稲葉 想 ここから11月18日分の投稿欄になります
05W2111013E 稲葉想
まず、大変お忙しい中、わざわざお越しくださった大橋様に、感謝の意を表したい。多くを学んできたからこそ言える、academicな知識の上に建てられた、fundamentalな意見というものを、ひしひしと感じた。発展段階の私たちからは、本当に、本当に、まぶしく見える存在であったし、また、それをわざと感じさせないようなしゃべり、表情、人柄に、大変好感が抱けた。改めて、真に、心から、お礼を申し上げたい。
次に、本日のご講演にあたって、いくつかの反省点を示したい。
まず一つ目は、大橋様の中身の濃いお話に終始圧倒されて、自分自身としてのリアクションがなかなか見出せなかったこと。
二つ目は、一つ目に伴って、最低限の礼儀である、「質問」すらできなかったことである。
二つともに共通する理由として、大橋様の講演の内容があるだろうと、今になって感じているのだが、それは、「答えがないという答え」である。「開発」を学ぶのに、終着点など存在しないし、モモもおっしゃっていたように、「そこがゴールであると考えてしまった時点で、人間の成長は止まってしまう」のだろう。しかし、そのような言葉を、私たちが学んでいることの延長上におられるはずの実務者の方から聞くことで、どこか、「知れば知るほど自分に無知を知っていく」という、逆説的な感じも受けた。恵泉での勉強会で、他校も先生がおっしゃっておられた、「学生に、現場で自分の無力さを痛感し、ショックを受けてもらいたいからこそ、現地に連れて行くのだ」という言葉を思い出し、少し、一学生として、自分のとっている道が、無意味なものであるのではないか、というような疑問にも似た不安が溢れてきた。だからこそ、本日のような反省点が生じてきてしまったのだろうと思う。
また、「世界を変えるために、まず日本から変える」という大橋様のお言葉からは、シャプラニールに理念である「やさしさの中にもピリリとした辛さを」にも似た想いが読み取れ、またそれが、私自身の信念でもある、「自分のことができない人が、他人のためになんてできないし、ましてや開発のためなんてできやしない」という想いにも通じており、非常に親近感を感じられるとともに、ひどく感銘をうけたものである。
さらに、この場を借りて言いたいことが二つ。
懇親会でモモと話していたときにおっしゃってくださった、「想は時々自信なさそうな表情をする」というお言葉に、大変ショックを受けたと同時に、とても有難く感じたことである。自分ではまったくの無意識でも、見ている人にはそう取られてしまう、ということが、どれだけ損なことか、私は昔から父親に言われてきたはずなので、だからこそ、そのように今まで自分が周りに思われていたのだ、ということがショックで、新鮮で、それでいて有難かったのだ。
二つ目は、ALPsのみんなに言われた、自分が何でもかんでも一人でやってしまおうとしている、ということだ。たしかに思い返してみれば、自分は勝手に責任感を感じて、勝手に多くを背負っていたようにも思えた。「権威委譲できない」という風にモモはおっしゃっておられたが、たしかにそのような傾向が自分にはあったかもしれない。自分の問題点を発見できたようで、すこし恥ずかしい気持ちもあったが、得した気分でもあった。
本日は、実に様々な収穫があった。大変希少な、大変貴重な一日となった。このような経験ができたのも、わざわざお越しくださった大橋様のおかげでもあり、モモのおかげでもあり、シャプラニールの班員のみんなのおかげでもある。この場を借りて、みんなにお礼を言いたい心境である。