原田コーチのブログ -18ページ目

大ちゃんと

 今日、大ちゃんの入院している病院に行った。


「おっ、大ちゃん」  「おっ、しんちゃん」  「ありがとう」


大ちゃんは5月13、僕は4月、かつさんが2月で一郎くんが3月。


みんなは20年前、石川町のフライングソーサーで知り合った。


「空飛ぶ円盤」のマークのレンタルレコード店。


今はバナナレコードって販売するお店になっている。


レンタルなのに洋版に強く、みんなよく知ってること・・・!


そこのスタッフとして働いていたこの4人が13の人。


渋谷や新宿まで買い付けに行ってネオアコとかアシッドジャズとか、


浅薄な知識でのりだけで紹介文を書いていた。懐かしい。


飲みあけのかつさんはカウンターにうつ伏せて寝てる中で、僕と大


ちゃんはオーナーに呼ばれて説教部屋。今思えば愛に満ちたお話


が説教なんて表現されてしまうあの頃。


「しんくんはもっとメディアに接して勉強しないと・・・」「はー・・・・・」


少年ナイフは聴くのにスティービーワンダーの曲名を尋ねられて


答えられない。いたいたしくもアンバランスな若干20歳の時間達。


そんな大切な時を共有したからか、めったに会ったりしない今にな


ってもお互いを認めあえる貴重な友人となった。


大ちゃんは手術を無事終えて、あの頃のトークに戻っているように


思えた。体からは点滴の管を従えているけど、すれ違った医師から


も「いい調子じゃない」なんて声をかけられた。


いつものように本と音楽の話を、川の目の前のベンチに座ってした。


さっきまで黄色だった太陽が赤みを帯びてきた。秋ってこんなにいい


季節だったっけ。深呼吸にはもってこいだ。


また来ようと思った。



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1989秋

 心の問題でしょう、この秋から僕はカウチポテト族の模範衆となりました。


朝、目が覚めてテレビをつけると、笑っていいとものテレフォンショッキング。


暫くすると小堺さんの番組があり、ちょっと陰鬱なノリのドラマがはじまる。


この辺りまでくるとどんなに前向きな番組であっても、未来に希望なんて


もてる訳がない。ましてや身の回りをあらゆる制限で取り囲まれた主人公


の女性が、これまた柵と柵の合間であくせくする男性と恋に落ちる、なんて


ドラマを毎日欠かさず観てしまっている。



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何だかお腹がすいたなー、5分歩くとセブンイレブンがある。1分程手前に


あるスーパーより割高なポカリとポテトチップス。散々考えた末にシューク


リームはやめておいた。きっと30円以上違うことは自明で時にスーパーを


利用する日もあるが、お肉や魚の臭いとAMラジオ的BGMにやられてしまい、


次の日はまたコンビニに向かっている。買わない洋服と買わない車、鼻持ち


ならない処世術の本をチェックして公園を歩いて家路につく。


ドブ川のほとりで木の葉が紅く色付いていた。もうすぐ11月、19才の秋は


静かにゆっくりと深まっていく。



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ドライブ

 ちょっと時間ができた。しかもまだ太陽がいる。


こんな時は・・・・よーし海の方へドライブだ。


「ポケモンカードやろうよ!」


「え?よく聞こえない・・ポケモン?」「うそでしょ・・!」


「海行こう海、ちょっとご褒美あるかもよ」


「じゃー行くー!」  よ、よかった。


とにかく海の近くへ、でないと体がどんどん乾燥してしまう。


頭がどんどん固まっていき、呼吸が速くなって息苦しい。


そんなわけはないのだが、海の近くということがわかると落ち着くのだ。


子供二人は半ば強引に連れて行かれ、多少寒い北よりの風の中でも


砂浜に放置される。いや放置はオーバーだが「ほら、海だぞー」とさも


素晴らしいところにいるんだぞ、と演出する。


そのうち「わーい、綺麗な貝があったよー」とかで盛り上がり、そのうち


「おい、砂はやめろ砂は!」とアクティブな感じに変化。


自然と戯れる、とか風を太陽を浴びて、とか子供には何が大切、とか


ぜんぜん関係なく、もう衝動的に海に向かってしまうのだ。


「今度はポケモンカードバトルねー」


「海の近くでな」


「はーい・・・?」



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大ちゃんへの手紙

 港にかかる大きな橋の向こうに 立体感のある雲が横たわっている


辺りの色はライトグレーに僅かなオレンジ そしてブルー ホワイト


左右に行き交う車の大きさが大小様々


かなり離れているせいか とてもスピードが遅く優雅だ

 

橋の下には黒い煙突のタンカー


上にこれまたゆったりと進む旅客機が右から左へ


三つの羽の風力発電機が その動きをほとんど止めるくらい穏やかな


優しい風が左から頬にあたる   波の音は静かなサラウンド


水際の泡もとても小さい   急に眩しい陽が差してきた


と思ったら雨    水面が陽を浴びて細かな波がキラキラと輝いた


見上げると太陽はすぐに雲間にかくれ 顔にあたる雨もやがてやんだ


辺りはライトグレーにもどり 水面のキラキラもすっかり消えた


もしかしたらこのキラキラしたものに出会えたのはとてもラッキーなこと


なのでは と思ってこれを書くことにした



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ラベルの「水の戯れ」


大ちゃんはグレン=グールドが弾くバッハとかが好きだったか


静かな始まり   キラキラと盛り上がって   また静かに


そんなパーティーでみんなと会いたいね


ではでは



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大ちゃんから

 さて、今回は外科手術です。


消火器外科は、患者も医者も潔いです。


本当に死が日常で、受け入れられているし、あれほど忌み嫌い、憎しみ、


愛し、憧れてもいたのに、ここでは朝がきたら顔を洗い、食事をして、歯を


磨くくらい生活の一部です。生活の要素かな。だから当事者は感傷的に


ならないみたい。多分、今まで僕が気がつかなかっただけですね。


術後は、また惨めに必死に全身で生きようとするのでしょう。


術後復活できたらまた会いましょう。できれば13の人とその仲間たちと


集まりたいけど、僕たちにはもうそういう贅沢な時間は、ないのかもしれ


ないね。


術日は7日、朝から8時間くらい。


手紙書けなくてゴメンね。集中力なくて、やたら長くなったりポイントがずれ


たりで、だせませんでした。


また何らかの形で連絡します。


では。おやすみなさい。



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僕は13の人のうちの一人で、誕生日が13日の四人組。


学生時代にバイト先で知り合った。


久しぶりに大ちゃんと連絡がとれた。


惨めに必死に全身で生きる。自分はそこまでいってない。


必死だけど躊躇している。全身で生きるには鎧が重い。


本当はないのにね、そんなもの。


くるりが唄ってた。


「翼がはえた、こんなにも悩ましい僕らを、歩き続ける。」


リズムは一定に、歌が聞こえる。



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スワミ

 スワミ、ブラフマナンダ氏。


34歳にしてヨガの求道者、出家しヒンドゥー教に帰依している。


母国イスラエルでは大学で物理学を学んだとか。学問を追及し真理への欲求


も高まるにつれ、宗教や精神的な世界に興味が移行していく。まもなくアシュラ


ムでの生活を始めて11年、まっすぐにヨガと向き合ううちにとうとうスワミ(大先生、


アシュラムのリーダー、聖人)になってしまった。



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だいたい僕らの大半は、その若さとは裏腹の堂々たる振る舞いに惹かれ、なぜ


あなたはこんなに早く「そこ」へ行ってしまったのか、との質問を遠慮もなく繰り


返した。彼はとても丁寧にそして誠実にその問いに答え、僕らを唸らせた。


でも本当に僕らが知りたいのはそんなことではなかった。


きっとどんなにヨガに邁進しても「そこ」に行けないであろう僕ら一般ピープルは、


何を頼りに生き続けられるのか。あるいは「そこ」に行くのが少し怖いだけの臆病


さを、謙虚な性格と楽観視してひそやかな毎日に納得し続けるべきなのか・・・・。


もう少しシンプルに!具体的に!


日本に戻って横浜に暮らしていても「ヨガ」ないし「それ」は実践できるのでしょうか?


そうそうこういうこと!


残念ながらそれは非常に難しい。ここで(アシュラムで)ならいいのにね・・・。とても


優しい口調でなだめる様に話してくれた。


考えてみればその通りだった。ヨガの考え方をほんの少し知って、なんだか良いみ


たいなんて程度に学ぶうちに、「そこ」が見えてくるような気がしていたけど、まだまだ


「そこ」も「どこ」もないのだ。


そう思って気を取り直してアーサナクラスへ。ただただ自分の意識と身体の宇宙に


思いっきりのめり込んでしまえばいい。とっても幸せな時期なのだ・・・・。



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オンカー

 大ちゃん、結局病院に手紙を送るなんてできずにブログに「大ちゃんへ」


と書き連ねた。まず書くという行為を大ちゃんにアピールしないと・・との思い


でこれを続ける。


オンカー、彼は実際いつでもキッチンにいたりして、パンを焼いていたりする。


僕らと同じ黄色のTシャツと白いトレパン。そっかー、こういうふうに着るもの


なのかと感心する。当然毎日のように着ているのだから白いパンツは汚れる。


当たり前のことを彼はごく自然にやっているだけ。挨拶をしたり掃除をしたり。


果物を食べて部屋に戻っていった。



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TTCの仲間と彼の話をした。みんな「私はただの楽器に過ぎない。神がそれ


を鳴らすだけ。」を聞き逃してはいなかった。僕らの着てるものはまだ白や黄


色が眩しくて初々しい。等身大の今を優しく受け入れていくしかない。白に少し


ずつ色がついて、黄色がだんだん色褪せる。そんな日々を楽しめたら幸せだ。



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大ちゃんへ

今日は一週間に一度の”デイオフ”と呼ばれる休息日。


分刻みのカリキュラムから逃れて六時間が自由となる。



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いつものアーサナクラスはクリシュナ&マハシャクティのウルグアイの先生。


我々に伝えねばならない膨大な量の知識を、的確に愛をもって伝授してくれる。


二人のクラスが今日はお休み。あーでも太陽礼拝と頭立ちと肩立ち(いずれも


シバナンダヨガのクラスで始めに行うウォームアップと基本的なポーズ)くらい


はやりたいなー、なんてゆるい考えでふら~とベイプラットフォーム(アーサナ


を行う屋根つきウッドデッキ)へ。とそこにはTTCのメンバーや通訳のボランテ


ィア、カルマヨギー達(今度説明します、多分)が勢揃い。そこへ長身のイスラ


エル人、オンカーが登場した。



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オンカーが声を発するとクラスは完全に彼に従順になることを約束した。


彼は心の全てをここに持ってきている、そんな発声。他の先生がいいかげんな


のでは決してない。ただ彼の声は心の柔らかな部分に瞬時に届いてしまう、そ


んな声なのだからしかたがない。視線は時に斜め上方。


そういえば大学の英語の先生がこの視線の持ち主だった。後に奥泉光の名で


いくつもの文学賞をとる作家の彼も、二十歳前後の青二才(あの当時を振り返


るとこう表現したいのです)を前に全員にある種の敬意を払い、クラスの興味を


自由に操り、情熱的に宙に浮いた視線をこちらは見ずにはいられなかった。



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カパラバティ。


腹筋を使って力強く吐く後に、自動的に入る空気で頭がすっきりする浄化の呼


吸法。通常この呼吸法は先生のリードに合わせて連続で行うため、先生も力強


くワントゥー、ワントゥーとリズミカルに連呼する。この手の呼吸法は、慣れない


うちはその号令に合わせることに意識をとられるなど集中しにくい面もあり、ちょ


っとしたこつが必要だ。しかしオンカーのそれはちがった。


まるでブルースシンガーのように。ジャズバンドのサックスがソロで唄うように。


腹の底から力強い声を響かせ、時に繊細に震わせる。内容は同じワントゥー


・・・だが、その声の効果を本人も自覚しているように自然の音、鳥の鳴き声や


波のぶつかり合う音とも調和している。


「自然と調和して。」やっぱり・・・。


「私たちは神様が鳴らす楽器なのです。」やっぱり・・・。


三角のポーズ、シャバーサナ(リラックス)・・・二時間のクラスは瞬く間に過ぎて、


感動のライブパフォーマンスが僕に至福の時を与えた。


僕は彼のファンになった。

 

大ちゃんへ

 で何の話だっけ?


そうそう言葉の問題。デヴィッドともう一人ローワン、彼はTTCも一緒に


受講したからそれはもう付きっきりで教えてもらった。



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彼は去年までの二年間宮崎の大学に交換学生で日本語を学んでいた。


母国ニュージーランドでも専攻は日本語、格闘技への興味から柔道に


も精通している。鼻歌はドリカム!


「これどんな意味?」「まず辞書引いて!」はいすんません。


ヨガに対しても造詣が深く哲学的な話も一歩も譲らない。まったく頼れる


パートナーを見つけてしまった。感謝。



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右側の男は同室のミゲル。知的で温厚、趣味は瞑想のペルー人。


アルゼンチンにあるクリシュナマチャリアのアシュラムで一年間瞑想と


ヨガ文献の学び。ユニークなのは一切アーサナの経験がなく、頭立ち


のポーズなどは大苦戦。しかしもともとアーサナ(ポーズ)が瞑想のた


めの座位であったことを思うと、何時間でも瞑想しているミゲルにアー


サナの経験がないなんて失礼過ぎる。というか自分の無明。


真剣にヨガを追及しているのは誰なのか、いつも笑顔の男はよく知っ


ている・・・。



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大ちゃんへ

 実はかなりまずい感じだったんだよ。行く前は。


一応インターナショナルコースってやつで、事前に頼んで通訳に同行


してもらうといいのだけれど、バハマに行ってくれるボランティアの通訳


なんて奇特な方はいらっしゃるはずもなく、積極的に探しもしなかった。


一月前に電話で現地アシュラムのスタッフと話してもしどろもどろ。


それでも優しく「全部英語で哲学の授業なんかもあるけど辛くない?」


なんて聞いてくれた。辛くない?ってことは絶対無理よってことではない


と判断し、「テキストは事前に勉強していくからなんとかします」などと答


えて「Ok!」となった。今考えればほんとに「辛くない?」だったのかどう


か、自分のヒヤリング力はそこら辺のニュアンスを自分の都合に捻じ曲


げて解釈して不思議ない。とにかく行きたいって気持ちは伝わったみたい。


で下の二人。左はデヴィッド、右はローワン。



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デヴィッドは六年間仕事で京都に暮らした経験があり、オフコースを口笛で


唄う。キッチンで洗い物をしている僕に「もーしかして日本の方ですかー?」


「えー、日本人です。」「では日本語できますか?」「オフコース!」・・・笑


が出会いだった。


米国イリノイの運送会社を経営し、ルックスは渋めのハリウッド俳優的。なん


で結婚しないの?いやーいろいろあるんですよ、いろいろと・・ってまるで日本


人のようなリアクション。とっても繊細な感性を持った優しい男であることは、


彼の笑顔に接するとすぐに分かった。


しばらくアシュラムに残ってヨガするよーなんて言ってたけど、どうしたかな。


まだ私はTTC(ティーチャートレーニングコース)は・・ちょっとまだまだ・・・・


なんて躊躇してたけど、TTCは素晴らしいけど「しばらくアシュラムに残って


ヨガするよ」はもっと素晴らしいよ。また日本おいでよ。横浜の綺麗なとこ、


美味しいとこ、案内しまっせ!


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