先入観のせいか、陰湿さが顔に現れているように見える。
目はせわしなく、スマホと店の入り口を行ったり来たりしており、ひとみさんを見つけるのに一生懸命なせいか、まったく俺のことなど視界に入っていないようだ。
男の前を通り過ぎた俺は、次の角を曲がって、元居た場所へと戻ってきた。
「どうだった」との木島さんの問いに、「気持ち悪いです」と、正直な感想を告げた。
見た目もそうだが、そいつの前を通るとき、俺の背中に悪寒が走った。これも、先入観のなせる業か。
「じゃ、わたし行ってくるね」
ひとみさんが、早足で店に駈けていく。
ひとみさんの姿を見つけるや否や、男がひとみさんに近づこうとした。そのとき、店からボーイが出てきた。ひとみさんがここを離れるとき、連絡を入れておいたのだ。
ボーイは男を遮るようにして、ひとみさんを中へ入れた。
男は、苛立ちに歪んだ顔で、ひとみさんが消えていった入口をじっと睨んでいる。
「いっそ、殺しちまった方が、手っ取り早いな」
木島さんが物騒なことを言う。木島さんの顔を見ていると、あながち冗談とも思えない。斬った張ったの世界で生きてきた木島さんには、あんな粘着質な男は許せないのだろう。
確かに、あの姿を見ていると、俺もそう思わないでもない。本当に好きなのだったら、全力でぶつかればいいと思うのだが、あんなやり方をしていては、相手に引かれるだけだとは思わないのだろうか。
まあ、それがわかっていれば、ストーカーなんかになりはしないだろう。
俺たちは、男が動き出すのをじっと待った。なんだか、俺もストーカーになったような気分だ。
木島さんは、立て続けに煙草を吹かしている。
こちらは、刑事みたいだ。
二十分も佇んでいただろうか、ようやく男が動き出した。随分と、眺めていたものだ。
それだけの時間、入口を凝視していた男の胸には、なにが去来していたのだろう。恨みか、憎しみか、恋慕の情か、はたまた何も考えていないのか。あるいは、ただやることだけを考えていたのか。
そんなことは、俺がいくら考えてもわかるはずがない。
ストーカーの気持ちなんて、本人でなければわからない。いや、本人ですら、自分がなにをしているのか、なにをしたいのかわかっていないのかもしれない。
俺たちは、男の後を気付かれぬよう付いていった。
しかし、縦縞の濃紺のスーツ姿の木島さんは目立ちすぎる。ましてや、ここは夜の繁華街だ。道行く人々は、みな木島さんを避けてゆく。当然だろう。俺も、こんな人が前から歩いてくれば、ぜったい端に避けるに決まっている。
男は、まずは有名なチェーン店の牛丼屋に入った。顔を覚えられるとまずいので、俺たちは外で待った。ものの十分も経たないうちに出てきた。口に楊枝を咥えている。
それだけでアウトだろ。
俺は、危うく突っ込みを入れそうになった。木島さんの舌打ちが聞こえた。
それから、男は暫く繁華街をぶらぶらとし、ゲーセンに入った。まずは、UFOキャッチャーを始める。俺にはなんだかわからない、アニメのキャラクターと思われる人形が入った台の前に立つ。迷わずその台に行ったので、もう何度となくトライしているに違いない。
慎重に慎重に、アームを動かす。その顔は、真剣そのものだ。
何度目かのトライの時、人形がアームに引っ掛かり、そのままこぼれずにゲットした。
人形を手に取った瞬間、にやりと笑った男の顔を見て、俺の背中に悪寒が走った。
取れた人形を、袈裟懸けにかけていた鞄に入れ、男はゲーセン内をぶらぶらと歩いた。だが、それ以上ゲームをすることなく、ゲーセンを出た。それから、また繁華街をぶらぶらし始めた。
帰る素振りはまったくないので、きっと、ひとみさんの営業終了を待っているものと思われる。
よくやる。
それが、俺の正直な感想だ。
こんなことを毎日やっていて、嫌にならないのだろうか。
俺は、ストーカーの執念に舌を巻くと同時に、ある種、尊敬の念すら覚えた。この執念を、もっと違う方に向ければいいのに。そうすれば、事業でも成功を収めるかもしれない。
もったいない。
つくづく、そう思う。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
奪われた物は誰の手に?