時間は、まだ十時前だ。
後三時間ほど、どこで時間を潰すのだろうと思っていたら、レトロな感じのする喫茶店に入った。ドアのガラス窓に書かれている営業時間を見ると、二時までとなっている。
繁華街にせよ、純粋な喫茶店が深夜まで営業しているのは珍しい。多分、アフターの待ち合わせなどで使われているるのかもしれない。
後でひとみさんに聞いたのだが、あの喫茶店は、サンドウィッチが有名らしく、お店でもよく出前を取る客がいるそうだ。
さすがに、外で待っているのは辛いので、俺たちもその喫茶店に入ることにした。幸い、男からは死角になるテーブル席が空いていた。
俺と木島さんは、コーヒーを飲みながら、辛抱強く待った。男は、スマホを夢中でいじっている。手の動きから、どうやらゲームをしているみたいだ。
「よくやるな」
げんなりした声で言って、木島さんがため息をついた。
「本当ですね。でも、あの執念は見習うべきかもしれませんね」
「そうだな。女をつけ回すのに使っちゃいけないがな」
木島さんが含み笑いをもらす。
「俺、探偵や刑事に向いてませんね」
たった数時間、人の行動を見張っていただけで、もううんざりしているのだ。何時間も何日も、同じ場所で張り込みなんて、とうていできっこない。
「俺もだ」
木島さんも、うんざりした顔で応える。
「だが、ひとみちゃんのためだ。もう少し頑張ろうや」
「そうですね」
二人は男から目を離さず、たまに会話しながら時間が経つのを待った。
男がスマホを操る手を止め、立ち上がった。時計を見ると、一時少し前になっている。
いよいよか。
男が店を出た後、俺たちも続いた。
男は、今度はぶらぶらすることなく、真っ直ぐにひとみさんの店へと向かった。
そして、ひとみさんの出勤前と同じ位置に立った。
それから十分ほどして、ちらほらと女の子が店から出てきた。一人で出てくる子もいれば、二人、三人と固まって出てくる子、中には客と一緒に出てくる子もいた。
まだ、ひとみさんは出てこない。
騒ぎを最小限に抑えるために、なるべく最後の方に出てくるよう、頼んでおいたのだ。
男は、なにげない素振りを装いながら、店から出てくる女の子に注意を払っていた。女の子が出てくる度に、ひとみさんでないのを確認すると、少し苛立ったような仕草をする。
舌打ちが、ここまで聞こえてきそうだ。
そして、ついにひとみさんが出てきた。
周りには誰もいない。俺たちがいなければ最悪の状況だろうが、今はおあつらえ向きの舞台になっている。
男も、そう思ったに違いない。一瞬、男の顔が歪み、一歩足を踏みだした。
その瞬間、俺は大声を出した。
「おい、ひとみ」
男が、ぎょっとして立ち止まる。
俺は、男など眼中に入らぬかのように、ひとみさんの許に駆け寄った。
「今日は、捕まえたぜ」
ひとみさんの腕を取る。
「やめてよ」
ひとみさんが、俺の腕を振り払おうとした。
「そう、邪険にするなよ。俺とおまえの仲じゃないか」
俺は、精一杯下卑た声を出した。うまく出せているかどうかは、わからない。
「なにが、俺とおまえの仲よ。付き纏うのもいい加減にして。警察を呼ぶわよ」
ひとみさんが、ようやく俺の腕を振りほどいて立ち去ろうとする。俺は、男の様子をちらと窺った。男は、呆然として立ち竦んでいる。よもや、自分以外にもストーカーがいたとは、夢にも思っていなかったようだ。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
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旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
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