとう住人にばれてしまった。
その時から、俺の人生の歯車は、激しく回り出すことになる。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2020年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇、第3弾。
2019年お正月特別編(前中後編)
おなじみのキャストが勢揃いの、ドタバタ活劇。
シャム猫の秘密の続編
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
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ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
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