河合 暁
今回の江島様のお話から感じたことは、前回の上田様の時と共通するものが2点あった。まず1点目として、私は物事を批判することを前提に見ているということだ。確かに物事を批判的に見るということは学んでいく上でものすごく大事だということはALPsを履修するようになってから痛感するようになった。けれども私がしている批判とは「批判すること」を前提としていて中立な立場から物事を見ることを前提にできていない。例えば、JBIC班のプレゼンのスライドの中に「JBICのプロジェクト所在地と言語地域区分図との比較」という図が載っていた。この図からJBICの援助はシンハラを優遇しているというプレゼン班の主張であった。プレゼンを聞いたときは全くその通りだと思った。しかし、その後の江島様による説明により、シンハラ地域に優遇したのではなく、タミル人地域は内戦で調査などができず資金を拠出できなかった、ということや、数年後にはこの図に見られる地域による援助の格差は狭くなるということを知り、やはり私は物事を批判することを前提に見ていて、中立に物事を見つめられていないと感じた。次に2点目として、今回のお話の後に私はやはり政府関係の機関に対して凄くきれいなイメージを抱いたということだ。それは、江島様の「JBICのプロジェクトに関して責任を持って説明できる。」という言葉や「援助が決定されるまでには、数多くの議論をとにかく繰り返し行っている」という新たに得た知識が原因になっていたと思う。これに関連して深く考えたことがあった。それは懇親会のときにChadさんとのお話の中で出てきた言葉であった。私が「前回、今回の政府関係の方のお話を通して私は物事をより事実に近い形で、中立的に見ることができるようになったと思う。」と言うと、Chadさんは「けれどもあなたが中立的だと思っている事柄だって政府の人からの意見であるということは忘れてはいけない。結局物事をみるときには、新聞社のバイアスであったり、政府の人のバイアスであったり、何らかのバイアスは含んでいる。どの意見もバイアスを含んでいるのだから、自分がどの意見をとるかということがこれから大切になってくる。」とおっしゃった。この言葉はこれか物事を見ていく上で、絶対に心の片隅においておきたい言葉だと思った。私が江島様のお話だからこそ感じられたことの1つに、やはりオーラを放つ方というのは本当にいらっしゃるということだ。江島様の質問に対するお答えの中で「開発を通して、途上国の人々が明日の食べ物ではなく、5年後、10年後の自分の子供、国、地球のことを考えられるようになっていってほしい。」という非常に印象に残るお言葉があった。実はこの言葉は以前あるスリランカ関係の記事の中で拝見したことがあった。そのとき私はこの言葉を読んで凄く感動したことを覚えている。けれども、当の本人から発せられたその言葉には、紙上の言葉とは比べ物にならないほどの説得力のようなものが存在していた。また、お話の中にでてきた「英語の良し悪しよりも、言っている内容の中身のほうがぜんぜん重要である。」「物事は当事者間で決定してから話し合うのではなく、話し合ってから物事を決定するべき。」「話す内容を要約することは人と議論するうえで重要。」というような考えは、私たち学生にも十分当てはまる凄く大事な考え方であり、これから実行していく必要があると感じた。
前山明日香
江島様のお話を聞いて印象に残ったもののひとつに、要請がないとプロジェクトが動かないという言葉がある。JBIC班の質問に、JBICは要請主義ばかりではなく共同形成主義的なプロジェクトをしていくべきではないだろうかというものがあり、それに対する江島さんの答えだ。私は、援助が都市部に偏ってしまう傾向があったのには、紛争により北東部に行きづらかったという理由があったことを知った。江島様は、調査もしないでお金を貸すことはできないと言い、また、停戦状態になってからも、北東部に突然たくさんの援助をしてしまうと、南部の人々に不満が生じるのだと説明していた。私は、北東部に援助が少ないと知ると、ならば北東部への援助を増やせばいいと、ただ単純に考えがちであった。増やさない政府が悪いと思ってしまう。しかし、そんなに簡単に解決できる問題ではないのだと知った。ひとつの行動を起こすために、JBICは相当吟味しているのだ。また、行動に移ったとしても、その結果が出るのは、何年も、もしかしたら何十年も先なのかもしれない。どうしたら相手国にとって一番よい形の援助なのかを考える大切さを理解することができた。
また、上の質問の続きに、共同主義的なプロジェクトの実施は、日本のスリランカ政府への内政干渉となってしまう場合もあるのか、というものがあった。江島様はこの質問に対して、議論はいくらでもやるべきであり、合意できなかったなら実施しなければよいと言っていた。そのため内政干渉にはならないと。ここでは遠慮している場合ではなく言わなければならないのだ。一旦決まって、後から問題があると言い出したほうが、解決するには余計に時間がかかる。このことは、私たちがグループワークなどをやっていく上でもとても大切な要素だと思った。議論をして、議論をして、そして初めていいアイデアが出てくるのだ。合意できなかったらやらないで、また新しくよい方法を皆で模索していくしかないのだと思う。何か行動を起こす上では、JBICという大きな組織でも、私たち学生のような小さな社会でも同じなのだと実感した。
スマトラ沖地震の際の、民間からの募金はあまるほどあるという話に驚いた。私たち先進国の人々が、いかにメディアに動かされているかを実感した。江島様によれば、スリランカは観光地化されており、地震が起きたときも、外国人がたくさんいた。そのため外国からの募金が多かったという理由も大きいそうだ。私達は、口では支援だと言っているが、結局自国民のことを主に考えているのではないかと感じた。それは、ある程度しょうがないことなのかもしれない。しかし、いつも自国民のことを一番に考えることがよいことだとは思わない。これは、江島様にとってのDevelopmentにもつながるのではないか。江島様は、途上国の人々が、明日の食べ物について心配するのではなく、5年後、10年後の自分たちの生活、子どものこと、国のことを考えられるようになることがDevelopmentだと言っていた。それが発展すれば、環境のこと、つまりは地球のことを考えられるようになる。そう考えると、私たち先進国も、まだまだしっかりしたDevelopmentをしていないのだと思った。地球のことを考えられるようにならなければならないのは、先進国の国民一人ひとりでもあると感じた。
永野彩香
05W2116003L 永野彩香 今回江島様のお話を聞いて発展についての考え方に共感し、かつ新たに考えを深めることができたと思う。まず、日本の要請主義に対する考え方が変わった。今までは途上国政府にからの要請どおりに有償資金をするならば、政府の思惑通りにしか発展が進まないで、国民のための発展にはなっていないと思っていた。しかしJICAが調査をする段階からJBICも関わっているといことを聞いて、実際に融資をするJBICが現地をみて借款をするという決定をしているならば、後に利用されなくなるような発展にはならないと思った。JBICにも決定権があるならばJBICはきちんと国民のニーズにあった開発をしなくてはならない。さらに、JBICそのプログラム決定をする前にきちんと住民への相談や対応を直接きいていることを聞き、説明責任をしっかり果たしていると感じた。これらは、発展を援助するということは途上国政府と同様に国民にたいするケアをする責任を果たさなくてはいけないのだと知り、ただお金を貸すだけではない援助というものの重みを感じた。しかし、このような地道な活動が江島様のおっしゃっていたように、持続的な開発に繋がっていくのだと思う。また、スマトラ沖地震後に、緊急援助は欧米もしているが、その後の復興は日本にして欲しいというスリランカ政府の要請があったという話を聞き、前回ゲストの上田様がおしゃっていた日本への信頼がスリランカでは築かれているのだと思った。日本に対する信頼をここまで厚くしたJBICなどのODA活動はまさしくこれから、日本の外交の中心になっていくのではないかと思った。
そして今回もっとも衝撃を受けたのは、「復興は元通りにするだけでは、元の貧困なままの生活に戻るだけだから、一般の庶民レベルまで上げなくてはいけない」というお話である。私は、早く元に戻して上げれば元の幸せな生活に戻れるのだと漠然と思っていた。しかし、もともと貧しい人達への援助が元の生活に戻すだけだと、仕事もないし、住むところもない、災害時となにもかわらない苦しい状態のところに置き去りにしていくだけである。本当に国民のことを考えた復興というのは元の生活水準よりもあげることであると学んだ。多くの途上国が注目しているというが、日本も戦後復興の際、何も無くなった段階からアメリカの援助をえて産業化し経済成長して生活水準も上がった。スマトラの災害で何も多くのものが破壊されてしまい、何もない状態を好機として、新たに基盤を敷いて、復興、開発を進めていくべきだと思った。
私の今までの開発についての考えは、「途上国の人々が今日明日の暮らしのことを考えるのではなく、10年後の未来についての希望や夢を持てるようにすること」と思っていた。しかし、江島様のdevelopmentとは「途上国の人々が明日の食べ物を考えるのではなく、10年20年後の国、家族、子供たちの将来、世界のことを考えるような社会を作ること」というお答えをきいて、developmentとは自分のまわりのことだけではなく世界全体のことを考えられるようになることだと、考えが深まった。いまの社会は様々なつながりの中にあるから、世界を考えられる社会を作るには世界全体で発展していく必要があるのだと思った。
最後に、貴重なお話を話してくださった江島様に感謝申しあげたい。
鈴木彩
05W2113017E 鈴木彩
今回の江島様の講演を聞いて、私はこの授業のトピックであるスリランカにおけるJBICの役割、そして援助をする際の人と人の間におけるコミュニケーションの重要性を学ぶことができた。
江島様のお話を伺うまで、私がリサーチを通して感じたJBICについてのイメージはあまりよいものではなかった。本やインターネットで得た情報から、どこか利己的で無機質なイメージを抱いていた。それは、無償資金援助を行う機関であるJICAと比較した上で抱いたイメージである。だが、実際に現場で働いている江島様のお話は私のJBICに対するイメージを払拭した。プレゼン班からの「要請主義ばかりではなく共同形成主義的なプロジェクトの提案をしていくべきではないだろうか」という質問に対し、江島様は、「要請主義ではあるが要請をされたら現地できちんと調べている」とお答えになった。また、国としての意思を重視していることも教えてくださった。この答えを聞き、私はJBICに対して抱いていたイメージと実際の体制が異なっていることを実感した。大変失礼な話ではあるが、私はたったひとつのプロジェクトを実行するためにJBICと援助国が徹底して議論し、住民に納得してもらえるまで説明するとは思ってもいなかった。ただお互いの利益のために、政府間で勝手に話を進め、肝心の住民の声は無視されてしまうのかと思っていたのである。さらに、住民にそのときの状態やプロジェクトの説明する際は必ず現地の言葉を使用するというガイドラインがあるということを懇親会で伺った。このことに対し、私は驚いたと同時に感動した。ひとつの言語で誰とでも会話ができる日本と違い、多言語社会であるスリランカでは言語は重要な役割を果たす。JBICが現地の言語を使って、より住民とのコミュニケーションを図ろうとしていることを感じた。江島様は私たちに「もし世界中の言語がひとつであったなら紛争は起こらないのではないかと思うのですよ」とおっしゃった。そしたらきちんと人と人とのコミュニケーションをとることができ、お互いの意思を伝えることができるからできるからである。私は江島様の考えに共感した。もしも世界中にひとつの言語しかなかったならば、お互いの意思疎通が図れるだけではなく、「地球人」としての連帯感もよりいっそう強まっていたのではないだろうか。また、「翻訳ソフトの技術は発展しているから夢物語ではないかもしれないですね」ともおっしゃった。私はそのとき、その万能翻訳ソフトの誕生と同時に、そのソフトを使える環境の成立を強く願った。
江島様にとってdevelopmentとは「途上国の人たちが明日の食べ物ではなく、5年後や10年後の子供たちや国の状態を心配できるようにすること」であるという。「持続可能な開発」を目指す江島様の考え方に私は感銘を感じた。そして、その考え方を知ることができて本当によかったと思う。
最後に、わざわざ遠いところまでお越しくださり、とてもためになるお話をしてくださった江島様に感謝の念を示したい。
坂本陽亮
05W2111002E 坂本陽亮
私は今日の江島様のお話を聞き、さまざまなことを学んだ。その中でも私が一番の印象に残っていることは、江島様にとっての「development」とは、という問いに対する答えだ。
江島様にとっての「development」とは、その土地に住んでいる人々が、明日の食べ物の心配をするのではなく、5年後、10年後の生活のことを心配することができる。そしてそれは食料のことではなく、自分たちの生活について、また、自分たちのことだけではなく国自体のことを考えることができるということだ。そしてそこの大前提として、持続可能であるということ。現地の人との丁寧かつ慎重な話し合いにより、ボタンの掛け違いから起こるようなもめごとはなるべく避けるようにすること。また、突然JBICに訪れ、支援を求めてきた場合、ここでの個人の対応がJBICの対応となり、日本の対応ということになってしまうため、それがどのような人であっても懇切丁寧な対応をとること。
最後の自分の対応が結局はそこの全体が行った対応となってしまうという考え方、和栗特任講師の言葉を借りると「ノレン」。これはなにも国際関係の時に生じるのではなく、今後私たちが近い将来、社会に出て行くときにもこれは当たり前な考え方となることである。今までこのようなことを頭の中だけでは多少考えたことはあったが、実際に実務者の方の生の声でそのようなお話を聞くことにより、そのことの重要さというのがより鮮明に理解できるようになった。このことだけではなく、江島様のお話では、実際に現地に行っている人の報告をまず聞き、その声を重要視しながらの支援を行うという、これも特任講師の言葉を借りて、「ホウ・レン・ソウ」という社会に出て行ってから基本となる行動。その基本の行動も、このようなお話を聞くことにより、その重要性を再確認させられた。
また江島様のお話の中にあったように、自分たちのことだけではなく自分たちの住んでいるその国に関してもいろいろと考えられるようになること。これに関して特任講師が言っているように、最近の学生は自分最優先、自分中心なものの見方をしていると私は思ったし、私自身も決して例外ではないなとも感じた。確かに私自身、今の生活の中で、自分のことだけを考えてしまう場面というのが非常に多い。このように考えてしまう原因に考えられること、それは逆境に対して非常に弱くなっているということが関係しているのだと思う。現在、人事部に所属しておられる江島様も、最近の新入社員は打たれ弱くなっているということをおっしゃっていた。
私は今大学1年でこのようなお話を聞けたことを非常に幸運に思う。なぜなら、今日聞いたことを、今のうちから意識して今後生活していくことができたら、卒業するまでにはかなり打たれ強くなり、また、自分のことだけではなく周りのことにも目を配ることができる、視野の広い人間になれるのであろうと思うからだ。
江島様、お怪我をなさっているにもかかわらず、今日はわざわざ遠いところまでお越しいただきまして、大変ありがとうございました。飯田 彩乃
05W2111009B 飯田 彩乃
今回のDevelopment ライブ!は、JBICにお勤めしている江島様をお迎えし、「スリランカにおける日本のODA:JBICの役割」というテーマのもとに行われた。
私は、今回のDevelopment ライブ!から、前回ゲストスピーカーとしてお越しいただいた上田様のお話と共通する点を見つけることができた。それは、日本が他国から信頼を受けているという点である。スリランカにおけるJBICの支援が、同国にとって最大のものであり、スリランカでの平和実現、定着のために重要な役割を荷っているということは、リサーチを進める中から学んでいた。しかし、江島様のお話から、日本が一方的にスリランカに援助を行っているのではなく、スリランカ政府も日本に信頼を寄せていることを強く感じた。
無償資金協力も含め、スマトラ沖地震の際のスリランカへの復興支援の8割がアジア開発銀行と世界銀行、それに日本のJBICの支援であったということ。そして、日本政府がスリランカの外務省から長期的な支援の依頼を受け東京会議が開催されたこと江島様から直接お聞きしたことで、よりその実感がわいた。出島様は、日本政府が依頼を受けた理由の一つとして、今までスリランカの復興にあまり関わっていなかった他国のODAに比べ、日本のODAの場合どこで何が必要とされているかがより把握できるということをおっしゃられた。これは当然のことかもしれないが、私は、このお話から過去の実績が今の信頼関係を生み出したことを感じ、その大切さを実感した。
また、江島様のお話からは、社会で自分のとるべき態度についても学んだ。そして、それが普段の生活のなかにある対人関係と同じであり、江島様のように、大きな舞台に立っていない私にも、今この環境の中から学ぶものもたくさんあり、それが将来にもつながっていくことを感じた。既に、「大学」というひとつの社会の中には、いるものの毎日の生活の中で、繰り広げられている対人関係は今後、さらにひろい社会に出ていくための訓練であることに改めて気がつかされた。
全体を通して江島様のお言葉からは、「日本」という肩書を背負ってお仕事をされている責任の重さが伝わってきた。個人の行動が所属しているコミュニティー全体の責任や印象につながることを再確認することができ、ALPs履修生の一人としても今後につなげていかなければならないことを確認した。
最後に、前回のプレゼンテーション担当を務めさせていただき、わかりやすいプレゼンテーションをつこることに悪戦苦闘した者として、今回の担当班からは、発表の仕方やパワーポイントの作り方、また、結果を導き出すための理由づけの仕方など、多くのことを学んだ。私にそれらを学ばせてくれた担当班のメンバー、江島様から貴重なお話をお聞きする機会を与えてくださったモモ、そしてお忙しい中、「違う視点を持った人たちからの話を聞くことも大切ですから」と言って、私たちの為にお時間を割いてくださった江島様に感謝したい。本当にありがとうございました。
渡辺愛李
05W2116012E 渡辺愛李 私は今回の江島様のお話を伺い、スリランカにおけるJABICの役割を知るとともに、開発を行うにあたっての心構えや大切なことなど、大きな枠で開発を捉え、さらに大きく、社会との関わり方についても学ぶことができた。
授業において最も印象に残った言葉は、「江島様にとっての『development』とは何ですか」というプレゼン班からの最後の質問に対するご返答である。「発展途上国の人々が明日の食べ物を心配するのではなく、5年後、10年後の子どもや国を考えられる社会であるようにすること。」この言葉より、目先の建設工事や食糧支援よりも、子どもや孫を考えた教育や医療などへの投資による開発の重要性を強く感じた。そして、持続可能な開発の大切さも考えることができた。
また、プレゼン班の内容の、要請主義的ではなく共同形成主義的なプロジェクトを、といった結論の提示同様、私がリサーチしたなかでもJBICは今まであまり現地の人の声を聞いていなかったのではないか、という印象を持っていたので、是非この点についてのご意見を伺いたいと思っていた。実際に江島様の「100億円のプロジェクトも1つの会話から」というお話から、地元住人の声をしっかりと聞いていることが分かり、自分の考えが大きな誤解であったと気が付いた。日本のODAやNGOでは草の根が盛んに叫ばれているが、私には今一つ遠い言葉であった。しかし、スリランカにおいて、JBICの代表であり、現地での対応はJBICの対応であると受け止められるという責任重大な立場にいらっしゃった江島様より直接お話を伺うことにより、地元での草の根の努力が開発の成功の大きなカギとなることに実感が湧いた。このお話のなかにあった、「現地の人との対話を通して開発を進める」「原則全員に要望・意見を聞く」そして「これらの経験をして初めて気付くことを大切にする」これらの貴重な体験談から、JBICなどのODAにとどまらず、人と人との係わり合いの基本も教わることができた。
スリランカの津波支援に対する寄付金が巨額であったというお話も興味深かった。スリランカには余るほどの寄付金が集まったのに対し、パキスタンやスーダンへの支援はあまり寄付金が集まらなかったことにとても驚き、スリランカには白人の外国人が多かったためという理由には衝撃を受けた。同じ民族に対しては世界中から支援が集まるが、言葉も習慣も異なる民族に対しては支援を行わない。私は災害の支援にも人種差別がある現状を知らなかった。自分と似ているから助ける、全く異なっているから見向きもしないではなく、自分が生きている地球の災害であるという意識を持って支援活動に臨む人を増やすにはどうしたらよいのか、しっかりと考えていかなければならない問題であるが、非常に難しい問題ではある。
また、津波支援に関して、小・中期的資金協力のお話も出ていた。私は日本が津波支援に非常に協力的なことはリサーチの上で知っていたが、欧米が緊急事態への対応の段階で止めてしまったことに対し、日本は新しい小・中期的資金協力計画をうち立て、援助を続けていることは新しい知識であった。普段耳にするニュースでは知ることのできない現場の事実である。
江島様のお話により、馴染みの薄かったJBICを身近に感じることができた。資料を調べているだけでは知りえない、現地で活動なされたからこそお聞きすることのできる貴重な体験談を伺う機会を与えて下さった江島様に、心よりお礼申し上げたい。
谷本純加
私は江島様のお話を伺い、JBICというものの役割を改めて理解することができたと思う。
また、JBICの存在の特長というものがわかった。発展途上国において中小企業は現地では銀行から投資を受けることができない。また、長期間にわたりお金を借り続けることはできない。そのため、民間企業が育たないと江島様はおっしゃられた。しかし、JBICはtechnicalな支援をする。無償資金援助では、数億円単位でしか援助をすることができないが、JBICの行っている有償資金援助では、数十億、百億、千億円単位での援助が可能だ。そのため、全国規模のプロジェクトなどを行う際などに非常に有効で、広く多くの面をカバーすることができると江島様はおっしゃった。私は最近、日本のODAは他の欧米諸国などのODAと比べて、圧倒的にその内約として、有償資金援助の閉める割合が高い。しかし、有償資金援助より、無償資金援助の方が被援助国のことを考えたものではないのか。よって、日本は無償資金援助の割合を増やすべきであると中央大学で学生が言っているのを聞いた。しかし、今回のご講演において、江島様は有償資金援助の意味、役割を学生の私たちにも非常にわかりやすく説明してくださった。また、江島様は有償資金援助には無償資金援助と違い返済の義務があるため、被援助国にその援助によって行われるプロジェクトは自らの国のプロジェクトだと認識させるとおっしゃっていらした。私は、JBICという職場で勤務なさっている江島様におっしゃっていただけたからこそ、このことに現実味を感じることができた。
また、江島様は学生の質問に本当にご丁寧に答えてくださった。もしJBICにより共同形成主義的なプロジェクトの提案が行われた場合、それは内政干渉になってしまうのではないのでしょうかという質問に対し、はっきりと、一方的命令がない限り、内政干渉にはならない。なぜなら、国と国との議論はいくらでも行ってよいものであり、合意ができないのであれば、そのプロジェクトを行わなければいいのだからとお答えくださった。私は、江島様のこの質問に対するはっきりとしたお答えに、とても感銘を受けた。また、スマトラ沖地震の際にスリランカのJBICでご活躍なさった江島様の地震に関するお話により、今回のスマトラ沖地震に対する援助の特異さを理解することができた。
今回、このような機会に恵まれ、本当にうれしく思った。足の調子の悪さをかかえていらっしゃるにもかかわらず、中央大学までいらしてくださった江島様のお話はとても貴重なお話で、伺うことができたことが本当に光栄なことだと思った。
鈴木真理奈
05W1407022F鈴木真理奈
まず初めに、遠くまでお越しくださった江島様、ありがとうございました。今回、江島様から学んだことで特に印象に残った、“人と人のつながり”について書く。“人と人のつながり”という抽象的な言葉を思いつくにあたり、私が持っていた先入観について触れる。国際協力とは何であろうかと考えたとき私は、地域密着型の活動をしているだろうJICAがそれに当たり、JBICは資金援助が主な活動であり、両者のしている援助はまったく違うのではないかという根拠のない思い込みに長年囚われていた。しかし、江島様のお話にも地域の人との対話のことが豊富に含まれていたように、JBICはまさに現地ありきであった。欧米によく見られる過去の援助の失敗例としてある、実際は需要のない施設建設など結果として資金の無駄になってしまう事例に対し、政府ではなく、使う可能性がある市民との対話が必要だと漠然と思っていたが、それがいかに難しいことかその断片が江島様のお話から伝わった。実際に地域の方と対話されてきた江島様のお言葉に、自分の考えの短絡さを恥じた。やはり対話とは難しいものだ。人それぞれにある価値観、また文化も違えば考え方も180°異なるかもしれない。何度言ってもわからない頑固な人たちを一喝しながらも最終的に皆の意見をまとめあげることがいかに大変なお仕事か。一つ一つの事業には、たくさんの人の気持ちと行動が積み重なってできているのだと改めて思った。“人と人のつながり”を大切にしなければどんな建築物もできないのだ。現地で最初に建築しなくてはならないのは、“人と人のつながり”なのだ。
また、江島様が最後におっしゃっていた「developmentについて」のお言葉が印象深い。“明日の食糧でなく10年後の自分たちのこと、国のことを考えられるようになること“がどんな意味を含んでいるのかまだ私の想像も及ばないところもあるはずで、現地の状況をこのお言葉から想像してみた。自分の国について考えられないと、どんな事業を持ちかけられても深く考えて決めることや選ぶことも容易なものではないのかもしれない。先にも出した、失敗の事例も、江島様がおっしゃっていたように政府が主体性を持てなかったことにも一理あるのだろう。最低限のものをもはや最低限には感じられないほど、私たちは豊かで、この現地の状況がいかなるものか想像し難いが、自分の当たり前が180°覆った時、何が出来るかを考える元となった。お金だけでなく、地域密着型の日本の支援のやり方を知り、またその支援を実際現地でなされていらした江島様のお話を聞き終えて、幸せな気持ちになった。”人と人のつながり“を忘れて何でも当たり前だと思って生きてきた私は、”人と人のつながり“つまりお金以上に忘れてはいけない対話による理解や相手の尊重など、難しいけれど大事なコミュニケーションの必要性を痛感した。
岩瀬 慧
学籍番号:05W2111017H 氏名:岩瀬 慧
私は、江島様のお話を伺って、JBICの役割についてより深淵な理解を得ることができ、又、普段はお話をうかがうことのできない実務者という貴重な立場からのお話によって、日常で心がけるべき意識についても再考を促された。
まず、JBICプレゼン班が予め用意した質問①「JBICは要請主義から共同形成主義に変遷すべきであるが、それが内政干渉になりうるのでは?」について、江島様が「やはりその援助対象の政府の認識があるものに対して援助を行うのが先決であり、共同形成主義に変遷すべきであるが、議論と干渉は違うことである」ということをおっしゃった。内政干渉になってしまうのは、その国の政府の意向を捉えずに、こちら側のみの「こうあればいいであろう」という独りよがりな援助になってはいけないのだと意味しているのだと私は理解した。驚いたのは、援助する側の国の担当官が、任期の終了などで変わってしまった場合、やりかけのプロジェクトがそのままほっぽり出されるということは世界中のどんな援助に関してもあるという話だった。確かに考えてみれば、担当官が変われば政策が変わるのはごく自然なことであって、それによる弊害まで考えを巡らせられないのが現状であると痛感させられた。これもまた、日常的にクリティカルな視線を持つことが重要であるよい例であると思う。
また、江島様は、発言は大事であるということもおっしゃっていた。これは、日本で育ってきた私たちのような学生にはなかなか上手くできない部分、理解しにくい部分であると思う。なぜなら、私たちは、小さいころから、人前に出て何かをすることは恥ずかしいことであり、失敗をして一時的であるにしろ恥をかくぐらいなら、黙ってやりすごそうという腹で長年育ってきたからである。実際は、その場で議論が終わる前に発言をしていなければ、いないとみなされるのが実社会の現実である。私たちはこれを強く意識していかなければならない。
最後に、質問⑤「江島様にとってのdevelopmentとは何ですか」のお答えとして、江島様は「大事なことは、明日の食事を考えることでなく、十年後、二十年後の生活を真剣に考えることである」とおっしゃった。つまり、国民自身が国について考えることが重要であるという指摘である。もっと大きくとれば、自分だけの独りよがりな思考ではなく、常に自分も関わっているもっと大きなものにたいして意識的かつ積極的に関わることだ。
懇親会では、スリランカにおいて、世銀・JBIC(ODA)などによる援助が、それぞれが独自に開発・復興プロジェクトを進めていくのではなく、互いの機関が話しあい、大規模な(何百キロにもわたる道路舗装など)プロジェクトに関しては、地理的に分割して行うなどすることで、より効率的に援助を行おうとしていることが分かった。
遠いところまでお越しくださった江島様に、改めて感謝申し上げたい。