高塩愛子
05w2111020B 高塩 愛子
私の中で、NGO班の担当をできたことがとても大きな経験となった。個人のレポートで終わってしまうのではなく、「“市民”による海外協力とは」についてたくさんの時間をかけ、11人の仲間と深く深く考えた後に大橋様と出会いお話を聞けたことで、たくさんの感動、共感、発見を感じた。
「“市民”による海外協力」の持つ意味とは何か。私は自分たちが時間をかけて出した答えに自信があった。“市民”、“海外協力”、その言葉だからこそ持つ意味も、重要性も自分たちなりの答えを見つけられ、自信を持っていた。しかし、大橋様からのご講義をいただき、自分たちが先進国側からの視点しか持てていないと実感せざるを得なかった。作業中に「あなたたちの大前提が先進国ですね。」とモモに言われたが、その時点では自分たちの中での“先進国・途上国”という壁をまだ崩すことができていなかった。大橋様のご講義は内容のぎっしり詰まったもので、たくさんのお話をいただけたが、その中で大橋様が常におっしゃっていた、「現地にも市民社会がある。」というお言葉、この言葉が私の中で1番大きな意味を持った。
私たちはグループで考察している間、常に「現地にも“市民”がいる」という事を考えていた。「市民とは先進国にだけではなく途上国側にもいる」と考えていた。しかし、私たちが考えていた“現地での市民社会”と大橋様のおっしゃった“現地での市民社会”とは全く別のものだった。私たちの言う“現地での市民社会”とは、「現地にも自国の発展のために自主性を持った人はいる。だから現地にも市民社会があるのだ。」と考えていた。しかし、“発展のため”と言っている時点でやはり私たちは先進国側からしか考えていなかった。大橋様のおっしゃる現地での市民社会とはそうではない。発展が必ずしも必要とされているのではなく、現地の人には彼らなりの社会があり、そこに発展に向かう・向かわないの考えはないのだ。ここでの大橋様の“現地での市民社会”というお言葉が、私の中の凝り固まった先進国としての大きな壁を一気にくずしてくださったように感じる。私たちのプレゼンは、「援助とは先進国が助けるものだから一方的で、協力は共に発展を目指すから共生だ」と言っていたが、発展を目指している時点でまだまだ先進国からの一方的な考えなのだ。大橋様の言う“共生”とは、とにかく発展を目指すものではない。どちらかの価値観で見ていては共生は成り立たない。「石油がなくなったらインドの人たちが先進だ」というのはそういう事なのだろう。
また、日本人は現地へ行き物乞いの方たちにお金を渡すことがなかなかできないというのも、頭の中に「助けてあげる」という考えがあるからだろう。私がパキスタンで学んだこと、それは現地の人たちはお金を恵むのが当然であること。物乞いをする人を見下すわけでも、哀れむわけでもなく、富める者が貧しい者に富を分けるという宗教の教えに従っているだけであり、それは当然の行為なのだということ。おそらく彼らの間でお金の受け渡しが行われる時に、“可哀相な人を助けている”という考えはないだろう。だから私も、次に現地に行くチャンスがあれば必ずお金を渡したいと思っていた。しかし、初めて物乞いの人に会った日本人が、お金を渡すことを躊躇してしまうのは、日本人の中にまだまだ“可哀想な人を助けている”という考えがあり、その行為に戸惑ってしまうのだろうと思う。日本人の中にはどうしても先進国と途上国、助ける側と助けられる側という考えが根付いてしまっていて、どれだけ変えようと思っていても、自分だけでは視点を変えることはできない。動かなければ、経験しなければ崩すことのできない概念なのかもしれない。
現地の人々が行っている事は目の前にいる人の生活を発展させようと思ってしているのではなく、彼らの生活状況が変わらないとしても、そのままの形で「共に生きていこう」と考えているのだろう。そしてこれが「共生」という意味なのだと思った。私たちのプレゼンのように、発展を目指し共に生きていくのではない。例え状況が変わらなくても、無理をしてその形を崩すのではなく、そのままの形で共に生きていくことが共生なのだと思うようになった。
もし私が今回NGO班の担当をせずに大橋様と出会っていたら、今の半分程度の衝撃しか受けなかったかもしれない。NGO班を担当できたこと、大橋様のお話を伺えたことに心から感謝したい。
宮島優子
05W1406019H 宮島優子
大橋様のお話を伺って一番心に残ったのは、「多様性」という言葉である。世界中には、多様な考え方があふれており、絶対的に一番良いと言えるものはない。だから、その一つとして、援助の形態を例に挙げると、政府とは別にNGOという違う考え方を持った多様な団体があったりする。このように多様な考え方が存在する世の中で、大橋様は自分の信じる道を、シャプラニールという政府や権力に縛られないNGO団体を立ち上げることによって、まっすぐに突き進んでいらっしゃるように思う。そのような大橋様の生き方、お人柄にとても惹かれた。
大橋様のお話を伺った後、では、自分自身が信じる道とは何なのか?と考え始めた。そしてまだ、答えは見つかっていない。そもそも、一つの答えを見つける必要もないのかもしれない。だが、世の中に絶対的に正しいものがなく、答えもないとするならば、私は何を手がかりに自分の信じるものを見つければいいのか分からず、もうどうしたらいいのかという気持ちに苛まれ、やはり自分なりの答え、信念を見つけたいと思ったのである。
まだ、私の考えは曖昧で、すぐに人の影響を受けやすい。私は、NGOの大橋様のお話を伺っても、今までの授業の様に政府の方々のお話を伺っても、どちらにも共感することができた。だが、だからこそ自分の考えが凝り固まる前、つまり今のうちに、多様な人の意見を聞いて、現実・真実を自分なりに見定められるようになりたいと思う。この点において、development ライブ!は私にとって重要な体験ができるよいチャンスであると言える。このような機会を得られたことを非常にうれしく思う。
私は今まで、世の中には必ずや正しいと言える、絶対的な「正義」が存在すると思っていた。だが、世の中はそんなに単純明快なものではないことに改めて気づかされた。一体、どのような世界が、平和・幸せなのだろうか?多様性を互いに認め会える世界が平和につながるのだろうか?だが、多様性を完全に認め合うことなど、現実不可能だと思う。もし、多様性を認めることになったら、例えは、戦争に賛成している人を認めることにもなってしまう。認めたなら、自分の命が危険にさらされてしまう。だから、私は完全に多様性を認めることはできない。やはり、何かしらの「正義」があってほしい、と私は願う。そもそも、アメリカが「正義」の戦争と言い張って戦争を肯定化しているように、「正義」という言葉自体、偏っているのかもしれない。だが、何かに偏っていたとしても、自分が信じる何かを見つけたい。
大橋様は、本当に素晴らしい信念をお持ちだと思う。ひたむきに、自分の心に正直に活動していらっしゃる姿に本当に感動した。大橋様に、尊敬の意を表すとともに、こうして根本的な事を考えるきっかけを与えてくださったことを感謝したい。
稲葉 想 ここから11月18日分の投稿欄になります
05W2111013E 稲葉想
まず、大変お忙しい中、わざわざお越しくださった大橋様に、感謝の意を表したい。多くを学んできたからこそ言える、academicな知識の上に建てられた、fundamentalな意見というものを、ひしひしと感じた。発展段階の私たちからは、本当に、本当に、まぶしく見える存在であったし、また、それをわざと感じさせないようなしゃべり、表情、人柄に、大変好感が抱けた。改めて、真に、心から、お礼を申し上げたい。
次に、本日のご講演にあたって、いくつかの反省点を示したい。
まず一つ目は、大橋様の中身の濃いお話に終始圧倒されて、自分自身としてのリアクションがなかなか見出せなかったこと。
二つ目は、一つ目に伴って、最低限の礼儀である、「質問」すらできなかったことである。
二つともに共通する理由として、大橋様の講演の内容があるだろうと、今になって感じているのだが、それは、「答えがないという答え」である。「開発」を学ぶのに、終着点など存在しないし、モモもおっしゃっていたように、「そこがゴールであると考えてしまった時点で、人間の成長は止まってしまう」のだろう。しかし、そのような言葉を、私たちが学んでいることの延長上におられるはずの実務者の方から聞くことで、どこか、「知れば知るほど自分に無知を知っていく」という、逆説的な感じも受けた。恵泉での勉強会で、他校も先生がおっしゃっておられた、「学生に、現場で自分の無力さを痛感し、ショックを受けてもらいたいからこそ、現地に連れて行くのだ」という言葉を思い出し、少し、一学生として、自分のとっている道が、無意味なものであるのではないか、というような疑問にも似た不安が溢れてきた。だからこそ、本日のような反省点が生じてきてしまったのだろうと思う。
また、「世界を変えるために、まず日本から変える」という大橋様のお言葉からは、シャプラニールに理念である「やさしさの中にもピリリとした辛さを」にも似た想いが読み取れ、またそれが、私自身の信念でもある、「自分のことができない人が、他人のためになんてできないし、ましてや開発のためなんてできやしない」という想いにも通じており、非常に親近感を感じられるとともに、ひどく感銘をうけたものである。
さらに、この場を借りて言いたいことが二つ。
懇親会でモモと話していたときにおっしゃってくださった、「想は時々自信なさそうな表情をする」というお言葉に、大変ショックを受けたと同時に、とても有難く感じたことである。自分ではまったくの無意識でも、見ている人にはそう取られてしまう、ということが、どれだけ損なことか、私は昔から父親に言われてきたはずなので、だからこそ、そのように今まで自分が周りに思われていたのだ、ということがショックで、新鮮で、それでいて有難かったのだ。
二つ目は、ALPsのみんなに言われた、自分が何でもかんでも一人でやってしまおうとしている、ということだ。たしかに思い返してみれば、自分は勝手に責任感を感じて、勝手に多くを背負っていたようにも思えた。「権威委譲できない」という風にモモはおっしゃっておられたが、たしかにそのような傾向が自分にはあったかもしれない。自分の問題点を発見できたようで、すこし恥ずかしい気持ちもあったが、得した気分でもあった。
本日は、実に様々な収穫があった。大変希少な、大変貴重な一日となった。このような経験ができたのも、わざわざお越しくださった大橋様のおかげでもあり、モモのおかげでもあり、シャプラニールの班員のみんなのおかげでもある。この場を借りて、みんなにお礼を言いたい心境である。
尾関 峻
05W2116005H 尾関 峻
江島様のお話のなかで、私はスリランカにはレンガ造りの住宅が多い印象を受けた。また、津波被害復興において半永久的にすめる住宅の建設が理想だが、仮設住宅の増築が現実であることを知った。私の意見では、ピロティー方式の住宅(高床式を含む)を増築させたほうがよいと思ったのだが、現実には資金面の問題もあるし、民族ごとのまとまった土地も必要であるからそうもいかない。レンガ造りの住宅がたつだけでも恵まれているほうなのだと思うようになった。開発には理想もあるが、現実に直面して処理せねばならないこともたくさんあるのだろう。
津波被害において世界銀行やアジア開発銀行との連携で国際協力銀行(JBIC)や独立行政法人 国際協力機構(JICA)が調査を行ったことは知っていたが、地区ごとにおのおの管轄地があることは知らなかった。組織ごとに責任をもって管轄地の調査を行わねばならない。組織を背負って仕事をするということの責任の重大性を見出したように思う。肩書きは所属している組織・団体を背負うということなのだ。
民族紛争は開発にも影響する実例を知った。スリランカではシンハラ地域を中心に開発・調査がすすめられ、タミール地域の開発が遅れていると解釈できる。経済的に反映した地域は人も集まる上、事業をやる上でも事務所が置きやすい地域でもあるのだ。急に特定の発展途上地域の開発に乗り出すと他の発展途上地域住民から不満がもれる。政策調整の困難さが際立った江島様のお話であった。
辛尚美
05W2116004J 辛 尚美
私は、今回のテーマをリサーチする上で、事例としてJBICのスリランカにおける援助を二つ用いた。一つは紛争解決における役割、もう一つは灌漑インフラ整備による貧困解決の役割に関する事例である。そして、リサーチの結果、そのどちらにおいてもJBICは成果を示しているということがわかった。そのため、JBICの援助に対する印象は私の中でとても良いものであった。しかし、一週目のプレゼンにおいて、JBICの援助はスリランカ政府を介するものであり、実際に北東部にまで援助は届いていない、ということが議題になっていた。私はここでまた、自らのリサーチ不足を感じた。ODAの時もそうであったが、私は基本的にそのような援助に対してあまり批判的な目をもたないのかもしれない。なぜなら、政府にしてもNGOにしても、援助の根底にあるものは、人々の助けになりたいという気持ちだと思うからである。ただ、表面的に良い点ばかりを見て、その奥を見落としがちになってはいけないのだということも改めて感じた。
そして講演当日、江島様の講演を聞いて、私は江島様の開発に対する熱い思いをひしひしと感じ取ることができた。江島様の講演で特に印象に残っていることはやはり、江島様にとってdevelopmentとは何か、という質問に対してのお答えである。江島様は、現地の土地の人々が明日食べるものを心配するのではなく、5年後、10年後の自分たちの社会について考えられるようにしていくこと、また、それを実現する上で現地の人々のニーズを最優先にしながら長期的な援助を行っていくことである、とおっしゃっていた。このお話を聞いて、江島様の思いに触れ、非常に感動したのと同時に安心した。やはり、援助の根底にあるものはこのような熱い気持ちだったのである。その上で、JBICの援助はやはりとても意義あるものだということを改めて感じた。
私たちはリサーチをする上で、援助のあり方について疑問を感じるのはとても良いことだと思うし、必要なことであると思う。しかし、私たちには経験がない。経験がないのに、ただやみくもにセンセーショナルな話題に飛びついて、批判をすることはあまり良いとは思えない。やはり、実務者の方々のお話を聞くことで、わかることがたくさんあり、援助というものの重要性を改めて感じることができるのである。その上で、私たちは援助における問題点を考える前に、まず実務者の方々を高く評価し、援助の意義を考えていかなければならないと思う。これは、今まで何度も言われてきたことであるが、この2回の講演を通して、このことを本当に強く感じた。そして、これを肝に銘じ、今後もリサーチをする上で活かしていきたいと思った。
最後に、今回わざわざ私たちのために講演しにいらしてくださった江島様、そしてチャドさんに深く感謝したいと思います。本当にありがとうございました。
森田麻美
今回江島様のお話を伺って、はっと気づかされたことがある。それは、私は今までスリランカを平均化されたデータから見るばかりで、個人個人の具体的な生活を意識して見ていなかったということである。江島様は津波被害の復興支援で気をつけたことは、元通りに復興させると貧しいままなのでプラスアルファの支援、例えば今まで一戸ごとに通っていなかった電気や水道を一戸ごとに設置すること、も行ったことだとおっしゃった。これに対して、プラスアルファの支援を行わなければならないことを私は意外に思ったのである。なぜ意外に思ったのか考えてみると、私はこの話を伺うまで、比較的高い寿命や識字率を根拠に、スリランカはそれほど貧しくはないというイメージを持っていたが、実際は基本的生活にも援助を必要とするくらいの貧しい地域もあることを再認識させられたためにそう思ったのではないだろうかという結論に達した。国際協力銀行についてのリサーチを行った過程で、スリランカにおいて送電網整備などが行われていることや、スリランカ国内で地域格差があることも知っていたはずなのに、なぜそれほど貧しくないというイメージをもつようになってしまったのか?それは、比較的高い寿命や識字率などの際立った特徴に気をとられ過ぎたために、それほど貧しくないという先入観を持ってしまったからだと思う。今後は、平均化された際立った特徴も事実の一つに過ぎないとして、個々の事象を見る蟻の目線からもリサーチしていきたい。
次に、江島様から国際協力銀行が円借款を実施する際に、現地で調査や話し合いを頻繁に行っていることを伺い、政府開発援助という国家間の援助体制であっても、政府開発援助を成功させるには国際協力銀行の現地職員や大使館職員、そして実際に援助を受ける現地の人々という個人の関係性が不可欠であると実感した。同時に、被援助国政府、援助国政府と現地住民の意向を調整しなければならない国際協力銀行の現地職員の苦労は大変なものであろうと想像した。
最後に、津波被害に対する民間からの義援金が余る可能性があり、江島様は余った義援金をパキスタンに回してはどうだろうかと思っていらっしゃるということだが、私は、義援金が余るかもしれないという事実は今回初めて知ったし、義援金の出資者もこのことは知らないと思われる。このような現地職員だからこそわかる事実は、なぜ公にならないのだろうか?義援金を集めた側としては、一度スリランカの津波被害の復興のために使いますと宣言してしまった手前、用途を変えては出資者の信頼を失うと考えているのだろうか。私は、出資金がより有効に使われたほうが嬉しいし、意義もあると思う。したがって、政府や関連機関は、現地職員だからこそ知ることのできる情報をもっと積極的に公表していくべきではないだろうかと思った。
武石さとみ
05W2114011J 武石 さとみ 今回江島様のお話を伺い、私が思っていた以上にJBICは被援助国の現地に密着した存在であるということを知った。それまで私はJBICの開発援助に対して、「ODAの中の有償資金協力に振り分けられたお金を管理する」という官僚的なイメージを強く持っていた。しかし、現地の人がたとえ急にJBICのもとへ訪れたとしても、きちんと彼らの主張に耳を傾け、彼らが納得してくれるまで懇切丁寧に説明をするという江島様の姿勢に、失礼ながらとても驚かされたと同時に、何も知らないのにもかかわらず勝手なイメージで決めつけていた自分を恥ずかしく思った。そして特に今回の授業では、欧米の先進諸国と日本の援助の質の違いについて考えさせられた。今まで開発についてリサーチしてきたなかで、欧米諸国に比べると日本の援助は有償資金協力の割合が非常に高く、それはしばし日本政府が国益重視の援助を行っているという批判の対象になっていると感じていた。そしてそのような援助形態が、日本が多額のODAを出資しているのにもかかわらず、他の国からその実績を充分に認められない原因なのではとも思っていた。しかし江島様は、これら無償資金協力と有償資金協力という援助の形態に関し、無償資金協力で行われた援助が実際に現地の人々の生活に生かされないことが多い一方で、有償資金協力による援助においては被援助国政府に「自分たちのプロジェクト」だと認識させることが大切であり、また有償資金協力では、無償資金協力の範囲では行えない大規模な援助が可能だとおっしゃっていた。つまり、実際に開発の現場で働いていらっしゃる江島様は、被援助国政府としっかりと「対話」をしたうえでの有償資金協力は、無償資金協力よりも効果的な支援であると考えていらっしゃるように私には思えたのだ。またスマトラ沖地震の際、スリランカ政府は中・長期的支援を日本、アジア開発銀行、世界銀行に頼んだという。これは今までのスリランカの開発を通して、日本の援助がスリランカ政府の信頼を得てきたからだといえるのではないだろうか。災害が起きたときの欧米の先進諸国と日本の援助を比較すると、欧米の先進諸国がおもに緊急人道支援に力を入れる一方、日本政府は緊急人道支援と並行して、災害後を見据えたより中・長期的なビジョンの支援に力を入れているという。これらのことから、日本政府は開発途上国で起こる様々な問題に対し応急処置的な援助を行うだけでなく、開発途上国が先進国による援助がなくても自立した国になれるような、「国づくり」という要素が強い支援を目指していると感じた。このような日本の支援に比べ、欧米の先進諸国が重点を置いている緊急人道支援や無償資金協力の方がより人道的な支援のように今まで私は感じていた。しかし、援助を与えるだけでなく、援助の必要ない国をつくっていくことが開発途上国への援助において重要なのだと強く感じた。
また今回のお話では、「開発」という場のみでなく、社会において大切なことを教えていただけたと思う。話は要点を相手にわかりやすく伝えるべきだということ、外国語を話すとき、一番大切なのは語学力ではなく話す内容なのだということ、そしてたとえ上司に「お前は馬鹿だ」と言われても、「いや、馬鹿じゃない!」と言い返すくらいの打たれ強さを持つこと。江原様が今まで培ってこられた日本や海外での様々な経験をもとにこのようにおっしゃっているのだと思うと、改めてそうした行動の重要性を感じるとともに、どれも今の自分に足りないものだと感じ、自分の未熟さを痛感させられた。
島袋 緑
05W1407020J
私たちは今回、プレゼンテーションをするにあたり、JBICのスリランカでの活動地域の偏りについて原因を検証した。私たちは支援地域の偏りとシンハラ・タミルの言語地域を比較することで、シンハラ言語地域でJBICのプロジェクトが多く行われていることに気づいた。また、JBICの援助は政府間で行われるものなので、プロジェクトの偏りはスリランカ政府のシンハラ優遇が原因ではないかと考えた。それを検証するために、スリランカ政府の過去に行ってきた政策を調べると、かつての政府の行ってきたシンハラ優遇が現在でも続いていることがわかった。よって、シンハラ語地域でプロジェクトが多く行われているのはスリランカ政府のシンハラ優遇によるものであると結論できた。
この私たちの結論に対し、江島さんは違った視点からの見方を教えてくださった。シンハラ語地域に偏った原因として、タミル語地域はスリランカ政府と対立していたLTTEの支配下にあったため行くことができなかったこと、ダムを作るのに適切な地域がシンハラ地域だったこと、経済が発展しているコロンボ(シンハラ語地域)を選んだ方が経済効果が大きいかったことなどがあげられることがわかりました。
私たちの検証では、スリランカ政府が優遇政策を行っているという結論を出しましたが、シンハラ優遇政策を行っていることは確かであっても援助を受ける地域を選ぶにあったっても優遇しているという根拠を見つけることはできていなかったことに気づかされました。リサーチをする時間が少なくて一つの視点からしか検証できなかったということもありますが、私たちの検証は始めからシンハラ・タミルの間で差別があるだろうと予測をつけて、そこに結びつけるデータをだけを探しているものであり、結果的には誘導していたことにはならないかと思った。
私が今回プレゼンテーション、および講演を聴いて学んだことで印象に残ったことは主に二つある。一つ目はtrianglationです。私たちが検証してきたことと江島さんのお話を比較して、いかに私は自分の立場からしか物事をみることができずに偏見に陥っていたかを認識し、他の立場に立って物事をみることが必要であることを痛感しました。新聞・テレビ・ネットなどのメディアから得る情報からでは現地の本当の姿を知ることは難しいので、このような実務者の方から直接お話を聞けるという貴重な機会を大切にしていきたいと思いました。二つ目に印象に残ったことは「報・連・相」です。私は今回プレゼンテーションの準備をするにあたり、情報の共有をしているつもりでも実際にはされていなかったりと難しいことを知りました。私は、JBICと現地住民の間でのトラブルがあることを知ったとき、JBICの住民との対話が足りないと思っていました。しかし、9人という人数でも情報を共有することは難しいことを知り、地元とコミュニケーションをとるのがいかに難しいかを創造することができ、批判ばかりはできないと思いました。
新たな視点からのものの見方を教えて下さっだけでなく、コミュニケーションをはかる上での大切なことも教えてくださった江島様に深く感謝を申し上げたい。
西村麻美
05W5215015F 西村麻美 まず、大変お忙しい中遠いところから足の調子がよろしくないにも関わらずお越しくださった江島様、本当にありがとうございます。今回、日頃お話を直接伺う機会のない、実務者という立場の江島様のお話を聞けたことは、私にとって非常に貴重な時間であった。私は今回の江島様のお話を伺って、スリランカにおけるJBICの担っている役割や、「開発」を行うにあたっての大切な心構えを理解できた。
リサーチ段階において私は、JBICは有償資金援助を、JICAは無償資金援助を行っているということなどから、JBICに対してどこか人間味がなく、また利潤追求主義的なイメージを抱いていた。しかし江島様の「スリランカ政府に自分たちのプロジェクトであるいうことを認識してもらう必要がある。」というお言葉を聞き、有償資金援助の持つ重要性に気付かされた。無償で与えられるものに対して、人間は受身姿勢になりがちである。援助協力の場において、被援助国にそのような姿勢をとらせてしまうことは避けるべきであり、その点を考えると有償の援助というものの持つ重要性はおのずから見えてくるだろう。また、JBICはNeeds Assessmentやスリランカ政府との対話に対して、非常に重きを置いているということも、江島様がしてくださったお話から知ることができた。スマトラ沖地震発生時に迅速に現地のニーズに対応できたのも、日頃の現地からの意見を尊重するという態度のおかげであったというお話などである。何をどのようにどのくらい援助するかといった話し合いは、現地で行われることが多いそうである。この場合の現地とはスリランカのことである。大使館・ODA・JBICの人が集まってスリランカで会議を行うことによって、問題が提議された際すぐに現場に足を運んでNeeds Assessmentができるようにということだそうだ。この点から見ても、JBICがいかに人と人との対話を大事にしているかが窺える。
江島様のお話を伺って、JBICに対するイメージが180度変わった。そして、江島様にとっての「development」とは何かという問いに対しての、江島様の「途上国の人達が、明日の食料のことではなく、5年後10年後の自分達・国のことを考えることができるようになればいいな。」というお答えを聞いて、現場を体感している江島様ならではの考えだなと深く感銘し、自分も自分にとっての「development」とは何かということを明言できるようになりたいと思った。
太田 雄介
05w1302015E 太田雄介
今回のプレゼンテーションで、私たちはシンハラ語地域とタミル語地域の所在を示している地図とJBICによるプロジェクト所在図の関連性を検証した。最初あの図を見比べたときから、私たちはJBICの援助がシンハラ・タミルの関係に影響されているに違いないと思った。その類似性が明らかに顕著であったため、また時間の関係上、私たちはそれに縛られて地図上からは読み取れない隠れた要因を検証することはなかった。江島様の見解では、タミル地域の北東部には内戦による危険性のため現地調査に入れず、援助することができなかった、また、発電所を造るためには河がある場所を選ぶ必要があるが、北東部にはそういった場所がなかったというものであった。危険のため近づけないという要因は、イラク戦争後の復興援助の際、自衛隊すら安全といわれるサマワでしか活動できなかったことを考えれば容易に思いつくことができた。また、地理的条件の問題についても一つ一つプロジェクトを具体的に検証していけば気づくことができたかもしれない。目の前のわかりやすい情報に飛びつく前に、一歩身を引いて冷静に事例の背景を考察してみる。多角的視点を養う第一歩である。言われてみれば簡単なことであるが、いざ切羽詰るとなかなかできないことに気づいた。白と黒の世界が多様な色の世界に変わるには、経験と考察の積み重ねが必要であると実感した。
江島様のご講演からは、JBICの援助の新しい流れを感じた。JBICは要請主義から共同形成主義に移行しつつある。以前は安全のため現地調査を控えていた北東部にも足を伸ばす流れにある。こういった背景には、特に湾岸戦争後に言われるようになった、日本の「お金だけの援助」への批判、世界第二位の経済大国としての国際的責任感が感じられる。また、2002年の停戦も新たな流れを作り出しているだろう。実際、JICAの援助は北部にも伸びている。これらの流れと、JBICが現地のNGOとの連携に積極的な姿勢を見せ始めていることを考えると、JBICがスリランカに与える影響はますます広がっていくと考えられる。