「待てよ」
俺は、ひとみさんの肩を掴んだ。
と同時に、俺の肩が掴まれた。
掴んだのは、木島さんだ。
「兄ちゃん、俺の女に手を出すとは、いい度胸してるじゃねえか」
木島さんが、よく通るドスの利いた声で凄んでみせる。
男は、相変わらず突っ立ったままだ。その顔が、引き攣っている。
「あんたの女?」
「とぼけるんじゃねえよ。ははーん、おまえだな、最近ひとみに付き纏っているストーカー野郎は」
木島さんの手が俺の肩を離れ、代わりに胸倉を掴んだ。そして、ぐいと自分の方に引き寄せた。
「俺は、付きまとってなんかいない。ただ、彼女が店を終わるのを待ってただけだ」
俺は、拗ねたように口答えをした。
「それを、ストーカーって言うんだよ」
木島さんが、俺の腹に膝蹴りを入れる恰好をした。男からは、俺の背中が邪魔して見えはしない。
俺は、「ぐぇっ」という、蛙が踏みつぶされような声を出して、身体をくの字に折った。
「兄ちゃんよ、俺が誰だかわかってのか。俺はな、平野組の若頭だ。俺が命令すりゃ、おまえをコンクリート詰めにして東京湾に沈めることなんか、簡単にできるんだぜ。うちにはよ、血気に逸った若えもんが、いくらでもいるからな」
元ヤクザの木島さんにすれば、こんな台詞を吐くのは手慣れたものだ。実に、堂にいっている。傍から聞いていれば、間違いなく本物のヤクザだと思うだろう。
「待ってくださいよ。俺は、ただ…」
俺は、せいぜい情けない声を出した。
「うるせえんだよ」
みなまで言わさず、木島さんがパンチをくれる真似をした。俺は後ろへ吹っ飛んでみせた。
俺が転がった先に、男の膝頭があった。どうやら、男は腰を抜かしたらしい。
「た、助けて」
俺は男に手を伸ばし、助けを求めた。
「ヒ、ヒィ~」
男が、声にならない叫びを上げる。
俺の襟首が掴まれ、無理やり引き摺り起こされた。
「てめえ、こんなもんでで済むと思うな。俺の女に嫌がらせをした罪は思いぜ。一生、後悔させてやらあ」
何発か殴られる振りをしながら、身体を右に左に振る。止めの一発は、本気で殴られた。臨場感を出すために、俺が頼んでおいたのだ。
「洋ちゃん、昨日も殴られたばかりだろ。それに、洋ちゃんに手を上げるなんて、俺にはできねえよ」
そう言って渋っていた木島さんだったが、やけに気合いの入った一発だった。
俺は、演技ではなく吹っ飛んで、男の身体にぶつかった。男が、俺の顔を見る。俺の顔は昨日殴られた痣で、随分ぼこぼこにされたように見えたはずだ。
それにしても、今の一発は堪えた。頭がくらくらしている。
「もう、しません」
男が、突然叫んだ。
「もうしません。もうしませんから、東京湾に沈めるのだけは勘弁してください。俺には、女房も子供もいるんです」
男が、何度も地面に額を擦り付ける。それから、おもむろに立ち上がった。
「勘弁してください~」
妙に伸ばした語尾を引き摺りながら、男は全速力で駆け出そうとした。三歩ほど進んだところで、勢いよく転んだ。
ゴンッという、鈍い音がする。
それでも、素早く立ち上がって、必死で逃げていった。転ぶように逃げるとは、まさにこのことだ。
俺が呆気に取られて見ていると、もう一度、勢いよくこけた。まるで、野球のヘッドスライディングのようだった。
かなり痛いはずなのに、またまた素早く立ち上がり、駆け出した。相当なアドレナリンが出ているに違いない。
「まさか、これほどうまくいくとはな」
木島さんが、愉快そうに笑った。
「平野君、大丈夫?」
ひとみさんが心配そうな顔で、俺の顔を覗き込んでくる。
ひとみさんと間近に目が合った、俺のハートがビートを刻む。
「大丈夫といいたいけど、大丈夫じゃないです。まだ、頭がくらくらしています」
「悪いな、洋ちゃんの演技があまりにうまかったもんでな。つい、あの男ととだぶらせちまった」
「いいんですよ。そのお蔭で、演技と見破られず、あの男を騙すことができましたから」
俺から言い出した手前、文句を言うわけにもいかないので、そう言うしかなかった。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
奪われた物は誰の手に?